説明

光学素子、それを用いた光学系および光学機器

【課題】フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を低減する点に加え、光学系に対する適応性の点で有利な光学素子を提供する。
【解決手段】光学素子1は、光の入射面または出射面である光線有効部2a、2bと、この光線有効部2a、2bの側端部に位置する非光線有効部3とを有する。ここで、光学素子1は、光線有効部2a、2bの少なくとも1面に、ウェットプロセスで形成した平均ピッチが400nm以下の凹凸構造を有する反射防止構造体4と、非光線有効部3に、無機物からなる顔料を含み、波長550nmにおける消衰係数が0.03以上、0.15以下の範囲にあり、膜厚が2μm以上、10μm以下の範囲にある遮光塗膜5とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子、それを用いた光学系および光学機器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ビデオカメラ、写真カメラ、またはテレビカメラなどの光学機器に用いられる撮影レンズでは、高品位で高性能なものとするために、その光学系に、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制する光学素子が採用されている。このような光学素子は、例えば、レンズ面などの光線有効部にて入射光の透過率を向上させたり、レンズ側端部などの非光線有効部にて光の吸収率を向上させたりすることで反射率を低減させ、有害光の発生を抑止するのが一般的である。特に、光線有効部にて入射光の透過率を向上させる場合には、真空蒸着法やスパッタリング法などにより、レンズ面に単層または多層の誘電体薄膜を設ける方法が広く採用されている。さらに、入射角特性および波長帯域特性に優れる反射防止手段として、ウェットプロセスにより形成された、従来の蒸着法では実現が難しい低屈折率の膜や使用波長以下の微細凹凸形状を有する構造体なども採用されている。このような光学素子として、特許文献1は、光学素子の光線有効部に使用波長以下の微細凹凸構造体(反射防止構造体)が形成され、非光線有効部に遮光塗膜(不透明な塗膜)とそれを保護する保護膜とが形成された光学素子を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−54827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、特許文献1に記載の光学素子では、光線有効部に酸化アルミニウムを含有する塗膜を形成した後、温水処理を施すことで波長以下の微細凹凸構造体を形成している。そして、この温水処理時に非光線有効部に形成した遮光塗膜から染料などの不透明成分が溶出するのを防ぐために、この光学素子では遮光塗膜上に保護膜を形成している。したがって、保護膜がない遮光塗膜のみを構成した光学素子に比べて、非光線有効部上に形成される塗膜が厚くなる。さらに、この遮光塗膜および保護膜は、特許文献1に記載されているように、光学素子を回転させながら筆などを用いて塗布形成される。したがって、塗膜を塗布面全周で均一な厚さに形成することが難しく、場所によってはムラが生じる可能性がある。このムラは、塗膜の厚さが厚いほど顕著なものとなり、光学系において偏芯に対する光学性能の低下が大きい、いわゆる偏芯敏感度の高い部位への適用が難しい。
【0005】
本発明は、このような状況を鑑みてなされたものであり、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を低減する点に加え、光学系に対する適応性の点で有利な光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、光の入射面または出射面である光線有効部と、光線有効部の側端部に位置する非光線有効部とを有する光学素子であって、光線有効部の少なくとも1面に、ウェットプロセスで形成した平均ピッチが400nm以下の凹凸構造を有する反射防止構造体と、非光線有効部に、無機物からなる顔料を含み、波長550nmにおける消衰係数が0.03以上、0.15以下の範囲にあり、膜厚が2μm以上、10μm以下の範囲にある遮光塗膜と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、例えば、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を低減する点に加え、光学系に対する適応性の点で有利な光学素子を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の一実施形態に係る光学素子の構成を示す図である。
【図2】非光線有効部に形成された遮光塗膜における内面反射を説明する図である。
【図3】遮光塗膜と光学素子の偏芯との関係を説明する図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る光学系の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について図面などを参照して説明する。
【0010】
(光学素子)
まず、本発明の一実施形態に係る光学素子について説明する。図1は、本実施形態に係る光学素子1の構成を示す模式断面図である。この光学素子1は、その本体が石英ガラスなどの透明材料からなる両凹レンズであり、光が透過し得る入射面と出射面との光線有効部2a、2bと、外周の側端部(側面)に位置する非光線有効部3とを有する。まず、光線有効部2a、2bは、その少なくとも1面に、反射防止構造体である凹凸構造体4を有する。この凹凸構造体4は、アルミニウム、または酸化アルミニウムを含有する材料からなり、平均ピッチが400nm以下の微細な凹凸構造(例えば突起形状体の集合)を有する。凹凸構造体4は、例えば酸化アルミニウムを含有する塗工液をウェットプロセスで塗布し、乾燥(および焼結)させ、その後、温度が60゜C以上、90゜C以下の範囲にある温水に5分以上浸漬させることで形成され得る。なお、このときのウェットプロセスとしては、例えばディップコート法やスピンコート法などが適用される。また、凹凸構造体4の高さ(厚さ)は、例えば酸化アルミニウムを含有する塗膜の厚さや、浸漬する温水の温度や時間などを適宜変化させることで調整し得る。例えば、凹凸構造体4の高さは、本実施形態では特に限定しないが、十分な反射防止性能を得るためには、150nm以上、400nm以下の範囲にあることが望ましい。一方、非光線有効部3は、その表面に、入射した光線の内面反射を低減する遮光塗膜5を有する。この遮光塗膜5は、波長550nmにおける消衰係数が、0.03以上、0.15以下の範囲にあり、また膜厚が、2μm以上、10μm以下の範囲にある。
【0011】
ここで、非光線有効部3での内面反射の防止について説明する。図2は、非光線有効部3に形成された遮光塗膜5における内面反射を説明するための遮光塗膜5の拡大断面図である。内面反射とは、光学素子1に入射した入射光6が本体内部を透過して遮光塗膜5に至り、光学素子1の本体と遮光塗膜5との第1界面7と、遮光塗膜5と外界の空気との第2界面8とで発生する反射現象である。具体的には、第1界面7が、光学素子1の内部を透過してきた入射光6に対して第1反射波9を発生させ、第2界面8が、第1界面7を透過した透過光10に対して第2反射波11を発生させ、一部の光12が第2界面8を透過し、遮光塗膜5から外界へ出射する。このとき、第1反射波9の反射率Rは、便宜上、入射角0°の場合の反射率として仮定すると、以下の(数1)で現される。
【0012】
【数1】

【0013】
ただし、Nは、光学素子1の本体の複素屈折率であり、光学素子1の本体の屈折率nと消衰係数kとを用いると、以下の(数2)で現される。なお、光学素子1の本体は、透明材料なので、ここでの消衰係数kは、無視できる値である。
【0014】
【数2】

【0015】
一方、Nは、遮光塗膜5の複素屈折率であり、遮光塗膜5の屈折率nと消衰係数kとを用いると、以下の(数3)で現される。
【0016】
【数3】

【0017】
すなわち、第1反射波9の反射率Rを減少させるためには、上記(数1)〜(数3)により、それぞれの屈折率nとnとを近い値にすればよい。これに対して、消衰係数kの値は、実質ゼロであるので、遮光塗膜5の消衰係数kが大きくなれば、反射率Rも増加することになる。一方、第2反射波11については、第1界面7を透過した透過光10を吸収させることで低減させることができる。例えば、遮光塗膜5の消衰係数kを大きくするか、遮光塗膜5の膜厚を厚くすればよい。
【0018】
具体的に、光学素子1に適用する遮光塗膜5について考慮すると、偏芯などの発生を抑制できる10μm以下の膜厚で、かつ十分な内面反射の防止効果を得るためには、遮光塗膜5の消衰係数kを、0.03以上、0.15以下の範囲に設定することが望ましい。これは、消衰係数kが0.03未満では、10μm以下の膜厚で透過光10を十分に吸収することができず、第2反射波11の反射率が大きくなり、一方、消衰係数kが0.15以上では、第1反射波9の反射率が大きくなるからである。このような遮光塗膜5を形成する材料としては、ある染料単体でもよいし、または、温水に不溶で、可視光を吸収し、消衰係数が大きい黒色材料である顔料を染料に少量添加したものとしてもよい。例えば、染料に対し、無機物であるカーボンブラック、銅鉄マンガン複合酸化物、チタンブラック、および酸化銅の4種の顔料を含有し得る。または、これらの顔料全てを染料に含有させるのではなく、4種のうち少なくともいずれか1種を含有させてもよい。さらに、遮光塗膜5に、平均粒径が100nm以下のチタニア、またはジルコニアの粒子の少なくとも1種を含有させてもよい。これらの微粒子は、いずれも屈折率が1.9以上の高屈折率材料であるため、その含有量を適宜調整することで、遮光塗膜5の屈折率nを調整することができ、結果的に第1反射波9の反射率Rを低くすることができる。ここで、平均粒径を100nm以下としたのは、それ以上の大きさとなると、遮光塗膜5に入射する入射光6が散乱し、吸収機能を十分に発揮することが難しくなるためである。
【0019】
次に、本実施形態の光学素子1を他の光学素子と合わせて鏡筒内に組み込んだ場合の遮光塗膜5と光学素子1の偏芯との関係について説明する。図3は、光学素子1と他の光学素子20とを鏡筒21に組み込んだ場合の光学系の構成を示す概略断面図である。一般に軸対象の光学系では、コマ収差などの諸収差への影響を低減するために、光学素子1と光学素子20との光軸22が揃っている必要がある。すなわち、光学素子1が、図3に示すように側端部の遮光塗膜5を介して鏡筒21に固定されている場合、遮光塗膜5の膜厚にバラツキがあると、光学素子1が中心からずれた状態で固定されてしまうことになり、平行偏芯や倒れ偏芯などが発生する。これに対して、本実施形態では、遮光塗膜5の消衰係数kを上記のように設定することで、非常に薄い膜厚でも十分な内面反射防止性能を発揮することができる。したがって、光学素子1を光学系の構成要素として鏡筒21に組み込んだ場合でも、光学素子1の偏芯の発生を低減することができる。なお、図3に示すような光学系では、偏芯に対する諸収差の影響量が全ての光学素子(レンズ)で等しいわけではない。これに対して、例えば、平行偏芯量を0.01mm、または傾き偏芯を1分としたときに、中心コマが0.002mm以上、または7割像高でのメリディオナル像面変動が0.02mm以上発生するような部位に光学素子1を用いるのがより効果的である。
【0020】
このように、光学素子1は、まず、光線有効部2a、2bにて入射光6の反射を効率的に低減することができる。この光学素子1を光学系の構成要素として用いた場合でも、光線有効部2a、2bおよび非光線有効部3にて反射が抑制されるため、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を低減することができる。さらに、遮光塗膜5は、含有し得る顔料が温水に不溶であるために保護膜を要しないことから、十分な遮光性能を有しつつ膜厚を10μm以下とすることができるため、膜厚のバラツキを小さくすることができる。加えて、光学素子1は、遮光塗膜5の消衰係数kを適切に設定することで、光学系に設置される部位が偏芯敏感度の高い部位であっても、偏芯による光学性能の低下を低減することができるため、光学系に対する適応性の点でも有利となり得る。なお、本実施形態の光学素子1は、両凹レンズであるものとして説明したが、例えば両凸レンズやメニスカスレンズとしても同様の効果を奏する。また、本実施形態では、ウェットプロセスを用いて形成した反射防止構造体として平均ピッチが400nm以下の凹凸構造体4を採用しているが、本発明は、これに限定するものではない。例えば、反射防止構造体として、ウェットプロセスを用いて形成した屈折率が1.30以下の反射防止膜を採用してもよい。この反射防止膜は、上記のような凹凸構造体と単層または多層の膜とで構成され得る。
【0021】
以上のように、本実施形態によれば、例えば、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を低減する点に加え、光学系に対する適応性の点で有利な光学素子を提供することができる。
【0022】
(光学系および光学機器)
次に、本発明の一実施形態に係る光学系および光学機器について説明する。本実施形態の光学系は、例えば、デジタルカメラやビデオカメラなどの光学機器が備えるレンズ部またはレンズ鏡筒の内部に構成される結像光学系を含み、この結像光学系の一部として、上記実施形態にて説明した光学素子1を採用し得る。図4は、本発明の一実施形態に係る光学系30の構成を示す要部断面図である。光学系30は、例えばカメラ用レンズ鏡筒に採用し得るものであり、図4では、最も左側に位置する被写体像の入射面31から出射面32までの光学面を構成する各光学素子と、像面(撮像素子など)33とを記載している。この光学系30では、絞り34の後段中間に位置する光学素子として、上記実施形態に係る光学素子1が配置されているため、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生が低減される。ここで、この光学系30における光学素子1は、上記の例示と同様に、平行偏芯量を0.01mm、または傾き偏芯を1分としたときに、中心コマが0.002mm以上、または7割像高でのメリディオナル像面変動が0.02mm以上発生するレンズとする。このとき、光学素子1の非光線有効部3に形成された遮光塗膜5の膜厚は、10μm以下と薄いので、光学素子1は、平行偏芯や倒れ偏芯の発生を抑え、この偏芯に伴う諸収差の発生も低減することができる。したがって、本実施形態の光学系30は、高品質、高品位なものとなる。なお、本実施形態で説明した光学系30は、一例であり、例えば双眼鏡などの観察光学系として、上記実施形態の光学素子1を採用し得る。さらに、光学機器は、このような光学系30を採用することで、フレアやゴーストなどの発生を抑制した画像や動画が得られる高品質、高品位なものとなり得る。
【符号の説明】
【0023】
1 光学素子
2a 光線有効部
2b 光線有効部
3 非光線有効部
4 凹凸構造体
5 遮光塗膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の入射面または出射面である光線有効部と、該光線有効部の側端部に位置する非光線有効部とを有する光学素子であって、
前記光線有効部の少なくとも1面に、ウェットプロセスで形成した平均ピッチが400nm以下の凹凸構造を有する反射防止構造体と、
前記非光線有効部に、無機物からなる顔料を含み、波長550nmにおける消衰係数が0.03以上、0.15以下の範囲にあり、膜厚が2μm以上、10μm以下の範囲にある遮光塗膜と、
を有することを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記反射防止構造体は、アルミニウム、または酸化アルミニウムを含有する塗工液を前記ウェットプロセスで塗布し、乾燥させた後、温度が60゜C以上、90゜C以下の範囲にある温水に5分以上浸漬させることで形成されることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記無機物は、カーボンブラック、銅鉄マンガン複合酸化物、チタンブラック、または酸化銅の少なくともいずれか1種であることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項4】
前記遮光塗膜は、チタニア、またはジルコニアの少なくとも1種の粒子を含有し、
前記粒子の平均粒径は、100nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項5】
少なくとも2つ以上の光学素子を有する光学系であって、
前記光学素子のうち少なくとも1つは、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の光学素子であることを特徴とする光学系。
【請求項6】
前記光学素子は、平行偏芯量を0.01mm、または傾き偏芯を1分としたとき、中心コマが0.002mm以上、または7割像高でのメリディオナル像面変動が0.02mm以上発生する部位に設置されることを特徴とする請求項5に記載の光学系。
【請求項7】
光学系を有する光学機器であって、
前記光学系は、請求項5または6に記載の光学系であることを特徴とする光学機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−97288(P2013−97288A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241958(P2011−241958)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】