説明

六フッ化硫黄の分解方法

【課題】 本発明の課題は、温和な条件下、安全な方法で六フッ化硫黄を分解できる、工業的に好適な分解方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明の課題は、六フッ化硫黄に有機アルカリ金属化合物を接触させることを特徴とする、六フッ化硫黄の分解方法によって解決される。また、本発明の分解方法により、固体として回収されるフッ化リチウムは、例えば、有機電界発光素子用の蒸着膜成分として、或いは歯磨き剤等の口腔ケア用剤の添加物等として有用な化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、六フッ化硫黄の分解方法に関する。六フッ化硫黄は、電気及び電子機器の分野で絶縁材等として広く使用されている化学物質ではあるが、人工的な温室ガスの一種である。
【背景技術】
【0002】
六フッ化硫黄は、無色、無臭、無毒、不燃性のガスで、化学的にも電気的にも極めて高い安定性を有するため、電気関係機器の絶縁材として産業界で幅広く使用されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、六フッ化硫黄は、地球温暖化係数が二酸化炭素の2万倍以上ある上、大気寿命が3千年以上ときわめて長いため、京都議定書に削減目標を提示された6種類の化合物の一つに含まれている。
これまで六フッ化硫黄を分解・回収する方法としては、例えば、過熱水蒸気雰囲気下(還元性雰囲気下)、加水分解、熱分解、酸化分解を複合的に進行させることでフッ化水素へ分解でき最終的にはフッ化カルシウム(CaF)の形で回収する方法が知られているが、反応系中で毒性の高いフッ化水素が大量に発生する上高温が必要であり、簡便な分解方法の開発が求められている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−179569号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】大旺新洋株式会社ホームページ、フロン関連事業<URL:http://www.daioh.co.jp/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上記問題点を解決し、温和な条件下、安全な方法で六フッ化硫黄を分解できる、工業的に好適な分解方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の課題は、六フッ化硫黄に有機アルカリ金属化合物を反応させることを特徴とする、六フッ化硫黄の分解方法によって解決される。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、温和な条件下、安全な方法にて、地球温暖化の原因となる六フッ化硫黄を分解できる、工業的に好適な分解方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は、一般式(1):
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Rは、置換基を有していても良い、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はヘテロアリール基、Aは、アルカリ金属原子を示す。)
で示される有機アルカリ金属化合物を使用することを特徴とする、六フッ化硫黄の分解方法により行われる。
【0011】
本発明の反応において使用する有機アルカリ金属化合物は、一般式(1);
【0012】
【化2】

【0013】
(式中、Rは、置換基を有していても良い、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はヘテロアリール基、Aは、アルカリ金属原子を示す。)
で示される。
一般式(1)において、Rは置換基を有していても良い、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はヘテロアリール基を示す。
【0014】
前記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基等の炭素原子数1〜20のアルキル基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0015】
前記シクロアルキル基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等の炭素原子数3〜20のシクロアルキル基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0016】
前記アリール基としては、例えば、フェニル基、p-トリル基、ナフチル基、アントリル基等の炭素原子数6〜20のアリール基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0017】
前記ヘテロアリール基としては、例えば、フリル基、ピロリル基、ベンゾフリル基、チエニル基、ベンゾチエニル基、ピロリジル基、インドリル基、イドオキサゾリジル基、ピリジル基、キノリル基等の炭素原子数2〜20のヘテロアリール基が挙げられる。
【0018】
なお、これらの基は有機アルカリ金属化合物と反応しない置換基で置換されていても良い。置換基としては、炭素原子を介して出来る置換基、酸素原子を介して出来る置換基、窒素原子を介して出来る置換基、硫黄原子を介して出来る置換基が挙げられる。
【0019】
前記炭素原子を介して出来る置換基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等のアルキル基;シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロブチル基等のシクロアルキル基;ビニル基、アリル基、プロペニル基、シクロブテニル基、シクロペンテニル基等のアルケニル基;キノリル基、ピリジル基、ピロリジル基、ピロリル基、フリル基、チエニル基等の複素環基;フェニル基、トリル基、フルオロフェニル基、キシリル基、ビフェニリル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントリル基等のアリール基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0020】
前記酸素原子を介して出来る置換基としては、例えば、メトキシル基、エトキシル基、プロポキシル基、ブトキシル基、ペンチルオキシル基、ヘキシルオキシル基、ヘプチルオキシル基、ベンジルオキシル基等のアルコキシル基;フェノキシル基、トルイルオキシル基、ナフチルオキシル基等のアリールオキシル基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0021】
前記窒素原子を介して出来る置換基としては、例えば、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジブチルアミノ基、メチルエチルアミノ基、メチルブチルアミノ基、ジフェニルアミノ基、N-メチル-N-メタンスルホニルアミノ基等の第二アミノ基;モルホリノ基、ピペリジノ基、ピロリジノ基、インドリル基等の複素環式アミノ基が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0022】
前記硫黄原子を介して出来る置換基としては、例えば、チオメトキシル基、チオエトキシル基、チオプロポキシル基等のチオアルコキシル基;チオフェノキシル基、チオトルイルオキシル基、チオナフチルオキシル基等のチオアリールオキシル基等が挙げられる。なお、これらの基は、各種異性体を含む。
【0023】
Aは、アルカリ金属原子を示すが、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム、好ましくはリチウム、ナトリウム、特に好ましくはリチウムである。
【0024】
従って、本発明の反応において使用する有機アルカリ金属化合物として、好ましくは、有機リチウム金属化合物及び有機ナトリウム金属化合物、より好ましくは、置換基を有していても良い、炭素原子数1〜20のアルキルリチウム並びにアルキルナトリウム、及び炭素原子数6〜20のアリールリチウム並びにアリールナトリウム、特に好ましくは、炭素原子数1〜6のアルキルリチウム及び炭素原子数6〜20のアリールリチウム、特により好ましくは、i−プロピルリチウム、s−ブチルリチウム、t−ブチルリチウム、フェニルリチウム、ナフタレンリチウム、最も好ましくは、i−プロピルリチウム、t−ブチルリチウムである。
【0025】
本発明の分解方法において使用する有機アルカリ金属化合物の量は、六フッ化硫黄1モルに対して、好ましくは1.0〜1000モル、更に好ましくは1.0〜100モル、特に好ましくは1.0〜50モルである。
【0026】
本発明の分解方法は、溶媒の存在下で行うのが望ましく、使用される溶媒としては、反応を阻害しないものならば特に限定されない。
使用される溶媒の具体例としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン等のアミド類;1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、1,3-ジメチルイミダゾリジン-2,4-ジオン等の尿素類;スルホラン等のスルホン類;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素等が挙げられるが、好ましくはエーテル類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、更に好ましくはエーテル類、飽和脂肪族炭化水素類、特に好ましくはヘキサン、エーテル、テトラヒドロフランが使用される。なお、これらの溶媒は、単独又は二種以上を混合して使用しても良い。
【0027】
前記溶媒の使用量は、六フッ化硫黄1gに対して、好ましくは0.1〜1000mL、更に好ましくは0.2〜500mL、特に好ましくは0.5〜100mLである。
【0028】
上記のような溶媒種及び使用量とすることで、本発明の分解を簡便な操作で効果的に行うことが可能となった。更に、生成する分解物うち、前記溶媒に可溶ないくつかの化合物を効率的に溶液中に捕捉し、これらを回収することが可能となった。
【0029】
本発明の分解方法は、例えば、六フッ化硫黄(予め冷却して固体として使用しても良い)、有機アルカリ金属化合物及び溶媒を混合して、攪拌しながら分解させる等の方法によって行われる。その際の分解温度は、好ましくは-100〜200℃、更に好ましくは-80〜100℃、特に好ましくは-78℃〜50℃であり、反応圧力は特に制限されないが、通常、常圧又は加圧下で行う。
【実施例】
【0030】
次に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。なお、本発明の分解方法の結果として生成したフッ化リチウムは、19F-NMR(19F-NMR(D2O,δ(ppm);122.0)及びXRD(粉末X線結晶回折)によって確認した。
【0031】
(実施例1:六フッ化硫黄の分解)
攪拌装置を備えた内容量300mLのガラス製容器に、無水ジエチルエーテル200mLを加え、-78℃にて攪拌しながら、ガス状の六フッ化硫黄を導入し、白色固体として六フッ化硫黄を析出させた。次いで、この溶液にアルゴン雰囲気下、-78〜-60℃にて1.58mol/Lのt-ブチルリチウム−ペンタン溶液25.3mL(40mmol)をゆるやかに滴下し、その後、室温まで徐々に昇温していくと気体が発生したため、これを除去した。分解終了後、得られた懸濁液を室温にて濾過した後、得られた濾物をエーテル100mL及びヘキサン100mLで洗浄し、乾燥させたところ、白色固体としてフッ化リチウム1.23gが得られた(t-ブチル基準の反応率;99%以上)。更に、濾液のガスクロマトグラフィー分析から、フッ化t-ブチル、イソブテン、アルキルスルフィドの生成が確認された。
【0032】
(実施例2:六フッ化硫黄の分解)
実施例1において、無水ジエチルエーテル200mLの代わりに無水テトラヒドロフラン10mLを用い、1.58mol/Lのt-ブチルリチウムペンタン溶液25.3mLの量を1.27mLにした以外は、実施例1と同様に分解を行い、白色固体を取得した。
【0033】
(実施例3:リチウム五フッ化硫黄の検出)
攪拌装置を備えた内容量30mLのガラス製容器に、1.58mol/Lのt-ブチルリチウムペンタン溶液10mL(16mmol)および無水へキサン10mLを加え、-78℃に冷却して攪拌しながら、ガス状の六フッ化硫黄を導入した。その後、40℃まで徐々に昇温していくと気体が発生したため、これを除去した。分解終了後、得られた白濁液を濾過後、濾液を19F−NMRにて分析したところ、フッ化t-ブチルと共にリチウム五フッ化硫黄(LiSF5)の生成も確認した。
なお、リチウム五フッ化硫黄は以下の物性を有する、例えば、有機電界発光素子用の蒸着膜成分等として有用な新規化合物である。
【0034】
リチウム五フッ化硫黄の分析値:
19F-NMRスペクトル(DO,δ(ppm));−203(brs:リチウム五フッ化硫黄)。−132(s:フッ化t-ブチル(副生物))。
マススペクトル(APCI negative):127(M−Li)。
【0035】
上記、実施例の結果から、本発明の方法により、有害な六フッ化硫黄を、例えば、t-ブチルリチウム等の有機アルカリ金属化合物と反応させることで、フッ化リチウム、フッ化t-ブチル、イソアルキルスルフィド等の分解生成物へと変換させ、これを固体或いは溶液として回収することが出来るようになった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、温和な条件下、安全な方法で六フッ化硫黄を分解できる、工業的に好適な分解方法を提供することができる。また、本発明の分解方法により、固体として回収されるフッ化リチウムは、例えば、有機電界発光素子用の蒸着膜成分として、或いは歯磨き剤等の口腔ケア用剤の添加物等として有用な化合物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
【化1】

(式中、Rは、置換基を有していても良い、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はヘテロアリール基、Aは、アルカリ金属原子を示す。)
で示される有機アルカリ金属化合物を使用することを特徴とする、六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項2】
六フッ化硫黄を含有する溶液に、有機アルカリ金属化合物を加えることを特徴とする、請求項1に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項3】
有機アルカリ金属化合物を含有する溶液に、六フッ化硫黄を加えることを特徴とする、請求項1に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項4】
有機アルカリ金属化合物が、有機リチウム金属化合物である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項5】
有機リチウム金属化合物が、t-ブチルリチウムである請求項4に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項6】
反応温度を-78℃〜50℃で行うことを特徴とする、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項7】
分解物からフッ化リチウムを得ることを特徴とする、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の六フッ化硫黄の分解方法。
【請求項8】
新規化合物である、リチウム五フッ化硫黄(LiSF)。

【公開番号】特開2010−13342(P2010−13342A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134568(P2009−134568)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)