説明

光誘起回転方法,光駆動型回転子,動力伝達システム,及び動力伝達装置

【課題】光エネルギーを回転エネルギーに変換可能な光誘起回転方法を提供すること。
【解決手段】本発明の一態様に係る光誘起回転方法は,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子が導入された架橋液晶高分子成形体に,前記フォトクロミック分子の異性化を局所的に起こすように前記第1の活性光線及び第2の活性光線を照射して,前記架橋液晶高分子成形体の形状変化を誘起することにより,当該架橋液晶高分子成形体を回転させるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,光誘起回転方法,光駆動型回転子,並びにこの光駆動型回転子を備える動力伝達システム及び動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶高分子は,液晶性に基づく異方性と高分子の成形加工性を兼ね備えた高機能性材料であるが,ごく一部の分野で実用化されているに過ぎず,より広範囲な分野における実用化が期待されている。本発明者のグループは,先般,フォトクロミック分子を組み込んだ架橋液晶高分子からなる成形体において,第1の活性光線の照射により架橋液晶高分子成形体を屈曲せしめてその屈曲を維持できること,第2の活性光線の照射により架橋液晶高分子成形体を元の形態に復元できることを見出した(特許文献1)。すなわち,架橋液晶高分子成形体において光エネルギーを機械エネルギーに変換できることを報告した。この現象を用いれば,エネルギー伝達のための配線が不要となり,遠方よりレーザー光を照射するだけでフィルム等の成形体を折り曲げることが可能となる。このため,従来にない小型軽量な光マイクロマシンなどの様々な光駆動型運動材料への応用が期待できる。
【0003】
なお,液晶高分子材料,及び光エネルギーを用いた例ではないが,外部刺激を機械的エネルギーに変換する高分子材料として,水と極性溶媒を用いて当該高分子材料の回転を誘起する技術が提案されている(非特許文献1)。非特許文献2については,後述する。
【特許文献1】特開2005−255805号公報
【非特許文献1】Okuzaki, H. et al J. Polym. Sci. Part B: Polym. Phys. 1996, 34, 1747-1749
【非特許文献2】"造形例",[online],株式会社ディーメック,[平成18年11月9日検索],インターネット(http://www.d-mec.co.jp/products/acculas/acculas_zoukei.html)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
光駆動型運動材料への応用展開に当っては,上記光屈曲−復元応答の運動モードに加えて他の運動モードの開発が期待されるところである。
【0005】
本発明は,上記背景に鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,光エネルギーを回転エネルギーに変換可能な光誘起回転方法,光駆動型回転子,並びにこれを備えた動力伝達システム及び動力伝達装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る光誘起回転方法は,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子が導入された架橋液晶高分子成形体に,前記フォトクロミック分子の異性化を局所的に起こすように前記第1の活性光線及び第2の活性光線を照射して,前記架橋液晶高分子成形体の形状変化を誘起することにより,当該架橋液晶高分子成形体を回転させるものである。本発明に係る光誘起回転方法においては,配向性と流動性を兼ね備えた液晶構造と,配向変化を伝搬しやすい架橋構造を兼ね備えた材料内のフォトクロミック分子の異性化によって,メソゲンの配向変化を高効率で高分子骨格に伝搬することができる。その結果,架橋液晶高分子成形体の異方的かつ機械的な応答を誘起して回転運動に変換することが可能となる。
【0007】
本発明に係る光駆動型回転子は,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子を含有し,前記第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射に応じて回転挙動を示す架橋液晶高分子成形体を備えるものである。本発明においては,配向性と流動性を兼ね備えた液晶構造と,配向変化を伝搬しやすい架橋構造を兼ね備えた架橋液晶高分子にフォトクロミック分子を導入しているので,光エネルギーを回転エネルギーに変換可能な光駆動型回転子を提供することができる。
【0008】
本発明に係る動力伝達システムは,上記光駆動型回転子と,当該光駆動型回転子に前記第1の活性光線及び第2の活性光線を照射する光源を備えるものである。
【0009】
本発明に係る動力伝達装置は,上記光駆動型回転子と,当該光駆動型回転子に連動して動く動力伝達部材を備えるものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば,光エネルギーを回転エネルギーに変換可能な光誘起回転方法,光駆動型回転子,並びにこれを備えた動力伝達システム及び動力伝達装置を提供することができるという優れた効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下,本発明を適用した実施形態の一例について説明する。なお,本発明の趣旨に合致する限り,他の実施形態も本発明の範疇に属し得ることは言うまでもない。
【0012】
本発明に係る光駆動型回転子は,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子を含有し,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射に応じて回転挙動を示す架橋液晶高分子成形体を備えるものである。架橋液晶高分子成形体の最適な形態としては,フィルムやシート等を挙げることができる。なお,本明細書において「光駆動型回転子」とは,光エネルギーを機械エネルギーである回転エネルギーに変換することができる部材のことをいう。
【0013】
本発明に係る架橋液晶高分子は,主鎖型高分子液晶,側鎖型高分子液晶のどちらでもよいが,液晶の配向に直接関与するハードコア部であるメソゲンの配向可能領域たるドメイン領域が存在し,かつ高分子骨格が三次元網構造を形成している必要がある。これにより,配向したメソゲンが高分子マトリックス内に緩やかに拘束され,高分子骨格の動きがメソゲンの配向と強く相関した構造となる。架橋構造は,長距離に亘って配向秩序が保たれた構造をとっていることがより好ましい。
【0014】
架橋液晶高分子は,単官能重合性モノマーと,これと共重合する架橋重合性モノマーとから得られる共重合体により得ることができる。共重合体を得る方法としては,公知の方法を利用することができるが,単官能重合性モノマーと架橋重合性モノマーを含む混合物を,メソゲンが配向する条件下において共重合させる方法を利用することが簡便かつ有利である。具体例としては、反応容器として、内表面に配向性表面が形成されたものを用いて、モノマー混合物をインサイチュー(in-situ)重合法等を利用して,光重合あるいは熱重合させる方法により共重合反応させる方法が挙げられる。この方法によれば、共重合体分子は、配向性表面の作用により特定の方向に配向された状態で生成される。配向性処理としては、反応容器の内表面にポリイミドの層を形成してこれを特定の方向にラビング処理する方法、電場・磁場などをかけるなどの方法を挙げることができる。共重合させる別の方法としては,線状,又は弱く架橋した液晶高分子を作製し,応力によってメソゲンを配向させながら架橋反応を行う方法等を挙げることができる。
【0015】
単官能重合性モノマーと架橋重合性モノマーの重合比率は,所望のドメインサイズ,架橋密度を考慮して決定する。ドメインサイズは,0.5μmより大きいことが好ましい。ドメインサイズが小さいと高分子骨格は,非液晶フィルムにおけるクロモフォアと高分子セグメントの関係とよく似た構造となり,各ドメインにおいてメソゲンの配向が変化し,高分子骨格が変形してもフィルム全体に与える影響が小さくなるためである。このような場合,配向変化が機械的応答に結びつかず,架橋液晶高分子成形体の回転が誘起しにくくなる。なお,架橋液晶高分子成形体は,架橋液晶高分子そのものから構成されているものに限定されず,目的とする架橋液晶高分子成形体の特性を損なわない範囲において適宜添加剤が含まれていてもよい。
【0016】
重合性基としては,(メタ)アクリロイルオキシ基,(メタ)アクリルアミド基,ビニルオキシ基,ビニル基,又はエポキシ基等が挙げられるが,容易に重合できることから,(メタ)アクリロイルオキシ基や(メタ)アクリルアミド基が好ましい。架橋重合性モノマーは,2官能性モノマー,あるいは3官能性モノマー等に代表される多官能性モノマーを用いることができる。重合開始剤としては,公知のものを用いることができる。
【0017】
架橋液晶高分子成形体を得る方法として,注型重合法を利用して金型を兼ねた反応容器を用いて共重合反応を行い、生成される共重合体を同時に成形する方法を利用することが好ましい。このような注型重合法によれば、上述の好適な配向処理法を適用することが極めて容易である。
【0018】
フォトクロミック分子の導入箇所は,高分子主鎖,高分子側鎖のどちらでもよいが,メソゲン部位に導入することがより好ましい。メソゲン部位に導入することにより,フォトクロミック分子の異性化に伴う分子構造変化を,ドメイン領域にあるメソゲンの配向変化に効果的に変換することができるためである。そして,架橋構造を採用することにより,メソゲンの配向変化を高効率で高分子骨格に伝搬して,架橋液晶高分子成形体の異方的かつ機械的な応答を誘起して回転運動に変換することが可能となる。
【0019】
フォトクロミック分子は,特に限定されず公知のものを用いることができる。例として,トランス−シス異性化するアゾベンゼン,スチルベン構造等や,開環―閉環光異性化し得るスピロピラン,ジアリル構造等を挙げることができる。中でも,下記式(1)に示すアゾベンゼンは,第1の活性光線と第2の活性光線の波長が離れていて,かつ異性化の際に分子間距離が大きく変化することから特に好ましい例として挙げることができる。
【化1】

アゾベンゼンは,アゾベンゼン骨格に結合している置換基にもよるが,第1の活性光線は300〜400nm程度(以下,単に「紫外光」という)であり,第2の活性光線は500〜650nm程度(以下,単に「可視光」という)である。上記式(1)に示すようにアゾベンゼンに紫外光を照射すると,棒状のトランス体から屈曲したシス体に異性化する。そして,この異性化したシス体に可視光を照射すると元のトランス体に戻る。
【0020】
架橋液晶高分子にアゾベンゼンを導入すると,アゾベンゼンは配向制御成分として働く。アゾベンゼンのトランス体は液晶相を安定化,若しくはそれ自体がメソゲンとして機能する。一方,屈曲構造を持つシス体は液晶相を不安定化する。従って,等温でもトランス体からシス体への異性化を誘起することにより,相転移を誘起することができる。
【0021】
フォトクロミック分子の異性化によるメソゲンの配向変化を高効率で高分子骨格に伝搬するファクターとしては,架橋構造,フォトクロミック分子の種類,フォトクロミック分子の導入率の他に,液晶の種類,照射条件等を挙げることができる。液晶の種類は,特に限定されない。メソゲンの配向変化を高効率で高分子骨格に伝搬する観点からは,メソゲンの配向能やパッキング性の高いものを用いることが好ましい。このような液晶として,スメクチック液晶や,強誘電性液晶等を挙げることができる。
【0022】
本発明に係る光駆動型回転子は,架橋液晶高分子成形体のみにより構成してもよいが,機械的強度等を改善する観点から架橋液晶高分子成形体に対する支持体を備えることが好ましい。支持体の材質は,架橋液晶高分子成形体と一体的に可動可能であれば特に限定されない。例えば,ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリエチレンテレフタレート等の汎用性高分子,エラストマー,あるいはシリコンゴム等の無機材料等の公知の材料を用いることができる。支持体は,単一の材料から構成しても複数の材料から構成してもよい。
【0023】
支持体としては,架橋液晶高分子成形体と一体的に可動させる観点からは,エラストマー等の高弾性体や使用温度において十分な柔軟性を有する高分子成形体を用いることが好ましい。高分子成形体のガラス転移温度が使用温度以下のものを用いることにより,柔軟性の優れたものを得ることができる。このような高分子材料としては,ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリブタジエン,ポリ塩化ビニリデン,ポリテトラフルオロエチレン,ポリフッ化ビニリデン等を挙げることができる。無論,可塑剤を添加することにより高分子成形体のガラス転移温度を使用温度以下となるようにしてもよい。なお,ここで「使用温度」とは,光駆動型回転子を実際に駆動する際の温度を言う。高分子成材料に融点(Tm)が存在する場合には,光駆動型回転子を安定して利用する観点から使用温度が融点を超えない範囲で使用することが好ましい。支持体の材質は,用いる用途や求められる耐久性に応じて適宜選定する。支持体の厚みは,用いる材料の柔軟性の度合い,強度,用いる用途等に応じて決める。厚みは特に限定されるものではないが,例えば5μm〜100μm程度とすることができる。
【0024】
架橋液晶高分子成形体と支持体を一体的に製造する方法は特に限定されず公知の方法を用いることができる。例えば,支持体をフィルムあるいはシート状として,架橋液晶高分子成形体を積層することができる。積層構造にする際には,支持体と架橋液晶高分子成形体とが十分に接着していることが重要である。光駆動により回転させる際に剥離やクラックが発生するのを防止するためである。接着方法としては,公知の方法を利用できる。例えば,接着機能を有する支持体を用いて架橋液晶高分子成形体とラミネートする方法,支持体と架橋液晶高分子成形体との間に,バーコーター塗工などの種々のコーティング方法を用いて接着層を設ける方法,両面テープにより支持体と架橋液晶高分子成形体を貼り合せる方法等を挙げることができる。接着層や両面テープ等の中間層を設ける場合,架橋液晶高分子成形体と一体的に可動させる観点から柔軟性に優れたものを選定することが好ましい。接着層の厚みは,例えば0.5μm〜20μmとすることができるが,無論これに限定されるものではない。なお,積層構造に代えて,支持体と架橋液晶高分子をスペーサ等の間隙保持部材を介して対向配置するようにしてもよい。また,支持体を備えずに,架橋液晶高分子成形体の厚みを十分に厚くすることにより機械的強度を改善することもできる。
【0025】
図1は,本発明に係る動力伝達装置の一例を示す模式的斜視図である。動力伝達装置4は,光駆動型回転子たる無端状ベルト1,動力伝達部材たる2つの軸2,2つのプーリ3を備えている。無端状ベルト1は,同図に示すように,回転可能な2つの円筒状のプーリ3に巻き掛けられている。プーリ3の円筒部の内周部には軸2が嵌め合わされ,プーリ3と軸2が一体的に回転するように構成されている。無端状ベルト1に第1の活性光線及び第2の活性光線を照射することにより,光エネルギーを回転エネルギーに変換して無端状ベルト1を回転させ,それをプーリ3及び軸2の回動に変換して軸2と一体的に回動するローラ等(不図示)に動力を伝達することができる。なお,軸2を固定して,プーリ3のみを回動自在に構成し,プーリ3から他の部材に動力を伝達するように構成してもよい。
【0026】
無端状ベルト1は,所望の大きさの架橋液晶高分子成形体により構成されるフィルムやシート等(以下,「架橋液晶高分子フィルム等」と言う)の端部を接着剤等を用いてエンドレス状のリングとすることにより作製できる。また,架橋液晶高分子フィルム等と支持体(例えば,高分子フィルム,高分子シート)を積層構造とし,上述の方法等によりリングを作製してもよい。プーリ3と接触する無端状ベルト1の内周面側を支持体からなる層により構成することで,無端状ベルト1の機械的強度を高めることができる。無論,無端状ベルト1は支持体と架橋液晶高分子フィルム等以外の要素を含んでいてもよい。例えば,無端状ベルト1とプーリ3との間にすべりが生じないように,無端状ベルト1の幅方向における内周面側端部とプーリ3の端部に歯のかみあい部を設けてもよい。また,架橋液晶高分子フィルム等の上層に保護層等を設けてもよい。
【0027】
架橋液晶高分子フィルム等は,必ずしも無端状ベルトの主面全体に形成していなくともよく,例えば,支持体を基体とするベルトの幅方向中央部の長軸方向にエンドレス状に配置したり,種類の異なる架橋液晶高分子フィルム等を長軸方向にストライプ状に配列するようにしてもよい。活性光線の波長の異なるフォトクロミック分子を導入した複数の架橋液晶高分子フィルム等をストライプ状に配置して,複数の回転運動モードを備えるようにしてもよい。また,架橋液晶高分子フィルム等は,必ずしも長軸方向にエンドレス状に配置する必要はなく,用途に応じて任意の箇所に配置してもよい。
【0028】
駆動軸から離れた位置にある従動軸に無端状ベルトを介して動力を伝達する場合にはモータ部を設けるのが一般的である。本発明に係る動力伝達装置4によれば,モータ部を設けずに無端状ベルト1の回転を誘起して軸2及びプーリ3に動力を伝達することができる。このため,装置の小型化,軽量化を実現できる。また,非接触光源によって,無端状ベルト1の回転をON,OFFすることができるので,光源の距離を任意に設定可能な動力伝達システムを提供することができる。例えば,光源を遠方に配置して,遠隔操作が可能な動力伝達システムを提供することもできる。
【0029】
次に,本発明に係る光誘起回転方法について説明する。本発明に係る光誘起回転方法は,第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子が導入された架橋液晶高分子成形体に,フォトクロミック分子の異性化を局所的に起こすように第1の活性光線及び第2の活性光線を照射して,架橋液晶高分子成形体の形状変化を誘起することにより,当該架橋液晶高分子成形体を回転させるものである。フォトクロミック分子の異性化を局所的に起こす方法としては,架橋液晶高分子成形体の吸光係数に応じて照射する光強度を調節する方法,照射領域を調整する方法等を挙げることができる。
【0030】
回転運動を連続的に行いたい場合には,フォトクロミック分子の異性化を連続的に誘起する。フォトクロミック分子の異性化を連続的に誘起するためには,第1の活性光線及び第2の活性光線の両方を同時あるいは逐次的に照射すればよい。異性化が連続的に起こっていれば,光照射は断続的であっても構わない。なお,ここで言う「連続的」とは,特定のフォトクロミック分子を継続的に異性化せしめることを意味するのではなく,架橋液晶高分子成形体内のいずれかのフォトクロミック分子の異性化が起こっている状態であることを意味する。
【0031】
第1の活性光線,及び第2の活性光線の架橋液晶高分子成形体に対する照射位置は,同一としても異なるようにしてもよい。但し,異なる位置とする場合には,第1の活性光線,及び第2の活性光線のそれぞれの照射により,フォトクロミック分子の異性化を誘起できる位置とする。各光線の照射によって異性化を誘起して,メソゲンの配向変化を高分子骨格に伝搬する必要があるためである。第1の活性光線の照射によって異性化された箇所に,第2の活性光線の照射領域の少なくとも一部が含まれるようにすることが簡便である。
【0032】
本発明者らが鋭意検討を重ねた結果,活性光線の照射位置に応じて,回転方向を適宜変更できることがわかった。照射位置に対する回転方向,及び回転挙動は,用いる架橋液晶高分子成形体や,照射条件により変動し得るので所望の条件を適宜選定する。用いる用途に応じて単一の方向に回転するように構成してもよいし,照射位置を制御することにより回転が双方向に切り替わるように構成してもよい。照射光強度は,導入したフォトクロミック分子の種類,フォトクロミック分子の導入率,架橋液晶高分子成形体の厚み,及び所望とする回転挙動等に応じて最適となるように選定するが,通常1〜1000mJ/cm程度である。所望の回転挙動やフォトクロミック分子に応じて非偏光,偏光のどちらを用いてもよい。照射光源としては,高圧水銀灯,レーザー光等の各種公知の光源を用いることができる。
【0033】
架橋液晶高分子成形体に対する第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射部位は,ガラス転移温度以上となっていることが好ましい。高分子主鎖の運動に影響を与えるミクロブラウン運動は,高温で活発化する一方でガラス転移温度以下では凍結されるためである。なお,架橋液晶高分子成形体に光を照射すると,その一部は熱エネルギーに変換され得るが,この熱により照射領域が局部的にガラス転移温度以上となっているものも含まれる。ただし,架橋液晶高分子成形体に融点(Tm)が存在する場合には,照射部位の温度が融点より低い温度となる範囲で使用する。
【0034】
次に,本発明に係る光駆動型回転子が回転するメカニズムについて図2〜4を用いつつ説明する。以下,アゾベンゼンを側鎖型高分子のメソゲンに導入した架橋液晶高分子からなるフィルムを例にとり説明する。なお,図中の各部分のサイズや形状は,説明の便宜上のものであり,各部分の比率,形状等は実際とは異なる。
【0035】
図2(a)は,上記式(1)に示すアゾベンゼン分子の異性化の形状変化を模式的に図示した説明図である。図中,符号10は棒状のトランス体の形状を,符号20は屈曲したシス体の形状を模式的に示したものである。同図に示すように,アゾベンゼン分子に第1の活性光線として紫外光7を照射すると棒状のトランス体10から屈曲したシス体20に異性化し,第2の活性光線として可視光8を照射することによって元のトランス体10に戻る。すなわち,棒状のトランス体10と屈曲したシス体20を可逆的に光により変化せしめることができる。
【0036】
図2(b)は,アゾベンゼンをメソゲン部位に導入した架橋液晶高分子フィルム(以下,単に「フィルム」ともいう)30の紫外光照射前後の様子を模式的に図示した部分拡大説明図である。図中,符号31は高分子主鎖を,符号11はアゾベンゼンがトランス体であるトランス型アゾベンゼン側鎖を,符号12はメソゲンにアゾベンゼンを含まない非アゾベンゼン側鎖を,符号21はアゾベンゼンがシス体であるシス型アゾベンゼン側鎖を示している。トランス型アゾベンゼン側鎖11に紫外光7を照射するとアゾベンゼン部位が屈曲したシス型アゾベンゼン側鎖21に構造変化し,これにより非アゾベンゼン側鎖12の配向変化も誘起される。そして,この変化が高分子骨格に伝搬して架橋液晶高分子フィルム30の収縮が起こる。
【0037】
ところで,アゾベンゼン分子は,トランス体からシス体への異性化を誘起する波長(360nm近傍)に高いモル吸光係数を持つ。このため,フィルム中のアゾベンゼン濃度が高くなると異性化を誘起する光はフィルム30を透過できなくなり,照射面側に存在するアゾベンゼン分子を選択的に光異性化することになる。その結果,フィルム30の厚み方向において収縮率に異方性が生じる。
【0038】
図3は,フィルムの厚み方向に対して,フィルム30の収縮率に異方性が生じる様子を模式的に図示した部分拡大説明図である。フィルム30(図3(a)参照)に紫外光を照射すると,照射領域においてトランス体からシス体に構造変化して,ドメインの配向変化が誘起される。そして,図3(b)に示すように厚み方向に収縮率の異方性が発生する。その結果,図3(c)に示すようにフィルム30が機械的な応答を示す。これに,可視光8を照射すると,照射領域においてシス体からトランス体に構造変化し,ドメインの新たな配向変化が誘起されて新たな収縮率の異方性が発生する。
【0039】
図4は,無端状ベルトフィルム(以下,単に「無端状ベルト」ともいう)32の回転挙動の一例を説明するための模式図である。無端状ベルト32は,図4(a)に示すように図中左側から紫外光7を照射した場合,無端状ベルト32の光源側にある円周表面の照射部領域においてアゾベンゼンの異性化が起こり収縮率の異方性に伴う配向変化が誘起される。そして,図4(b)に示すように無端状ベルト32は一度中心方向に陥没した後,照射方向に向かって屈曲する。このとき,陥没した部分の両端部のうちの片側に対して,図4(b)に示すように可視光8を照射すると,その照射された部分が元のトランス体に戻ろうとして無端状ベルト32が可視光8を照射している光源側に引っ張られる。その結果,無端状ベルト32の重心位置が移動する。そして,無端状ベルト32上における可視光8の照射位置が変わり,別の面が可視光8により照射されることになる。すなわち,紫外光7と可視光8を連続的に照射することにより,照射スポットを移動して無端状ベルト32の重心の位置を移動させることが可能となり,無端状ベルト32を図中右側(可視光照射側)に回転させることができる。
【0040】
無端状ベルト32の厚みは特に限定されないが,図3に示すような変形を誘起できる厚みとする必要があり,用いる架橋液晶高分子や支持体の特性により適宜選定する。必ずしも厚み方向に収縮率の異方性を誘起する必要はなく,円周方向における収縮率の異方的変形を誘起せしめて回転するように構成してもよい。
【0041】
上述したようにアゾベンゼンのトランス体は,液晶相を安定化,若しくはそれ自体がメソゲンとして機能する。一方,アゾベンゼンのシス体は,屈曲構造により液晶相を不安定化する。従って,アゾベンゼンを用いた場合,紫外光照射によって等温的に液晶相から等方相への相転移を誘起し得る。このため,ドメインの配向変化をドラスチックに変更可能であり,配向変化を高効率で高分子骨格に伝搬し,架橋液晶高分子成形体の異方的かつ機械的な応答を誘起して回転運動に変換しやすい。無論,架橋液晶高分子成形体の異方的かつ機械的な応答を誘起して回転運動ができればよく,液晶相から等方相への等温的相転移が必須ではないことは言うまでもない。
【0042】
本発明は,配向性と流動性を兼ね備えている液晶を利用しているため,配向変化を誘起しやすく高分子骨格の異方的変形を誘起しやすい。架橋液晶高分子成形体における液晶の配向や材料,架橋密度などを変化させることにより機械的特性を変化させることができる。
【0043】
本発明によれば,光エネルギーを回転エネルギーに変換可能な光誘起回転方法,光駆動型回転子,及び動力伝達装置を提供することができる。また,この光駆動型回転子と光源を備える動力伝達システムを提供することができる。光を制御媒体としているので誘導雑音が発生せず,多重伝送などの大量高速度伝送が可能,非接触接続が容易となる等の利点を有する。また,高分子材料とすることにより成形性に優れ,軽量化,低コスト化が期待できる。また,構造体そのものを駆動素子として用いることにより単純化,小型化の実現が容易となる。さらに,わずかな刺激によって回転を誘起できるため,プラスチックモーターなどの駆動装置を初めとした多岐に亘る応用が期待できる。また,本発明に係る光駆動型回転子によれば,エネルギー伝達のための配線が不要となり,遠方よりレーザー光等を照射するだけで回転挙動を誘起することができる動力伝達システムを提供することができる。さらに,マイクロ造形技術(非特許文献2)等と組み合わせることにより,従来にない高性能なマイクロマシン等を創製することが期待できる。本発明に係る光駆動型回転子の形状は,無端状ベルトに限定されず,用途に応じて適宜その形状を選定することができる。
【実施例】
【0044】
次に,実施例によりさらに本発明を具体的に説明するが,本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。なお,以下に記載する試薬等は,特に断らない限りは一般に市販されているものである。核磁気共鳴吸収スペクトル測定(HNMR)は,Lamda-300(300MHz)を用い,テトラメチルシラン(TMS)を内部標準とした。化合物の液晶性は,示差走査熱量計(DSC;SeikoI&E,SSC-5200,DSC220C),ホットステージ(Mettler,FP-90,FP-82HT),偏光顕微鏡(POM;OLYMPUS,BH-2)を用いて評価した。示差走査熱量計は,ポリマーの評価は昇温速度10℃/min,モノマーの評価は昇温,降温速度2℃/minとして,いずれも窒素雰囲気下で測定した。
【0045】
光回転挙動は,CCDカメラ(オムロン製 VC-HRM20Z)を用いて観察した。紫外光については,UV−LED光源(浜松ホトニクス製 LC-L1,又はキーエンス製 UV-400)を用いて365nmの単色光を取り出した。出力光の強度は,LC-L1において200mW/cmとし,UV-400において240mW/cmとした。また,可視光については,ハロゲンランプ光源(島津理化製 FLH-50)の白色光を用いた。出力光の強度は,540nmにおいて200mW/cmとした。また,測定サンプルと光源の照射距離は,15〜5mm程度とした。
【0046】
本実施例においては,架橋液晶高分子成形体の形態としてフィルム状のものを用いた。架橋液晶高分子は,フォトクロミック分子としてアゾベンゼン構造を導入した下記式(2)で示されるシアノ基を有するアクリル酸エステル系ポリマー(以下,「CALP−CN」と略記する),及びシアノ基の部分をアルキル基に変更した下記式(3)で示されるアクリル酸エステル系ポリマー(以下,「CALP−Alk」と略記する)を用いた。
【化2】

【化3】

上記式(2)で示されるCALP−CNは,単官能重合性モノマーである下記式(4)で示される6−〔4−(4−シアノフェニルアゾ)フェノキシ〕ノナニルアクリレート(以下,「A9ABC」と略記する)と,架橋重合性モノマーである下記式(5)で示される4,4′−ビス〔6−(アクリロイルオキシ)ノナニルオキシ〕アゾベンゼン(以下,「DA9AB」と略記する)を混合し,液晶相を発現する条件下において共重合させることにより得た。
【化4】

【化5】

【0047】
上記式(3)で示されるCALP−Alkは,単官能重合性モノマーである下記式(6)で示される6−〔4−(4−ノナニルオキシフェニルアゾ)フェノキシ〕ノナニルアクリレート(以下,「A9AB9」と略記する)と,上記式(5)に示した架橋重合性モノマーDA9ABを混合し,液晶相を発現する条件下において共重合させることにより得た。
【化6】

【0048】
<単官能重合性モノマーの合成>
500mlのナスフラスコに4−アミノベンゾニトリル3.5g(27mmol)を入れ,1Nの塩酸100mlを加えて氷冷条件下,撹拌した。これに亜硝酸ナトリウム2.2g(32mmol)を水30mlに溶解した水溶液をゆっくり加えた。次いで,水酸化ナトリウム1.0g(25mmol)とフェノール3.0g(32mmol)を溶解した水溶液12mlを反応溶液にゆっくり加え,粉末炭酸カリウムをpH9程度になるまで加え,4時間ほど氷冷条件下で撹拌した。その後,1Nの塩酸を加えpH4とし,析出した沈殿物を回収して混合溶媒(酢酸エチル:ヘキサン=1:1)で再結晶を行うことにより,赤色固体の4−ヒドロキシ4'−シアノアゾベンゼン5.7g(26mmol)を得た。
【0049】
上記4−ヒドロキシ4'−シアノアゾベンゼン5.7g(26mmol)をN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)10mlに溶解し,炭酸カリウム3.5g(30mmol),9−ブロモノナノール10g(30mmol)を加え,130℃で3時間加熱還流を行い,TLCで反応終了を確認した。その後,溶液に酢酸エチル50mlと水30mlを加え,次いで有機層を希塩酸,蒸留水を用いて洗浄し,溶媒を減圧留去して乾燥した。乾燥固体を混合溶媒(酢酸エチル:ヘキサン=1:1)により再結晶することにより,赤色固体の4−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)4'−シアノアゾベンゼン8.8g(24mmol)を得た。
【0050】
上記4−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)4'−シアノアゾベンゼン2.8g(9.3mmol)をテトロヒドロフラン(THF)150ml溶解し,硫酸マグネシウムによって予備乾燥した後,トリエチルアミン2.6ml(19mmol),ヒドロキノンを少量加え,氷冷条件下で撹拌した。これに,アクリル酸クロリド1.5g(19mmol)をTHF30mlで希釈した溶液を,滴下漏斗を用いてゆっくりと加え,2時間氷冷下撹拌した後,室温で36時間撹拌した。炭酸カリウム水溶液をpH10になるまで加え,THFを減圧留去した後,反応液を減圧濾過した。残渣をクロロホルムに溶解し,有機層を希塩酸と食塩水を用いて洗浄し,溶媒を減圧留去した。乾燥固体をカラムクロマトグラフィー(クロロホルム)によって精製し,混合溶媒(酢酸エチル:メタノール=1:1)で再結晶を行い,目的物である4−[6−(アクリロイルオキシ)ノナニルオキシ]4'−シアノアゾベンゼン(A9ABC)1.4g(3.4mmol)を得た。
・収率37%
HNMR(δ,CDCl3);1.2-1.4(m,12H),1.8(m,4H),4.0(t,2H),4.1(t,2H),5.7(dd,2H),6.0(dd,2H),6.3(dd,2H)7.0(m,2H),7.8(m,2H),7.9(d,4H)
【0051】
上記式(6)に示したA9AB9については,後述する架橋重合性モノマーDA9ABと同様の手順で合成し,NMR測定により目的の化合物が得られていることを確認した。
HNMR
(δ,CDCl3);0.86(t,4H),1.2-1.4(m,20H),4.0(t,4H),4.1(t,2H),5.8(dd,1H),6.1(dd,1H),6.4(dd,1H),6.9(m,4H),7.8(m,4H)
【0052】
<架橋重合性モノマーの合成>
4−ニトロフェノール3.5g(25mmol),炭酸カリウム3.5mg(25mmol),9−ブロモノナノール7.0g(30mmol)をDMF5mlに分散し,その懸濁液を130℃で3時間加熱還流した。TLCで反応終了を確認し,溶液に酢酸エチル50mlと水30mlを加えた後,有機層を希塩酸,及び蒸留水を用いて洗浄し,溶液を減圧留去して乾燥した。乾燥固体をTHF50mlに溶解し,氷冷下撹拌した。これに5?Pd−C1.5gを加えた後,水素化ホウ素ナトリウム2.0g(50mmol)を3回に分けて加え,室温で2時間撹拌した。その後氷冷撹拌下で溶液に1N塩酸100mlを滴下した。固体炭酸カリウムをpH10になるまで加え,溶液を減圧濾過した。沈殿物と溶液から反応物を酢酸エチルで抽出し,溶液を減圧留去して,乾燥を行い,赤褐色固体の4−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アニリン4.0g(16mmol)を得た。
【0053】
500mlのナスフラスコに,上記4−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アニリン4.0g(16mmol)と1Nの塩酸100mlを加え,氷冷下撹拌を行った。これに亜硝酸ナトリウム1.2g(17mmol)を溶解させた水溶液30mlをゆっくり滴下した。次にこの水溶液を0℃に保持したまま,水酸化ナトリウム2.0g(50mmol)とフェノール1.6g(17mmol)を水50mlに溶解させた水溶液を滴下し,さらに粉末炭酸カリウムをpHが9程度になるまで加えた,4時間氷冷下撹拌した。その後,1Nの塩酸を加えてpH4とし,減圧濾過を行った。残渣を酢酸エチルに加熱溶解させた後に水で洗浄し,無水硫酸マグネシウムで乾燥した後,乾燥剤を濾過した。さらに酢酸エチルを減圧留去した。残渣を混合溶媒(酢酸エチル:ヘキサン=1:1)で再結晶したところ,褐色固体の4−ヒドロキシ−4'−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アゾベンゼン3.6g(10mmol)を得た。
【0054】
上記4−ヒドロキシ−4'−(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アゾベンゼン3.6g(10mmol)をDMF10mlに溶解し,溶液に炭酸カリウム3.5g(30mmol),9−ブロモノナノール3.5g(16mmol)を加え,130℃で3時間加熱還流した。TLCで反応終了を確認し,溶液に酢酸エチル50mlと水30mlを加えた後,有機層を希塩酸,蒸留水を用いて洗浄し,溶液を減圧留去・乾燥した。乾燥固体を酢酸エチルとヘキサンを用いて再結晶し,山吹色固体の4,4'−ビス(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アゾベンゼン4.6g(9.3mmol)を得た。
【0055】
上記4,4'−ビス(6−ヒドロキシノナニルオキシ)アゾベンゼン4.6g(9.3mmol)をTHFに150ml溶解し,硫酸マグネシウムによって予備乾燥した後,トリエチルアミン5.2ml(37mmol)を加えた。次いでヒドロキノンを少量加え,氷冷下撹拌した。THF30mlで希釈したアクリル酸クロリド3ml(37mmol)をゆっくりと滴下した。さらに2時間氷冷下撹拌した後,室温で12時間撹拌した。その後,炭酸カリウム水溶液をpH10になるまで加え,THFを減圧留去し,反応液を減圧濾過した。残留物をクロロホルムに溶解し,有機層を希塩酸と食塩水を用いて洗浄した後,溶媒を減圧留去した。残渣をカラムクロマトグラフィー(クロロホルム)によって精製し,混合溶媒(酢酸エチル:メタノール=1:1)で再結晶を行い目的物である4,4'−ビス[6−(アクリロイルオキシ)ノナニルオキシ]アゾベンゼン(DA9AB)1.0g(1.6mmol)を得た。
・収率17%
HNMR(δ,CDCl3):1.2-1.4(m,20H),1.6(m,8H),4.0(t,4H),4.1(t,4H),5.7(dd,2H),6.0(dd,2H),6.3(dd,2H),6.9(m,4H),7.8(m,4H)
【0056】
得られたA9ABC,A9AB9,DA9ABの相転移温度を表1に示す。
【表1】

【0057】
<架橋液晶高分子フィルムの作製>
液晶セルは以下のようにして作製した。まず,中性洗剤及びイソプロピルアルコール中で超音波洗浄したガラス基板上に,ポリイミド前駆体であるポリアミド酸の薄膜をスピンコート法により作製した。そして,加熱処理することによりポリイミド配向膜を有するガラス基板を得た。次いで,ラビング装置(E.H.C.RM-50)を用いてポリイミド面をラビングした後,シリカスペーサーを介してラビング方向がアンチパラレルになるように基板を貼り合せてホモジニアスセルとした。ハイブリッドセルは,基板の片面にホモジニアス配向処理を施し,他方にホメオトロピック配向処理を施すことにより得た。
【0058】
次に,上記化学式(4)のA9ABC(単官能重合性モノマー)を80mol%,上記化学式(6)のDA9AB(架橋重合性モノマー)を20mol%の割合で混合し,熱重合開始剤として下記化学式(7)のV−40(Wako製 エタノールにより再結晶したものを使用)を2mol%添加した試料を等方相温度まで昇温した。そして,毛細管現象を利用して上記液晶セルに封入した。この液晶セルを98℃に加熱した乾燥オーブン中で24時間保持し,熱重合を行うことにより架橋液晶高分子フィルムを得た。
【化7】

また,上記化学式(5)のA9AB9(単官能重合性モノマー)を20mol%,上記化学式(6)のDA9AB(架橋重合性モノマー)を80mol%の割合で混合し,光重合開始剤として下記化学式(8)のIrgacure 784を2mol%添加した試料を等方相温度(97℃以上)まで昇温した。そして,毛細管現象を利用して上記液晶セルに封入した。この液晶セルを0.1℃/minでスメクチック相を示す89℃まで降温し,メソゲンを一軸配向させた後高圧水銀灯の波長540nm以上,光強度3mW/cmの可視光を2.5時間照射して重合を行うことにより架橋液晶高分子フィルムを得た。
【化8】

【0059】
<架橋液晶高分子フィルムと無端状ベルトフィルムの特性>
図5(a)に上記CALP−CN,図5(b)にCALP−AlkのDSC測定を行った際のプロファイルを示す。同図に示すように,CALP−CN,CALP−Alkどちらも30℃付近にガラス転移温度が観測された。CALP−CNのフィルムの異方性を偏光顕微鏡により観察したところ,異方性を示すこと,その異方性は200℃以上まで安定であることを確認した。
【0060】
(実験例1) CALP−CNからなるホモジニアス配向の架橋液晶高分子フィルムの両端部を圧着することにより直径8mm,幅3mm,膜厚20μmの無端状ベルト32aを作製した。そして,図6(a)に示すようにポリカーボネートからなるプラスチックプレート33の上に載置した。紫外光7は,無端状ベルト32aに対して図6(a)中の左側であって載置面との角度が約30°の方向から,時計の7時〜8時の範囲付近が照射されるように,可視光8は,無端状ベルト32aに対して図6(a)中の右側であって,載置面との角度が約45°の方向から,時計の2時〜5時の範囲付近が照射されるように設定した。紫外光7及び可視光8は共に非偏光とし,28℃の条件下で測定した。図6(b)に,無端状ベルト32aの光回転挙動の写真を示す。同図は,左側からそれぞれ照射前,照射開始から5s,8s,10sの時点における無端状ベルト32aの写真を示している。照射開始後10秒でおよそ50mm程度,紫外光源側(図中左側)に回転した。
【0061】
(実験例2) 上記実験例1と同様に作製した無端状ベルトをプラスチックプレートに代えて,黒アルマイト,塗装鉄板(黒,白),床面に載置し,無端状ベルトの回転挙動を検討した。その結果,上記実験例1と同様の回転挙動を示すことを確認した。
【0062】
(実験例3) 上記実験例1と同様に作製した無端状ベルトについて,測定温度を変更する以外は上記実験例1と同様の測定条件において回転挙動を検討した。具体的には,30℃,60℃,80℃に設定したホットプレート上に無端状ベルトを載置することにより検討した。その結果,いずれの温度においても無端状ベルトが回転することを確認した。
【0063】
(比較例1) 可視光を照射しないという条件以外は,上記実験例1と同様の条件下にて実験を行った。その結果,無端状ベルトは半回転程度で回転が止まってしまった。
【0064】
(実験例4) 上記実験例1と同様にして作製した無端状ベルト32bに対して,図7(a)に示すように照射領域を変更して回転挙動を検討した。すなわち,紫外光7は,無端状ベルト32bに対して図7(a)中の左側であって載置面との角度が約30°の方向から,時計の10時〜11時の範囲付近が照射されるように,可視光8は,無端状ベルト32bに対して図7(a)中の右側であって,載置面との角度が約45°の方向から,時計の2時〜5時の範囲付近が照射されるように設定した。照射波長,照射強度,測定温度等の他の条件は上記実験例1と同様とした。その結果,図7(b)に示すように,照射開始後12秒でおよそ20mm程度,紫外光源側(図中左側)に回転した。紫外光の照射位置を変えることにより,回転方向を切り替え可能であることを確認した。
【0065】
(実験例5) 液晶の配向性がハイブリッド配向のCALP−CNからなる無端状ベルトにおいて,回転挙動を検討した。無端状ベルトの大きさは,上記実験例1と同様とした。そして,紫外光は,無端状ベルトの左側であって載置面との角度が約45°の方向から,時計の10時〜11時の範囲付近が照射されるように,可視光は,無端状ベルトの右側であって載置面との角度が約60°の方向から,時計の2時〜3時の付近が照射されるように設定した。その他の実験条件は上記実験例1と同様とした。その結果,照射開始後12秒で紫外光源から離れる方向におよそ22mm(約1回転)回転した。
【0066】
(実験例6) 液晶の配向性がツイストネマチック配向のCALP−CNからなる無端状ベルトにおいて,回転挙動を検討した。具体的には,直径6mm,幅3mm,厚み20μmの無端状ベルトを作製した。実験条件は,上記実験例1と同様とした。その結果,照射開始後30秒で紫外光源側におよそ50mm(約3回転)回転した。
【0067】
(実験例7) 架橋液晶高分子としてCALP−CNに代えてCALP−Alkを用いた以外は,上記実験例1と同様の条件下で回転挙動を検討した。その結果,本実験例に係る無端状ベルトは,照射開始後120秒で紫外光源側に約1回転することを確認した。
【0068】
(実験例8) 架橋液晶高分子フィルムとして,CALP−Alkからなるホモジニアス配向のものを,支持体としてポリエチレンフィルム(未延伸フィルム,50μm,東セロ株式会社製)のものを用い,架橋液晶高分子フィルムと支持体からなる無端状ベルトを以下の方法により作製した。まず,自動塗工装置I型(テスター産業株式会社製 PI-1210)及びバーコーターを用いて,ポリエチレンフィルムの一端部に溶液状の接着剤を供給し,バーコーティング塗工によってポリエチレンフィルムの主面全体に均一に広がるように接着剤を引き伸ばし,110℃に加熱したオーブン内で乾燥することにより接着層(12μm)をコートしたフィルムを得た。接着剤としては,アローベースSB-1200(ユニチカ株式会社製,酸変性ポリエチレン樹脂水性分散体),アデカボンタイターHUX380(株式会社ADEKA社製、ポリウレタン樹脂水性分散体)との混合物を用いた。次いで,このフィルムと20μmの架橋液晶高分子フィルムを110℃の条件下で熱圧着によりラミネートした。そして,得られたラミネートフィルムの端部を架橋液晶高分子フィルムがベルトの外周面側となるようにエポキシ接着剤(Hysol E-05CL,Henkel社製)で貼り付けて無端状ベルト(長さ45mm,幅8mm,厚み82μm)を得た。
【0069】
図8(a)に,本実験例8に係る動力伝達装置の模式的斜視図を示す。同図に示すように,動力伝達装置34は,無端状ベルト32c,筐体35,大径軸36,小径軸37,大径プーリ(ボールベアリング)38,小径プーリ(ボールベアリング)39を備えている。大径プーリ38は外径12mm,内径8mmのものを,小径プーリ39は外径3mm,内径1mmのものを用いた。大径軸36,小径軸37は,筐体35に固定されている。そして,大径軸36,小径軸37それぞれに回動可能な大径プーリ38,小径プーリ39が取り付けられ,この2つのプーリに無端状ベルト32cが巻き掛けられている。紫外光7は,無端状ベルト32cが小径プーリ39に接触する近傍,すなわち,小径プーリ39と無端状ベルト32cとの非接触領域及び接触領域近傍を無端状ベルト32cの接線方向に対する略垂直方向から照射した。可視光8は,無端状ベルト32cが大径プーリ38に接触している近傍,すなわち,大径プーリ38と無端状ベルト32cとの非接触領域及び接触領域近傍を無端状ベルト32cの接線方向に対する略垂直な方向から照射した。紫外光7及び可視光8は共に非偏光とし,25℃の条件下で実験を行った。その他の照射条件等は,上記実験例1と同様とした。図8(b)は光照射前,図8(c)は照射30秒後,図8(d)は照射60秒後の動力伝達装置34の写真を示している。これらの図に示すように,図中反時計方向に無端状ベルト32c,大径プーリ38,及び小径プーリ39が回転した。
【0070】
(実験例9) 上記実験例8と同じ動力伝達装置を用いて,同様のサンプルにて照射領域を変更して回転挙動を検討した。図9(a)に,本実験例9に係る動力伝達装置の模式的斜視図を示す。紫外光7は,無端状ベルト32dが大径プーリ38に接触する近傍,すなわち,大径プーリ38と無端状ベルト32dとの非接触領域及び接触領域近傍を無端状ベルト32dの接線方向に対する略垂直方向から照射した。可視光8は,無端状ベルト32dが小径プーリ39に接触している近傍,すなわち,小径プーリ39と無端状ベルト32dとの非接触領域及び接触領域近傍を無端状ベルト32dに対する接線方向の略垂直方向から照射した。照射波長,照射強度,測定温度等の他の条件は上記実験例8と同様とした。図9(b)は光照射前,図9(c)は照射15秒後,図9(d)は照射30秒後の動力伝達装置34の写真を示している。これらの図に示すように,無端状ベルト32dは,上記実験例8とは逆の方向,すなわち時計方向に回転した。照射位置を変えることにより,回転方向を切り替え可能であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係る光誘起回転方法,光駆動型回転子,並びにこの光駆動型回転子を備える動力伝達システム及び動力伝達装置は,上記光回転特性を利用して,例えば,プラスチックモーター,スイッチング素子,玩具,マイクロマシン等の種々の用途に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】光駆動型回転子の形状の一例を示す模式的斜視図。
【図2】(a)はアゾベンゼン分子の異性化を説明するための模式図,(b)は架橋液晶高分子の構造変化を説明するための模式図。
【図3】架橋液晶高分子成形体の異方的変形を説明するための部分拡大図。
【図4】本発明に係る光駆動型回転子の回転挙動を説明するための模式図。
【図5】実施例に係る架橋液晶高分子のDSC測定プロファイルを示す図。
【図6】(a)は実験例1に係る無端状ベルトに対する光学系の模式的説明図,(b)は実験例1に係る無端状ベルトの回転挙動の写真。
【図7】(a)は実験例4に係る無端状ベルトに対する光学系の模式的説明図,(b)は実験例4に係る無端状ベルトの回転挙動の写真。
【図8】(a)は実験例8に係る動力伝達装置の模式的斜視図,(b)〜(d)は実験例8に係る無端状ベルトの光照射前後の写真。
【図9】(a)は実験例9に係る動力伝達装置の模式的斜視図,(b)〜(d)は実験例9に係る無端状ベルトの光照射前後の写真。
【符号の説明】
【0073】
1 無端状ベルト
2 軸
3 プーリ
4 動力伝達装置
7 紫外光
8 可視光
10 トランス体
11 トランス型側鎖
20 シス体
21 シス型側鎖
30 架橋液晶高分子フィルム
31 高分子主鎖
32 無端状ベルトフィルム
33 プラスチックプレート
34 動力伝達装置
35 筐体
36 大径軸
37 小径軸
38 大径プーリ
39 小径プーリ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子が導入された架橋液晶高分子成形体に,
前記フォトクロミック分子の異性化を局所的に起こすように前記第1の活性光線及び第2の活性光線を照射して,前記架橋液晶高分子成形体の形状変化を誘起することにより,当該架橋液晶高分子成形体を回転させる光誘起回転方法。
【請求項2】
前記架橋液晶高分子成形体における前記第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射部が,当該架橋液晶高分子成形体のガラス転移温度以上であることを特徴とする請求項1に記載の光誘起回転方法。
【請求項3】
第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射により可逆的に異性化し得るフォトクロミック分子を含有し,
前記第1の活性光線,及び第2の活性光線の照射に応じて回転挙動を示す架橋液晶高分子成形体を備える光駆動型回転子。
【請求項4】
前記架橋液晶高分子成形体は,支持体と一体的に形成されていることを特徴とする請求項3に記載の光駆動型回転子。
【請求項5】
前記支持体は,少なくとも高分子成形体からなり,当該高分子成形体のガラス転移温度が使用温度以下であることを特徴とする請求項3又は4に記載の光駆動型回転子。
【請求項6】
前記支持体と前記架橋液晶高分子成形体は,積層構造となっていることを特徴とする請求項3,4又は5に記載の光駆動型回転子。
【請求項7】
前記フォトクロミック分子が,アゾベンゼンであることを特徴とする請求項3〜6のいずれか1項に記載の光駆動型回転子。
【請求項8】
請求項3〜7のいずれか1項に記載の光駆動型回転子が,無端状ベルトであることを特徴とする光駆動型回転子。
【請求項9】
請求項3〜8のいずれか1項に記載の光駆動型回転子と,当該光駆動型回転子に前記第1の活性光線,及び第2の活性光線を照射する光源を備える動力伝達システム。
【請求項10】
請求項3〜8のいずれか1項に記載の光駆動型回転子と,当該光駆動型回転子に連動して動く動力伝達部材を備える動力伝達装置。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−115347(P2008−115347A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−311412(P2006−311412)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】