説明

光学異性体の異なる乳酸混合物の製造法

【構成】 生産する乳酸の光学特性が異なる、2種類以上の微生物を用いる混合培養によって、乳酸発酵せしめることから成る、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法。
【効果】 生産すべき乳酸の光学特性の異なる、2種類以上の微生物を用いる混合培養によって、特に、糖の資化性や、発酵温度などのような発酵条件の差異を利用して、所定の光学異性体比率を持った乳酸混合物を、効率よく、生産することが出来る。したがって、本発明の方法は、従来型の乳酸発酵プロセスに比し、製造費上、特に不利な面は無く、光学異性体の異なる乳酸混合物の、経済的な製造法と位置付けることが出来よう。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は新規にして有用なる、光学異性体の異なる乳酸混合物の製造法に関する。さらに詳細には、光学特性の異なる乳酸を生産する、2種以上の微生物を用いる混合培養により、乳酸発酵せしめて、乳酸発酵せしめることから成る、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法に関する。
【0002】つまり、所定の光学異性体比率を有する乳酸を、効率的に、生産する方法に関するものである。
【0003】
【従来の技術】乳酸は、化学合成法ならびに発酵法で以て生産されており、前者方法にあっては、専ら、ラセミ体が、後者方法にあっては、用いる微生物によって、L体、D体および/またはラセミ体なる種々の異性体が得られるというように、生産方法によって、生産物が異なっている。
【0004】かかる乳酸の用途としては、醸造用、漬物用または清涼飲料用の酸味料などのような食品添加物用として、医薬品用として、あるいは工業用としてなど、広範ではあるが、特に、光学活性乳酸については、L体の外科縫合糸ならびに骨折箇所接合ピンなどの生体適合医用高分子材料の原料への利用が知られているし、また、D体の光学活性農薬の中間体への利用が知られている。
【0005】近年、地球環境保全の観点から、分解性プラスチックが注目されており、乳酸を原料とする乳酸ポリマーもまた、その高い加水分解性の故に、有望な素材として期待されている。分解性プラスチックは、分解性のほかに、いわゆるプラスチックとして要求される物性をも、併せ持たなければならないが、乳酸ポリマーの場合には、構成する乳酸の光学異性体の比率が、両者に影響を及ぼすことが知られている。
【0006】従来において、生産されていた乳酸は、ラセミ体あるいは光学純度の高いL体またはD体のみである処から、所定の光学異性体比率を有する乳酸を得るためには、異なった光学特性を有する乳酸を、別々に、製造し、あるいは購入して、混合せしめるという方法を採っていた。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】かかる乳酸ポリマーを、汎用性のプラスチック素材とするためには、原料たる乳酸を、安価に、製造することが必要であるが、別系列の発酵設備で生産したり、精製後に混合調整することは、経済的に得策では無く、乳酸ポリマーの低廉化ならびに汎用化を妨げる一因ともなっていた。
【0008】しかるに、本発明者らは、従来技術における種々の欠点の存在に鑑みて、所定の光学異性体比率を有する乳酸を得るために、異なった光学特性を有する乳酸を、別々に、製造し、あるいは購入して、混合せしめるという、いわゆる煩雑なる方法を採らずに、連続した操作で以て、簡単に、調製することの出来る、斬新なる方法で以て、目的とする、光学異性体の異なる乳酸混合物を提供するべく、鋭意、研究を開始した。
【0009】したがって、本発明が解決しようとする課題は、一にかかって、生産すべき乳酸の光学特性の異なる、2種類以上の微生物を併用することによって、所定の光学異性体比率(D/L)を持った乳酸を、一層、効率的に、生産する方法を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】そこで、本発明者らは、前述したような現状に鑑み、そして、上述した如き発明が解決しようとする課題に照準を合わせて、鋭意、検討を重ねた結果、生産する乳酸の光学特性が異なり、しかも、発酵条件および/または糖の資化性の異なる、2種類以上の微生物を併用することによって、所定の光学異性体比率を持った乳酸を、一層、効率的に、生産し得ることを見い出して、ここに、本発明を完成させるに到った。
【0011】すなわち、本発明は、光学特性の異なる乳酸を生産する、2種類以上の微生物を用いる混合培養によって、乳酸発酵せしめることから成る、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法を提供しようとするものである。
【0012】前述した如く、発酵乳酸は、その旋行性により、左旋性のD(+)乳酸、右旋性のL(−)乳酸、そして、ラセミ体である、不旋性のDL乳酸という乳酸類に大別され、その光学特性は、主として、用いられる微生物に依存する。
【0013】より詳細には、たとえば、ラクトバチルス属の同定における判定基準となっているように〔微生物、Vol.6、No.3(1990)〕、生産に用いる微生物によって、L(+)乳酸とD(−)乳酸との比率が異なり(以下、この比率をD/L比と略記する。)、総乳酸量中に占めるL(+)乳酸の割合(%)が0〜20%のものをD(−)と呼び、20〜40%のものをD+DLと呼び、40〜60%のものをDLと呼び、60〜80%のものをL+DLと呼び、そして、80〜100%のものをL(+)乳酸と呼ぶこともある。
【0014】すなわち、適当なる微生物を用いれば、特定のD/L比を持った乳酸を発酵生産することは、理論的には、可能である。しかし、商業生産の場合には、生産速度、収率ならびに扱い易さなどの面から、使用し得る微生物は限定されるし、ましてや、任意のD/L比を持った乳酸を、適宜、生産することは、実用上は、極めて、困難である。
【0015】しかるに、本発明者らは、鋭意、研究した結果、光学特性の異なる乳酸を生産する、2種類以上の微生物の混合培養によって、任意のD/L比を持った乳酸を、効率よく、生産する方法を開発した。
【0016】ここにおいて、右旋性のL(−)乳酸を生産する微生物を(L)と称し、左旋性のD(−)乳酸を生産する微生物を(D)と称し、不旋光性のDL乳酸を生産する微生物を(R)と称することにする。
【0017】種々の(L)、(D)、(R)の特性、たとえば、温度、pH、基質濃度、乳酸濃度ならびに培地組成などの、いわゆる環境条件と、増殖活性、基質消費速度、乳酸生産速度ならびに収率などとを、詳細に調査し、研究して、(L)と(D);(L)と(R);(D)と(R);あるいは(L)と(D)と(R)とを、適宜、選定して組み合わせ、或る適当なる発酵条件にて、同一発酵槽内で、混合培養せしめることによって、それぞれに特有の光学特性を有する乳酸を作らせることにすれば、所定の光学異性体比率を持った乳酸を、安価に、生産することが可能である。
【0018】さらに、本発明者らは、生産すべき乳酸の光学特性のみならず、発酵条件が、著しく、異なった2種類以上の微生物を用い、これらの差異を利用して混合培養せしめることによって、任意の光学異性体比率を持った乳酸を、一層、確実に得るということにも成功した。
【0019】たとえば、乳酸生産微生物は、前述した如き生産乳酸の光学特性による分類のほかにも、その生育し得る温度範囲によって、低温適性菌、中温適性菌および高温適性菌に大別することが出来るが、低温適性の(L)と、高温適性の(D)とを同時に用いて、まず、低温条件にて所定量のL−乳酸を生産せしめたのち、温度を、高温にシフトして、残った糖で以て、あるいは必要量の糖を追加して、発酵を継続することにすれば、(L)は、もはや、乳酸を活発に生産することは出来なくなるし、その一方で、(D)のみが活発に発酵して、残糖量に相当する、あるいはそれに追加した糖量に相当するD−乳酸を生産することが出来るので、任意の光学特性比率を持った乳酸混合物を、確実に、製造することが出来る。
【0020】上記の発酵条件の差異の一つに、糖の資化性がある。すなわち、微生物は、その種類によって、乳酸に転化できる糖の種類が異なることが知られており、たとえば、シュクロースを基質とすることは出来るが、ラクトースの方は利用することが出来ない(L)と、ラクトースを基質とすることは出来るが、シュクロースの方は利用することが出来ない(D)とを、同時に用いて混合培養せしめることとし、このさいに、培地中の糖として、シュクロースとラクトースとの量を、所定の比率に設定しておけば、その比率に応じたLとDとの比率を持った乳酸混合物を、一層、容易に、生産することが出来る。
【0021】
【実施例】次に、本発明を実施例により、一層、具体的に説明するが、本発明の方法に用いられる微生物や糖は、これらの実施例のみに限定されるものでは無い。たとえば、前述したように、微生物として特に代表的なもののみを例示するにとどめれば、ラクトバチルス属、ロイコノストック属、ペディオコッカス属、ラクトコッカス属またはビフィドバクテリウム属などの、いわゆる乳酸菌のほかにも、ストレプトコッカス属、エンテロコッカス属、バチルス属、クロストリヂウム属またはスポロラクトバチルス属などと言った細菌や、リゾプス属などと言ったカビなどのように、乳酸を生産し得る微生物でさえあるならば、すべてが包含される。
【0022】また、糖として特に代表的なもののみを例示するにとどめれば、グルコース、フルクトース、ガラクトースの如き、各種の単糖類;シュクロース、ラクトースの如き、各種の少糖類およびその加水分解物;デンプン、イヌリンの如き、各種の多糖類およびその加水分解物などをはじめ、さらには、これらの混合物とか、これらを含有せる農産物、畜産物、酪農製品、廃棄物およびその加水分解物の如き、各種の糖類のほかに、1,2−プロパンジオールの如き、各種の炭水化物以外の基質をも使用することが出来る。
【0023】さらに、たとえば、L−乳酸生産に当たって用いられる微生物の種類も、1種類である必要は無く、(L)、(D)、(R)の発酵させる順序や、組み合わせについても、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0024】さらにまた、利用する発酵条件の差異とは、発酵温度範囲や、糖の資化性の差異に留まらず、pH、微量必須栄養素、溶存酸素濃度、酸化還元電位、通気・攪拌条件、培地組成、塩濃度、発酵促進物質ならびに発酵阻害物などもような、それぞれの微生物の発酵に特有の条件の差異でさえあれば、その一つ、あるいは2つ以上を、適宜、組み合わせて利用することが出来ることは言う迄も無い。
【0025】実施例 1L−乳酸生産菌(L)としては、「ラクトバチルス・カゼイ IFO 3425」を、D−乳酸生産菌(R)としては、「ラクトバチルス・デルブリュッキIFO 3534」を用いた。前者は、ラクトースをL−乳酸に転換することは出来るが、シュクロースは、実質的に資化できない。
【0026】一方、後者は、シュクロースをD−乳酸に転化できるが、ラクトースを資化することは出来ない。まず、「IFO 804」培地を用い、(L)および(R)を、37℃に1日間、静置培養し、種菌と為した。次いで、全糖濃度は同一だが、構成する2種類の糖(シュクロースとラクトースと)の比率を、第1表の如く、変えた殺菌培地を、それぞれ、300ミリ・リットル(ml)ずつ準備し、それぞれに、(L)および(R)の種菌培養液の2mlを接種して、500ml容の三角フラスコ中で、90rpmなる回転振とう培養機にて、37℃で培養せしめた。
【0027】培養を開始して、38時間後における、各発酵液中のグルコース、シュクロース、ラクトース、L−乳酸濃度およびD−乳酸濃度を、液体クロマトグラフィーによって分析した処、同表に示されるような結果が得られたが、生産した乳酸の光学異性体比率(L/D)は、ほぼ、培地のシュクロースとラクトースとの比率に等しいことが確認・証明された。
【0028】
【表1】


【0029】《第1表の脚注》「g/l」は、「グラム/リットル」の略記である。
【0030】
【表2】


【0031】実施例 2L−乳酸:D−乳酸=9:1なる乳酸の生産を目的とし、実施例1と同様の微生物を用いて行った。
【0032】まず、「IFO 804」培地を用い、37℃に1日間、静置培養しておいた(L)および(R)の培養液の各2mlを、500ml容の三角フラスコ中に入った、第1表に示されるような培地(糖源として、シュクロースが4.5%で、かつ、ラクトースが0.5%である。)の300mlに加え、90rpmなる回転振とう培養機にて、37℃で培養せしめた。
【0033】培養を開始して48時間後における、発酵液中のグルコース、シュクロース、ラクトース、L−乳酸濃度およびD−乳酸濃度を、液体クロマトグラフィーによって分析した処、それぞれ、0.4g/l、0.4g/l、0.3g/l、42.7g/lおよび4.6g/lであって、目標のL−乳酸:D−乳酸=9:1に、ほぼ、匹敵する比率を持った乳酸を、高収率で以て、得ることが出来た。
【0034】
【表3】


【0035】実施例 3L−乳酸:D−乳酸=9:1の乳酸の生産を目的とし、L−乳酸生産菌(L)としては、「ラクトバチルス・カゼイ ATCC 11443」を、D−乳酸生産菌(R)としては、「スポロラクトバチルス・イヌリナス IFO 13595」を用いた。予備検討の結果、前者の増殖至適温度は32〜45℃、 後者のそれは30〜35℃であり、後者は、特に、43℃以上では、増殖も、乳酸発酵も出来ないことが明きらかとなっている。
【0036】まず、この(L)を、「IFO 804」改変培地(炭酸カルシウムを、糖と等量で以て添加したもの)を用い、500ml容の三角フラスコ中で、44℃、90rpmなる条件で、また、(R)を「IFO803」改変培地(糖源として、ラクトースの代わりに、グルコースを使用し、炭酸カルシウムを、糖と等量で以て添加したもの)を用い、500ml容の三角フラスコ中で、33℃、90rpmなる条件で、それぞれ、1日間、振とう培養せしめて種菌と為した。
【0037】発酵槽に、グルコースの5%、酵母エキスの0.5%、K2HPO4の0.1%、MgSO4・H2Oの0.02%、MnSO4・4〜6H2Oの0.001%およびFeSO4・7H2Oの0.001%からなる殺菌培地を、3.5l仕込んで、(L)および(R)を、それぞれ、300mlづつ植菌せしめ、まず、(R)の発酵至適条件である、温度が33℃で、かつ、pHが6.5(アンモニア水で調節)で以て、気相中にのみ通気をし、攪拌回転数を100rpmにして、回分培養を行った。
【0038】発酵液を定期的に採取し、糖濃度を、酵素電極法によって分析して、グルコース濃度が4%になった時点から、発酵条件を、(L)の発酵至適条件である、温度が44℃で、pHが5.5で、無通気で、かつ、攪拌回転数が100rpmなる条件にシフトして、引き続いて、発酵を行った。
【0039】発酵開始後、29時間にして、中和用アルカリの消費が止まったので、発酵を終了して、発酵液中のグルコース、L−乳酸およびD−乳酸の濃度を、液体クロマトグラフィーで以て分析した処、それぞれ、0.1g/l、37.9g/lおよび10.2g/lであって、目標のL−乳酸:D−乳酸=8:2に、ほぼ、匹敵する比率を持った乳酸を、高収率で以て、得ることが出来た。
【0040】
【発明の効果】以上の各実施例からも明らかなように、生産すべき乳酸の光学特性の異なる、2種類以上の微生物を用いる混合培養によって、特に、糖の資化性や、発酵温度などのような発酵条件の差異を利用して、所定の光学異性体比率を持った乳酸混合物を、効率よく、生産することが出来ることが知れよう。
【0041】本発明の方法は、従来型の乳酸発酵プロセスに比し、製造費上、特に不利な面は無く、光学異性体の異なる乳酸混合物の、経済的な製造法と位置付けることが出来よう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 光学特性の異なる乳酸を生産する、2種類以上の微生物を用いる混合培養によって、乳酸発酵せしめることを特徴とする、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法。
【請求項2】 光学特性の異なる乳酸を生産し、かつ、乳酸発酵条件の異なる、2種類以上の微生物を用い、それぞれに適した条件で、順次、乳酸発酵せしめることを特徴とする、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法。
【請求項3】 光学特性の異なる乳酸を生産し、かつ、糖の資化性の異なる、2種以上の微生物を用い、それぞれに適した糖を資化せしめることを特徴とする、光学特性の異なる乳酸混合物の製造法。

【公開番号】特開平5−328993
【公開日】平成5年(1993)12月14日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−144258
【出願日】平成4年(1992)6月4日
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)