説明

共役ジエンの製造方法

【課題】 n−ブテン等のモノオレフィンの接触酸化脱水素反応によりブタジエン等の共役ジエンを製造する方法において、安定的に運転が継続できる工業的に有利なブタジエンの製造方法を提供する。
【解決手段】 炭素原子数4以上のモノオレフィンを含む原料ガスと分子状酸素含有ガスとを、モリブデン含有金属酸化物触媒を有する熱交換型反応器に供給し、冷媒を用いて反応熱を除去しながら酸化脱水素反応を行うことにより、対応する共役ジエンを製造する方法であって、該反応器内の冷却伝面に付着するモリブデン量を20mg/m以下に維持する共役ジエンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は共役ジエンの製造方法に関して、特にn−ブテン等の炭素原子数4以上のモノオレフィンの接触酸化脱水素反応でブタジエン等の共役ジエンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
n−ブテン等のモノオレフィンを触媒の存在下に酸化脱水素反応させてブタジエン等の共役ジエンを製造する方法は、従来公知である。
この反応は例えば以下の反応式に従って進行し、水が副生する。
+1/2O→C+H
代表的なn−ブテンの酸化脱水素反応によるブタジエンの製造触媒としては、モリブデンを含む金属酸化物触媒があり、例えば、特許文献1には、モリブデン、鉄、ニッケル又はコバルトの少なくとも一種及びシリカを含む複合金属酸化物触媒が記載されている。
【0003】
モリブデンを含む金属酸化物触媒は、アンモ酸化法によりプロピレンをアンモニア及び酸素と反応させてアクリロニトリルなどの不飽和ニトリルを得る際にも使用されるが、非特許文献1には、水とモリブデン化合物が反応して揮発性のモリブデン水和物を生成する事が示されており、揮発したモリブデンが反応装置内の冷却パイプ等で析出し材質を腐食させることがある。このため、特許文献2では、水溶液系における酸化反応の標準電極電位が−0.2V以上2.8V以下である材料で反応装置を構成することで、モリブデン化合物の付着を抑制できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−220335号公報
【特許文献2】特開2006−247452号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J.Buiten,J.Catalysis,10,188−199(1968)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1には、具体的なブタジエンの製造方法について記載されていないが、ブテンからブタジエンを製造する酸化脱水素反応は発熱反応のため、冷媒等で除熱しながら反応を行う熱交換型反応器(固定床反応器、流動床反応器など)を用いて、モリブデン含有金属酸化物触媒の存在下で、原料のブテンからブタジエンを生成すると、反応器内や触媒に炭素分が付着(以下、“コーキング”と呼ぶことがある。)する現象が判明した。特に反応器内の冷却伝面にコーキングが起きると除熱効果が低下して反応を制御できなくなるため、コーキングが起きると、その都度反応を停止して反応器を開放し反応器内に付着した炭素分を取り除くため洗浄しなければならず、長期間連続で安定的にブタジエンを製造することができなかった。また、反応器内で著しくコーキングが進行すると、反応器が閉塞して反応器前後の差圧が上昇し反応を制御できない恐れもある。
【0007】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであって、n−ブテン等のモノオレフィンの接触酸化脱水素反応によりブタジエン等の共役ジエンを製造する方法において、安定的に運転が継続できる工業的に有利なブタジエンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ブテンの酸化脱水素反応によりブタジエンを製造する際に副生する水が、モリブデン含有金属酸化物触媒と接触することで触媒成分のモリブデンの一部が揮発性のモリブデン水酸化物となり、このモリブデン水酸化物が触媒から遊離して、反応器内の冷却伝面に付着する、そして冷却伝面ではモリブデン酸化物として析出して、析出した箇所を起点にコーキングが発生するメカニズムを推定した。
この推定のもと、冷却伝面上のモリブデン酸化物の濃度(モリブデン量)をある特定量以下に低減するとコーキングが抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以下[1]〜[3]を要旨とする。
[1]炭素原子数4以上のモノオレフィンを含む原料ガスと分子状酸素含有ガスとを、モリブデン含有金属酸化物触媒を有する熱交換型反応器に供給し、冷媒を用いて反応熱を除去しながら酸化脱水素反応を行うことにより、対応する共役ジエンを製造する方法であって、該反応器内の冷却伝面に付着するモリブデン量を20mg/m以下に維持する共役ジエンの製造方法。
[2]前記モリブデン含有金属酸化物触媒が、ビスマス及びコバルトを更に含有する複合金属酸化物触媒であることを特徴とする[1]に記載の共役ジエンの製造方法。
[3]前記原料ガスが、ナフサ分解で副生するC留分(BB)からブタジエン及びi−ブテンを分離して得られるn−ブテン(1-ブテン及び2-ブテン)を主成分とする留分(BBSS)、エチレンの2量化により得られる1−ブテン、シス−2−ブテン、トランス−2−ブテン若しくはこれらの混合物を含有するガス、n−ブタンの脱水素若しくは酸化脱水素反応により生成するブテン留分、及び重油留分を流動接触分解する際に得られる炭素原子数が4の炭化水素を多く含むガスからなる群より選ばれる少なくとも1種以上のガスであることを特徴とする[1]又は[2]に記載の共役ジエンの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、反応器内での冷却伝面のコーキングが抑制でき反応熱の除熱効果を低下させることなく、且つコーキングによる反応器の閉塞も防止可能となる。そして、長期間安定的にブタジエンを製造するための酸化脱水素反応を継続することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の参考例1で使用した装置の概略図である。
【図2】本発明の実施例で使用した酸化脱水素反応に用いる多管式反応器(熱交換器型反応器)の概略図である。図2(a)は多管式反応器の平面図であり、図2(b)は多管式反応器の概略断面図である。
【図3】本発明のモリブデン含有金属酸化物触媒と冷却伝面のコーキングの状態を模式的に占めす図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の共役ジエンの製造方法の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はこれらの内容に限定されない。
また、本明細書において“質量%”と“重量%”、及び“質量部”と“重量部”とは、それぞれ同義である。
【0013】
なお、本発明の共役ジエンの製造方法の中でも、代表的なn−ブテンからブタジエンを製造する場合を例として、本発明を詳細に説明するが、本発明はn−ブテン(1−ブテン、2−ブテン)からのブタジエンの製造に限らず、ペンテン、メチルブテン、ジメチルブテン等の炭素原子数4以上、好ましくは炭素原子数4〜6のモノオレフィンの接触酸化脱
水素反応による対応する共役ジエンの製造に有効に適用される。
【0014】
これらのモノオレフィンは必ずしも単離した形で使用する必要はなく、必要に応じて任意の混合物の形で用いることができる。例えばn−ブテン(1−ブテン、2−ブテン)から1,3−ブタジエンを生成しようとする場合には、高純度の1−ブテン又は2−ブテンを原料とすることもできるが、ナフサ分解で副生するC留分(BB)からブタジエン及びi−ブテンを分離して得られるn−ブテン(1−ブテン及び2−ブテン)を主成分とする留分(BBSS)やn−ブタンの脱水素又は酸化脱水素反応により生成するブテン留分を使用することもできる。ここでいう、主成分とは、原料ガスに対して、通常40体積%以上、好ましくは60体積%以上、より好ましくは75体積%以上、特に好ましくは99体積%以上を示す。
【0015】
また、エチレンの2量化により得られる高純度の1−ブテン、シス−2−ブテン、トランス−2−ブテン又はこれらの混合物を含有するガスを原料ガスとして使用しても差し支えない。尚、このエチレンはエタン脱水素、エタノール脱水、又はナフサ分解などの方法で得られるエチレンを使用することができる。更に、石油精製プラントなどで原油を蒸留した際に得られる重油留分を、流動層状態で粉末状の固体触媒を使って分解し、低沸点の炭化水素に変換する流動接触分解 (Fluid Catalytic Cracking)から得られる炭素原子数
4の炭化水素類を多く含むガス(以下、FCC−C4と略記することがある)をそのまま原料ガスとする、又は、FCC−C4からリンや砒素などの不純物を除去したものを原料ガスとして使用しても差し支えない。
【0016】
また、原料ガス中には、本発明の効果を阻害しない範囲で、任意の不純物を含んでいても良い。含んでいても良い不純物として、具体的には、イソブテンなどの分岐型モノオレフィン;プロパン、n−ブタン、i−ブタン、ペンタンなどの飽和炭化水素;プロピレン、ペンテンなどのオレフィン;1,2−ブタジエンなどのジエン;メチルアセチレン、ビニルアセチレン、エチルアセチレンなどのアセチレン類等が挙げられる。この不純物の量は、通常40体積%以下、好ましくは20体積%以下、より好ましくは10体積%以下、特に好ましくは1体積%以下である。この量が多すぎると、主原料である1−ブテンや2−ブテンの濃度が下がって反応が遅くなったり、目的生成物の収率が低下したりする傾向にある。
【0017】
本発明の酸化脱水素反応に用いられる反応器の形式は特に限定されないが、通常、酸化脱水素反応は発熱量が大きい反応であることから、反応熱の除熱に適した熱交換型反応器が好適に使用される。具体的には、管型、槽型若しくはプレート型の固定床反応器又は流動床反応器が挙げられ、好ましくは、固定床反応器、より好ましくは固定床の多管式反応器やプレート型反応器であり、最も好ましくは固定床の多管式反応器である。これらの反応器は一般に工業的に用いられているものであり特に制限はない。
【0018】
原料となるn−ブテン或いは前述のBBSS等のn−ブテンを含む混合物は、通常、反応器に導入する前に予め気化器等でガス化され、窒素ガス、空気(分子状酸素含有ガス)、及び水(水蒸気)と共にモリブデン含有金属酸化物触媒を有する反応器に供給される。原料ガス、窒素ガス、空気及び水(水蒸気)を反応器に、別々の配管で直接供給してもよいが、予め均一に混合した状態で同時に反応器に供給するのが好ましい。反応器内で不均一な混合ガスが部分的に爆鳴気を形成したり、多管式反応器の場合、管毎に異なる組成の原料が供給されたりするのを防ぐことが出来るからである。
【0019】
分子状酸素含有ガスは、通常、分子状酸素が10体積%以上、好ましくは、15体積%以上、更に好ましくは20体積%以上含まれるガスのことであり、具体的に好ましくは空気である。なお、分子状酸素含有ガスを工業的に用意するために必要なコストという観点
から、分子状酸素が、通常50体積%以下、好ましくは、30体積%以下、更に好ましくは25体積%以下である。
【0020】
また、本発明の効果を阻害しない範囲で、分子状酸素含有ガスには、任意の不純物を含んでいても良い。含んでいても良い不純物として、具体的には、窒素、アルゴン、ネオン、ヘリウム、CO、CO、水等が挙げられる。この不純物の量は、窒素の場合、通常90体積%以下、好ましくは85体積%以下、より好ましくは80体積%以下である。窒素以外の成分の場合、通常10体積%以下、好ましくは1体積%以下である。この量が多すぎると、反応に必要な酸素を供給するのが難しくなる傾向にある。
【0021】
なお、反応器に原料ガスを供給するにあたり、原料ガスと共に、窒素ガス、及び水(水蒸気)を供給してもよいが、窒素ガスは、反応ガスが爆鳴気を形成しないようにブテン等の可燃性ガスと酸素の濃度を調整するという理由から、水(水蒸気)は窒素ガスと同様に可燃性ガスと酸素の濃度を調整するという理由と触媒のコーキングを抑制するという理由から、分子状酸素含有ガスと原料ガスと共に反応器に供給するのが好ましい。
【0022】
反応器に供給する原料ガスは、分子状酸素含有ガスと混合されると、酸素と可燃性ガスの混合物となることから、爆発範囲に入らないように各々のガス(ブテン、空気、及び必要に応じて窒素ガスと水(水蒸気))を供給する配管に設置された流量計にて流量を監視しながら、反応器入り口の組成制御を行い、例えば、後述の原料ガス組成の範囲に調整される。なお、ここでいう爆発範囲とは、酸素と可燃性ガスの混合ガスが何らかの着火源の存在下で着火するような組成を持つ範囲のことである。可燃性ガスの濃度がある値より低いと着火源が存在しても着火しないことが知られており、この濃度を爆発下限界という。また可燃性ガスの濃度がある値より高いとやはり着火源が存在しても着火しないことが知られており、この濃度を爆発上限界という。各々の値は酸素濃度に依存しており、一般に酸素濃度が低いほど両者の値が近づき、酸素濃度がある値になったとき両者が一致する。このときの酸素濃度を限界酸素濃度と言い、酸素濃度がこれより低ければ可燃性ガスの濃度によらず混合ガスは着火しない。
【0023】
本発明の反応を開始するときは、最初に反応器に供給する空気などの分子状酸素含有ガス、窒素、水蒸気の量を調整して反応器入り口の酸素濃度が限界酸素濃度以下になるようにしてから可燃性ガス(主に原料ガス)の供給を開始し、次いで可燃性ガス濃度が爆発上限界よりも濃くなるように可燃性ガス(主に原料ガス)と空気などの分子状酸素含有ガスの供給量を増やしていくのが良い。可燃性ガス(主に原料ガス)と分子状酸素含有ガスの供給量を増やしていくときに窒素および/または水蒸気の供給量を減らして混合ガスの供給量が一定となるようにしても良い。こうすることで、配管および反応器におけるガスの滞留時間を一定に保ち、圧力の変動を抑えることが出来る。
【0024】
なお、爆発範囲外であっても、ある温度、圧力条件下で、ある時間保持されると発火する場合がある。このときの保持時間を発火遅れ時間という。反応器周りを設計するときは原料配管や生成ガス配管の滞留時間が発火遅れ時間以下になるように設計する必要がある。発火遅れ時間は温度や圧力、組成に依存するので一概には言えないが、混合原料配管の滞留時間は1000秒以下、生成ガス配管の滞留時間は10秒以下もしくは生成ガスを10秒以内に350℃以下に冷却することが望ましい。
【0025】
以下に、原料ガスの代表的な組成を示す。
<原料ガス組成>
n−ブテン:C留分合計に対して50〜100vol%
留分合計:5〜15vol%
:C留分合計に対して40〜120vol/vol%
:C留分合計に対して500〜1000vol/vol%
O:C留分合計に対して30〜900vol/vol%
反応器内には、後述のモリブデン含有金属酸化物触媒が存在しており、触媒上でn−ブテンが酸素と反応し、ブタジエンと水が生成する。この酸化脱水素反応は発熱反応であり、反応により温度が上昇するが、反応温度は280〜400℃の範囲に調整することが好ましい。反応器内の触媒や反応ガスは、接触している冷却伝面を介して冷媒(例えば、ジベンジルトルエンや硝酸塩、亜硝酸塩など)などによって除熱される。除熱することで、反応器内の温度を一定に制御するのが好ましい。
【0026】
反応器の圧力は、特に限定されないが、通常、0MPaG以上、好ましくは、0.001MPa以上、更に好ましくは、0.01MPaG以上である。この圧力の値が大きくなるほど、反応器に反応ガスを多量に供給できるというメリットがある。一方、反応器の圧力は、通常0.5MPaG以下であり、好ましくは0.3MPaG以下、更に好ましくは、0.1MPaGである。この圧力の値が小さくなるほど、爆発範囲が狭くなる傾向にある。
【0027】
反応器の滞留時間は、特に限定されないが、好ましくは0.72秒以上、更に好ましくは0.80秒以上である。この滞留時間の値が大きくなるほど、原料ガス中のモノオレフィンの転化率が高くなるというメリットがある。一方、反応器の滞留時間は、好ましくは5秒以下、更に好ましくは4秒以下である。この滞留時間の値が小さくなるほど、反応器が小さくなる傾向にある。
【0028】
反応器内で酸化脱水素反応によって生成される共役ジエンは、反応器出口から流出される生成ガス中に含まれるが、その生成ガス中に含まれる原料ガス中のモノオレフィンに対応する共役ジエンの濃度は、原料ガス中に含まれるモノオレフィンの濃度に依存するが、通常1〜15vol%、好ましくは、2〜13vol%、更に好ましくは3〜11vol%である。共役ジエンの濃度が大きいほど、回収コストが低いというメリットがあり、小さいほど反応器出口以降の後段の工程で圧縮したときに重合などの副反応が起き難いというメリットがある。また、生成ガス中には未反応のモノオレフィンも含まれていてもよく、その濃度は、通常0〜7vol%、好ましくは、0〜4vol%、更に好ましくは0〜2vol%である。
【0029】
本発明において、生成ガス中に含まれる副生物としては、特に限定されないが、アルデヒド類などが挙げられる。これらの量は、特に限定されないが、通常、生成ガス中に0.20〜1.00重量%、好ましくは0.21〜0.50重量%である。
また、生成ガス中に含まれる副生物の中に高沸点副生物も存在してよいが、この高沸点副生物とは、具体的には、フタル酸類や多環芳香族のことであり、具体的には、フタル酸、安息香酸、アントラキノンなどが挙げられる。これらの量は、特に限定されないが、通常、生成ガス中に0.01〜0.15重量%、好ましくは、0.01〜0.03重量%である。
【0030】
本発明で用いる触媒は、モリブデンを含む金属酸化物触媒であり、モリブデンを含む金属酸化物触媒であれば特に限定されないが、モリブデンに加えて、更にビスマスおよびコバルトを含む複合金属酸化物触媒がより好ましい。これらの触媒自体は、公知の触媒であって、例えば特許文献1等に開示されている方法によって製造することができる。
触媒の形状は、特に限定されないが、反応器の形式に応じて、適宜変更することが出来る。例えば、流動床反応器の場合は、粉体状や微粒子上にして用いてもよい。また、固定床反応器の場合は、押出し成型、打錠成型、あるいは担持成型等の方法により任意の形状に賦形して固定床反応器の触媒としてもよい。また反応活性を調整するため、触媒と共にイナートボールを反応器に存在させてもよい。イナートボールは触媒や原料ガス、分子状
酸素含有ガスと不活性な物質からなるものであれば、特に限定されないが、例えば、シリカ、アルミナ、ジルコニア、セラミックの球状体などが用いられる。イナートボールの大きさは、通常、触媒と同等の大きさであり、その径は固定床反応器に用いる時には2〜10mm程度、流動床反応器に用いる時には10〜300μm程度である。
【0031】
本発明では、反応器内の冷却伝面に付着したモリブデン量を20mg/m以下に維持する(なお、ここでいうモリブデン量は冷却伝面の単位面積当たりの冷却伝面への付着モリブデン量のことである。)。なお、このモリブデン量としては、好ましくは15mg/mであり、より好ましくは10mg/mであり、特に好ましくは5mg/mである。
【0032】
なお、「反応器内の冷却伝面」とは、反応器内で触媒や反応ガスと冷媒がその面を介して熱交換して、反応器内で発生する熱を除熱できる伝面を含むものである。例えば、熱交換型反応器が管型、槽型若しくはプレート型の固定床反応器の場合、具体的には、充填した触媒、または反応ガスと接触する表面である。また流動床反応器の場合、反応器内に設置された冷却媒体が流れる配管の触媒との接触する表面、あるいは反応器の外部に設置された反応ガス冷却器の反応ガスと接触する表面である。
【0033】
本発明のように、モノオレフィンと酸素とをモリブデンを含む金属酸化物触媒を用いて気相酸化脱水素反応を行うと、共役ジエンと水とを生成するが、発生する水により触媒からモリブデンが水和物として揮発し、反応で発生する熱を除熱するための冷却伝面上では酸化モリブデンとして析出する。共役ジエンが存在する雰囲気下で、析出した酸化モリブデンが共役ジエン同士を重合させる触媒のような働きをすることで、図3に示すように、高分子量の炭素質物質が酸化モリブデンを覆うようにコーキングが発生すると考えられる。
【0034】
上記のようなメカニズムによれば、反応器内の冷却伝面に、一旦コーキングが起きると、触媒と接触する伝熱管の表面にコークが付着するために伝熱が阻害され除熱量が低下し生産量が低下する。更に、固定床型の反応器においては触媒層の閉塞により原料流通が困難になり、反応を停止して触媒を抜出して反応管を洗浄しなければならない。また流動床型の反応器においては、コークによる触媒の流動性の悪化で反応温度の制御が困難になる。
【0035】
冷却伝面に付着するモリブデン量を20mg/m以下に維持する方法としては、モリブデン含有金属酸化物触媒のモリブデン成分が揮発するのを抑制したり、揮発したモリブデンが冷却伝面上にモリブデン酸化物として析出するのを抑制したりすればよく、その手段としては上述した冷却伝面の粗度や反応温度と冷媒温度の温度差、スチームなどを制御する手段を用いて実施できる。
【0036】
触媒中の金属モリブデンが揮発するのを抑制する手段としては、例えば、反応温度を下げたり、反応器に原料ガスとともに水蒸気を供給する際に、反応器内の水蒸気の濃度を下げたりすることなどが挙げられる。これらは単独で行っても組み合わせて行ってもよい。反応温度を下げてモリブデンの揮発を抑制する際は、モリブデンの蒸気圧は温度が高くなるほど、蒸気圧が高くなるので温度は低い方がモリブデンの揮発が抑制されるので望ましいが、反応温度が低いと反応速度が低下し、酸化脱水素反応を行う反応器が大型化する恐れがある。
【0037】
酸化モリブデンの析出を抑える手段としては、例えば、反応温度と冷却媒体との温度差を小さくして、反応器内のモリブデン濃度と冷却伝面表面での蒸気圧との差を小さくしたり、冷却伝面の表面の粗度を小さくしたりする方法がある。これらの方法は単独でも組み
合わせてもよい。
反応温度と冷却媒体との差を小さくする方法としては特に限定されない。例えば固定床型の反応器においては5〜220℃、好ましくは15〜150℃、さらに好ましくは20〜100℃が好適に用いられる。この温度差が小さすぎると、除熱の為に大きな伝熱面積が必要になり、逆に大きすぎると反応器構造上の問題(機械的な強度)、反応温度の制御が難しくなる傾向がある。
【0038】
また、流動床型の反応器を用いた場合には、触媒層に伝熱管を浸漬する方法に代表されるように、原料ガスを用いて触媒を流動させ、伝熱媒体を流通させた伝熱管の外表面を触媒と接触させる事で反応熱の除熱を行うのが一般的である。
流動床反応器についてはスチームを発生させてその蒸発潜熱で除熱をするのが一般的であり、スチームの温度は冷却媒体の圧力で決定されるため、その圧力は一般的には1〜10.0MPaGで操作される。温度が高い(圧力が高い)場合には装置の耐圧を満足するための建設費が高くなる問題があり、また温度が低い(圧力が低い)場合には、発生したスチームの温度が低いため工業的に用途がなくなり無駄にスチームを捨てることになり経済的に好ましくない。したがって、圧力は通常1.0〜10.0MPaGであり、好ましくは1.5〜5.0MPaGで操作される。熱水の温度としては180〜310℃が好ましく、さらに好ましくは200〜265℃が好ましい。したがって、反応温度との差では15〜220℃が好ましく、さらに好ましくは30〜200℃が好ましい。
【0039】
冷却伝面の表面粗度が大きくなると酸化モリブデンがより析出、付着しやすくなるためにコーキングが大きくなる。粗度は小さい方がモリブデンの析出が抑えられる傾向にある。表面粗度を小さくする方法は特に限定されるものではないが、一般的にはバフ等の研磨材による機械的な研磨、電解研磨、メッキ等の手法が好適に用いられる。機械的に研磨する方法においては用いる研磨材の目を小さくすることでより小さな表面粗度が得られる。また電解研磨を行うと、鏡面の様ななめらかな面が達成され、好適にRaを小さくすることができる。メッキを行う方法としては、電解メッキ、無電解メッキ等が好適に用いられ、反応装置の腐食、コストからニッケルを主成分とするメッキが好適に用いられる。電解研磨、メッキ法は機械的研磨の研磨痕まで滑らかにする事が出来るのでより好ましい方法である。表面粗度は平均粗度Raで10μm以下、好ましくは5μm以下、更に好ましくは3μm以下である。
[実施例]
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0040】
[参考例1]
三酸化モリブデン(MoO)によるコーキングの観測
図1に示す装置を用いて、三酸化モリブデンのコーキング実験を行った。内径6mmのガラス製反応管に三酸化モリブデン(和光純薬工業(株)製)を1グラム充填した。原料ガ
ス供給口から、1,3-ブタジエン、酸素、窒素及び水蒸気を表1の組成からなる混合ガ
スを2.0NL/hで供給した。
【0041】
電気ヒーターでガラス製反応管を360℃に加熱し、反応管の出口から流出する廃ガスの一部を排出口から排出させながら、上記混合ガスを反応管に48時間流通させた。48時間後に混合ガスの供給を止め、反応管から三酸化モリブデンを取り出すと、黒色に変色して硬く固着していた。またMETTLER社製の熱天秤TGA/DSC1型で空気流通下に昇温し、200〜500℃の間の重量減少を調べると、13.6重量%の重量減少があった。
【0042】
この結果から、MoOは水とブタジエンの存在するガスとの接触により、炭素質化合物(コーク)が生成し、激しくコーキングする事がわかる。
【0043】
【表1】

【0044】
[参考例2]
複合金属酸化物触媒の製造
パラモリブデン酸アンモニウム54gを純水250mlに70℃に加温して溶解させた。次に、硝酸第二鉄7.18g、硝酸コバルト31.8g及び硝酸ニッケル31.8gを純水60mlに70℃に加温して溶解させた。これらの溶液を、充分に攪拌しながら徐々に混合した。
【0045】
次に、シリカ64gを加えて、充分に攪拌した。このスラリーを75℃に加温し、5時間熟成した。その後、このスラリーを加熱乾燥した後、空気雰囲気で300℃、1時間の熱処理に付した。
得られた触媒前駆体の粒状固体(灼熱減量:1.4重量%)を粉砕し、パラモリブデン酸アンモニウム40.1gを純水150mlにアンモニア水10mlを加え溶解した溶液に分散した。次に、純水40mlにホウ砂0.85g及び硝酸カリウム0.36gを25℃の加温下に溶解させて、上記スラリーを加えた。
【0046】
次に、Naを0.45%固溶した次炭酸ビスマス58.1gを加えて、攪拌混合した。このスラリーを130℃、12時間加熱乾燥した後、得られた粒状固体を、小型成型機にて径5mm、高さ4mmの錠剤に打錠成型し、次に500℃、4時間の焼成を行って、触媒を得た。仕込み原料から計算される触媒は、次の原子比を有する複合酸化物であった。
Mo:Bi:Co:Ni:Fe:Na:B:K:Si=12:5:2.5:2.5:0.4:0.35:0.2:0.08:24
なお、触媒調製の際のモリブデンの原子比aとaは、それぞれ6.9と5.1であった。
【0047】
[実施例1]
ブテンの酸化脱水素反応によるブタジエンの製造
図2に示す多管式の固定床反応器を用いてブテンの酸化脱水素反応によるブタジエンの製造を行った。
ブテンの酸化脱水素反応を行う前に、予め図2の反応器内の反応管113本(長さ:3,500mm、内径:27mm、材質:SUS304)の中から無作為に5本抽出し、それら5本の反応管の内面を180#バフ(JIS H 0400)で研磨した。反応管内面の表面粗
度は表面粗さ測定器(ミツトヨ(株)製、型式:SJ−301)を用いて測定し、5本の表面粗さの平均値(表面粗さRa)は1.3μmであった。
【0048】
この研磨した5本の反応管それぞれの下部に参考例2で得られた触媒78mlとイナートボール22mlを混合して充填した。更にその上部に触媒73mlとイナートボール275mlを混合して充填した。なお、反応に使用した触媒粒子中のモリブデン濃度は24.2重量%、触媒粒子中のシリカ濃度は14.2重量%、反応管の触媒層高さ20cmに充填される触媒充填量は63gであった。
【0049】
また、この5本以外の研磨していない反応管108本にも同様に触媒とイナートボールを充填した。
なお、反応管の差圧測定は次のように行った。すなわち、15NL/minの窒素を各反応管の上から流通させて、反応管の入口部での圧力を測定し、大気圧との差を反応開始前の反応管差圧とした。差圧測定結果を表−4に示す。
【0050】
そして、原料ガスとしてナフサ分解で副生するC4留分からのブタジエンの抽出分離プロセスから排出された表−2に示される成分組成のBBSS、空気、窒素及び水蒸気をそれぞれ15.7Nm/h、81.7Nm/h、62.5Nm/h及び17.7Nm/hの流量で供給し、予熱器で214℃に加熱した後、原料ガス入口から多管式反応器に供給した。反応器の胴側には温度360℃の冷媒を流して、反応管内部の最高温度を395〜400℃に調整した。
【0051】
生成ガス出口から得られる表−3の組成のブタジエンを含む生成ガスを抜き出しながら、2000時間の連続運転を行った後、反応を停止した。反応停止後に反応前と同様に反応管の差圧を測定した。結果を表−4に示す。
また、研磨した5本の反応管の触媒層下端から上へ200mmの間の壁面付着物を掻きとって、付着したモリブデン化合物の量を測定した。更に、研磨した5本の反応管の壁面付着物を蛍光X線分析装置(Philips Inc.製、型式:PW2405型蛍光X
線分光計)で分析した。また、モリブデン、ビスマスの濃度は、あらかじめ既知濃度の物質を用いて作成しておいた検量線から求めた。結果を表−4に示す。
【0052】
なお、析出モリブデン濃度は下記式によって算出される。
析出モリブデン量=付着物中のモリブデン量−付着した触媒中のモリブデン量
=付着物中のモリブデン量−付着物中のビスマス量×(触媒中のモリブデン/ビスマス重量比)
なお、付着物中のモリブデン量(mg)は下記式によって算出される。
【0053】
付着物中のモリブデン量(mg)=(付着物重量)×(蛍光X線分析で求めたモリブデン濃度)
付着物中のビスマス量(mg)はモリブデン分析と同様に下記式によって算出される。
付着物中のビスマス量(mg)=(付着物重量)×(蛍光X線分析で求めたビスマス濃度)
また、触媒中のモリブデン/ビスマス重量比は1.10であった。
【0054】
そして、反応管内に付着するモリブデン量(mg/m)は、200mmの壁面の表面積は3.14×0.027×0.2=0.017mなので、析出モリブデン量÷0.017により算出される。
【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
[実施例2]
実施例1において、5本の反応管の内面を400#バフ(JIS H 0400)で研磨し、5
本の表面粗さの平均値(表面粗さRa)を1.1μmとした以外は、全て同様に実施した。結果を表−4に示す。
[実施例3]
実施例1において、5本の反応管の内面を600#バフ(JIS H 0400)で研磨し、5
本の表面粗さの平均値(表面粗さRa)を0.39μmとした以外は、全て同様に実施した。結果を表−4に示す。
【0058】
[比較例1]
実施例1において、5本の反応管の内面を研磨せずに、5本の表面粗さの平均値(表面粗さRa)を3.2μmとした以外は、全て同様に実施した。結果を表−4に示す。
【0059】
【表4】

【0060】
実施例1〜3と比較例1の結果から、反応器内の冷却伝面に付着するモリブデン量を20mg/m以下に維持することで、反応管の差圧は小さくなり、コーキングによる反応管の閉塞を回避できる効果が期待される。
【符号の説明】
【0061】
1 ガラス製反応管
2 原料ガス供給口
3 温度指示計
4 温度指示計保護管
5 電気ヒーター
6 三酸化モリブデン
7 排出口
10 多管式反応器
11 反応管
12 反応器胴側
13 原料ガス入口
14 生成ガス出口
15 冷媒入口
16 冷媒出口
17 イナート層
18 触媒層下層
19 触媒層上層
20 反応器内の冷却伝面
21 モリブデン含有金属酸化物触媒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子数4以上のモノオレフィンを含む原料ガスと分子状酸素含有ガスとを、モリブデン含有金属酸化物触媒を有する熱交換型反応器に供給し、冷媒を用いて反応熱を除去しながら酸化脱水素反応を行うことにより、対応する共役ジエンを製造する方法であって、該反応器内の冷却伝面に付着するモリブデン量を20mg/m以下に維持する共役ジエンの製造方法。
【請求項2】
前記モリブデン含有金属酸化物触媒が、ビスマス及びコバルトを更に含有する複合金属酸化物触媒であることを特徴とする請求項1に記載の共役ジエンの製造方法。
【請求項3】
前記原料ガスが、ナフサ分解で副生するC留分(BB)からブタジエン及びi−ブテンを分離して得られるn−ブテン(1-ブテン及び2-ブテン)を主成分とする留分(BBSS)、エチレンの2量化により得られる1−ブテン、シス−2−ブテン、トランス−2−ブテン若しくはこれらの混合物を含有するガス、n−ブタンの脱水素若しくは酸化脱水素反応により生成するブテン留分、及び重油留分を流動接触分解する際に得られる炭素原子数が4の炭化水素を多く含むガスからなる群より選ばれる少なくとも1種以上のガスであることを特徴とする請求項1又は2に記載の共役ジエンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−211126(P2012−211126A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−59291(P2012−59291)
【出願日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】