説明

光記録媒体および超解像再生方法

【課題】実用的な再生光パワー領域で超解像再生膜の透過率変化が起こり、かつその変化量が大きく、高速に光学開口を開閉でき、繰り返し再生に対して安定な超解像再生用の光記録媒体を提供する。
【解決手段】ディスク基板1上に超解像再生膜2、中間層3、記録層4およ保護層5が順次形成され、超解像再生膜2は再生光の照射によりエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する半導体材料を含有する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、超解像再生に用いられる光記録媒体および該光記録媒体に記録された情報を再生する超解像再生方法に関する。
【0002】
【従来の技術】光の照射により情報の再生または記録・再生を行う光ディスク装置に代表される光メモリ装置は、大容量性、高速アクセス性、媒体可搬性を兼ね備えた情報記憶装置として音声、画像、計算機データなどの各種ファイルに実用化されており、今後もその発展が期待されている。
【0003】光メモリ装置の高密度化技術としては、光ディスク製造のための原盤カッティング用ガスレーザの短波長化、また記録・再生用の光源である半導体レーザの短波長化、対物レンズの高開口数化、光ディスクの薄板化等のアプローチがあり、さらに記録可能な光ディスクにおいてはマーク長記録、ランド・グルーブ記録など種々のアプローチがある。
【0004】一方、これらのアプローチの他に、光ディスクの高密度化に効果的な技術として、媒体膜を利用した超解像再生技術が検討されている。超解像再生技術は、当初は光磁気ディスクに特有の技術として提案された。光磁気記録での超解像再生では、記録層に対して再生光の入射側に超解像機能を有する磁性膜(超解像再生膜)を設け、両者を交換結合または静磁結合させた媒体を用いる。そして、再生光の照射により超解像再生膜を昇温させて層間の交換力または静磁力を変化させることで、超解像再生膜に再生光スポットに対する部分的な光学マスクまたは光学開口を形成し、実効的に再生光スポットのサイズを小さくすることにより、高分解能の再生が可能となる。
【0005】その後、光磁気記録のみでなくROMディスクにおいても、記録層に対して再生光照射後に、再生光の照射により光の透過率が変化する超解像再生膜を設けて超解像再生を行う試みが報告されている。このように超解像再生技術は、光磁気ディスク、CD−ROM、CD−R、WORM、相変化型光記録媒体など全ての光ディスクに適用可能であることが明らかになってきている。
【0006】このような超解像再生技術は、用いる超解像再生膜によってヒートモード方式とフォトンモード方式に大別される。ヒートモード方式では、再生光の照射による加熱で超解像再生膜に相転移などを発生させ、透過率の高い領域、いわゆる光学開口を形成する。この光学開口の形状は超解像再生膜の等温線と同一になる。この光学開口のサイズは環境温度の影響により変動しやすいため、光ディスクの線速に合わせて厳密に熱制御する必要がある。また、このヒートモード方式では再生時および記録時の超解像再生膜の熱疲労により十分な繰り返し安定性を得ることが困難である。
【0007】一方、フォトンモード方式では、超解像再生膜としてフォトクロミック材料を用い、再生光照射による発色または消色を利用する。フォトクロミック材料は、光照射より電子が基底準位から寿命の短い励起状態へ励起し、さらに励起準位から寿命の非常に長い準安定励起準位へ遷移して捕捉されることにより、光吸収特性の変化を発現する。従って、繰り返し再生を行うには、準安定励起準位に捕捉された電子を基底状態へ脱励起して、いったん形成された光学開口を閉じる必要がある。このための手段としては補助ビームの照射が用いられるが、この方法は原理的に2ビーム動作となり、高速応答には不利である。また、フォトクロミック材料では原子移動または結合状態の変化を伴う複雑な過程を経て透過率変化が生じるので、繰り返し安定性は1万回程度が限度である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】光記録媒体の超解像再生を実現するには、(1) 実用的な再生光パワーの領域で超解像再生膜の透過率変化が起こり、(2) しかもその透過率の変化量が大きく、(3) 再生光スポットの通過時間程度の短時間で高速に光学開口を開閉でき、(4)繰り返し再生に対して安定であることが要求されるが、従来の超解像再生膜では上述したように、これらの要求を全て満たすものは存在していない。
【0009】本発明の目的は、実用的な再生光パワーの領域で超解像再生膜の透過率変化が起こるとともに、その変化量が大きく、また再生光スポットの通過時間程度の短時間で高速に光学開口を開閉でき、さらに繰り返し再生に対して安定である光記録媒体及び該光記録媒体からの超解像再生方法を提供することにある。
【0010】
【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するため、本発明は記録層の再生光入射面側に超解像再生膜を有する光記録媒体において、超解像再生膜に再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する禁制帯を有する材料を含有させたことを特徴とする。
【0011】このような禁制帯を有する材料は典型的には半導体材料を用いるが、半金属や絶縁体なども使用することができる。禁制帯を有する材料として半導体材料を用いる場合、超解像再生膜は半導体の連続膜でもよいが、母材中に半導体微粒子を分散させた構造を有するものが特に望ましい。また、超解像再生膜が量子井戸構造を有していてもよい。この量子井戸構造など、超解像再生膜が量子サイズ効果を有する構成とすれば、再生光の照射により上述した励起子のエネルギー準位に電子励起した光吸収特性を顕著に発生させることができる。
【0012】本発明に係る超解像再生方法では、上記のような禁制帯を有する材料ないしは半導体材料を超解像再生膜に含有させた光記録媒体に対し、再生光を照射して超解像再生膜に再生光スポットサイズよりも小さい光学開口を形成し、この光学開口を通して記録層中に形成された記録マークを読み取ることにより、記録マークとして記録された情報を再生する。すなわち、再生光を照射すると超解像再生膜中の禁制帯を有する材料ないしは半導体材料が励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化するので、実用的な再生光パワーの領域で超解像再生膜の透過率を大きく変化する。
【0013】この場合、超解像再生膜は少なくとも再生光が照射されている間は励起状態、つまり励起子のエネルギー準位に保持され、再生光の照射後は所定時間内(例えば、光記録媒体がディスク状の場合、ディスクが1回転する間)に脱励起することが好ましい。具体的には、超解像再生膜の励起子のエネルギー準位からの脱励起の時定数は、再生光の全半値幅が光記録媒体面上を通過する時間の2倍以上であることが好ましい。このようにすることにより、フォトクロミック材料を超解像再生膜に用いた従来のフォトンモード方式のように補助ビームを必要とすることなく、1回の再生光照射により光学開口を開閉させることでき、高速応答が可能である。
【0014】さらに、本発明は超解像再生膜に光学開口を形成するフォトンモード方式の超解像再生であるため、ヒートモード方式のような超解像再生膜の熱疲労の問題がなく、基本的に繰り返し再生に対して安定である。
【0015】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を説明する。図1に、本発明の一実施形態に係る光記録媒体(光ディスク)の断面構造を示す。この光記録媒体は、ディスク基板1上に超解像再生膜2、中間層3、記録層4およ保護層5が順次形成された構成となっている。なお、中間層3および保護層5は必要に応じて設けられる。
【0016】この光記録媒体に記録された情報を再生する際には再生光、例えば半導体レーザからのレーザ光が基板1側から超解像再生膜2および中間層3を通して記録層4に微小なスポットとして照射され、この記録層4に形成された記録マークが読み取られる。記録層4からの反射光は図示しない光検出器により検出され、この光検出器の出力信号が処理されて再生信号が生成される。超解像再生膜2は、上述したように記録層4に対して再生光が照射される側に配置されるものであり、以下のように構成される。
【0017】本実施形態において用いられる超解像再生膜は、再生光の照射によりエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する半導体材料、言い換えれば再生光を吸収して励起子のエネルギー準位が飽和することにより透過率が変化する吸収飽和特性を示す半導体材料を含有している。このような半導体材料を含有した超解像再生膜は、吸収飽和特性を示すものであれば、半導体の連続膜、母材中に半導体微粒子が分散した構造、半導体微粒子が凝集した構造、あるいは量子井戸構造を有するものなど何でもよいが、特に母材中に半導体微粒子が分散した構造の超解像再生膜が好ましい。このような構造の超解像膜は、励起寿命が長いという利点がある。
【0018】母材中に半導体微粒子が分散した構造の超解像再生膜の作成方法としては、母材ターゲットと半導体ターゲットの2元同時スパッタを用いることができる。また、母材と半導体の複合ターゲットをスパッタしてもよい。この他、イオンビームスパッタ、蒸着、CVDなどの薄膜形成プロセスを用いることができる。
【0019】吸収飽和現象は、どの準位間の遷移を利用しても原理的には起こり得るが、励起子準位は伝導帯下端の準位に比べてエネルギー的な広がりが少ないため、伝導帯から励起子準位への遷移はバンド間遷移に比べて非常にシャープな吸収ピークを伴う。
【0020】図2(a)に、超解像再生膜に含有される半導体材料の吸収飽和前の吸収率αの光照射エネルギーhν依存性を示す。光照射エネルギーhνが半導体のエネルギーギャップεg よりも低いエネルギーにおいて、励起子のエネルギー準位(以下、簡単に励起子準位という)εexによる急峻な吸収が見られ、光照射エネルギーhνがエネルギーギャップ程度になると、吸収率αが比較的なだらかに増加してゆく。
【0021】一方、図2(b)は励起子準位εexが吸収飽和を起こしているときの吸収率αの光照射エネルギーhν依存性である。図2(a)(b)に示すような、吸収飽和を起こす前後の吸収率αの差が透過率の変化に結びつく。従って、伝導帯もしくは不純物準位から励起子準位εexへの遷移の方がよりシャープな透過率の変化を期待できる。
【0022】一般に、微粒子化によりエネルギーギャップεg および励起子準位εexは高エネルギー側にシフトする。また、励起子準位εexは微粒子の粒径R、励起子の有効ボーア半径aexで調整することができる。さらに、脱励起の時間も微粒子の粒径R、有効ボーア半径aexにより調整することができ、脱励起の時間は微粒子の粒径が小さくなるほど長くなることが知られている。
【0023】励起子準位εex、有効ボーア半径aexは次式で見積もることができる。
εex=εg −13.6×(1/εo 2 )×(μex/mo ) (1) aex= 0.529 ×εo ×(mo /μex) (2) 但し、εo は半導体材料の比誘電率、mo は電子の質量である。また、μexは励起子の換算質量であり、電子、正孔の有効質量をそれぞれme * 、mh * として次式で表される。
1/μex=1/me * +1/mh * (3)
励起子準位εexは、一般にエネルギーギャップεg よりも数meV〜数10meV低い。従って、再生光の波長に相当するエネルギーに合わせるためには、エネルギーギャップεg に相当する波長よりも僅かに長い波長を計算すればよい。但し、微粒子化によりエネルギーギャップεg 、励起子準位εexが高エネルギー側(短波長側)にシフトすることを考慮に入れて、超解像再生膜に含有させる半導体材料を選定する必要がある。
【0024】半導体微粒子を分散させる母材の材料は特に限定されない。例えばSiO2 ,Si−N,Al−O,Al−N,B,Nなど、使用する再生光の波長に対して透明な材料から幅広く選定できる。表1に、代表的な半導体材料のエネルギーギャップεg 、励起子準位εex、これらに対応する波長λg 、λexおよび励起子の有効ボーア半径aexを示す。
【0025】
【表1】


【0026】次に、本発明の光記録媒体において用いられる超解像再生膜の基本特性について説明する。ここでは、ガラス基板上に、SiO2 母材中にCdSe微粒子を分散させた構造の超解像再生膜のみを形成して特性を評価した。
【0027】CdSeの4.2Kにおけるエネルギーギャップεg 、励起子準位εexは、それぞれ1.84eV,1.82eV程度である。粒径を5nmとしたCdSe微粒子をSiO2 母材中に分散させた。微粒子化の効果のため、エネルギーギャップεg 、励起子準位εexは共に高エネルギー側にシフトし、それぞれ約1.95eV,1.90eVとなった。従って、波長650nm(1.91eV)の再生光(レーザ光)の照射により、伝導帯から励起子準位εexへの遷移のみが可能となる。
【0028】この超解像再生膜は、マグネトロンスパッタ装置にCdSeターゲット、SiO2 ターゲットおよびガラス基板を装着し、両方のターゲットを同時にRFスパッタすることにより形成した。この際、各ターゲットに印加するスパッタ電力により、膜中のCdSe含有量を調整することができる。また、基板に印加する基板バイアス電力により、CdSe微粒子の粒径を調整することができる。基板バイアスは成膜面におけるスパッタ粒子の表面移動を助長する効果があり、バイアスパワーが低い場合には微粒子のサイズが小さくなり、高い場合には表面移動効果と同一材料の凝集効果により微粒子のサイズが大きくなる。
【0029】このようにして作成された超解像再生膜に、波長650nmの半導体レーザ光をパルス幅50nsでパワーを変えながらNA0.6の対物レンズを通して照射し、その透過光を光検出器で検出して透過率を調べたところ、試料面でのスポットサイズはe-2幅で0.89μm、全半値幅で約0.5μmであった。パルス幅を50nsに設定したのは、光ディスクを線速10m/sで動作させたときのスポットの全半値幅通過時間が50nsになることに対応させるためである。
【0030】図3に、この超解像再生膜の入射フォトン数(Np )と透過率(Tr )との関係を示す。尚、横軸の入射フォトン数Npは再生光の照射パワーに比例する。すなわち、照射パワーをP(W)としたとき、入射フォトン数Np は下記の式により与えられる。
Np =P×τp /(1240/λ×1.6×10-19 ) (4) ここで、τp は再生光の照射時間(sec)、λは波長(nm)である。また(4)式において、分子は照射した再生光のエネルギー、分母はフォトン1つの持つエネルギー(J)である。“1240”は1eVに相当する波長(nm)を意味し、“1.6×10-19 ”はeVからJへの変換係数である。
【0031】τp =50ns、λ=650nmを(4)式に代入すると、1mWの再生光パワーに対してNp は1.64×108 phtons/mWとなる。入射フォトン数Npを全半値幅のサイズで割ると、フォトン数密度として8×1016phtons/mW・cm2 という値が得られる。
【0032】一般に、吸収飽和により透過率に数十%程度の変化が生じるためには、5×1016程度の分子または原子が励起する必要があると考えられる。上記のフォトン数密度から判断すれば、0.5程度の実現可能な量子効率で十分な透過率変化が生じると見積もることができる。
【0033】図3では、照射する再生光のパワー0.7mWに相当するフォトン数Np までは基底準位の分子密度が多く、光を効率的に吸収するため光の透過率は30%程度の低い値を示している。照射パワーが0.7mW以上になると光透過率は次第に立ち上がり、1.3mWで70%の飽和値に至る。参考のため、レーザ光をパルス的ではなく、DC的に照射した場合には、パワーが低い場合でも時間的に積分されたフォトン数は極めて多くなるため、透過率は高い値を示す。このことから、図3の特性は吸収飽和現象によるものであることが分かる。
【0034】図4に、図3の特性を示す超解像再生膜を図1に示した光ディスクに用い、この光ディスク記録された情報を再生する場合の記録マーク列、再生光スポット、光学開口の関係を示す。図4においてTR…は記録トラックであり、これらのうちTRi は再生中のトラック、TRi-1,TRi+1 は隣接トラックである。Sは再生光スポットのe-2径を示し、M…は記録層に形成された記録マークを示す。ここで、記録マークは超解像再生膜を設けない場合には符号間干渉が大きく、マークの識別が不可能な程度に狭ピッチで形成されている。すなわち、図4に示されるように再生光のスポット径の中に2個以上の記録マークMij-1,Mijが存在している。
【0035】上述した本発明に基づく超解像再生膜を設けた場合、適当な再生光パワーを選ぶことにより、超解像再生膜の入射フォトン数の多い位置のみに透過率の高い領域が形成される。ここでの入射フォトン数は、再生時における再生光スポットに対する光ディスクの移動に伴って時間積分した値になる。この場合、超解像再生膜は図4の領域A(光学開口)で透過率が高くなり、光学開口Aの外側では光が透過しない。再生信号に寄与するのは再生光スポットSと光学開口Aとの重複した領域(共通集合部)である。従って、超解像再生膜を備えていない従来の光ディスクでは識別不能な程度に高密度の記録マークであっても、本発明では容易に識別できる。
【0036】また、従来の光ディスクでは再生中のトラックTRi 上の記録マークMijを読み取るとき、隣接トラックTRi-1,TRi+1 上の記録マークMi-1 およびMi+1とのクロストークが生じる。このため、従来の光ディスクではトラックピッチもそれほど詰めることができないという欠点があった。これに対して、本発明では隣接トラック上の記録マークMi-1 およびMi+1 とのクロストークが生じないため、トラックピッチをより詰めることができる。
【0037】なお、本発明では比較的長寿命の励起準位への励起による吸収飽和を利用するが、この励起準位は準安定ではなく、遅くとも数百μsの時間経過後には完全に基底状態に脱励起する。従って、本発明では1ビーム動作で光学開口を閉じることができ、従来のフォトクロミック材料を用いたファトンモードの超解像再生膜のように光学開口を閉じるための補助ビームを照射する必要がない。すなわち、本発明によれば再生光スポットの通過時間程度の短い時間で高速に光学開口を開閉することができる。
【0038】なお、特開平6−28713号公報には、光ビームの径を絞るために半導体微粒子を含有するシャッタ層を備えた光ディスクが記載されている。しかし、この公報にはシャッタ層がどのような原理でシャッタ効果を示し、シャッタ層としての良好な特性はどのような構成(例えば、半導体微粒子の含有率)で得られるのかどうかという点に関して容易に実施できる程度の具体的な開示がない。
【0039】以下、本発明のより具体的な実施例を説明する。
(実施例1)基板上に超解像再生膜のみを形成してその特性を調べた。マグネトロンスパッタ装置にガラス基板、CdSeターゲットおよびSiO2 ターゲットを装着し、2元同時スパッタ時にCdSeターゲットおよびSiO2 ターゲットへ投入するRF電力比を変えて、膜中のCdSe微粒子の粒径を変化させた。
【0040】まず、CdSe微粒子の粒径がR=2nm,R=5nm,R=10nmであるCdSe体積含有率50Vol.%の超解像再生膜を作製した。この超解像再生膜に波長650nmの半導体レーザ光をパルス状に照射し、時間分解スペクトルアナライザを用いて透過率の時間応答性を調べたところ、図5に示す結果が得られた。図5において、t=0は吸収飽和を発生させるのに十分な強度の光パルスの照射を開始した時刻を意味する。
【0041】図5に示されるように、CdSe微粒子の粒径がR=5nm,R=10nmの場合、透過率Trの変化の上昇時間は光パルスとほぼ同一のnsであるが、R=5nmの場合の方がR=10nmの場合よりも僅かに速い。このことから、光励起の応答は極めて高速に起こっていることが分かる。
【0042】光パルスの照射終了後、透過率は脱励起に伴って低下し、最終的にはパルス照射前のレベルに戻る。粒径がR=2nmのCdSe微粒子の場合、微粒子化の効果によりエネルギーギャップεg および励起子準位εexは高エネルギー側にシフトし、再生光の波長では励起することはできずに再生光は透過し、透過率は変化しない。R=5nmの場合、再生光の照射により伝導帯から励起子準位への遷移のみが起こり、透過率の変化は非常に急峻となる。R=10nmの場合、微粒子化による光エネルギーシフトは小さく、再生光の照射によりバンド間遷移が起こり、バンド間遷移の吸収飽和現象により透過率が変化する。
【0043】次に、CdSe微粒子の粒径Rを伝導帯から励起子準位への遷移が起こる5nmに固定し、超解像再生膜のCdSe体積含有率を10〜100vol.%(100vol.%はCdSe連続膜を意味する)の範囲で変化させた。こうして得られた超解像再生膜に対して、波長650nmの半導体レーザ光をパルス状に照射して時間分解スペクトルアナライザを用いて透過率の時間応答性を調べた。図6はその結果であり、t=0は吸収飽和を発生させるのに十分な強度の光パルスの照射を開始した時刻を意味する。図6では、実施例1−1,1−2として、それぞれ超解像再生膜のCdSe体積含有率が50vol.%,60vol.%の場合を示している。
【0044】図6から明らかなように、CdSe体積含有率が異なる場合、この体積含有率が大きい方が透過率変化が大きく有利なことが分かる。また、透過率の変化量が大きい分、脱励起の時間も長くなる。
【0045】このように半導体微粒子を含有した超解像再生膜は、その半導体微粒子の体積含有率および粒径を変化させることで、透過率の変化量、脱励起の時定数を変化させることができるので、動作条件に合わせた設計の自由度が広い。
【0046】次に、図7に示すように超解像再生膜を有する相変化型光ディスク(DVD−RAM)を作製した。この光ディスクは、ポリカーボートネートからなるディスク基板11上に膜厚100nmのSiN干渉層12、膜厚20nmの超解像再生膜13、膜厚150nmのZnS−SiO2 下部干渉層14、相変化記録層である膜厚20nmのGeSbTe記録層15、膜厚150nmのZnS−SiO2上部干渉層16および膜厚50nmのAl−Mo反射層17が順次形成され、さらにAl−Mo反射層17上に、接着剤層18を介して対向基板19が設けられた構成となっている。
【0047】図7の相変化型光ディスクは、例えば以下のような方法により製造することができる。
(1) まず、トラッキングガイドグルーブが形成されたポリカーボネート製のディスク基板11を多室マグネトロンスパッタリング装置にセットして真空排気する。
【0048】(2) 第1室で、BドープSiターゲットをN2 −Ar混合ガスプラズマ中で反応性DCスパッタし、膜厚100nmのSiN干渉層12を形成する。
(3) 第2室で、CdSeターゲットをSiO2 ターゲットをArプラズマで二元同時RFスパッタすると共に、基板11にRFバイアスを印加して、バイアススパッタにより膜厚50nmの超解像再生膜13を形成する。この際、スパッタ条件を調整することにより、上記の予備実験で形成した実施例1−1、実施例1−2の超解像再生膜を形成することができる。
(4) 第3室で、ZnS−SiO2 をArプラズマでRFスパッタして膜厚150nmのZnS−SiO2 下部干渉層14を形成する。
(5) 第4室で、GezSb2 Te5 ターゲットをArプラズマでDCスパッタして膜厚20nmのGeSbTe記録層15を形成する。
(6) 第5室で、ZnS−SiO2 をArプラズマでRFスパッタして膜厚150nmのZnS−SiO2 上部干渉層16を形成する。第6室で、Al−Mo反射層17を形成する。
【0049】(7) この後、上記のようにして12〜17の各層が生成されたディスク基板11を大気中に取り出す。
(8) さらに、ホットメルト接着剤またはUV樹脂からなる接着剤層18をAl−Mo反射層17にスピンコートした後、対向基板19を乗せ、接着剤層18を硬化して貼り合わせる。このような工程により、図7に示した相変化型光ディスクを作製する。
【0050】SiN干渉層12は必ずしも必要ではないが、超解像再生膜13の透過率変化を干渉効果により増大させるために設けることが望ましい。対向基板19は膜の設けられていない平板でもよいし、ディスク基板11と同様にグルーブを設け、機能性多層膜を形成したものでもよい。
【0051】ディスク基板11に設けられるグルーブのピッチは、記録・再生時に使用するレーザ波長、対物レンズのNAおよび超解像再生膜13の特性に応じて決定される。以下の実験ではレーザ波長650nm、対物レンズのNA0.6という条件を採用する。この条件下では、超解像再生膜を設けていない場合にはグルーブピッチは高々0.6μm程度までしか詰めることができないが、超解像再生膜13を設けた場合には、グルーブピッチを0.4μm程度まで詰めてもクロストークを所定量以下に抑えることができる。但し、記録時のクロスイレーズを考慮すると、グルーブピッチはレーザ光スポットの全半値幅相当の0.5μm程度とすることが好ましい。グルーブは、ランド・グルーブ記録方式での再生時のクロストークを低減し、記録時のクロスイレーズを低減するために、深さが150nmに設定されている(いわゆるディープグルーブ)。
【0052】一方、比較例としてSiN干渉層および超解像再生膜を設けない以外は図7と同様の構成の光ディスクを作製した。実施例1−1、実施例1−2および比較例の光ディスクについて、記録再生特性を評価した。まず、初期化装置を用いて相変化記録層(GeSbTe記録層)15をディスク全面にわたって結晶化して初期化を行った。次に、光ディスクを波長650nmの半導体レーザ、NA0.6の対物レンズを備えた光ディスクドライブにセットし、ディスク線速を10m/s、記録パワーレベルを12mW、消去パワーレベルを6mWにそれぞれ設定し、オーバーライトモードでマーク長が0.3μmの記録マークをマークピッチを変化させながら単一周波数で記録した。この際、熱干渉の影響を防ぐ目的で、記録パルスを分割する記録補償を適用した。
【0053】上記のようにして記録した光ディスクについて再生を行った。まず、マークピッチ(MP)が0.2μmのマーク列について、再生パワーを変えながら再生を行った。図8に、再生パワーPrとCNR(再生信号出力の信号雑音比)との関係を実施例1−1および比較例について示す。比較例の光ディスクでは、CNRが低く、0.2μmピッチのマーク列を分離識別して再生することが不可能であり、符号間干渉の影響から再生信号強度は極めて低いレベルであった。また、再生パワーを増加させると光強度の増加に応じて信号強度も増加するが、同時に雑音レベルも増加するため、CNRは低いレベルのままであった。
【0054】これに対して、実施例1−1の光ディスクでは、再生パワーが0.7mW程度未満の低パワー領域では超解像再生膜が飽和せず、透過率が低い状態のままであるため、信号が得られない。再生パワーが0.7mW以上になると超解像再生膜は徐々に吸収飽和して透過率が増加し、CNRが向上している。そして、再生パワーが1.3mW程度では超解像再生膜は十分に吸収飽和が起こって透過率が非常に高くなる結果、十分に高いCNRを示し、2.2mW程度まで高いCNRが維持されている。さらに、再生パワーを増加すると、超解像再生膜中に形成される光学開口が過大になるため、記録マークの識別ができなくなり、徐々にCNRが低下して、最終的には比較例と同等のレベルになっている。
【0055】なお、マークピッチMPが狭いほど、図8においてCNRが一定値を示す再生パワーの範囲も狭くなる。次に、図8においてCNRが一定値を示す再生パワーに設定し、マークピッチの異なるトラックについて再生して高密度記録特性を評価した。図9に、マークピッチMPとCNRとの関係を実施例1−1、実施例1−2および比較例について示す。比較例の光ディスクでは、マークピッチが0.3μm未満で符号間干渉の影響が強く、CNRが低下している。また、隣接トラックからのクロストークも大きいため、トラック上のマークピッチが長い場合でもCNRのレベルはそれほど高くならない。
【0056】これに対して、実施例1−1,1−2のディスクではマークピッチが0.15μmでも高いCNRで再生できる。また、クロストークの影響を全く受けないため、0.15μmよりもマークピッチが長いときのCNRも比較例よりも高い。実施例1−1の光ディスクは透過率変化量が少ないため、マークピッチが長いときのCNRは低いが、光学開口のサイズが小さいためマークピッチがさらに短くなっても一定のCNRレベルを保持できる。
【0057】以上の結果から、CNRを高くするためには透過率変化量を大きくすることが好ましく、高密度化とパワーマージンの観点からは光学開口を小さくすることが好ましいと言える。
【0058】さらに、本発明の光ディスクでは繰り返し再生回数が多いという効果が得られる。すなわち、従来知られている前述したヒートモードまたはフォトンモードの超解像再生方法とは異なり、本発明では原理的に電子励起のみを用いており、熱疲労または原子移動や結合状態の変化による劣化が少ないので、繰り返し安定性は極めて良好である。
【0059】さらに、本発明では特に伝導帯から励起子準位への遷移における吸収飽和現象を利用しているため、透過率の変化量が大きく、応答特性も非常によい。一般に微粒子における励起子の性質は、微粒子の粒径と励起子の有効ボーア半径の大小関係で決まる。励起子の有効ボーア半径が微粒子の粒径よりも大きい方が、微粒子化したときに高エネルギー側へ大きくシフトする。しかし、微粒子の粒径が励起子の有効ボーア半径よりも大きい場合においても、微粒子化したときの高エネルギー側へのシフトは起こるため、再生光の波長に相当するエネルギーに合わせて適当な半導体材料を選択すればよい。
【0060】(実施例2)上記した超解像再生膜のように、微粒子の粒径によって伝導帯から励起子準位への遷移とバンド間遷移による吸収飽和が起こり得る。これを確かめるために、CdSe微粒子の粒径が2nm,5nm,10nm、CdSe体積含有率が50vol.%の超解像再生膜を有し、超解像再生膜以外は実施例1と同様な構成の光ディスクを作製した。
【0061】これらの光ディスクに対して、波長可変レーザを用いて吸収飽和に至る未満のレーザパワーを照射し、波長を長波長側から短波長側にスキャンして超解像再生動作を確認して、再生信号強度を調べた。CdSe微粒子の粒径が5nm、体積含有率が50vol.%の超解像再生膜を用いた光ディスクにおいては、波長が650nm付近(1.91eVに相当)で再生信号強度が増加し、その波長よりも短い波長で一旦再生信号強度が低下してから、再度短波長側で波長を短くすると共に緩慢に再生信号強度が増加した。この現象は図2(a)の特性を直接反映するものであり、本発明に基づく励起子準位εexへの電子遷移を利用する超解像再生方法に特有のものである。
【0062】これに対し、CdSe微粒子の粒径が2nm、体積含有率が50vol.%の超解像再生膜を用いた光ディスクにおいては、波長が650nm付近(1.91eVに相当)では再生信号強度が弱かったが、波長が650nmよりも短波長側で励起子吸収に伴う急峻な再生信号ピークを呈し、更に短波長側での再生信号強度が波長に対して緩慢に増加した。
【0063】また、CdSe微粒子の粒径が10nm、体積含有率が50vol.%の超解像再生膜を用いた光ディスクでは、波長が650nmよりも長波長側で励起子吸収に伴う急峻な再生信号ピークを呈したが、650nm付近での信号強度は波長に対して緩慢に変化した。
【0064】(実施例3)超解像再生膜としてSiC微粒子分散膜を用いた以外は、図7と同様の構成の光ディスクを作製した。SiCのエネルギーギャップεg は3eV程度であり、励起子準位は波長が420nm程度の再生光で吸収飽和を起こし、実施例1、実施例2と同様の超解像再生が実現できた。
【0065】このようにCdSe,SiC以外にも適当な半導体材料を選択して超解像再生膜に含有させることによって、幅広い範囲の波長において超解像再生を行うことが可能となる。
【0066】(実施例4)超解像再生膜として全膜厚が10nmのGaInAsP/GaAsの量子井戸型超格子膜を用いた以外は、図7に示した実施例1と同様の構成の光ディスクを作製した。GaInAsP/GaAsのエネルギーギャップεg は1.9eV程度であり、励起子準位は波長が650nm程度の再生光で吸収飽和を起こし、実施例1、実施例2と同様の超解像再生が実現できた。
【0067】以上の実施形態では、本発明を相変化型光記録媒体に適用した場合について説明したが、本発明は光磁気ディスク、CD−ROM,CD−R,WORMなどにも適用でき、それらの場合も上記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0068】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば記録層の再生光入射面側に配置される超解像再生膜に、再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する禁制帯を有する材料を含有させることにより、実用的な再生光パワーの領域で超解像再生膜の透過率変化が起こり、その変化量が大きく、再生光スポットの通過時間程度の短時間で高速に光学開口を形成でき、繰り返し再生に対しても安定性を示す光記録媒体および超解像再生方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る光記録媒体の基本的な構成を示す図
【図2】本発明に係る光記録媒体における超解像再生膜に含有される半導体材料の吸収飽和前後における吸収率と光照射エネルギーとの関係を示す図
【図3】本発明に係る光記録媒体における超解像再生膜の入射フォトン数と透過率との関係を示す図
【図4】本発明に係る光記録媒体上の再生時における記録マーク列、再生スポットおよび光学開口の関係を示す図
【図5】本発明に係る光記録媒体における超解像再生膜について半導体材料の微粒子の粒径を変化させたときの再生時の透過率の時間変化を示す図
【図6】本発明に係る光記録媒体における超解像再生膜について半導体材料の体積含有率を変化させたときの再生時の透過率の時間変化を示す図
【図7】本発明に係る光記録媒体の断面図
【図8】本発明の実施形態に係る光記録媒体を用いた場合の再生パワーとCNRとの関係を示す図
【図9】本発明の実施形態における光記録媒体を用いた場合のマークピッチとCNRとの関係を示す図
【符号の説明】
1…基板
2…超解像再生膜
3…中間層
4…記録層
5…保護膜
11…ディスク基板
12…SiN干渉層
13…超解像再生膜
14…ZnS−SiO2 下部干渉層
15…GeSbTe記録層
16…ZnS−SiO2 上部干渉層
17…Al−Mo反射層
18…接着剤
19…対向基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】記録層の再生光入射面側に超解像再生膜を有する光記録媒体において、前記超解像再生膜は、再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する禁制帯を有する材料を含有していることを特徴とする光記録媒体。
【請求項2】記録層の再生光入射面側に超解像再生膜を有する光記録媒体において、前記超解像再生膜は、再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する半導体材料を含有していることを特徴とする光記録媒体。
【請求項3】前記超解像再生膜は、母材中に半導体微粒子を分散させた構造を有することを特徴とする請求項2記載の光記録媒体。
【請求項4】前記超解像再生膜は、量子井戸構造を有することを特徴とする請求項1または2記載の光記録媒体。
【請求項5】記録層と、該記録層の再生光入射面側に配置され、再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する禁制帯を有する材料を含有した超解像再生膜とを有する光記録媒体に対し、再生光を照射して前記超解像再生膜に再生光スポットサイズよりも小さい光学開口を形成し、この光学開口を通して前記記録層中に形成された記録マークを読み取ることにより、前記記録マークとして記録された情報を再生することを特徴とする超解像再生方法。
【請求項6】記録層と、該記録層の再生光入射面側に配置され、再生光の照射により励起子のエネルギー準位に電子励起して光吸収特性が変化する半導体材料を含有した超解像再生膜とを有する光記録媒体に対し、再生光を照射して前記超解像再生膜に再生光スポットサイズよりも小さい光学開口を形成し、この光学開口を通して前記記録層中に形成された記録マークを読み取ることにより、前記記録マークとして記録された情報を再生することを特徴とする超解像再生方法。
【請求項7】前記超解像再生膜は、前記再生光の照射中は励起状態に保持され、前記再生光の照射後は所定時間内に脱励起を起こすことを特徴とする請求項5または6記載の超解像再生方法。
【請求項8】前記超解像再生膜の励起状態からの脱励起の時定数を、前記再生光の全半値幅が前記光記録媒体上を通過する時間の2倍以上としたことを特徴とする請求項7記載の超解像再生方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図6】
image rotate


【図7】
image rotate


【図8】
image rotate


【図9】
image rotate