説明

内燃機関のシリンダ製造方法及び内燃機関のシリンダ

【課題】シリンダ内周面における潤滑油の保持性を高めてシリンダ内周面とピストンとのフリクションを低減すると共に、シリンダの生産性を向上すること。
【解決手段】ピストン11が収容されるボア12を画成するシリンダ内周面13にめっき皮膜14が形成された内燃機関のシリンダ製造方法であって、シリンダ内周面13にボーリング加工を施して複数本の線状のボーリング加工凸部29Aを形成し、次に、シリンダ内周面13にめっき処理を施して、ボーリング加工凸部29Aに沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部31Aとこのめっき凸部間のめっき凹部31Bとを備えるめっき層31を形成し、次に、めっき凹部31Bを残すようにめっき凸部31Aをホーニング加工してめっき皮膜33を形成し、このめっき皮膜に平滑なプラトー面28を形成すると共に、めっき凹部31Bを、不規則に延び且つ潤滑油35を保持可能なオイルポケット27として機能させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダ内周面に形成されためっき皮膜に、潤滑油を保持可能なオイルポケットが設けられた内燃機関のシリンダ、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関のシリンダにおけるシリンダ内周面にはクロスハッチ溝が設けられており、この溝に潤滑油を保持させて、ピストン(ピストンリングを含む)とシリンダ内周面を潤滑させていた。しかし、ピストンが摺動する際に潤滑油がクロスハッチ溝に沿って流出するため、ピストンの上死点付近などのピストン速度が遅い部位においては、ピストンのファーストピストンリングとシリンダ内周面との潤滑状態が境界潤滑となり、フリクションが増大したり、シリンダ内周面が摩耗する課題がある。また、クロスハッチ溝を通って燃焼室側に流出した潤滑油がガソリンと共に燃焼して潤滑油が消費されてしまう課題がある。更に、燃焼室内のクロスハッチ溝がクレビスボリューム(未燃焼ガス発生領域)を拡大して、ブローバイガス(未燃焼ガス)が増加したり、ブローバイガスがクロスハッチ溝を通ってクランクケース側へ流出する課題もある。
【0003】
この課題を解決するものとして、シリンダのシリンダ内周面にめっき層を形成し、このめっき層をホーニング加工してめっき皮膜を形成した後、例えばレーザー加工を用いてめっき皮膜の表面に、潤滑油を保持可能なオイル溝を形成した内燃機関のシリンダが提案されている。
【0004】
また、シリンダ内周面に形成されるめっき皮膜をクロムめっき層から構成し、このクロムめっき層に特有の微小な割れ(マイクロクラック)や微小孔(マイクロポーラス)を、潤滑油の保持に利用する内燃機関のシリンダが提案されている。
【0005】
更に、シリンダ内周面に、微細な貫通孔(微細孔)を有するニッケル窒化ボロン複合めっき皮膜を形成した内燃機関のシリンダが、特許文献1に開示されている。
【0006】
また、シリンダ内周面に凹部及び凸部を機械加工し、その凸部を平坦に加工した後にめっき処理を施して、めっき皮膜に、潤滑油を保持可能なオイル溝を形成した内燃機関のシリンダが、特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−263095号公報
【特許文献2】特開2008−138811号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、レーザー加工によりめっき皮膜の表面にオイル溝を形成した内燃機関のシリンダでは、シリンダ内周面における潤滑油の保持性は高まるもの、オイル溝の形成のために特殊な追加工(レーザー加工)を行わなければならず、内燃機関の生産性が低下してしまう。
【0009】
また、クロムめっき層に特有の微細な割れなどを潤滑油の保持に利用した内燃機関のシリンダでは、潤滑油の保持に有効な微細な割れなどを精度良く形成することが困難である。従って、この場合も、内燃機関の生産性が低下してしまう。
【0010】
更に、特許文献1に記載の内燃機関のシリンダでは、シリンダ内周面のめっき凸部がピストンの摺動時に摩耗して、シリンダ内周面とピストンとのフリクションが増大したり、そのとき発生する摩耗粉が他の部品に損傷を与える恐れがある。更に、燃焼室内に微細孔が存在することで、この微細孔がクレビスボリューム(未燃焼ガス発生領域)を拡大して未燃焼ガスが増加し、排気ガスの後処理に用いるキャタライザ(触媒)などを損傷させてしまう。
【0011】
また、特許文献2に記載の内燃機関のシリンダでは、めっき皮膜に形成されたオイル溝が傾斜したクロスハッチ溝であることから、背景技術の冒頭に記載したようなフリクションの増大、潤滑油の消費量増大及びブローバイガスの発生などの課題が避けられない。
【0012】
本発明の目的は、上述の事情を考慮してなされたものであり、シリンダ内周面における潤滑油の保持性を高めてシリンダ内周面とピストンとのフリクションを低減できると共に、シリンダの生産性を向上できる内燃機関のシリンダ製造方法及び内燃機関のシリンダを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る内燃機関のシリンダ製造方法は、ピストンが収容されるボアを画成するシリンダ内周面にめっき皮膜が形成された内燃機関のシリンダ製造方法であって、前記シリンダ内周面に前加工を施して複数本の線状の前加工凸部を形成し、次に、前記シリンダ内周面にめっき処理を施して、前記前加工凸部に沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部とこのめっき凸部間のめっき凹部とを備えるめっき層を形成し、次に、前記めっき凹部を残すように前記めっき凸部をホーニング加工してめっき皮膜を形成し、このめっき皮膜に平滑なプラトー面を形成すると共に、前記めっき凹部を、不規則に延び且つ潤滑油を保持可能なオイルポケットとして機能させることを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明に係る内燃機関のシリンダは、ピストンを収容するボアを画成するシリンダ内周面にめっき皮膜が形成された内燃機関のシリンダであって、前記めっき皮膜は、前記シリンダ内周面に形成された線状の前加工凸部に沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部とこのめっき凸部間のめっき凹部とのうち、前記めっき凹部を残すように前記めっき凸部がホーニング加工されて形成され、このめっき皮膜における前記めっき凹部が、不規則に延び且つ潤滑油を保持可能なオイルポケットとして機能するよう構成されたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る内燃機関のシリンダ製造方法及び内燃機関のシリンダによれば、シリンダ内周面のめっき皮膜に、潤滑油を保持可能なオイルポケットが形成されたので、シリンダ内周面における潤滑油の保持性が高まり、このシリンダ内周面とピストンとのフリクションを低減できる。
【0016】
また、めっき凹部を残すようにめっき凸部をホーニング加工してめっき皮膜を形成し、めっき凹部をオイルポケットとして機能させるので、オイルポケットの形成のために追加工が必要なく、この結果、シリンダの生産性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る内燃機関のシリンダにおける一実施形態が適用されたシリンダを、ピストンの一部とともに示す断面図。
【図2】図1のピストンリング周囲を示す拡大断面図。
【図3】図2のピストンリング周囲を更に拡大して示す拡大断面図。
【図4】図1及び図3に示すオイルポケットを備えたシリンダ内周面の展開図。
【図5】図1のシリンダ内周面のピストン摺動面に形成された粗いボーリング加工痕を示すシリンダの断面図。
【図6】図5のシリンダ内周面(ピストン摺動面)に形成されためっき層と共に示すシリンダの断面図。
【図7】図6のめっき層を拡大して示し、(A)が拡大断面図、(B)がめっき用金属の粒成長の過程を説明する、図7(A)と同様な拡大断面図。
【図8】図7のめっき層の表面性状を示す表面図。
【図9】図1のシリンダ内周面の燃焼室内面に形成された細かなボーリング加工痕に施されためっき処理によるめっき層を示す、図7(A)に対応する拡大断面図。
【図10】図9のめっき層の表面性状を示す表面図。
【図11】図6及び図7のめっき層をホーニング加工して形成しためっき皮膜と共に示すシリンダの断面図。
【図12】図11の一部を拡大して示すめっき皮膜の拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、図面に基づき説明する。但し、本発明は、この実施の形態に限定されるものではない。
【0019】
図1に示す内燃機関のシリンダ10、例えばアルミニウムを主成分とするシリンダブロック9のシリンダ10には、ピストン11が収容されるボア12を画成するシリンダ内周面13にめっき皮膜14が形成されて、シリンダ内周面13の耐摩耗性が高められている。また、シリンダ10の上部には、燃焼室15を備えるシリンダヘッド16が設置される。ピストン11は、ボア12内でシリンダ内周面13に摺接しながら往復運動(摺動)して、燃焼室15内に燃料と空気の混合気を吸入し(吸気)、この混合気を圧縮、爆発させて、排ガスを排気させる。
【0020】
ピストン11は、図2にも示すように、ピストン本体17の上部にファーストピストンリング18とセカンドピストンリング19とオイルリング20とが順次嵌装されて、ピストン11とシリンダ内周面13との気密性が高められている。また、ピストン本体17における下部にはスカート部21が設けられている。
【0021】
また、シリンダ10のシリンダ内周面13に設けられためっき皮膜14は、SiC粒子を含有したニッケル−リンをめっき用金属とするめっき皮膜である。このめっき皮膜14は、例えば、硬度がHV550〜700、膜厚が20〜100μm、SiC粒子の含有量が1〜3.5wt%、SiC粒子の平均粒径が1.5〜3μmであり、耐摩耗性に優れている。
【0022】
このめっき皮膜14は、後述の如く、シリンダ10のシリンダ内周面13を前加工としてボーリング加工し、このボーリング加工面にめっき前処理を経てめっき処理を施してめっき層を形成し、このめっき層をホーニング加工することで形成される。このうち、めっき前処理の一部(電解エッチング処理など)とめっき処理は、例えば、シリンダ10のシリンダ内周面13における一端部(シリンダヘッド16側の端部)22と他端部(クランクケース側の端部)23とをシールし、シリンダ10のボア12内に電極(不図示)を配置し、シリンダ内周面13に処理液(めっき前処理液、めっき処理液)を循環して導きシリンダ内周面13にめっき前処理(電解エッチング処理など)とめっき処理を施す高速めっき処理が採用される。
【0023】
シリンダ10のシリンダ内周面13は、ピストン11が摺動するピストン摺動面24と、ピストン11が摺動せず燃焼室15の一部を形成する燃焼室内面25とが連続して構成される。ピストン摺動面24は、シリンダ内周面13の他端部23からファーストピストンリング18の上死点位置26(図2、図3)までの領域である。また、燃焼室内面25は、ファーストピストンリング18の上死点位置26からシリンダ内周面13の一端部22までの領域である。
【0024】
そして、ピストン摺動面24に対応するめっき皮膜14(後述のめっき皮膜33)に、潤滑油35(図3)を保持可能なオイルポケット27が形成される。また、燃焼室内面25に対応するめっき皮膜14(後述のめっき皮膜34)は、オイルポケット27が存在しない、例えば表面粗さRzが1μm以下の平滑面に形成される。
【0025】
オイルポケット27は、図1及び図4に示すように、ピストン11の摺動方向A(つまり、シリンダ10の軸方向O)に対して直交する方向に不連続または部分的に連続して不規則に延び、ピストン11の摺動方向Aに複数本配列されて縞状に形成される。このオイルポケット27は、例えば深さtが3〜50μm、幅Wが20〜80μm、長さLが20〜5000μm、間隔(ピッチ)Pが100〜500μmである。これらのオイルポケット27間、つまりピストン11の摺動方向Aに隣接するオイルポケット27間と、ピストン11の摺動方向Aに直交する方向に隣接するオイルポケット27間に、平滑なプラトー面28が形成される。
【0026】
次に、シリンダ内周面13のピストン摺動面24に対応するめっき皮膜14(めっき皮膜33)にオイルポケット27が形成されるシリンダ10の製造方法を述べる。
【0027】
まず、図1、図3及び図5に示すように、シリンダ内周面13にボーリング加工を施して、シリンダ内周面13のピストン摺動面24のボーリング加工面に粗いボーリング加工痕29を形成する。この粗いボーリング加工痕29には、ピストン11の摺動方向Aに直交する方向に延びるボーリング加工凸部29Aが、ピストン11の摺動方向Aに複数本配列して形成され、これらのボーリング加工凸部29A間にボーリング加工凹部29Bが形成されている。また、このボーリング加工では、例えば切削刃の主軸送り速度を遅く変更することで、シリンダ内周面13の燃焼室内面25のボーリング加工面に細かいボーリング加工痕30が形成される。
【0028】
次に、粗いボーリング加工痕29及び細かいボーリング加工痕30を有するシリンダ内周面13のボーリング加工面に、めっき前処理を施した後にめっき処理を施して、図3、図6及び図7に示すように、粗いボーリング加工痕29のボーリング加工凸部29Aに沿ってめっき用金属(ニッケル及びリン)が粒成長するめっき凸部31Aとこのめっき凸部31A間のめっき凹部31Bとを備えるめっき層31を形成する。また、シリンダ内周面13の燃焼室内面25では、図3及び図9に示すように、めっき前処理によって細かいボーリング加工痕30の凹凸が非常に細かくなる。従って、この細かいボーリング加工痕30に形成されるめっき層32でも、表面の凹凸が非常に細かくなる。
【0029】
次に、めっき層31及び32にホーニング加工を施す。このホーニング加工は、めっき層31においては、図3、図11及び図12に示すように、めっき凹部31Bを残すようにしてめっき凸部31Aをホーニング加工してめっき皮膜33を形成し、このめっき皮膜33に平滑なプラトー面28を形成すると共に、めっき凹部31Bを、潤滑油を保持可能なオイルポケット27として機能させる。また、このホーニング加工をめっき層32(図3、図9)に施すことで、表面が平滑なめっき皮膜34が形成される。これらのめっき皮膜33及び34により、シリンダ内周面13にめっき皮膜14が形成される。
【0030】
このように、シリンダ内周面13のピストン摺動面24に対応するめっき皮膜14(めっき皮膜33)は、ピストン摺動面24に形成された線状のボーリング加工凸部29Aに沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部31Aとこのめっき凸部31A間のめっき凹部31Bとのうち、めっき凹部31Bを残すようにめっき凸部31Aがホーニング加工されて形成され、このめっき皮膜33におけるめっき凹部31Bが、潤滑油を保持可能なオイルポケット27として機能する。
【0031】
以下、シリンダ内周面13のめっき皮膜14(めっき皮膜33)にオイルポケット27を有するシリンダ10を備えたシリンダブロック9を製造するシリンダブロックの製造方法について、具体的に説明する。
【0032】
図1に示すシリンダブロック9は、単気筒または複数気筒のシリンダ10を備えており、低圧鋳造材(AC4B、AC4Cなど)またはダイカスト材(ADC10、ADC12など)のアルミニウム合金素材を用いる。本実施形態ではADC12材により構成された直列3気筒のシリンダ10を有するシリンダブロック9を用いる。
【0033】
鋳造後のシリンダブロック9は、エンジン運転時のボア12の変形を低減するために熱処理(T5処理)などを施し、その後、シリンダ内周面13に前加工としてボーリング加工を行う。このボーリング加工において、切削刃(不図示)をシリンダ10の一端部22から送り込み、切削刃の主軸送り速度を燃焼室内面25では遅くし、ピストン摺動面24では速くすることで、燃焼室内面25の表面粗さRzを2〜5μmと細かく、ピストン摺動面24の表面粗さRzを15〜30μmと粗く形成する。このとき、燃焼室内面25に細かいボーリング加工痕30が、ピストン摺動面25に粗いボーリング加工痕29が、それぞれ切削刃によってシリンダ内周面13の周方向に連続的に、且つシリンダ内周面13の軸方向Oに等間隔に形成される。
【0034】
本実施形態では、切削刃の主軸送り速度を燃焼室内面25では200mm/分、ピストン摺動面では340mm/分と設定することで、ボーリング加工後のシリンダ内周面13(ボーリング加工面)は、燃焼室内面25が、表面粗さRz3μmでボーリング加工痕の間隔0・1mmに、ピストン摺動面24が、表面粗さRz22μmでボーリング加工痕の間隔0.2mmになるように形成された。また、図5に示すように、シリンダ内周面13におけるピストン摺動面24の表面粗さを粗くする程、シリンダ10を構成するアルミニウム合金基材とめっき皮膜14との接触面積が増大するため、ピストン摺動面24はめっき密着性が向上する。
【0035】
次に、図1に示すシリンダブロック9のシリンダ10にめっき前処理を実施する。このめっき前処理は、脱脂・加温処理と電解エッチング処理とを有して構成され、最初にシリンダブロック9に脱脂処理、水洗処理、予備加温処理を順次行う。
【0036】
脱脂処理は、処理液として脱脂剤20〜50g/lの水溶液を用い、液温度40〜80℃、処理時間0.5〜3分間で、シリンダブロック9の全体を処理液に浸漬する。この浸漬時に、シリンダブロック9を揺動し、超音波発振機を使用することで洗浄効果を高めることができる。この脱脂処理によりシリンダブロック9の油や汚れを除去できる。水洗処理は、室温〜80℃の水を用い、0.5〜3分間シリンダブロック9の全体を水洗水に浸漬して洗浄する。予備加温処理は、50〜90℃の温水を用い、0.5〜3分間シリンダブロック9の全体を温水に浸漬して加温する。この予備加温を行うことで、シリンダブロック9の全体が均一に所定温度まで加温されるため、電解エッチング処理時間の短縮及びエッチング量の均一化が可能になる。
【0037】
電解エッチング処理の詳細条件は、処理液としてリン酸100〜500g/lを用い、液温度60〜90℃、処理時間0.5〜3分間、液流速10〜50cm/秒、通電条件10〜80A/dmで処理を行う。この電解エッチング処理を行うことで、シリンダ内周面13に付着している不純物や酸化膜を除去すると共に、アルミニウム合金中の共晶シリコンを表面に突出させ、更に、シリンダ内周面13を粗面にし、アンカー効果によりめっきの密着性を向上させる。この条件においては、シリンダ内周面13の特にピストン摺動面24に粗いボーリング加工痕29が残存する。この電解エッチング処理後に、シリンダブロック9は洗浄されてめっき処理工程へ搬送される。
【0038】
次に、シリンダブロック9のシリンダ10にめっき処理を行なう。このめっき処理工程では、シリンダ内周面13にめっき前処理が施されたシリンダブロック9のボア12内にめっき液を流動させながら処理を行う高速めっき処理によって、シリンダ内周面13にめっき皮膜14を形成する。このとき、シリンダ内周面13の燃焼室内面25の表面粗さRzが10〜30μmに、ピストン摺動面24の表面粗さRzが40〜70μmになるように、めっき皮膜14を形成する。
【0039】
このめっき処理では、弱→中→強の3段階のステップで電気が供給される。つまり、処理液は硫酸ニッケル300〜700g/lを用い、液温度を40〜80℃、処理時間を3〜10分間、液流速を50〜80cm/秒、通電条件を10〜30A/dm×0.5〜1分間(弱ステップ)、30〜70A/dm×0.5〜1分間(中ステップ)、80〜120A/dm×2〜8分間(強ステップ)と順次変化させて処理を行う。これにより、シリンダブロック9におけるシリンダ10のシリンダ内周面13に、均一な膜厚のめっき皮膜14が形成される。このときのめっき皮膜14の表面粗さは、燃焼室内面25ではRz20μm、ピストン摺動面24ではRz55μmである。
【0040】
上述のめっき処理では、めっき用金属は粒状に成長する特性があり、被めっき処理面の凸部分ではめっき用金属の粒成長が促進される。従って、図7に示すように、ボーリング加工によって粗いボーリング加工痕29が形成されたシリンダ内周面13のピストン摺動面24では、そのボーリング加工凸部29Aにおいてめっき用金属の粒成長が促進されてめっき層31が形成される。そして、このめっき層31の表面には、図8に示すように、めっき用金属の粗大な粒が筋状に並んだめっき凸部31Aが、ピストン11の摺動方向Aに直交する方向に沿って形成され、そのめっき凸部31Aの間にめっき凹部31Bが設けられる。
【0041】
また、図9に示すように、ボーリング加工によって細かいボーリング加工痕30が形成されたシリンダ内周面13の燃焼室内面25では、この細かいボーリング加工痕30の凸部においてめっき用金属の粒が細かく緻密に成長してめっき層32が形成される。従って、このめっき層32の表面には、図10に示すように、めっき用金属の緻密な粒が均一に分散して設けられる。
【0042】
次に、図3に示すシリンダ10のシリンダ内周面13に形成されためっき層31、32をプラトーホーニング(つまり仕上げホーニング)する。シリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されためっき層31では、図11及び図12に示すように、粗大に粒成長しためっき凸部31Aがプラトーホーニングされて平滑なプラトー面28に研磨されためっき皮膜33が形成される。このとき、めっき凸部31A間のめっき凹部31Bが残存し、このめっき凹部31Bが、不連続または部分的に連続する不規則なオイルポケット27としてめっき皮膜33に形成される。また、図3に示すシリンダ内周面13の燃焼室内面25に形成されためっき層32では、緻密に成長しためっき層32の表面がプラトーホーニングされてめっき皮膜34が形成される。このめっき皮膜34の表面は凹凸のない平滑な面(プラトー面)に設けられる。
【0043】
このプラトーホーニングにおいては、ホーニング砥石に、粒度#3000〜1000(平均粒径5〜15μm)、集中度30〜50%(1.3〜2.2ct/cm)のダイヤモンド砥石(長さ70mm、幅3mm)を6本用い、拡張圧3〜15kgf/cmでホーニング加工を実施した。加工取代は径で40〜60μmであり、特にシリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されためっき層31では、めっき凸部31Aの研磨のみである。このため、このプラトーホーニングでは切削効率が高く、加工に要する時間は1つのシリンダ内周面13当たり20〜60秒であり、粗ホーニング、中引きホーニング及び仕上げホーニングを順次実施する従来のホーニング加工の場合に比べ大幅な時間短縮が可能になる。
【0044】
このようにして、シリンダ10におけるシリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されるめっき皮膜33(めっき皮膜14)には、図3及び図4に示すように、深さtが3〜50μm、幅wが20〜80μm、長さLが20〜5000μm、間隔Pが100〜500μmのオイルポケット27が形成され、これらのオイルポケット27間に平滑なプラトー面28が形成される。また、このシリンダ内周面13の燃焼室内面25に形成されるめっき皮膜34(めっき皮膜14)にはオイルポケット27がなく、このめっき皮膜34は、表面粗さRzが1μm以下の平滑な表面に形成される。
【0045】
以上のように構成されたことから、本実施の形態によれば、次の効果(1)〜(7)を奏する。
【0046】
(1)シリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されためっき皮膜33(めっき皮膜14)に、潤滑油35を保持可能なオイルポケット27が形成されたので、シリンダ内周面13における潤滑油の保持性が高まり、このシリンダ内周面13とピストン11とのフリクションを低減できる。
【0047】
(2)シリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されためっき層31のめっき凹部31Bを残すようにめっき凸部31Aをプラトーホーニングしてめっき皮膜33を形成し、めっき凹部31Bをオイルポケット27として機能させるので、このオイルポケット27の形成のためにプラトーホーニング加工後にレーザー加工を行う等の追加工が必要なく、この結果、シリンダ10の生産性、ひいてはシリンダブロック9の生産性を向上させることができる。
【0048】
(3)シリンダ内周面13のめっき皮膜14(めっき皮膜33)には、ピストン11の摺動方向Aに対して直交する方向に延びるオイルポケット27が形成されたので、ピストン11のファーストピストンリング18、セカンドピストンリング19及びオイルリング20による潤滑油35のシール性が向上する。このため、潤滑油35がオイルポケット27を通って燃焼室15内へ流出することを防止できるので、潤滑油35の消費量を低減できる。更に、ブローバイガスがオイルポケット27を通ってクランクケース側へ流出することも防止できる。
【0049】
(4)シリンダ10のシリンダ内周面13のめっき皮膜14(めっき皮膜33)には、オイルポケット27間に平滑なプラトー面28が形成されたので、ピストン11のファーストピストンリング18、セカンドピストンリング19、オイルリング20によるめっき皮膜14(めっき皮膜33)の摩耗量を低減できる。このため、このシリンダ10を備えるエンジンに慣らし運転が必要なく、エンジン始動初期からピストン11とシリンダ内周面13とのフリクションが低くなり、燃費を向上できる。
【0050】
(5)シリンダ10のシリンダ内周面13における燃焼室内面25に形成されるめっき皮膜34は、オイルポケット27のない表面粗さRzが1μm以下の平滑な面に形成されている。このため、シリンダ内周面13の燃焼室内面25におけるめっき皮膜34表面の潤滑油の油膜を薄くできるので、潤滑油35の消費量を低減できる。更に、燃焼室15を形成するシリンダ内周面13の燃焼室内面25におけるめっき皮膜34はオイルポケット27のない表面粗さRzが1μm以下の平滑な面に形成されているので、燃焼室15内のクレビスボリューム(未燃焼ガス発生領域)が小さくなり、ブローバイガスの発生自体を低減できる。
【0051】
(6)めっき層31及び32のホーニング加工は、特にめっき層31のめっき凸部31Aをホーニング加工するプラトーホーニングであり、粗ホーニング及び中引きホーニングが必要ないので、ホーニング加工工程を削減できる。更に、プラトーホーニングにおける取代も少なくできる。これらの結果、ホーニング加工時間を短縮でき、この点からもシリンダ10、ひいてはシリンダブロック9の生産性を向上させることができる。
【0052】
(7)シリンダ内周面13のピストン摺動面24に形成されるめっき皮膜33には、ピストン11の摺動方向Aに直交する方向にオイルポケット27が、不連続または部分的に連続して不規則に延びて形成され、これらのオイルポケット27間にプラトー面28が形成されている。従って、ピストン11の摺動方向Aに直交する方向に延びるピストン11のファーストピストンリング18及びセカンドピストンリング19が、上述のオイルポケット27に入り込んで引っ掛かることを防止できる。
【0053】
以上、本発明を上記実施の形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0054】
例えば、シリンダ10のシリンダ内周面13におけるピストン摺動面24に形成されるめっき皮膜33では、ピストン11の上死点付近(即ちファーストピストンリング18の上死点位置26付近)に設けられるオイルポケット27が、他の部分に設けられるオイルポケット27よりも深さtが深く、間隔Pが狭く形成されてもよい。ピストン11の上死点付近では、燃焼圧の影響で潤滑油35の油膜切れが起こりやすいが、上述のようにピストン11の上死点付近でオイルポケット27の深さtを深く、間隔Pを狭く形成することで、潤滑油35の保持性を向上させることができる。
【0055】
また、シリンダ10のシリンダ内周面13におけるピストン摺動面24のめっき皮膜33に設けられるオイルポケット27は、その形成位置毎に異なった方向に延びて形成されてもよい。例えば、ピストン11のスカート部21(図1)が摺接するめっき皮膜33では、オイルポケット27の方向をピストン11の摺動方向Aと平行または斜めに形成して、潤滑油35がシリンダ内周面13の周方向に流出することを抑制し、ピストン11のスカート部21とシリンダ内周面13(めっき皮膜33)とのフリクションを低減してもよい。
【0056】
また、めっき前処理については、シリンダブロック9にAC4B材などの低圧鋳造材を用いた場合、電解エッチング処理後に陽極酸化処理を実施する。低圧鋳造材は、ダイカスト材と比較してアルミニウム合金中の共晶シリコンが粗大であるため、電解エッチング処理によって突出する共晶シリコンの表面積が小さいが、電解エッチング処理後に陽極酸化処理を実施するにより、アルミニウム合金基材の表面に多孔質な陽極酸化層を形成できるので、これによってめっき密着性を向上できるからである。
【符号の説明】
【0057】
10 シリンダ
11 ピストン
13 シリンダ内周面
14 めっき皮膜
18 ファーストピストンリング
24 ピストン摺動面
25 燃焼室内面
27 オイルポケット
28 プラトー面
29A ボーリング加工凸部(前加工凸部)
31 めっき層
31A めっき凸部
31B めっき凹部
33 めっき皮膜
35 潤滑油
A ピストンの摺動方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが収容されるボアを画成するシリンダ内周面にめっき皮膜が形成された内燃機関のシリンダ製造方法であって、
前記シリンダ内周面に前加工を施して複数本の線状の前加工凸部を形成し、
次に、前記シリンダ内周面にめっき処理を施して、前記前加工凸部に沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部とこのめっき凸部間のめっき凹部とを備えるめっき層を形成し、
次に、前記めっき凹部を残すように前記めっき凸部をホーニング加工してめっき皮膜を形成し、このめっき皮膜に平滑なプラトー面を形成すると共に、前記めっき凹部を、不規則に延び且つ潤滑油を保持可能なオイルポケットとして機能させることを特徴とする内燃機関のシリンダ製造方法。
【請求項2】
ピストンを収容するボアを画成するシリンダ内周面にめっき皮膜が形成された内燃機関のシリンダであって、
前記めっき皮膜は、前記シリンダ内周面に形成された線状の前加工凸部に沿ってめっき用金属が粒成長するめっき凸部とこのめっき凸部間のめっき凹部とのうち、前記めっき凹部を残すように前記めっき凸部がホーニング加工されて形成され、
このめっき皮膜における前記めっき凹部が、不規則に延び且つ潤滑油を保持可能なオイルポケットとして機能するよう構成されたことを特徴とする内燃機関のシリンダ。
【請求項3】
前記シリンダ内周面は、ピストンが摺動するピストン摺動面と、前記ピストンが摺動せず燃焼室の一部を形成する燃焼室内面とが連続してなり、前記ピストン摺動面に対応するめっき皮膜にオイルポケットが形成され、前記燃焼室内面に対応するめっき皮膜が前記オイルポケットの存在しない平滑面に形成されたことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のシリンダ。
【請求項4】
前記オイルポケットは、ピストンの摺動方向に対して直交する方向に延びて縞状に形成されたことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のシリンダ。
【請求項5】
前記めっき皮膜には、オイルポケット間に平滑なプラトー面が形成されたことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のシリンダ。
【請求項6】
前記ピストン上死点付近に設けられるオイルポケットは、他の位置のオイルポケットに比べ、深さが深く、間隔が狭く設けられたことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のシリンダ。
【請求項7】
前記シリンダ内周面のめっき皮膜に設けられるオイルポケットは、その形成位置毎に異なった方向に延びて設けられたことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のシリンダ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−2073(P2012−2073A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−135075(P2010−135075)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】