説明

光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム

【課題】簡便な構造で、材料表面の任意の狙った微小領域の電気化学計測と、電極表面を電気化学計測時にその場観察可能な光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムを提供する。
【解決手段】電気化学計測と光学顕微鏡観察を同時に行う計測方法において、電極面積が0.0008cm2以下であり、水浸型の対物レンズを配置する液溜部を有し、電極面外周部の被覆が2種類以上の絶縁物の組み合わせで構成されていて、それらの最大厚さが100μm以下である微小電極システム。被覆が粘着テープと硬化性樹脂で構成されている、被覆用粘着テープが幅200μm以下の間隔で対向しており、その間隙に硬化性樹脂が充填されている、あるいは、電極材料表面に粘着テープ貼り付け後の明度L*が60以下であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食材料の微小な腐食起点、めっき反応の開始点や微小な不具合箇所の形成過程などを電気化学計測すると同時に、電極表面をその場観察可能な光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムに関する。
【背景技術】
【0002】
実用材料の表面は不均一であり、腐食やめっき反応など電気化学反応を制御するためには、材料表面の微小な領域を抜き出して、それら個々の電気化学反応を解析する必要がある。例えば、金属材料の局部腐食は、大きさ数μm程の非金属介在物を起点とする電気化学反応であり、その部位のみの電気化学計測と同時に、顕微鏡による腐食過程のその場観察の実施が現象解明にとって重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−239781号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T. Suter、T. Peter、and H. Bohni、Mater. Sci. Forum、192-194巻、25号、1995年発行
【0005】
このような材料表面の任意の特定の微小領域で起こる電気化学反応を解析できるシステムとして、内部に対極と照合電極を備え、電解液を満たした内径10〜100μm程のガラスキャピラリーの先端を、介在物を含む領域に押しつけ、電気化学計測を実施する方法が考案され、その具体的方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。これによれば、ガラスキャピラリーは光学顕微鏡の対物レンズ用レボルバーに装着されている。電気化学計測を行う部位を光学顕微鏡で特定した後、レボルバーを回転させることで、顕微鏡観察時の視野中央部にマイクロキャピラリーを押し当てることが可能となっており、計測位置決定に関してはマイクロビッカース硬度計と同じ原理である。しかし、細長いガラスキャピラリーを用いているため、電気化学計測と同時に電極表面を観察することは事実上不可能である。
【0006】
一方、特許文献1には、マイクロ流路を有する微小チップに対して、化学反応が起こる微小領域を熱レンズ顕微鏡で観察すると同時に、電気化学計測する技術が開示されている。しかし、この場合は、材料表面の任意の位置ではなく、化学反応が起こる微小領域は、マイクロチップ作製時に位置が固定(特定)されている。
【0007】
すなわち、光学顕微鏡などで金属材料表面を観察し、その結果から電気化学計測を行いたい微小領域の位置を決定し、その部分の電気化学計測を行うと共に、顕微鏡にて電極表面をその場観察できる微小電極システムを提供する方法は知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、その目的とするところは、簡便な構造で、材料表面の任意の狙った微小領域の電気化学計測と、電極表面を電気化学計測時にその場観察可能な光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、このような従来技術の短所を補い、未解決の課題を解決するため種々の試験研究を行い、本発明を完成させた。本発明の主旨は、以下の通りである。
【0010】
(1)電気化学計測と光学顕微鏡観察を同時に行う計測方法において、電極面積が0.0008cm2以下であり、水浸型の対物レンズを配置する液溜部を有し、電極面外周部の被覆が2種類以上の絶縁物の組み合わせで構成されていて、それらの最大厚さが100μm以下であることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【0011】
(2)上記(1)の電極システムにおいて、電極面外周部の被覆が粘着テープと硬化性樹脂で構成されていることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【0012】
(3)上記(1)あるいは(2)の電極システムにおいて、電極面外周部の被覆用粘着テープが、幅200μm以下の間隔で対向しており、その間隙に硬化性樹脂が充填されていることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【0013】
(4)上記(1)〜(3)のいずれかの電極システムにおいて、電極材料表面に粘着テープ貼り付け後の明度L*が60以下であることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、簡便な構造で、材料表面の任意の狙った微小領域の電気化学計測と、電極表面を電気化学計測時にその場観察可能な光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムの提供にある。本発明によれば、実体顕微鏡や通常の光学顕微鏡を使用し、その視野内で、観察位置を特定し、その微小部位のみが露出した電極面を容易に作製可能である。さらに、水浸型の対物レンズを使用することで、観察倍率1000倍程度の画像を記録しつつ、その観察領域の電位と電流との関係を計測することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明にかかわる光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムの断面図および水浸型対物レンズ、照合電極と対極および電気化学計測回路の模式図。
【図2】本発明にかかわる光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムの電極面と絶縁被覆を上方から見た図。
【図3】本発明にかかわる光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムの上方から見た図。
【図4】電極面をポリイミドテープとエポキシ樹脂でSUS304鋼表面上のMnS系介在物を含む微小領域を被覆した際の写真。
【図5】ポリイミドテープとエポキシ樹脂で被覆された電極面を用いてSUS304鋼表面上のMnS系介在物を含む微小領域に対して、0.1M NaCl中で計測したアノード分極曲線。
【図6】アノード分極の過程で電解液中において撮影したMnS系介在物を含む電極面中央部の拡大写真。
【図7】電気化学計測後の電極面および絶縁物の写真。
【図8】電極面の被覆をポリイミドテープのみで実施したい場合の電気化学計測時の電極面中央部の拡大写真。
【図9】電極面の被覆を厚さ300μmのシリコーンのみで実施したい場合の電気化学計測時の電極面中央部の拡大写真。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明を実施するための最良の形態について述べる。
【0017】
図1〜3に本発明の実施形態にかかる電気化学計測用微小電極システムの概略構成図を示す。本発明は、電気化学計測と光学顕微鏡観察を同時に行う計測方法において、電極面積が0.0008cm2以下であり、水浸型の対物レンズを配置する液溜部3を有し、電極面外周部の絶縁被覆が表面張力の異なる二種類以上の絶縁物(1、2)で構成されていて、それらの最大厚さが100μm以下であることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。これらの図では、電極面外周部の絶縁被覆が表面張力の異なる二種類以上の絶縁物として、粘着テープ1と硬化樹脂2を用いた例を示している。
【0018】
微小領域の電気化学計測と電極面の顕微鏡観察を同時に行う場合、顕微鏡で観察できる視野と、電極面の大きさが概ね一致している必要がある。顕微鏡での観察倍率を小さくすれば、観察領域は大きくなるが、画像の解像度は低下する。金属材料表面の形態が電気化学反応に伴って変化する状況を観察するためには、対物レンズの倍率が50倍以上、好ましくは100倍である必要がある。このためは、電極面積が0.0008cm2以下である必要がある。これよりも面積が大きいと、顕微鏡での観察領域と電極面の大きさに著しい不一致が生じてしまい、電気化学的なパラメータと顕微鏡観察結果を一対一で対比させることが困難になる。
【0019】
次に、電極面周囲の絶縁被覆であるが、一般的な電気化学計測においては、電極面の絶縁被覆は粘着テープや硬化樹脂など一種類の絶縁物で実施されている。しかし、電極面が微小になり電極面積が0.0008cm2以下となった場合には、一種類の絶縁物のみで被覆を行うと、電極面と絶縁物の境界領域に微細気泡(空気)が残存し、電気化学計測および顕微鏡観察に不具合を生じさせる。例えば、粘着テープを4枚用い、井げた状に貼ることで中央部に四角形の電極面を構成しようとした場合、4隅に形成される粘着テープの重なり部に空気が残存してしまう。さらに、電極面に相当する部分を切除した1枚の粘着テープを用いたとしても、気泡の残存を軽減あるいは無くすことは困難である。気泡が過度に残存すると、顕微鏡の光源からの光が乱反射・散乱され、顕微鏡観察が困難になる。
【0020】
これに対して、電極面外周部の被覆を2種類以上の絶縁物の組み合わせで構成した場合、個々の絶縁物の表面張力の違いにより微細気泡が一種類の絶縁物の周囲に集まり、凝集・粗大化が起こり、気泡の除去が容易になる。このため、電気化学計測と光学顕微鏡観察を同時に行う計測方法において、電極面積が0.0008cm2以下の場合においては、電極面外周部の絶縁被覆が2種類以上の絶縁物で構成されている必要がある。
【0021】
ところで、2種類以上の絶縁物としては、被覆作業の容易性の観点から、粘着テープと硬化性樹脂の組み合わせが好ましい。さらに、試験片の狙った位置に容易に微小な電極面を構成するという点においては、絶縁被覆用の粘着テープが、幅200μm未満の間隔で対向しており、その間隙に硬化性樹脂が充填されていることが望ましい。すなわち、顕微鏡の観察下において、計測位置を決定し、その位置に粘着テープを貼り、硬化樹脂を流し込むことで簡便かつ容易、しかも短時間に電極面を作製することができる。さらに、粘着テープを幅200μm未満の間隔で対向させることで、樹脂の流し込みが極めて容易になり、結果として微小な電極面の形成が容易になる。本発明においては、使用する粘着テープと硬化樹脂の組成は限定しないが、粘着テープとしてはポリイミドのように水滴や気泡との接触角が大きい物質、硬化樹脂としてはエポキシ系樹脂のように水滴や気泡との接触角が小さい物質の組み合わせが望ましい。さらに、本発明においては、硬化樹脂の粘性は特に限定しないが、作業性の観点からは、4〜10Pa・sは好ましく、特に7.5〜8.5Pa・sが最も望ましい。また、硬化樹脂としては、常温硬化型のもの方が、作業性が良好であるという利点を有している。
【0022】
電極面を観察するためには、対物レンズが必要であるが、電気化学計測においては、電極面が電解液中に存在するため、解像度の高い像を得るために水浸型の対物レンズを使用する必要がある。このため、本発明においては、水浸型の対物レンズを配置する液溜部を有する必要があることとした。液溜部の材質は特に規定しないが、アクリルやガラスなどの電解液と反応しないものである必要がある。また、液溜部の上部は必要に応じて、液の揮発を防止する蓋を設置することが好ましい。
【0023】
ところで、顕微鏡観察において、明瞭な像を得るためには、電極面外周部に構成する絶縁被覆の厚さを100μm以下にする必要がある。これを超えて絶縁被覆の厚さを大きくした場合、画像が不鮮明になる。これは、絶縁被覆を構成している物質の光の屈折、回折、散乱や乱反射などに起因するものではないかと考えられるが、その詳細は不明である。
【0024】
さらに、顕微鏡観察において、明瞭な像を得るためには、電極面以外からの反射光や迷光が極力少ないことが望ましい。このため、特に明瞭な画像観察を行う際には、電極材料表面に粘着テープ貼り付け後の明度L*が60以下である必要がある。明度L*が60を超えて高いと、迷光や反射光が多くなり観察画像のコントラストが低下してしまう。この場合の明度L*は、光源Cを用いた際の値である。
【実施例】
【0025】
以下、実施例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明は実施例の記載に限定されるものではない。
【0026】
図4に示すように、表面研磨したSUS304ステンレス鋼の表面に露出したMnS系介在物を狙って、ポリイミドテープ(厚さ69μm、粘着剤:シリコーン)と、エポキシ樹脂(常温硬化、硬化剤:ポリアミドアミン)を用いて電極面を構成した。絶縁物の最大厚さは75μm、ポリイミドテープの間隔は160μmで、電極面積は0.00056cm2とした。また、電極材料表面にポリイミドテープを貼り付けた後のテープ表面の明度L*は55とした。図4において、図の上下がポリイミドテープで、左右がエポキシ樹脂である。これを電極面として、アクリル製の液溜部を作製し、倍率100倍の水浸型対物レンズを用いて、0.1M NaCl水溶液(非脱気)で計測したアノード分極曲線を図5に示す。電位は、-0.3V(内部液を0.1M NaClとするAg/AgCl電極基準)からアノード分極方向へ、23mV/minで動電位で走査した。カソード電流およびアノード電流、MnS系介在物のアノード溶解電流による電流増加、さらには介在物を起点とする微小ピット形成に伴う電流振動が計測できている。このように、本発明の電極システムにより、微小電極面であっても電気化学計測が可能であることが分かる。図6は、アノード分極の過程で電解液中において撮影した電極面中央部の拡大写真である。この電極中心部のMnS系介在物の拡大写真からは、硫化物の溶解に伴う形態変化が明瞭に観察できることが分かる。尚、図7は、電気化学計測後の電極面および絶縁物の写真である。これより、本発明においては、今までの微小電極システムでしばしば問題とされた電極外周部の絶縁被覆と金属試験片の間に発生するすき間腐食が全く発生していないことが分かる。
【0027】
図8は、本発明の比較例として、電極面の被覆をポリイミドテープ(厚さ69μm、粘着剤:シリコーン)のみで実施したい場合の電気化学計測時の電極面中央部の拡大写真である。絶縁物の厚さは69μmとした。本発明の実施例である図7と比較して、画像が不鮮明であることが分かる。これはポリイミドテープと電極面との境界に残存した微細気泡による光散乱・乱反射によるものである。同じく、図9は、本発明の比較例として、シリコーン樹脂のみとし、その厚さを300μmとした場合の電気化学計測時の画像の例である。画像が極めて不鮮明であることが分かる。これは微細気泡による光散乱・乱反射に加え、絶縁物の厚さが100μmを超えて厚いためである。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の活用例としては、ステンレス鋼の非金属介在物などの微小な腐食起点、めっき反応の開始点や微小な不具合箇所の形成過程などを電気化学計測すると同時に、電極表面をその場観察可能な光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システムとして利用可能である。
【符号の説明】
【0029】
1・・・粘着テープ
2・・・硬化樹脂
3・・・液溜部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学計測と光学顕微鏡観察を同時に行う計測方法において、電極面積が0.0008cm2以下であり、水浸型の対物レンズを配置する液溜部を有し、電極面外周部の被覆が2種類以上の絶縁物の組み合わせで構成されていて、それらの最大厚さが100μm以下であることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【請求項2】
請求項1記載の電極システムにおいて、電極面外周部の被覆が粘着テープと硬化性樹脂で構成されていることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【請求項3】
請求項1あるいは2記載の電極システムにおいて、電極面外周部の被覆用粘着テープが、幅200μm以下の間隔で対向しており、その間隙に硬化性樹脂が充填されていることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。
【請求項4】
請求項1〜3記載のいずれかの電極システムにおいて、電極材料表面に粘着テープ貼り付け後の明度L*が60以下であることを特徴とする光学顕微鏡観察機能を備えた電気化学計測用微小電極システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−154783(P2012−154783A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13875(P2011−13875)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】