説明

内因性カイロミクロンを利用した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸のデリバリーシステム

本発明は、siRNA等の標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、より安全かつより効率的に、インビボにおいて細胞内へデリバリーし得るシステムを提供することや、該システムを利用する発現抑制剤や医薬組成物を提供することを目的とする。カイロミクロン導入物質、特にα−トコフェロールが結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、体内においてカイロミクロンの生産が誘導されている条件下で投与することにより、上記核酸をより安全かつ効率的にインビボにおいて肝細胞内へデリバリーすることができる。あるいは、α−トコフェロールが結合した核酸を、抽出したカイロミクロンと混合し、それを投与する。その結果、標的遺伝子の発現を抑制し、その発現の亢進に起因する疾患の治療をより安全かつ効率的に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、siRNA等の標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、インビボで細胞内へデリバリーするシステムに関し、また、該システムを利用する発現抑制剤や医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
特異的な遺伝子の発現を抑制し得るsiRNAは、リサーチツールとして広く用いられており、また、腫瘍、感染性疾患、遺伝性疾患を含む広範囲の疾患のための治療剤への応用も注目を集めている。siRNAの臨床への応用において最も重要な問題は、インビボにおいて、siRNAを目的細胞に特異的に効率よくデリバリーを行う点にある。例えば、ウイルスベクターを利用して合成siRNAを高圧、高容量で静脈注射することにより、インビボで該siRNAのデリバリーを行う方法が知られている。しかし、ウイルスベクターを用いたこの方法は、安全性等の観点から、臨床での利用が制限されている。そのため、siRNAを肝臓、腫瘍や他の組織にインビボでデリバリーすることのできる非ウイルス性の様々なシステムが開発されている。
【0003】
非ウイルス性のデリバリーシステムとして、例えば、コレステロールとsiRNAの複合体を用いるものや(非特許文献1)、安定な核酸脂質粒子(stable nucleic acid lipid particles;SNALP)を用いるものや(非特許文献2)、干渉ナノ粒子(interfering nanoparticles;iNOP)を用いるもの(非特許文献3)などが近年開発されている。これらの非ウイルス性のデリバリーシステムのうち、SNALPは、これを用いて臨床上適当な量のsiRNAを注射投与することにより、肝臓におけるターゲットmRNAのノックダウンが可能となった点で、大きな進歩をもたらした。しかし、治療量(2.5mg/kg)のSNALPは、カニクイザルにおいて、投与から48時間後にトランスアミナーゼ(ALT及びAST)が1000U/Lを超えるという顕著な肝臓障害を引き起こした。また、SNALP及びiNOPの重大な欠点は、それらのデリバリーシステムでは、毒性の一因となり得る親油性を利用することによって、siRNA複合体を受動的にしか肝臓へ移送することができないということである。
【0004】
近年、非ウイルス性の新たなタイプのデリバリーシステムとして、受容体を介してsiRNAを移送し得るsiRNAベクター(RVG−9R)(非特許文献4)や、「Dynamic PolyConjugate(登録商標)」(Mirus社製)(非特許文献5)が報告されている。前述のRVG−9Rは、狂犬病ウイルスのグリコプロテイン由来の短ペプチドに9つのアルギニン残基が付加されたものであり、このRVG−9Rを利用して、アセチルコリン受容体を介して神経細胞へsiRNAを移送することができる。一方、Dynamic PolyConjugateは、肝細胞を標的とするリガンドとしてN−アセチルガラクトサミン(NAG)が結合した膜活性型のポリマーを含んでいる。これらRVG−9RやDynamic PolyConjugateのような受容体介在型デリバリーシステムによれば、インビボでのターゲット細胞へのsiRNAのデリバリーの効率と特異性を向上させることができるが、これらのシステムに用いるベクターの人工的な合成分子は、特に投与量が増加した場合に、深刻な副作用を生じる危険性を依然として有している。
【0005】
ごく最近、内因性lipoproteinを抽出して、lipoptotein内のcholesterol分子を結合させたsiRNAでex vivoでLDL、HDL内にとりこませ、リポプロテイン受容体を介して肝臓に導入させるというデリバリー方法が報告された(非特許文献6)。この複合体はフリーのcholesterol−siRNAより5−8倍有効に肝臓に取り込まれるが、その有効性は13mg/kgのsiRNAの静脈投与で肝臓の標的遺伝子を約55%抑制できる程度で、はなはだ不十分である。
【0006】
以上のような状況下において、インビボにおいて効率的かつ特異的にsiRNAのデリバリーを行うことができ、かつ、副作用の危険性がより少ないsiRNAのデリバリーシステムが求められていた。
【0007】
【非特許文献1】Nature 432:173-178, 2004
【非特許文献2】Nature 441:111-114, 2006
【非特許文献3】ACS Chem Biol. 2:237-241, 2007
【非特許文献4】Nature 448:39-43, 2007
【非特許文献5】Proc Natl Acad Sci U S A. 104:12982-12987, 2007
【非特許文献6】Nature Biotechnology 25:1149-1157, 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、siRNA等の標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、より安全かつより効率的に、インビボにおいてデリバリーし得るシステムを提供することや、該システムを利用する発現抑制剤や医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ビタミンEが結合したsiRNAを、生体内において内因性カイロミクロンの生産が誘導される条件下で投与したところ、siRNAをより安全かつ効率的にインビボにおいて細胞内へデリバリーすることができ、その結果、標的遺伝子の発現を非常に効果的に抑制し得ることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、(1)カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントへの導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を含有し、かつ、これを内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与することを特徴とする、標的遺伝子の発現抑制剤や、(2)条件が、脊椎動物に脂質が投与されてから12時間以内の条件である、上記(1)に記載の剤や、(3)脂質の投与が経口摂取の形態で行なわれる、上記(2)に記載の剤や、(4)脊椎動物において内因性カイロミクロンの生産が誘導される前に、前記脊椎動物にLPL阻害剤を投与することを特徴とする、上記(1)に記載の剤や、(5)脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを特徴とする、上記(1)に記載の剤や、(6)脂質を投与する前に、脊椎動物を飢餓状態にすることを特徴とする、上記(1)に記載の剤や、(7)カイロミクロン導入物質が結合した核酸が、脊椎動物から採取した高濃度カイロミクロンと混合されて脊椎動物に投与される、上記(1)に記載の剤や、(8)物質が、脂溶性ビタミン又はコレステロールであることを特徴とする上記(1)に記載の剤や、(9)脂溶性ビタミンがビタミンEであることを特徴とする、上記(8)に記載の剤や、(10)核酸が、siRNA、shRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmir、核酸アプタマー、リボザイム及びデコイからなる群から選択される1種又は2種以上の核酸であることを特徴とする、上記(1)に記載の剤や、(11)核酸が、siRNAであることを特徴とする、上記(10)に記載の剤や、(12)核酸が、抗RNase処理されたRNAであることを特徴とする、上記(1)に記載の剤や、(13)抗RNAse処理が、2’Oメチル化処理及び/又はチオリン酸化処理であることを特徴とする、上記(12)に記載の剤に関する。
【0011】
また本発明は、(14)上記(1)に記載の剤を有効成分として含有することを特徴とする、医薬組成物に関する。
【0012】
さらに本発明は、(15)カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントの生産が脊椎動物において誘導されている条件下で、前記脊椎動物に投与することを含む、前記核酸をインビボでデリバリーする方法に関する。
【0013】
またさらに本発明は、(16)カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントの生産が脊椎動物において誘導されている条件下で、前記脊椎動物に投与することを含む、標的遺伝子の発現抑制によって改善される疾患を治療する方法や、(17)条件が、脊椎動物に脂質が投与されてから12時間以内の条件である、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(18)脂質の投与が経口摂取の形態で行なわれる、上記(17)に記載の方法や、(19)脊椎動物において内因性カイロミクロンの生産が誘導される前に、前記脊椎動物にLPL阻害剤を投与することを含む、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(20)脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを含む、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(21)脂質を投与する前に、脊椎動物を飢餓状態にすることを特徴とする、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(22)カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、脊椎動物から採取した高濃度カイロミクロンと混合して脊椎動物に投与することを含む、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(23)脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを含む、上記(22)に記載の方法や、(24)物質が、脂溶性ビタミン又はコレステロールであることを特徴とする上記(15)又は(16)に記載の方法や、(25)脂溶性ビタミンがビタミンEであることを特徴とする、上記(24)に記載の方法や、(26)核酸が、siRNA、shRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmir、核酸アプタマー、リボザイム及びデコイからなる群から選択される1種又は2種以上の核酸であることを特徴とする、上記(15)又は(16)に記載の方法や、(27)核酸が、siRNAであることを特徴とする、上記(26)に記載の方法や、(28)核酸が、抗RNase処理されたRNAであることを特徴とする、上記(15)又は(16)に記載の方法に関する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】α−トコフェロール(ビタミンE)結合siRNA(Toc−siRNA)のインビボデリバリーの一般的な概要を示す図である。
【図2】異なる組織間におけるα−トコフェロールの輸送を示す図である。
【図3】ヌクレオチドにおける骨格の結合のチオリン酸化及びそのリボース2’−O−メチル化による化学的に修飾されたsiRNAの安定性及び発現抑制活性を示す図である。A:マウスapoB mRNAを標的とするToc−siRNAの配列及び化学的な修飾を示す図である。B:修飾siRNAの血清中における安定性を示す図である。C:修飾siRNAのインビトロにおける発現抑制効率を示す図である。
【図4】α−トコフェロール(ビタミンE)結合siRNAの化学的構造を示す図である。
【図5】siRNAとリポプロテインの相互作用を示す図である。
【図6】マウスに静脈注射したToc−siRNAの肝臓への取り込みを示す図である。A:Cy3標識Toc−siRNA投与後の肝臓組織切片を蛍光顕微鏡にて観察した結果を示す図である。B:肝臓に取り込まれた27/29merのToc−siRNAがDicerによって切断され、21merのsiRNAが生じることを示す図である。
【図7】Toc−siRNAを介したマウス肝臓におけるapoB mRNAの発現抑制効果が、遺伝子特異的であり、かつ、用量依存的であることを示す図である。なお、図7のすべてのデータは、n=3, 平均(means)±標準誤差(SE)で示した。A:apoB遺伝子を標的遺伝子とするToc−siRNAが、apoB遺伝子特異的にそのmRNA発現量を低減させることを示す図である。B:Toc−siRNA投与による、apoB遺伝子発現量の経時的変化を示す図である。C:Toc−siRNAが、用量依存的に発現抑制活性を有することを示す図である。
【図8】Hepa 1-6細胞株に取り込まれた27/29merのToc−siRNA/LPがDicerによって切断され、21merのsiRNAが生じることを示す図である。
【図9】Toc−siRNA/LPを介したマウス肝臓におけるapoB mRNAの発現抑制効果が、遺伝子特異的であり、かつ、用量依存的であることを示す図である。なお、図9のすべてのデータは、n=3, 平均(means)±標準誤差(SE)で示した。A:Toc−siRNA/LPの投与による、肝臓におけるapoB mRNA発現量の低下を示す図である。B:apoB遺伝子を標的遺伝子とするToc−siRNA/LPが、apoB遺伝子特異的にそのmRNA発現量を低下させることを示す図である。C:apoB−siRNA/LPが、用量依存的に発現抑制活性を有することを示す図である。
【図10】Toc−siRNA/LPを投与する前に、給餌することの効果を示す図である。なお、図10のすべてのデータは、n=3, 平均(means)±標準誤差(SE)で示した。
【図11】Toc−siRNA/LP投与後の肝臓の病理学的解析の結果を示す図である。
【図12】肝臓apoBmRNAに対するToc−siRNAの発現抑制活性、及び、他の公知の非ウイルスベクターとの比較を示す図である(但し、HDLベクター(Swiss)の数値は肝臓のapoBのタンパク量のデータである)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の標的遺伝子の発現抑制剤は、カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸(以下、「カイロミクロン導入物質結合核酸」ともいう。)を含有し、かつ、これを内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与することを特徴とする。
リポプロテインにはその比重によりカイロミクロン、VLDL,LDL,HDLがあり、肝細胞にはその受容体として、カイロミクロンの代謝物であるカイロミクロンレムナントが結合するLRP−1受容体、LDLが結合するLDL受容体、HDLが結合するSR−B1受容体があり、受容体介在エンドサイトーシス(receptor-mediated endocytosis)により各リポプロテインを細胞内に取り込んでいる。
LDL−LDL受容体、HDL−SR−B1受容体は内因性脂質を恒常的に取り込んでいる。一方、食後に短時間にかつ大量に吸収されたビタミンEを含む外因性脂質は、主としてカイロミクロンに取り込まれ、LPL(lipoprotein lipase)でカイロミクロンレムナントに代謝された後にカイロミクロンレムナント受容体(LDL receptor-related protein-1; LRP−1受容体)を介して肝細胞に取り込まれる。肝細胞上のLRP−1受容体は食後に細胞表面に移動して活性化状態になる。
この外因性脂質の吸収に際して食後に活性化するカイロミクロンレムナント−LRP−1受容体を介した肝細胞内への取り込み系をsiRNAの導入に用いることにした。
カイロミクロン導入物質結合核酸を、脂質摂取後の内因性カイロミクロンの生産が誘導されている状況で投与すると、カイロミクロン導入物質結合核酸におけるカイロミクロン導入物質とカイロミクロンなどが相互作用して、カイロミクロン導入物質結合核酸とカイロミクロンとの複合体が形成される。このカイロミクロン導入物質結合核酸−カイロミクロン複合体がLRP−1受容体を介して細胞内に取り込まれるため、標的遺伝子の発現を抑制する核酸が、インビボにおいても、細胞内、特に肝細胞に非常に効率的に取り込まれる。また、生理学的な系を用いているため、従来よりもかなり安全性の高い発現抑制剤を得ることができる。なお、カイロミクロン導入物質としてビタミンEを、標的遺伝子の発現を抑制する核酸としてマウスのapoB遺伝子の発現を抑制するsiRNAを用いた場合における本発明のデリバリーの概要を図1に示す。
【0016】
上記標的遺伝子の発現を抑制する核酸としては、標的遺伝子の発現を抑制する活性(以下、「発現抑制活性」ともいう。)を有する核酸であれば、天然型、天然修飾型、合成型ヌクレオチドのいずれであってもよく、DNA、RNAあるいはそれらのキメラ体であってもよいが、具体的には、siRNA、shRNA(short hairpin RNA)、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmir、核酸アプタマー、リボザイム、デコイ(おとり分子)を例示することができ、中でもsiRNAを好適に例示することができる。マウスapoB遺伝子を標的遺伝子とするsiRNAとして具体的には、配列番号1(GUCAUCACACUGAAUACCAAUGCUGGA)からなるセンス鎖(27mer)と、配列番号2(UCCAGCAUUGGUAUUCAGUGUGAUGACAC)からなるアンチセンス鎖(29mer)からなるsiRNAを例示することができる。
【0017】
また、上記核酸としては、生体内で分解されにくいように修飾した核酸であることが好ましく、特に、核酸がRNAの場合は、細胞内のRNaseに対して分解されにくいように、メチル化処理やチオリン酸化処理などの抗RNase処理されていることが好ましく、核酸のリボースの2’位のメチル化処理や、核酸の骨格の結合のチオリン酸化処理がさらに好ましい。メチル化やチオリン酸化を行うヌクレオチドの数や位置は、核酸が有する発現抑制活性に若干影響を与える場合があるため、メチル化やチオリン酸化を行うヌクレオチドの数や位置等の態様には、好ましい態様が存在する。この好ましい態様は、修飾対象となる核酸の配列によっても異なるため一概いうことはできないが、修飾後の核酸の発現抑制活性を確認するによって、好ましい態様を容易に調べることができる。例えば、前述の配列番号1及び2からなるsiRNAにおける好ましい抗RNase処理の態様としては、センス鎖(配列番号1)のヌクレオチド番号2、5、11、15、21、24及び25のヌクレオチド、並びに、アンチセンス鎖(配列番号2)のヌクレオチド番号1、2、5、12、14、21、24、25及び26のヌクレオチドにおけるリボースの2’をメチル化し、また、センス鎖(配列番号1)のヌクレオチド番号26のヌクレオチドにおける骨格の結合をチオリン酸化し、さらに、アンチセンス鎖(配列番号2)のヌクレオチド番号3、4、6、27、28のヌクレオチドについては、そのリボースの2’をメチル化し、かつ、その骨格の結合をチオリン酸化することを例示することができる。
【0018】
上記核酸が有する「標的遺伝子の発現を抑制する活性」とは、上記核酸を細胞内に導入した場合に、導入しない場合に比べて、その標的遺伝子の細胞内の発現を低下させる活性を意味する。標的遺伝子の細胞内の発現の低下は、該標的遺伝子のmRNAを定量したり、該標的遺伝子にコードされるタンパク質を定量するなどして調べることができる。本発明に用いる核酸が標的遺伝子の発現を抑制する程度としては、この核酸を所定の細胞内に2mg/kg導入した場合に、導入しない場合と比較して、細胞内の標的遺伝子のmRNAレベル又はタンパクレベルでの発現が80%以下、より好ましくは60%以下、さらに好ましくは40%以下、さらにより好ましくは20%以下を例示することができる。
【0019】
上記核酸が、siRNAである場合、センス鎖及び/又はアンチセンス鎖のヌクレオチド数は21でもよいが、21より多くすると、細胞内のDicerによって上記カイロミクロン導入物質及びsiRNAの一部と、siRNA(ヌクレオチド数21のもの)との間が切断され、ヌクレオチド数21のsiRNAが効率的に発現抑制効果を発揮しうるため、好ましい。
【0020】
上記標的遺伝子の発現を抑制する核酸は、標的遺伝子の配列やその転写因子が結合し得る部分の配列などの情報に基づいて公知の方法により設計することができる。例えば、siRNAであれば、特開2005−168485号記載の方法を、核酸アプタマーであれば、Nature, 1990, 346(6287):818-22記載の方法を、リボザイムであれば、FEBS Lett, 1988, 239, 285.; タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.; Nucl Acids Res, 1989, 17, 7059.記載の方法などを用いて、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を設計することができる。また、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmirやデコイは、それぞれ標的遺伝子の配列、及び、その転写因子が結合し得る配列の情報に基づいて容易に設計することができる。
【0021】
上記核酸は、公知の方法等を用いて調製することができる。例えばアンチセンスオリゴヌクレオチドやリボザイムは標的遺伝子のcDNA配列又はゲノミックDNA配列に基づいてmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができ、また、デコイやsiRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせること等により調製することができる。また、核酸アプタマーは、特開2007−014292号記載の方法等により調製することができる。
【0022】
上記カイロミクロン導入物質としては、カイロミクロンなどのリポプロテインに取り込まれる物質であれば特に制限されないが、炭化水素類、高級アルコール類、高級アルコールエステル類、高級脂肪酸類、高級脂肪酸エステル類、ステロール類(特にコレステロール)、ステロールエステル類などの脂溶性物質、細胞透過性ペプチド(Cell permeable peptide)などのペプチドとアポリポタンパク質とのコンジュゲートや、第1級アミン又は第2級アミンにアルキルアクリルアテソール(alkylacrylatesor)アルキル−アクリルアミドの付加等の脂質様分子などの物質であることが好ましく、中でも生体内で合成のできない外因性脂質である脂溶性ビタミン、安全性がより高い点で、特にビタミンEであることがより好ましい。
【0023】
上記ビタミンEとしては、下記一般式(1)で示されるトコフェノール類もしくは一般式(2)で示されるトコトリエノール類
【0024】
【化1】

【0025】
【化2】

【0026】
(式中、R1、R2は水素原子またはメチル基を表し、R3は水素原子またはカルボン酸残基を表わす。)、またはこれら化合物を2種以上含有する混合物を好適に例示することができる。これらのうちα−トコフェロール(一般式(1)において、R1=メチル基,R2=メチル基,R3=水素原子)、β−トコフェロール(一般式(1)において、R1=メチル基、R2=水素原子,R3=水素原子)、γ−トコフェロール(一般式(1)において、R1=水素原子、R2=メチル基,R3=水素原子)、δ−トコフェロール(一般式(1)において、R1=水素原子、R2=水素原子,R3=水素原子)、α−トコトリエノール(一般式(2)において、R1=メチル基,R2=メチル基,R3=水素原子)、β−トコトリエノール(一般式(2)において、R1=メチル基、R2=水素原子,R3=水素原子)、γ−トコトリエノール(一般式(2)において、R1=水素原子、R2=メチル基,R3=水素原子)、δ−トコトリエール(一般式(2)において、R1=水素原子、R2=水素原子,R3=水素原子)、及び、これらの酢酸エステル、コハク酸エステルが好ましい。特に、α−トコフェロール、γ−トコフェロールが好ましい。また、ビタミンEとして、d体、l体、dl体の区別は特に問わない。
【0027】
なお、上記カイロミクロン導入物質は、2種類以上を組み合わせて使用してもよく、また、上記カイロミクロン導入物質は、天然物質であってもよいし、合成物質であってもよい。
【0028】
上記カイロミクロン導入物質と上記核酸との結合は、直接的な結合であってもよいし、他の物質を間に介した間接的な結合であってもよいが、共有結合、イオン結合、水素結合等の化学結合で直接的に結合していることが好ましく、中でもより安定した結合が得られることから共有結合を特に好ましく例示することができる。
【0029】
カイロミクロン導入物質と核酸とを結合させる方法としては、特に制限はないが、例えば共有結合させる場合は、カイロミクロン導入物質と核酸とを、Tetrahedron Letters 33; 2729-2732. 1992.記載の方法にしたがって共有結合させることが好ましく、イオン結合やさせる水素結合を利用する場合は、正電荷を有するアルギニン残基をカイロミクロン導入物質に結合させ、アルギニン残基のこの正電荷と、siRNA等の核酸が有する負電荷とのイオン結合や水素結合を利用して結合させることが好ましい。なお、カイロミクロン導入物質に結合させるアルギニン残基の数は、核酸とのより安定的な結合を得る観点から、2以上とすることが好ましく、3以上とすることがより好ましく、4以上とすることがさらに好ましい。
【0030】
本発明の発現抑制剤は、上記必須成分の他に、必要に応じて本発明の効果に影響しない質的、量的範囲内で、リポプロテイン、水、油剤、ワックス、シリコーン、界面活性剤、アルコール、多価アルコール、水溶性高分子増粘剤、pH調節剤、香料、酸化防止剤、キレート剤、色素、防腐剤、他の薬効成分等、医薬品に用いられる成分の他、無機又は有機成分も配合することができる。
【0031】
本発明の発現抑制剤は、上記必須成分及び必要に応じて任意成分を用い、常法に従って、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の固形製剤、シロップ剤、乳剤、注射剤(皮下注射、静脈内注射、筋肉内注射、点滴法を含む)等の液剤、舌下錠、バッカル、トローチ剤、マイクロカプセル等の徐放性製剤、口腔内速崩壊剤、坐剤などの様々な剤型とすることができ、中でも注射剤を好ましく例示することができる。
【0032】
本発明の発現抑制剤は、カイロミクロン導入物質結合核酸の細胞内への取り込み効率を向上させ、標的遺伝子の発現抑制効率を上昇させる観点から、体内において内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与される。内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件としては、当該目的を達成できる限り特に制限はないが、脊椎動物に脂質を経口投与してから12時間以内(例えば、10時間以内、8時間以内、6時間以内、4時間以内、2時間以内、1時間以内)の条件が好ましい。脂質の経口投与は、脂質そのものの投与でも良いし、脂質を含む食事の形態での投与でも良い。内因性カイロミクロンの生産を誘導する前に投与対象を飢餓状態にすることがより好ましい。脂質の投与や、さらには、その前に投与対象を飢餓状態することによって、カイロミクロン導入物質結合核酸の細胞内への取り込み効率が向上する詳細な作用機作は明らかではない。しかしながら、リポプロテインの取り込みに関与する肝細胞のLRP−1受容体は脂質の経口摂取やインスリンによって細胞膜での発現量が増加し、かつ、活性化されることが知られている(Mol Pharmacol. 2007 Jul 3;17609417)ことを考慮すると、脂質を摂取させること等によって、リポプロテインの取り込みに関与する受容体の発現量が増加したり活性化され、その結果、肝細胞のカイロミクロン導入が増加して、その結果カイロミクロン導入物質結合核酸の肝細胞内への取り込み効率が向上するものと考えられる。
なお、上記飢餓状態とは、一定期間飲食物(ただし、カロリーのない水等の飲食物を除く)を摂取していない状態をいい、例えば6時間以上、好ましくは8時間以上、より好ましくは12時間以上、さらに好ましくは24時間以上、投与対象に食物を与えない状態が含まれる。
【0033】
投与されたカイロミクロンが、肝細胞内に迅速に取り込まれるカイロミクロンレムナントに代謝されるためには、十分なLPLが必要である。そのために、脂質(又は脂質含有物)を投与する前にトリトン等のLPL阻害剤を投与(例えば、静脈注射)し、カイロミクロンの濃度を高めることが好ましい。また、LPLはビタミンEを肝細胞に取り込ませる作用がある。ヘパリンを投与することによって、血管内皮細胞表面のヘパラン硫酸に結合したLPLが血中に遊離させることができる。したがって、核酸を投与する前に、脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することが好ましい。
【0034】
また、本発明の発現抑制剤は、生体外でカイロミクロンを多く含むリポプロテインと混合して投与することができる。上記リポプロテインとしては、脂質とアポタンパク質を含んでおり、いずれかのリポプロテイン受容体から細胞内部に取り込まれ得るリポプロテインである限り特に制限されないが、コレステロール、トリグリセリド、リン脂質及びアポタンパク質を含むリポプロテインが好ましい。上記リポプロテインとしては、生体から採取したものであっても、レコンビナントであっても、化学合成して得られたものであってもよいが、より高い安全性を得る観点から、生体由来のものが好ましく、免疫アレルギー反応による副作用をより低減させる観点から、発現抑制剤の投与対象の個体自身または同種の個体から採取されたリポプロテインであることがより好ましい。
【0035】
上記の生体由来のリポプロテインとして、具体的には、生体に吸収された脂質が腸管粘膜上でアポタンパク質と共に形成するカイロミクロン(chylomicron)や、該カイロミクロンが血管内皮のリポプロテインリパーゼによって分解生成するカイロミクロンレムナントを好ましく例示することができ、カイロミクロンをより好ましく例示することができる。上記アポタンパク質としては、特に制限はされないが、アポBタンパク質(ApoB)やアポEタンパク質(ApoE)を好ましく例示することができる。
【0036】
本発明に用いるカイロミクロンを含むリポプロテインとしては、生体から採取したものであってもよいし、合成して得られたものから調製したものであってもよいし、それらの混合物であってもよい。上記リポプロテインの生体からの採取方法としては、脂肪分を摂取してから数時間後の採血で良いが、生体に0.08−0.4g/kgのトライトンを静脈注射の後に、5−25ml/kgの高たんぱく/脂質溶液(アルブミン10mg、トリオレイン40mg、タウロコール酸ナトリウム40mg/ml)を経口投与後、3−6時間の採血を好ましく例示することができる。さらに、上記のカイロミクロンを多く含むリポプロテインの生体からの調製方法としては、例えば、脂肪分を摂取してから数時間後の生体から採取した血清に、同容量の溶液(水1リットルにつき、11.4gNaCl、0.1gEDTA、1mlの1N NaOHを含む溶液;比重1.006)を添加し、該溶液を遠心して得られた懸濁液の上相を採取する方法を好適に例示することができる。
【0037】
また、本発明の発現抑制剤は、前述の剤型に応じて、経口的又は非経口的に投与することができるが、より迅速かつ効率的に発現抑制効果を得る観点から、非経口的に投与することが好ましく、注射投与することがより好ましく、静脈内へ注射投与することがさらに好ましい。
【0038】
本発明の発現抑制剤の投与量は、投与対象の年齢、体重、症状や、投与対象が罹患している疾患の種類、該発現抑制剤中に含まれるsiRNAの配列等によって異なるが、通常は0.1〜30mg/kg(siRNA重量換算)を、一日あたり1〜3回に分けて投与することができる。
【0039】
本発明の発現抑制剤の対象疾患としては、特定の遺伝子を抑制することにより治療に結びつく疾患である限り特に制限されないが、特定の病的標的遺伝子の発現に起因する疾患で肝炎ウイルス遺伝子の発現の亢進に起因するウイルス肝炎や、変異トランスサイレチン遺伝子の発現に起因する家族性アミロイドニューロパチーを特に好ましく例示することができる。
【0040】
本発明における投与対象としては、動物である限り特に制限されないが、脊椎動物を好ましく例示することができ、哺乳類又は鳥類に属する動物をより好ましく例示することができ、中でも、ヒト、ラット、マウス、ブタ、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジをさらに好ましく例示することができ、ヒトを特に好ましく例示することができる。
【0041】
また、本発明の発現抑制剤は、本発明の医薬組成物の有効成分として用いることもできる。本発明の医薬組成物は、本発明の発現抑制剤を有効成分として含有することを特徴とする。
【0042】
本発明における核酸を細胞内へデリバリーする方法(以下、「本発明のデリバリー方法」ともいう。)は、カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与する工程(C)を有することを特徴とする。カイロミクロン導入物質結合核酸を、内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与すると、カイロミクロン導入物質結合核酸におけるカイロミクロン導入物質とリポプロテインが相互作用して、カイロミクロン導入物質結合核酸とリポプロテインとの複合体が形成され、このカイロミクロン導入物質結合核酸−リポプロテイン複合体がリポプロテイン受容体を介して細胞内に取り込まれるため、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、インビボにおいても、細胞内に非常に効率的にデリバリーすることが可能となった。また、本発明のデリバリー方法を用いることによって、インビボにおいても、従来法と比較してかなり安全に、核酸をデリバリーすることが可能となった。本発明のデリバリー方法における「カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸」や「リポプロテイン」は、上記のとおりである。
【0043】
本発明のデリバリー方法における、カイロミクロン導入物質結合核酸を内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与する方法としては、特に制限されず、上記本発明の発現抑制剤と同様の方法により投与することができる。
【0044】
本発明のデリバリー方法によってカイロミクロン導入物質結合核酸をデリバリーし得る組織としては特に制限されず、インビボにおいても、肝臓、脳、末梢神経、肺、腸管、すい臓、腎臓、心筋、骨格筋などのいずれの組織へも上記カイロミクロン導入物質結合核酸をデリバリーすることができる。
本発明のデリバリー方法によって、インビボにおいて各組織に脂溶性結合核酸をデリバリーし得ることを示すために、α−トコフェロールの体内での輸送を表す図を図2に示す。
図2に示されているように、飲食物に含まれるα−トコフェロールは、小腸で吸収され、さらに主としてリポプロテインの1種であるカイロミクロンに取り込まれ、このカイロミクロンは、リポプロテインリパーゼ(LPL)によってカイロミクロンレムナント(chylomicron remnant)に代謝され、このカイロミクロンレムナントによって肝臓に輸送される。肝細胞の細胞質において、α−トコフェロールはαTTP(α-Tocopherol Transfer Protein)によってVLDL(very low-density lipoprotein)に取り込まれ、その後、α−トコフェロールを含むVLDLは血液中に分泌され、該VLDLはLDL(low-density lipoprotein)やHDL(high-density lipoprotein cholesterol)に代謝されて、α−トコフェロールを含むLDLやHDLとなり、これらは血液によって各組織へと輸送され、各組織に存在するリポプロテイン受容体(例えばLRP−1受容体、LDL受容体、HDL受容体等)を介した受容体介在性エンドサイトーシスによって、α−トコフェロールはさまざまな組織に効率的に取り込まれる。なお、本発明におけるカイロミクロン導入物質がα−トコフェロール以外のカイロミクロン導入物質であっても、本発明におけるカイロミクロン導入物質結合核酸は、リポプロテインと共に各組織の細胞内にリポプロテイン受容体を介したエンドサイトーシスによって効率的に取り込まれる。
【0045】
本発明のデリバリー方法としては、上記工程(C)を有している限り特に制限はないが、上記核酸のデリバリー効率を向上させ、標的遺伝子の発現抑制効率を上昇させる観点から、上記内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に核酸を投与する前に、投与対象にヘパリン及び/又はLPLを投与すること(工程(B))、工程(C)より前に、飢餓状態にさせる工程(A)をさらに有していることが好ましい。上記飢餓状態とは、一定期間飲食物(ただし、カロリーのない水等の飲食物を除く)を摂取していない状態をいい、例えば6時間以上、好ましくは8時間以上、より好ましくは12時間以上、さらに好ましくは24時間以上、投与対象に食物を与えない状態が含まれる。
【0046】
本発明における疾患を治療する方法(以下、「本発明の治療方法」ともいう。)は、カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与する工程(C)を有することを特徴とする。カイロミクロン導入物質結合核酸を、内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与すると、前述のように、使用物質結合核酸がインビボにおいても細胞内に非常に効率的に取り込まれるため、従来法と比較してかなり安全に標的遺伝子の発現抑制効果が十分発揮され、その結果、疾患に対する優れた治療効果が得られる。本発明の治療方法における「カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸」や「カイロミクロンを多く含むリポプロテイン」は、上記のとおりである。
【0047】
本発明の治療方法における、カイロミクロン導入物質結合核酸を、内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与する方法としては、特に制限されず、上記本発明の発現抑制剤と同様の方法により投与することができる。また、本発明の治療方法の対象疾患としては、所定の遺伝子の発現の亢進に起因する限り特に制限されず、具体的には、上記の本発明の発現抑制剤の対象疾患と同様の疾患を例示することができる。
【0048】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0049】
[細胞培養]
後述の実験に用いるマウス肝がん細胞株(Hepa 1-6細胞株)として、以下の方法で維持した細胞株を用いた。
マウス肝がん細胞株(Hepa 1-6細胞株)を、10質量%のウシ胎児血清、100ユニット/mlのペニシリン及び100μgのストレプトマイシンを添加した成長培地(DMEM:シグマ社)を用い、37℃、5質量%CO条件下にて維持した。
【実施例2】
【0050】
[カイロミクロンを多く含むリポプロテインリッチ血清の分離]
後述の実験に用いるカイロミクロンを多く含むリポプロテインリッチ血清は、以下の方法にて分離、及び、調整を行った。
生後12〜14週のICRマウス(チャールズ リバー研究所:米国)に、0.4g/kgのトライトンWR−1339(ナカライテスク株式会社:京都:日本)を尾静脈から注射した。注射から10分後に、5mgのウシ血清アルブミン(シグマ社)、20mgのトリオレイン(和光純薬工業株式会社:東京:日本)及び20mgのタウロコール酸ナトリウム(和光純薬工業株式会社:東京:日本)を含む0.5mlのプロテインリッチ液体食物を上記マウスに経口投与した。このプロテインリッチ液体食物の経口投与から3〜12時間後にマウスから採取した血清に、同容量の溶液(水1リットルにつき、11.4gNaCl、0.1gEDTA、1mlの1N NaOHを含む溶液;比重1.006)を添加し、16℃条件下、26,000gで30分間遠心した。得られた懸濁液の上から6分の1を、リポプロテインリッチ血清として採取した。このリポプロテインリッチ血清中のトリグリセリドを、Triglyceride E-TST kit(和光純薬工業株式会社:東京:日本)を用いて測定し、適宜、使用量を調整した。
【実施例3】
【0051】
[Toc−siRNA等投与マウスの肝臓の単離]
後述の実験に用いるToc−siRNA等を投与したマウスの肝臓は、以下の方法にて用意した。
まず、生後4週のICRマウス(チャールズ リバー研究所:米国)を用意し、Toc−siRNA等の投与前に、上記マウスを24時間断食させた。その後、0.08〜0.2g/kgのトリトンを尾静脈内から投与し、次いで、250μgのウシ血清アルブミン(シグマ社)及び1mgのトリオレイン(和光純薬工業株式会社:東京:日本)を含む0.5mlのプロテインリッチ液体食物を上記マウスに経口投与した。プロテインリッチ液体食物の投与から10分間〜10時間後、Toc−siRNA等を含む0.25mlの10質量%マルトース溶液をマウスの尾静脈内に単回投与した。Toc−siRNA投与の10分前に、8〜10Uのヘパリンを尾静脈内からマウスに注入し、その後、適宜、60mg/kgのペントバルビタールをマウスの腹腔内に投与して麻酔をかけ、経心臓的にPBS溶液を灌流させることによって屠殺し、肝臓を摘出した。
【実施例4】
【0052】
[定量RT−PCR]
後述の実験で行った定量RT−PCRは、特に断りのない限り、以下の方法で行った。
Isogen(株式会社ニッポンジーン:東京)を用いて、培養細胞又はマウス組織からトータルRNAを抽出した。superscript III及びrandom hexamers (インビトロジェン社)を用い、添付のプロトコールにしたがって、上記RNAについて逆転写を行い、それに相補的なDNAを得た。定量RT−PCRは、前述の相補的なDNA 0.5μlと、所定のプライマーと、TaqMan Universal PCR Master Mix (アプライドバイオシステムズ社)とを用いて、添付のプロトコールにしたがって行った。上記定量RT−PCRの増幅は、ABI PRISM 7700 Sequence Detector(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、95℃15秒間変性及び60℃60秒間アニーリングからなるサイクルを40サイクル繰り返した。なお、上記所定のプライマーとして用いたマウスのapoB遺伝子用のプライマー、GAPDH遺伝子用のプライマー、TTR(transthyretin)遺伝子用のプライマーは、アプライドバイオシステムズ社が設計したものを用いた。
【実施例5】
【0053】
[ノーザンブロット解析]
後述の実験で行ったノーザンブロット解析は、特に断りのない限り、以下の方法で行った。
MirVana (アンビオン社:オースチン:米国テキサス州)を用いて、Hepa 1-6細胞株、又は、マウス肝臓からトータルRNAを抽出し、抽出したRNAを、エタチンメイト (株式会社ニッポンジーン:東京:日本) を用いて濃縮した。得られたRNAのうち2μgを14質量%のポリアクリルアミドゲル(尿素含有)にて電気泳動して分離し、次いでHybond-N+ メンブレン(アマシャムバイオサイエンス社:ピスカタウエイ:米国ニュージャージー州)にトランスファーした。
一方、ノーザンブロット用のプローブとして、Gene Images 3’-オリゴラべリング キット(アマシャムバイオサイエンス社)にて蛍光標識したsiRNAのアンチセンス鎖を用意した。
前述のトランスファーメンブレン及びプローブ等を用い、常法にしたがってノーザンブロット解析を行った。上記蛍光標識によるシグナルは、Gene Images CDP-star detection Kit (アマシャムバイオサイエンス社)を用いて画像化した。
【実施例6】
【0054】
[siRNAの合成]
マウスのapoB遺伝子の配列に基づいて、該遺伝子を標的とするsiRNAを設計した。このsiRNAのセンス鎖ヌクレオチドの配列(27mer)を、配列番号1(GUCAUCACACUGAAUACCAAUGCUGGA)に示し、アンチセンス鎖ヌクレオチドの配列(29mer)を配列番号2(UCCAGCAUUGGUAUUCAGUGUGAUGACAC)に示す。これらのセンス鎖ヌクレオチド配列とアンチセンス鎖ヌクレオチド配列を、常法にしたがって合成した。
【0055】
次いで、生体内のRNaseに対する安定性を向上させるために、これらのヌクレオチド配列について修飾処理を行った。すなわち、上記siRNAのセンス鎖(配列番号1)のヌクレオチド番号2、5、11、15、21、24及び25のヌクレオチド、並びに、アンチセンス鎖(配列番号2)のヌクレオチド番号1、2、5、12、14、21、24、25及び26のヌクレオチドにおける2’−O−リボースをメチル化し、また、センス鎖(配列番号1)のヌクレオチド番号26のヌクレオチドにおける骨格の結合をチオリン酸化し、さらに、アンチセンス鎖(配列番号2)のヌクレオチド番号3、4、6、27、28のヌクレオチドについては、そのリボースの2’をメチル化し、かつ、その骨格の結合をチオリン酸化した。
【0056】
その後、文献(Tetrahedron Letters 33; 2729-2732. 1992)記載の方法にしたがって、上記siRNAのアンチセンス鎖の5’末端にα−トコフェロール(東京化成工業株式会社:東京:日本)を結合した(図4)。
α−トコフェロールを結合した上記アンチセンス鎖ヌクレオチド配列と、上記センス鎖ヌクレオチド配列とを、RNase−freeの蒸留水(DW)中、95℃1分間アニールさせ、次いで、37℃で1時間インキュベーションを行った。これにより、本研究に用いる、α−トコフェロール結合siRNA(以下、「Toc−siRNA」ともいう。)を得た。なお、このsiRNAは、前述のように、センス鎖ヌクレオチド配列の長さとアンチセンス鎖ヌクレオチド配列の長さが異なっているため、アンチセンス鎖の3’末端に2merのヌクレオチドのオーバーハングが生じている(図3A)。
【実施例7】
【0057】
[siRNAの安定性試験]
上記実施例6における化学的な修飾処理による、siRNAの安定性への影響を調べるために、以下の実験を行った。
まず、マウスのapoB遺伝子を標的とし、上記実施例6において化学的に修飾したsiRNA(以下、「修飾siRNA」ともいう。)(2μg)を用意した。このsiRNAを、蒸留水(DW)又は上記実施例2記載の方法に従って調整したリポプロテインリッチ血清中において、37℃で24時間インキュベートした。得られた溶液のそれぞれから、一定量をとってそれぞれプロテイナーゼKで1時間処理したのち、2質量%のアガロースゲルにて電気泳動を行った。
また、上記の修飾siRNAに代えて、修飾していないこと以外はそれと同じsiRNA(以下、「非修飾siRNA」ともいう。)(2μg)を用いて、同様に電気泳動を行った。
上記の電気泳動の結果を図3Bに示す。図3Bから分かるように、修飾siRNA(Modified siRNA)は、非修飾siRNA(Naked siRNA)に比べて、血清中での安定性が著しく向上している。これは、修飾siRNAが、非修飾siRNAに比べて、血清中に含まれるRNAaseに対してより高い安定性を有していることを示す。
【実施例8】
【0058】
[siRNAのインビトロ活性試験]
siRNAの化学的な修飾は、siRNAが有する発現抑制活性(silencing activity)を損なう場合もある。上記の修飾siRNAのインビトロにおける発現抑制活性を調べるために、以下の実験を行った。
まず、マウスのapoB遺伝子を標的とする上記の修飾siRNA(2μg)を用意した。次いで、リポフェクトアミンRNAiMAX(インビトロジェン社)を用いて、Hepa 1-6細胞株に10nMの上記修飾siRNAをトランスフェクトした。トランスフェクトした細胞株を、トランスフェクトから24時間培養し、得られた細胞株からトータルRNAを抽出し、内因性のapoB mRNAの量を上述の実施例4に記載の定量RT−PCRにより測定した。
また、上記の修飾siRNAに代えて、非修飾siRNAや非標的遺伝子に対するsiRNA(コントロールsiRNA)を用いて、同様の定量RT−PCRを行った。
その結果を図3Cに示す。図3Cから分かるように、修飾siRNA(Modified siRNA)は、非修飾siRNA(Naked siRNA)と遜色ない発現抑制活性を示した。
【実施例9】
【0059】
[Toc−siRNAとリポプロテインの相互作用]
Toc−siRNAが、カイロミクロンを多く含むリポプロテイン(LP)リッチ血清に取り込まれるかどうかを調べるため、以下の実験を行った。
まず、0.4μg/mlのToc−siRNAの水溶液45μlを、上述の実施例2に記載の方法に従って調製した2.7mgのトリグリセリドを含むリポプロテインリッチ血清135μlと共に1時間インキュベートして、α−トコフェロール結合siRNA含有リポプロテイン(Toc−siRNA/LP)溶液を調製した。このToc−siRNA/LP溶液を、分子量100,000以上の物質を遮断する遠心フィルターユニット Microcon YM-100(Millipore社)でろ過した。ろ過して得られた溶液について、2質量%アガロースゲルにて電気泳動し、エチジウムブロマイドでRNAを染色した。
また、上記「Toc−siRNA/LP溶液」に代えて、そのα−トコフェロールの結合がない「siRNA/LP溶液」や、そのリポプロテインがない「Toc−siRNA溶液」や、そのα−トコフェロールの結合がなく、かつ、そのリポプロテインがない「siRNA溶液」について同様の操作を行った。
さらに、上記のそれぞれの場合ついて、ろ過して得られた溶液に代えて、ろ過した際にフィルターに残った画分を溶出して得られた溶液を用いて、同様の操作を行った。
これらの実験の結果を図5に示す。図5の上段は、フィルターに残った画分を溶出して得られた溶液(In centrifugal device)の泳動結果を示し、下段は、ろ過して得られた溶液(Filtered un-conjugated siRNA)の泳動結果を示す。図5の結果から分かるように、α−トコフェロールとの結合があり(Tocopherol-conjugation +)、かつ、リポプロテインリッチ血清とのインキュベートがある(Lipoproteins +)場合にのみ、siRNAが上記フィルターにトラップされている。このことは、α−トコフェロールとの結合があり(Tocopherol-conjugation +)、かつ、リポプロテインリッチ血清とのインキュベートあって(Lipoproteins +)初めて、siRNAとリポプロテインとの相互作用が生じることを示しており、ひいては、Toc−siRNAが生体内において、カイロミクロン等に取り込まれ、LRP−1受容体等の受容体を介し、各組織に運搬・吸収される可能性を示唆するものである。
【実施例10】
【0060】
[Toc−siRNAのインビボにおけるsiRNAデリバリー]
Toc−siRNAの、インビボにおいてそのsiRNAを運搬するかどうかを調べるため、以下の実験を行った。
まず、上述の実施例3に記載の方法にしたがって、Cy3蛍光色素で標識したToc−siRNAをマウスに投与し、1時間経過後屠殺し、肝臓を摘出した。
次に、この肝臓の一部を4質量%のパラホルムアルデヒド/PBS溶液で6時間固定した後、30%スクロース/PBS溶液に一晩4℃にて浸漬させた。固定した肝臓をOCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社:東京:日本)に包埋し、液体窒素にて凍結し、次いで、ライカCM3050クライオスタット(ライカ社:ドイツ)にて厚さ4μmの切片にした。この凍結切片を、スーパーフロストプラス顕微鏡用スライドグラス(フィッシャーサイエンティフィック:ピッツバーグ:米国ペンシルバニア州)に移し、13nMアレクサ−488ファロイジン(インビトロジェン社)/PBS溶液と40nM ToPro−3(インビトロジェン社)/PBS溶液を用い、対比染色を20分間行った後、ベクターシールド(ベクター社:バーリンゲーム:米国カルフォニア州)に封入し、LSM510共焦点レーザー顕微鏡(ツアイス社:ドイツ)にて観察を行った(図6A)。
図6Aは肝臓の洞様毛細血管周辺部位を観察した図である。Cy3蛍光色素のシグナルは、血管を囲んだ部分(図6A中破線を引いた右部分)において全体的に強く検出され、肝細胞(一例として、図6A中三角で示される細胞)、及び、非実質細胞(一例として、図6A中矢印で示される細胞)にsiRNAが導入されていたことが確認された。このことから、Toc−siRNAが、そのsiRNAを肝臓に運搬する能力を有する事が示された。
【実施例11】
【0061】
[インビボにおけるToc−siRNAの効果的なプロセシング]
肝臓の細胞内に取り込まれたToc−siRNAが、成熟形態のsiRNAへとプロセシングされるかどうかを調べるために、以下の実験を行った。
まず、上述の実施例3記載の方法と同様に、Toc−siRNA投与後1時間経過したマウスの肝臓を用意し、上述の実施例5に記載の方法に従って、siRNAの検出を行った(図6B)。図6Bの結果から分かるように、元々の27/29merのsiRNAに加えて、プロセシングされた21merのsiRNAの存在が確認された。このことは、Toc−siRNAが肝臓の細胞内に取り込まれた後、細胞質に存在するDicerによって、27/29merのsiRNAから21merのsiRNAへと切断されたことを示している。
【実施例12】
【0062】
[Toc−siRNAによるジーンサイレンシングに関する動物試験]
Toc−siRNAの、インビボにおいて標的遺伝子の発現を低減させる能力を調べるため、以下の実験を行った。
まず、上述の実施例3に記載の方法と同様に、マウスにToc−siRNAを投与し、24時間経過後に屠殺し、肝臓を摘出した。次に、上述の実施例4に記載の方法にしたがって、定量RT−PCRを行い、apoB遺伝子、GAPDH遺伝子、TTR遺伝子のそれぞれについてmRNAの発現量を測定した。その結果を図7Aに示す。図7Aから分かるように、マウスのapoB遺伝子を標的とするsiRNAを用いたToc−siRNA(apoB−1 Toc−siRNA)は、apoBとは無関係なsiRNAを用いたToc−siRNA(control Toc−siRNA)や、溶媒のみ(maltose)の場合に比べて、apoBのmRNA発現量が有意に低減した(n=3,P<0.001)。また、肝臓で発現する他の内因性遺伝子(GAPDH遺伝子、TTR遺伝子)のmRNA発現量は、control Toc−siRNAや、maltoseのみを投与した場合と同程度の相対発現量(トータルRNAに対する相対発現量)であった。以上のことは、Toc−siRNA(apoB−1 Toc−siRNA)は、肝臓において標的遺伝子の発現のみを特異的に低減させること、及び、非特異的な遺伝子の発現に影響を与えない、即ち、オフターゲット効果を有さないということを示している。
【0063】
次に、Toc−siRNA投与マウスのサンプリングを行う時間をずらし、経時的変化を計測した結果を図7Bに示す。図7Bから分かるように、apoB−1 Toc−siRNAによるapoB遺伝子による発現抑制活性の継続性は、Toc−siRNA投与後2日まで確認され、4日目には他(control Toc−siRNA、maltose)と同程度に発現量は回復していた。
【0064】
また、Toc−siRNAの投与量を段階的に変化させて同様の実験を行った結果を図7Cに示す。apoB−1 Toc−siRNAのapoB遺伝子に対する発現抑制活性は、その投与量に依存的であり、投与量が32.0mg/kgの場合、80%以上の発現抑制活性が得られた。
【実施例13】
【0065】
[Toc−siRNAに関する副作用確認試験]
上述の実施例3に記載の方法にしたがって、Toc−siRNAを投与したマウスについて、副作用がないか調べた。
具体的には、2mg/kgのToc−siRNA/LPの投与から3日間経過後のマウスの血液を採取し、その血中の白血球数(WBC)、血小板数(Plt)の測定、及び、総タンパク質量(TP)、アミノトランスアミナーゼ(AST、ALT)、血液尿素窒素(BUN)の生化学的解析を行った。
また、2mg/kgのToc−siRNA/LP投与から3時間経過後のマウスにおけるインターフェロン(IFN)の誘導を調べた。まず、血清中のインターフェロンα(IFNα)濃度を、検出限界が12.5pg/mlであるELISAキット (PBL Biomedical Laboratories社, Biosource社)で測定したが、IFNαは検出されなかった。更に、RT−PCRにて、2mg/kgのToc−siRNA投与マウスの肝臓におけるインターフェロンβの発現確認を試みたが、検出されなかった。
以上の結果を表1に示す。これらのことから、Toc−siRNAにはほとんど副作用がないこと、また、Toc−siRNAによる遺伝子抑制がインターフェロン応答によるものではないことが示された。
【0066】
【表1】

【実施例14】
【0067】
[α−トコフェロール結合siRNA含有リポプロテインの調製]
上述の実施例2に記載の方法にしたがって用意したカイロミクロンを多く含むリポプロテインリッチ血清を、10質量%のマルトース溶液にて、トリグリセリド濃度が、20g/Lになるように調整した。Toc−siRNA(siRNA量換算で1μg/μl)を、同容量のリポプロテインリッチ血清(トリグリセリド濃度20g/L)と混合した後、37℃で1時間インキュベートし、α−トコフェロール結合siRNA含有リポプロテイン(以下、「Toc−siRNA/LP」ともいう。)を得た。
【実施例15】
【0068】
[インビトロにおけるToc−siRNA/LPの効果的なプロセシング]
細胞内に取り込まれたToc−siRNA/LPが、成熟形態のsiRNAへとプロセシングされるかどうかを調べるために、以下の実験を行った。
まず、トランスフェクション試薬を含まない培地で培養しているHepa 1-6細胞株の培地に100nMのToc−siRNA/LPを添加した後、さらに6時間培養した。
このHepa 1-6細胞株を用いて、上述の実施例5に記載の方法にしたがって、ノーザンブロット解析を行った。その結果を図8に示す。図8の結果から分かるように、元々の27/29merのsiRNAに加えて、プロセシングされた21merのsiRNAの存在が確認された。このことは、Toc−siRNA/LPがHepa 1-6細胞株の細胞内に取り込まれることができ、また、細胞質に存在するDicerによって、27/29merのsiRNAから21merのsiRNAへと切断されたことを示している。
【実施例16】
【0069】
[Toc−siRNA/LPのsiRNAデリバリー及びジーンサイレンシングに関する動物試験]
Toc−siRNA/LPが、インビボにおいてそのsiRNAをデリバリーする能力や、インビボにおいて標的遺伝子の発現を低減させる能力を調べるため、以下の実験を行った。
まず、上述の実施例3に記載の方法にしたがって、Toc−siRNA/LPをマウスに投与し、2日経過後に屠殺し、肝臓を摘出した。この肝臓を用い、上述の実施例4に記載の方法にしたがって、定量RT−PCRを行い、apoB遺伝子、GAPDH遺伝子、TTR遺伝子のそれぞれについてmRNAの発現量を測定した。その結果を図9に示す。図9Aから分かるように、マウスのapoB遺伝子を標的とするsiRNAを用いたToc−siRNA/LP(ApoB Toc−siRNA/LP vector)は、apoBとは無関係なsiRNAを用いたToc−siRNA/LP(Unrelated siRNA/LP)や、LPのみ(control(LP only))の場合に比べて、apoBのmRNA発現量が有意に低減した(n=3, P<0.001)。また、この発現量の低減効果が、apoB遺伝子に特異的であることは、図9Bの結果に示されている。すなわち、apoB遺伝子を標的とするsiRNAを用いたToc−siRNA/LPを投与しても、肝臓で発現する他の内因性遺伝子(GAPDH遺伝子、TTR遺伝子)のmRNA発現量は、LPのみを投与した場合と同程度の相対発現量(トータルRNAに対する相対発現量)であった。
【0070】
次に、Toc−siRNA/LPの投与量を段階的に変化させて同様の実験を行った結果を図9Cに示す。Toc−siRNA/LPのapoB遺伝子に対する発現抑制活性(knockdown effect)は、その投与量に依存的であり、投与量が1.0mg/kgの場合であっても、80%以上の発現抑制活性が得られた。
【0071】
また、Toc−siRNA/LPの発現抑制活性に対する、断食後における給餌(プロテインリッチ液体食物の投与)の影響を調べるため、上記実験において、プロテインリッチ液体食物の投与を行わなかった場合の、発現抑制活性を測定した。その結果を図10に示す。図10から分かるように、給餌を行わなかった場合(Feeding(-))の発現抑制活性は、給餌を行った場合(Feeding(+))に比べて31%低下した。このことは、給餌によってカイロミクロンレムナントの取り込みが活性化される、肝臓で発現しているLRP1受容体等を介して、Toc−siRNA/LPが取り込まれることを示唆している。
【実施例17】
【0072】
[Toc−siRNA/LPに関する副作用確認試験]
上述の実施例13同様、Toc−siRNA/LP投与マウスの血液についても、生化学的解析等を行った(表2)。
加えて、Toc−siRNA/LP投与マウスの肝臓を、上述の実施例3に記載の方法で摘出し、肝臓の一部を4質量%のパラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン中に包埋し、4μmの厚さの切片を作製し、その切片をヘマトキシリン・エオジン染色して病理学的解析を行った。また、コントロールとして、Toc−siRNA/LPに代えて、LPのみを投与したマウスの肝臓切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果も示す(図11)。
以上のように、Toc−siRNA/LPを投与したマウスでは、血液の生化学的解析、肝臓組織の病理学的解析のいずれにおいても、特に異常は認められなかった。
また、上述の実施例13同様、Toc−siRNA/LP投与マウスにおけるインターフェロンの誘導を調べたが、検出できなかった。
以上のことから、上述のToc−siRNA同様、Toc−siRNA/LPについてもほとんど副作用がないことが示された。
【0073】
【表2】

【実施例18】
【0074】
[他の非ウイルス性ベクターとの比較]
すでに報告されている他の非ウイルスベクター(Nature 432:173-178, 2004; Nature 441;111-114, 2006; ACS Chem Biol 2;237-241, 2007; Proc Natl Acad Sci USA 104;12982-12987, 2007, Nature Biotechnology 25:1149-1157,2007)との間で、マウス肝臓におけるapoBmRNAのインビボの発現抑制効率を比較した。その結果を図12に示す。公知の他の非ウイルスベクターにおいて用いられているsiRNAは、本発明のToc−siRNA、又は、Toc−siRNA/LPで用いられているsiRNAと同じであり、マウスapoBmRNAの同じ部位(Nature 432:173-178, 2004)を標的としている。また、本発明のデータとしては、Toc−siRNAについては上記実施例12の図7BにおけるapoB−1 Toc−siRNA(2.0mg/kg投与1日経過後)を、Toc−siRNA/LPのデータについては、上記実施例16の図9CにおけるToc−siRNA/LP(1.0mg/kg投与2日経過後)を用いた。
図12の結果により、本発明、特にToc−siRNA/LPは、他のsiRNAデリバリーシステムに比べ、そのsiRNA必要量、並びに、その発現抑制活性の点において非常に優れていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の核酸のデリバリー方法によれば、siRNA等の標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、より安全かつより効率的に、インビボにおいてデリバリーすることができる。本発明のデリバリー方法を利用する本発明の発現抑制剤や医薬組成物によれば、疾患の要因となる特定遺伝子の発現をインビボにおいてより安全かつより効率的に抑制することができる。また、本発明のデリバリー方法を利用する本発明の治療方法によれば、疾患の要因となる特定遺伝子の発現をインビボにおいてより安全かつより効率的に抑制することができ、その結果、前記疾患をより安全かつより効果的に治療することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントへの導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を含有し、かつ、これを内因性カイロミクロンの生産が誘導されている条件下で脊椎動物に投与することを特徴とする、標的遺伝子の発現抑制剤。
【請求項2】
条件が、脊椎動物に脂質が投与されてから12時間以内の条件である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
脂質の投与が経口摂取の形態で行なわれる、請求項2に記載の剤。
【請求項4】
脊椎動物において内因性カイロミクロンの生産が誘導される前に、前記脊椎動物にLPL阻害剤を投与することを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項5】
脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項6】
脂質を投与する前に、脊椎動物を飢餓状態にすることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項7】
カイロミクロン導入物質が結合した核酸が、脊椎動物から採取した高濃度カイロミクロンと混合されて脊椎動物に投与される、請求項1に記載の剤。
【請求項8】
物質が、脂溶性ビタミン又はコレステロールであることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項9】
脂溶性ビタミンがビタミンEであることを特徴とする、請求項8に記載の剤。
【請求項10】
核酸が、siRNA、shRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmir、核酸アプタマー、リボザイム及びデコイからなる群から選択される1種又は2種以上の核酸であることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項11】
核酸が、siRNAであることを特徴とする、請求項10に記載の剤。
【請求項12】
核酸が、抗RNase処理されたRNAであることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項13】
抗RNAse処理が、2’Oメチル化処理及び/又はチオリン酸化処理であることを特徴とする、請求項12に記載の剤。
【請求項14】
請求項1に記載の剤を有効成分として含有することを特徴とする、医薬組成物。
【請求項15】
カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントの生産が脊椎動物において誘導されている条件下で、前記脊椎動物に投与することを含む、前記核酸をインビボでデリバリーする方法。
【請求項16】
カイロミクロン導入物質が結合した、標的遺伝子の発現を抑制する核酸を、内因性カイロミクロン又はカイロミクロンレムナントの生産が脊椎動物において誘導されている条件下で、前記脊椎動物に投与することを含む、標的遺伝子の発現抑制によって改善される疾患を治療する方法。
【請求項17】
条件が、脊椎動物に脂質が投与されてから12時間以内の条件である、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項18】
脂質の投与が経口摂取の形態で行なわれる、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
脊椎動物において内因性カイロミクロンの生産が誘導される前に、前記脊椎動物にLPL阻害剤を投与することを含む、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項20】
脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを含む、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項21】
脂質を投与する前に、脊椎動物を飢餓状態にすることを特徴とする、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項22】
カイロミクロン導入物質が結合した核酸を、脊椎動物から採取した高濃度カイロミクロンと混合して脊椎動物に投与することを含む、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項23】
脊椎動物に核酸を投与する前に、前記脊椎動物にLPL及び/又はヘパリンを投与することを含む、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
物質が、脂溶性ビタミン又はコレステロールであることを特徴とする請求項15又は16に記載の方法。
【請求項25】
脂溶性ビタミンがビタミンEであることを特徴とする、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
核酸が、siRNA、shRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、アンタゴmir、核酸アプタマー、リボザイム及びデコイからなる群から選択される1種又は2種以上の核酸であることを特徴とする、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項27】
核酸が、siRNAであることを特徴とする、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
核酸が、抗RNase処理されたRNAであることを特徴とする、請求項15又は16に記載の方法に関する。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公表番号】特表2011−504874(P2011−504874A)
【公表日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−520356(P2010−520356)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【国際出願番号】PCT/JP2008/003523
【国際公開番号】WO2009/069313
【国際公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】