説明

内皮細胞を分化増殖させる方法

【課題】胚性幹細胞から、血管前駆細胞を経て、内皮細胞を分化増殖させる方法を提供する。
【解決手段】胚性幹細胞より分化させた血管内皮増殖因子受容体Flk-1陽性細胞において、アドレノメジュリン、血管内皮増殖因子(VEGF)等を用いて細胞内cAMP濃度を上昇させることで、内皮細胞、とくに動脈系内皮細胞の分化増殖を効果的に行う方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させ、細胞移植に供する新規な方法に関する。詳細には、本発明は血管前駆細胞からの内皮細胞の分化増殖を有効に促進し、治療効果を期待した生体への移植に供する細胞を得るための新規な方法に関する。すなわち、移植可能な分化段階にまで増殖させた胚性幹細胞由来の細胞を十分量確保しうる方法を教示するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、血管を構成する内皮細胞および壁細胞(ペリサイトおよび血管平滑筋細胞)の双方に分化し、インビトロおよび生体への移植によりインビボで血管を構築し得る、マウス胚性幹細胞から分化増殖させた「血管前駆細胞(vascular progenitor cells; VPC)」を同定し報告した(非特許文献1)。VPCは、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)の受容体であるFlk-1 (VEGFR-2)陽性の細胞である。VPCは、成獣マウスに移植することで血管を形成し血流を増加させることを本発明者等は報告した(非特許文献2)。
特に本発明は、胚性幹細胞から得られる血管前駆細胞から内皮細胞への分化を有効に誘導しかつ増殖を促進することを目的とし、細胞内cAMP濃度を上昇させるため、cAMPアナログおよびアドレノメジュリン等を使用することに関する。
【0003】
アドレノメジュリン(adrenomedullin: AM)はKitamura等により1993年に最初に報告された52アミノ酸のペプチドである(非特許文献3)。AMは正常な副腎髄質および心臓、血管(内皮細胞、血管平滑筋細胞)、肺、脳、腎臓など多くの組織に含有されている。AMはその受容体であるカルシトニン受容体様受容体(calcitonin-receptor-like receptor (CRLR))と受容体活性改変プロテイン−2(receptor-activity-modyfying protein-2 (RAMP-2))との複合体に結合し、細胞内cAMP濃度を上昇させることによりその生物学的活性を発揮する(非特許文献4)。AMノックアウトマウスでは、血管形成不全にて胎性致死となり、AMが発生期における血管の発生分化に重要な生理的因子であることが示されている(非特許文献5)。AMは、胎性期においても、発生心血管組織に発現していることが報告されている(非特許文献6)。また、本発明者らを含む複数の研究室の報告により、AMは培養内皮細胞の遊走増殖を促進し(非特許文献7)、さらに生体への投与により血管そのものの新生あるいはその再生を促進することが明らかにされている(非特許文献8)。
しかしながら、今日まで、胚性幹細胞へのAMの作用は報告されていない。また、VPCでの細胞内cAMP濃度上昇の効果に関する報告もない。
【0004】
本発明者等は、胚性幹細胞由来VPCにおける細胞内cAMP濃度上昇が内皮細胞への分化を飛躍的に促進するとともに、分化した内皮細胞が動脈系内皮細胞としての性状を獲得することを発見し、さらにVPCの細胞内cAMP濃度上昇の方法として、AMの投与が有効であることを見出した。動脈系内皮細胞は、新生血管部位にその発現が認められ、血管新生時に重要な意義を有すると考えられている(非特許文献9)。しかしながら、動脈内皮マーカーであるEphrinB2の発現も含め、内皮細胞の動脈化に関して、これまでその調節機構についての報告は極めて少なく、また胚性幹細胞での検討はない。
【0005】
胚性幹細胞から持定の細胞、例えば神経細胞、骨細胞、免疫細胞および膵臓β細胞に分化するため、培地中に添加する試薬としてcAMPが記載されている(特許文献1)。しかし、ここには血管内皮細胞への分化増殖誘導に関する記載はない。胚性幹細胞から血管内皮細胞を誘導する方法として、血清および血管内皮増殖因子を含む培地を用いて培養する方法が記載されている(特許文献2)。しかし、ここにはアドレノメジュリン、プロスタン酸や細胞内cAMPに関する記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2002-504362号公報
【特許文献2】特開2003-9854号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yamasita J.等、Nature. 2000, 408(6808): 92-96
【非特許文献2】Yurugi-Kobayashi T等、Blood. 2003, 101(7): 2675-2678
【非特許文献3】Kitamura K.等,Biochem. Biophys. Res. Commun (192: 553-560 (1993)
【非特許文献4】McLatchie LM等、Nature 393: 333-339 (1998)
【非特許文献5】Shindo T et al. Circulation、104: 1964-71 (2001)
【非特許文献6】Montuenga LM等、Endocrinology 138: 440-451 (1997)
【非特許文献7】Miyashita K等、Hypertens Res 26: S93-98 (2003)
【非特許文献8】Miyashita K等、FEBS Lett. 2003, 544: 86-92
【非特許文献9】Galeet等、Developmenta1 Biology 230: 151-160 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
現在日本人の3人に1人は、動脈硬化症による脳卒中や虚血性心疾患により死亡しており、また、これらの疾患は寝たきり、痴呆などの患者の生活の質(quality of life; QOL)を著しく低下させている。したがって、動脈硬化症の克服は、現代医療上最重要課題のひとつである。動脈硬化症の根本的な治療法は、血管閉塞部位において新たに血管を再生させる方法が最も望ましい。本発明は、胚性幹細胞由来のVPCおよびVPCから分化増殖させた内皮細胞の移植による新しい血管再生療法の開発のための方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、多くの特徴を有し、胚性幹細胞由来VPCおよびVPCから分化増殖させた内皮細胞を用いた新しい血管再生医療の開発につながる。
胚性幹細胞から内皮細胞を大量に分化増殖させるため、培地中のcAMP濃度を上昇させるための工程を包含する、血管再生医療の方法を提供する。
培地中のcAMP濃度を上昇させるために、cAMPアナログおよびホスホジエステラーゼ阻害薬、またはプロスタン酸誘導体であるプロスタグランジンI2誘導体ベラプロスト又はその塩を用いる工程を包含する、血管再生医療の方法を提供する。
また、培地中のcAMP濃度を上昇させる別の方法として、AMおよびその誘導体の投与あるいはAM遺伝子を組み込んだ発現プラスミドの投与、さらにAM受容体を活性化させる工程を包含する、血管再生医療の方法を提供する。
【0010】
即ち、本発明は、
(1) 血管前駆細胞、具体的には胚性幹細胞由来の血管前駆細胞、さらに具体的には単離された血管前駆細胞を細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に分化増殖させることを特徴とする、血管前駆細胞から内皮細胞、特に動脈系内皮細胞を分化増殖させる方法;
(2) 本発明の方法により調製される単離された内皮細胞;
(3) 本発明の単離された内皮細胞を3次元様式で培養することを特徴とする、インビトロにおいて血管構造組織を調製する方法;
(4) 本発明の単離された内皮細胞を生体に移植することを特徴とする、移植部位において血管を形成させ、血流を増加させる方法;
(5) 本発明の単離された内皮細胞を生体に移植することを特徴とする、血管閉塞性疾患を処置する方法;
(6) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管前駆細胞から内皮細胞または動脈系内皮細胞を分化増殖させるための組成物;
(7) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管構造組織を形成するための組成物;
(8) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管閉塞性疾患を処置するための医薬組成物;
(9) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管形成誘導因子における分化増殖能を促進させるための組成物;に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の利点は、本発明の以下の説明により明らかにされる。
細胞内cAMP濃度を上昇させることにより、従来の内皮細胞誘導方法にくらべてはるかに大量に内皮細胞を誘導できる。
細胞内cAMP濃度を上昇させることにより分化増殖される内皮細胞は、EphrinB2などのマーカーを有した動脈系内皮細胞が主体であり、これは本発明の方法により胚性幹細胞から分化増殖される内皮細胞が動脈系内皮細胞としての性質を持つことを意味する。
細胞内cAMP濃度を上昇させることにより分化増殖される内皮細胞により、インビトロで有効に3次元様式で培養することにより血管構造を構築できること、および生体に移植することで、血管を形成し移植部の血流を増加し得ること。
本発明により、血管再生が可能となり、血管閉塞性疾患すなわち、閉塞性動脈硬化症(Aterosclerosis Obliterans; ASO)、虚血性心疾患、脳血管障害(脳梗塞、痴呆を含む)などに対して、血管を再生し、血流を再開、増加させるという根本的な治療が可能となり、血管再生医療の開発にもつながる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】8-br-cAMPによる濃度依存的な内皮細胞分化の促進を示す細胞の形態を示す写真である。
【図2】IBMXによる内皮細胞分化の促進を示す細胞の形態を示す写真である。
【図3】AMによる濃度依存的なPECAM-1陽性内皮細胞分化の促進を示す細胞の形態を示す写真である。
【図4】AM誘導体による内皮細胞分化の阻害を示す細胞の形態を示す写真である。
【図5】AMおよびcAMPによるVE-カドヘリン/PECAM-1陽性内皮細胞の誘導効果を示すフローサイトメトリの結果である。
【図6】胚性幹細胞由来VPCから分化した内皮細胞の性状を示す細胞の形態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(1) 血管前駆細胞を細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に分化増殖させることを特徴とする、血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させる方法
出発原料としての「血管前駆細胞」は例えば、Yamasita J.等、Nature. 2000, 408(6808): 92-96に記載のようにして、胚性幹細胞から分化させ、入手することができる。胚性幹細胞(embryonic stem cell)は胚幹細胞あるいはES細胞とも呼ばれ、胚盤胞の内部に存在する未分化幹細胞である内部細胞塊を構成している細胞を培養に移し、頻繁に細胞塊の解離と継代を繰り返すことで樹立できる。この細胞は正常核型を維持しながらほぼ無限に増殖と継代を繰り返すことができ、内部細胞塊と同じようにあらゆる種類の細胞に分化することができる多分化能を保つことが知られている。
また、血管前駆細胞は、胚性幹細胞のほか、胎仔および骨髄由来細胞などの自己複製可能な他の多能性幹細胞からも調製できる。本発明においては、ヒト、サル、マウスなどの多様な動物に由来する多能性幹細胞を使用できる。
【0014】
本発明では「単離された血管前駆細胞」を用いることができる。「単離された」とは、生体から物理的に分離された状態、または他の種類の細胞の混入がない状態を表す。血管前駆細胞はセルソーターなどを用いて、血管内皮増殖因子(VEGF)の受容体であるFlk-1 (VEGFR-2)陽性を指標として分離できる。
【0015】
本発明において、「細胞内cAMP濃度上昇物質」とは、血管前駆細胞内のcAMP濃度を上昇させるあらゆる物質を意味し、これにはcAMPアナログ、アドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体、ホスホジエステラーゼ阻害薬、およびプロスタン酸誘導体が含まれる。
「cAMPアナログ」とは、細胞に接触させると細胞内cAMP濃度を上昇させる、cAMPに類似した構造を有する化合物であり、これには例えば8-ブロモアデノシン-3': 5'-サイクリック一リン酸ナトリウム塩(8-br-cAMPナトリウム塩)、ジブチリル-cAMPが含まれる。
「アドレノメジュリン」または「AM」は、正常な副腎髄質および心臓、血管(内皮細胞、血管平滑筋細胞)、肺、脳、腎臓など多くの組織に含有されている52アミノ酸のペプチドである(Kitamura K.等,Biochem. Biophys. Res. Commun (192: 553-560 (1993))。AMは特開平7-196693に記載の方法により容易に調製できる。
AMはその受容体であるカルシトニン受容体様受容体(calcitonin-receptor-like receptor (CRLR))と受容体活性改変プロテイン−2(receptor-activity-modifying protein-2 (RAMP-2))あるいは受容体活性改変プロテイン−3(receptor-activity-modifying protein-3 (RAMP-3))との複合体に結合し、細胞内cAMP濃度を上昇させることによりその生物学的活性を発揮することが知られている。よって、「アドレノメジュリン誘導体」とは、胚性幹細胞上に局在するアドレノメジュリン受容体を活性化させるあらゆる物質を意味し、例えば、アドレノメジュリンを構成する52アミノ酸残基の1または数個のアミノ酸を欠失、置換もしくは付加したアミノ酸配列を有し、かつアドレノメジュリンが有する活性を保持したペプチドが挙げられ、例えばAM(22-52)やCGRP(8-37)が例示される。
【0016】
「ホスホジエステラーゼ阻害薬」には例えば、3-イソブチルメチルキサンチン(IBMX)が含まれる。
本発明において使用される「プロスタン酸誘導体」とはプロスタン酸を基本骨格とし、これに二重結合やヒドロキシ基等が加わった数多くの不飽和脂肪酸を意味し、これにはプロスタグランジン類、トロンボキサン類、ロイコトリエン類が含まれる。本発明においては特に、プロスタグランジンI誘導体が好ましく、ベラプロストまたはその塩が特に好ましい。ここに、「塩」とはイオン化合物を意味する。
【0017】
血管前駆細胞を細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に「分化増殖」させるとは、血管前駆細胞を細胞内cAMP濃度上昇物質とともに培養することを意味する。培養は、細胞の維持または分化の目的に適する組成の培地を使用し、それに本発明の細胞内cAMP濃度上昇物質を添加し、当業者に周知の温度等の環境下にて行う。例えば、用いる培地としては、通常、細胞培養用の最小必須培地に5x10-5M2-メルカプトエタノール、10%FCS等を添加したものを使用する。各培地には、抗生物質などの培養に有用な他の物質を添加することができ、各成分に代えて、同等の機能を有する代替物を使用してもよい。また、培地の各成分は、各々適する方法で滅菌して使用する。本発明においては、血管形成誘導因子、例えば血管内皮増殖因子(VEGF)を培地に添加して培養を行う。
【0018】
本発明のある態様では、血管前駆細胞をコラーゲンIVでコートした培養容器内、10%FCSおよびVEGFの存在下に培養する。このような条件で培養すると、通常3日目に本発明の内皮細胞が最適に得られる。あるいは、無血清状態でもある程度、内皮細胞に分化させることができる。
【0019】
内皮細胞の単離は、適当な標識物、アロフィコシアニン(allophycocyanin(APC))を結合したFlk-1に対する抗体、および適当な標識物、フルオレッセインイソチオシアネート(FITC)を結合したE-カドヘリンに対する抗体を用い、セルソーター等により、Flk-1陽性かつE-カドヘリン陰性細胞分画を採取することにより行うことができる。また、APC結合VE-カドヘリン抗体、FITC結合PECAM-1抗体、FITC結合CD34抗体を用いて、FACSセルソーターにて、内皮細胞の分化および分化した内皮細胞の性状を検討できる。本発明において、細胞の単離・精製に用いる抗体は、ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体のいずれでもよい。FACSを使用する場合、モノクローナル抗体が好ましい。そのような抗体は、当業者であれば容易に作成でき、または市販のものを使用してもよい。
【0020】
本発明において単離された内皮細胞の多くは、Flk-1陽性、PECAM-1陽性、EphB4結合分子陽性、かつE-カドヘリン陰性である場合、それは動脈系内皮細胞である。動脈系内皮細胞とは、動脈血管を構成する内皮細胞を意味する。細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に増殖させた内皮細胞は100%ではないが、EphB4結合分子(EphrinB2)発現が上昇している動脈内皮細胞の性質を有するものが多く、他方、細胞内cAMP濃度上昇物質の不存在下に増殖させた内皮細胞はEphB4結合分子発現のない静脈内皮細胞の性質を主に持っている(図6)。
【0021】
本明細書において、ある分子について「陽性」とは細胞が当該分子を発現していることを意味し、「陰性」とは、発現していないことを意味する。細胞がある分子を発現しているか否かは、FACS等により判定できる。FACSは、通常、フローサイトメーター、レーザー発生装置、光学系、データ処理装置および細胞分取装置を備えている。FACSにより、特定物質で蛍光標識した細胞にについて、散乱光(前方散乱光や側方散乱光)や蛍光のシグナル情報を測定し、特定のシグナル情報を発する細胞を分取することができる。
【0022】
(2) 本発明の方法により調製される単離された内皮細胞
本発明は別の態様として、本発明の方法により調製される単離された内皮細胞を提供する。
本発明において、「単離された」とは、生体から物理的に分離された状態、または他の種類の細胞の混入がない状態を表す。
本発明において単離される内皮細胞の多くは上記のとおり、Flk-1陽性、PECAM-1陽性、EphB4結合分子陽性かつE-カドヘリン陰性であり、それは動脈系内皮細胞である。
【0023】
本発明の細胞は、アドレノメジュリン受容体をさらに発現しているものが好ましい。アドレノメジュリン受容体は、例えばマウスの場合、マウス抗AMモノクローナル抗体(Michibata H等、Kidney Int 53: 979-985 (1998))を用いて確認できる。
【0024】
(3) 本発明の単離された動脈系内皮細胞または内皮細胞を3次元様式で培養することを特徴とする、インビトロにおいて血管構造組織を調製する方法
「3次元様式での培養」とは、例えばゲルの中に細胞を埋め込んで培養する立体的培養を意味し、本発明ではこれにより血管構造組織の構築を促すことができる。「血管構造組織」とは、動脈、静脈、リンパ管等の脈管を構成する組織を意味する。
【0025】
(4) 本発明の単離された動脈系内皮細胞または内皮細胞を生体に移植することを特徴とする、移植部位において血管を形成させ、血流を増加させる方法
移植の方法としては、局所注入、血管内注入(動脈内、静脈内)を挙げることができる。
【0026】
(5) 本発明の単離された動脈系内皮細胞または内皮細胞を生体に移植することを特徴とする、血管閉塞性疾患を処置する方法
本発明において、「血管閉塞性疾患」とは閉塞性動脈硬化症、虚血性心疾患、脳血管障害、例えば脳梗塞、痴呆である。
この態様において、本発明は、本発明の単離された動脈系内皮細胞または内皮細胞における血管閉塞性疾患を処置する使用に関する。
【0027】
(6) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管前駆細胞から内皮細胞または動脈系内皮細胞を分化増殖させるための組成物
本発明は別の態様として、血管前駆細胞から内皮細胞または動脈系内皮細胞を分化増殖させるために用いられる、細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する組成物に関する。
「細胞内cAMP濃度上昇物質」は上記のとおりである。かかる組成物は通常、胚性幹細胞由来血管前駆細胞に対し、ex vivoで細胞内cAMP濃度を上昇させる目的で細胞内cAMP濃度上昇物質を添加するのに用いられる。
この態様において、本発明は、血管前駆細胞から内皮細胞または動脈系内皮細胞を分化増殖するための組成物を調製するための、細胞内cAMP濃度上昇物質の使用に関する。
この態様における組成物は典型的には、細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、細胞培養培地である。
【0028】
(7) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管構造組織を形成するための組成物
この態様の発明は、血管構造組織を形成するための試薬として利用される。
【0029】
(8) 細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管閉塞性疾患を処置するための医薬組成物
この態様の発明は通常、注射により生体に投与される。投与部位は目的とする疾患により異なり、通常、静脈内投与である。用量は適宜医師により決定されるが、通常、0.05μg/分/kg体重である。
【0030】
(9)細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管形成誘導因子における分化増殖能を促進させるための組成物
本発明は別の態様として、血管形成誘導因子が有する血管形成を促進、増大、増進させるために用いられる、細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する組成物に関する。
本発明において、血管形成誘導因子とは、破壊局所からの血管内皮細胞の発芽、血管外への遊走・増殖、管腔形成の諸過程を促進し、新たな毛細血管の形成を促す活性を有する因子を意味する。これには例えば、血管内皮増殖因子(VEGF)、繊維芽細胞増殖因子−2、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)等が挙げられる。本発明に用いられる血管形成誘導因子は天然由来のものあるいは遺伝子操作により調製されたものいずれも使用することができる。
【0031】
(10)
本発明は別の態様として、細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管構造組織を形成する、または血管閉塞性疾患を処置する組成物を調製するための、本発明の方法による胚性幹細胞から内皮細胞ないし動脈系内皮細胞にいたるインビトロの分化培養系の使用を提供する。また、本発明の方法による胚性幹細胞から内皮細胞ないし動脈系内皮細胞にいたるインビトロの分化培養系における分化過程の細胞での遺伝子発現を網羅的に解析する方法(例えば、PNAマイクロアレイ法など)を提供する。さらに、遺伝子発現のデータベース開発により、そのデータベースから新しい血管形成誘導遺伝子を見つけることが可能となる。
【実施例】
【0032】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
参考例
胚性幹細胞からのFlk-1陽性細胞への分化増殖
本発明者らが以前に報告した方法(Yamashita J等、Nature 408: 92-96 (2000)により、Flk-1陽性細胞を分化増殖させた。すなわち、マウス胚性幹細胞(Department of Molecular Embryology, Max-Planck-Institute fur Immunobiology, Freiburg, GermanyのBM I Evans博士より供与)を10%胎児ウシ血清(FCS)および5×10-5M 2-メルカプトエタノール含有アルファー最小必須培地(分化メデイウム)にて、タイプIVコラーゲンにてコートした培養皿(ベクトンデイキンソン社)上で、5%CO2および95%空気の環境下37℃で4日間培養した。
分化増殖させたFlk-1陽性細胞を、既報の方法に従い(Nishikawa SI 等、Development 125: 1747-1457 (1998))、FACSヴァンテージ(ベクトンデイキンソン社)にて97%以上の純度で単離した。
【0033】
実施例1
Flk-1陽性細胞からの内皮細胞への分化増殖に対する種々の添加剤の効果
内皮細胞の単離では、APC結合抗-Flk-1モノクローナル抗体(AVAIS12 (Dev.Growth Differ. 39, 729-740 (1997)))およびFITC結合抗-E-カドヘリンモノクローナル抗体(ECCD2 (Cell Struct.Funct. 11, 245-252(1986)))を用い、Flk-1陽性かつE-カドヘリン陰性細胞分画を採取した。
内皮細胞の分化および分化した内皮細胞の性状の検討は、APC結合VE-カドヘリン抗体(VECD1 (Proc.Assoc.Am.Physicians 109, 362-371 (1997)))、FITC結合PECAM-1抗体(Mec13.3 (Pharmigen))、およびFITC結合CD34抗体(RAM34 (Pharmigen))を用いて、FACSセルソーターにて行った。
【0034】
参考例にて単離した純化Flk-1陽性細胞であるマウス胚性幹細胞由来VPCは、コラーゲンIVコート培養皿上にて10%FCSおよびVEGF (10ng/ml、RアンドDシステム)存在下にて4日間培養すると、PECAM-1およびVE-カドヘリン陽性の内皮細胞およびSMA陽性の壁細胞の二種類の細胞に分化した。この条件において、VPCから内皮細胞への分化率はFACS解析より全体の細胞の約30%であることが判明した。
10%FCSおよびVEGF (50ng/ml)含有分化メデイウム(この培養メデイウムを以下メデイウムAと称する)に添加剤として、ラットAMおよびAM誘導体であるヒトAM-(22-52)-アミド(ともにペプチド研究所)、8-ブロモアデノシン-3': 5'-サイクリック一リン酸ナトリウム塩(8-br-cyclic AMP)、IBMX、およびプロスタグランジンI2誘導体であるベラプロストを加える以外は、同様に培養し、Flk-1陽性細胞からの内皮細胞への分化増殖に対する種々の添加剤の効果を調べた。
メデイウムAに8-br-cAMPを添加し、胚性幹細胞由来VPCをコラーゲンIVコート培養皿上にて4日間培養し内皮細胞マーカ一であるPECAM-1および壁細胞マーカーであるSMAによる免疫学的二重染色をおこなった。得られた結果を図1に示す(PECAM-1(一部を矢印にて図中に示す)、SMA(一部を矢印にて図中に示す)、40倍)。図1は、8-br-cAMP 0.1mM〜0.5mMの濃度において濃度依存性に内皮細胞への分化を促進していることを示している。また、0.5mMの8-br-cAMP添加にて内皮細胞に分化した細胞は全体の約70%に達していることが判明した。なお、VEGF非存在下では、8-brc-AMPの内皮細胞分化促進作用は認められなかった。
【0035】
メデイウムAにIBMX(10-4M)を添加し、同様に培養した結果を図2に示す。メディウムA単独の培養と比較し、IBMX10-4M添加条件では胚性幹細胞由来VPCからのPECAM-1陽性内皮細胞(青)の分化を促進した(図2、PECAM-1(一部を矢印にて図中に示す)、SMA(一部を矢印にて図中に示す)、100倍)。
メデイウムAにアドレノメジュリン(AM)を添加し、同様に培養した結果を図3に示す。AM(10-9〜10-6M)の添加は、メディウムA単独の培養と比較し、濃度依存的に胚性幹細胞由来VPCからPECAM-1陽性内皮細胞の分化増殖を促進した(内皮細胞への分化を示す細胞数が増加)(図3、PECAM-1(一部を矢印にて図中に示す)、SMA(一部を矢印にて図中に示す)、200倍)。AM10-6M添加により内皮細胞に分化した細胞は全体の細胞の50%に達した。AM(10-7M)添加時に認められる胚性幹細胞由来VPCからのPECAM-1陽性内皮細胞(青)分化の促進効果は、AM誘導体であるAM(22−52)(10-4M)の添加によりメディウムA単独培養条件と同程度に阻害された(図4参照、PECAM-1(一部を矢印にて図中に示す)、SMA(一部を矢印にて図中に示す)、100倍))。このことから、AMの分化促進効果はAM受容体を介した作用であると考えられた。同様の作用は、プロスタグランジンI2誘導体であるベラプロスト(10nM)添加においても認められた。
【0036】
さらに、AMおよびcAMPによるVE-カドヘリン/PECAM-1陽性内皮細胞の誘導効果をFACS解析により確認した。結果を図5に示す。図5により、メディウムA単独においてはVE-cad/CD31陽性細胞の誘導が20%であるのに対し、AM10-6M添加時には37.9%、8-br-cAMP添加時には51.9%の高い誘導効果を認めた。
【0037】
実施例2
胚性幹細胞より分化した内皮細胞の性状検討
EphrinB2は動脈系内皮細胞に発現し、その受容体であるEphB4は静脈系内皮細胞に発現することが知られている(Adams, R et al Genes Dev. 13: 295-306 (1999))。
そこで、既に報告している免疫組織化学的手法 (Hirashima等、Blood 93: 1253-1263 (1999))により、実施例1にて分化増殖した細胞をメタノール固定後、Mec 13.3や抗アルファ平滑筋アクチン(SMA)抗体(1A4 (SIGMA社))にて処理し、アルカリフォスファターゼ結合抗ラットIgG抗体(EphB4-Feキメラ (ZYMED社))、あるいは西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合抗マウスIgG抗体(ZYMED社)等を用いて染色した。
さらに、EphrinB2発現の検討には、EphrinB2が特異的に結合するEphB4とヒトIgGのキメラタンパクとペルオシダーゼ結合抗ヒトIgGFcヤギIgG(ICN/CAPPEL社)を用いた。この際、EphB4-ヒトIgGキメラタンパクとEphrinB2の結合の検出感度を上げるため、Tyramid Signal Amplication Biotinシステム(Perkin Elmerライフサイエンス社)を用いた。
【0038】
メデイウムAに8-brcAMP(0.5mM)添加し、上記のように胚性幹細胞より分化した内皮細胞の性状を検討した。得られた結果を図6に示す。メディウムA単独の培養条件でVPCから分化したPECAM-1陽性内皮細胞(図6a左、右)はEphB4-Fcキメラと結合しないEphrinB2陰性の内皮細胞であった(図6a)。AM10-6Mおよび8-br-cAMP0.5mM添加時にはPECAM-1陽性内皮細胞の多くはEphB4-Fcキメラとの結合性を有する(図6b, c中央、右)EphrinB2陽性内皮細胞であった(図6、PECAM-1(左)、EphB4-Fcキメラ(中央、右)、200倍)。図6は、メデイウムAに8-brcAMP(0.5mM)添加すると、メデイウムAのみに比べ、EphB4結合分子 (EphrinB2と考えられる)の有意の発現増加が認められることを示している(P<0.05)。AM10-6M添加にても同様の効果が認められた(P<0.05)。
これは、AMあるいは8-br-cAMPが胚性幹細胞由来の血管前駆細胞から動脈系内皮細胞を分化させたことを示している。
【0039】
実施例3
マウス胚性幹細胞におけるAMの発現はすでに本発明者らが開発したマウス抗AMモノクローナル抗体(Michibata H等、Kidney Int 53: 979-985 (1998))を用いて、本発明者らの既報の方法に準じて(Naruko T等、Circulation 94: 3103-3108 (1996))行った。
胚性幹細胞由来VPCより分化した血管細胞におけるAMおよびその受容体の発現を検討したところ、胚性幹細胞由来VPCより分化した壁細胞においてAMの発現を認め、一方、内皮細胞においてAM受容体の発現を認めた。
これは、胚性幹細胞由来の内皮細胞にAMが作用できること、および同時に分化する壁細胞から分泌されるAMが内皮細胞に作用する可能性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0040】
上記結果は明らかに、胚性幹細胞由来VPCにcAMPアナログおよびIBMX、またはブロスタン酸誘導体であるプロスタグランジンI2誘導体ベラプロスト又はその塩あるいは、AMを投与し、細胞内cAMP濃度を上昇させることで、内皮細胞の分化が飛躍的に進むことを示している。
結果はさらに上記添加剤により、血管新生において重要な動脈系の内皮細胞への分化増殖を促進されたことを示している。
これらのAMの胚性幹細胞への作用は、AM受容体の媒介を通して発現すると考えられる。従って、本発明は、胚性幹細胞を用いた血管再生医療の開発に新しい方法を提供する。つまり、胚性幹細胞を虚血部に移植することで生体内で血管を形成し局所の血流を回復させる際、胚性幹細胞由来移植内皮細胞の量的確保および質的な変化調整をめざす新規のセルプロセシング方法を提供する。
また、胚性幹細胞から内皮細胞ないし動脈系内皮細胞にいたるインビトロの分化培養系における分化過程の細胞群の遺伝子発現をDNAマイクロアレイ法などを用いて、網羅的に解析する方法も新規の血管再生誘導遺伝子の探索、血管再生医薬の開発に有用であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体外において、血管前駆細胞をアドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に分化増殖させることを特徴とする、血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させる方法。
【請求項2】
血管前駆細胞が胚性幹細胞から分化増殖されたものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
単離された血管前駆細胞を増殖させる、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
アドレノメジュリン誘導体が、胚性幹細胞上に局在するアドレノメジュリン受容体を活性化させる、請求項1から3までのいずれか記載の方法。
【請求項5】
血管前駆細胞から動脈系内皮細胞を分化増殖させる、請求項1から4までのいずれか記載の方法。
【請求項6】
動脈系内皮細胞が、Flk-1陽性、PECAM-1陽性、EphB4結合分子陽性、かつE-カドヘリン陰性である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
動脈系内皮細胞がさらに、アドレノメジュリン受容体を発現している請求項6に記載の方法。
【請求項8】
血管形成誘導因子の存在下に増殖させる、請求項1から7までのいずれか記載の方法。
【請求項9】
血管内皮増殖因子(VEGF)ならびにアドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質の存在下に増殖させる、血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させる請求項8記載の方法。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか記載の方法により調製される単離された内皮細胞。
【請求項11】
請求項1から9までのいずれか記載の方法により調製される単離された内皮細胞を3次元様式で培養することを特徴とする、インビトロにおいて血管構造組織を調製する方法。
【請求項12】
移植部位において血管を形成させ、血流を増加させるための、請求項10記載の内皮細胞を含有する医薬組成物。
【請求項13】
血管閉塞性疾患を処置するための、請求項10記載の内皮細胞を含有する医薬組成物。
【請求項14】
血管閉塞性疾患が、閉塞性動脈硬化症、虚血性心疾患、脳血管障害である請求項13記載の医薬組成物。
【請求項15】
アドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させるための組成物。
【請求項16】
アドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管前駆細胞から動脈系内皮細胞を分化増殖させるための組成物。
【請求項17】
胚性幹細胞由来の血管前駆細胞から内皮細胞を分化増殖させるための、請求項15または16記載の組成物。
【請求項18】
血管形成誘導因子をさらに含む、請求項15から17までのいずれか記載の組成物。
【請求項19】
血管内皮増殖因子(VEGF)ならびにアドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、請求項18記載の組成物。
【請求項20】
細胞培養培地である請求項15から19までのいずれか記載の組成物。
【請求項21】
アドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管構造組織を形成するための組成物。
【請求項22】
アドレノメジュリンおよびアドレノメジュリン誘導体からなる群の中から選択される細胞内cAMP濃度上昇物質を含有する、血管形成誘導因子における分化増殖能を促進させるための組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−148273(P2009−148273A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10932(P2009−10932)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【分割の表示】特願2004−25631(P2004−25631)の分割
【原出願日】平成16年2月2日(2004.2.2)
【出願人】(501382317)
【出願人】(504042225)
【出願人】(504042199)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【Fターム(参考)】