説明

共鳴トンネルダイオード及びその製造方法

【課題】ピークバレイ電流比が高く、特殊な装置を用いることなく作製することができる、共鳴トンネルダイオード及びその作製方法を提供する。
【解決手段】第1の量子井戸層11と第2の量子井戸層12とを対に配置する。第1の量子井戸層11及び第2の量子井戸層12を何れもπ共役系分子により構成する。π共役系分子は、分子軌道のエネルギー準位がエネルギー高低方向に離散化して孤立に存在しておりかつエネルギーの高低方向に局所的に急峻な状態密度を有する。第1の量子井戸層11を第1のエネルギー障壁層13と第2のエネルギー障壁層14とにより挟んで形成し、第2の量子井戸層12を第2のエネルギー障壁層14と第3のエネルギー障壁層15とにより挟んで形成する。第1のエネルギー障壁層13の第1の量子井戸層11と逆側に第1の電極16を形成し、第3のエネルギー障壁層15の第2の量子井戸層12と逆側に第2の電極17を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は半導体電子回路等の高速素子、機能素子に利用される共鳴トンネルダイオードとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の共鳴トンネルダイオードは、化合物半導体を用いた超格子ヘテロ構造を作製することで、量子井戸層を一対のエネルギー障壁層で挟んだ構造を有する。このような共鳴トンネルダイオードでは、2つのエネルギー障壁層を電子が通過する際、入射電子のエネルギーがエネルギー障壁層で挟まれた量子井戸層に局在したエネルギー準位と一致した場合に、量子力学的トンネル確率が共鳴的に増加して電流−電圧特性に大きな負性抵抗がみられる。共鳴トンネルダイオードは、こうした性質を利用してマイクロ波の発振や高速スイッチングを行うことが可能である。このような共鳴トンネルダイオードとして、例えば、非特許文献1にはGaAsとAlGaAsの超格子ヘテロ構造を作製することが報告されている。
【0003】
非特許文献2には、非特許文献1のように化合物半導体を用いず、量子井戸としてフラーレン分子を用いることにより電流−電圧特性に負性抵抗を観察したことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】L. L. Chang, L. Esaki, R. Tsu, Appl. Phys. Lett., 24, 593 (1974)
【非特許文献2】C. Zeng, H. Wang, B. Wang, J. Yang, J. G. Hou, Appl. Phys. Lett., 77, 3595 (2000).
【非特許文献3】Y. Yasutake, Z. Shi, T. Okazaki, H. Shinohara, Y. Majima, Nano Lett., 5, 1057 (2005)
【非特許文献4】Hong Zhang, Yuhsuke Yasutake, Yuhkatsu Shichibu, Toshiharu Teranishi and Yutaka Majima,Phys. Rev. B., 72 (2005) 205441
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1のように、従来の共鳴トンネルダイオードでは量子井戸層を形成する場合に、超高真空中でのエピタキシャル成長やイオンインプランテーションなどを用いるため、コストが嵩むうえ大面積化に適さないという問題があった。
【0006】
非特許文献2で報告されたものにあっては、共鳴トンネルダイオードとして利用する際の指標であるピークバレイ電流比、即ち電流−電圧特性におけるピーク電流とバレイ電流の比率が1.6であり、大きな値を取ることが難しかった。
【0007】
本発明はこのような問題を解決するためになされたもので、ピークバレイ電流比が高く、特殊な装置を用いることなく作製することができる、共鳴トンネルダイオード及びその作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、分子軌道のエネルギー準位が離散的に存在するπ共役系分子をエネルギー障壁で相対させることにより、負性抵抗特性が得られることに注目して、本発明を完成するに至った。
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の共鳴トンネルダイオードは、第1の量子井戸層と第2の量子井戸層とが対に配置されてなり、第1の量子井戸層及び第2の量子井戸層が何れもπ共役系分子により構成され、π共役系分子は、分子軌道のエネルギー準位がエネルギー高低方向に離散化して孤立に存在しておりかつエネルギーの高低方向に局所的に急峻な状態密度を有する。
具体的な第1の構成として、第1の量子井戸層が第1のエネルギー障壁層と第2のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層が第2のエネルギー障壁層と第3のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、第1のエネルギー障壁層の第1の量子井戸層と逆側に第1の電極が形成され、第3のエネルギー障壁層の第2の量子井戸層と逆側に第2の電極が形成されている。
具体的な第2の構成として、第1の量子井戸層が第1の電極とエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層がエネルギー障壁層と第2の電極とに挟まれて形成され、第1の電極、第2の電極を構成する金属の仕事関数と第1の量子井戸層、第2の量子井戸層を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、第1の電極と第2の電極とに印加される電圧により変化しない。
具体的な第3の構成として、第1の量子井戸層が第1の電極と第1のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層が第1のエネルギー障壁層と第2のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、第2のエネルギー障壁層の第2の量子井戸層と逆側に第2の電極が形成され、第1の電極を構成する金属の仕事関数と第1の量子井戸層を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、第1の電極と第2の電極とに印加される電圧により変化しない。
上記各構成において、第1の電極と前記第2の電極とがナノギャップを形成している。
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の共鳴トンネルダイオードは、基板上にナノギャップを有するように第1の電極と第2の電極の対を形成するステップと、第1の電極と第2の電極にπ共役系分子をそれぞれ吸着させるステップと、を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、各量子井戸層がπ共役系分子により形成されているため、比較的簡単な構成の共鳴トンネルダイオードを提供することができる。π共役系分子と同じくフラーレンの分子により量子井戸層を形成した場合と比べて数倍のピークバレイ比を有する共鳴トンネルダイオードを提供することができる。また、特殊な装置でなく汎用性のある装置を用いることで、共鳴トンネルダイオードを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1実施形態に係る共鳴トンネルダイオードのエネルギーバンド図である。
【図2】図1に示す共鳴トンネルダイオードの動作原理を示す図である。
【図3】本発明の第2実施形態に係る共鳴トンネルダイオードのエネルギーバンド図である。
【図4】本発明の第3実施形態に係る共鳴トンネルダイオードのエネルギーバンド図である。
【図5】本発明の各実施形態に係る共鳴トンネルダイオードの作製方法を説明するための図である。
【図6】図1に示す共鳴トンネルダイオードにおける電流−電圧特性の計算結果を示す図である。
【図7】実施例1において作製した共鳴トンネルダイオードの構造を模式的に示す図である。
【図8】実施例1において見積もったエネルギー準位構造を示す図である。
【図9】トリベンゾサブポルフィン誘導体の化学構造の一部を模式的に示す図である。
【図10】実施例1に関し、電極上のトリベンゾサブポルフィリンの表面像である。
【図11】実施例1において作製した共鳴トンネルダイオードにおける電流―電圧特性を示す図である。
【図12】実施例2において作製した共鳴トンネルダイオードにおける室温での電流−電圧特性を示す図である。
【図13】実施例2において作製した共鳴トンネルダイオードにおける温度90Kでの電流−電圧特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。
図1は本発明の第1実施形態に係る共鳴トンネルダイオードのエネルギーバンド図である。本発明の第1実施形態に係る共鳴トンネルダイオード10は、第1の量子井戸層11と第2の量子井戸層12とが対に配置されてなり、第1の量子井戸層11及び第2の量子井戸層12が何れもπ共役系分子により構成され、π共役系分子は、分子軌道のエネルギー準位がエネルギー高低方向に離散化して孤立に存在しており、かつ、エネルギーの高低方向に局所的に急峻な状態密度を有する。
【0014】
図1に示す共鳴トンネルダイオード10は、量子井戸層11,12を相対させ3つのエネルギー障壁層13,14,15で挟んだ構造を有する。具体的には、第1の量子井戸層11が第1のエネルギー障壁層13と第2のエネルギー障壁層14とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層12が第2のエネルギー障壁層14と第3のエネルギー障壁層15とにより挟まれて形成され、第1のエネルギー障壁層13の第1の量子井戸層11と逆側に第1の電極16が形成され、第3のエネルギー障壁層15の第2の量子井戸層12と逆側に第2の電極17が形成されている。つまり、第1のエネルギー障壁層13と第2のエネルギー障壁層14とで挟まれた第1の量子井戸層11と、第2のエネルギー障壁層14と第3のエネルギー障壁層15とで挟まれた第2の量子井戸層12と、が相対して配置され、第1のエネルギー障壁層13と第3のエネルギー障壁層15の各量子井戸層と逆側にそれぞれ第1の電極16、第2の電極17が配置されている。
【0015】
ここで、π共役系分子は、サイズが小さくなると分子軌道のエネルギー準位が離散化するため、第1、第2の量子井戸層11,12として用いることができる。共鳴トンネルダイオード10では、後述するように、π共役系分子を、溶液系からの吸着や真空蒸着によりナノギャップを有する第1の電極16、第2の電極17間に分散させる。従って、従来のように化合物半導体系の共鳴トンネルダイオードを作製する際に必要となる超高真空中でのエピタキシャル成長やイオンインプランテーションなどを用いる必要がない。
【0016】
各量子井戸層を構成するπ共役系分子は、分子軌道のエネルギー準位がエネルギー方向に離散化して孤立に存在し、エネルギーの高低方向に局所的に急峻な状態密度を持つものである。
ここで用いる分子軌道のエネルギー準位は、最高被占軌道(HOMO:Highest Occupied Molecular Orbital)、最低空軌道(LUMO:Lowest Unoccupied Molecular Orbital)などであり、HOMOとLUMOとのギャップは1eV以上、HOMOとHOMO−1とのギャップ、LUMOとLUMO+1とのギャップは0.2eV以上、好ましくは0.3eV以上、更に好ましくは0.5eV以上である。このようなレベル差が好ましい理由について説明する。分子軌道のエネルギー準位の状態密度は、軌道毎にエネルギー幅を有しており、標準偏差として0.05〜0.1eV程度の値を持っている。隣り合った軌道が隣接していると、ピーク電流を超えて電圧を加えた際に、次のエネルギー準位の状態密度とオーバーラップしてしまい、バレイ電流が小さくなりにくくなる。標準偏差を考慮すると、上記のようなレベル差が好ましいことになる。
また、軌道が縮退している場合や軌道のエネルギー準位が近接している場合は、それらをひとまとまりと考え、その次に存在するエネルギー準位が0.2eV以上、好ましくは0.3eV以上、更に好ましくは0.5eV以上である。
第1、第2、第3のエネルギー障壁13,14,15は真空や自己組織化単分子膜からなる層であってもよい。
【0017】
π共役系分子としては、π共役している分子骨格部分の大きさが2nm以下で、平面構造であると、エネルギー的に隣り合わせの分子軌道のエネルギー準位の差が小さくなるため、同一平面上になく、お椀型をしているものが好ましい。例えば化学式(1)に示されるトリベンゾサブポルフィン誘導体や化学式(2)に示されるメソトリアルキルサブポルフィリン誘導体を用いることができる。トリベンゾサブポルフィン誘導体の主骨格はピロール環3つからなる三角形構造をもつπ共役系分子であり、主骨格の中心のホウ素原子を介して5−メルカプト−1−ヘキサノールを持っており、5−メルカプト−1−ヘキサノールが絶縁性を有しているため、エネルギー障壁となる。この他に、スマネン、コランヌレン(5角形を中心に5つのフェニルで囲んだ構造)、7−サーキュレン(7角形を中心に周囲を7つのフェニルで囲んでおり、コランヌレンとは逆に鞍状の構造をとるπ共役系分子)などが好ましい。
【化1】

【化2】

【0018】
次に、本発明の第1実施形態に係る共鳴トンネルダイオード10の動作について説明する。
図2は図1に示す共鳴トンネルダイオード10に対して第1の電極16と第2の電極17の間に電圧を印加した際の、エネルギー状態の変化を表した図である。電圧を印加していない状態において、図1のように第1の電極16、第2の電極17の仕事関数、第1の量子井戸層11を構成するπ共役系分子、第2の量子井戸層12を構成するπ共役系分子における最低空分子軌道(LUMO)、最高被占有分子軌道(HOMO)、HOMOに最も近接した被占有分子軌道(HOMO−1)が配置されているものとする。
【0019】
図1に示す状態から第2の電極17に負の電圧を印加すると、第1の量子井戸層11を構成するπ共役系分子(第1のπ共役系分子)、第2の量子井戸層12を構成するπ共役系分子(第2のπ共役系分子)の分子軌道のエネルギー準位が変化し、図2(a)のようになる。第1の量子井戸層11と第2の量子井戸層12によって構成されるエネルギー障壁14の容量C2が、第1の電極16と第1の量子井戸層11によって構成されるエネルギー障壁13の容量C1並びに第2の量子井戸層12と第2の電極17によって構成されるエネルギー障壁15の容量C3よりも小さい場合、電圧分担の関係から印加された電圧の多くはエネルギー障壁14に印加される。
【0020】
いま、第2の電極17に印加する電圧をVとし、第1の電極16と第1の量子井戸層11によって構成されるエネルギー障壁13の容量をC1、第1の量子井戸層11と第2の量子井戸層12によって構成されるエネルギー障壁14の容量C2、第2の量子井戸層12と第2の電極17によって構成されるエネルギー障壁の容量をC3とした場合、エネルギー障壁13,14,15それぞれに印加される電位差V1,V2,V3は次のように記述される。
【数1】

【数2】

【数3】

従って、第2のエネルギー障壁14の容量C2が、第1のエネルギー障壁13の容量C1並びに第3のエネルギー障壁15の容量C3よりも小さい場合、印加された電圧Vの大半は第2のエネルギー障壁14に印加される。
【0021】
第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMOのエネルギー準位が一致すると、量子力学的トンネル確率が共鳴的に増加して電流の急峻な増加が起こる。図中の点線で示す矢印が電子の流れを示す。
【0022】
さらに大きな負の電圧を印加すると、図2(b)に示すように、第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMOのエネルギー準位が一致しなくなり、第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMO−1のエネルギー準位が重ならない間は電流が減少する。
その後、第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMO−1のエネルギー準位が重なるまで負の電圧を印加すると、再度電流の急峻な増加が起こる。
【0023】
上述の第1実施形態にあっては、第1の量子井戸層11及び第2の量子井戸層12をそれぞれ各エネルギー障壁13,14,15で挟んで相対させているものの、両側のエネルギー障壁13,15の何れか一方又は双方を省略することも可能である。以下、詳細に説明する。
【0024】
図1に示す第1実施形態に係る共鳴トンネルダイオード10において、各エネルギー障壁層13,14,15は、回路的にはキャパシタンスと抵抗の並列接続であると考えることができる。伝導過程がトンネル過程であるとすると、抵抗はエネルギー障壁の厚さに対して指数関数的に変化し、有機物をエネルギー障壁とすると2オングストロームで1桁、真空障壁の場合は1オングストロームで1桁程度抵抗が変化する(非特許文献3及び4)。障壁の厚さが1nm以下となってくると抵抗は小さくなり、抵抗が量子化コンダクタンスh/(2e)の逆数よりも小さくなると、クーロンブロッケード現象は観察されなくなる。ここで、hはプランク定数、eは素電荷である。このように抵抗が小さい状態では、エネルギー障壁には実質的に電圧が掛からなくなり、金属の仕事関数と有機分子のフェルミ準位の位置関係が、外部から電界を加えても動かない、いわゆる「エネルギー準位のピン留め効果」が起きる。このことから、第1実施形態における第1、第3のエネルギー障壁層13,15を省略することもできる。
【0025】
図3は、第2実施形態に係る共鳴トンネルダイオード20のエネルギーバンド図である。図3に示すように、第1の量子井戸層21が第1の電極26とエネルギー障壁層24とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層22がエネルギー障壁層24と第2の電極27とに挟まれて形成され、第1の電極26、第2の電極27を構成する金属の仕事関数と第1の量子井戸層21、第2の量子井戸層22を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、第1の電極26と第2の電極27とに印加される電圧により変化しないことが必要となる。
【0026】
図4は、第3実施形態に係る共鳴トンネルダイオード30のエネルギーバンド図である。図4に示すように、第1の量子井戸層31が第1の電極36と第1のエネルギー障壁層34とにより挟まれて形成され、第2の量子井戸層32が第1のエネルギー障壁層34と第2のエネルギー障壁層35とにより挟まれて形成され、第2のエネルギー障壁層35の第2の量子井戸層32と逆側に第2の電極37が形成されてもよい。ただし、第1の電極36を構成する金属の仕事関数と第1の量子井戸層31を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、第1の電極36と第2の電極37とに印加される電圧により変化しないことが必要となる。
【0027】
第2、第3実施形態のように、第1、第2の量子井戸層21,22,31,33を構成するπ共役系分子を小さくすることにより、第1実施形態におけるエネルギー障壁13,15を介在しなくても、ピン留め効果により実際にはエネルギー障壁が存在する。なお、第1実施形態におけるエネルギー障壁13,15が存在するものの、ピン留め効果により外部電界が加わっても電極−量子井戸層のエネルギー準位の相対位置は変わらないと説明することもできる。
【0028】
ピン留め効果について、分類分けする必要がある理由は、負性微分コンダクタンスが観察される電圧が、ピン留め効果の有り無しにより変化するからである。ピン留め効果が無い場合には、上述の式(1)、式(2)、式(3)に表されるように3つの障壁によって電圧を分担する。一方、ピン留め効果がある時には、その障壁には電位差は発生しない。
【0029】
何れの実施形態においても、エネルギー障壁14,24,34に電位差が加わり、第1及び第2の量子井戸層11,12,21,22,31,32を構成するπ共役系分子の分子軌道のエネルギー準位が揃った際に、ピーク電流が流れ、そこからエネルギーがずれた、つまり電位差が変化した際の最小電流がバレイ電流になる。
【0030】
すなわち、順に、第1の電極とエネルギー障壁と第1の量子井戸層とエネルギー障壁と第2の量子井戸層と第2の電極とでなる構造においても、第1の量子井戸層及び第2の量子井戸層がπ共役系分子で構成されると、第1の量子井戸層と第2の量子井戸層との間に電圧が印加されて第1の量子井戸層と第2の量子井戸層での各分子間でのエネルギー準位の重なりが生じることにより、共鳴トンネル現象が起こる。したがって、二つの量子井戸層がエネルギー層を挟んでいることにより共鳴トンネルダイオードとなる。
【0031】
次に、本発明の各実施形態に係る共鳴トンネルダイオード10,20,30の作製方法について説明する。図5は本発明の各実施形態に係る共鳴トンネルダイオードの作製方法を説明するための図である。
共鳴トンネルダイオードは、基板41上にナノギャップを有するように第1の電極44と第2の電極45とで対を形成するステップと、この電極対間で第1の電極44と第2の電極45とのナノギャップにπ共役系分子をそれぞれ吸着させるステップと、により作製される。具体的な例を以下に説明する。
【0032】
共鳴トンネルダイオード40の作製は、先ず、シリコン酸化膜などの絶縁膜43が形成された半導体基板42を基板41として用い、ナノギャップを有するように第1の電極44と第2の電極45とを形成する。その際、電子ビームリソグラフィーや光リソグラフィーで数十nmのギャップを形成し、次にギャップ間をめっきで狭めて5nmの距離とすることが望ましい。これは再現性やプロセスの適合性が良く、多数の素子を一度に構築することができるからである。
【0033】
次に、コンパクトなπ共役系分子としては、例えば上述の化学式(1)で示されるトリベンゾサブポルフィン誘導体を用い、トリベンゾサブポルフィン誘導体をアセトニトリルに溶解して濃度5マイクロモルの混合液とし、その混合液に第1の電極44と第2の電極45を有する基板41に浸漬する。これにより、第1の電極44と第2の電極45上にトリベンゾサブポルフィン誘導体46,47が吸着する。5−メルカプト−1−ヘキサノールの長さが1.0nmであるため、第1の電極44に吸着したトリベンゾサブポルフィン誘導体46と第2の電極45に吸着したトリベンゾサブポルフィン誘導体47の間には空隙48が生じる。
【0034】
上記工程により図5に示すように、第1の電極44と、5−メルカプト−1−ヘキサノール46Aと、トリベンゾサブポルフィン46Bと、空隙48と、トリベンゾサブポルフィン47Bと、5−メルカプト−1−ヘキサノール47Aと、第2の電極45からなる共鳴トンネルダイオード40を作製することできる。
【0035】
なお、このような固体基板上素子では、アルキル鎖がはずれている可能性があり、エネルギー準位がピン留めされている可能性がある。
【0036】
図6は図1に示す共鳴トンネルダイオード10における電流−電圧特性をシミュレーションによって求めた結果である。縦軸は電流(任意メモリ)であり、横軸は電圧(V)である。第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMOのエネルギー準位の一致、並びに第1のπ共役系分子のLUMOと第2のπ共役系分子のHOMO−1のエネルギー準位の一致に起因した2つの急峻な電流ピークが見られている。急峻な電流ピークが現れピークバレイ比が大きくなるのは第1のπ共役系分子と第2のπ共役系分子との間の電子のトンネリングに関与するLUMO,HOMO,HOMO−1の分子軌道が孤立に存在し、局所的に急峻な状態密度を持っているためである。
【0037】
従って、分子軌道のエネルギー準位が離散的に存在するπ共役系分子を用い、前述した構造とすることにより、電流−電圧特性では大きなピークバレイ比を示すことになり、共鳴トンネルダイオードとして使用することができる。
【0038】
よって、本発明の各実施形態に係る共鳴トンネルダイオードによれば、次のような効果が得られる。すなわち、量子井戸層に用いられるπ共役系分子は、それ自体がナノサイズで存在するため、スピンコートやディップコートなどの簡単なコーティング手法や真空蒸着によりナノギャップ電極間に分散させることができる。従って、化合物半導体系の共鳴トンネルダイオードを作製する際に必要となる超高真空中でのエピタキシャル成長やイオンインプランテーションなどを用いる必要がないため、従来に比べて低コストで生産可能である。
【実施例1】
【0039】
実施例1の共鳴トンネルダイオードは以下のように作製した。図7は実施例1で作製した共鳴トンネルダイオード50を模式的に示す図である。
最初に、真空中において、劈開した雲母を500℃で2時間熱処理して正常な面とし、次にその雲母を450℃に加熱しながら金を蒸着法により堆積した。金を蒸着した雲母基板(図示せず)をガスバーナーで加熱することで、(111)面を有する金層を得た。
【0040】
次に、金からなる電極52上に自己組織化単分子膜53としてヘプタンチオール層を形成した。自己組織化単分子膜53としてのへプタンチオール層はヘプタンチオール53Aをエタノールに溶解して濃度1ミリモルの混合液とし、この混合液10ミリリットルに電極52を基板と共に48時間浸漬して形成した。
コンパクトなお椀型π共役系分子としては、上述の化学式(1)に示すトリベンゾサブポルフィン誘導体57を用いた。上述したように、トリベンゾサブポルフィン誘導体57の主骨格はピロール環3つからなる三角形構造をもつπ共役系分子であり、さらに主骨格の中心のホウ素原子を介して5−メルカプト−1−ヘキサノールを持っており、5−メルカプト−1−ヘキサノールは絶縁性を有しているためエネルギー障壁となる。
【0041】
トリベンゾサブポルフィン誘導体54の密度汎関数法による計算結果と走査トンネル分光とからエネルギー準位を見積もった。図8は実施例1において見積もったエネルギー準位構造を示す図である。
【0042】
トリベンゾサブポルフィン誘導体は、LUMOとHOMOのエネルギー差が2.56eV、HOMOとHOMO−1のエネルギー差が0.68eVと離散化したエネルギー準位を持っている。
【0043】
トリベンゾサブポルフィン誘導体をアセトニトリルに溶解して濃度5マイクロモルの混合液とし、その混合液7ミリリットルに対して、電極52上に自己組織化単分子膜53を形成した雲母基板を3時間浸漬させた。この工程により、ヘプタンチオール53Aとの置換反応によって、トリベンゾサブポルフィン誘導体54が、電極52に吸着する。図9はトリベンゾサブポルフィン誘導体の一部を模式的に示す図である。図10は実施例1で作製した試料を走査型トンネル顕微鏡で観察した際の表面像である。図10から単一のトリベンゾサブポルフィン誘導体が識別できることが分かる。このようにして観察されたトリベンゾサブポルフィン誘導体54に対し、電解研磨によりその先端をナノメートルオーダーにとがらせた上部電極56であるW線を緩やかに接触させることで、上部電極56であるW線にトリベンゾサブポルフィン57を付着させた。そして、図7に示すように、トリベンゾサブホルフィン誘導体54,57同士を略向かい合わせて数nmで離隔させた。これにより、実施例1としての共鳴トンネルダイオード50を作製した。
【0044】
実施例1で作製した共鳴トンネルダイオード50の電流−電圧特性を65Kで測定した。図11は、実施例1で作製した共鳴トンネルダイオードの電流−電圧特性についての測定結果を示し、(A)は電圧を負から正へ印加したときの測定結果で、(B)は電圧を正から負に印加したときの測定結果を示す図である。図11に示した電流−電圧特性から、−1.9V、−2.8V付近に電流ピークを持った負性抵抗特性が観測されている。
【0045】
この負性抵抗特性が発現する理由として、エネルギー準位が離散的に存在するπ共役系分子が二つ存在する場合、ある特定の印加電圧条件において二つの分子それぞれの離散的なエネルギー準位が一致し、共鳴トンネル現象が起こることが挙げられる。
【0046】
背景技術でも触れたように、従来から分子を用いた共鳴トンネルダイオードは提案されているが、その共鳴トンネルダイオードにおけるピークバレイ比が1.6程度であった。一方、実施例1での共鳴トンネルダイオードでのピークバレイ比は−2.8V付近においては、2.5程度であった。よって、従来と比較して、ピークバレイ比が約1.5倍となった。
【0047】
実施例1における結果から、走査型トンネル顕微鏡を用いて、一対のお椀型π共役系分子からなる量子井戸層がピークバレイ電流比2.5を示し、さらに2つ目の負性微分領域が観察され、供した分子のエネルギー準位と対応していることが分かる。
負性微分領域におけるピークバレイ電流比は、共鳴トンネルダイオードの性能指標の1つであり、大きければ大きいほどよい。実施例1の結果から、お椀型π共役系分子が量子井戸層として有効であることを示しており、しかもこれまでの分子を用いた例と比較して、ピークバレイ電流比が1.5倍と向上し、DFT(密度汎関数理論:Density Functional Theory)による分子のエネルギー準位の計算結果となっている。分子共鳴トンネルダイオードとして実用に供するには、さらなるピークバレイ電流比の向上(約10程度)が望まれるが、離散化したエネルギー準位を有する分子構造、素子構造を最適化することにより、達成することが見込まれる。
【実施例2】
【0048】
図5を参照して説明したように、実施例2として共鳴トンネルダイオード40を作製した。実施例2に係る共鳴トンネルダイオード40は以下のように作製した。先ず、シリコン酸化膜43が形成されたnシリコン基板42を基板41として用い、ナノギャップを有するように金からなる第1の電極44と第2の電極45とを形成した。
【0049】
次に、コンパクトなπ共役系分子としては、実施例1と同様、上述の化学式(1)で示されるトリベンゾサブポルフィン誘導体を用いた。
トリベンゾサブポルフィン誘導体をアセトニトリルに溶解して濃度5マイクロモルの混合液とし、その混合液7ミリリットルに第1の電極44と第2の電極45を有する基板41を3時間浸漬した。これにより、第1の電極44と第2の電極45上にトリベンゾサブポルフィン誘導体を吸着させた。5−メルカプト−1−ヘキサノールの長さが1.0nmであるため、第1の電極44に吸着したトリベンゾサブポルフィン誘導体46と第2の電極45に吸着したトリベンゾサブポルフィン誘導体47の間には空隙48が生じていた。
【0050】
上記工程により図5に示すように、第1の電極44と、5−メルカプト−1−ヘキサノール46Aと、トリベンゾサブポルフィン46Bと、空隙48と、トリベンゾサブポルフィン47Bと、5−メルカプト−1−ヘキサノール47Aと、第2の電極45からなる共鳴トンネルダイオード40を作製した。
【0051】
第1の電極44と第2の電極45との間に電圧を負から正へ、また正から負へ印加して流れる電流を室温で測定した。図12は実施例2の共鳴トンネルダイオードの室温における電流−電圧特性を示す図である。(A)は電圧を負から正へ、(B)は正から負へ印加して流れる電流を測定した場合である。図12において、横軸は第1の電極44と第2の電極45の間に印加した電圧(V)を示し、縦軸は共鳴トンネルダイオード40に流れる電流(pA)を示している。
【0052】
図12から明らかなように、ある一定以上の負の電圧を印加することで電流が流れる整流性を示していることが分かる。−2.1V付近にピークをもつ負性抵抗特性を示している。この負性抵抗のピークバレイ比は電圧掃引方向が負から正の場合は13、正から負の場合は2.0である。
【0053】
図13は実施例2に係る共鳴トンネルダイオード40の温度90Kにおける電流−電圧特性を示す図である。図13において、横軸は第1の電極44と第2の電極45の間に印加した電圧(V)を示し、縦軸は共鳴トンネルダイオード40に流れる電流(pA)を示している。
【0054】
図13から明らかなように、負の電圧値のみにおいて電流が流れる整流性を示しており、−1.7V付近にピークをもつ負性抵抗特性を示していることが分かる。。この負性抵抗のピークバレイ比は2.7である。
【0055】
以上のことから、ピークバレイ比の高い共鳴トンネルダイオードを、特殊な装置を用いることなく簡単な工程により作製できた。
【符号の説明】
【0056】
10,20,30,40,50:共鳴トンネルダイオード
11,21,31:第1の量子井戸層
12,22,32:第2の量子井戸層
13,14,15,24,34,35:エネルギー障壁層
16,17:電極
41:基板
42:半導体基板
43:絶縁膜
44,45:電極
46,47:トリベンゾサブポルフィン誘導体
48:空隙
46A,47A:5−メルカプト−1−ヘキサノール
46B,47B:トリベンゾサブポルフィン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の量子井戸層と第2の量子井戸層とが対に配置されてなり、
上記第1の量子井戸層及び上記第2の量子井戸層が何れもπ共役系分子により構成され、
上記π共役系分子は、分子軌道のエネルギー準位がエネルギー高低方向に離散化して孤立に存在しておりかつエネルギーの高低方向に局所的に急峻な状態密度を有する、共鳴トンネルダイオード。
【請求項2】
前記第1の量子井戸層が第1のエネルギー障壁層と第2のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、
前記第2の量子井戸層が上記第2のエネルギー障壁層と第3のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、
上記第1のエネルギー障壁層の前記第1の量子井戸層と逆側に第1の電極が形成され、
上記第3のエネルギー障壁層の前記第2の量子井戸層と逆側に第2の電極が形成されている、請求項1に記載の共鳴トンネルダイオード。
【請求項3】
前記第1の量子井戸層が第1の電極とエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、
前記第2の量子井戸層が上記エネルギー障壁層と第2の電極とに挟まれて形成され、
上記第1の電極、上記第2の電極を構成する金属の仕事関数と前記第1の量子井戸層、前記第2の量子井戸層を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、上記第1の電極と上記第2の電極とに印加される電圧により変化しない、請求項1に記載の共鳴トンネルダイオード。
【請求項4】
前記第1の量子井戸層が第1の電極と第1のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、
前記第2の量子井戸層が上記第1のエネルギー障壁層と第2のエネルギー障壁層とにより挟まれて形成され、
上記第2のエネルギー障壁層の前記第2の量子井戸層と逆側に第2の電極が形成され、
上記第1の電極を構成する金属の仕事関数と前記第1の量子井戸層を構成するπ共役系分子のフェルミ準位との位置関係が、上記第1の電極と上記第2の電極とに印加される電圧により変化しない、請求項1に記載の共鳴トンネルダイオード。
【請求項5】
前記第1の電極と前記第2の電極とがナノギャップを形成している、請求項2乃至4の何れかに記載の共鳴トンネルダイオード。
【請求項6】
基板上にナノギャップを有するように第1の電極と第2の電極の対を形成するステップと、
上記第1の電極と上記第2の電極にπ共役系分子をそれぞれ吸着させるステップと、
を有する、共鳴トンネルダイオードの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate