説明

光触媒材料及び光触媒

【課題】助触媒を使用せずに、光照射によって、水から水素を生成し得る光触媒材料及び光触媒を提供する。
【解決手段】光触媒材料は、結晶粒状に形成され、3d軌道がd電子配置であるモット絶縁体のMgTi3+と、結晶粒の表面に形成され、Mg、Ti及びOからなりTiがTi4+で3d軌道がd電子配置であるバンド絶縁体酸化物とから形成されたバルク状の多結晶構造体により構成されており、粉砕されることで、MgTi3+とバンド絶縁体酸化物とからなる粉末状の光触媒を製造できる。よって、この光触媒は、水に懸濁され、260K以上の温度下で光が照射されると、水を水素と酸素とに分解でき、光触媒は、PtやRu等の貴金属類を含む物質を助触媒として使用せずに、光照射に基づいて、水から水素を生成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光触媒材料及び光触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、太陽光等の光が照射されることで、酸化還元反応により、水を水素と酸素とに分解する光触媒が注目されており、TiO2(二酸化チタン)やSrTiO3(チタン酸ストロンチウム)等その他種々の光触媒材料を用いた光触媒が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−008963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような光触媒材料は、d0電子配置(d軌道に電子が空となっている状態)のTi4+や、d10電子配置(d軌道に電子が完全に満たされている状態)の金属イオンを有し、これらTi4+や金属イオンをもつバンド絶縁体の遷移金属化合物をベースにしている。このため、光触媒材料は、光を照射して水を水素と酸素に分解するために、PtやRu等の貴金属類を含む物質を助触媒として加えなければ、光触媒として機能し得ないという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、助触媒を使用せずに、光照射によって、水から水素を生成し得る光触媒材料及び光触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の請求項1では、3d遷移金属元素を含んだ原材料を焼成して形成した多結晶構造体からなり、前記多結晶構造体には、モット絶縁体からなる遷移金属酸化物が結晶粒状に形成されており、各結晶粒の表面には、3d遷移金属元素の電子数が、前記遷移金属酸化物における3d遷移金属元素の電子数と異なり、3d軌道に電子が存在しない状態か、又は3d軌道全てに電子が存在している状態にあるバンド絶縁体酸化物が形成されていることを特徴とするものである。
【0007】
また、請求項2では、前記バンド絶縁体酸化物は、前記3d軌道に電子が存在しないd0電子配置となり、前記遷移金属酸化物は、d1電子配置となることを特徴とするものである。
【0008】
また、請求項3では、前記バンド絶縁体酸化物は、前記3d軌道全てに電子が存在しているd10電子配置となり、前記遷移金属酸化物は、d9電子配置となることを特徴とするものである。
【0009】
また、請求項4では、前記遷移金属酸化物が、MgTi2O4、Sr2VO4又はCaV2O5であることを特徴とするものである。
【0010】
また、請求項5では、前記Mg、Sr又はCaの一部が、d電子を有する遷移金属で置換されることを特徴とするものである。
【0011】
また、請求項6では、前記遷移金属は、Feであることを特徴とするものである。
【0012】
また、請求項7では、請求項1〜6記載の光触媒材料を用いたことを特徴とするものである。
【0013】
また、請求項8では、粉砕されて粉末状に形成されることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、助触媒を使用せずに、光照射によって、水から水素を生成し得る光触媒材料及び光触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の光触媒材料における温度と電気抵抗特性、磁気特性及び構造特性との関係を示す図である。
【図2】本発明の光触媒材料の結晶粒が金属相である場合において、照射光の違いによる表面組成分析の結果を示す図である。
【図3】本発明の光触媒材料の結晶粒が絶縁体相である場合において、照射光の違いによる表面組成分析の結果を示す図である。
【図4】本発明の光触媒により生成した水素の検出及び生成量測定に用いた実験装置の概略図である。
【図5】第1試料から作製した光触媒における水素量を示すグラフである。
【図6】単位時間あたりの水素発生量で示したグラフと、第2試料から作製した光触媒における水素量を示すグラフである。
【図7】犠牲剤を懸濁液に加えたときの水素量を示すグラフである。
【図8】本発明の光触媒のバンド構造を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0017】
(1)光触媒の構成
本発明による光触媒は、バルク状の光触媒材料(後述する)が粉砕され粉末状に形成されたものであり、水に懸濁させて、260K以上で光が照射されると、酸化還元反応により水を分解して主に水素を生成し得るようになされている。ここで、光触媒材料は、複数の結晶粒が形成された多結晶構造体からなり、多結晶構造体の各結晶粒が3価のTi(Ti3+)を有するスピネル型結晶構造のMgTi3+2O4により形成されている。
【0018】
かかる構成に加えて、光触媒材料は、多結晶構造体の各結晶粒の表面(結晶粒界)にバンド絶縁体酸化物が形成されている。このバンド絶縁体酸化物は、結晶粒と同じMg、Ti及びOの元素からなるものの、4価のTi(Ti4+)を有したバンド絶縁体である。なお、このバンド絶縁体酸化物は、スピネル構造を有したMgTi3+2O4からなる結晶粒の表面に形成され、またX線光電子分光装置(日本電子社製JPS9200)によるXPS(X-ray photoelectron spectroscopy)測定の結果から、Ti4+が確認されたことから、逆スピネル構造を有するMg2Ti4+O4であると推測される。
【0019】
一方、多結晶構造体において結晶粒を形成する遷移金属酸化物たるMgTi3+2O4は、モット絶縁体であり、260K以上になると、金属絶縁体転移が起こり、絶縁体相から金属相となり得る。因みに、MgTi3+2O4は、モット絶縁体であるため、バンド理論で金属的と予想されるにも関わらず、電子間斥力(電子間クーロン力)の効果によって絶縁体状態となっている。
【0020】
かくして、本発明の光触媒は、上述した光触媒材料を粉末状に粉砕して形成されていることから、Ti3+でd1電子配置(d軌道に電子が1つ存在する状態)にあるMgTi3+2O4と、Ti4+でd0電子配置(d軌道の電子が存在しない状態)にあるバンド絶縁体酸化物とが含まれた構成となり得る。これにより、この光触媒では、水に懸濁させ、260K以上の温度下で光が照射されると、金属相であるTi3+を有するMgTi3+2O4と、Ti4+を有するバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、酸化還元反応により水から水素を生成し得るようになされている。
【0021】
(2)光触媒材料及び光触媒の製造方法
次に、光触媒材料と光触媒との製造方法について説明する。先ず始めに、Mgと、3d遷移金属元素としてのTiとのモル比が1:2となるように、MgOとTiとTiO2の各粉末を混合して混合粉末を作製し、その混合粉末を圧縮成型して成型体を作製する。次いで、この成型体を真空中で所定の温度において所定の時間焼成した焼成体を取り出して粉末にする。その後、この粉末を再び圧縮成型して真空中で所定の温度において所定の時間焼成することにより、上述した多結晶構造体からなる光触媒材料を作製できる。
【0022】
このようにして作製したバルク状の光触媒材料は、Ti3+を有するMgTi3+2O4からなる結晶粒が形成され、この結晶粒の表面に、Mg、Ti及びOからなりTi4+を有するバンド絶縁体酸化物が形成された多結晶構造体から構成されている。
【0023】
因みに、上述した光触媒材料の作製方法としては、これに限らず、この光触媒材料を再び粉砕して粉末状の材料粉末体を作製した後、この材料粉末体を成型して材料成型体を作製し、この材料成型体を上述した焼成条件にて焼成する工程(以下、これを再形成工程と呼ぶ)を経て、再び多結晶構造体からなる光触媒材料を作製しても良い。この場合、光触媒材料は、再形成工程が繰り返されて作製されることで、不純物の少ない多結晶構造体となり得る。
【0024】
最後に、このようにして作製した光触媒材料を粉砕して粉末状に形成することにより、Ti3+でd1電子配置となるMgTi3+2O4と、Mg、Ti及びOからなりTi4+でd0電子配置となるバンド絶縁体酸化物とを含んだ粉末状の光触媒を作製できる。
【0025】
(3)検証
(3−1)金属絶縁体転移
次に、光触媒材料ついて各種検証を行った。ここでは、MgOとTiとTiO2とを適量混ぜて混合粉体を作製し、この混合粉体を圧縮成型して作製した成型体を加熱して、石英管内の成型体を焼成し、多結晶構造体からなる光触媒材料を作製した。次いで、この光触媒材料について、温度と電気抵抗との関係を調べたところ、図1Aに示すような結果が得られた。
【0026】
具体的には、温度を変化させながら各温度における光触媒材料の電気抵抗率(Ω・cm)を測定した。図1Aから、250K付近において、電気抵抗が急激に下がっていることが確認でき、このことからこの光触媒材料は、250K付近で、絶縁体相から金属相に金属絶縁体転移していることが分かる。
【0027】
次に、この光触媒材料について、温度と磁化率(emu/Ti3+・mol)との関係を調べたところ、図1Bに示すような結果が得られた。ここでは、0.1T(テスラ)の磁場中において、温度を変えながら各温度における光触媒材料の磁化率を測定した。その結果得られた図1Bから、磁化率の減少傾向が、200K付近において増加傾向に転じ、260K付近においてほぼ飽和状態となっていることが確認できた。図1A及び図1Bから、この光触媒材料は、260K付近で、絶縁体相から金属相への金属絶縁体転移(図1A)が起き、磁気的な相転移(図1B)を起こしていることが分かった。
【0028】
次に、この光触媒材料について、温度と格子定数(nm)との関係を調べた。ここでは、光触媒材料を粉末状にした後、粉末X線回折測定(XRD)により、温度を変化させながら各温度における光触媒材料のX線回折を測定し、その測定結果から格子定数を決定した。その結果、図1Cに示すような結果が得られた。図1Cから、この光触媒材料は、260K未満において、格子定数aと格子定数cとが異なる正方晶の結晶構造となり、260K以上において、立方晶の結晶構造となることが確認できた。このことから、260Kを境に結晶構造が変化することが分かる。
【0029】
このように、図1A〜図1Cから、この光触媒材料は、260K以上になると、結晶構造が変わり、絶縁体相から金属相になって金属絶縁体転移していることが分かった。
【0030】
(3−2)光触媒材料の表面組成分析
次に、この光触媒材料の表面組成の検証を行った。ここでは、粉末状のMgOを0.2239gと、粉末状のTiを0.1596gと、粉末状のTiO2を0.6212gとを乳鉢に入れ、それらが均質となるまで混合して混合粉体を作製し、当該混合粉体を成形機により押圧して直方体状の成型体を作製した。続いて、成型体を開口から石英管に入れ、当該石英管の開口をバーナーで焼き切ることにより、この成型体を石英管に封入した。この石英管を焼成炉内に入れ、1073Kにおいて3日間焼成した。次いで、この石英管を破砕して内部の焼成体を取り出して再度粉末にした後に、この粉末を再び圧縮成型して石英管に封入した。最後に、この石英管を焼成炉内に再び入れ、さらに1273Kにおいて2日間加熱し、当該石英管内の成型体を焼成して光触媒材料を作製した。
【0031】
その後、この石英管を破砕し、当該石英管内から光触媒材料を取り出した後、真空中で当該光触媒材料を破断して光触媒材料の破片を試料破片として得た。そして、このX線光電子分光装置により、試料破片の表面組成分析を行った。なお、ここでは、試料破片の表面のうち、製造過程で空気に曝されておらず、光触媒材料の破断により初めて外部に露出した面(以下、これを分析面と呼ぶ)について表面組成分析を行った。
【0032】
表面組成分析は、光触媒材料が金属相となっている300Kの温度条件下で、真空度を1x10-9Pa以下、X線のスポットサイズを3mm、パスエネルギー10eVとして、試料破片の分析面における結合エネルギーの強度を、X線光電子分光装置で測定した。この300Kの温度条件下において、試料破片に紫外光(波長355nm)を照射したときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図2の上段領域ER1に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0033】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、スペクトル解析ソフト(WaveMetrics社製IgorPro)により波形分離処理して、Ti4+(2p3/2)スペクトル、Ti4+(2p1/2)スペクトル、Ti3+(2p3/2)スペクトル及びTi3+(2p1/2)スペクトルの関数(以下、これらをまとめて分離スペクトル関数と呼ぶ)を解析した。
【0034】
これにより、スペクトル解析ソフトによって、これらの分離スペクトル関数を合成して合成スペクトルを計算し、当該合成スペクトルが結合エネルギースペクトルに極力一致するように、各分離スペクトル関数をピークフィッティング(最適化)して、図2の上段領域ER1に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとを得た。
【0035】
図2の上段領域ER1に示すように、試料破片の分析面に紫外光を照射した紫外光照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.35eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.75eVであることが確認できた。また、紫外光照射時における試料破片の分析面では、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.696であることが確認できた。
【0036】
また、これとは別に、紫外光照射時と同様の条件下で、試料破片に可視光を照射したときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図2の中段領域ER2に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0037】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、上述と同様にスペクトル解析ソフトにより解析したところ、図2の中段領域ER2に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとが得られた。
【0038】
図2の中段領域ER2に示すように、試料破片の分析面に可視光を照射した可視光照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.15eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.91eVであることが確認できた。また、可視光照射時における試料破片の分析面では、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.507であることが確認できた。
【0039】
また、これらとは別に、紫外光照射時と同様の条件下で、試料破片に光を照射しないときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図2の下段領域ER3に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0040】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、上述と同様にスペクトル解析ソフトにより解析したところ、図2の下段領域ER3に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとが得られた。
【0041】
図2の下段領域ER3に示すように、試料破片の分析面に何も光を照射しない光無照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.05eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.89eVであることが確認できた。また、光無照射時における試料破片の分析面では、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.515であることが確認できた。
【0042】
これらの表面組成分析の測定結果から、この光触媒材料には、Ti3+及びTi4+の2種類の異なる価数を有する3d遷移金属元素であるTiが含まれていることが分かった。このように、この光触媒材料は、異なる価数を有している2種類のTiをもち、かつ多結晶構造体からなることから、結晶粒がMgTi3+2O4となり、結晶粒の表面(結晶粒界)がTi4+を有するバンド絶縁体になっていると考えられる。
【0043】
また、300Kにおいて光触媒材料が金属相の場合は、光無照射時のメインピークと可視光照射時のメインピークとを比較すると、可視光照射時のメインピークが高エネルギー側にシフトすることが確認できた。また、可視光照射時のメインピークと紫外光照射時のメインピークとを比較すると、紫外光照射時のメインピークが高エネルギー側にシフトすることが確認できた。
【0044】
このようなピークシフトは、主に、試料破片の分析面に照射される光のエネルギーに応じて、Ti4+(2p3/2)スペクトルのピークがシフトしているためである。なお、このような試料破片のピークシフトは、一般的な光触媒として知られているTi1-xCoxO2-δ(x=0.10又はx=0.05)でも、紫外光を照射した際に観察されており、一般的な光触媒関連物質の挙動と似ていることが確認できた。
【0045】
また、光触媒材料が金属相のときの試料破片ついて、紫外光照射時、可視光照射時及び光無照射時における表面組成比を比較した。その結果、可視光照射時及び光無照射時の表面組成比は、Ti3+/Ti4+≒0.5となっており、試料破片の分析面におけるTi3+とTi4+との存在比が0.5:1となっていることが分かった。
【0046】
また、一方で、紫外光照射時の表面組成比は、Ti3+/Ti4+≒0.7となっており、試料破片の分析面におけるTi3+とTi4+との存在比が0.7:1となっていることが分かった。
【0047】
このように、紫外光照射時の表面組成比では、可視光照射時及び光無照射時の表面組成比に比べてほぼ1.4倍となっていることから、紫外光照射時の試料破片の分析面におけるTi3+が、可視光照射時及び光無照射時に比べて増加していることが分かった。
【0048】
次いで、光触媒材料が絶縁体相となる200Kに温度条件を設定し、表面組成分析時におけるその他の条件を上述した表面組成分析と同様の条件として、試料破片の分析面の表面組成分析を行った。具体的には、200Kに温度条件下にて、試料破片に紫外光を照射したときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図3の上段領域ER4に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0049】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、スペクトル解析ソフトにより解析したところ、図3の上段領域ER4に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとが得られた。
【0050】
図3の上段領域ER4に示すように、紫外光照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.2eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.74eVであることが確認できた。また、紫外光照射時における試料破片の分析面では、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.824であることが確認できた。
【0051】
また、これとは別に、紫外光照射時と同様の条件下で、試料破片に可視光を照射したときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図3の中段領域ER5に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0052】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、スペクトル解析ソフトにより解析したところ、図3の中段領域ER5に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとが得られた。
【0053】
図3の中段領域ER5に示すように、可視光照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.2eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.76eVであることが確認できた。また、可視光照射時における試料破片の分析面では、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.783であることが確認できた。
【0054】
また、これらとは別に、紫外光照射時と同様の条件下で、試料破片に光を照射しないときの分析面における結合エネルギーの強度を測定したところ、図3の下段領域ER6に示すような結合エネルギースペクトルが得られた。
【0055】
次に、この結合エネルギースペクトルを用いて、スペクトル解析ソフトにより解析したところ、図3の下段領域ER6に示すような合成スペクトルと、Ti4+(2p3/2)スペクトルと、Ti4+(2p1/2)スペクトルと、Ti3+(2p3/2)スペクトルと、Ti3+(2p1/2)スペクトルとが得られた。
【0056】
図3の下段領域ER6に示すように、光無照射時のピークフィッティングでは、メインピークが459.2eVの位置にあり、半値幅(FWHM)が1.78eVであることが確認できた。また、可視光照射時における試料破片の分析面は、Ti4+とTi3+との各ピーク面積の比率から表面組成比がTi3+/Ti4+≒0.790であることが確認できた。
【0057】
このように、光触媒材料が絶縁体相となる200Kに温度条件下では、試料破片の分析面に照射される光のエネルギーを変えても、試料破片においてメインピークのピークシフトが生じないことが確認できた。さらに、200Kに温度条件下、紫外光照射時、可視光照射時及び光無照射時における表面組成比では、全てTi3+/Ti4+≒0.8となっており、試料破片の分析面におけるTi3+とTi4+との存在比が0.8:1となっていることが分かった。
【0058】
このように、200Kに温度条件下では、紫外光照射時、可視光照射時及び光無照射時の表面組成比が、全て0.8と変化しないことから、試料破片の分析面におけるTi3+とTi4+との比が変化していないことが分かった。
【0059】
ここで、光触媒材料が金属相及び絶縁体相の場合における試料破片の分析面に関する表面組成分析の測定結果を、表1にまとめる。
【0060】
【表1】

【0061】
表1におけるピークシフトの値は、金属相において光無照射で測定したメインピークのピークの値を基準値として、その他のピークシフトの値を当該基準値に対する相対値として表した。表1から、金属相と絶縁相とを比較すること、金属相では、照射光の違いにより、メインピークのピークシフトが生じており、また表面組成比であるTi3+/Ti4+も、紫外光照射時に、他の無光照射時及び可視光照射時よりも大きくなっていることが分かった。
【0062】
(3−3)光触媒材料の光触媒機能確認実験
次に、上述した「(3−2)表面組成分析」にて作製した光触媒材料を粉砕し、粉末状の試料を作製して、この試料が光触媒として機能するか否かの確認実験を行った。ここでは、図4に示すような実験装置1を用い、光触媒材料を粉末状にした試料を水に懸濁させた懸濁液2をフラスコ3に入れ、マグネティックスターラー4上の保持容器5内に、このフラスコ3を載置した。保持容器5には、後述する照射器からの赤外線成分を遮断するフィルタとして機能する純水6が入れられており、フラスコ3内の懸濁液2が、純水6内に位置するようにした。
【0063】
次いで、ガスクロマトグラフ装置8(SHIMADZU社製GC-8A)に接続されている配管10に、フラスコ3の上部開口部3aを接続部品7により接続し、当該フラスコ3を実験装置1に設置した。そして、マグネティックスターラー4を用いてフラスコ3内の懸濁液2をかき混ぜながら、照射器(浜松ホトニクス社製LC5)14から発した光(波長1000〜220nm)を懸濁液2に照射した。この際、Arガスをキャリアガスとして配管10に注入し、Arガスの流れにより、配管10を介して、フラスコ3内の気体をガスクロマトグラフ装置8まで運び回収した。クロマトグラフのカラムは水素、酸素、窒素を分離することが可能なカラム(SHIMADZU社製MS-13X)を用いる。因みに、図4において、15は、前置カラム(アルミナ)であり、触媒反応器からの水蒸気圧がカラムの分離能を低下することを防止するために用いる。16は、配管10内の気体の圧力を計測する圧力計である。そして、ガスクロマトグラフ装置8によって気体内の水素量を測定した。
【0064】
ここでは、先ず始めに、試料として、試料作製後に数カ月間、真空デシケータ中に保管した光触媒材料を粉末状にした試料(以後、これを第1試料と呼ぶ)を用意し、この第1試料0.3gを1.0mlの水に懸濁させて懸濁液2を調製した。次いで、この懸濁液2をフラスコ3に入れ、当該フラスコ3を実験装置1に設置し、室温下でフラスコ3内の懸濁液2に光を照射した。その際、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定したところ、図5A〜図5Cに示すような結果が得られた。なお、図5B及び図5Cは、図5Aの一部を拡大したグラフであり、図5中の「evac」は、光照射を継続したまま、フラスコ3内に蓄積した水素を一度全て追い出した後、改めてフラスコ3内の水素量を測定したことを示している。
【0065】
図5A〜図5Cから、第1試料では、光が照射されているとき、水素が生成されていることが確認できた。図6Aは、図5Aで得られた測定結果を、単位時間あたりの水素発生量で示したグラフである。このデータから光照射後30時間程度で水素発生量にピークが現れ、その後、水素量が低下しているものの、光を照射している間、水素を生成していることが確認できた。
【0066】
次に、試料として、光触媒材料を作製後、すぐに粉末状にした試料(以後、これを第2試料と呼ぶ)を用意し、この第2試料0.1gを0.5mlの水に懸濁させて懸濁液2を調製した。次いで、この懸濁液2をフラスコ3に入れ、当該フラスコ3を実験装置1に設置し、室温下でフラスコ3内の懸濁液2に光を照射した。その際、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定したところ、図6Bに示すような結果が得られた(図6B中、「Ar」と示す)。
【0067】
さらにこれとは別に、同様に調製した懸濁液2をフラスコ3に入れ、当該フラスコ3を実験装置1に設置し、アルミホイルで梱包することによって外部からの光を遮断した状態で、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定した結果を図6Bに示す(図6B中、「dark」と示す)。光の照射がない状態であっても水と懸濁することで水素を発生するが、光照射されることでさらに効率よく水素が生成されており、光触媒として機能していることが確認できた。
【0068】
次いで、上述した第2試料0.1gを0.5mlの水に懸濁させ、さらに犠牲剤NaIO3 0.150mmolを加えた懸濁液2を調製した。懸濁液2をフラスコ3に入れ、当該フラスコ3を実験装置1に設置し、アルミホイルで梱包することによって外部からの光を遮断した状態で、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定した。図7に示すように、光を遮断した状態では水素が発生しないことが確認された(図7中、一点鎖線で示す)。引き続き、アルミホイルを除去して、室温下でフラスコ3内の懸濁液2に光を照射し、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定したところ、やはり水素が生成されないことが確認された。これは犠牲剤NaIO3が水素の生成反応を抑制することを示している。
【0069】
次に、第2試料0.1gを0.5mlの水に懸濁させ、さらに犠牲剤NaIO3 0.0126mmolを加えた懸濁液2を調製した。懸濁液2をフラスコ3に入れ、当該フラスコ3を実験装置1に設置し、アルミホイルで梱包することによって外部からの光を遮断した状態で、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定した。この場合でも、図7に示すように、光を遮断した状態では水素が発生しないことが確認された(図7中、実線で示す)。引き続き、アルミホイルを除去して、室温下でフラスコ3内の懸濁液2に光を照射し、生成される水素量をガスクロマトグラフ装置8にて測定したところ、水素が生成されることが確認された。これは犠牲剤の量を減らすことによって、光遮断下では水素を生成せず、光照射下で水素を生成する状況が実現されることを示している。図7に示す結果によっても、光触媒として機能していることが確認できた。
【0070】
(3−4)本発明の光触媒における水素生成原理
次に、本発明の光触媒について、水に懸濁された状態で、260K以上の温度下、光が照射されると、水から水素を生成する原理について説明する。この光触媒は、上述したように、3d軌道がd1電子配置のTi3+を有するMgTi3+2O4と、3d軌道がd0電子配置のTi4+を有するバンド絶縁体酸化物とが含まれた構成を有している。このような光触媒について、ここでは、Ti4+を有するバンド絶縁体酸化物をMg2Ti4+O4とみなし、図8A〜図8Bに示すような、MgTi3+2O4と、Mg2Ti4+O4とのバンド構造を概略した模式図を用いて説明する。
【0071】
図8Aでは、MgTi3+2O4のバンド構造として、Tiの3d軌道のバンドa1と、Oの2p軌道のバンドa2とを示している。MgTi3+2O4は、金属絶縁体転移温度である260K未満の低い温度下において、絶縁体相を示し、図8Aに示すように、バンドa1にモットギャップが生じる。
【0072】
また、図8Aでは、Mg2Ti4+O4がMgTi3+2O4の表面に存在するため、Mg2Ti4+O4におけるTiの3d軌道のバンドa3をバントa1に隣接して示し、Mg2Ti4+O4におけるOの2p軌道のバンドa4をバンドa2に隣接して示す。ここでは、バンドa1とバンドa3との接触面を界面i1とし、バンドa2とバンドa4との接触面を界面i2とする。ここでMg2Ti4+O4は、Ti4+を有しているため、バンド絶縁体である。
【0073】
本発明による光触媒のバンド構造は、MgTi3+2O4のバンドa1が260K以上の高い温度下で絶縁体相から金属相に相転移すると、図8Bに示すように変化する。図8Bでは、MgTi3+2O4の絶縁体相におけるバンドa1が金属相のバンドd1となり、バンドa1に存在していたモットギャップが消滅する。また、MgTi3+2O4の絶縁体相におけるバンドa2は、MgTi3+2O4の金属相におけるバンドd2に変化する。
【0074】
さらに、Mg2Ti4+O4のバンドa3では、絶縁体相のバンドa1が金属相のバンドd1に変化したことにより、バンドd1の界面i1付近は自由電子が存在するが、界面i1から離れるにつれて自由電子の密度が減少する状況となる。これにより、バンドa3は、界面i1付近と、界面i1から離れた場所とにおいて、エネルギー状態に差異が生じる(バンドベンディング)。
【0075】
Mg2Ti4+O4のバンドa4は、バンドa3がバンドd3に変化した理由と同様の理由により、界面i2付近と、界面i2から離れた場所とにおいて、エネルギー状態に差異が生じるd4に変化する。
【0076】
このとき、MgTi3+2O4とMg2Ti4+O4とを含む光触媒に、紫外光又は可視光のいずれかを照射すると、主にTi4+のピークが高エネルギー側にシフト(図2)することよって、図8Cに示すように、光照射前のバンド構造である黒い破線で示したバンドd3及びバンドd4のバンドベンディングが抑制される。
【0077】
これにより、バンドd3及びバンドd4では、界面i1付近と界面i1から離れた場所とにおいて生じていたエネルギー差が解消される。よって、図8Cでは、バンドd3は、示すようなバンドe3となる。また、バンドd4は、図8Cに示すようなバンドe4となる。
【0078】
さらに、このとき、Oの2p軌道の電子は、紫外光又は可視光のいずれかのエネルギーを吸収することにより光励起され、Tiの3d軌道に遷移する。これにより、Tiの3d軌道とOの2p軌道との間では、電子・ホール対生成が生じる。その結果、Tiの3d軌道に遷移した電子は、界面i1付近において、Mg2Ti4+O4のTi4+をTi3+に変化させる。従って、この界面i1付近に生じたTi3+のd電子は、水との還元反応に寄与し、水素を生じさせる。
【0079】
本発明による光触媒は、このような界面付近で生じる酸化還元反応である界面の効果により、水に懸濁された状態で、260K以上の温度下において光が照射されると、助触媒を使用していなくとも、水を分解して水から水素を生成することができる。
【0080】
(4)作用及び効果
以上の構成において、本発明による光触媒材料は、結晶粒状に形成され、3d軌道がd1電子配置であるモット絶縁体のMgTi3+2O4と、結晶粒の表面に形成され、Mg、Ti及びOからなりTiがTi4+で3d軌道がd0電子配置であるバンド絶縁体酸化物とから形成されたバルク状の多結晶構造体により構成されている。これにより、光触媒材料は、粉砕されることにより、MgTi3+2O4とバンド絶縁体酸化物とからなる粉末状の光触媒を製造できる。
【0081】
ここで、強相関である光触媒は、260K以上でMgTi3+2O4に金属絶縁体転移が起こり、MgTi3+2O4が金属相となる。これにより、本発明による光触媒では、水に懸濁され、260K以上の温度下で光が照射されると、金属相となったd1電子配置のMgTi3+2O4と、Ti4+でd0電子配置によりバンド絶縁体となっているバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、水を水素と酸素とに分解できる。かくして、本発明の光触媒は、PtやRu等の貴金属類を含む物質を助触媒として使用せずに、光照射に基づいて、水から水素を生成できる。
【0082】
また、本発明による光触媒は、光触媒材料を粉末状にしたことにより、界面が水と接する接触面積が大きくなり、水との酸化還元反応の効率を向上することができる。
【0083】
また、本発明による光触媒は、貴金属類と比較して、安価で入手し易いMg及びTiを用いていることから、安定的に低コストで作製することができる。
【0084】
(5)第2の実施の形態
上述した第1の実施の形態では、Tiが3価でd1電子配置のMgTi3+2O4と、Mg、Ti及びOからなり、Tiが4価でd0電子配置のバンド絶縁体酸化物とからなる光触媒材料を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、Vが4価でd1電子配置のSr2V4+O4と、Sr、V及びOからなり、Vが5価でd0電子配置のバンド絶縁体酸化物とからなる光触媒材料を適用しても良い。
【0085】
この場合、この光触媒材料は、複数の結晶粒が形成された多結晶構造体からなり、多結晶構造体の各結晶粒が4価のV(V4+)を有する層状ペロブスカイト構造のSr2V4+O4により形成されている。かかる構成に加えて、光触媒材料は、多結晶構造体の各結晶粒の表面(結晶粒界)にバンド絶縁体酸化物が形成されている。このバンド絶縁体酸化物は、結晶粒と同じSr、V及びOの元素からなるものの、5価のV(V5+)を有したバンド絶縁体であり、例えば、SrV2O6により形成されている。
【0086】
一方、多結晶構造体において結晶粒を形成する遷移金属酸化物たるSr2V4+O4は、モット絶縁体であり、97K以上になると、構造相転移が起こり、軌道秩序絶縁体相から軌道無秩序絶縁体相となり得る。この軌道無秩序絶縁体相のバンドギャップは非常に小さく、MgTi3+2O4の金属相に近い役割を果たすと期待される。
【0087】
かくして、本発明の光触媒は、上述した光触媒材料を粉末状に粉砕して形成されていることから、V4+でd1電子配置(d軌道に電子が1つ存在する状態)にあるSr2V4+O4と、V5+でd0電子配置(d軌道の電子が存在しない状態)にあるバンド絶縁体酸化物とが含まれた構成となり得る。これにより、この光触媒では、水に懸濁させ、光が照射されると、V4+を有するSr2V4+O4と、V5+を有するバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、酸化還元反応により水から水素を生成し得るようになされている。
【0088】
次に、光触媒材料と光触媒との製造方法について説明する。先ず始めに、Srと、3d遷移金属元素としてのVとのモル比が2:1となるように、SrCO3とV2O5の各粉末を混合して混合粉末を作製し、その混合粉末を圧縮成型して成型体を作製する。次いで、この成型体を1073Kで、60時間焼成し、Sr4V2O9が得られる。さらに、水素雰囲気においてこの成型体を1323Kで、100時間還元しながら焼成することにより、上述した多結晶構造体からなる光触媒材料を作製できる。
【0089】
このようにして作製したバルク状の光触媒材料は、V4+を有するSr2V4+O4からなる結晶粒が形成され、この結晶粒の表面に、Sr、V及びOからなりV5+を有するバンド絶縁体酸化物が形成された多結晶構造体から構成されている。因みに、この際、上述した第1の実施の形態と同様に、光触媒材料は、再形成工程が繰り返されて作製されるようにしてもよく、この場合、不純物の少ない多結晶構造体となり得る。
【0090】
最後に、このようにして作製した光触媒材料を粉砕して粉末状に形成することにより、V4+でd1電子配置となるSr2V4+O4と、Sr、V及びOからなりV5+でd0電子配置となるバンド絶縁体酸化物とを含んだ粉末状の光触媒を作製できる。
【0091】
以上の構成において、第2の実施の形態による光触媒材料は、結晶粒状に形成され、3d軌道がd1電子配置であるモット絶縁体のSr2V4+O4と、結晶粒の表面に形成されSr、V及びOからなりVがV5+で3d軌道がd0電子配置であるバンド絶縁体酸化物とから形成されたバルク状の多結晶構造体により構成されている。これにより、光触媒材料は、粉砕されることにより、Sr2V4+O4とバンド絶縁体酸化物とからなる粉末状の光触媒を製造できる。
【0092】
ここで、この光触媒は、97K以上でSr2V4+O4に軌道秩序無秩序転移が起こり、Sr2V4+O4が軌道無秩序絶縁体相となる。これにより、本発明による光触媒では、水に懸濁され、97K以上の温度下で光が照射されると、金属相に非常に近い軌道無秩序絶縁体相となったSr2V4+O4と、V5+でd0電子配置によりバンド絶縁体となっているバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、水を水素と酸素とに分解できる。かくして、第2の実施の形態による光触媒でも、PtやRu等の貴金属類を含む物質を助触媒として使用せずに、光照射に基づいて、水から水素を生成できる。
【0093】
(6)第3の実施の形態
また、その他の実施の形態として、第3の実施の形態による光触媒として、Vが4価でd1電子配置のCaV4+2O5と、Ca、V及びOからなり、Vが5価でd0電子配置のバンド絶縁体酸化物とからなる光触媒材料から製造しても良い。
【0094】
この場合、この光触媒材料は、複数の結晶粒が形成された多結晶構造体からなり、多結晶構造体の各結晶粒が4価のV(V4+)を有する梯子型構造のCaV4+2O5により形成されている。かかる構成に加えて、光触媒材料は、多結晶構造体の各結晶粒の表面(結晶粒界)にバンド絶縁体酸化物が形成されている。このバンド絶縁体酸化物は、結晶粒と同じCa、V及びOの元素からなるものの、Vが5価(V5+)となっているバンド絶縁体であり、例えばCaV2O6により形成されている。
【0095】
一方、多結晶構造体において結晶粒を形成する遷移金属酸化物たるCaV4+2O5は、モット絶縁体である。
【0096】
かくして、この光触媒は、上述した光触媒材料を粉末状に粉砕して形成されていることから、V4+でd1電子配置(d軌道に電子が1つ存在する状態)にあるCaV4+2O5と、V5+でd0電子配置(d軌道の電子が存在しない状態)にあるバンド絶縁体酸化物とが含まれた構成となり得る。これにより、この光触媒では、水に懸濁させ、光が照射されると、V4+を有するCaV4+2O5と、V5+を有するバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、酸化還元反応により水から水素を生成し得るようになされている。
【0097】
次に、光触媒材料と光触媒との製造方法について説明する。先ず始めに、Caと、3d遷移金属元素としてのVとのモル比が1:2となるように、CaOとV2O3とV2O5の各粉末を混合して混合粉末を作製し、その混合粉末を圧縮成型して成型体を作製する。次いで、1173Kで、数日の間焼成し、上述した多結晶構造体からなる光触媒材料を作製できる。
【0098】
このようにして作製したバルク状の光触媒材料は、V4+を有するCaV4+2O5からなる結晶粒が形成され、この結晶粒の表面に、Ca、V及びOからなりV5+を有するバンド絶縁体酸化物が形成された多結晶構造体から構成されている。因みに、この際、上述した第1の実施の形態と同様に、光触媒材料は、再形成工程が繰り返されて作製されるようにしてもよく、この場合、不純物の少ない多結晶構造体となり得る。
【0099】
最後に、このようにして作製した光触媒材料を粉砕して粉末状に形成することにより、V4+でd1電子配置となるCaV4+2O5と、Ca、V及びOからなりV5+でd0電子配置となるバンド絶縁体酸化物とを含んだ粉末状の光触媒を作製できる。
【0100】
以上の構成において、第3の実施の形態による光触媒材料は、結晶粒状に形成され、3d軌道がd1電子配置であるモット絶縁体のCaV4+2O5と、結晶粒の表面に形成されCa、V及びOからなりVがV5+で3d軌道がd0電子配置であるバンド絶縁体酸化物とから形成されたバルク状の多結晶構造体により構成されている。これにより、光触媒材料は、粉砕されることにより、CaV4+2O5とバンド絶縁体酸化物とからなる粉末状の光触媒を製造できる。
【0101】
ここで、本発明による光触媒では、水に懸濁され、光が照射されると、CaV4+2O5と、V5+でd0電子配置によりバンド絶縁体となっているバンド絶縁体酸化物との界面の効果によって、水を水素と酸素とに分解できる。かくして、第3の実施の形態による光触媒でも、PtやRu等の貴金属類を含む物質を助触媒として使用せずに、光照射に基づいて、水から水素を生成できる。
【0102】
(7)他の実施の形態
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、上述した第1の実施の形態においては、置換サイトであるMgサイトが全てMgで占められたMgTi3+2O4からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、置換サイトであるMgサイトの一部が、d電子を有するFe等その他種々の遷移金属に置換されたMg1-xAx Ti3+2O4(Aは遷移金属であり、0x1)からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用してもよい。
【0103】
具体的には、d電子を有する遷移金属としてFeを適用した場合、MgTi2O4のMgサイトの一部がFeに置換されたMg1-xFexTi2O4(0x1)からなる結晶粒がバルク状の光触媒材料に形成され得る。
【0104】
このようなバルク状の光触媒材料を粉砕して形成された粉末状の光触媒では、Mgサイトの一部がFeに置換されていることによって、光触媒として利用する際に、可視光領域の光をより効率的に利用して水から水素を生成することができる。
【0105】
また、例えば、上述した第2の実施の形態でも、置換サイトであるSrサイトが全てSrで占められたSr2VO4からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、置換サイトであるSrサイトの一部が、d電子を有するFe等その他種々の遷移金属に置換されたSr2-xAxVO4(Aは遷移金属であり、0x2)からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用してもよい。
【0106】
具体的には、d電子を有する遷移金属としてFeを適用した場合、Sr2VO4のSrサイトの一部がFeに置換されたSr2-xFexVO4(0x2)からなる結晶粒がバルク状の光触媒材料に形成され得る。
【0107】
このようなバルク状の光触媒材料を粉砕して形成された粉末状の光触媒では、Srサイトの一部がFeに置換されていることによって、光触媒として利用する際に、可視光領域の光をより効率的に利用して水から水素を生成することができる。
【0108】
また、例えば、上述した第3の実施の形態でも、置換サイトであるCaサイトが全てCaで占められたCaV2O5からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、置換サイトであるCaサイトの一部が、d電子を有するFe等その他種々の遷移金属に置換されたCa 1-xAxV2O5(Aは遷移金属であり、0x1)からなる結晶粒が形成された光触媒材料を適用してもよい。
【0109】
具体的には、d電子を有する遷移金属としてFeを適用した場合、CaV2O5のCaサイトの一部がFeに置換されたCa1-xFexV2O5(0x1)からなる結晶粒がバルク状の光触媒材料に形成され得る。
【0110】
このようなバルク状の光触媒材料を粉砕して形成された粉末状の光触媒では、Caサイトの一部がFeに置換されていることによって、光触媒として利用する際に、可視光領域の光をより効率的に利用して水から水素を生成することができる。
【0111】
また、上述した第1の実施の形態〜第3の実施の形態では、光触媒に含まれる3d遷移金属元素としてTi及びVを用いた場合について述べたが、本発明はこれに限らず、光触媒に含まれる3d遷移金属元素として、原子番号21番のSc〜原子番号29番のCuまでを用いるようにしてもよい。
【0112】
また、上述した第1の実施の形態〜第3の実施の形態においては、3d遷移金属元素がd1電子配置となる遷移金属酸化物と、3d遷移金属元素がd0電子配置となるバンド絶縁体酸化物とを含む光触媒を適用した場合について述べたが、本発明はこれに限らず、3d遷移金属元素がd9電子配置(3d軌道のd電子が9つ存在する状態)となる遷移金属酸化物と、3d遷移金属元素がd10電子配置(3d軌道全てに電子が存在している状態)となるバンド絶縁体酸化物とを含む光触媒を適用してもよい。
【0113】
この場合、光触媒材料は、結晶粒状に形成され、3d軌道がd9電子配置であるモット絶縁体の遷移金属酸化物と、結晶粒の表面に形成され、当該遷移金属酸化物の構成元素からなり3d遷移金属元素の3d軌道がd0電子配置であるバンド絶縁体酸化物とから形成されたバルク状の多結晶構造体により構成されている。これにより、光触媒材料は、粉砕されることにより、3d軌道がd9電子配置の遷移金属酸化物と、バンド絶縁体酸化物とからなる粉末状の光触媒を製造できる。
【0114】
この場合も、光触媒は、d9電子配置の遷移金属酸化物が所定温度で金属相となり、d10電子配置のバンド絶縁体酸化物がバンド絶縁体であることから、水に懸濁され、所定温度下で光が照射されると、上述した実施の形態と同様の界面の効果により、電子・ホール対を生成でき、PtやRu等の貴金属類の助触媒を利用せずに、水から水素を生成できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3d遷移金属元素を含んだ原材料を焼成して形成した多結晶構造体からなり、
前記多結晶構造体には、
モット絶縁体からなる遷移金属酸化物が結晶粒状に形成されており、
各結晶粒の表面には、3d遷移金属元素の電子数が、前記遷移金属酸化物における3d遷移金属元素の電子数と異なり、3d軌道に電子が存在しない状態か、又は3d軌道全てに電子が存在している状態にあるバンド絶縁体酸化物が形成されている
ことを特徴とする光触媒材料。
【請求項2】
前記バンド絶縁体酸化物は、前記3d軌道に電子が存在しないd0電子配置となり、
前記遷移金属酸化物は、d1電子配置となる
ことを特徴とする請求項1記載の光触媒材料。
【請求項3】
前記バンド絶縁体酸化物は、前記3d軌道全てに電子が存在しているd10電子配置となり、
前記遷移金属酸化物は、d9電子配置となる
ことを特徴とする請求項1記載の光触媒材料。
【請求項4】
前記遷移金属酸化物が、MgTi2O4、Sr2VO4又はCaV2O5である
ことを特徴とする請求項1〜3記載の光触媒材料。
【請求項5】
前記Mg, Sr又はCaの一部が、d電子を有する遷移金属で置換される
ことを特徴とする請求項4記載の光触媒材料。
【請求項6】
前記遷移金属は、Feである
ことを特徴とする請求項5記載の光触媒材料。
【請求項7】
請求項1〜6記載の光触媒材料を用いた
ことを特徴とする光触媒。
【請求項8】
粉砕されて粉末状に形成される
ことを特徴とする請求項7記載の光触媒。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−161738(P2012−161738A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−23982(P2011−23982)
【出願日】平成23年2月7日(2011.2.7)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】