説明

光学素子の表面平滑化方法

【課題】光学素子の表面形状に依存することなく、しかも低コスト、小電力でしかも短時間で、光学素子表面に形成されたナノオーダの凹凸をエッチングして平滑化する。
【解決手段】光学素子2の表面を所定の溶質分子を含む液体表面へ向けて近接させつつ、光学素子2に対して溶質分子の吸収端波長以上の光を照射し、光学素子2の表面が液体表面へほぼ接触した時において、照射した光に応じて光学素子2表面に形成された凹凸における少なくとも角部に発生させた近接場光に基づいて溶質分子を解離させてエッチングすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子の表面に形成されたナノオーダの凹凸をエッチングして平滑化する際に好適な光学素子の表面平滑化方法並びにこれを用いた光学素子の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、合成石英、BK7(ホウケイ酸塩クラウンガラス)等を用いたレンズ、反射鏡、窓板、偏光素子等の光学素子の表面平滑化方法としては、例えば、特許文献1に示すような光学素子の研削・研磨加工方法が提案されている。この研削・研磨加工方法においては、固定砥粒工具とレンズホルダーとを少なくとも有する加工装置を用いており、このレンズホルダーに光学素子であるレンズを保持して固定砥粒工具の加工面に当接させたまま、固定砥粒工具を回転モーターによって所定の回転数をもって回転駆動させる。そして、レンズを固定砥粒工具の加工面上を円弧状に揺動させながら、レンズ表面の研磨を行う。かかる場合において、レンズと固定砥粒工具との間には、ダイヤモンド等を初めとした砥粒を含む研磨液が接触された状態にある。
【特許文献1】特開2001−198784号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上述した特許文献1に示す光学素子の研削・研磨加工方法では、レンズ表面を固定砥粒工具や研磨液等を用いて物理的に研磨することによってその表面を平滑化しているため、固定砥粒の物理的な寸法より小さな凹凸まで研磨することができないという問題点があった。また、上述のような研磨液を用いた物理的な研磨では、研磨工程の進行に伴い、研磨液が凝集、固体化等されてしまい粗大粒子を形成し、これによって光学素子表面に引っ掻き疵(スクラッチ)を形成し、微細な凹凸が光学素子表面に残存してしまうという問題点があった。また、上述した特許文献1に示す光学素子の研削・研磨加工方法では、研磨の対象となる光学素子を構成する材質や厚みに応じて最適な研磨条件を調整する必要があるが、光の回折限界以下のナノオーダのレベルで表面凹凸が最小となる条件を見つけ出すことは現実的に困難であった。
【0004】
また、従来提案されてきた、光学素子の表面平滑化方法では、光学素子の表面形状によっては研磨を施すこと自体が困難な場合もあった。このため、光学素子の表面形状に支配されることなく、その表面をナノオーダで平滑化可能なプロセスに対する要望が強かった。
【0005】
さらに、従来における光学素子の研削・研磨加工方法は、物理的な研磨を行う上で長時間を要し、しかもシステム全体が大掛かりになることから製造コストが過大となる欠点もあった。また、研磨の対象となる光学素子の数が増加するにつれて、プロセスを実行する上で必要な電力が大きくなり、より環境に配慮した方法を提案する必要もあった。
【0006】
そこで、本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されてものであり、その目的とするところは、光学素子の表面形状に依存することなく、しかも低コスト、小電力でしかも短時間で、光学素子表面に形成されたナノオーダの凹凸をエッチングして平滑化することが可能な表面平滑化方法並びにこれを用いた光学素子の作製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る光学素子の表面平滑化方法は、光学素子の表面を所定の溶質分子を含む液体表面へ向けて近接させつつ、上記光学素子に対して上記溶質分子の吸収端波長以上の光を照射し、上記光学素子の表面が上記液体表面へほぼ接触した時において、上記照射した光に応じて上記光学素子表面に形成された凹凸における少なくとも角部に発生させた近接場光に基づいて上記溶質分子を解離させてエッチングすることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る光学素子の表面平滑化方法は、溶質分子を含む液体中に光学素子を浸漬し、上記溶質分子の吸収端波長以上の光を上記液体を通過させて上記光学素子に照射することにより、上記光学素子表面に形成された凹凸における少なくとも先鋭化部分に発生させた近接場光に基づいて上記溶質分子を解離させてエッチングすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法では、特に光学素子における先鋭化部分を初めとした局所的な部分において近接場光を発生させ、かかる近接場光による非断熱光化学反応に基づいて当該部分近傍のみについて溶質分子を選択的に解離させ、生成したラジカルに基づいて先鋭化部分を選択的にエッチングすることが可能となる。特に、この近接場光は、ナノオーダの先鋭化部分であっても選択的に発生させることができることから、表面平滑化処理そのものをナノオーダで実現することができる。このため、本発明では、従来の光学素子の研磨方法と比較して、光の回折限界以下のピッチで凹凸を無くすことにより、光学素子2の表面をより平滑化させることが可能となる。
【0010】
また本発明は、光学素子2の表面形状がいかなるものであっても、その微細な表面凹凸の局所領域に近接場光を発生させることができることから、光学素子の表面形状により処理の制約を受けることが無くなり、処理対象としての光学素子の表面形状の自由度に幅を持たせることで汎用性を向上させることができる。従って、従来において物理研磨を精度よく施すことが困難であった表面が湾曲した形状の凹曲面や凸曲面に対しても、上述した組成の液体中において上記波長からなる光を照射するのみ、特別の制御することなく平滑化が可能となる。
【0011】
さらに本発明では、物理的な研磨を行う場合と比較して短時間で済み、しかも製造コストを低減させることが可能となる。
【0012】
また、液体の液面においてのみ上述した分子の解離を起こさせてラジカルによる反応を起こさせることができる本発明では、エッチングの位置を液面のみに制御することが可能となり、ナノオーダで凹凸を除去して平滑化する上で極めて好適な条件を作り出すことが可能となる。
【0013】
また、本発明では、プロセスを実行する上で必要な電力を低減でき、より環境に配慮したプロセスとすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法を実現するための表面平滑化処理システム1である。
【0016】
この表面平滑化処理システム1は、液体を利用して光学素子2の表面を平滑化するものであって、槽11内に液体が注入されているとともに、上下可動とされた可動ステージ15と、この可動ステージの下面に貼着されている光学素子2とを備えており、更にこの可動ステージの上方から光を照射可能な光源14を備えている。
【0017】
可動ステージ15は、光源14から照射された光が透過可能な材料で構成されている。光源14から照射されてきた光は、この可動ステージ15を透過して光学素子2へと入射されることになる。またこの可動ステージ15は、下方向へ向けて可動させることにより、その下面に貼着された光学素子2を液体に接触させることが可能となる。
【0018】
槽11内に注入される液体としては、溶質分子として、例えば塩素分子等を含むものである。
【0019】
光源14は、図示しない駆動電源による制御に基づき、所定の波長を有する光を射出するものである。この光源14からは、以下に詳細に説明するように、溶質分子の吸収端波長よりも長波長からなる光が射出される。この光源14は、例えば、レーザーダイオード等によって具体化される。また、この光源以外に図示しない光学系を備えていてもよく、偏光レンズや集束レンズ等を備えて具体化される。これによって、光学素子構2表面の凹凸の位置、大きさ、範囲等に応じて、ビーム径やビーム形状を制御し、光を照射する範囲を絞ることができる。
【0020】
なお、図2に、本発明を適用した表面平滑化処理システム1による処理対象としての光学素子2の例を示す。光学素子2は、例えば、レンズ、ミラー、プリズム、基板、ビームスプリッター、偏光素子として用いられるものである。光学素子2aは、図2(a)、(b)に示されるように、その表面31、裏面32ともに平坦な形状から構成される、いわゆる平行平面基板とよばれる光学素子である。光学素子2b、2cは、図2(c)〜(f)に示すように、その表面に凹曲面33や凸曲面34を有するレンズであり、裏面32は平坦な形状から構成される。このように、光学素子2は、その表面が平坦な形状からなる光学素子2aや、その表面が所定の曲率をもって湾曲してなる光学素子2b、2c等が含まれるものであるが、図示される形状に限定されるものではない。また、光学素子2は、その大きさに限定されるものではない。
【0021】
光学素子2の材質は、例えば、BK7等のクラウンガラス、F2等のフリントガラスのような光学ガラスであったり、合成石英、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、フッ化バリウム、岩塩(NaCl)、ゲルマニウム(Ge)、サファイヤ、ジンクセレン(ZnSe)等のような光学結晶等によって具体化される。
【0022】
このような光学素子2は、表面平滑化処理システム1による処理前において、図3(a)に示すように、表面に微細な凹凸が形成されている。この凹凸のピッチは、数nmのオーダから数μmまでのオーダまで様々であるが、本発明では特に1nm程度のピッチで構成されている凹凸をエッチングする場合においても適用可能である。以下この光学素子2の表面が内側に凹んでいる凹部41と、外側に先鋭化された凸部42で形成されているものとし、更に、この凸部42の先端を先鋭化部分43という。なお、表面粗さが極度に大きい場合等には、予め物理研磨を施しておき、その後の仕上げ加工として、本発明を適用するようにしてもよい。
【0023】
次に、上述した構成からなる表面平滑化処理システム1により、実際に光学素子2の表面を平滑化させるプロセスについて説明をする。
【0024】
先ず、表面処理を施すべき光学素子2を可動ステージ15の下面に貼着する。また、槽11内に液体を注入する。
【0025】
因みに以下では、液体として、吸収端波長400nmの塩素分子が含まれている液体を使用する場合を例にとる。
【0026】
次に、光源14からの光を液体を通じて光学素子2に入射させる。このときの光源14から照射する光の波長は、532nmであるがこれに限定されるものではない。
【0027】
図4は、液体に含まれている溶質分子の原子核間距離に対するポテンシャルエネルギーの関係について示している。通常、液体内に含まれた溶質分子に対して、基底準位と励起準位とのエネルギー差Ea以上の光エネルギーをもつ光、即ち、溶質分子の吸収端波長よりも短波長からなる光(以下、この光を共鳴光という。)を照射すると、この溶質分子は、励起準位へ直接励起される。この励起準位は、解離エネルギーEbを超えているため、矢印で示される方向へ溶質分子を光解離させてラジカルが生成される。これは、伝搬光を使った通常の光解離のメカニズムに基づくものであるが、伝搬光の電場強度が分子サイズの空間内において均一な分布であるため、溶質分子を構成する原子核や電子のうち軽い電子のみが光に対して反応するものの、原子核間距離を変化させることができない。即ち、伝搬光による光解離過程は断熱近似となることから、基底状態から解離軌道へ遷移させるためには、励起準位軌道のポテンシャルエネルギーよりも高い光エネルギーを持つ光を照射する必要がある。ちなみに、溶質分子の吸収端波長以上の非共鳴光を伝搬光として照射した場合、溶質分子は励起準位へ励起されない。非共鳴光は、図5における光エネルギーS1、S2等のように励起準位軌道のポテンシャルエネルギーよりも低いため、伝搬光を単に照射させたのみでは、ガス分子を光解離させて活性種としてのラジカルを生成させることはできない。
【0028】
これに対して本発明では、溶質分子の吸収端波長以上の光(以下、この光を非共鳴光という。)を利用するが、光学素子2の表面凹凸をエッチングする上で、光源14から照射された非共鳴光としての伝搬光を直接的に利用するものではなく、この照射された伝搬光に基づいて光学素子2の局所領域に発生させた近接場光に基づいて、表面の凹凸をエッチングする。
【0029】
ここでいう近接場光とは、約1μm以下の大きさからなる物体の表面に伝搬光を照射した場合に、その物体の表面にまとわりついて局在する非伝搬光のことをいう。この近接場光は、非常に強い電場成分を有しているが、物体の表面から遠ざかるにつれてその電場成分が急激に減少する性質をもっている。この非常に強い電場成分が見られる物体表面からの厚みは、その物体の寸法に依存しており、その物体の寸法と同程度の厚みからなる。
【0030】
近接場光の電場強度は、局所領域においても急激に減少するという特質を有する。このため、この近接場光を塩素系ガスの分子と反応させた場合において、その電場は分子にとって不均一な空間分布となり、塩素系ガス分子中の原子核も、かかる近接場光の電場勾配により引力を受けることになる。即ち、近接場光をガス分子と反応させることにより、当該ガス分子を構成する比較的軽い電子のみならず、原子核をも近接場光に対して応答させることができる。その結果、近接場光により、原子核間距離を周期的に変化させることが可能となり、分子の振動準位への直接的な励起を生じさせる、いわゆる非断熱光化学反応を起こさせることが可能となる。
【0031】
溶質分子の吸収端波長以上の非共鳴光を近接場光として液体に反応させた場合には、かかる非断熱光化学反応により、液体に含まれる溶質分子をラジカルへと解離させることが可能となる。この非断熱光化学反応は、図4に示すような過程T1〜T3に分類することができる。過程T1は、溶質分子が複数の分子振動準位を介して励起され(多段階遷移)、その結果、励起準位にまで励起された後に、活性種等に解離される過程のことをいう。また、過程T2は、溶質分子の解離エネルギーEb以上の光エネルギーをもつ光を照射した場合に、溶質分子が解離エネルギーEb以上のエネルギー準位の分子振動準位にまで励起され、その結果、活性種等に直接的に解離される過程のことをいう。また、過程T3は、溶質分子のEb以下の光エネルギーを持つ光を照射した場合に、溶質分子が複数の分子軌道準位を介して多段階遷移し、Ea未満Eb以上のエネルギー準位まで励起された後に、活性種等に解離される過程のことをいう。
【0032】
このように、非共鳴光を近接場光として溶質分子と反応させた場合に、非断熱光化学反応における過程T1〜T3により、当該溶質分子を分子振動準位にまで直接的に遷移させることが可能となる。
【0033】
ここで伝搬光を光学素子2に照射することにより、近接場光が発生する局所領域とは、図3(b)に示すように凸部42の先端に相当する先鋭化部分43である。この先鋭化部分43において近接場光が選択的に発生するともに、光学素子2の表面が液体表面へほぼ接触した時において、当該発生した近接場光により、液体中の溶質分子51が解離されてラジカル52が生成される。このラジカル52は、近接場光が発生した先鋭化部分43近傍のみにおいて選択的に生成される。そして、この生成されたラジカル52は、これに最も近接する先鋭化部分43のみと選択的に反応することになる。その結果、図3(c)に示すように、先鋭化部分43がラジカル52の活性によりエッチングされることになる。そして先鋭化部分43がエッチングされると、この凸部42において更に先鋭化部分43’が形成されるが、これに対しても近接場光が選択的に発生し、溶質分子51を解離させてラジカル52を先鋭化部分43’近傍において選択的に形成されることができる。その結果、この先鋭化部分43’は、ラジカル52と反応することによりエッチングされることになる。
【0034】
上述したように、光学素子2の局所領域における近接場光の発生と、溶質分子51の解離によるラジカル活性、先鋭化部分43の反応が繰り返し実行されることにより、最終的には図3(d)に示すように、凸部42をエッチングされることにより表面を平滑化させ、表面粗さを低減させることが可能となる。なお、近接場光が発生する箇所は、先鋭化部分43に限定されることなく、表面凹凸を構成するいかなる部位において発生し得ることは勿論である。
【0035】
このように、本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法では、特に光学素子2における先鋭化部分43を初めとした局所的な部分において近接場光を発生させ、かかる近接場光による非断熱光化学反応に基づいて当該部分近傍のみについて溶質分子51を選択的に解離させ、生成したラジカル52に基づいて先鋭化部分43を選択的にエッチングすることが可能となる。特に、この近接場光は、ナノオーダの先鋭化部分43であっても選択的に発生させることができることから、表面平滑化処理そのものをナノオーダで実現することができる。このため、本発明では、従来の光学素子の研磨方法と比較して、光の回折限界以下のピッチで凹凸を無くすことにより、光学素子2の表面をより平滑化させることが可能となる。
【0036】
また本発明は、光学素子2の表面形状がいかなるものであっても、その微細な表面凹凸の局所領域に近接場光を発生させることができることから、光学素子2の表面形状により処理の制約を受けることが無くなり、処理対象としての光学素子2の表面形状の自由度に幅を持たせることで汎用性を向上させることができる。従って、従来において物理研磨を精度よく施すことが困難であった、光学素子2b、2cのような、表面が湾曲した形状の凹曲面33や凸曲面34に対しても、上述した組成の液体中において上記波長からなる光を照射するのみ、特別の制御することなく平滑化が可能となる。
【0037】
さらに本発明では、物理的な研磨を行う場合と比較して短時間で済み、しかも製造コストを低減させることが可能となる。特に本発明では、ステージ13上に多くの光学素子2を並べて同時に平滑化処理を行うことが可能となるため、処理効率を向上させることが可能となる。
【0038】
また、液体の液面においてのみ上述した分子の解離を起こさせてラジカルによる反応を起こさせることができる本発明では、エッチングの位置を液面のみに制御することが可能となり、ナノオーダで凹凸を除去して平滑化する上で極めて好適な条件を作り出すことが可能となる。
【0039】
また、本発明では、プロセスを実行する上で必要な電力を低減でき、より環境に配慮したプロセスとすることが可能となる。
【0040】
因みに、上述した実施の形態においては、液体の溶質分子として塩素を含む場合を例にとり説明をしたが、これ以外の溶質分子で液体を構成する場合も同様の技術思想が適用される。即ち、液体を構成する溶質分子の吸収端波長以上のみの光を照射することにより、上述したような近接場光を利用した非断熱光化学反応に基づいて溶質分子を解離させることが可能となる。
【0041】
なお本発明において、照射する光の波長帯域としては10μm以下とするのが好ましい。この光の波長が10μm超であると、溶質分子の振動準位への直接的な励起が生じにくく、近接場光によるエッチングレートが低減するためである。
【0042】
なお本発明は、図6に示すようにエッチングしたい形状に応じて、液体の液面に対する光学素子2の表面の接触角度を調整したものである。図6(a)では、液体の液面に対して光学素子2を斜め方向から接触させる。その結果、上述したようなメカニズムに基づいてエッチングが開始される。このエッチングは液体に含まれる分子が解離することにより行われることから、液面の近傍においてのみ起こりえる現象である。このため、光学素子2は基本的には液面近傍においてのみエッチングされることになる。
【0043】
逆にかかる現象を利用して光学素子2に対する液面の位置や角度を制御、調整することにより、所望のエッチング形状を得ることが可能となる。図6(b)は、上述したように液体の液面に対して光学素子2を斜め方向から接触させた場合において、得られたエッチングの形状を示している。このエッチングの形状は、光学素子2に対する液面の位置や角度に対応したものである。
【0044】
また、本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法を実現するための表面平滑化処理システム1は、例えば図7に示すような形態により具体化されていてもよい。
【0045】
この表面平滑化処理システム1は、液体を利用して光学素子2の表面を平滑化するものであって、槽11内に液体が注入されているとともに、処理対象としての光学素子2が載置されるステージ13を配設してなり、このステージ13上に光を照射可能な光源14を備えている。
【0046】
このような図7に示す構成からなる表面平滑化処理システム1により、実際に光学素子2の表面を平滑化させるプロセスについて説明をする。
【0047】
先ず、表面処理を施すべき光学素子2をステージ13上に載置する。そして、槽11内に液体を注入する。その結果、光学素子2は液体に浸漬されることになる。ちなみに、予め液体が注入された槽11内に光学素子2をステージ13上に載置することによりこれを液体に浸漬させるようにしてもよい。
【0048】
因みに以下では、吸収端波長400nmの塩素が含まれている溶質分子からなる液体を使用する場合を例にとる。その結果、この光学素子2は、塩素を含む溶質分子の液体中において浸漬されている状態を作り出すことが可能となる。
【0049】
次に、光源14からの光を液体を通じて光学素子2に入射させる。このときの光源14から照射する光の波長は、400nm以上である。また光学素子2の表面は、図8(a)に示すように、凹部41、凸部42が連続するようにして構成され、凸部42の先端には先鋭化部分43が形成されている。
【0050】
ここで伝搬光を光学素子2に照射することにより、近接場光が発生する角部とは、図8(b)に示すように凸部42の先端に相当する先鋭化部分43である。この先鋭化部分43において近接場光が選択的に発生すると、当該発生した近接場光により溶質分子51が解離されてラジカル52が生成される。このラジカル52は、近接場光が発生した先鋭化部分43近傍のみにおいて選択的に生成される。そして、この生成されたラジカル52は、これに最も近接する先鋭化部分43のみと選択的に反応することになる。その結果、図8(c)に示すように、先鋭化部分43がラジカル52の活性によりエッチングされることになる。そして先鋭化部分43がエッチングされると、この凸部42において更に先鋭化部分43’が形成されるが、これに対しても近接場光が選択的に発生し、原料ガス分子51を解離させてラジカル52を先鋭化部分43’近傍において選択的に形成されることができる。その結果、この先鋭化部分43’は、ラジカル52と反応することによりエッチングされることになる。
【0051】
また、近接場光が発生する角部は、かかる先鋭化部分のみならず、凹部41、凸部42を構成するいかなる角部分をも含む。凹部41もここでいう角部に含まれ、図8(b)に示すように近接場光が発生し、この発生した近接場光に基づいて発生させたラジカル52により当該凹部41が平滑化されることになる。
【0052】
上述したように、光学素子2の局所領域における近接場光の発生と、溶質分子51の解離によるラジカル活性、角部の反応が繰り返し実行されることにより、最終的には図8(d)に示すように、角部をエッチングすることにより表面を平滑化させ、表面粗さを低減させることが可能となる。
【0053】
因みに本発明は、上述したプロセスからなる光学素子の表面平滑化方法の工程を有すること光学素子の作製方法として具体化されていてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法を実現するための表面平滑化処理システムを示す図である。
【図2】本発明を適用した表面平滑化処理システムによる処理対象としての光学素子の例を示す図である。
【図3】本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法について説明するための図である。
【図4】チャンバ内に導入された塩素系ガスのガス分子の原子核間距離に対するポテンシャルエネルギーの関係図である。
【図5】共鳴光照射モードについて説明するための図である。
【図6】エッチングしたい形状に応じて液面に対する光学素子の表面の接触角度を調整した例を示す図である。
【図7】本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法を実現するための表面平滑化処理システムを示す図である。
【図8】本発明を適用した光学素子の表面平滑化方法について説明するための他の図である。
【符号の説明】
【0055】
1 表面平滑化処理システム
2 光学素子
13 ステージ
14 光源
41 凹部
42 凸部
43 先鋭化部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学素子の表面を所定の溶質分子を含む液体表面へ向けて近接させつつ、上記光学素子に対して上記溶質分子の吸収端波長以上の光を照射し、
上記光学素子の表面が上記液体表面へほぼ接触した時において、上記照射した光に応じて上記光学素子表面に形成された凹凸における少なくとも角部に発生させた近接場光に基づいて上記溶質分子を解離させてエッチングすること
を特徴とする光学素子の表面平滑化方法。
【請求項2】
塩素分子を含む溶質分子を含む上記液体へ上記光学素子の表面を接触させること
を特徴とする請求項1記載の光学素子の表面平滑化方法。
【請求項3】
光の回折限界以下のピッチで上記凹凸が形成された光学素子を上記液体へ接触させること
を特徴とする請求項1又は2記載の光学素子の表面平滑化方法。
【請求項4】
所望のエッチング形状に応じて、上記液体の液面に対する上記光学素子の表面の接触角度を調整すること
を特徴とする請求項1〜3のうち何れか1項に記載の光学素子の表面平滑化方法。
【請求項5】
溶質分子を含む液体中に光学素子を浸漬し、
上記溶質分子の吸収端波長以上の光を上記液体を通過させて上記光学素子に照射することにより、上記光学素子表面に形成された凹凸における少なくとも先鋭化部分に発生させた近接場光に基づいて上記溶質分子を解離させてエッチングすること
を特徴とする光学素子の表面平滑化方法。
【請求項6】
塩素分子を含む溶質分子を含む上記液体中に光学素子を浸漬すること
を特徴とする請求項1記載の光学素子の表面平滑化方法。
【請求項7】
請求項1〜6のうち何れか1項に記載の光学素子の表面平滑化方法の工程を有すること
を特徴とする光学素子の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−280432(P2009−280432A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−133281(P2008−133281)
【出願日】平成20年5月21日(2008.5.21)
【出願人】(592253736)シグマ光機株式会社 (46)
【Fターム(参考)】