説明

光学素材の処理方法及び光学素子の成形方法

【課題】本発明は、プレス成形において、曇りのない光学素子を得られ、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法を提供する。
【解決手段】対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型2及び下型3を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化した光学素材50を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型を用い、キレート剤と接触させるキレート処理工程を行ったビスマス系の光学素材を、上記光学素子用成形型に収容し、該光学素子用成形型を加熱して成形型内の光学素材を軟化させる加熱工程と、軟化した光学素材を、プレス手段を用いて光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有する光学素子の成形方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素材の処理方法及び光学素子の成形方法に係り、特に、光学素材としてビスマス系光学素材を用いる光学素子のプレス成形において、光学素子の曇りの発生を抑制するための光学素材の処理方法及び光学素子の成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光学素子を得るために、ガラス材料からなる光学素材を加熱により軟化させた後、得ようとする光学素子の形状をもとに精密加工された上型と下型の間でプレス成形して光学素子形状を付与し、これを冷却固化させてなる光学素子のプレス成形方法が一般に使用されてきた。
【0003】
このようにして得られる光学素子は、その用途等に応じて光学定数をはじめとする特性を所望の値にするために、さまざまな元素が含まれた光学硝子(光学素材)から適したものを選択して成形される。このとき、高屈折率の光学素子を成形する場合には、ビスマス系ガラスからなる光学素材の使用が多い。ところが、ビスマス系ガラスのプレス成形は、光学素子に曇りが生じ易く、歩留まりが低下することがあった。
【0004】
この曇りは、プレス成形における高温環境下での使用により、酸化ビスマス(Bi2 3 )が還元され酸素ガスが生じ、このガスが光学硝子(光学素材)の外部に放出されることに起因するものと考えられている。すなわち、ここで生じたガスは、プレス成形時に、成形型と光学素材の間に閉じ込められ、これが光学素子の表面に微小な孔を多数形成することで光学素子に曇りが生じ、歩留まりが低下するものと考えられている。
【0005】
このような曇りの発生を抑制するために、成形に際して、光学素材を加熱する部分と、押圧成形する部分とを分離し、加熱時に、表面部の酸化ビスマスを十分に揮発させておき、その後成形することで曇りを抑制する方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−7221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1記載の方法では、酸化ビスマスの揮発を十分に行わせるために、加熱したまま保持する時間を設けなければならず、また、揮発工程の後、成形に適した温度に改めて温度設定を行わなければならないため、その装置及び工程が煩雑になり、生産性の向上に必ずしも寄与しない構成となっていた。
【0008】
そこで、本発明は、上記の事情に対処してなされたもので、従来と同じ簡便なプレス成形操作により、曇りの発生のない光学素子が得られ、歩留まりの向上、生産性の向上に寄与する光学素子の成形方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の光学素材の処理方法は、ビスマス系の光学素材を用いて光学素子をプレス成形するにあたり、プレス成形に先立って前記ビスマス系の光学素材をキレート剤と接触させるキレート処理工程を行うことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の光学素子の成形方法は、対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化した光学素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型を用い、上記光学素材の処理方法で得られた光学素材を、前記光学素子用成形型に収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内の光学素材を軟化させる加熱工程と、軟化した光学素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学素材の処理方法によれば、ビスマス系の光学素材をキレート剤と接触させるという簡便な処理によって、光学素材表面のビスマス濃度を低減できる。そして、本発明の光学素子の成形方法によれば、上記の光学素材の処理方法によりビスマス濃度の低減された光学素材を用いるため、プレス成形においてビスマスに起因すると考えられる光学素子の曇りを効果的に抑制でき、製品の歩留まりを向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】光学素子用成形型によるプレス工程の動作を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0014】
本発明の光学素材の処理方法は、プレス成形により光学素子を製造する際に用いる光学素材(プリフォーム)を、プレス成形を行う前に、キレート剤と接触させるものである。ここで用いられる光学素材は、プレス成形時にガス発生等により問題があるとされるビスマス系の光学素材である。
【0015】
本発明で用いる光学素材は、ビスマス系の光学素材であって、光学素材を高屈折率化でき、それに加えてガラスを軟化させる効果があるBi2 3 が必須の成分である。このBi2 3 は、光学素材中に10mol%以上、好ましくは20mol%以上含有する場合に、本発明が好適に作用する。また、光学素材中のその他の成分としては、光学素材に用いられる公知の成分が挙げられる。この光学素材の組成は、例えば、P−Bi−Nb系ガラスであって、mol%表示で、P:8〜30、Bi:2〜53、Nb:7〜33、B:0〜13、GeO:0〜40、BaO:0〜6、LiO:0〜26、NaO:0〜22、KO:0〜10、TiO:0〜8、WO:0〜10、SiO:0〜5、別の一例としては、P−B−NaO−KO−Bi−Nb−WO系ガラスであって、mol%表示で、P:22〜32、B:3〜8、NaO:2〜20、KO:1〜5、Bi:12〜20、Nb:12〜20、WO:5〜12、LiO:0〜20、TiO:0〜10、さらに別の一例としては、B−Bi−TeO系ガラスであって、mol%表示で、B:15〜30、Bi:30〜48、TeO:0.1〜20、P:0〜20、SiO:0〜20、Al:0〜5、LiO:0〜20、TiO:0〜15、ZnO:0〜15、CaO:0〜8、SrO:0〜5、BaO:0〜5、などが具体的なものとして挙げられる。
【0016】
この光学素材をキレート剤と接触させることにより、キレート剤はビスマスと錯化合物を形成し、その後洗浄することで、その錯化合物は洗い流されるため、光学素材表面のビスマス濃度が低減すると考えられる。
【0017】
このようにして、光学素材の表面からビスマスが除去されるため、本発明のキレート剤との接触処理により得られた光学素材は、光学素子とするためのプレス成形時に不要なガスの発生が抑制され、得られる光学素子が曇るのを防止できる。
【0018】
なお、このキレート処理で用いられるキレート剤は、ビスマスと錯化合物を形成するものであれば、公知のキレート剤を何ら制限されることなく使用できる。ここで使用できるキレート剤としては、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、クエン酸、酒石酸、シュウ酸、グルコン酸、ヘプトン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸等が挙げられる。これらのキレート剤は、一般に、リチウム、ナトリウム又はカリウム塩として使用され、単独で使用してもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0019】
キレート剤は溶媒に溶解してキレート溶液とし、得られたキレート溶液を光学素材表面へ塗布、噴霧等、又はキレート溶液中に光学素材を浸漬する等により接触できる。キレート溶液とするのに用いる溶媒としては、用いるキレート剤を十分に溶解できるものであればよく、例えば、水、有機溶剤(クロロホルム、トルエン、ヘキサン、酢酸エチル、四塩化炭素)等が挙げられる。
【0020】
キレート溶液の濃度は、0.1〜20質量%とすることが好ましい。また、pH調整を行うことがキレート処理を効率的に行う観点から好ましく、その際には、キレート剤の種類により、適宜最適なpHの範囲を定めればよい。例えば、EDTAを使用する場合には、キレート溶液のpHを7〜11程度の弱アルカリ性とすることが好ましく、クエン酸、酒石酸等を使用する場合には、キレート溶液のpHを1〜3程度の強酸性とすることが好ましい。
【0021】
また、このキレート溶液との接触処理において、キレート溶液の温度を20〜50℃に加温して行ったり、28〜100kHzの超音波を照射しながら行ったり、することが光学素材表面におけるキレート反応を促進し、光学素材表面のビスマス濃度をより低減できる観点から好ましく、両者を同時に行うことがより好ましい。
【0022】
キレート処理を行った後、処理後の光学素材は洗浄液により洗浄され、表面に残存するキレート溶液が洗い流され、プレス成形用の光学素材とする。ここで用いられる洗浄液としては、純水、アルカリ溶液、有機溶剤等が挙げられ、純水以外の洗浄液を使用した場合は、最後に純水により洗浄することが好ましい。ここでの洗浄は、異なる洗浄液により複数回の洗浄を行うことが好ましい。また、洗浄の際に、超音波を照射して行ってもよい。
【0023】
なお、キレート処理を行った後、プレス成形前に、光学素材を0.1〜10Paの圧力条件で450〜600℃で加熱処理(真空ベーク)したり、光学素材表面にカーボンコートを施したりすると、より成形型のメンテナンス回数が減らせるため好ましい。ここで、メンテナンスは、成形型を繰り返し使用していくと、その成形面が上記した光学素材から生じるガスの影響等によって荒れ、得られる光学素子の表面形状も徐々に荒れていくため、これを回避するのに必要な作業である。
【0024】
次に、本発明の光学素子の成形方法について説明する。本発明の光学素子の成形方法は、上記した光学素材の処理方法により得られたキレート処理済みの光学素材を、プレス成形用の光学素材とする。なお、本発明の光学素子の成形方法は、プレス成形に用いる光学素材をキレート処理して得られたものとしたこと以外は、通常のプレス成形と同様の条件で成形すればよい。
【0025】
ここで、図1は本発明の一実施形態である光学素子用成形型を用いたプレス工程を説明する図である。図1に示した光学素子用成形型1は、光学素子の上面を成形する上型2、光学素子の下面を成形する下型3、上型2及び下型3を内挿し摺動させて、光学素子の中心軸の位置合わせを行う円筒状の内胴4と、内胴4の外周に嵌合され、上型2及び下型3の上下方向の距離を規制するための円筒状の外胴5と、から構成されている。
【0026】
本実施形態において、上型2及び下型3は、それぞれ円柱状の胴部を基本形状とする部材であり、これらの上型2及び下型3は光学素子を形成するため、上型2には光学素子の上面を形成する上成形面が、下型3には光学素子の下面を形成する下成形面が形成されている。そして、上型2及び下型3は、これら上成形面と下成形面とを対向させてなる一対の成形型として使用される。
【0027】
また、内胴4は、中空円筒形状に形成されており、その中空部分は上記した上型2及び下型3の円柱状の胴部が嵌合可能なようになっている。この内胴4は、上型2及び下型3を嵌合してプレスする際に、これら上型2及び下型3をそれぞれ上下の開口から摺動可能に挿入され、それらの光学中心軸を同軸上に規制するように位置合わせして、形成される光学素子の光学機能面を同軸のものとする。
【0028】
次に、外胴5は、内胴4と同様に中空円筒形状であるが、その中空部分は内胴4が嵌合され、上型2及び下型3間の距離を規制する。具体的には、この外胴5は、プレス成形時において、上型2及び下型3を互いに接近させて下型3上に置かれた光学素材50を加圧するときに、その加圧のためのプレス手段10a、10bの加圧面間の距離を規制することで、上型2及び下型3の距離を規制する。ここで、外胴5は、内胴4と同一の中心軸を有する。
【0029】
この光学素子成形型1は、超硬合金、セラミックス等の素材からなり、上型2及び下型3には、成形する光学素子の面形状を転写するための成形面がそれぞれ対向する面に形成されている。この図1では、成形型として両凸形状の光学素子を製造するものを図示したが、光学素子形状はこれに限定されるものではなく、両凹、平凸、平凹、凸メニスカス、凹メニスカス形状のいずれの形状を成形する成形型であっても使用できる。
【0030】
なお、外胴5は、上記セラミックス以外にも、ステンレス、インコネル(大同スペシャルメタル株式会社製、商品名)等の耐熱性のある金属を使用でき、ステンレス製とすると、加工が容易で、熱膨張量が大きく安価である点で好ましい。また、このとき、室温からプレス成形の成形温度における、外胴の上下方向における熱膨張量が、光学素材の上下方向の熱膨張量よりも大きくすることが、成形操作において光学素子に圧力が抜ける時間を生じさせることなく、成形の安定性の点から好ましい。
【0031】
次に、この光学素子用成形型1を用いた光学素子の成形方法について説明する。
【0032】
まず、本発明の光学素子の成形方法に用いる成形装置について説明するが、この成形装置は光学素子を成形するための成形室となるチャンバーと、該チャンバーの内部に設けた成形型を加熱して光学素材を軟化させる加熱手段と、加熱軟化した光学素材をプレス成形させるプレス手段と、プレス成形による光学素子形状が付与された光学素材を冷却する冷却手段と、が、この順番に並べられてなる。
【0033】
ここで、成形室であるチャンバーは、その内部において、光学素子の成形操作を行うものであり、光学素材50を軟化し、変形を容易にするものであって高温に加熱されるため、成形型1が酸化されないように、チャンバー内雰囲気を窒素等の不活性ガス雰囲気とするものである。この不活性ガス雰囲気とするには、チャンバーを密閉構造として内部雰囲気を置換すればよいが、半密閉構造として、不活性ガスを常時チャンバー内に供給して、チャンバー内を陽圧にしながら外部の空気が流入しないようにして不活性ガス雰囲気を維持してもよい。
【0034】
ここで、加熱手段は、成形型に収容された光学素材を軟化させるものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対の加熱プレートから構成される。この加熱プレートは、上下一対の加熱プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を加熱でき、さらに成形型内部に収容されている光学素材も加熱できる。
【0035】
また、プレス手段は、上下のプレスプレート間の距離を狭めることにより、そのプレートの加圧面を成形型と接触させ上型と下型との距離を狭めて、成形型内に収容された光学素材を軟化状態のまま押圧して変形させ、上型及び下型の光学成形面形状を光学素材に付与することにより光学素子の成形を行うものであり、その内部にヒータが埋め込まれた上下一対のプレスプレートから構成される。このプレスプレートを用いたプレスは前段階の加熱温度を維持しながら行われる。
【0036】
最後に、冷却手段は、成形型を冷却することにより光学素子形状が付与された光学素材を冷却、固化するものであり、その内部に、ヒータが埋め込まれた上下一対の冷却プレートから構成される。この冷却プレートは、上下一対の冷却プレートを成形型の上型、下型にそれぞれ接触させることにより、上型及び下型を冷却でき、さらに成形型内部に収容されている光学素材も冷却できる。
【0037】
そして、光学素子用成形型1は、これら加熱手段、プレス手段、冷却手段の各手段間を順次移動しながら所定の処理が施されるものであり、この手段間の移動は図示していないがロボットアーム等により行われる。
【0038】
まず、上記した光学素子の製造装置を用い、光学素子用成形型1の内部に光学素材を収容し、加熱プレートにそれぞれ上型2及び下型3を接触させて光学素子用成形型を加熱して、予め所定の温度まで熱して光学素材を軟化させる。
【0039】
次いで、光学素子用成形型1に収容した光学素材50をプレス成形するために、まず、加熱された光学素子用成形型1をプレス手段であるプレスプレート10b上に移動させ、載置する(図1(a))。
【0040】
その後、プレスプレート10aを押し下げてプレスプレート10a及び10bによりプレス成形するが、プレスプレート10aを下降させると、プレスプレート10aは上型2と接触して上型2を押し下げていく。上型2が押し下げられると、光学素材50はその圧力により変形し、プレス成形が行われる。このプレス成形では、プレスプレート10aが外胴5により規制されるまで下降させて押し切ることで行われ、プレスプレート10a,10b間の距離は、外胴5の高さにより決定され、このとき、光学素材50が所定の厚みになる(図1(b))。
【0041】
この加熱及びプレス工程において、光学素材は、変形が容易な屈伏点以上に加熱されるが、一般的には、軟化点まで温度を上げるとレンズ表面が白濁するので屈伏点(At)から軟化点の間の温度に設定する。
【0042】
この加熱温度は、光学素材が加圧変形できる温度であればよく、屈伏点と軟化点との中間付近の温度が好ましい。加熱手段及びプレス手段を所定の温度に設定して、加熱することで、これら加熱手段及びプレス手段に接触した上型2及び下型3は、温度が昇温していき設定温度と同じ温度にまで加熱される。
【0043】
プレス工程では、上記したように成形型の上下から圧力をかけることで光学素材50をプレス成形し、これにより光学素材には上型2及び下型3の光学成形面が転写され、光学素子形状が付与される。
【0044】
このプレス工程におけるプレス時の圧力は、2.5〜37.5N/mmが好ましく、例えば、10〜20N/mmが特に好ましい。ここで言うプレス時の圧力とは、光学素材に加わる圧力を指す。
【0045】
なお、このプレス工程において、光学素材中に含有する酸化ビスマス(Bi2 3 )が還元雰囲気下(Nガス雰囲気等)で加熱されるため還元され、光学素材表面からO2 ガスが放出され、これが曇りの原因になっているものと考えられている。すなわち、光学素材表面から放出されたガスは、光学素材とプレス成形中の成形型との間で他に逃げ場が無くなり、そのままプレス成形されることで、そのガスの体積分だけ光学素材表面に微小な孔を形成し、この微小な孔が多数集まることによって曇りが生じていると考えられる。
【0046】
本発明においては、プレス成形前に、光学素材をキレート処理することによって、光学素材表面の酸化ビスマス(Bi2 3 )中のBiを錯化合物とし、加熱プレス時のBi2 3 の還元を抑制し、プレス成形中に生じるO2 ガス量を大幅に低減させることで、O2 ガスによる光学素子表面への微小な孔の形成を抑制して、曇りを生じさせないようにした。
【0047】
そして、このようにプレス工程で光学素材に光学素子形状を付与した後、光学素子用成形型1を、今度は冷却プレート上に移動させて、冷却プレートと光学素子用成形型1を接触させて、光学素子用成形型1を冷却することによって、光学素材を冷却、固化する。
【0048】
この冷却工程においては、成形された光学素材50が、歪点以下になるまで冷却することが好ましい。この冷却工程においても、光学素材50への加圧を継続することが好ましく、上記歪点以下の温度になるまで加圧を続けることが好ましい。
【0049】
さらに、この冷却中に、光学素材の温度がガラス転移点以下になったところで、光学素材に加圧する圧力を変化させることもでき、例えば、光学素材50の温度が、ガラス転移点以上のときにはプレス時の圧力と同じ圧力としておき、ガラス転移点よりも低い温度になってからは圧力を高くして、段階的に加圧してもよい。
【0050】
ガラス転移点以上の温度において低圧にするのは、肉厚バラツキを抑えるためであり、それ以下の温度域では押込み量がほとんど無いので増圧しても問題ない。すなわち、光学素材が硬化状態に近づくガラス転移点(Tg)付近までは低い圧力で保圧し、ガラス転移点(Tg)付近からそれ以下の温度となり光学素材が固化するまで、より高い圧力をかける。このように冷却工程において圧力を継続してかけることにより光学素子の面形状が安定する。
【0051】
なお、ここで、低い圧力とは2.5N/mm以下、高い圧力とは2.5N/mm超である。また、光学素材が歪点以下となり、固化した後は、さらに20N/mm超となるような高い圧力をかけてもよい。このように段階的に圧力を高めることで光学素子の面ワレが生じる等の不具合が生じることを抑制し、形状精度を向上できる。また、固化した後の圧力としては、光学素材にワレが生じる等の不具合が生じない限りはどのような圧力でもよいが、通常、30N/mm程度が上限である。上記では2段階に圧力を増加させていく例を説明したが、それ以上の多段階として増圧してもよい。本明細書において、面ワレとは、光学素子が成形型から離型する際に、一部だけが先に離型し、その後に残りが離型した場合に、曲率が不連続な光学面が形成されて非球面形状精度が悪化する不良が生じる離型異常のことをいう。
【0052】
そして、この冷却工程においては、成形型をさらに冷却させるために、例えば、水冷手段上へ移動させて冷却を行うことが好ましい。この水冷手段による冷却は、冷却工程で冷却された光学素材をさらに急冷させ、光学素材を歪点付近の温度から成形型が酸化しない温度の200℃以下まで冷却させる。ここで用いる水冷手段は、上記冷却手段の冷却プレート内部に埋め込まれたヒータに換えて冷却水を循環させる構成としたものが挙げられる。
【0053】
このようにして冷却、固化して得られた光学素子は、必要に応じてアニール工程等に付されて歪み等を除去する等の後処理を施し、さらにその外周部を切削等により所望の径を有する光学素子形状に加工し、反射防止コート等を施して最終的な製品とされる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。まず、光学素材のキレート処理について説明する
【0055】
(実施例1)
酸化ビスマスを22.2mol%含有するリン酸ビスマスニオブ系の光学素材を用意し、これを8質量%のEDTA溶液(溶媒:硝酸水溶液、pH 4.4)に浸漬し、100kHzの超音波照射しながら、30分間キレート処理した。
【0056】
X線光電子分光法により処理前後の光学素子の表面組成を分析したところ、本発明のキレート処理が光学素子のビスマス濃度を減少させることがわかった。ここで、ビスマス濃度は、処理前後の光学素子表面の表面組成からビスマスの組成割合(at%;検出器が検出した総原子数に対する対象原子の割合を百分率で示したもの)をそれぞれ求め、〔処理前のビスマスの組成割合/処理後のビスマスの組成割合〕でビスマスの変化割合を算出した。本実施例のビスマスの変化割合は0.80であった。この結果を表1に示した。
【0057】
(実施例2〜5)
EDTA溶液の濃度、pH及び処理時間を表1に示した条件とした以外は、実施例1と同様の操作により光学素材のキレート処理を行った。その際のビスマスの変化割合を表1にまとめて示した。なお、EDTA溶液としては、5質量%濃度の関東化学株式会社製のEDTA溶液(二ナトリウム塩又は四ナトリウム塩四水和物品;pH11)を用い、濃度調整、pH調整を行った。本実施例において、濃度調整は純水を使用し、pH調整は、硝酸又は水酸化ナトリウムを用いて行った。
【0058】
(実施例6、7)
キレート剤として、EDTA溶液の代わりに10質量%のクエン酸溶液(実施例6;pH 1.6)、10質量%酒石酸溶液(実施例7;pH 1.5)とした以外は、実施例1と同様の操作により光学素材のキレート処理を行った。
【0059】
(実施例8)
EDTA溶液として10質量%のEDTA溶液を40℃に加温したものを用い、40kHzの超音波を照射した以外は、実施例1と同様の操作により光学素材のキレート処理を行った。
【0060】
(比較例1)
実施例1で用いたのと同一の酸化ビスマスを22.2mol%含有するリン酸ビスマスニオブ系の光学素材を用意し、これをKOH溶液に浸漬し、40℃に加温し、40kHzの超音波を照射しながら、90秒間処理した。その後、市水によるシャワー洗浄、弱アルカリ洗剤溶液に40kHzの超音波を照射しながら110秒間浸漬洗浄、市水による浸漬洗浄、純水に40kHzの超音波を照射しながら浸漬洗浄、を順次行った。
【0061】
さらに、イソプロピルアルコール(IPA)に28kHzの超音波を照射しながら浸漬洗浄し、その後82℃(IPAの沸点)のIPAの蒸気中で加温し、ゆっくり引き上げることで光学素材表面に残っているイソプロピルアルコールを蒸発させて除去した。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
(実施例9〜16、比較例2〜3)
次に、光学素子の成形方法について説明する。
実施例1〜8で得られた処理済の光学素材(それぞれ実施例9〜16に対応)、比較例1のアルカリ処理済の光学素材(比較例2)及び何も処理をしていない光学素材(比較例3)を使用し、光学素子用成形型を用いて以下の通り光学素子を成形した。
【0065】
ここで用いた光学素子用成形型は、タングステンカーバイドからなる超硬合金製であり、プレス成形により、直径15mm、中心厚さ4mm、周辺厚さ2mmの両凸形状の光学素子が得られる。上型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、下型は胴部の直径がφ17mm、フランジの直径がφ23mm、厚みが3mmであり、内胴はその円筒状の内径がφ17mmで上型及び下型とはクリアランスを5μm設け、外径がφ23mm、長さが18mmである。なお、外胴はSUS316L製で、その円筒状の内径がφ23.2mm、外径がφ29mm、長さが24.9mmのものを用いた。
【0066】
次に上記した光学素子用成形型を用いて次のようにプレス成形した。
【0067】
光学素子用成形型の内部に直径φ10.7mmで、厚さが6.7mmの楕円球形状した、実施例1〜8で得られた処理済の光学素材、比較例1のアルカリ処理済の光学素材及び何も処理をしていない光学素材をそれぞれ収容し、成形型を535℃に加熱した。なお、この光学素材のガラス転移点(Tg)は483℃、屈伏点(At)は522℃である。
【0068】
光学素材を収容した成形型を、530℃程度に予備加熱した後、搬送手段により535℃に加熱されたプレスプレート10b上に搬送して載置すると同時に、プレスプレート10bと同じ温度に維持されたプレスプレート10aを、下降させて上型2に接触させ、上型2、下型3及び光学素材50を120秒間十分に加熱し、昇温させて光学素材を軟化状態とした。
【0069】
次に、上型2、下型3及び光学素材50が十分に加熱され、プレスプレート10a及び10bと同程度の温度(535℃程度)となったところで、プレスプレート10aをさらに下降させ、上型2及び下型3により光学素材50をプレス成形した。成形時の圧力を22N/mmとし、100秒程度押圧して押切った。
【0070】
次に、光学素子用成形型1を搬送手段により冷却手段上に搬送して載置させ、成形型全体を冷却し、光学素材の歪点以下になるまで冷却した。
【0071】
光学素材が歪点以下の温度となったところで、成形型を冷却手段から水冷手段上に搬送させて載置し、光学素材を室温になるまで冷却した。光学素材が十分に冷却したところで、成形型から取り出し、光学素子を得た。
【0072】
(実施例17)
実施例8で得られた光学素材を、1Pa、545℃で真空ベーク処理を行い、次いで、1nm厚の炭素被膜を形成して、プレス成形用の光学素材を得た。この光学素材を上記実施例8〜16と同様の条件でプレス成形を行い、光学素子を得た。
【0073】
(比較例4)
実施例1で用いたのと同一の酸化ビスマスを22.2mol%含有するリン酸ビスマスニオブ系の光学素材を用意し、これをKOH溶液に浸漬し、40℃に加温し、40kHzの超音波を照射しながら、90秒間処理した。その後、市水によるシャワー洗浄、弱アルカリ洗剤溶液に40kHzの超音波を照射しながら110秒間浸漬洗浄、市水による浸漬洗浄、純水に40kHzの超音波を照射しながら浸漬洗浄、を順次行った。
【0074】
さらに、イソプロピルアルコール(IPA)に28kHzの超音波を照射しながら浸漬洗浄し、その後82℃(IPAの沸点)のIPAの蒸気中で加温し、ゆっくり引き上げることで光学素材表面に残っているイソプロピルアルコールを蒸発させて除去した。これに、1Pa、545℃で真空ベーク処理を行い、次いで、1nm厚の炭素被膜を形成して、プレス成形用の光学素材を得た。この光学素材を上記実施例8〜16と同様の条件でプレス成形を行い、光学素子を得た。
【0075】
(試験例)
〔成形可能温度範囲〕
上記実施例及び比較例において、プレス成形温度を510〜540℃まで1℃ずつ変化させていったときに、形状不良が生じることなく成形可能な温度範囲を調べたところ、実施例9〜16は5℃、実施例17は9℃、比較例3は3℃であった。成形可能な温度範囲は広い方が安定して成形が可能で、通常は、この温度範囲が広いと高温でのプレス成形も可能となる。1℃でも高い温度でのプレス成形が可能となると、冷却時における光学素子の固化状態を安定にでき、光学素子の効率的な製造に寄与できる。
【0076】
〔連続使用回数〕
また、上記実施例及び比較例で得られた光学素子の表面の外観観察を行ったところ、全ての光学素子について曇りはみられなかったが、光学素子成形型を連続使用していくと、光学素子表面から還元により発生したBiが金型表面に堆積し、そのBiが一定量堆積するとBi自体が気体(蒸気圧をもち)になり光学素子表面に細かい泡が多数発生したと考えられる、曇りが発生した。ここで、外観観察はハロゲンランプを光源として、その透過光を目視により観察することで、キズ、泡、曇りの有無を確認した。
【0077】
実施例8(EDTA処理)、実施例17(EDTA処理+真空ベーク+炭素コート)及び比較例3(未処理品)、比較例4(真空ベーク+炭素コート)について、上記曇りの生じる直前のプレス回数を調べ、これを連続使用可能な回数としたところ、実施例8は15回、実施例17は25回、比較例2,3は5回、比較例4は15回であった。この連続使用可能な回数は、これが多いほど成形型のメンテナンス回数が減るため、より生産性を向上させることができる。
【0078】
以上に示したように、本発明の光学素子の成形方法により、ビスマス系の光学素材を用いた場合において、プレス成形前に事前にキレート処理しておくことで、光学素子の曇りの発生を抑制でき、製品の歩留まり向上に有効であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の光学素材の処理方法及び光学素子の成形方法は、プレス成形による光学素子の製造に好適に使用できる。
【符号の説明】
【0080】
1…光学素子用成形型、2…上型、3…下型、4…内胴、5…外胴、10a,10b…プレスプレート、50…光学素材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスマス系の光学素材を用いて光学素子をプレス成形するにあたり、プレス成形に先立って前記ビスマス系の光学素材をキレート剤と接触させるキレート処理工程を行うことを特徴とする光学素材の処理方法。
【請求項2】
前記キレート剤が、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)、クエン酸、酒石酸及びシュウ酸から選ばれる少なくとも一種のキレート剤である請求項1記載の光学素材の処理方法。
【請求項3】
前記キレート処理を、20〜50℃に加温して行う請求項1又は2記載の光学素材の処理方法。
【請求項4】
前記キレート処理において、28〜100kHzの超音波を照射する請求項1乃至3のいずれか1項記載の光学素材の処理方法。
【請求項5】
前記キレート処理後に、得られた光学素材を真空ベーク処理した後、さらに前記光学素材の表面に炭素被膜を形成する請求項1乃至4のいずれか1項記載の光学素材の処理方法。
【請求項6】
前記ビスマス系の光学素材が、Bi2 3 を光学素材中に20mol%以上含有してなる請求項1乃至5のいずれか1項記載の光学素子の成形方法。
【請求項7】
対向面が光学素子の成形面とされた一対の上型及び下型を互いに接近させて下型上に置かれた加熱軟化した光学素材を加圧して光学素子を成形する光学素子用成形型を用い、
請求項1乃至5のいずれか1項記載の光学素材の処理方法で得られた光学素材を、前記光学素子用成形型に収容し、前記光学素子用成形型を加熱して該成形型内の光学素材を軟化させる加熱工程と、軟化した光学素材を、プレス手段を用いて前記光学素子用成形型により加圧して光学素子形状を付与するプレス工程と、プレス工程後、前記光学素子用成形型を冷却し、光学素子形状を付与した光学素材を固化させる冷却工程と、を有することを特徴とする光学素子の成形方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−91951(P2012−91951A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−239229(P2010−239229)
【出願日】平成22年10月26日(2010.10.26)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)