説明

光触媒およびその製造方法

【課題】レニウム錯体による光触媒で、より高い一酸化炭素の生成効率が得られるようにする。
【解決手段】光触媒は、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であり、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子であるレニウム錯体から構成されたものである。4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、例えば、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであればよい。また、Xは、塩素であればよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽光などの光エネルギーにより二酸化炭素を一酸化炭素に還元する光触媒およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素は、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの一つとして、排出量削減が課題とされている。二酸化炭素の大気中への排出量を削減する方法としては、省エネルギー機器の使用により電力使用量を減らすことで、発電所から発生する二酸化炭素を削減する省エネルギー化がある。また、電気自動車のように二酸化炭素を発生しない機器に交換するクリーン化がある。これらに加え、排出源から排出された二酸化炭素を大気中に放出させない固定化という方法がある。
【0003】
二酸化炭素の固定化の例としては、火力発電所のような大規模排出源から排出される二酸化炭素を回収し、地中などに貯留する技術開発が進められている。一方、尿素やメタノール製造の原料として二酸化炭素そのものを化学工場で使用するなどの化学的な利用例があるが、これらの固定化にはエネルギー投入が必要である。
【0004】
これらに対し、光エネルギーを利用した光化学反応により、二酸化炭素を還元して再資源化する固定化方法があり、太陽光の直接利用が可能であるため特に期待されている。太陽光等の光エネルギーを利用し、二酸化炭素を一酸化炭素,ギ酸,メタノールへ還元する金属錯体光触媒のうち、レニウム錯体光触媒は、光増感と触媒の両方の機能を備え、選択的に一酸化炭素が得られるという特徴がある。
【0005】
これまでに、二酸化炭素を還元するレニウム錯体光触媒として、Re(CO)3(2,2’−bipyridine)Cl(非特許文献1参照)や、[Re(CO)3(2,2’−bipyridine){P(OEt)3}]+(非特許文献2参照)などが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Hawecker et al. , "121.Photochemical and Electrochemical Reduction on Carbon Dioxide to Carbon Monoxide Mediated by (2,2'-Bipyridine)tricarbonylchlororhenium(I) and Related Complexes as Homogeneous Catalysts", Helv. Chem. Acta. , vol.69, pp.1990-2012, 1986.
【非特許文献2】H.Hori et al. , "Efficient photocatalytic CO2 reduction using [Re(bpy)(CO)3{P(OEt)3}]+", Journal of Photochemistry and Photobiology A:Chemistry, vol.96, pp.171-174, 1996.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、光触媒により二酸化炭素を一酸化炭素に還元して再資源化に利用するにあたり、還元の効率(一酸化炭素の生成効率)は、より高い方が望ましい。これに対し、まず、非特許文献1のレニウム錯体(レニウムビピリジン錯体)では、一酸化炭素の生成効率が極めて低いという問題がある。これは、非特許文献1のレニウム錯体は、反応中間体である1電子還元体が不安定なためと考えられている(非特許文献2参照)。
【0008】
これに対し、非特許文献2では、レニウム錯体(レニウムビピリジン錯体)の配位子を電子受容性の強いP(OEt)3(亜リン酸トリエチル)にすることで、一酸化炭素生成の効率を増加させている。非特許文献2では、1電子還元体の安定化が、一酸化炭素生成の効率を増加させるものとされ、このためには、電子受容性の強い配位子を導入し、ビピリジン上の電子密度を低くすることが重要であるとされている。
【0009】
しかしながら、非特許文献2の技術では、1電子還元体を安定化しすぎると、1電子還元体が生成された後における反応が阻害され、触媒としての機能が低下するものとされ、実験により実証されている。従って、非特許文献2の技術では、上述した配位子をP(OEt)3としたレニウムビピリジン錯体が、高い一酸化炭素生成の効率を得られるものとされているが、これ以上の効率を得ることが容易ではない。
【0010】
以上に説明したように、現在一般に用いられているレニウムビピリジン錯体による光触媒では、一酸化炭素の生成効率を、より高くすることが容易ではないという問題がある。
【0011】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、レニウム錯体による光触媒で、より高い一酸化炭素の生成効率が得られるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る光触媒は、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であり、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子であるレニウム錯体から構成されている。
【0013】
上記光触媒において、Lは、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであればよい。また、Xは塩素であればよい。
【0014】
また、本発明に係る光触媒の製造方法は、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子としたRe(CO)5Xを溶媒に溶解した第1溶液を作製する第1工程と、第1溶液に4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体を溶解して第2溶液を作製する第2工程と、第2溶液を加熱してRe(CO)5Xと4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体とを化合させ、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であるレニウム錯体から構成された光触媒を合成する第3工程とを少なくとも備える。
【0015】
上記光触媒の製造方法において、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであればよい。また、Xは塩素であればよい。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したことにより、本発明によれば、レニウム錯体による光触媒で、より高い一酸化炭素の生成効率が得られるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における光触媒の製造方法を説明するフローチャートである。
【図2】図2は、レニウム錯体を光触媒とした反応における光照射時間に対する一酸化炭素の生成量の変化を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。本実施の形態における光触媒は、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であり、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子であるレニウム錯体から構成されたものである。4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、以下の化学式(1)で示される。
【0019】
【化1】

【0020】
4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、例えば、以下の化学式(2)で示される4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであればよい。4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンは、化学式(1)のR1,R2,R3,R4,R5,R6を、水素(H)としたものである。
【0021】
【化2】

【0022】
また、Xは、塩素であればよい。
【0023】
上述した本実施の形態における光触媒によれば、電子輸送材料である4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体を光増感部として配位子に持つ構成とした。これにより、光触媒反応(二酸化炭素の還元反応)において、二酸化炭素への電子移動効率が向上するものと考えられ、この結果、高い触媒活性(一酸化炭素生成効率)が得られるようになる。
【0024】
このような本実施の形態における光触媒の製造方法について説明すると、図1に示すように、まず、ステップS101で、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子としたRe(CO)5Xを溶媒に溶解した第1溶液を作製する(第1工程)。Xは、例えば塩素とすればよい。この場合のRe(CO)5X(ペンタカルボニルレニウムクロライド)は、例えば、シグマアルドリッチジャパン株式会社で購入可能である。
【0025】
次に、ステップS102で、第1溶液に4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体を溶解して第2溶液を作製する(第2工程)。4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、例えば、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンとすればよい。4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンは、東京化成工業株式会社で購入可能である。
【0026】
次に、ステップS103で、第2溶液を加熱してRe(CO)5Xと4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体とを化合させ、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であるレニウム錯体から構成された光触媒を合成する(第3工程)。以上のことにより、本実施の形態における光触媒が得られる。なお、第3工程の後、クロマトグラフィーなどにより、目的とする生成物を分離回収し、再結晶化することで、光触媒の結晶が得られる。
【0027】
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0028】
[実施例1]
はじめに、光触媒(Re(CO)3LX)の製造について説明する。まず、反応容器として内容積300mLの三口フラスコを用意する。次に、用意した三口フラスコに、100mLのトルエンを収容し、ここに、0.271g(0.75mmol)のRe(CO)5Clを加え、110℃に加熱して完全に溶解させて第1溶液を作製する。
【0029】
次に、110℃の加熱を継続させ、また、撹拌した状態で、50mLのトルエンに0.249g(0.75mmol)の4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンを溶解した溶液を、三ツ口フラスコに収容されて撹拌されている第1溶液に滴下する。滴下速度は、10mL/minとする。このようにして第1溶液に4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンを溶解させた第2溶液を、110℃で撹拌し、これを4時間継続する。また、このとき、三ツ口フラスコに環流冷却器を取り付けて環流させる。
【0030】
上述した4時間の反応を終了した後、得られた反応液(第2溶液)を室温(20〜25℃)まで放冷する。次に、冷却した第2溶液より、ロータリーエバポレータで溶媒を除去し、次いで、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(溶出液:酢酸エチル,H=400mm,φ=25mm)により、目的生成物を分離して回収する。また、得られた固形物をアセトン−ヘキサン溶媒(アセトン:ヘキサン=10:1、体積比)を用いて再結晶化する。以上のことにより、Re(CO)3LCl(L=4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン)の結晶が得られる。
【0031】
次に、以上のように作製した実施例1の光触媒を用いた二酸化炭素の還元について説明する。
【0032】
まず、内容量3.5mLの石英製のセルに、レニウム錯体Re(CO)3LCl(L=4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン)の溶液(濃度1.0mM、体積1.5mL)を収容し、この溶液に二酸化炭素を200mL/minで2分間バブリングし、この後、シリコンテフロンセプタムで密閉する。セル内の圧力は大気圧(101325Pa)とした。ここで、ジメチルホルムアミドとトリエタノールアミンの混合溶液(ジメチルホルムアミド:トリエタノールアミン=5:1、体積比)をレニウム錯体の溶媒として用いた。トリエタノールアミンが、光還元反応に必要なレニウム錯体に対する電子源となる。
【0033】
光還元反応は、セルの外から水銀ランプにより波長365nmの光を3時間照射することにより行う。この反応の終了後、ガスクロマトグラフ質量分析計にて反応生成物を分析する。光照射時間に対する一酸化炭素の生成量をプロットした結果を図2の黒丸に示す。図2に示すように、光照射時間とともに一酸化炭素の生成量が増加し、3時間照射で272μLの一酸化炭素の生成が確認された。
【0034】
[比較例1]
次に、比較例1について説明する。比較例1では、レニウム錯体としてRe(CO)3LCl(L=2,2’−ビピリジン)を用意し、このレニウム錯体を光触媒として前述した実施例1と同様の光還元反応を行う。また、実施例1と同様に、反応生成物を分析する。この結果、図2の白四角に示すように、光照射時間とともに一酸化炭素の生成量が増加し、3時間照射で151μLの一酸化炭素の生成が確認された。
【0035】
[比較例2]
次に、比較例2について説明する。比較例2では、レニウム錯体としてRe(CO)3LCl(L=2,2’:6’,2”−ターピリジン)を用意し、このレニウム錯体を光触媒として前述した実施例1と同様の光還元反応を行う。また、実施例1と同様に、反応生成物を分析する。この結果、図2の白丸に示すように、3時間の光照射後も一酸化炭素の生成は確認されない。比較例2では、二酸化炭素を一酸化炭素に還元する触媒能を有さないことが確認される。
【0036】
以上の結果について、(3時間光照射下で生成した一酸化炭素のモル数)/(触媒のモル数)として算出したターンオーバー数(TON)を以下の表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
実施例1では、TON=7.9と算出され、比較例1では、TON=4.1と算出され、比較例2では、TON=0となる。
【0039】
以上に示したように、レニウム錯体Re(CO)3LCl(L=4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン)を光触媒として用いることで、二酸化炭素を還元して一酸化炭素を生成することが確認された。さらに、表1から明らかなように、実施例1のレニウム錯体Re(CO)3LCl(L=4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン)からなる光触媒の場合、比較例2のRe(CO)3LCl(L=2,2’−ビピリジン)に比較して、約2倍の一酸化炭素生成効率が得られた。また、比較例2のRe(CO)3LCl(L=2,2’:6’,2”−ターピリジン)では、一酸化炭素の生成が確認されなかった。
【0040】
これらの結果から、本発明のレニウム錯体は、電子輸送材料である4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンを配位子としたため、光還元反応の電子源として用いたトリエタノールアミンから受け取った電子を高効率で二酸化炭素へ与える役割を果たしていると考えられる。
【0041】
以上に説明したように、本発明によれば、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であり、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子であるレニウム錯体を光触媒としたので、レニウム錯体による光触媒で、より高い一酸化炭素の生成効率が得られるようになる。
【0042】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、Re(CO)3LXのXを塩素とした場合を例に説明したが、これに限るものではなく、アセトニトリル、チオシアネート、トリアルキルホスフィンなどの、公知の各種単座配位子をXとしてもよい。
【0043】
また、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体として、化学式1のR1〜R6を水素とした4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンを用いる場合を例に説明したが、これに限るものではない。R1〜R6をアミノ基、メチル基、ヒドロキシル基、メトキシ基、メチル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基などの公知の各種置換基とした4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であっても、同様の効果が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であり、Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子であるレニウム錯体から構成されたことを特徴とする光触媒。
【請求項2】
請求項1記載の光触媒において、
前記Lは、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであることを特徴とする光触媒。
【請求項3】
請求項1または2記載の光触媒において、
前記Xは塩素であることを特徴とする光触媒。
【請求項4】
Xがアニオン性もしくは中性の単座配位子としたRe(CO)5Xを溶媒に溶解した第1溶液を作製する第1工程と、
前記第1溶液に4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体を溶解して第2溶液を作製する第2工程と、
前記第2溶液を加熱してRe(CO)5Xと4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体とを化合させ、Re(CO)3LXで示され、Lが4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体であるレニウム錯体から構成された光触媒を合成する第3工程と
を少なくとも備えることを特徴とする光触媒の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の光触媒の製造方法において、
4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリン誘導体は、4,7−ジフェニル−1,10−フェナントロリンであることを特徴とする光触媒の製造方法。
【請求項6】
請求項4または5記載の光触媒の製造方法において、
前記Xは塩素であることを特徴とする光触媒の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−6135(P2013−6135A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139172(P2011−139172)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】