説明

光学素子、光学系および光学機器

【課題】熱水浸漬処理が施される光学素子において、非光学面に遮光膜を簡単に形成すると共に遮光膜の遮光特性を維持すること
【解決手段】光学素子20は、有効光束が透過して前記有効光束に光学作用を与える光学面22と、前記有効光束が入射しない非光学面24、25と、前記光学面に形成された第1の膜23と、前記非光学面に形成され、可視域において不透明で遮光膜として機能する第2の膜26と、を有し、前記第2の膜を形成した後で、前記光学素子を60度〜90度の熱水に浸漬することによって前記第1の膜が形成され、前記第2の膜は樹脂と染料と添加物からなる塗料から構成され、当該塗料は前記熱水に不溶性であり、前記添加物は重量比13〜40wt%の金属酸化物微粒子を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子、光学系および光学機器に関する。
【背景技術】
【0002】
カメラ、顕微鏡、プロジェクタなどの光学機器に使用されるレンズ等の光学素子には、屈折、偏光分離、反射防止、光束分割などの光学作用を奏する光学面と、保持面(例えば、コバ面)などの非光学面と、を有するものがある。
【0003】
特許文献1は、非光線有効部(非光学面)に塗膜(遮光膜)を形成してから光線有効部(光学面)に反射防止構造体を形成する光学素子において保護膜を塗膜上に設けることを提案している。特許文献1によれば、反射防止構造体の形成に使用される熱水浸漬処理において、保護膜は、塗膜が熱水に接触してその成分である塗料が溶解することを防止するので、遮光性能を維持することができる。特許文献2は、樹脂と着色剤とチタニアを含有する光学素子用の遮光膜を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−54827号公報
【特許文献2】特開2011−186437号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、保護膜の形成は煩雑で作業工程や製造コストが増加すると共に保護膜が非有効光束を反射して塗膜の遮光特性を低下するという問題がある。
【0006】
本発明は、熱水浸漬処理が施される光学素子において、非光学面に遮光膜を簡単に形成すると共に遮光膜の遮光特性を維持することが可能な光学素子およびそれを有する光学機器を提供することを例示的な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の光学素子は、有効光束が透過して前記有効光束に光学作用を与える光学面と、前記有効光束が入射しない非光学面と、前記光学面に形成された第1の膜と、前記非光学面に形成され、可視域において不透明で遮光膜として機能する第2の膜と、を有する光学素子であって、前記第2の膜を形成した後で、前記光学素子を60度〜90度の熱水に浸漬することによって前記第1の膜が形成され、前記第2の膜は樹脂と染料と添加物からなる塗料から構成され、当該塗料の各成分は前記熱水に不溶性であり、前記添加物は重量比13〜40wt%の金属酸化物微粒子を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、熱水浸漬処理が施される光学素子において、非光学面に遮光膜を簡単に形成すると共に遮光膜の遮光特性を維持することが可能な光学素子およびそれを有する光学機器を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態の光学素子の断面図である。
【図2】図1に示す光学素子を有する結像光学系の断面図である。
【図3】図2に示す結像光学系を有する光学機器の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、本実施形態の光学素子20の断面図である。光学素子20は光学ガラスからなるレンズであり、一例として可視域で使用される。光学素子20は、図1では凸凹レンズであるが、その形状は集光レンズの単なる例示である。
【0011】
21、22は光学素子20の屈折作用(光学作用)を有する光学面であり、ここを物体からの有効光束が通過して集光される。光学面21は凸面で、光学面22は凹面である。光学面21、22には反射防止、カラーフィルタ、偏光分離など様々な光学作用を持たせることができる。この場合、特許文献1に記載されているように、誘電体薄膜を設けたり、使用波長以下の微細凹凸構造体を設けたりする。
【0012】
光学面21、22の少なくとも一方に(図1では光学面22に)、光学薄膜(第1の膜)23が湿式法によって形成されている。光学薄膜23は単層でも多層でもよい。湿式法は溶液状の材料を基材に塗布し、焼結や乾燥させることで薄膜を形成する方法である。湿式法で作製される膜には、ゾルゲル膜、SOG膜などがあり、湿式法にはスピンコート法やディップコート法、スプレーコート法等の手法があるが、いずれの場合も60度〜90度の熱水に5分以上浸漬する熱水浸漬処理が必要となる。
【0013】
24、25は屈折作用を有しない外周部である非光学面であり、ここには有効光束は入射しない。非光学面24は光軸AXに平行なコバ面(保持面)であり、光学面21に接している。非光学面25は光軸AXに垂直な面であり、光学面22に接している。非光学面24、25は直交して接している。
【0014】
非光学面24、25には可視域において不透明な遮光膜(第2の膜)26が形成されており、特許文献1のような保護膜を含まない。ここで可視域において不透明とは、波長400〜700nmの光の0度透過率が20%以下であることをいう。遮光膜26は可視光である非有効光束を吸収、遮光する黒色の塗膜であり、非有効光束が非光学面24、25を通過して迷光となって光学素子あるいはそれを有する光学系、光学機器の光学性能が低下することを防止する。非光学面24、25が数μm以上の粗さを持つ粗面だと、遮光膜26の吸収効率が向上し、余剰散乱光の抑制に効果的であるため、望ましい。
【0015】
光学薄膜23は、一般にnmオーダーの薄膜であり、非光学面24、25の表面の少なくとも一部にも形成されることが多い。非光学面24、25を粗面にして、遮光膜26を形成する前に光学薄膜23を形成すると、非光学面24、25の粗面に光学薄膜23が入り込んで除去が困難で遮光性能が劣化するおそれがある。
【0016】
一方、非光学面24、25に遮光膜26を形成してから光学面21、22に光学薄膜23を形成すると、遮光膜26の表面の一部に溶液が塗布されるが、この場合は簡単に溶液を除去することができる。
【0017】
そこで、本実施形態は、非光学面24、25に遮光膜26を形成した後で、光学薄膜23を形成している。即ち、遮光膜26が形成された後で熱水浸漬処理が行われる。しかしながら、この場合、従来の遮光膜は熱水に接触すると、その塗料成分が溶け出して損傷し、遮光特性が低下してしまう。また、塗料の溶出成分は光学素子20の光学面21、22に付着して汚染してしまう。
【0018】
この問題を解決するために、遮光膜を特許文献1に提案されているように保護膜で覆うこともできるが、保護膜の製造は煩雑でコストアップを招くと共に保護膜によって非有効光束が反射されて遮光膜の遮光特性が低下するおそれもある。
【0019】
従来の溶出成分を調べると、コールタールやコールタールピッチであることが判明した。そこで、本実施形態は、遮光膜26をこれらの水溶性成分を含まない塗料から構成することによって熱水に接触してもその成分が溶出しないようにした。これにより、保護膜が不要となり、遮光膜26の黒色塗料の表面が露出するので、表面反射も抑えた光学素子20を得ることができる。
【0020】
遮光膜26は、有機材料を主成分とする樹脂、着色剤として染料および添加物を有する塗料から構成され、当該塗料の各成分は熱水に不溶性である。また、遮光膜26は、保護膜に覆われておらず外部に露出して黒色であり、表面にテカリがない。
【0021】
樹脂としては、エポキシ系、アクリル系、イミド系、フェノール系等の樹脂を使用することができる。樹脂量は重量比15〜40wt%程度が望ましい。15wt%以下だと塗膜にした際に十分な強度が得られず、40wt%以上だと遮光性能が低下するおそれがある。
【0022】
染料は、不溶性のアゾ系染料、キノン系染料などを用いることができる。特許文献2はコールタールを屈折率向上材料として使用することを許容しているが、本実施形態はコールタールやコールタールピッチを含まない点で特許文献2とは異なる。可視域全域で遮光性能を実現するために複数の材料を用いることが望ましい。染料の量としては、重量比10wt%〜30wt%が望ましい。10wt%以下だと十分な遮光性能を得るのが難しく、30wt%以上だとバインダーとして用いる樹脂の硬化を阻害するおそれがある。
【0023】
遮光膜26は、添加物の一つとして、重量比13〜40wt%の金属酸化物微粒子を含む。この場合、金属酸化物微粒子は、可視域において透明で、SiO、Ta、TiO、Alのいずれか1つ以上を含むことが好ましい。ここで可視域において透明とは、波長400〜700nmの光の0度透過率が80%以上であることをいう。遮光膜26が金属酸化物微粒子をこの範囲で含むと、膜強度や安定性の向上と屈折率の調整を両立させることができる。
【0024】
金属酸化物微粒子が重量比13wt%未満の場合は金属酸化物微粒子だけでは膜強度や高性能を得ることが難しく、材料や樹脂の選択も困難になる。また、金属酸化物微粒子が重量比40wt%よりも大きいと、樹脂の硬化を阻害する可能性があるため、好ましくない。
【0025】
金属酸化物微粒子は、遮光膜材料に使用される樹脂と混合され易く、樹脂の骨材としての機能も果たし、膜強度向上の効果がある。また、金属酸化物微粒子は、熱水に不溶性で熱水に染み出して汚染の原因にならず安定性を維持する。また、金属酸化物は耐熱水性の効果を有する。
【0026】
また、金属酸化物微粒子が使用波長よりも小さければ、微粒子の混合比を調整することで遮光膜26の屈折率を調整することができ、使用波長よりも大きければ入射光を散乱させることができる。このため、材料を選択的に使用すると、遮光膜26の反射防止性能を調整することが可能となる。なお、金属酸化物微粒子は大きすぎると散乱してしまうため、大きさとしては直径5〜120nm以下が好ましく、20〜100nmがより好ましい。
【0027】
なお、添加物としては他に反応促進剤、安定化剤、防かび剤等を種々の用途に応じて適宜選択し、追加することが可能である。また、遮光膜26の樹脂、染料、添加物の上述した重量比wt%を合計すると100%(あるいはそれ以下)となることはいうまでもない。
【0028】
本実施形態によれば、遮光膜26を光学薄膜23を形成するよりも前に形成するので非光学面24、25を粗面にした場合でも遮光膜26の遮光特性を維持することができる。また、遮光膜26はコールタールやコールタールピッチを含まず、光学薄膜23を形成する際の熱水浸漬処理において塗料は熱水に溶け出す水溶性の着色成分を含まないので遮光特性の低下と光学素子20の汚染を防止することができる。そして、金属酸化物微粒子が耐熱水性を高めている。更に、遮光膜上に保護膜を設ける必要がないので製造コストを抑え、また、保護膜表面の反射(テカリ)による遮光特性の低下を防止することができる。
【0029】
図2は、物体からの光束を結像面IPに結像する、本実施形態の結像光学系10の断面図である。本実施形態の結像光学系10は、一例として可視光で使用され、複数の光学素子を有する。この結像光学系10の構成は単なる一例であり、本実施形態は、望遠タイプの光学系に限定されず、広角系、ズーム系など種々の変形及び変更が可能であり、ミラーなどの反射部材を更に有してもよい。
【0030】
これらの光学素子は、図1に示す光学素子(第1の光学素子)20、光量を調節する光学絞り30、レンズである他の光学素子(第2の光学素子)32、34、36を含み、光学素子20は光学絞り30よりも像側に配置されている。結像光学系10は、図内左側、つまり物体側から入射した光の光束径を光学絞り30によって制限し、結像面IPへ物体像を結像する。
【0031】
光学素子20は、非光学面の表面の反射を良好に抑えることができる。結像光学系10は各光学素子の非光学面を保持部として、黒色部材からなる鏡筒によって保護されることが一般的である。結像光学系10は、物体側からの光を効率良く集光するため、非光学面は側面もしくは像面側に設けられることが多く、物体側から結像光学系10を覗き込んだ場合、非光学面の表面が直接見えることはない。
【0032】
一方、像面側から結像光学系10を覗き込んだ場合、非光学面の表面が確認できる場合があり、ここに表面反射が大きな光学素子を利用すると乱反射による迷光が発生する原因となる。このような問題は光学絞り30よりも像面側に配置されている光学素子に発生しやすい。一方、光学絞り30よりも物体側に配置されている光学素子は、像面側から入射する光が光学絞り30によって切られるため、このような問題は発生しにくい。
【0033】
そのため、光学素子20を光学絞り30よりも像面側に使用することによって迷光の発生を抑制する高品位な光学特性を有する結像光学系10を得ることができる。但し、光学絞り30よりも物体側に配置されている光学素子に上記問題がまったく発生しないわけではないので、図1に示す光学素子20は、例えば、コバ面が大きい光学素子32、34、36に適用されてもよい。
【0034】
図3は、結像光学系10を使用可能な光学機器の一例としてのデジタルカメラの斜視図である。40はカメラ本体、41は結像光学系10を有する撮像光学系(またはレンズ鏡筒)である。42はカメラ本体300に内蔵され、撮像光学系41によって形成された光学像を光電変換するCCDセンサやCMOSセンサ等の固体撮像素子(光電変換素子)である。43は固体撮像素子42によって光電変換された情報を記録するメモリ、44は液晶ディスプレイパネル等によって構成され、固体撮像素子42上に形成された被写体像を観察するための表示素子である。光学素子20は、遮光膜26が迷光を防止するのでデジタルカメラ40は高画質な画像を提供することができる。
【0035】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形及び変更が可能である。例えば、本実施形態の光学素子はレンズには限定されず、光を透過する部材であれば、波長板、ビームスプリッタなどでもよい。また、光学機器はデジタルカメラに限定されず、顕微鏡、プロジェクタ等の光学機器に広く適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
光学素子は、カメラ、顕微鏡、プロジェクタ等の光学機器に適用することができる。
【符号の説明】
【0037】
20…光学素子、21、22…光学面、23…光学薄膜(第1の膜)、24、25…非光学面、26…遮光膜(第2の膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効光束が透過して前記有効光束に光学作用を与える光学面と、
前記有効光束が入射しない非光学面と、
前記光学面に形成された第1の膜と、
前記非光学面に形成され、可視域において不透明で遮光膜として機能する第2の膜と、
を有する光学素子であって、
前記第2の膜を形成した後で、前記光学素子を60度〜90度の熱水に浸漬することによって前記第1の膜が形成され、
前記第2の膜は樹脂と染料と添加物からなる塗料から構成され、当該塗料の各成分は前記熱水に不溶性であり、前記添加物は重量比13〜40wt%の金属酸化物微粒子を含むことを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記金属酸化物微粒子は前記可視域において透明であることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記金属酸化物微粒子は、SiO、Ta、TiO、Alのいずれか1つ以上を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記第1の膜は湿式法によって形成されていることを特徴とする請求項1乃至3のうちいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記第2の膜は露出して黒色であることを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項6】
請求項1乃至4のうちいずれか1項に記載の光学素子を有することを特徴とする光学系。
【請求項7】
光量を調節する光学絞りを更に有し、
前記光学素子は前記光学絞りよりも像側に配置されていることを特徴とする請求項6に記載の光学系。
【請求項8】
請求項6または7に記載の光学系を有することを特徴とする光学機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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