説明

光転位により生成する高分子ナノ粒子およびその製造法

【課題】アリロキシ基含有共重合体の光転位反応を利用して、電子写真の現像材、印刷用インク、建築用塗料等の構成材料としての用途が見込まれる高分子の集合体よりなるナノ粒子を提供すること、及び光記憶材料や光センサーなどへの応用展開が見込まれる光転位による新しいナノ粒子の製造技術の提供。
【解決手段】アリロキシ基含有のポリマーとポリスチレン誘導体からなる共重合体に高圧水銀ランプを用いて光照射することにより、アリロキシ基が光転位して該共重合体中に水酸基を形成し、その水酸基が水素結合により凝集することによって数十ナノメートルのナノ粒子が得られることを見出し、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アリロキシ基含有共重合体に光を照射するだけで形成される高分子ナノ粒子の製造法に関する。この製造法は該光反応に触媒を全く必要としない優れた技術である。該高分子ナノ粒子は歯科材料、電子写真の現像材、印刷用インク、建築用塗料、抽出・分離剤、薬物運搬剤等の構成材料としての用途が見込まれる。また、該製造技術は光記憶材料や光センサーなどへの応用展開が見込まれる。
【背景技術】
【0002】
以前から、光照射によって高分子ナノ粒子を製造する技術は知られている。その技術には光異性化や光分解を用いる方法がある。すなわち光異性化による方法では、分子中に含まれる二重結合が光照射によってトランス体からシス体、あるいはシス体からトランス体に異性化し、その異性化により分子の相極子モーメントや溶解性が変化し高分子ナノ粒子が形成される。一方、光分解による方法は、分子中の一部が光分解することによって生じた極性官能基が相互作用によって凝集することにより高分子ナノ粒子が形成される。
【非特許文献1】Macromolecules, 2003, 36, 9024 (S. Leclair, L. Mathew, M. Giguere, S. Motallebi, Y. Zhao)
【特許文献1】特願2007−167648
【0003】
従来の光異性化による高分子ナノ粒子の製造では、異性化が可逆的に起こるために光記憶材料として用いた場合にはデータの上書きや誤消去によって記憶情報が消失するため、記憶情報を半永久的に保存することは難しい。一方、光分解による高分子ナノ粒子の製造では不可逆的な光分解に基づいているので、上述のような問題点は回避され記憶情報を半永久的に保存することが可能である。しかし、光分解に触媒が必要であったり、光分解によって低分子化合物が脱離するため、記憶材料としての性能の低下や変形を引き起こす可能性がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明で解決しようとする課題の第1は、光照射によって記憶情報を半永久的に保存できる光記憶材料を創出すること、そのための方法として課題の第2は、光照射時に脱離成分のない技術を開拓すること、さらに課題の第3は、不可逆的な光反応を用いた高分子ナノ材料の製造技術を提供することである。
【0005】
上記課題の第1は、光記憶材料の性能向上を目的とし、課題の第2は、光照射時の変形を抑制する技術の提供を目的としており、さらに課題の第3は、記憶情報を半永久的に保存するための製造技術を提供することを目指すものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、アリロキシ基含有共重合体に光照射するだけで該アリロキシ基が光転位して水酸基を形成し、その結果数十ナノメートルの高分子ナノ粒子が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、下記一般式(1)で示されるアリロキシ基含有ポリマーと下記一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体からなる共重合体に光照射することにより、高分子の集合体が形成されることにより達成される。
一般式(1)
【化1】

ここで、上記一般式(1)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は下記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。また、アリロキシ基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に結合している。

一般式(2)
【化2】


ここで、上記一般式(2)中、Rは停止剤断片またはラジカル重合制御剤であり、Rは水素原子もしくは塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基のいずれかを表す。Rはオルト位、メタ位もしくはパラ位のいずれであっても構わない。*は上記一般式(1)で示されるポリマーとの結合部位を示す。nは重合度で40―2000の整数である。
【0008】
また本発明のさらに好ましい態様は、該アリロキシ基がベンゼン環のパラ位に結合し、かつ該共重合体の構造がブロック共重合体であることが望ましい。さらに、各ポリマーセグメントの重合度であるmとnの割合がモル比でm/n=0.05―1.2であることが好ましい。
【0009】
該アリロキシ基含有共重合体に光照射すると、共重合体中のアリロキシ基の一部もしくは全部が光クライゼン転位することにより、前記一般式(1)のポリマーが下記一般式(3)もしくは一般式(4)で示されるポリマー、もしくはその混合物に変換される。
一般式(3)
【化3】


ここで、上記一般式(3)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は前記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。水酸基とアリル基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に隣接して結合している。
一般式(4)
【化4】

ここで、上記一般式(4)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は前記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。水酸基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に結合している。
【0010】
すなわち、該共重合体中のアリロキシ基が光クライゼン転位を起こすことにより形成されたフェノール性水酸基が水素結合することにより、共重合体がミセル状に凝集し、高分子のナノ集合体が形成される。
【0011】
該共重合体の光クライゼン転位を行う溶媒は非極性炭化水素であることが好ましく、シクロヘキサンを用いることがより好ましい。
【0012】
該共重合体の光クライゼン転位により、粒径20―900ナノメートルの範囲にある高分子ナノ粒子が形成される。
【0013】
該共重合体の光クライゼン転位の結果形成された凝集体である高分子ナノ粒子は、凝集に関わる前記一般式(3)もしくは(4)で示されるポリマー、もしくはその混合物によって内核が形成されており、凝集に関わらない前記一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体により外殻が形成された構造をもっている。
【0014】
該共重合体の光クライゼン転位は無触媒で起こる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、該アリロキシ基含有共重合体を用いて、触媒を用いずに光を照射するだけで比較的粒径分布の揃った数十ナノメートルの高分子の凝集体からなる高分子ナノ粒子を製造することができる。この高分子ナノ粒子の製造では、光照射時に脱離成分の割合が低く抑えられ、かつ不可逆的に反応が進行するため、光記憶材料に用いた場合には性能の低下を引き起こすことなく記憶情報を半永久的に保存できる可能性がある。
【0016】
さらに本発明は、該アリロキシ基含有共重合体の合成に安価な原料を使用することができるので、光異性化に見られるような高価な原料を用いる必要がない。さらに、該共重合体が高分子であるため、引張り強度や耐衝撃性といった材料の物性を該共重合体の分子量により調節することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
反応容器に溶媒を入れ、該溶媒に前記のアリロキシ基含有共重合体を一定量添加すると該共重合体の溶液が得られる。ここでの溶媒には非極性脂肪族炭化水素が用いられる。前記共重合体の溶液に高圧水銀ランプにより光照射すると該共重合体中のアリロキシ基が光転位し、その結果として生じた共重合体がミセル状に凝集した高分子ナノ粒子を溶液状態で得る。
【0018】
該共重合体を構成する前記一般式(1)で示されるポリマーの重合度mと一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体の重合度nの割合はモル比でm/n=0.05―1.2であることが望ましい。
【0019】
ここで、前記一般式(1)と一般式(2)で示されるポリマーからなる該共重合体が光照射によって光クライゼン転位し、ミセル状の凝集体を形成するメカニズムを図1および2に基づいて説明する。前記一般式(1)でアリロキシ基がベンゼン環のパラ位に結合したポリマーと一般式(2)でRが水素原子であるポリスチレンとからなるジブロック共重合体(1)をシクロヘキサンに溶解し光照射すると、前記一般式(1)のポリマー中のアリロキシ基の一部もしくは全部が光転位する。ここでは該アリロキシ基の全部が光転位した場合について説明する。光転位によって該共重合体は、前記一般式(3)で水酸基がパラ位にアリル基がメタ位に結合しポリマー(2)と一般式(2)で示されるポリマー(3)からなる共重合体(4)に変換される。共重合体(4)は前記一般式(3)中の水酸基同士が水素結合(5)によりミセル状に凝集して高分子ナノ粒子(6)を与える。したがって、該凝集体はその内核が一般式(3)のポリマーによって、また外殻が一般式(2)のポリスチレンによって形成された構造をもっている。
【0020】
前記一般式(1)と一般式(2)で示されるポリマーからなる該共重合体のシクロヘキサン溶液の濃度は、0.5―3g/Lであることが望ましく、より好ましくは1.3―1.7g/Lである。
【実施例1】
【0021】
ポリ(アリロキシスチレン)(重合度100)とポリスチレン(重合度930)からなるブロック共重合体の8mgを5mLのシクロヘキサンに溶解した。このブロック共重合体溶液を室温で撹拌しながら500Wの高圧水銀ランプを24時間照射した結果、40°C、角度90°の条件で行った光散乱測定により、流体力学的直径70nmのナノ粒子が得られたことを確認した(図3)。また、反応後の溶液から単離した共重合体について核磁気共鳴測定を行った結果、反能率75%の内、アリロキシ基が光転位した割合が50%、脱離した割合が25%であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明によれば、この製造法で形成されるナノ粒子は、光記憶材料を始め、歯科材料や化粧品組成物、建築用塗料用組成物、電子印刷用組成物、車輌用接着剤、農業用の薬物運搬体、脱臭剤、光センサーなどさまざまな用途が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に基づく反応の説明
【図2】本発明に基づくナノ粒子形成の説明
【図3】実施例1に関わるナノ粒子の光散乱強度分布図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示されるアリロキシ基含有ポリマーと下記一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体からなる共重合体に光照射することにより形成される高分子ナノ粒子。
一般式(1)
【化1】

ここで、上記一般式(1)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は下記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。アリロキシ基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に結合している。

一般式(2)
【化2】


ここで、上記一般式(2)中、Rは停止剤断片またはラジカル重合制御剤であり、Rは水素原子もしくは塩素原子、臭素原子、メチル基、エチル基のいずれかを表す。Rはオルト位、メタ位もしくはパラ位のいずれであっても構わない。*は上記一般式(1)で示されるポリマーとの結合部位を示す。nは重合度で40―2000の整数である。

【請求項2】
前記共重合体がブロック共重合体もしくはランダム共重合体である請求項1に記載の高分子ナノ粒子。
【請求項3】
前記共重合体中の一般式(1)で示されるポリマーの重合度mと一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体の重合度nの割合がモル比でm/n=0.05―1.2の範囲にある請求項1に記載の高分子ナノ粒子。
【請求項4】
請求項1に記載の共重合体中の前記一般式(1)で表される部位が、光照射により、下記一般式(3)もしくは下記一般式(4)で示されるポリマー、もしくはそれらの混合物に変換されることにより生成する共重合体からなる高分子ナノ粒子。
一般式(3)
【化3】


ここで、上記一般式(3)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は前記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。水酸基とアリル基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に隣接して結合している。
一般式(4)
【化4】

ここで、上記一般式(4)中、Rはラジカル重合開始剤残基である。*は前記一般式(2)で示されるポリマーとの結合部位を示す。mは重合度で50―120の整数である。水酸基はベンゼン環のオルト位、メタ位もしくはパラ位に結合している。
【請求項5】
請求項1に記載の共重合体中の前記一般式(1)で表される部位の光照射による前記一般式(3)もしくは前記一般式(4)で示されるポリマー、もしくはそれらの混合物への変換が、前記アリロキシ基の光転位に基づくものであることを特徴とする請求項4に記載の高分子ナノ粒子。
【請求項6】
請求項1に記載の共重合体中の前記一般式(1)で表される部位が、光照射により、前記一般式(3)もしくは前記一般式(4)で示されるポリマー、もしくはそれらの混合物に変換されることにより生成する共重合体が特定の溶媒中でミセル状の凝集体を形成することにより得られる高分子ナノ粒子。
【請求項7】
請求項6に記載の特定の溶媒が非極性炭化水素である高分子ナノ粒子。
【請求項8】
請求項6に記載のミセル状の凝集体の粒径が20―900ナノメートルの範囲にある請求項1に記載の高分子ナノ粒子。
【請求項9】
請求項6に記載のミセル状の凝集体であって、該凝集体の内核が前記一般式(3)もしくは前記一般式(4)で示されるポリマー、もしくはその混合物により形成され、かつ該凝集体の外殻が前記一般式(2)で示されるポリスチレン誘導体により形成される高分子ナノ粒子。
【請求項10】
前記アリロキシ基含有共重合体が光照射により形成する請求項1―9に記載の高分子ナノ粒子の製造法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−215389(P2009−215389A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59041(P2008−59041)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【Fターム(参考)】