説明

免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカー及びその使用方法並びに免疫介在性てんかんの検査キット

【課題】免疫介在性てんかんの早期診断を的確に行うためのSNPマーカーを提供する。
【解決手段】免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーであって、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つを含む。免疫介在性てんかんは、ラスムッセン症候群、脳炎後てんかん、ランドウ−クレフナー症候群(Landau-Kleffner-syndrome)、又は、ウエスト症候群(点頭てんかん)の何れかである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカー及びその使用方法並びに免疫介在性てんかんの検査キットに関する。
【背景技術】
【0002】
てんかんは、様々な原因によってもたらされる大脳の慢性疾患であり、大脳ニューロンの過剰な放電に由来する反復性の発作(てんかん発作)を特徴とし、それに変異に富んだ臨床及び検査所見の表出を伴う。
【0003】
てんかんの中には、感染症・ワクチン接種等を契機に自己免疫的機序が駆動され、自己抗体・自己分子をターゲットとする細胞傷害性T細胞、炎症性サイトカイン産生T細胞等が働いて生じる免疫介在性てんかんが存在する。
【0004】
この免疫介在性てんかんは難治であり、薬物や社会生活上の制約に起因する様々な障害が慢性的に蓄積して患者のQOLを大きく損なう傾向にある。免疫介在性てんかんの一つであるラスムッセン症候群では、例えば上気道炎等の先行感染があった後に、部分起始性の全般性強直間代発作や焦点運動発作でてんかんが発病し、その後抗てんかん薬治療にもかかわらず難治にてんかん発作が持続し、発病後2年くらいで特徴的な発作型である持続性部分てんかん(EPC:Epilepsia Partialis Continua)が半数以上の症例で起きる。EPCは局所のミオクロニーが何ヶ月〜何年にも渡って持続する重篤な状態で、初期には1肢に留まるが経過すると他側肢にも拡がる。そして発病後約3年で片麻痺・知的障害等が出現し、精神運動発達の回復は困難であり肢体不自由・知的障害の後遺症期に入る。
【0005】
また治療により仮に治癒したとしてもそれまで蓄積した神経心理学的障害が残る可能性があり、特に小児の場合は免疫介在性てんかんによって引き起こされた発達障害は深刻なものとなる。
【0006】
一方で、免疫介在性てんかんは、早期治療により発作が消失して回復する可能性もあり、免疫介在性てんかんの早期発見が重要となる。特許文献1には、KCND2遺伝子の塩基配列において、KCND2タンパク質のアミノ酸配列の変化を生じさせる変異の存在を検出するてんかんの遺伝的素因の検出方法が記載されている。また、特許文献2には、SPTAN1遺伝子が欠失しているか否か又は異常型SPTAN1をコードする遺伝子が存在するか否かを指標とする点頭てんかんの診断方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−124974号公報
【特許文献2】特開2011−000064号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記のてんかんの診断方法では、免疫介在性てんかんを的確に予測・診断するには充分ではなく、免疫介在性てんかんの早期診断を的確に行うための技術が望まれる。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、免疫介在性てんかんの的確な早期診断を可能とするSNPマーカー及びその使用方法並びに免疫介在性てんかんの検査キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るSNPマーカーは、免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーであって、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つを含む。ここで、「rs」は、米国バイオテクノロジー情報センター(National Center for Biotechnology Information;NCBI)SNPデータベースの番号である。
【0011】
前記免疫介在性てんかんは、例えば、ラスムッセン症候群、脳炎後てんかん、ランドウ−クレフナー症候群(Landau-Kleffner-syndrome)、又は、ウエスト症候群(点頭てんかん)の何れかである。
【0012】
また、本発明に係る検査キットは、免疫介在性てんかんの検査キットであって、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPマーカーのSNPをタイピングするためのポリヌクレオチド、プライマー、プローブ、及びマイクロアレイの少なくとも1つを含む。
【0013】
また、本発明に係るSNPマーカーの使用方法は、免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーの使用方法であって、前記SNPマーカーは、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPからなり、ヒト被験者から被検試料を準備する準備工程と、前記被検試料について前記SNPをタイピングするタイピング工程と、前記タイピング工程の結果に基づき免疫介在性てんかんの罹患又はリスクを判定する判定工程と、を含む。
【0014】
前記ヒト被験者は、日本人であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、免疫介在性てんかんの早期診断を的確に行うことができる。免疫介在性てんかんは、前駆期には免疫が介在しない通常のてんかんと区別が困難である。続く急性期はてんかん発作重積のため入院治療が必要であり、例えば持続ペントバルビタール療法、ステロイドパルス療法、てんかん外科療法等の高額な医療を必要とし、また発作が軽症化したとしてもリハビリ・療育といった後遺症に対するケアが不可欠で、患者自身のみならず患者家族にとっても肉体的・精神的・経済的負担は大きいが、本発明によれば、免疫介在性てんかんの早期診断が可能となるので、早期治療により重症化予防が可能となり、患者のQOLを大きく向上させることができ、これにより得られる社会的利益は計り知れない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0017】
本実施形態に係るSNPマーカーは、免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーであって、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つを含む。
【0018】
免疫調節遺伝子の一つであるCTLA4(Cytotoxic T-Lymphocyte Antigen 4)はCD152(Cluster of differentiation 152)とも呼ばれ、T細胞免疫を抑制的に制御する細胞表面蛋白として知られているが、免疫介在性てんかんの一つであるラスムッセン症候群では、患者CD8T細胞においてCTLA4遺伝子の発現が対照に比べて有意に低い。本発明者は、ラスムッセン症候群患者のゲノムDNAを用いてCTLA4遺伝子全長を両鎖ダイレクトシーケンス解析し、得られたシーケンスデータをリファレンス配列と比較してラスムッセン症候群のSNP頻度を比較したところ、CTLA4遺伝子エクソン1に存在するSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1に存在するSNP(rs231779)に日本人ゲノム頻度との比較で有意差を見いだし、係る新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0019】
SNP(Single Nucleotide Polymorphism:一塩基多型)とは、一般的には、遺伝子の塩基配列が一ヶ所だけ異なる状態及びその部位をいう。多型とは、一般的には、母集団中1%以上の頻度で存在する2以上の対立遺伝子(アレル)をいう。
【0020】
免疫介在性てんかんとは、グルタミン酸受容体(GluR)等の神経発現分子に対する自己抗体・細胞性自己免疫、サイトカイン、補体等による傷害によりてんかん発作、てんかん重積・知的退行・片麻痺等が起こる進行性の中枢神経疾患である。
【0021】
エクソンとは蛋白質をコードする領域であり、イントロンとはエクソン間に存在する非コード領域である。
【0022】
本発明において免疫介在性てんかんの診断とは、免疫介在性てんかんの罹患を判定することのみならず、免疫介在性てんかんに罹患するリスクを判定することをも意味する。
【0023】
免疫介在性てんかんは、特に限定されるものではないが、例えば、ラスムッセン症候群、脳炎後てんかん、ランドウ−クレフナー症候群(Landau-Kleffner-syndrome)、又は、ウエスト症候群(点頭てんかん)である。
【0024】
また、本実施形態に係るSNPマーカーの使用方法は、SNPマーカーは、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPからなり、(a)ヒト被験者から被検試料を準備する準備工程と、(b)被検試料についてSNPをタイピングするタイピング工程と、(c)タイピング工程の結果に基づき免疫介在性てんかんの罹患又はリスクを判定する判定工程と、を含む。
【0025】
(a)準備工程において被検試料は、例えば血液や体液等の生体試料や、そこから調製された核酸やゲノムDNA等が挙げられる。生体試料の採取方法、採取部位等は、特に制限されない。核酸やゲノムDNAの調製方法は公知の方法を適用できる。被検試料は、ヒトから得られたものであることが好ましく、ヒトとしては特に限定されないが、例えば日本人である。
【0026】
(b)タイピング工程では、本発明のSNPマーカーであるSNPをタイピングする。SNPのタイピングとは、ゲノム上の位置が明らかとなっているSNPの多型部位がどの塩基であるかを同定することであって、例えば、AとGとから構成されるSNPを対立遺伝子で見た場合、その被検試料の被検者の遺伝子型が、AA、AG、GGのいずれであるかを同定することをいう。SNPのタイピング方法は、特に制限されず、例えば、リアルタイムPCRと蛍光法とを組み合わせた方法(例えば、TaqMan(商標)PCR法等)、プライマー伸張法と蛍光法とを組み合わせた方法(DOLアッセイ、TDIアッセイ、Luminexアッセイ等)等が挙げられる。
【0027】
(c)判定工程において、タイピング工程の結果に基づき免疫介在性てんかんの罹患又は罹患のリスクを判定する。判定工程における判定では、SNP(rs231775)のSNPタイピングの結果、Gアレル又はGG型を保有している場合には、Aアレル又はAA型の保有者よりも、免疫介在性てんかんに罹患している又は罹患するリスクが高いと判定することができる。また、SNP(rs231779)のSNPタイピングの結果、Tアレル又はTT型を保有している場合には、Cアレル又はCC型の保有者よりも、免疫介在性てんかんに罹患している又は罹患するリスクが高いと判定することができる。後に示す表1に記載するように、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)のリスク多型をGG型、CTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)のリスク多型をTT型とすることが好ましい。
【0028】
次に、本実施形態に係る免疫介在性てんかんの検査キットは、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPマーカーのSNPをタイピングするためのポリヌクレオチド、プライマー、プローブ、及びDNAマイクロアレイの少なくとも1つを含む。
【0029】
SNPをタイピングするためのポリヌクレオチド、プライマー、プローブ及びマイクロアレイは、上記のSNPタイピング方法に適したものである。ポリヌクレオチドは、SNPのタイピングのためにプローブ及びプライマーの少なくとも一方として使用するポリヌクレオチドである。ポリヌクレオチドは、DNA、RNA、又はこれらの誘導体等をいい、一本鎖又は二本鎖である。ポリヌクレオチドは、例えば蛍光物質又はクエンチャーが結合されていてもよい。マイクロアレイは、上記ポリヌクレオチドのスポットが配置されたマイクロアレイである。マイクロアレイは、例えば、基板表面で直接プローブのポリヌクレオチドを合成する方法(オンチップ法)や、予め調製した本発明のプローブを基板表面に固定する方法等により製造される。
【実施例】
【0030】
ラスムッセン症候群の患者27名のゲノムDNAを用いてCTLA4遺伝子全長6175bpを両鎖ダイレクトシーケンス解析して分析した。得られたシーケンスデータをリファレンス配列と比較し変異塩基をリストアップし、ラスムッセン症候群のSNP頻度を求めた。そしてSNP頻度を国際HapMap計画による日本人遺伝子頻度と比較した。
【0031】
下記表1はラスムッセン症候群患者27名のCTLA4遺伝子のSNP頻度を示す。下記表2はSNP(rs231775)についてのアレル頻度を示す。下記表3はSNP(rs231779)についてのアレル頻度を示す。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
上記表1乃至表3に示すように、CTLA4遺伝子エクソン1に存在するSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1に存在するSNP(rs231779)に日本人ゲノム頻度との比較で有意差を見いだした。
【0036】
即ち、SNP(rs231775)のReferenceゲノムはAAであるが、ラスムッセン症候群患者と日本人とのゲノムを比較すると有意差(p=0.04)があり、ゲノム頻度傾向で見るとラスムッセン症候群は日本人に比べて有意にGを含むゲノムが多く(p=0.01)、アレル頻度を比較するとラスムッセン症候群は日本人に比べて有意にGが多かった(p<0.01)。
【0037】
また、SNP(rs231779)のReferenceゲノムはCCであるが、ラスムッセン症候群患者と日本人とのゲノムを比較すると有意差(p=0.04)があり、ゲノム頻度傾向で見るとラスムッセン症候群は日本人に比べて有意にTを含むゲノムが多く(p=0.02)、アレル頻度を比較するとラスムッセン症候群は日本人に比べて有意にTが多かった(p=0.01)。なお、rs231775とrs231779とはハロタイプを形成していた。
【0038】
ラスムッセン症候群では、エクソン1におけるSNP(rs231775)が有意に多く、CTLA4の転写・翻訳に影響し、CTLA4蛋白の発現量を低下させ、T細胞免疫の抑制的制御が低下している可能性がある。SNP(rs231775)がA/AのT細胞とG/GのT細胞とを比較すると、G/GではT細胞活性化刺激に対するCTLA4蛋白の増加反応が弱く、細胞内での分布もA/AのT細胞が均一であるのに対し、G/Gでは不均一であるという報告もある(Mathias Maurer,et al.,Immunogenetics (2002)54:1-8)。そのため、G/GではCTLA4活性が上昇しにくく、感染後のT細胞活性化状態が終息しないことにつながると考えられうる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
免疫介在性てんかんの治療及び免疫介在性てんかんの治療薬の製造開発の分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーであって、
CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つを含むSNPマーカー。
【請求項2】
前記免疫介在性てんかんは、ラスムッセン症候群、脳炎後てんかん、ランドウ−クレフナー症候群(Landau-Kleffner-syndrome)、又は、ウエスト症候群(点頭てんかん)の何れかである請求項1記載のSNPマーカー。
【請求項3】
免疫介在性てんかんの検査キットであって、
CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPマーカーのSNPをタイピングするためのポリヌクレオチド、プライマー、プローブ、及びマイクロアレイの少なくとも1つを含む検査キット。
【請求項4】
免疫介在性てんかんの診断のためのSNPマーカーの使用方法であって、
前記SNPマーカーは、CTLA4遺伝子エクソン1におけるSNP(rs231775)及びCTLA4遺伝子イントロン1におけるSNP(rs231779)の少なくとも何れか1つからなるSNPからなり、
ヒト被験者から被検試料を準備する準備工程と、
前記被検試料について前記SNPをタイピングするタイピング工程と、
前記タイピング工程の結果に基づき免疫介在性てんかんの罹患又はリスクを判定する判定工程と、を含むSNPマーカーの使用方法。
【請求項5】
前記ヒト被験者は、日本人である請求項4記載のSNPマーカーの使用方法。

【公開番号】特開2012−249554(P2012−249554A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−123092(P2011−123092)
【出願日】平成23年6月1日(2011.6.1)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】