説明

内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法

【課題】 簡便に行うことができ、特に短時間で、被検化学物質について排卵誘導性物質か抗排卵誘導性物質か否かをスクリーニングする。
【解決手段】被検化学物質を含む飼育水中に、魚、例えばゼブラフィッシュのような小型の淡水魚のうち、未成熟卵を多量に孕む雌の成体を入れて、所定時間、例えば4時間から22時間、特に好ましくは4時間から5時間経過後に、卵の受精膜の上昇化率を計測し、内分泌攪乱性物質をスクリーニングすることができ、標準内分泌攪乱性物質の存在下で被検化学物質と魚を接触させた場合には、排卵誘導性物質又は抗排卵誘導性物質をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法に関する。更に詳しくは、物質の排卵誘導作用と抗排卵誘導作用を検査するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生殖腺刺激ホルモンやステロイドホルモンの内、プロゲステロン類などの排卵誘導性物質については排卵誘発剤として不妊治療などに、抗排卵誘導性物質については排卵抑制剤として避妊のための薬剤として用いられており、より安全で薬効の高い化学物質の開発が進められている。一方、これらの物質と類似の作用を示す外因性の内分泌攪乱物質は極めて微量で生殖機能に大きな影響を与える為、いわゆる環境ホルモンとして、非常に深刻な問題となっている。このため、環境ホルモンとしての化学物質の影響を事前にスクリーニングする方法が種々開発されている。
このようなスクリーニング方法としては、例えば、卵胞のインビトロ培養方法(特許文献1)、DNAアレイにより物質の内分泌かく乱性を評価する方法(特許文献2)、受容体遺伝子導入培養細胞を用いた被検化学物質のアンドロゲン作用の検定法(特許文献3)、細胞に物質を作用させた場合のmRNAの発現量の変化をPCR法と表面プラズモン法を組み合わせた高感度な方法により検定する方法(特許文献4)、メダカ科に属する小型魚類における抗原抗体反応により環境汚染物質を検出する方法(特許文献5)、物質のアンドロゲン作用と抗アンドロゲン作用を検査するための方法(特許文献6)、発生中の魚類胚に化学物質を作用させて胚の奇形や死滅を観察するスクリーニング方法(特許文献7)及び、小型魚の死亡や遊泳障害を調べて汚染物質の有害性を試験する方法(特許文献8)などを挙げることができる。
【0003】
一般に環境ホルモンとしては、オスのメス化を誘導するエストロゲン様物質が主としてスクリーニングの対象となっている。これに対して、本来は卵成熟には効果のない筈の非ステロイド系合成エストロゲンであるジエチルスチルベストロール(以下「DES」)が、in vitroの系で、プロゲステロン類の成す卵成熟誘起と類似の作用をなすということが見出された(非特許文献1)。
【特許文献1】特願2002−549835
【特許文献2】特開2002−355079号公報
【特許文献3】特開2004−16236号公報
【特許文献4】特開2001−120274号公報
【特許文献5】特開2001−281239号公報
【特許文献6】特開2004−016236号公報
【特許文献7】特開2003−052354号公報
【特許文献8】特開2003−083954号公報
【非特許文献1】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2004,101(10), p3686−3690.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のスクリーニング方法は、特殊な装置を必要としたり、複雑な操作を必要とする上に、小型魚やその胚などの奇形や障害、死亡を観察したりする為、比較的長時間を要するものであり、簡易且つ短時間に結果が得られるものではなかった。従って、本発明は、内分泌攪乱性物質を、簡便に且つ短時間でスクリーニングできるスクリーニング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法は、未成熟卵を有する魚を被検化学物質に接触させること、所定期間後の前記卵の卵膜上昇化率を指標として、排卵誘導性物質又は抗排卵誘導性物質としての内分泌撹乱性をスクリーニングすること、を含むことを特徴とするものである。
また、前記スクリーニング方法では、前記魚と被検化学物質との接触を標準内分泌攪乱性物質の存在下で行ってもよい。
【0006】
本発明者は、魚の個体を用いた場合に、魚の卵が成熟すると卵核胞が崩壊して透明になり、卵を覆っていた濾胞細胞から分離され、排卵される現象が比較的短時間で起こること、卵が排卵されたかどうかは、卵を接水させ、卵膜が上昇するかいなかにより判定できることを見出した。これらのことから、卵の卵膜上昇化率を指標にすることよって、魚個体を利用した簡便な方法で短時間に排卵誘導性物質であるか否かを判定することができる。特に、本発明では、魚の個体をそのまま利用するので、in vitro系での卵に対する影響と異なり、卵巣全体が反応することによって卵巣内の卵の大多数による反応結果が示される。このため、100%に近い卵が卵膜上昇するか殆ど全部の卵が卵膜上昇しないといった明確な結果となる。内分泌攪乱性物質のスクリーニングとしては、このように明確な結果が示されることは重要なことであり、短時間で明確な結果に基づいて効果的にスクリーニングを行うことができる。また個体を用いることによって毒性試験も兼ねることができ、同時に2つの試験を実行するので、より短時間で多くの情報を得ることができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、排卵誘導性物質と抗排卵誘導性物質である内分泌撹乱性物質を、簡便に且つ短時間でスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法は、未成熟卵を有する魚を被検化学物質に接触させること、所定期間後の前記卵の卵膜上昇化率を指標として、内分泌攪乱性物質をスクリーニングすること、を含むものである。
【0009】
ここで用いられる魚は、卵の成熟過程において内分泌攪乱性物質による卵膜の上昇が生じる魚であれば、淡水魚又は海水魚であってもよく、例えば、コイ科(ゼブラフィッシュ、キンギョなど)、メダカ科(メダカなど)、アユ科(アユなど)、サケ科(アマゴ、ニジマスなど)などの魚を挙げることができる。このうち、コイ科、メダカ科、アユ科のような、扱いやすく、また卵の成熟が比較的早い小型の淡水魚が好ましく、なかでも、卵の卵膜上昇の反応が顕著である上に多数の卵を孕むことができるゼブラフィッシュ、キンギョ、メダカであることが特に好ましい。
上記魚は、未受精卵を有する雌の魚であることが必要であり、未成熟卵を有する成体であることが好ましい。ここで成体とは、魚の種類によって異なるが、例えばゼブラフィッシュの場合では、2ヶ月齢〜4ヶ月齢の個体を挙げることができる。
【0010】
また、未成熟卵を多量に孕む成体であることが、効率よくスクリーニングを行う観点から特に好ましい。卵巣に未成熟卵を多量に孕むか否かは、先ずは、雌成体の魚の外観をもって判断することができる。すなわち、腹が膨れた個体を選別する。更に、同じ腹が膨れていても既に卵成熟を起こしている卵を孕んでいる場合もあるので、その個体も排除することが好ましい。従って、各個体の腹を軽く押してみて、透明化した卵が押し出された場合には、スクリーニングに供するには不適格として排除し、残された個体をスクリーニングに供し得る卵巣に未成熟卵を多量に孕む雌成体の魚として選別することが特に好ましい。
【0011】
本発明における被検化学物質には、内分泌攪乱性物質であるか否かのスクリーニング対象となるあらゆる物質が該当し、化学的に合成可能なもの、天然物から単離精製可能なもの、或いは天然等に得られるが各成分及び成分比が不明な混合物の如き、化学的作用のある物質の総称を意味し、例えば、医薬品、治療剤、環境的薬剤、農業的薬剤または工業的薬剤、汚染物質、化粧品、薬物、有機化合物、脂質、グルココルチコイド、抗生物質、ペプチド、タンパク質、糖、炭水化物、キメラ分子などを挙げることができる。これら化学物質は、水溶性を有しているのが望ましいが、水溶性でない場合や非常に低い水溶性しか示さない場合には、例えば、有機溶媒に溶解または分散させた状態でその少量を添加する方法で対処することもできる。勿論、必要に応じて、精製水で希釈したり、逆に濃縮したりすることも可能である。
【0012】
ここで、本発明における内分泌攪乱性物質とは、排卵に対して正の作用、即ち排卵促進作用を有する物質(プロゲステロン様物質)と、抗排卵誘導性物質、すなわち排卵に対して負の作用、つまり排卵阻止作用を有する物質(抗プロゲステロン物質)との双方を含む。
【0013】
以下に、プロゲステロン様物質について更に説明する。
多くの脊椎動物の卵は、卵成熟及び排卵と呼ばれる最終段階を経て受精可能な卵として生み出される。この分子レベルでの仕組みは脊椎動物間で基本的には共通しており、脳から放出されるホルモンの作用により卵巣で作られるステロイドホルモンが卵に作用し卵成熟が引き起こされる。卵成熟は卵細胞の減数分裂過程であり、一般にその過程で卵核胞の崩壊、染色体凝縮等が引き起こされるが、魚類卵の特徴として卵全体の透明化が起こる。そして卵成熟が引き起こされた卵はそれを覆っていた濾胞細胞層から分離され、卵巣から排出されて産卵される。この過程が排卵と呼ばれる。多くの魚類では産卵された卵は受精の有無に関わらず水と接すると付活化する。すなわち、卵膜が硬化し、膨大化して卵細胞から分離し、卵と卵膜の間には囲卵腔が形成される。この現象は卵膜上昇と呼ばれ、精子の無い状態でも起こることからこのような受精反応のことは疑似受精とも呼ばれる。魚類卵の場合には、最終成熟を引き起こすステロイド性のホルモン、すなわち卵成熟誘起ホルモンは、17α,20βジヒドロキシ−4−プレグネン−3−オン(以下「17,20β−DHP」)である。17,20β−DHPは、プロゲステロンと同様の作用を示すことから、17αOH−プレグネノロンや17αOH−プロゲステロンなどと共に、プロゲステロン類(プロゲスチン)と呼ばれている。17,20β−DHPは、天然のホルモンで、魚類の場合、最も高い卵成熟を引き起こし、ほとんどの魚の未成熟卵の透明化を引き起こすと共に排卵をも引き起こす。すなわち卵成熟誘起ホルモンは、卵成熟と排卵の両作用を成している。これと同様に、プロゲステロン類も未成熟卵の透明化と排卵を引き起こし、従って、卵成熟誘起ホルモンでもないのに未成熟卵に透明化や排卵を引き起こす化学物質はプロゲステロン様物質としての内分泌攪乱性があると考えられる。この特徴から卵成熟誘起ホルモンやプロゲステロン類は排卵を誘起する作用のある標準排卵誘導性物質として用いることができる。
【0014】
またこのようなプロゲステロン様物質には、ジエチルスチルベストロール(DES)や男性ホルモンであるテストステロンも含まれる。DESやテストステロンによっても、プロゲステロンと同様に卵成熟が引き起こされ、卵の透明化をもたらすことが報告されており、被験化学物質がDESやテストステロンに類似の作用として未成熟卵に透明化をもたらす場合もあるためである。DESやテストステロンとプロゲステロン類の作用の大きな相違は、DESやテストステロンは卵の透明化すなわち卵成熟を引き起こすが、排卵は引き起こさない点である。この特徴からDESやテストステロンは卵成熟だけを誘起する作用のある標準卵成熟誘導性物質として用いることができる。
【0015】
内分泌撹乱物質としての排卵誘導性をスクリーニングするには、被検化学物質と標準卵成熟誘導性物質とを魚と接触させればよく、卵の排卵を誘導できる物質を排卵誘導性物質として特定することができる。ここで被検化学物質の卵成熟への阻害効果を排除するため、被検化学物質は、標準卵成熟誘導性物質による卵成熟誘起開始後、一定時間後、例えばゼブラフィッシュの場合では標準卵成熟誘導性物質の添加後1.5〜2時間後に加えることがより好ましい。
【0016】
これに対して抗排卵誘導性物質は、上述したプロゲステロン様物質の排卵誘導作用に拮抗して又は阻害することによって、卵の排卵を阻止する物質である。
抗排卵誘導性物質をスクリーニングするには、魚と被検化学物質との接触を標準排卵誘導性物質の存在下で行えばよい。ここで被検化学物質の卵成熟への阻害効果を排除するため、被検化学物質は、標準排卵誘導性物質による卵成熟誘起開始後、一定時間後、例えばゼブラフィッシュの場合では標準卵成熟誘導性物質の添加後1.5〜2時間後に加えることがより好ましい。
【0017】
標準卵成熟誘導性物質には、単独で卵の透明化を誘導することができる公知の物質が該当する。このような物質としては、例えば、前述したようなジエチルスチルベストロールやテストステロンなどを挙げることができる。
標準排卵誘導性物質には、単独で卵の透明化と排卵とを誘導することができる公知の物質が該当する。このような物質としては、プロゲステロン様物質としての作用を有する化合物、例えば、前述したような17,20β−DHP、17αOH−プレグネノロン、17αOH−プロゲステロンなどを挙げることができる。
【0018】
このような標準排卵誘導性物質を用いた場合には、本来ならば標準排卵誘導性物質により排卵が誘起されて卵膜上昇を生ずる筈であるが、被験化学物質が標準排卵誘導性物質と拮抗する作用又は阻害する作用を有する場合には、排卵誘導が阻害され、卵膜上昇が起こらない。従って、この卵膜上昇が起こらない被検化学物質を、抗排卵誘導性物質として特定することができる。
【0019】
被検化学物質と上記魚との接触は、例えば、被検化学物質を含む飼育水で魚を飼育することによって容易に実施することができる。このとき、被検化学物質は、如何なる形態・濃度で飼育水中に存在してもよく、当業者であれば、適宜、希釈又は濃縮することができる。
標準内分泌攪乱性物質を用いる場合には、卵の排卵を確実に誘導する濃度で使用すればよく、当業者であれば標準内分泌攪乱性物質の種類に応じて適宜適切な濃度を容易に選択することができる。なお、被検化学物質や魚の種類等に応じて、標準内分泌攪乱性物質の使用濃度は適宜変更してもよい。
【0020】
飼育の条件は、魚の種類等に応じて通常の飼育環境をそのまま適用すればよく、例えば、水温等を適温、例えば25〜28℃に整えて、ふつうの生育環境下に静置しておけばよい。このとき、一水槽内に入れる魚の数又は水槽の大きさは、魚の呼吸量と飼育水の量との関係で呼吸不足とならない数又は大きさとすることが通常であり、当業者であれば、適切な魚の数及び水槽の大きさを容易に設定することができる。なお、飼育水や水槽水は、スクリーニングに供する魚の通常の生息環境に合わせて淡水又は海水が基本となる。
【0021】
被検化学物質と魚との接触時間は、本発明において卵の排卵を達成するために必要な時間であり、短時間すぎると、被験化学物質が魚の体内に吸収されても、未だ、未成熟卵に影響を及ぼすに到らない場合があり、また、長時間すぎると、体内で卵が死に始めて卵の形がおかしくなって排卵したかどうかの判定が難しくなる場合があるため、適切に設定する必要がある。被験化学物質の内分泌攪乱性の強さと飼育水中に加えたその濃度に応じて異なるが、一般に、4時間経過後から22時間経過後の間であることが好ましく、4時間経過後から8時間経過後が更に好ましく、4時間経過後から5時間程度であることが特に好ましい。4時間経過前であると、影響が判然とせず、確かな傾向として確認することができない場合があり、22時間以上となると、魚の種類によっては排卵が判別し難くなると共に、時間的に効率的ではなくなる場合がある。
【0022】
上記接触期間経過後の卵は排卵が誘導されているので、計測対象となる卵において、受精膜が上昇した卵と上昇していない卵を識別して、卵の総数に対する受精膜が上昇した卵数の割合を卵膜上昇化率として算出する。卵膜上昇化率は段落番号の0013において記したように実質上、排卵率とすることができる。
卵膜上昇化率を算出するために用いられる卵の総数は、このような用途に用いられる通常の個数、例えば、少なくとも10個以上あればよいが、正確性を高めるためには、少なくとも20個以上用いることが特に好ましい。
【0023】
卵膜上昇したか否かの判定は、卵を魚の体外に取り出して行えばよい。
卵を魚の体外に取り出すには、魚の腹から卵巣を取り出した後に卵巣から卵を取り出すことが好ましい。このとき例えば魚の種類に対応したリンガー液で満たされたシャーレの中に一旦卵巣を入れ、ピンセット等で卵巣を崩して卵を取り出し、卵が一層となるようにシャーレの中で一面に広げておくことが好ましい。このように卵を一層に広げることによって、その後の観察がしやすくなり、例えば、下から照明を当て、写真撮影などを行うことによって観察することができる。
卵の撮影等を行った場合には、周りに外層の見られないものが排卵されていない卵であり、卵の周りを直径が卵の2倍程の一層の膜が覆うようになった卵が排卵された卵である。これらを識別してカウントすることもできる。また、目視の場合にも、卵膜の上昇した卵としていない卵を分別して数えることができる。
【0024】
卵の卵膜上昇化率による内分泌攪乱性物質のスクリーニングは、被検化学物質による卵膜上昇化率の増加に基づく排卵誘導性物質のスクリーニングであってもよく、標準排卵誘導性物質を用いて、卵の卵膜上昇化率の減少に基づく抗排卵誘導性物質のスクリーニングであってもよい。被検化学物質を単独あるいは標準卵成熟誘導性物質を併用した場合に、卵膜上昇化率すなわち排卵率が100%近くとなった被検化学物質は、排卵誘導性物質として判定することができる。
一方、標準排卵誘導性物質を併用した場合に、卵膜上昇化率が0%近くとなった被検化学物質は、抗排卵誘導性物質として判定することができる。
【0025】
なお、卵膜上昇化率が数10%などのときには、検査誤差の場合を考慮して、被験化学物質の飼育水中における被検化学物質の濃度を高めたり又は低めたりすることが好ましい。これにより、複数の濃度間による傾向を確認することで、明快に判定することができる。
また、必要に応じて更に細かい分析等と組み合わせて用いることが、内分泌攪乱性物質の判定を確実にスクリーニングする観点から特に好ましい。
【0026】
本発明のスクリーニング方法によれば、内分泌攪乱性物質を、簡易に且つ短時間でスクリーニングすることができる。このスクリーニング方法は、環境の保全の確認や特定化学物質の判定、更には新規内分泌攪乱性物質の単離・開発などに広く活用することができる。
特に、内分泌攪乱性物質の有無を数時間という短時間で且つ非常に簡易に確認することができるので、短時間で数多くの化学物質を検討することができ、初期の篩い分け手法として効果的に利用することができる。
また、内分泌攪乱性物質ではないと判定された被検化学物質については、種々の用途、例えば、薬事的効果を期待するものであれば医薬品、美容的効果を期待するものであれば化粧品、塗膜を得たいものであれば塗料などに用いることができ、スクリーニング後に、各用途別の形態に処方して利用することができる。
【実施例】
【0027】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量基準である。
[実施例1]
排卵誘導性物質であることがわかっている1μMの17,20β−DHP(シグマ社製)を添加した500mlの飼育水(水温28℃)を用意して、水温28.5℃で14時間明環境−10時間暗環境下で維持されたゼブラフィッシュの雌成体(1群:3匹)を、その中に入れた。所定時間毎に魚をそれぞれの水槽から取り出し、魚の腹から卵巣をシャーレに取り出した。ピンセットを用いてシャーレ上で卵巣から卵を取り出し、重ならないように一層に広げて、写真撮影を行った。このとき、20個以上の卵が1視野に入るようにした。その後、写真内の卵膜上昇した卵の数を数えて、卵膜上昇化率を求めた。結果を図1に示す。
図1に示されるように、ゼブラフィッシュの卵の卵膜上昇化を指標とした本発明のスクリーニング方法では、約4時間で17,20β−DHPの場合には100%の卵膜上昇化率となり、排卵誘導性物質であることを短時間で正確に判定することができた。これにより、本発明のスクリーニング方法は排卵誘導性物質のスクリーニングに有効であることが証明された。
【0028】
[実施例2]
次に本スクリーニング方法の感度について確認するため、17,20β−DHPの濃度を1μM、0.1μM及び0.01μMとした以外は実施例1と同様にして、魚を飼育水に入れて4時間静置し、卵の卵膜上昇化率を計測した。その結果、1μMの場合の卵膜上昇化率は100%であり、0.1μMの場合の卵膜上昇化率は100%であり、0.01μMの場合の卵膜上昇化率は0%であった。これにより、0.1μMという低い濃度であっても充分に感度よく排卵誘導性物質をスクリーニングできることが明らかとなった。
【0029】
[実施例3]
被検化学物質として1μMのプロゲステロン(シグマ社製)を用いた以外は実施例1と同様にして、魚を飼育水に入れて4時間静置し、卵膜上昇化率を計測した。
その結果、卵膜上昇化率は100%であった。これにより、プロゲステロンも、17,20β−DHPと同様に排卵誘導性物質として作用することを4時間の飼育で簡便に明らかにすることができた。
【0030】
[実施例4]
次に標準卵成熟誘導性物質との組み合わせによる内分泌撹乱物質の排卵誘導性のスクリーニング法の有効性を確認した。
卵成熟誘導性物質であることが分かっているDES(シグマ社製)の5μMを添加した500mlの飼育水(水温28℃)を用意して、水温28.5℃、14時間明環境−10時間暗環境下で維持されたゼブラフィッシュの雌成体(1群:3匹)を、その中に入れた。所定時間後、すなわち、1時間経過後、1.5時間経過後、2時間経過後、2.5時間経過後、3時間経過後と、経過時間を各異ならせて被検化学物質としての0.1μMの17,20β−DHPをさらに添加した。そして、最初から4時間後に魚をそれぞれの水槽から取り出し、魚の腹から卵巣をシャーレに取り出した。ピンセットを用いてシャーレ上で卵巣から卵を取り出し、重ならないように一層に広げて、写真撮影を行った。このとき、20個以上の卵が1視野に入るようにした。その後、写真内の卵膜上昇した卵の数を数えて、卵膜上昇化率を求めた。結果を図2に示す。
図2に示されるように、排卵誘導性の無い標準卵成熟誘導性物質と被検化学物質とを組み合わせて作用させることにより約80%のゼブラフィッシュの卵の排卵が誘導された。実施例1にあるように17,20β−DHPの単独処理による卵成熟と排卵誘導には約4時間が必要であるにも関わらず、2〜3時間の短時間の処理により排卵誘導がみられたことから、本実施例により17,20β−DHPの排卵誘導作用のみが検定された。これにより、標準卵成熟誘導性物質と被検化学物質を組み合わせて作用させることにより、本発明のスクリーニング方法は排卵誘導性物質のスクリーニングに有効であることが証明された。
【0031】
[実施例5]
被検化学物質として5μMのアラキドン酸、5μMのエストラジオール(シグマ社製)を用いた以外は実施例4と同様にして、標準卵成熟誘導性物質である5μMのDESを1.5時間作用させ、その後、被検化学物質を添加し、3.5〜4時間静置し、卵膜上昇化率を計測した。
その結果、アラキドン酸、エストラジオールともに15〜30%の卵膜上昇化率であった。これにより、アラキドン酸やエストラジオールも、17,20β−DHPと同様に排卵誘導性物質として作用することを簡便に明らかにすることができた。
【0032】
これらの実施例から、本発明のスクリーニング方法を用いることによって短時間で簡便に被検化学物質の内分泌撹乱性物質として排卵誘導性をスクリーニングができることは明らかである。また、標準排卵誘導性物質を併用するにも拘わらず、卵膜上昇化率が0%近くとなった場合には、その被検化学物質を抗排卵誘導性物質として判定することができるものである。
【0033】
なお、未成熟卵を有する魚を前述の標準排卵誘導性物質に接触させると排卵を誘発できることから、この操作は人為的排卵誘導法とも言え、次のような応用も考えられる。すなわち、適切なタイミングで排卵されなかった卵や異常となった卵などが卵巣に残り、生殖能力が低下した雌個体に対してこの操作を行えば、卵巣での新規な卵形成を誘導し、受精可能な卵を多産する繁殖可能な雌個体へと変化させることが可能となる。また、これまでホルモン注射により行われていた人工排卵に代えてこの操作を行えば、魚に外傷を負わせることなく、細菌による感染症の危険もなく、排卵誘導が可能となり、採卵することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】17,20β−DHPを被検化学物質としたときの卵の卵膜上昇化率の経時変化を示すグラフである。
【図2】卵成熟誘導性物質であることが分かっているDESを併用し、17,20β−DHPを被検化学物質として、経過時間を各異ならせて添加したときの卵の卵膜上昇化率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
未成熟卵を有する魚を被検化学物質に接触させること、所定期間後の前記卵の卵膜上昇化率を指標として、内分泌攪乱性物質のスクリーニングを行うことを含む内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記魚と被検化学物質との接触を、標準卵成熟誘導性物質の存在下で行うことを特徴とする請求項1記載の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記魚と被検化学物質との接触を、標準排卵誘導性物質の存在下で行うことを特徴とする請求項1記載の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記魚が、コイ科、メダカ科、アユ科及びサケ科からなる群より選択されたものであることを特徴とする請求項1乃至3記載の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記所定期間が、4時間〜22時間であることを特徴とする請求項1乃至3記載の内分泌攪乱性物質のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−78546(P2007−78546A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−267894(P2005−267894)
【出願日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【Fターム(参考)】