説明

免疫疾患モデルマウスとしてのCbfβ2アイソフォーム欠損マウスの作製

【課題】Runxの解析に有用なモデル動物の提供、並びに当該モデル動物より得られた知見の創薬への応用。
【解決手段】Cbfβアイソフォーム、特にCbfβ2を特異的に欠損する、非ヒト動物;Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する、細胞;Cbfβ2の発現又は機能を促進し得る物質を含む、炎症性腸疾患又は喘息の予防・治療剤;Cbfβ2の発現又は機能を調節し得る物質を含む、細胞浸潤の調節剤;炎症性腸疾患及び/又は喘息を予防・治療し得る物質、並びに細胞浸潤を調節し得る物質のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒト動物、細胞及びターゲティングベクター、並びに炎症性腸疾患又は喘息の予防・治療剤及びそのスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
Runx転写因子ファミリーは生物種を超えて良く保存されている核内転写因子ファミリーであり、Rnux1〜3が知られている。Runxファミリーの変異は白血病等のがんで高頻度に認められ、またその結合配列のSNPがリウマチやSLEといった自己免疫疾患の発症と相関する事が報告され、Runxファミリーとヒト疾患の関係が注目されている。ヒト疾患の病理を研究するには小動物のモデルが有用なのは言うまでもないが、Runxファミリー遺伝子のヌル変異をホモに持つマウスは全て胎生致死のため、このようなマウスをがんや免疫疾患の研究に利用することはできない。
【0003】
Cbfβ(core binding factor β)タンパク質は、Runx転写因子ファミリーの機能に必須の共通のβサブユニットであり、RNAスプライシングにより一つのCbfβ遺伝子より2種類のアイソフォームタンパク(Cbfβ1タンパク質、Cbfβ2タンパク質)が産生される。ところが、Cbfβ遺伝子のヌル変異をホモに持つマウスは胎生致死のため(非特許文献1、2)、このようなマウスもまた、Runxの研究に利用することはできない。
【非特許文献1】Sasaki et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA 93(22): 12359-63 (1996)
【非特許文献2】Wang et al., Cell 87(4): 697-708 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の目的は、Runxの解析に有用なモデル動物を提供すること、並びに当該モデル動物より得られた知見を創薬に応用することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
遺伝子標的法はヌル変異を導入するだけでなく、エクソンやシス制御領域に特異な変異を導入することもできる。上述の様に、Cbfβタンパク質には2種類のアイソフォーム(Cbfβ1タンパク質、Cbfβ2タンパク質)が存在し、共通のCbfβ遺伝子より異なるRNAスプライシングにより産生される。つまり理論的には、遺伝子標的法を用いCbfβ遺伝子座のスプライシングドナーシグナルに変異を導入すれば、Cbfβ1とCbfβ2のそれぞれを特異的に欠損するマウスを作製することができると考えられる。そこで、本発明者らは、Cbfβ1タンパク質及びCbfβ2タンパク質の生理機能を明らかにする目的で、遺伝子標的法によりスプライシングドナーシグナルに特異的な変異を導入することにより、Cbfβアイソフォームを特異的に欠損するマウス(Cbfβ1欠損マウス、Cbfβ2欠損マウス)を作製した。その結果、Cbfβアイソフォーム欠損マウスは共に正常に出生・発育することから、Cbfβ1タンパク質及びCbfβ2タンパク質はマウスの初期発生には互いに相補的な機能を有し得ることが判明した。また、重要なことに、本発明者は、Cbfβ2欠損マウスが喘息様の疾患(好酸球様細胞の胚への浸潤、血清IgEの高値)並びに炎症性腸疾患(IBD)を生じることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の発明などを提供する:
〔1〕Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する、非ヒト動物。
〔2〕CbfβアイソフォームがCbfβ2である、上記〔1〕の動物。
〔3〕炎症性腸疾患及び/又は喘息のモデル動物である、上記〔2〕の動物。
〔4〕Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する、細胞。
〔5〕ターゲティングベクターであって、
Cbfβ遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチドを含み、該ポリヌクレオチドのうち少なくとも一方は、Cbfβ遺伝子のスプライシングドナーシグナルを含み、かつ該シグナルにおいて、少なくとも1つのCbfβアイソフォームを生じるスプライシングを不能とするような変異を含む、ターゲティングベクター。
〔6〕Cbfβ2の発現又は機能を促進し得る物質を含む、炎症性腸疾患又は喘息の予防・治療剤。
〔7〕Cbfβ2の発現又は機能を調節し得る物質を含む、細胞浸潤の調節剤。
〔8〕以下の工程(a)、(b)を含む、炎症性腸疾患又は喘息を予防・治療し得る物質のスクリーニング方法:
(a)被験物がCbfβの発現又は機能を促進するか否かを評価する工程;
(b)Cbfβの発現又は機能を促進する被験物を、炎症性腸疾患又は喘息を予防・治療し得る物質として選択する工程。
〔9〕以下の工程(a)、(b)を含む、細胞浸潤を調節し得る物質のスクリーニング方法:
(a)被験物がCbfβの発現又は機能を調節するか否かを評価する工程;
(b)Cbfβの発現又は機能を調節する被験物を、細胞浸潤を調節し得る物質として選択する工程。
【発明の効果】
【0007】
本発明の動物および動物細胞は、例えば、炎症性腸疾患、喘息のモデル動物およびモデル細胞として有用である。本発明の動物および動物細胞はまた、Runxファミリー遺伝子及び/又はCbfβ遺伝子の解析、並びに炎症性腸疾患、喘息等の疾患の予防・治療剤の開発などに有用である。
本発明の剤は、例えば、試薬又は医薬として有用である。より詳細には、本発明の剤は、細胞浸潤の調節、並びに炎症性腸疾患、喘息等の疾患の予防・治療などに有用である。
本発明のスクリーニング方法は、試薬又は医薬の開発に有用である。より詳細には、本発明のスクリーニング方法は、細胞浸潤を調節し得る物質、並びに炎症性腸疾患、喘息等の疾患の予防・治療薬などの開発に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する非ヒト動物を提供する。
【0009】
本発明の動物の作製に用いられる動物は、複数のCbfβアイソフォームを発現しているものである限り特に限定されず、例えば、げっ歯類(例、マウス、ラット)等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類の他、ゼブラフィッシュなどが挙げられる。また、上記動物に限らず、ヒトにおいても複数のCbfβアイソフォームが発現していることが知られている(例、Cbfβ1についてはGenBank登録番号:NM_022845、Cbfβ2についてはGenBank登録番号:NM_001755を参照)。本発明の動物は、複数のCbfβアイソフォームのうち、少なくとも1つのCbfβアイソフォームを欠損するものである。本明細書中では、このような欠損を、必要に応じて「特異的」な欠損と表現することがある。
【0010】
本発明の動物の作製に際しては、例えば、Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する胚性幹細胞が先ず作製される。このような幹細胞は、例えば、下記の工程(a)〜(b)を含む方法により製造できる。
(a)本発明のターゲティングベクターを動物細胞に導入する工程;
(b)該ターゲティングベクターを導入した細胞から、相同組換えを生じた胚性幹細胞を選別する工程。
【0011】
上記方法の工程(a)では、本発明のターゲティングベクターとして、Cbfβアイソフォームの特異的な欠損を引き起こすような相同組換えを誘導し得るターゲティングベクターが用いられ得る。このようなターゲティングベクターは、Cbfβ遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチド(該ポリヌクレオチドのうち少なくとも一方は、Cbfβ遺伝子のスプライシングドナーシグナルを含み、かつ該シグナル(例、GT配列)において、少なくとも1つのCbfβアイソフォームを生じるスプライシングを不能とするような変異を含む)、並びに必要に応じて選択マーカーを含む。第一および第二のポリヌクレオチドは、Cbfβを含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一および第二のポリヌクレオチドは、特定のCbfβアイソフォームの特異的な欠損がもたらされるように選択される。選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカー(例、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子)、ネガティブ選択マーカー(例、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子)などが挙げられる。ターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、または両方を含むことができる。ターゲティングベクターはまた、2以上のリコンビナーゼ標的配列(例、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列)を含んでいてもよい。
【0012】
ターゲティングベクターを胚性幹細胞に導入する方法としては、自体公知の方法が用いられ得る。このような方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法/リポソーム法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。ターゲティングベクターが細胞中に導入されると、当該細胞中でCbfβ遺伝子を含むゲノムDNAの相同組換えが生じる。
【0013】
ターゲティングベクターが導入される胚性幹細胞としては、自体公知の方法で作製したもの、あるいは市販のもの、又は所定の機関より入手可能なものを使用できる。例えば、ターゲティングベクターが導入される動物細胞として胚性幹細胞を使用する場合、胚性幹細胞は、任意の動物の胚盤胞から分離した内部細胞塊をフィーダー細胞上で培養することにより樹立してもよいが、市販または所定の機関より既存の胚性幹細胞を入手できる。既存のマウス胚性幹細胞としては、例えば、E14細胞、ES−D3細胞、ES−E14TG2a細胞、SCC−PSA1細胞、TT2細胞、AB−1細胞、J1細胞、R1細胞、RW−4細胞などが挙げられる。また、胚性幹細胞としては、現時点で、マウス胚性幹細胞以外に、ヒト、ミンク、ハムスター、ブタ、ウシ、マーモセット、アカゲザル等の哺乳動物由来のものなどが樹立されているので、これらを用いることもできる。
【0014】
上記方法の工程(b)では、相同組換えが生じた胚性幹細胞を選別するため、ターゲティングベクター導入後の細胞がスクリーニングされる。例えば、ポジティブ選別、ネガティブ選別等により選別を行った後に、遺伝子型に基づくスクリーニング(例えば、PCR法、サザンブロットハイブリダイゼーション法)を行う。また、組換え胚性幹細胞の核型分析をさらに行うことも好ましい。核型分析では、選別された組換え胚性幹細胞において染色体異常がないことが確認される。核型分析は、自体公知の方法により行うことができる。なお、胚性幹細胞の核型は、ターゲティングベクターの導入前に予め確認しておくことが好ましい。
【0015】
本発明の動物は、上記のように得られた胚性幹細胞を下記の工程(a)〜(c)に供することにより作製できる:
(a)該胚性幹細胞を胚に導入し、キメラ胚を得る工程;
(b)該キメラ胚を動物に移植し、キメラ動物を得る工程;
(c)該キメラ動物を交配させ、Cbfβアイソフォーム欠損動物を得る工程。
【0016】
上記方法の工程(a)では、胚が由来する動物種は、本発明の動物種と同様であり得、また、導入される胚性幹細胞が由来する動物種と同一であることが好ましい。胚としては、例えば胚盤胞、8細胞期胚などが挙げられる。胚はホルモン剤(例えばFSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)等により過排卵処理を施した雌動物を、雄動物と交配させること等により得ることができる。胚性幹細胞を胚に導入する方法としては、マイクロマニピュレーション法、凝集法などが挙げられる。
【0017】
上記方法の工程(b)では、キメラ胚が動物の子宮に移入され得る。キメラ胚が移植される動物は好ましくは偽妊娠動物である。偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮等により去勢した雄動物と交配することにより得ることができる。キメラ胚が導入された動物は、妊娠し、キメラ動物を出産する。
【0018】
次いで、出生した動物がキメラ動物か否かが確認される。出生した動物がキメラ動物であるか否かは自体公知の方法により確認でき、例えば、体色や被毛色で判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRアッセイを行ってもよい。
【0019】
上記方法の工程(c)では、工程(b)で得られたキメラ動物が成熟した後に交配させる。交配は好ましくは、野生型動物とキメラ動物との間で、又はキメラ動物同士で行われ得る。Cbfβアイソフォーム欠損が、キメラ動物の生殖系列細胞へ導入され、Cbfβアイソフォーム欠損ヘテロ接合体子孫が得られたか否かは、自体公知の方法により種々の形質を指標として確認でき、例えば、子孫動物の体色や被毛色により判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット解析やPCRアッセイを行ってもよい。さらに、このようにして得られたCbfβアイソフォーム欠損ヘテロ接合体同士を交配させることにより、Cbfβ欠損ホモ接合体を作製できる。
【0020】
一般的に、ノックアウト動物の作製の過程では、胚性幹細胞に由来する遺伝子と、交配に用いた動物に由来する遺伝子とが交雑した遺伝子型を有する子孫動物が得られるため、結果としてCbfβアイソフォームが欠損することのみによる特有の効果を調べることが困難となってしまう場合がある。そこで、Cbfβアイソフォーム欠損特有の効果のみをより適切に抽出するために、得られたCbfβアイソフォーム欠損動物(ヘテロ接合体またはホモ接合体)を純系の動物系統と、5世代〜8世代程度にわたり戻し交配することが好ましい。また、自然交配のみにより戻し交配を行うと長い年月がかかる場合があるので、世代交代を早めたい場合には体外受精技術を適宜用いることもできる。
【0021】
本発明はまた、Cbfβアイソフォームを欠損する動物細胞を提供する。本発明の動物細胞は、ヒトを含む任意の動物(ヒト以外の動物については、例えば、上述の動物を参照)に由来する細胞であり得る。本発明の動物細胞はまた、任意の組織に由来する細胞であり得、例えば、Cbfβ遺伝子が発現している体細胞、精原細胞、精子、卵子等の生殖系列細胞、並びに胚性幹細胞などが挙げられるが、好ましくはCbfβを天然で発現している組織(例、脳、消化管)由来の細胞又はCbfβを天然で発現している細胞(例、リンパ球を始めとする血球系細胞)であり得る。本発明の動物細胞はまた、初代培養細胞、細胞株のいずれであってもよい。
【0022】
本発明の動物細胞は、本発明の動物から単離できる。本発明の動物はCbfβアイソフォームを特異的に欠損しているので、本発明の動物から単離された細胞もまた、Cbfβアイソフォームの特異的欠損を含む。また、本発明の動物から単離された細胞を、遺伝子工学的手法等の方法により改変してもよい。細胞の単離および改変は、自体公知の方法により行うことができる(例えば、Current Protocols in Cell Biology, John Wiley & Sons, Inc.(2001);機能細胞の分離と培養,丸善書店 (1987) 参照)。
【0023】
本発明の動物および動物細胞は、例えば、炎症性腸疾患、喘息のモデル動物およびモデル細胞として有用である。本発明の動物および動物細胞はまた、Runxファミリー遺伝子及び/又はCbfβ遺伝子の解析、並びに炎症性腸疾患、喘息等の疾患の予防・治療剤の開発などに有用である。例えば、本発明の動物における遺伝子発現を網羅的に解析することで、炎症性腸疾患、喘息を始めとする病的表現型に関与する他の遺伝子(例えば、Cbfβ遺伝子の発現様式と連動する発現様式を示す遺伝子)の同定が可能となる。この場合、例えば、本発明の動物および動物細胞において、遺伝子発現の網羅的解析を可能にする手段(例えば、マイクロアレイ)により遺伝子発現プロフィールが測定され、野生型動物又は他の疾患モデル動物等のコントロール動物(同種又は異種動物)の遺伝子発現プロフィールと比較される。また、本発明の動物および動物細胞(必要に応じて被験物質が投与または接触され得る)の発現プロフィールを経時的に追跡し、疾患の状態と発現プロフィールの変化との連動性を評価することもできる。
【0024】
本発明はまた、Cbfβの発現又は機能を調節し得る物質を含む、細胞浸潤の調節剤、並びにCbfβの発現又は機能を調節し得る物質として、Cbfβの発現又は機能を促進し得る物質を含む、炎症性腸疾患又は喘息等の疾患の予防・治療剤を提供する。本発明の調節剤及び予防・治療剤では、発現又は機能が調節されるCbfβとしては、CbfβアイソフォームのうちCbfβ2が好ましい。
【0025】
一実施形態では、Cbfβの発現又は機能を調節し得る物質は、Cbfβの発現又は機能を促進し得る物質であり得る。Cbfβの発現又は機能を促進し得る物質としては特に限定されないが、例えば、Cbfβタンパク質、Cbfβ発現ベクター、低分子化合物が挙げられる。本明細書では、上述の通り、Cbfβタンパク質自体の補充、及びCbfβ発現ベクターによるCbfβタンパク質の補充もまた、Cbfβの発現の促進と解釈するものとする。
【0026】
別の実施形態では、Cbfβの発現又は機能を調節し得る物質は、Cbfβの発現又は機能を抑制し得る物質であり得る。Cbfβの発現又は機能を抑制し得る物質としては特に限定されないが、例えば、Cbfβに対するターゲティングベクター、アンチセンス核酸、リボザイム、RNAi誘導核酸(例、siRNA)、それらの発現ベクター、並びに低分子化合物が挙げられる。
【0027】
上記の物質を発現ベクターの形態で用いる場合、そのような発現ベクターは、上記の物質が、投与対象である哺乳動物の細胞内でプロモーター活性を発揮し得るプロモーターに機能的に連結されていなければならない。使用されるプロモーターは、投与対象である哺乳動物で機能し得るものであれば特に制限されず、例えば、SV40由来初期プロモーター、サイトメガロウイルスLTR、ラウス肉腫ウイルスLTR、MoMuLV由来LTR、アデノウイルス由来初期プロモーター等のウイルスプロモーター、ならびにβ−アクチン遺伝子プロモーター、PGK遺伝子プロモーター、トランスフェリン遺伝子プロモーター等の哺乳動物の構成蛋白質遺伝子プロモーターなどが挙げられる。また、浸潤能を有する上述の細胞に特異的なプロモーターを用いてもよい。
【0028】
発現ベクターは、好ましくは核酸分子をコードするオリゴ(ポリ)ヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含む。さらに、形質転換細胞選択のための選択マーカー遺伝子(テトラサイクリン、アンピシリン、カナマイシン、ハイグロマイシン、ホスフィノスリシン等の薬剤に対する抵抗性を付与する遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)をさらに含むこともできる。
【0029】
発現ベクターとして使用される基本骨格のベクターは、プラスミドまたはウイルスベクターであり得るが、ヒト等の哺乳動物への投与に好適なベクターとしては、アデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス、レンチウイルス、エプスタイン・バー・ウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
【0030】
本発明の剤は、任意の担体、例えば医薬上許容され得る担体を含むことができる。医薬上許容され得る担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリプロピルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックスなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0031】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水のような希釈液に有効量の物質を溶解させた液剤、有効量の物質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、サッシェ剤または錠剤、適当な分散媒中に有効量の物質を懸濁させた懸濁液剤、有効量の物質を溶解させた溶液を適当な分散媒中に分散させ乳化させた乳剤、あるいは散剤、顆粒剤等である。
【0032】
非経口的な投与(例、静脈内注射、皮下注射、筋肉注射、局所注入など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容され得る担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0033】
本発明の剤の投与量は、有効成分の活性や種類、投与様式(例、経口、非経口)、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって異なり一概に云えないが、通常、成人1日あたり約0.001mg〜約5.0g/kgである。
【0034】
本発明の剤は、例えば、試薬又は医薬として有用である。例えば、本発明の剤は、有効成分としてCbfβの発現又は機能を促進し得る物質を含む場合、浸潤能を有する細胞の浸潤の抑制、あるいは炎症性腸疾患(例、潰瘍性大腸炎、クローン病)、喘息等の疾患の予防・治療などに使用され得る。
【0035】
本発明は、被験物がCbfβの発現又は機能を調節し得るか否かを評価することを含む、細胞浸潤を調節し得る物質又は炎症性腸疾患、喘息等の疾患を予防・治療し得る物質のスクリーニング方法、ならびに当該スクリーニング方法により得られる物質、および当該物質を含む剤(または組成物)を提供する。本発明のスクリーニング方法では、発現又は機能の調節が評価されるCbfβとしては、CbfβアイソフォームのうちCbfβ2が好ましい。
【0036】
スクリーニング方法に供される被験物は、いかなる化合物または組成物であってもよく、例えば、核酸(例、ヌクレオシド、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド)、糖質(例、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖)、脂質(例、飽和または不飽和の直鎖、分岐鎖および/または環を含む脂肪酸)、アミノ酸、タンパク質(例、オリゴペプチド、ポリペプチド)、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、天然成分(例、微生物、動植物、海洋生物等由来の成分)、あるいは食品、飲料水等が挙げられる。
【0037】
本発明のスクリーニング方法は、被験物がCbfβの発現又は機能を調節し得るか否かを評価可能である限り、如何なる形態でも行われ得る。例えば、本発明のスクリーニング方法は、1)Cbfβの発現を測定可能な細胞を用いたCbfβの発現の測定、2)Cbfβの機能を測定可能な再構成系を用いたCbfβの機能の測定、3)Cbfβ発現細胞を用いたCbfβの機能の測定、4)動物を用いたCbfβの発現又は機能の測定などに基づき行われ得る。
【0038】
上記1)において、Cbfβの発現を測定可能な細胞を用いるスクリーニング方法は、例えば、下記の工程(a)〜(c)を含み得る:
(a)被験物とCbfβの発現を測定可能な細胞とを接触させる工程;
(b)被験物を接触させた細胞におけるCbfβの発現量を測定し、該発現量を被験物を接触させない対照細胞におけるCbfβの発現量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Cbfβの発現量を調節する被験物を選択する工程。
【0039】
上記方法の工程(a)では、被験物がCbfβの発現を測定可能な細胞と接触条件下におかれる。Cbfβの発現を測定可能な細胞に対する被験物の接触は、培地中で行われ得る。
【0040】
Cbfβの発現を測定可能な細胞とは、Cbfβの産物(例、転写産物、翻訳産物)の発現レベルを直接的または間接的に評価可能な細胞をいう。Cbfβの産物の発現レベルを直接的に評価可能な細胞は、Cbfβ発現細胞であり得、一方、Cbfβの産物の発現レベルを間接的に評価可能な細胞は、Cbfβ遺伝子の転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞であり得る。Cbfβの発現を測定可能な細胞は、上述した動物の細胞であり得る。
【0041】
Cbfβ発現細胞は、Cbfβを潜在的に発現するものである限り特に限定されない。かかる細胞は、当業者であれば容易に同定でき、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株、市販の細胞株、セルバンクより入手可能な細胞株などを使用できる。また、Cbfβ発現細胞としては、Cbfβを天然で発現している上述の組織由来の細胞又はCbfβを天然で発現している上述の細胞を使用することもまた好ましい。また、炎症性腸疾患、喘息等の疾患のモデル動物(例、本発明の動物、実験的喘息誘発モデル動物)由来の細胞を用いてもよい。
【0042】
Cbfβ遺伝子の転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞は、Cbfβ遺伝子の転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子を含む細胞である。Cbfβ遺伝子の転写調節領域、レポーター遺伝子は、発現ベクター中に挿入され得る。Cbfβ遺伝子の転写調節領域は、Cbfβの発現を制御し得る領域である限り特に限定されないが、例えば、各Cbfβ遺伝子の転写開始点から上流約2kbpまでの領域、あるいは該領域の塩基配列において1以上の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列からなり、且つこれらのCbfβの転写を制御する能力を有する領域などが挙げられる。レポーター遺伝子は、検出可能なタンパク質または検出可能な物質を生成する酵素をコードする遺伝子であればよく、例えばGFP(緑色蛍光タンパク質)遺伝子、GUS(β−グルクロニダーゼ)遺伝子、LUC(ルシフェラーゼ)遺伝子、CAT(クロラムフェニコルアセチルトランスフェラーゼ)遺伝子等が挙げられる。
【0043】
Cbfβ遺伝子の転写調節領域、当該領域に機能可能に連結されたレポーター遺伝子が導入される細胞は、Cbfβ遺伝子の転写調節機能を評価できる限り、即ち、該レポーター遺伝子の発現量が定量的に解析可能である限り特に限定されない。しかしながら、Cbfβに対する生理的な転写調節因子を発現し、Cbfβの発現調節の評価により適切であると考えられることから、該導入される細胞としては、Cbfβ発現細胞が好ましい。
【0044】
被験物とCbfβの発現を測定可能な細胞とが接触される培地は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地などである。培養条件もまた、用いられる細胞の種類などに応じて適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0045】
上記方法の工程(b)では、先ず、被験物を接触させた細胞におけるCbfβの発現量が測定される。発現量の測定は、用いた細胞の種類などを考慮し、上述した自体公知の方法により行われ得る。また、Cbfβの発現を測定可能な細胞として、Cbfβ転写調節領域についてレポーターアッセイを可能とする細胞を用いた場合、発現量は、レポーターのシグナル強度に基づき測定され得る。
【0046】
次いで、被験物を接触させた細胞におけるCbfβの発現量が、被験物を接触させない対照細胞におけるCbfβの発現量と比較される。発現量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物を接触させない対照細胞におけるCbfβの発現量は、被験物を接触させた細胞におけるCbfβの発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0047】
上記方法の工程(c)では、Cbfβの発現量を調節する被験物が選択される。例えば、Cbfβの発現量を増加させる(発現を促進する)被験物は、浸潤能を有する細胞の浸潤の抑制、あるいは炎症性腸疾患、喘息等の疾患の予防・治療などに有用である。
【0048】
上記2)において、Cbfβの機能を測定可能な再構成系とは、Cbfβ(タンパク質)およびその共役因子を含む、被験物によるCbfβの機能調節能を評価可能な非培養細胞系をいう。再構成系を用いる本発明のスクリーニング方法は、例えば、下記の工程(a)〜(c)を含み得る:
(a)被験物、ならびにCbfβ(タンパク質)およびその共役因子を接触させる工程;
(b)被験物を接触させた場合におけるCbfβおよびその共役因子を含む複合体量を測定し、該量を被験物を接触させない場合の該複合体量と比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Cbfβの機能を調節する被験物を選択する工程。
【0049】
上記方法の工程(a)では、Cbfβおよびその共役因子を含む複合体の形成が可能であるアッセイ系において、被験物、Cbfβおよびその共役因子が接触される。共役因子としては、例えば、Runx(例、Runx1、3)、Crl−1、TLEが挙げられる。なお、Cbfβおよびその共役因子の一方または双方は、それらの複合体の検出を容易にするため標識されていてもよい。標識としては、例えば、蛍光物質等の標識用物質による標識の他、レポーター遺伝子によりコードされ得るタンパク質との融合が挙げられる。また、本アッセイ系では、Cbfβおよび/またはその共役因子を含む細胞ホモジネート(例、Cbfβ発現ベクターおよび/またはCbfβの共役因子の発現ベクターをトランスフェクトした細胞のホモジネート)も使用することができる。
【0050】
上記方法の工程(b)では、先ず、被験物を接触させた場合における複合体量が測定される。複合体量の測定は、自体公知の方法により行うことができ、例えば、免疫学的手法(例、免疫沈降法、ELISA)、表面プラズモン共鳴を利用する相互作用解析法(例、BiacoreTMの使用)が挙げられる。
【0051】
次いで、被験物を接触させた場合の複合体量が、被験物を接触させない場合の複合体量と比較される。複合体量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物を接触させない場合の複合体量は、被験物を接触させた場合の複合体量の測定に対し、事前に測定した複合体量であっても、同時に測定した複合体量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した複合体量であることが好ましい。
【0052】
上記方法の工程(c)では、複合体量を調節する被験物が選択される。例えば、Cbfβの複合体量を増加させる(複合体の形成を促進する)、またはCbfβの複合体量を減少させる(複合体の形成を抑制する)被験物は、例えば、上述した疾患の予防・治療に、あるいは浸潤能を有する細胞の浸潤の調節に有用である。
【0053】
上記3)において、Cbfβ発現細胞を用いるCbfβの機能レベルを測定するスクリーニング方法は、例えば、下記の工程(a)〜(c)を含み得る:
(a)被験物とCbfβ発現細胞とを接触させる工程;
(b)被験物を接触させた細胞におけるCbfβの機能レベルを測定し、該機能レベルを被験物を接触させない対照細胞における機能レベルと比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Cbfβの機能レベルを調節する被験物を選択する工程。
【0054】
上記方法の工程(a)では、被験物がCbfβ発現細胞と接触条件下におかれる。Cbfβ発現細胞に対する被験物の接触は、培地中で行われ得る。ここで用いられるCbfβ発現細胞は、タンパク質レベルでのCbfβのアッセイが可能な程度にCbfβを発現し得る細胞であり得る。このようなCbfβ発現細胞の好ましい例としては、Cbfβ発現ベクターおよび/またはCbfβの共役因子の発現ベクターがトランスフェクトされた細胞が挙げられる。Cbfβ発現細胞に対する被験物の接触は、培地中で行われ得る。
【0055】
上記方法の工程(b)では、先ず、被験物を接触させた細胞におけるCbfβの機能レベルが測定される。Cbfβの機能レベルは、例えば、上記2)の方法の他、ツーハイブリッドシステムにより、あるいは蛍光タンパク質との融合により可視化したタンパク質を共焦点顕微鏡下で観察することにより測定できる。なお、本工程(b)における機能レベルの比較、および上記方法の工程(c)は、上記方法2)と同様に行われ得る。
【0056】
上記4)において、動物を用いる本発明のスクリーニング方法は、例えば、下記の工程(a)〜(c)を含み得る:
(a)被験物を動物に投与する工程;
(b)被験物を投与した動物におけるCbfβの発現量または機能レベルを測定し、該発現量を被験物を投与しない対照動物におけるCbfβの発現量または機能レベルと比較する工程;
(c)上記(b)の比較結果に基づいて、Cbfβの発現量または機能レベルを調節する被験物を選択する工程。
なお、本方法論は、(b)および(c)の工程のみを必須とすることもできる。
【0057】
上記方法の工程(a)では、動物として、例えば、上述の疾患モデル動物が使用される。被験物の動物への投与は自体公知の方法により行われ得る。
【0058】
上記方法の工程(b)では、Cbfβの発現量または機能レベルの測定は自体公知の方法により測定され得る。例えば、動物から単離または採取された、Cbfβを天然で発現している組織又は細胞におけるCbfβの発現量または機能レベルが、上記1)〜3)の方法の工程(b)と同様の方法論により測定され得る。本工程(b)における発現量の比較および上記方法の工程(c)もまた、上記1)〜3)の方法論と同様に行われ得る。
【0059】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0060】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0061】
実施例1:Cbfβ2アイソフォーム欠損マウスの作製
Cbfβ遺伝子からは、RNAスプライシングにより2種類のアイソフォームタンパク質(Cbfβ1タンパク質、Cbfβ2タンパク質)が産生される。Cbfβ遺伝子のエクソン5には異なるスプライシングドナーシグナルが存在する。Cbfβ1をコードするmRNAは5’側のスプライシングドナーからエクソン6へスプライシングし、Cbfβ2をコードするmRNAは3’側のスプライシングドナーからエクソン6へスプライシングする(図1A参照)。この時、それぞれは異なるフレームでエクソン6にジョイントする為、Cbfβ1とCbfβ2は異なるC末端アミノ酸配列を持つこととなる。興味深いことに、Cbfβ2と特異的に会合する分子としてCrl−1が同定されており(Mech Dev. 104: 151 (2001) 参照)、Cbfβ1とCbfβ2は異なる生理作用を持つ可能性が考えられた。そこで、それぞれの生理作用を明らかにすることを第一の目的として、Cbfβ1とCbfβ2を特異的に欠損するマウスを作製し、解析した。
スプライシングドナーシグナルでは5’側のGT配列が必須と考えられていることより、Cbfβ1又はCbfβ2へのスプライシングドナーシグナルのGT配列に特異的な変異(Cbfβ1KO変異とCbfβ2KO変異)を導入することを目的にターゲットベクターを構築した(図1B)。それぞれのベクターをES細胞株であるE14細胞にトランスフェクションし、薬剤で選別した後、相同組換えをおこしCbfβ遺伝子座に目的の変異が導入できたクローンを同定した(図1C)。ES細胞内で一過性にCreリコンビネースを発現させ薬剤耐性遺伝子カセットを除去した後、ブラストシストへインジェクションし、キメラマウスを作製し、野生型マウスとの交配により、Cbfβ1KO変異とCbfβ2KO変異を持つマウス系統を樹立し、さらにヘテロマウスを交配することで、Cbfβ1KO変異或はCbfβ2KO変異をホモに持つマウス(Cbfβ1KOマウスとCbfβ2KOマウス)を作製した。Cbfβ1KOマウスとCbfβ2KOマウス由来の細胞を用いて、Cbfβ1とCbfβ2の発現をRNAレベルとタンパクレベルで解析した所、Cbfβ1KOマウスとCbfβ2KOマウスはそれぞれ、Cbfβ1とCbfβ2を欠損していることが確認出来た(図1D、E)。
【0062】
実施例2:Cbfβ2アイソフォーム欠損マウスの解析
次に、Cbfβ2アイソフォーム欠損マウスを解析した。Cbfβタンパクを欠損するマウスは胎児期13日頃に致死であるが、Cbfβ1欠損マウスとCbfβ2欠損マウスは正常に出生し、ほぼ正常に発育することより、マウスの初期発生にはCbfβ1又はCbfβ2のどちらかがあれば十分であり、Cbfβ1とCbfβ2はマウスの初期発生においては機能相補性を持つと考えられた。
ところが、Cbfβ2欠損マウスはTリンパ球を初めとする免疫細胞の発生・分化に異常を来たし、血清IgE、IgAの高値が認められ、肺には好酸球様細胞の浸潤が認められた(図2)。また、大腸を中心に小腸を含む腸管に広範囲にIgA陽性の形質細胞様の細胞の浸潤が認められ(図2)、炎症性腸疾患(IBD)が発症する事が判明した。IBDの発症時期は細胞浸潤で見る限り、4−6週令という早い時期から見られるもので、またほぼ100%のCbfβ2欠損マウスに認められた。IBDをきたす遺伝子変異マウスは他にも幾つか知られているが、このような早期に発症し、発症率が100%近いものは非常に稀であり、若年層で発症がみられるヒトIBDのモデルマウスとして有用であると考えられた。また、細胞浸潤のみならず、IgEの高値やTh2優位な免疫応答が観察されており、喘息様疾患の発症に関しても、ヒトの病態に則したモデルマウスとなると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1A】RNAスプライシングによるCbfβ1とCbfβ2アイソフォームタンパクの産生を示す図である。RDRSHREEMEARRQQDPSPGSNLGGGDDLKLR(配列番号1)RDRSHREEMEVRVSQLLAVTGKKTARP(配列番号2)
【図1B】遺伝子標的法を用いたスプライシングドナーシグナルへの特異的変異の導入の概要を示す図である。Sc:SacI;K:KpuI;RI:EcoRI;S:SalIGAGGTGAGAGTTT(配列番号3)GAGCTGAGAGTTT(配列番号4)AGTAACTGgttagt(配列番号5)AGTAACTGaattct(配列番号6)EVRV(配列番号7)ELRV(配列番号8)
【図1C】サザンブロットによる相同組換えの確認を示す図である。
【図1D】RT−PCRによるCbfβアイソフォーム欠損の確認を示す図である。
【図1E】ウェスタンブロッティングによるCbfβアイソフォーム欠損の確認を示す図である。
【図2】Cbfβ2欠損マウスにおける喘息様病態(好酸球様細胞の浸潤)と大腸への細胞浸潤の組織像を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する、非ヒト動物。
【請求項2】
CbfβアイソフォームがCbfβ2である、請求項1記載の動物。
【請求項3】
炎症性腸疾患及び/又は喘息のモデル動物である、請求項2記載の動物。
【請求項4】
Cbfβアイソフォームを特異的に欠損する、細胞。
【請求項5】
ターゲティングベクターであって、
Cbfβ遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチドを含み、該ポリヌクレオチドのうち少なくとも一方は、Cbfβ遺伝子のスプライシングドナーシグナルを含み、かつ該シグナルにおいて、少なくとも1つのCbfβアイソフォームを生じるスプライシングを不能とするような変異を含む、ターゲティングベクター。
【請求項6】
Cbfβ2の発現又は機能を促進し得る物質を含む、炎症性腸疾患又は喘息の予防・治療剤。
【請求項7】
Cbfβ2の発現又は機能を調節し得る物質を含む、細胞浸潤の調節剤。
【請求項8】
被験物がCbfβの発現又は機能を促進し得るか否かを評価することを含む、炎症性腸疾患又は喘息を予防・治療し得る物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
被験物がCbfβの発現又は機能を調節するか否かを評価することを含む、細胞浸潤を調節し得る物質のスクリーニング方法。

【図1B】
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【図1A】
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【図1C】
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【図1D】
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【図1E】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−189911(P2007−189911A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−8654(P2006−8654)
【出願日】平成18年1月17日(2006.1.17)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】