説明

光学素子用塗料、皮膜、光学素子及び光学機器

【課題】原料の入手が容易で、有機溶剤に対して十分な耐久性を有し、屈折率が1.70以上の基材に対しても十分な光の内面反射防止効果を有する皮膜を形成できる光学素子用塗料、前記皮膜、前記皮膜を備えた光学素子及び該光学素子を備えた光学機器の提供。
【解決手段】d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体と、d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンと、硬化触媒と、黒色粒子とが配合されてなり、[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比が1/1〜20/1である光学素子用塗料;かかる塗料の硬化物からなる皮膜;基材と、該基材上に形成されたかかる皮膜とを備えた光学素子;かかる光学素子を備えた光学機器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レンズやプリズム等の光学素子用の塗料、該塗料を使用して形成された皮膜、該皮膜を備えた光学素子及び該光学素子を備えた光学機器に関する。
【背景技術】
【0002】
レンズやプリズム等の光学素子を組み合わせて構成された光学系においては、各光学素子の周辺部、縁、稜部等に乱反射や散乱による迷光を生じ易い。特に結像光学系においては、迷光が画像のゴーストやフレアを起こすため、画質低下の原因の一つとなる。そこで、このような迷光による光学性能の低下を抑制するため、光学素子の周辺部、縁、稜部等に存在する比較的散乱の大きい粗摺り面には、墨汁やガラス用の黒色塗料を塗布して、皮膜を形成することが多い。
【0003】
また、最近では、光学系を小型化・軽量化することが望まれており、光学素子の素材として屈折率が1.70以上のものが使用されるようになってきているが、このような素材に対しても、光の内部反射防止効果を有する皮膜を形成するための新たな塗料が提案されている。
例えば、特許文献1には、カルダノール誘導体とポリイソシアネート前駆体に、光吸収材としてコールタール又はコールタールピッチを配合した黒色塗料が開示されており、特許文献2には、光吸収材として粒子径が0.1μm以下であり、かつ屈折率が1.5以上である黒色無機微粒子を含有する黒色塗料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−258005号公報
【特許文献2】特開平7−82510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、塗料の配合成分であるコールタールやコールタールピッチは、光学素子の洗浄工程で使用される有機溶剤に溶解し易く、形成された皮膜は、これら有機溶剤に対して耐久性が十分ではないために色落ち等を生じてしまうという問題点があった。さらに、コールタールやコールタールピッチは、ピレン等の発がん性物質を含有するため、既に一般消費者向けには販売が禁止されており、原料の入手が困難であるという問題点があった。
また、粒子径が0.1μm以下の黒色無機微粒子は均一に分散させることが難しく、粒子が凝集し易いという性質を有するが、粒子が凝集すると塗布作業性が悪化するだけでなく、実質的に粒子径が拡大することになり、形成された皮膜は、所望の光の反射防止効果が得られないという問題点があった。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、原料の入手が容易で、有機溶剤に対して十分な耐久性を有し、屈折率が1.70以上の基材に対しても十分な光の内面反射防止効果を有する皮膜を形成できる光学素子用塗料、前記皮膜、前記皮膜を備えた光学素子及び該光学素子を備えた光学機器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体と、d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンと、硬化触媒と、黒色粒子とが配合されてなり、[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比が1/1〜20/1であることを特徴とする光学素子用塗料である。
また、本発明の別の態様は、上記本発明の光学素子用塗料の硬化物からなることを特徴とする皮膜である。
また、本発明の別の態様は、基材と、該基材上に形成された皮膜とを備えた光学素子であって、前記皮膜が上記本発明の皮膜であることを特徴とする光学素子である。
また、本発明の別の態様は、上記本発明の光学素子を備えたことを特徴とする光学機器である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の態様の光学素子用塗料によれば、原料の入手が容易で、有機溶剤に対して十分な耐久性を有し、屈折率が1.70以上の基材に対しても十分な光の内面反射防止効果を有する皮膜を形成できる。また、前記皮膜、前記皮膜を備えた光学素子及び該光学素子を備えた光学機器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】光学素子における光の内面反射を説明する図である。
【図2】実施例3〜4及び比較例3〜5における、光学素子用塗料を使用して皮膜を形成した評価用サンプルの構成を示す概略断面図である。
【図3】実施例3〜4及び比較例3〜5における、評価用サンプルの光の内面反射率の測定系を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<光学素子用塗料>
光学素子において、基材の表面に形成された皮膜が光の内面反射防止効果を有するのは、基材から皮膜中に滲み出した光が皮膜内部で吸収され、基材側への戻り光が減少することによる。例えば、図1に示した光学素子の場合、入射角θで基材1と皮膜2との界面に入射した光6は、全反射条件下において基材1から皮膜2側に距離dだけ滲み出し、皮膜2の内部で吸収され、基材1側への戻り光が減少する。
皮膜2から基材1への戻り光を少なくするためには、皮膜2の単位光路長あたりの光吸収量を大きくするか、皮膜2中への光の滲み出し距離dを長くする必要がある。前記距離dは、物理光学的に下記式(I)によって求められる。
d=λ/[2π(sinθ−(n/n1/2] ・・・・(I)
(式中、λは光の波長であり、θは入射角であり、nは基材1の屈折率であり、nは皮膜2の屈折率である。)
【0011】
式(I)から、前記距離dを長くするためには、皮膜2の屈折率nを基材1の屈折率nに近づければ良いことが判る。すなわち、基材1の屈折率nが高い場合には、皮膜2の屈折率nも高くすれば良い。
これに加え、皮膜2の屈折率nを基材1の屈折率nに近づければ、下記式(II)で与えられる全反射の臨界角θを大きくすることができる。臨界角θが大きいほど、基材1と皮膜2の界面で全反射条件を満たす入射角範囲が狭くなる。
sinθ=n/n ・・・・(II)
(式中、nは基材1の屈折率であり、nは皮膜2の屈折率であり、θは基材1と皮膜2との界面に入射した光6の全反射の臨界角である。)
【0012】
一般に、内面反射防止膜として用いられる皮膜は、基材への付着力、硬度、耐擦傷性等を決めるビヒクル成分と、光吸収材とから構成されている。そして従来のビヒクル成分の屈折率は1.65未満であり、屈折率が1.70以上の高屈折率の基材に対して内面反射防止膜として用いるには不十分なものであった。
本発明者は、ビヒクル成分を高屈折率化すれば、皮膜2中への光の滲み出し距離dが長くなり、さらに前記臨界角θもより大きくなることから、コールタール若しくはコールタールピッチ、又は黒色微粒子を用いることなく、内面反射防止効果の高い皮膜を得ることができるであろうと推測し、種々の樹脂についてビヒクル成分としての特性を測定、評価した。その結果、d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体と、d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンと、硬化触媒と、黒色粒子とが配合されてなり、[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比が1/1〜20/1である塗料を基材上に塗布して硬化させれば、屈折率1.65以上のビヒクル成分を含む皮膜を形成できること、また、かかる皮膜は屈折率が1.70以上の高屈折率の基材に対して、十分な光の内面反射防止効果を有することを見出した。
すなわち、本実施形態の光学素子用塗料は、d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体と、d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンと、硬化触媒と、黒色粒子とが配合されてなり、[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比が1/1〜20/1であることを特徴とする。
【0013】
(d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体)
本実施形態の塗料において、d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体としては、エポキシ基を二つ以上有するエポキシ樹脂前駆体が例示でき、好ましいものとしては、1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレン、9,9’−ビス[4−(2,3−エポキシプロピルオキシ)フェニル]フルオレン、ビス[4−(2,3−エポキシプロピルチオ)フェニル]スルフィド、ビス[4−(2,3−エポキシプロピルチオ)フェニル]ジスルフィド、2,5−ジ(2,3―エポキシプロピルチオ)−1,4−ジチアン、4,4’−ジ(2,3−エポキシプロピルオキシ)−1,1’−ビフェニル、2,2’−ジ(2,3−エポキシプロピルオキシ)−9,9’−スピロビ[9H−フルオレン]、5,5’−ジ(2,3−エポキシプロピルオキシ)−1,1’−ビナフタレン、5,5’−ジ(2,3−エポキシプロピルオキシ)−1,1’−ジイルカルボジイミド等が例示できる。
前記エポキシ樹脂前駆体は、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。
【0014】
前記エポキシ樹脂前駆体のd線における屈折率の上限は、特に限定されないが、例えば、基材のd線における屈折率が1.70〜1.85である場合には、実用性の観点から1.75であることが好ましい。
【0015】
本実施形態の塗料においては、前記エポキシ樹脂前駆体が、1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンを含むことが好ましく、1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンであることがより好ましい。
【0016】
配合成分の総量に占める前記エポキシ樹脂前駆体の配合量は、15〜50質量%であることが好ましく、15〜40質量%であることがより好ましく、20〜40質量%であることが特に好ましい。配合量を15質量%以上とすることで、塗料を硬化してなる皮膜の基材への付着力、硬度、耐擦傷性等の特性が一層向上する。一方、配合量を50質量%以下とすることで、塗料の粘度が高くなり過ぎず、塗布作業性が一層向上する。
【0017】
(d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミン)
本実施形態の塗料において、d線における屈折率1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンは、前記エポキシ樹脂前駆体の硬化剤として作用する。前記芳香族ポリアミンは、例えば、脂肪族ポリチオールよりも臭気が少なく、塗料としてのポットライフも長い。前記芳香族ポリアミンを硬化剤として用いることで、皮膜のd線における屈折率を1.65以上に高めると同時に、前記エポキシ樹脂前駆体の硬化度を高めることができる。
【0018】
前記芳香族ポリアミンとして具体的には、4,4’−ジチオジアニリン、4,4’−ジセレノジアニリン、2,2’−ジチオジアニリン、2,2’−ジセレノジアニリン、3,5−ジアミノジチオベンゼン、3,5−ジアミノジセレノベンゼン、3,3’,5,5’−テトラアミノジセレノベンゼン等が例示できる。
前記芳香族ポリアミンは、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。
【0019】
前記芳香族ポリアミンのd線における屈折率の上限は、特に限定されないが、例えば、基材のd線における屈折率が1.70〜1.85である場合には、実用性の観点から1.78であることが好ましい。
【0020】
本実施形態の塗料においては、前記芳香族ポリアミンが、4,4’−ジチオジアニリン及び2,2’−ジチオジアニリンの少なくとも一方を含むことが好ましく、4,4’−ジチオジアニリン及び2,2’−ジチオジアニリンの少なくとも一方であることがより好ましい。
【0021】
[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比は1/1〜20/1であり、1.5/1〜15/1であることが好ましく、1.5/1〜9/1であることがより好ましい。前記質量比を1/1以上とすることで、架橋密度が大きくなり過ぎて皮膜が脆くなることが抑制される。一方、前記質量比を20/1以下とすることで、80℃以下における硬化性が顕著に向上する。
【0022】
(硬化触媒)
前記エポキシ樹脂前駆体及び芳香族ポリアミンは、硬化触媒を使用することで、室温以上の温度で硬化し、特に、80℃以下での硬化性に優れることが特徴である。この時の硬化収縮は3〜5%である。また、硬化時には、アクリル系樹脂塗料でしばしば問題となる塗膜表面の酸素阻害もなく、空気中で硬化させることが可能である。
【0023】
前記硬化触媒の好ましいものとして、具体的には、脂肪族第三級アミン等が例示できる。
前記脂肪族第三級アミンとして具体的には、ベンジルジメチルアミン、2−(ジメチルアミノメチル)フェノール、2,4,6−トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール、トリエタノールアミン、N,N’−ジメチルピペラジン、1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン等が例示できる。
前記硬化触媒は、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。
【0024】
前記硬化触媒の配合量は、皮膜の物性を低下させずに適度な速度で硬化させるために、前記エポキシ樹脂前駆体及び芳香族ポリアミンの総配合量100質量部に対して、0.1〜10質量部であることが好ましい。
【0025】
(黒色粒子)
本実施形態の塗料において、黒色粒子の好ましいものとして具体的には、カーボンブラック、アセチレンブラック、グラファイト、ニッケル、炭化シリコン、チッ化シリコン、チタンブラック等の黒色無機粒子が例示できる。
また、これら黒色無機粒子以外に、光学素子の洗浄剤に対して十分な耐溶出性を有するものであれば、黒色有機粒子も同様に使用できる。
前記黒色粒子は、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。
本実施形態の塗料においては、前記黒色粒子が、カーボンブラック及びチタンブラックの少なくとも一方を含むことが好ましい。
【0026】
前記黒色粒子の平均粒子径は、0.3〜10μmであることが好ましい。ここで平均粒子径とは光散乱法で測定される球相当径を指す。このような範囲とすることで、凝集に伴う皮膜の外観悪化を抑制する一層高い効果が得られる。
【0027】
配合成分の総量に占める前記黒色粒子の配合量は、3〜30質量%であることが好ましく、5〜20質量%であることがより好ましく、5〜15質量%であることが特に好ましい。配合量を3質量%以上とすることで、皮膜の遮光性が向上し、外部から皮膜を透過して光学素子内部に侵入する迷光を一層抑制できる。一方、配合量を30質量%以下とすることで、塗料の粘度が高くなり過ぎずに塗布作業性が一層向上し、また黒色粒子同士の凝集に伴う皮膜の外観悪化を抑制する一層高い効果が得られる。
【0028】
(添加剤)
本実施形態の塗料は、必要に応じて塗料の保存安定性、塗布作業性又はその他の物性を調整するための各種添加剤が配合されていても良い。
前記添加剤として具体的には、保存安定性を調整するための顔料分散剤、色分かれ防止剤等の各種分散剤;塗布作業性を調整するためのタレ止め剤、沈降防止剤等の各種揺変剤;皮膜の物性を調整するための撥水剤、スリップ剤、レべリング剤、脱泡・消泡剤等の表面調整剤、艶消剤、防錆剤、防かび剤、架橋剤、付着性向上剤等が例示できる。
【0029】
(溶剤)
本実施形態の塗料は、必要に応じて溶剤等で希釈されていても良い。
前記溶剤は、前記エポキシ樹脂前駆体及び芳香族ポリアミンの硬化反応を妨げないものであれば特に限定されない。具体的には、トルエン、エチルベンゼン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン等のアルキルベンゼン類;2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール等のセロソルブ類;テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、1,4−ジオキサン、ジメトキシエタン等のエーテル類;メチルエチルケトン、シクロペンタノン等のケトン類;酢酸エチル、酢酸n−プロピル、酢酸イソプロピル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等のエステル類;1−ブタノール、2−メチルプロパン−1−オール(イソブタノール)、2−メチル−2−プロパノール(tert−ブタノール)等のアルコール類が例示できる。
前記溶剤は、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。
【0030】
溶剤の配合量は特に限定されないが、配合成分の総量に対して30〜70質量%であることが好ましく、40〜60質量%であることがより好ましい。
【0031】
(光学素子用塗料の製造方法)
本実施形態の塗料は、各配合成分を添加して混合することで製造できる。この時、各配合成分をすべて添加してから混合しても良いし、各配合成分を順次添加しながら混合しても良く、一部の配合成分をまとめて添加しても良い。混合は、例えば、撹拌翼等を備えた撹拌機を使用して撹拌することで行っても良いし、高速自公転方式ミキサー等のミキサーを使用して混練することで行っても良く、これらを併用しても良い。
【0032】
本実施形態の塗料は、後述する光の内面反射防止効果を有する皮膜を作製するのに好適なものである。また、原料の入手も容易である。
【0033】
<皮膜>
本実施形態の皮膜は、上記本発明の塗料の硬化物からなることを特徴とする。
本実施形態の皮膜は、例えば、光学素子の基材表面に本発明の塗料を塗布して硬化させることにより製造できる。
【0034】
塗料の塗布方法としては、刷毛塗り、ローラー塗り、スプレー塗り等の通常の方法を適宜適用できる。
塗料を硬化させるための加熱条件は特に限定されず、塗料の組成に応じて適宜選択すれば良いが、例えば、90〜150℃で0.2〜10時間程度加熱する条件が挙げられる。
【0035】
塗料を塗布する基材の材質は、皮膜を形成する光学素子に応じて選択すれば良く、特に限定されないが、種々の光学用ガラス及びプラスチックが好適である。なかでも、屈折率が1.70以上の高屈折率の基材が好ましく、基材のd線における屈折率は1.70以上であることが好ましく、1.70〜1.85であることがより好ましい。このような高屈折率の基材に対しても、本実施形態の皮膜は十分な光の内面反射防止効果を有する。
【0036】
本実施形態の皮膜は、d線における屈折率が1.65以上であることが好ましい。このような皮膜は、高屈折率の基材上に形成するのに特に好適なものである。
【0037】
本実施形態の皮膜の厚さは、特に限定されず、目的に応じて適宜設定すれば良い。例えば、レンズ等においては、5〜30μmであることが好ましい。
【0038】
本実施形態の皮膜は、これを形成する本発明の塗料の組成を反映して、有機溶剤に対して十分な耐久性を有するので、有機溶剤を使用する光学素子の洗浄工程でも、色落ち等が抑制される。ここで、洗浄工程で使用される有機溶剤としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等の低級アルコール類;パーフルオロブチルメチルエーテル、パーフルオロブチルエチルエーテル等のハイドロフルオロエーテル類;1,1,1,2,2,3,4,5,5,5−デカフルオロペンタン等のハイドロフルオロカーボン類;N,N,N−トリパーフルオロオクチルアミン等のパーフルオロアルキル3級アミン類が例示できる。
【0039】
<光学素子>
本実施形態の光学素子は、基材と、該基材上に形成された皮膜とを備えた光学素子であって、前記皮膜が上記本発明の皮膜であることを特徴とする。
前記光学素子における基材とは、上述の皮膜の説明における、塗料を塗布する基材のことである。
本実施形態の光学素子は、本発明の皮膜を備えることによって、屈折率が1.70以上の基材を適用した場合であっても、光の内面反射率が十分に低減されており、迷光の発生が抑制されたものである。ここで、内面反射率とは、光の波長が好ましくは400〜700nmの場合の値を指す。
また、本実施形態の光学素子は、高屈折率の基材を適用することで、小型化及び軽量化を実現できる。
【0040】
<光学機器>
本実施形態の光学機器は、上記本発明の光学素子を備えたことを特徴とする。
本実施形態の光学機器は、上述のように、光の内面反射率が十分に低減され、迷光の発生が抑制されるだけでなく、光学素子において高屈折率の基材を適用することで、光学系の小型化及び軽量化を実現できる。
【0041】
これまでに説明したように、本発明の塗料においては、前記エポキシ樹脂前駆体及び芳香族ポリアミンとして、d線における屈折率が所定の値以上であるものを使用する。また、本発明の皮膜、光学素子における基材として、d線における屈折率が所定の値以上であるものを好ましいものとして例示している。ここで、d線における屈折率は、本発明を特定する構成要素の一つに過ぎない。
したがって、本発明の塗料、皮膜、光学素子及び光学機器は、いずれもd線の使用だけに用途が限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、これら実施例は、本発明の実施形態の一例を示すものであり、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0043】
(1)光学素子用塗料の調製
[実施例1]
前記エポキシ樹脂前駆体として、d線における屈折率が1.62である1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンを、前記芳香族ポリアミンとして、d線における屈折率が1.72である4,4’−ジチオジアニリンをそれぞれ用い、表1に示すように、前記エポキシ樹脂前駆体70質量部に、前記芳香族ポリアミンを30質量部、黒色粒子としてカーボンブラック(商品名:トーカブラック#8500F、東海カーボン株式会社製)15質量部及び黒色有機顔料(商品名:NCC319BS、野間化学工業株式会社製)10質量部、トルエン:2−メトキシエタノール=2:1(体積比)の混合溶剤を90質量部、艶消剤として超微粉無定形シリカ(商品名:ファインシールFM−30、株式会社トクヤマ製)を5質量部、分散剤として高分子ポリエステル酸アマイドアミン塩(商品名:HIPLAAD ED−216、楠木化成株式会社製)を5質量部、それぞれ加え、高速自公転方式ミキサーで混練した。
次に、前記混合物に硬化触媒として2,4,6−トリス(ジメチルアミノメチル)フェノールを5質量部加え、さらにトルエン:2−メトキシエタノール=2:1(体積比)の混合溶剤を45質量部加えて攪拌した。
最後に、200メッシュの金属網を用いて凝集粒子を除去することにより、光学素子用塗料Aを調製した。なお、除去された凝集粒子は主に黒色粒子であったが、その量はごく微量であり、配合成分の組成比を明らかに変動させるものではなかった。
光学素子用塗料Aにおいて、[1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンの配合量]/[4,4’−ジチオジアニリンの配合量]の質量比は7/3である。
【0044】
[実施例2]
表1に示すように、前記芳香族ポリアミンとして、4,4’−ジチオジアニリンに代えて、d線における屈折率が1.69である2,2’−ジチオジアニリンを使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で、光学素子用塗料Bを調製した。
光学素子用塗料Bにおいて、[1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンの配合量]/[2,2’−ジチオジアニリンの配合量]の質量比は7/3である。
【0045】
[比較例1]
表1に示すように、前記エポキシ樹脂前駆体として、1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンに代えて、分子量が約370で、d線における屈折率が1.55であるビスフェノールA型エポキシ樹脂(商品名:jER828、ジャパンエポキシレジン株式会社製)を使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で、光学素子用塗料Cを調製した。
光学素子用塗料Cにおいて、[ビスフェノールA型エポキシ樹脂の配合量]/[4,4’−ジチオジアニリンの配合量]の質量比は7/3である。
【0046】
[比較例2]
表1に示すように、前記芳香族ポリアミンとして、4,4’−ジチオジアニリンに代えて、d線における屈折率が1.65である3,4’−ジアミノジフェニルエーテルを使用したこと以外は、実施例1と同様の方法で、光学素子用塗料Dを調製した。
光学素子用塗料Dにおいて、[1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンの配合量]/[3,4’−ジアミノジフェニルエーテルの配合量]の質量比は7/3である。
【0047】
(2)皮膜の形成
[実施例3]
図2に示すように、d線における屈折率が1.77、アッベ数が50の平板基材1の一方の面に、430nmにおける反射率が0.1%以下となるような反射防止膜3を形成し、反射防止膜3を形成していない他方の面に、「(1)実施例1」で調製した光学素子用塗料Aを刷毛で塗布した。次いで、120℃で1時間加熱して光学素子用塗料Aを硬化させることで、皮膜2を形成し、光学素子用塗料Aの評価用サンプル4を作製した。得られた皮膜2の屈折率は1.68であった。
【0048】
[実施例4]
光学素子用塗料Aに代えて、「(1)実施例2」で調製した光学素子用塗料Bを使用したこと以外は、実施例3と同様の方法で、評価用サンプル4を作製した。得られた皮膜2の屈折率は1.67であった。
【0049】
[比較例3]
光学素子用塗料Aに代えて、「(1)比較例1」で調製した光学素子用塗料Cを使用したこと以外は、実施例3と同様の方法で、評価用サンプル4を作製した。
【0050】
[比較例4]
光学素子用塗料Aに代えて、「(1)比較例2」で調製した光学素子用塗料Dを使用したこと以外は、実施例3と同様の方法で、評価用サンプル4を作製した。
【0051】
[比較例5]
光学素子用塗料Aに代えて、染料等が着色剤として配合された市販のエポキシ系塗料E(商品名:GT−7、キヤノン化成株式会社製)を使用し、120℃で1時間の条件に代えて、120℃で40分間の条件でこれを加熱して硬化させたこと以外は、実施例3と同様の方法で、評価用サンプル4を作製した。
【0052】
(3)皮膜における光の内面反射防止効果の評価
図3に示す構成の分光光度計を用い、実施例3〜4及び比較例3〜5の各評価用サンプル4の波長430nmにおける光の内面反射率を測定した。測定結果を表2に示す。
図3において、モノクロメータ5から発した波長430nmの測定光6は、評価用サンプル4の反射防止膜3が形成された面に入射し、評価用サンプル4の内部を透過して、皮膜2が形成された面に内部から入射する。そして、皮膜2が形成された面で反射した測定光6は、再び評価用サンプル4の内部を透過し、反射防止膜3が形成された面から出射する。評価用サンプル4から出射した測定光6は、積分球を備えた検出器7に入射して、その光量が測定される。
【0053】
測定の結果、評価用サンプル4の波長430nmにおける光の内面反射率は、実施例3で0.05%、実施例4で0.07%であった。これに対して、比較例3では0.53%、比較例4では0.33%、比較例5では0.08%であった。一方、皮膜2を形成していない参照用サンプルの波長430nmにおける光の内面反射率は7.64%であった。
【0054】
ここで、光の内面反射防止効率を下記式(III)で定義すると、評価用サンプル4の波長430nmにおける内面反射防止効率は、表2に示すように、実施例3で99.3、実施例4で99.1となった。これに対して、比較例3では93.0、比較例4では95.7、比較例5では99.0となった。
{1−(評価用サンプルの内面反射率/参照用サンプルの内面反射率)}×100 ・・・・(III)
【0055】
実施例1の光学素子用塗料A及び実施例2の光学素子用塗料Bから形成された皮膜によって、内面反射率が99%以上抑えられたことから、本発明の皮膜は、1.77という高屈折率の基材に対しても、優れた内面反射防止効果を有することが確認された。
また、評価用サンプル4の内面反射率は、実施例3〜4と比較して、比較例3では7.5〜9.6倍も高く、比較例4では4.6〜6.0倍も高く、比較例5では同等であった。すなわち、実施例3〜4の皮膜は、比較例3〜4の皮膜よりも内面反射防止効果に優れており、比較例5の皮膜と同等以上の内面反射防止効果を有することが確認された。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
(4)皮膜の有機溶剤に対する耐久性の評価
実施例3〜4及び比較例5の各評価用サンプル4を、皮膜1mgあたり1mlの2−プロパノールに浸漬し、室温で15時間放置した。
その結果、実施例3〜4の評価用サンプル4の場合、いずれも2−プロパノールに着色は全く認められなかった。この結果から、黒色粒子を光吸収剤として配合した本発明の光学素子用塗料A及びBから形成された実施例3〜4の皮膜は、十分な有機溶剤に対する耐久性を有することが確認された。
これに対して、比較例5の評価用サンプル4の場合、2−プロパノールに顕著な着色(橙色)が認められた。これは、光学素子用塗料Eの硬化物である皮膜から、染料等の着色剤が溶出したことによるものと考えられる。
以上の結果から、本発明の皮膜は市販品の塗料から形成された皮膜よりも、有機溶剤に対する耐久性に優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、レンズやプリズム等の各種光学素子を備えた光学機器全般に利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1・・・平板基材、2・・・皮膜、3・・・反射防止膜、4・・・評価用サンプル、5・・・モノクロメータ、6・・・測定光、7・・・検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
d線における屈折率が1.60以上であるエポキシ樹脂前駆体と、d線における屈折率が1.68以上である二官能以上の芳香族ポリアミンと、硬化触媒と、黒色粒子とが配合されてなり、[前記エポキシ樹脂前駆体の配合量]/[前記芳香族ポリアミンの配合量]の質量比が1/1〜20/1であることを特徴とする光学素子用塗料。
【請求項2】
前記エポキシ樹脂前駆体が1,6−ビス(2,3−エポキシプロポキシ)ナフタレンであることを特徴とする請求項1記載の光学素子用塗料。
【請求項3】
前記芳香族ポリアミンが、4,4’−ジチオジアニリン及び2,2’−ジチオジアニリンの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項1又は2記載の光学素子用塗料。
【請求項4】
前記硬化触媒が脂肪族第三級アミンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の光学素子用塗料。
【請求項5】
前記脂肪族第三級アミンが2,4,6−トリス(ジメチルアミノメチル)フェノールであることを特徴とする請求項4記載の光学素子用塗料。
【請求項6】
前記黒色粒子が、カーボンブラック及びチタンブラックの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の光学素子用塗料。
【請求項7】
配合成分の総量に占める前記エポキシ樹脂前駆体の配合量が15〜50質量%であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の光学素子用塗料。
【請求項8】
配合成分の総量に占める前記黒色粒子の配合量が3〜30質量%であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の光学素子用塗料。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の光学素子用塗料の硬化物からなることを特徴とする皮膜。
【請求項10】
d線における屈折率が1.65以上であることを特徴とする請求項9記載の皮膜。
【請求項11】
基材と、該基材上に形成された皮膜とを備えた光学素子であって、前記皮膜が請求項9又は10記載の皮膜であることを特徴とする光学素子。
【請求項12】
前記基材のd線における屈折率が1.70以上であることを特徴とする請求項11記載の光学素子。
【請求項13】
請求項11又は12記載の光学素子を備えたことを特徴とする光学機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−252949(P2011−252949A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124774(P2010−124774)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】