説明

内因性抗菌物質の製造方法

【課題】 パネート細胞を含む小腸上皮細胞群を長期間培養しうると共に、α−ディフェンシンをはじめとする内因性抗菌性物質を含む分泌物を大量に生産させ、それにより内因性抗菌性物質、特に抗菌ペプチドであるディフェンシン類を製造する方法を提供すること。
【解決手段】 哺乳類の小腸から採取した陰窩から単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用し、誘導因子の存在下に培養させ、内因性抗菌性物質を分泌させることを特徴とする内因性抗菌性物質の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類、特にヒトの小腸陰窩から採取したパネート細胞から内因性抗菌物質、特に抗菌ペプチドであるディフェンシン類を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多細胞生物の進化は、微生物との戦いの歴史であり、多くの生物は外敵から身を守るための様々な手段を有している。消化管粘膜を形成する一層の上皮は、宿主にとって外界と接する最大の場であり、生存に必要な栄養素や、水・電解質などを吸収する一方で、外敵である病原体や毒素の侵入を拒むバリアとして機能している。したがって、消化管上皮細胞は消化管内容物と宿主の循環系を隔てている第一線の強力なバリアとして機能する。この小腸粘膜の陰窩(crypt)から絨毛までを構成する上皮は、円柱細胞(columnar cell)、消化管内分泌細胞(enteroendocrine cell)、杯細胞(ゴブレット細胞:goblet cell)およびパネート細胞(Paneth cell)の4系統の細胞群からなる。
【0003】
宿主が生まれてから死ぬまで、それらの上皮細胞群は、陰窩の基底近傍に存在することが推定されている幹細胞(stem cell)から供給され続けると考えられている。このうちパネート細胞以外の3系統の細胞は、陰窩から絨毛の方向(内腔側)に移動し、3〜4日ごとに脱落と再生を繰り返す。これに対してパネート細胞だけは小腸陰窩の最基底部に位置し、そこで20〜25日間程度生き続けることが知られている。
【0004】
パネート細胞は、19世紀にPanethがその存在を初めて報告した顆粒分泌機能を有する上皮細胞であって、彼は、この細胞が小腸の陰窩基底部のみに存在すること、またその機能は顆粒を小管内膣側へ分泌することのように思われると報告している。その後電子顕微鏡観察などの微細構造解析法や各種組織化学的手法を用いて、パネート細胞の形態学および生化学的特徴が次第に明らかにされてきた。
【0005】
その一つとして、細菌投与前後におけるパネート細胞の観察により、パネート細胞の脱顆粒が顕微鏡的に示され、さらにコリン作動性物質による刺激で生じる小腸陰窩内のパネート細胞におけるCa2+動態が明らかにされている(非特許文献1)。パネート細胞が分泌する顆粒中には、いずれもin vivoで抗菌活性を示すリソチーム、分泌型ホスホリパーゼA、そしてディフェンシン類、特にα−ディフェンシンが含まれていることが知られている(非特許文献2;特許文献1、2)。
【0006】
そのなかで、α−ディフェンシンは、強力な抗菌活性を示す内因性の抗菌ペプチドであり、生体防御機構としての自然免疫を担う主要な作用因子であり、既存の抗生物質とは異なり耐性菌が出現しにくく、強力な抗細菌作用、抗真菌作用、抗原虫作用および抗ウイルス作用を示すことが知られている。したがって、このような内因性抗菌性物質は、その強力な抗菌作用から様々な病気の予防や治療に有用であるにもかかわらず、その抗菌性から大腸菌等の微生物を用いて大量製造することができない等の欠点があり、今までこのような内因性抗菌性物質を大量に製造する方法は知られていなかった。
【0007】
本発明者等は、既に小腸の陰窩から単離したパネート細胞をコリン作動性物質などの各種誘導因子で刺激することにより、α−ディフェンシンを分泌させることに成功している(非特許文献3)。したがって、ヒト型小腸バイオリアクターで生産された内因性抗菌ペプチドを実用化することは医療上極めて重要な課題であり、これら内因性抗菌ペプチドを大量に得るためのバイオリアクターを考えた場合には、これらの抗菌性物質を分泌する細胞を、人工環境下で長時間生存させておく必要がある。
【0008】
しかしながら、パネート細胞を含む小腸上皮細胞群はいずれも初代培養に成功しておらず、その機能を温存しながら腸管上皮細胞を培養することは極めて難しいものである。例えば、陰窩は培地中37℃で約4時間程度しか生存しないものである。
【0009】
【特許文献1】特表平8−508165号公報
【特許文献2】特許第3085973号
【非特許文献1】Digestion, 34: 115-121, 1986
【非特許文献2】FASEB J., 10: 1280-1289, 1996
【非特許文献3】Nature Immunol., Vol.1, No.2, 113-118 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって本発明は、かかる現状に鑑み、パネート細胞を含む小腸上皮細胞群を長期間培養し得ると共に、α−ディフェンシンをはじめとする内因性抗菌性物質を含む分泌物を大量に生産させ、それにより内因性抗菌性物質、特に抗菌ペプチドであるディフェンシン類を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明者等は、細胞培養系の構築において、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場の利用に着目した。すなわち、一般に、細胞機能を保つような細胞培養系の構築においては、その培養足場が極めて重要であることが知られている。
【0012】
かかる考え方に立脚して本発明者らは、哺乳類の小腸から採取した陰窩を各細胞に分離させ、パネート細胞を単離した後、単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用して培養させることにより、パネート細胞を長時間生存させ、かつその間、誘導因子の存在下に培養させパネート細胞から効率良く内因性抗菌物質を分泌させることに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
したがって本発明は、
(1) 哺乳類の小腸から採取した陰窩から単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用し、誘導因子の存在下に培養させ、内因性抗菌性物質を分泌させることを特徴とする内因性抗菌性物質の製造方法;
(2) 誘導因子が、コリン作動性物質、細菌または細菌抗原である上記(1)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(3) コリン作動性物質がカルバミルコリンであり、細菌が大腸菌、サルモネラ菌または黄色ブドウ球菌であり、細菌抗原がリポポリサッカライド、リポタイコイックアシッドまたはムラミルダイペプチドである上記(2)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(4) 生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場が、多孔性ポリマーからなるシート状物であることを特徴とする上記(1)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(5) 多孔性ポリマーにおける孔径が2〜20μmであることを特徴とする上記(4)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(6) 哺乳類がヒトである上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(7) 内因性抗菌性物質が抗菌ペプチドである上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(8) 抗菌ペプチドがディフェンシン類である上記(7)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
(9) 抗菌ペプチドがα−ディフェンシンである上記(7)に記載の内因性抗菌性物質の製造方法;
である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、これまで不可能とされてきたパネート細胞を含む小腸上皮細胞群の細胞機能を温存したまま培養できる方法を見出した点に特徴がある。したがって、これにより内因性抗菌性物質、特にα−ディフェンシンを始めとする内因性抗菌ペプチドを生産するバイオリアクターの開発が可能になる。
【0015】
また、本発明が提供する製造方法により、内因性抗菌性物質、特にα−ディフェンシンを始めとする内因性抗菌ペプチドの大量生産が可能になり、これにより、生体の腸管が生まれながらに持っている自然免疫のエフェクターである内因性抗菌性物質を用いた、新たな感染症治療法を開発することができる。
【0016】
さらに、感染症や難治性炎症性疾患患者への臨床応用につながると共に、本技術は再生医療に応用されうる利点を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明が提供する製造方法により製造される内因性抗菌物質としては、α−ディフェンシン(α−Defensin)であるHD5(Human Defensin-5)とHD6(Human Defensin-6)、リゾチーム(Lysozyme)、分泌型ホスホリパーゼA2(Secretory Phospholipase A2;sPLA2)等をあげることができる。そのなかでも抗菌ペプチドであるα−ディフェンシンを好適に製造することができる。
【0018】
これらの内因性抗菌物質は、昆虫から哺乳類に至るまでの生物において、外界と接する組織において微生物の攻撃から身を守るために、最前線の自然免疫機構を発動する物質である。その作用の主役は、ディフェンシンをはじめとする内因性抗菌ペプチドが担っている。この中で特にディフェンシンは、早くからその存在が示された内因性抗菌ペプチドの一つであり、好中球やマクロファージなど血液中の貪食細胞の細胞内顆粒に存在し、貪食した微生物に対する殺作用に関与し、自然免疫に貢献する。
【0019】
哺乳類のディフェンシンは3つのファミリー(α−、β−、θ−ディフェンシン)からなり、α−ディフェンシンはマウスやヒトの消化管粘膜上皮において、パネート細胞に特異的に発現する。このパネート細胞特異的α−ディフェンシンは、腸管の細菌感染に対して自然免疫による粘膜防御作用を果たしている。
【0020】
本発明が提供する内因性抗菌物質の製法は、基本的には、哺乳類の小腸から採取した陰窩から単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用し、誘導因子の存在下に培養させ、内因性抗菌性物質を分泌させることを特徴とする内因性抗菌性物質の製造方法である。
具体的には、哺乳類の小腸から採取した陰窩からパネート細胞を単離し、単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用し培養すると共に、該パネート細胞に誘導因子による刺激を与えて内因性抗菌物質を分泌させ、培養液から該内因性抗菌物質を回収することによって行われる。
以下、これらの方法を、順を追って説明する。
【0021】
パネート細胞の単離
パネート細胞の単離は、哺乳類の小腸粘膜から採取した陰窩からパネート細胞を単離することによって行われる。かかる哺乳類としては、ヒトが好ましい。
小腸粘膜からの陰窩の採取は、本発明者等により提案された方法(非特許文献3)に準じて行うことができる。例えば、30mMのEDTA等の存在下で、小腸粘膜に均一な振動を加えることにより、陰窩を単離・採取することができる。
得られた陰窩は、例えばコラゲナーゼにより処理することで、陰窩を構成する円柱細胞、消化管内分泌細胞、ゴブレット細胞およびパネート細胞の各細胞に分離することができる。この分離は、パネート細胞が単一の細胞としてある程度得られる程度でよく、完全に各細胞を分離する必要はない。更に、これら細胞が含まれる培養液からパネート細胞を適宜、常法の精製方法を用いて単離してもよいし、各細胞が混合した状態で次の段階へ進んでもよい。
したがって、本発明の製造方法においては、単離した「パネート細胞」とは、必ずしも単一細胞として単離したものに限られず、パネート細胞をより多く含む単離腸上皮細胞等も包含する。
【0022】
特に好ましい態様として、セルソーター(細胞自動選択装置:Fluorescence Activated Cell Sorter)を用いてパネート細胞を大量に調製することもできる。例えば、小腸陰窩より得た単離細胞分画について、パネート細胞を特異的に分布する領域を細胞の大きさと内部密度を指標として、フローサイトメトリー(flow cytometry)を行う。この領域は、単離細胞として解析したすべての細胞中の約2〜5%を占める。これにより単離細胞群からパネート細胞を選択的に単離することができる。
【0023】
パネート細胞の培養
上記で単離したパネート細胞を培養する。この場合の培養液は、常法により選択すればよい。しかしながら、本発明の条件で、1週間程度生存するような培地が好ましい。後述の実施例からも判明するように、増殖する必要は必ずしもなく、パネート細胞がその細胞機能を保ちながら生存し続ける培養系であることが重要である。
【0024】
一般的に、細胞機能を保つような細胞培養系の構築においては、その培養足場が極めて重要であることが知られている。したがって、パネート細胞の培養においては、培養足場として、パネート細胞が生存し続ける陰窩と類似した機能を有するであろう生体マトリックス機能を補う材料を培養足場として使用し、培養するのがよい。そのような培養足場として、多孔性ポリマーからなるシート状物を使用するのがよいことが判明した。
すなわち、多孔性ポリマーの孔内にパネート細胞がはまり込み、陰窩内と類似の条件下でパネート細胞が生存し続けるものと考えられる。
【0025】
この培養足場に利用する多孔性ポリマーの材質としては、ポリカーボネート、ポリアクリレート、α−ヒドロキシカルボン酸、ポリカプロラクトン、ポリヒドロキシブチレート、ポリ無水物等のポリマーが挙げられ、そのなかでも、ポリカーボネートのシートを好適に使用することができる。
このようなシートとしては、例えば、各種の孔径を有する市販のポリカーボネート製シート[例えば、Whatman社製:サイクロポア/Cyclopore(登録商標)やヌクレポア/Nuclepore(登録商標)]などがあり、これらを好適に使用することができる。
【0026】
多孔性ポリマーにおける孔の孔径は、パネート細胞が生存して培養されるために、2μm〜20μm程度であることが必要である。この孔径が2μm未満であると、培養足場として使用したとしても、パネート細胞を生存させ培養させることができず、また、20μmを超える場合には、培養足場としての機能が低下する。
【0027】
内因性抗菌物質の分泌
上記のパネート細胞の培養において、パネート細胞に誘導因子による刺激を与えて、抗菌ペプチドであるα−ディフェンシンを含む内因性抗菌物質を分泌させる。
このような誘導因子としては、コリン作動性物質(例えば、カルバミルコリン)、細菌(例えば、大腸菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌)、細菌抗原(例えば、リポポリサッカライド、リポタイコイックアシッド、ムラミルダイペプチド)を挙げることができる。
特に、ヒト由来のパネート細胞を用いる場合には、コリン作動性物質であるカルバミルコリン(カルバコール)、細菌(サルモネラ菌、大腸菌、黄色ブドウ球菌)、細菌抗原(リポポリサッカライド)が有効である。
これらの誘導因子の添加量は、サルモネラ菌、大腸菌、黄色ブドウ球菌等の細菌の場合には1×10 CFU/Cell程度、細菌抗原では、100ng/mL〜100μg/mL程度、コリン作動性物質(カルバコール)にあっては1μM〜100μM程度が好ましい。
【0028】
内因性抗菌物質の回収
かくしてパネート細胞の誘導因子の刺激による培養により、該パネート細胞から分泌された内因性抗菌物質を回収するが、その回収は、パネート細胞の培養液や、その上清から内因性抗菌物質を回収することにより行われる。当該回収方法は、特に制限されるものではない。例えば、各々の培養時間後において、各種パネート細胞に分泌誘導物質を添加して刺激を行い、その後一定時間経過後に上清を回収して、カットフィルターで透析後、凍結乾燥して生理食塩水に溶かすことにより、得ることができる。上清として得られた抗菌物質は、透析・凍結乾燥の過程を経た後、さらに逆相高速クロマトグラフィー(HPLC)等を用いて分離・精製してもよい。
【0029】
かくして、本発明が目的とする内因性抗菌物質が製造される。この内因性抗菌物質のなかでも特に抗菌ペプチドであるα−ディフェンシンは、生体防御機構としての自然免疫を担う主要な作用因子であり、既存の抗生物質とは異なり耐性菌が出現しにくいものであり、強力な抗細菌作用、抗真菌作用、抗原虫作用および抗ウイルス作用を示すことより、種々の病気の予防や治療に有用である
【実施例】
【0030】
以下に本発明を、実施例にて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0031】
実施例1:パネート細胞の単離
1.陰窩の単離・回収
ヒトの腸管から切除または内視鏡的方法により、新鮮な腸粘膜を得た。ヒト腸粘膜からの単離陰窩の回収は、インフォームド・コンセントの下に施行した。方法を以下に示す。
腸粘膜を30mMのEDTA存在下で、均一な振動を加えながら5〜10分の一定時間毎に連続した分画を得た。小腸の場合には、分離開始直後の分画では小腸絨毛が分離・回収され、その後の分画には、単離された腸陰窩を認めた。これらを顕微鏡下で観察すると、単離小腸陰窩は基底部に存在するパネート細胞の細胞内顆粒の著明なコントラストにより容易に他の細胞との識別が可能であった。位相差顕微鏡下で単離陰窩のみを、マイクロピペットを用いて回収した。得られた単離腸陰窩を図1に示した。
【0032】
2.腸陰窩からパネート細胞の単離
単離腸陰窩を多数含む分画を、300ユニット/mLのコラゲナーゼIA−S(シグマ社製、No.C−5894;Clostridium histolyticum由来)で15分間、37℃で処理することにより、単一の細胞までに陰窩細胞を分離し、単離細胞群を得た。
この細胞分画は、多くの陰窩と少数の絨毛を材料として、それらから単離細胞を得たものであり、血液由来細胞の混入がないという特徴を有する。1回の実験で5×10〜2×10個の単離腸上皮細胞が得られた。この分画において、パネート細胞は、特異的なコントラストの強い豊富な顆粒の存在によって、各種顕微鏡観察下で容易に他の細胞群と識別できた。これらの単離パネート細胞を、0.5%寒天を加えたペトリ皿上で、顕微鏡観察下にマイクロピペットを用いて選択的に得た。
【0033】
実施例2:培養系の検討
1.細胞培養用培地の検討
マウス小腸粘膜から、上記の実施例1に記載のEDTAを使用する分離方法により、生きた単離陰窩を採取した。小腸陰窩およびその単離細胞培養のための至適条件を決定するため、19種類の細胞培養用培地を使用して形態変化および細胞生存を検討した。
マウス小腸より得た陰窩を2.5×10個ずつに分け、各種培地に加えて、37℃のCO培養器で培養し、陰窩の状態を経時的に位相差顕微鏡で観察した。さらにトリパンブルー液を用いて、各細胞の生死を判定した。
その結果、1日以内において培地によるマウス小腸陰窩細胞の形態および生存時間に差異が認められ、DMEM/F−12 BASE MEDIUM(シグマ社製;Product No.FD-9785)が最も好ましいことが判明した。したがって、培養には、DMEM/F−12 BASE MEDIUMを基本培地として用いた。
【0034】
DMEM/F−12 BASE MEDIUMの組成は、通常のDMEM培地に15mMのHEPESが添加されており、L−グルタミン、L−ロイシン、L−リジン、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、フェノールレッド、炭酸水素ナトリウムを含まない。
【0035】
2,培養足場の検討
生体培養材料としての培養足場における多孔性ポリマーの孔径の違いによる培養結果への影響を検討した。
マウス小腸粘膜から得た陰窩の単離細胞を使用して、各種の孔径を有する多孔性ポリマーのシートを細胞培養プレートまたは培養用ペトリ皿の底に敷いて、シート上に単離細胞が乗るような状態として、各種培地を用いて培養し、細胞の生存を検討した。また、併せて後記する実施例に従った方法により、培養上清の殺菌活性の検出も検討した。
それらの結果を下記表1にまとめた。
【0036】
【表1】

【0037】
上記の結果から判明するように、培地としてDMEM/F−12 BASE MEDIUMを用い、その培養足場である多孔性ポリマーの孔径が3μmから20μmの条件で、細胞を生存させ培養し得ることが判明した。
【0038】
実施例3:ヒトパネート細胞について培養系の至適条件の確認
上記の実施例2の検討をベースにして、実施例1で得たヒト単離腸細胞分画を用いて培養系の至適条件の確認をした。
培地としてDMEM/F−12 BASE MEDIUMを用い、また、生体組織培養材料である培養足場として、孔径が8μmおよび12μmのサイクロポア(Cyclopore)を使用し、検討を行った。
その結果、8μmおよび12μmの孔径を有するサイクロポアの両者とも、単離細胞がそれぞれの孔にはまり込む像が認められた。
このような孔内への単離細胞の格納(はまり込み)現象は、培養開始後60分後から既に認められ始め、1週間後の孔内には単離パネート細胞が生存していることを確認した。12μmのサイクロポア(Cyclopore)を使用し多場合の様子を図1に示した。
また、培養8日後において生細胞が多数存在していることが確認された。その状態を図2に示した。なお図中、蛍光が生細胞である。
【0039】
実施例4:誘導因子に刺激による殺菌活性の測定
単離パネート細胞を多数含む腸上皮細胞5×10個を、培地としてDMEM/F−12 BASE MEDIUMを用い、また、生体組織培養材料である培養足場として、孔径が12μmのサイクロポア(Cyclopore)を使用して培養し、培養1日後と培養7日後において、誘導因子として(1)サルモネラ菌:Salmonella Typhimuriumを1×10CFU/cell、(2)細菌抗原であるLPS(リポポリサッカライド)を100ng/mL、1μg/mLおよび10μg/mL、(3)生理的濃度である10μMのコリン作動性物質(カルバコール)を培地に添加し、30分または1時間後に上清を回収し、それぞれの抗菌活性を検討した。
【0040】
殺菌活性の測定は以下のようにして行った。すなわち、回収した培養上清を透析および凍結乾燥して得た上清群と、Salmonella Typhimurium phoP-1 1×10CFU/cellを37℃で1時間培養した反応物を栄養培地(Triptic soy agar)上に塗布し、37℃で一夜培養して生存細菌コロニー数を計測した。結果は、上清に暴露しないSalmonella Typhimurium PhoP-の生存細菌コロニー数との比較によって検討した。
【0041】
その結果、1日後の培養上清中にSalmonella Typhimurium phoP-に対する殺菌活性を認めた。得られた殺菌活性は、S. Typhimurium刺激、LPS刺激およびコリン作動性物質で刺激した単離腸上皮細胞培養の上清のいずれについても認められた。その結果を下記表2にまとめた。
【0042】
【表2】

【0043】
また、LPSの添加により、濃度依存的に殺菌活性の亢進が認められた。この殺菌活性は単離腸細胞を培養しない培地では認められなかった。細胞刺激による7日後の培養上清中にも、同様の殺菌活性が認められた。
【0044】
実施例5:パネート細胞からの内因性抗菌物質分泌の確認
Salmonella typhimurium(1×10CFU/cell)で刺激することによる小腸上皮細胞の培養上清中の内因性抗菌ペプチドであるα−ディフェンシン(HD-5)の分泌をウエスタンブロット法により調べた。結果を図3に示した。
細菌刺激または細菌抗原刺激またはコリン作動性刺激によってパネート細胞顆粒からα−ディフェンシン(HD-5)が分泌されていることが分かる。細菌暴露をしなかった対照上清中にはα−ディフェンシン(HD-5)の分泌は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上記載のように、本発明の製造方法を利用すれば、多数の単離腸細胞から大量のパネート細胞を調製し、多孔性ポリマーを培養足場とする培養条件の下で、各種誘導因子(細菌刺激、細菌抗原刺激、コリン作動性物質刺激)を使用することにより、活性型α−ディフェンシン(HD5)をはじめとする内因性抗菌物質を大量に生産しうるシステム(バイオリアクター)を確立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例3における、12μmのサイクロポアを用いて1週間培養したパネート細胞を示す顕微鏡写真である。パネート細胞が孔に縦に入っている状態を上から観察したものである。
【図2】実施例3における、培養8日後の生細胞の存在を示す顕微鏡写真である。図中、蛍光が生細胞である。
【図3】実施例5における、培養したパネート細胞が分泌したα−ディフェンシン(HD5)のウエスタンブロットを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類の小腸から採取した陰窩から単離したパネート細胞を、生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場を使用し、誘導因子の存在下に培養させ、内因性抗菌性物質を分泌させることを特徴とする内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項2】
誘導因子が、コリン作動性物質、細菌または細菌抗原である請求項1に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項3】
コリン作動性物質がカルバミルコリンであり、細菌が大腸菌、サルモネラ菌または黄色ブドウ球菌であり、細菌抗原がリポポリサッカライド、リポタイコイックアシッドまたはムラミルダイペプチドである請求項2に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項4】
生体マトリックス機能を補う材料としての培養足場が、多孔性ポリマーからなるシート状物であることを特徴とする請求項1に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項5】
多孔性ポリマーにおける孔径が2〜20μmであることを特徴とする請求項4に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項6】
哺乳類がヒトである請求項1ないし5のいずれかに記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項7】
内因性抗菌性物質が抗菌ペプチドである請求項1〜6のいずれかに記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項8】
抗菌ペプチドがディフェンシン類である請求項7に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。
【請求項9】
抗菌ペプチドがα−ディフェンシンである請求項7に記載の内因性抗菌性物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−246764(P2006−246764A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−66414(P2005−66414)
【出願日】平成17年3月9日(2005.3.9)
【出願人】(501369617)
【Fターム(参考)】