説明

六価クロムの定量分析方法

【課題】高分子有機材料中の六価クロムの回収率が高く、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じず、迅速で簡便な六価クロムの定量分析方法を提供する。
【解決手段】六価クロムの定量分析方法は、砕片化処理した高分子有機材料を有機溶媒中で超音波溶解し、更に1.0N以上の濃度のアルカリ水溶液を添加し、有機溶媒相とは分離したアルカリ水溶液相中に溶解している六価クロムを抽出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子有機材料に含まれる六価クロムの定量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子有機材料中に含まれる六価クロムの定量分析は、米国環境保護庁化学物質分析方法規格にて開示されているEPA SW846-3060A「六価クロム定量のためのアルカリ分解法」にて前処理を行い、ジフェニルカルバジド比色法にて六価クロムの定量を行う手法が一般的に用いられている(例えば、非特許文献1参照)。この方法は、粉砕した試料を高濃度のアルカリ水溶液にて高温加熱することで、試料中の六価クロムを抽出し、抽出した六価クロムをジフェニルカルバジド比色法を用いて六価クロム定量を行うものである。
【0003】
又、分析試料中の六価クロム化合物が水に対して易溶性である場合には、粉砕した試料を有機酸塩の水溶液中で超音波抽出し、抽出した六価クロムをジフェニルカルバジド比色法を用いて六価クロム定量を行う技術が開示されている(例えば、特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0004】
その他、金属試料表面の六価クロムの定量分析は、日本工業規格にて開示されているJIS H8625「電気亜鉛めっき及び電気カドミウムメッキ上のクロメート皮膜」にて前処理を行い、ジフェニルカルバジド比色法にて六価クロムの定量を行う手法が一般的に用いられている(例えば、非特許文献3参照)。この方法は、純水にて高温加熱することで、試料中の六価クロムを抽出し、抽出した六価クロムをジフェニルカルバジド比色法を用いて六価クロム定量を行うものである。
【特許文献1】特開2006−132979号公報
【非特許文献1】EPA SW846-3060A「六価クロム定量のためのアルカリ分解法」
【非特許文献2】「超音波抽出による樹脂中の六価クロム定量分析」フジクラ技報(第109号、55〜59ページ−2005年10月、株式会社フジクラ発行)
【非特許文献3】JIS H8625「電気亜鉛めっき及び電気カドミウムメッキ上のクロメート皮膜」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現在主流となっているEPA 3060A法による高分子有機材料中の六価クロムの定量分析は、試料自体を溶解させるわけではなく、抽出によって六価クロムを定量するものであるため、試料中のすべての六価クロムを抽出可能なわけではない。
【0006】
図2に、EPA 3060A法、上述した特許文献1による方法、JIS H8625法による、六価クロムの回収率(抽出率)の測定結果を示す。ここで、六価クロムの回収率は、例えばJIS規格H8625に定められるジフェニルカルバジッド比色法によって定量分析される。即ち、抽出溶液にジフェニルカルバジッド溶液を添加して発色させた後に、吸光度を吸光光度分析計によって540nmの波長にて吸光度を測定することによって、簡便に正確な六価クロムの定量分析を行なうことができることになる。又、イオンクロマトグラフによっても六価クロムを定量分析が可能である。このようにして得られた六価クロムの定量値から回収率(抽出率)を算出した。図2に示すように、EPA 3060A法は、34%と低い回収率であった。又、アルカリ溶液中で高温加熱処理を行うため、試料中に三価クロムが存在している場合には、その一部が酸化されて六価クロムになることが知られている。図3に、EPA 3060A法、上述した特許文献1による方法、JIS H8625法による、三価クロムの六価クロムへの変化率の測定結果を示す。ここで、六価クロムへの変化率は、例えば、1000μg/mlの三価クロム溶液1mlを EPA3060A法、上述した特許文献1による方法、JIS H8625法による試験を行い、得られた試験溶液を 例えばJIS規格H8625に定められるジフェニルカルバジッド比色法によって定量分析を行い、六価クロムの定量値から三価クロムの六価クロムへの変化率を算出した。図3に示すように、EPA 3060A法は、0.8%と高い変化率であった。よって、EPA 3060A法は、得られる回収率が低いだけでなく、三価クロム含有試料の場合には、六価クロムがまったく含まれていなくても検出されてしまうため、六価クロムの正しい定量値を示すとは言い難い。
【0007】
一方、特許文献1に示す定量分析方法では、図2に示すように、最大で83%の六価クロムの回収率を得ている。これは、前述のEPA 3060A法に比べて高い回収率を誇る。又、中性に近い溶液で超音波抽出とする手法であるため、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じない(図3参照)。
【0008】
しかしながら、特許文献1に示す定量分析方法は、六価クロムの回収率を上げるために、分析対象試料に対して試料を2mm以下に砕片化した後、更に凍結粉砕処理が必要となるため、簡便さに欠けるという課題がある。この課題は、EPA 3060A法においても、同様である。
【0009】
尚、JIS H8625法による高分子有機材料中の六価クロムの定量分析は、三価クロムの六価クロムへの酸化反応は生じないものの(図3参照)、分析試料自体の疎水性が高いため、六価クロムをまったく抽出することができない(図2参照)。更に、JIS H8625法においても、凍結粉砕処理が必要となるため、簡便さに欠けるという課題がある。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑み、高分子有機材料中の六価クロムの回収率が高く、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じず、迅速で簡便な六価クロムの定量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の特徴は、砕片化処理した高分子有機材料を有機溶媒中で超音波溶解し、更に1.0N以上の濃度のアルカリ水溶液を添加し、有機溶媒相とは分離したアルカリ水溶液相中に溶解している六価クロムを抽出する六価クロムの定量分析方法であることを要旨とする。
【0012】
本発明の特徴に係る六価クロムの定量分析方法によると、高分子有機材料中の六価クロムの回収率が高く、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じず、迅速で簡便な定量分析を行うことができる。
【0013】
又、本発明の特徴に係る六価クロムの定量分析方法の超音波溶解において、常温〜50℃の範囲において超音波処理することが好ましい。
【0014】
この六価クロムの定量分析方法によると、三価クロムの六価クロムへの酸化がより生じにくくなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、高分子有機材料中の六価クロムの回収率が高く、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じず、迅速で簡便な六価クロムの定量分析方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を説明する。
【0017】
(六価クロムの定量分析方法)
本実施形態に係る六価クロムの定量分析方法は、高分子有機材料中に含まれる六価クロムの定量分析を行う。本実施形態における高分子有機材料としては、例えば、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体、ポリメタクリル酸メチル、スチレン−アクリロニトリル共重合体、ポリスチレン、ポリメタクリル酸メチル、ニトロセルロース、酢酸セルロース、尿素樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フェニール−レゾール樹脂、アルキド樹脂、ポリイソブチレン、シスポリブタジエン、アクリロニトリル−ブタジエンゴム、スチレン−ブタジエンゴム、アクリロニトリル−ブタジエンゴム、ポリイソプレンが挙げられる。
【0018】
本実施形態に係る六価クロムの定量分析方法について、図1を用いて説明する。まず、高分子有機材料を、例えば、2mm角程度に砕片化する(ステップS101)。尚、分析に用いる高分子有機材料試料の量は、通常0.1g程度であるが、特に微量の六価クロムを回収するためには、少なくとも1.0gが必要である。
【0019】
次に、砕片化した高分子有機材料を、蓋付きのポリプロピレン製の容器などに入れ、有機溶媒を添加し(ステップS102)、有機溶媒中で超音波を照射して溶解する(ステップS103)。超音波照射は、容器の底面からでも側面からでもよく、又、照射時間は、5〜30分程度で十分溶解できる。更に、超音波出力周波数は、28〜100kHzとすることにより、試料の凝集を防止し、効率よく溶解することができる。ここで、有機溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、メチルエチルケトン(MEK)、メチルイソブチルケトン(MIBK)、テトラメチル尿素(TMU)、ピリジン、ヘキサメチルホスホリックトリアミド、(HMPA)、N−メチルアセトアミド(MAc)、ニトロベンゼン、シクロヘキサノン、テトラヒドロ−1,4−オキサジン(MOP)が挙げられる。又、超音波処理は、常温〜50℃の範囲で行う。
【0020】
更に、1.0N以上の濃度のアルカリ水溶液を添加することにより、高分子有機材料中に含有する六価クロム化合物をも溶解させる(ステップS104)。このように、アルカリ水溶液を用いると、水に対して溶解性の高い易溶性六価クロム化合物だけでなく、難溶性六価クロム化合物に対しても分析が可能となる。易溶性六価クロム化合物としては、例えば、クロム酸カリウム、重クロム酸カリウム、クロム酸ナトリウム、重クロム酸ナトリウム、クロム酸アンモニウム、重クロム酸アンモニウム、クロム酸カルシウム、重クロム酸カルシウム、クロム酸リチウム、クロム酸銅、クロム酸マグネシウム、塩化クロム酸カリウム、酸化クロム(VI)が挙げられる。又、難溶性六価クロム化合物としては、クロム酸鉛、クロム酸バリウム、クロム酸ストロンチウム、クロム酸亜鉛、重クロム酸亜鉛が挙げられる。又、使用するアルカリ水溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化ルビジウム水溶液、水酸化セシウム水溶液、炭酸ルビジウム水溶液、炭酸セシウム水溶液が挙げられる。
【0021】
又、用いる有機溶媒がテトラヒドロフランなどの水溶性有機溶媒の場合は、アルカリ水溶液中のアルカリ濃度を1.0%以上に調整する。このアルカリ濃度は、用いるアルカリ塩が溶解可能である上限までのものを使用可能であるが、濃度が高くなるほど粘性が高くなり、扱いにくくなるため、分離可能な下限付近での使用が望ましい。
【0022】
次に、遠心分離を行うことにより、有機溶媒相とアルカリ水溶液相とを分離する(ステップS105)。ここでは、不要な高分子有機材料自体は有機溶媒相に溶解しており、六価クロムは高濃度アルカリ水溶液相に溶解している。
【0023】
次に、有機溶媒相とは分離したアルカリ水溶液相のみを取り出し、アルカリ水溶液相中に溶解している六価クロムを抽出する(ステップS106)。以上のようにして溶解された六価クロムは、例えば、JIS規格H8625に定められるジフェニカルバジッド比色法によって定量分析を行う(ステップS107)。即ち、六価クロム化合物を溶解させた溶液に、ジフェニカルバジッド溶液を添加して発色させた後に、吸光度を吸光光度分析計によって540nmの波長にて吸光度を測定することによって、簡便に正確な定量分析を行うことができる。
【0024】
(作用及び効果)
本実施形態は、高分子有機材料中の六価クロムの定量分析に関し、有機溶媒にて高分子有機材料を溶解し、そこに1.0N以上の高濃度のアルカリ水溶液を添加し、有機溶媒相とは分離したアルカリ水溶液相中に溶解している六価クロムを抽出した後、例えば、ジフェニカルバジッド比色法にて六価クロムの定量を行う。このような六価クロムの定量分析方法は、電気電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する指令(RoHS指令)などで規制対象物質となっている六価クロムの定量分析として好適である。
【0025】
本実施形態に係る六価クロムの定量分析方法では、高分子有機材料を砕片化処理する。このように、従来技術で必要とされていた分析試料の凍結粉砕処理は、有機溶媒による溶解となるため、必要ない。従って、砕片化した状態の試料をサンプリングできることから、迅速で簡便な定量分析を行うことができる。
【0026】
又、溶液中に高分子有機材料自体を溶解させるため、高分子有機材料中の六価クロムの回収率が高い。
【0027】
更に、有機溶媒中で超音波溶解しているため、三価クロムの六価クロムへの酸化反応が生じないという利点がある。特に、常温〜50℃の範囲において超音波処理することにより、三価クロムの六価クロムへの酸化がより生じにくくなる。
【0028】
又、従来、特許文献1に示す方法においても、難溶性六価クロム化合物に関しては、溶解が難しく、定量を行うことが困難であった。本実施形態に係る六価クロムの定量分析方法では、高濃度のアルカリ水溶液を用いることにより、難溶性六価クロム化合物に対しても、正確な定量分析を行うことができる。又、アルカリ水溶液の濃度は、1.0N以上とすることにより、効率よく六価クロムを抽出できる。但し、1.0Nより低い濃度になると、水溶性の有機溶媒と混合してしまうため、1.0N以上にする必要がある。
【0029】
(その他の実施形態)
本発明は上記の実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0030】
例えば、上記の実施形態において、適用可能な高分子有機材料、有機溶媒及びアルカリ水溶液について例示したが、常温〜50℃の温度条件で有機溶媒に溶解する高分子有機材料であり、高濃度のアルカリ水溶液と分離できる有機溶媒であれば、いずれのものでも適用可能である。なお、実施形態において例示したものについては、六価クロムの定量分析可能であることを確認しており、いずれのものでも同様の六価クロム回収率結果が得られる。
【0031】
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。従って、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【実施例】
【0032】
以下、本発明に係る六価クロムの定量分析方法について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は、下記の実施例に示したものに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において、適宜変更して実施することができるものである。
【0033】
(実施例)
図1に示す六価クロムの定量分析方法に従って、高分子有機材料中の六価クロム定量分析を行った。実施例1〜4は、表1に示す、高分子有機材料、有機溶媒、アルカリ水溶液を用い、定量を行う六価クロム化合物に応じて、六価クロム回収率を計算した。尚、六価クロム回収率は、六価クロム化合物を溶解させた溶液に、ジフェニカルバジッド溶液を添加して発色させた後に、吸光度を吸光光度分析計によって540nmの波長にて吸光度を測定し、計算した。
【0034】
又、実施例1〜4に係る分析条件を、表2に示す。
【表1】

【表2】

【0035】
(結果)
表1に示すように、実施例1〜4に係る六価クロム化合物に対して、98.5%以上の回収率を誇り、本実施例に係る六価クロムの定量分析方法によると、高い回収率を得られることが分かった。又、実施例1〜2に係る易溶性六価クロム化合物と、実施例3〜4に係る難溶性六価クロム化合物とで、回収率の差は殆ど無いことから、易溶性六価クロム化合物及び難溶性六価クロム化合物のすべてにおいて、同様の高回収率が得られるものと考えられる。
【0036】
尚、EPA 3060A法における六価クロムの回収率は34%であり、難溶性六価クロム化合物の回収率は34%であった。又、特許文献1による定量分析方法における六価クロムの回収率は83%であり、難溶性六価クロム化合物の回収率は21%であった。これらと比較しても、本実施例に係る六価クロムの定量分析方法は、格段に優れていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施形態に係る六価クロムの定量分析方法を示すフローチャートである。
【図2】従来技術による高分子有機材料中の六価クロムの回収率を示すグラフである。
【図3】従来技術による高分子有機材料中の三価クロムの六価クロムへの変化率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
砕片化処理した高分子有機材料を有機溶媒中で超音波溶解し、更に1.0N以上の濃度のアルカリ水溶液を添加し、前記有機溶媒相とは分離した前記アルカリ水溶液相中に溶解している六価クロムを抽出することを特徴とする六価クロムの定量分析方法。
【請求項2】
前記超音波溶解において、常温〜50℃の範囲において超音波処理することを特徴とする請求項1に記載の六価クロムの定量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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