説明

円盤型分析チップ

【課題】酵素反応を用いる検査法(とりわけELISA法)に好適に適用できる分析チップを提供する。
【解決手段】内部空間(流体回路)を備えており、遠心力印加により内部空間内に存在する液体を所望位置に移動させる分析チップであり、該内部空間が、第1、第2、第3、第4の液体をそれぞれ収容する第1、第2、第3、第4の槽;第1〜第4の槽より外周部側の第5の槽;第5の槽より外周部側の第6の槽;第1−第5の槽、第2−第5の槽、第3−第5の槽、第4−第5の槽、第5−第6の槽間をそれぞれ接続する第1、第2、第3、第4、第5の流路を含み、断面積に関し、第1および第2の流路>第5の流路>第3の流路>第4の流路を満たし、かつ第5の流路および第6の槽の合計容積<第1〜第4の液体の合計体積を満たす円盤型分析チップである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種生化学検査などに好適に用いることができる分析チップに関し、より詳しくは、ターンテーブルなどの遠心装置上に載置し、該遠心装置の回転による遠心力を利用して検体と試薬とを反応させた後、光学測定などにより目的物質の検出または定量などを行なうことができる円盤型分析チップに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療や健康、食品、創薬などの分野で、DNA(Deoxyribo Nucleic Acid)や酵素、抗原、抗体、タンパク質、ウィルスおよび細胞などの生体物質、ならびに化学物質を検知、検出あるいは定量する重要性が増してきており、それらを簡便に測定できる様々な分析チップおよびマイクロ化学チップ(以下、これらを総称して分析チップという。)が提案されている。マイクロチップは、実験室で行なっている一連の分析・実験操作を、ごく小さなチップ内で行なえることから、検体および試薬が微量で済み、コストが安く、反応速度が速く、ハイスループットな検査ができ、検体を採取した現場で直ちに検査結果を得ることができるなど多くの利点を有している。このような分析チップは、たとえば血液検査等の生化学検査用として好適に用いられている。
【0003】
分析チップとしては、たとえば、コンパクトディスクのような円盤型の基板に多数のリザーバ(槽)およびこれらを接続する微細流路が形成された分析チップ(以下、分析チップの基板に形成される各種リザーバおよびこれらを接続する流路から構成される回路(パターン)全体を総称して流体回路という。)であって、円盤の中心を遠心中心とする回転による遠心力を利用してリザーバ中の液体(検体や試薬など)を移動させ所定の反応などを行なう分析チップが従来公知である(たとえば非特許文献1)。このような円盤型分析チップもまた、上述のような多くの利点を有しており、さらには遠心力を利用するために、ポンプやバルブなどの周辺機器を必要とせず、分析システム全体を小型化できるという大きな利点を兼ね備えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】中嶋秀、「コンパクトディスク型マイクロチップを用いる流れ分析法」、「ぶんせき」社団法人日本分析化学会、2009年7月、p.381−382
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分析チップは、様々な検査・分析法への展開(様々な種類の反応系への適用)が期待されており、このようなものとしては、生化学検査でよく用いられているELISA(Enzyme−Linked Immunosorbent Assay)法が挙げられる。ELISA法とは、検体(サンプル)中に含まれる微量の目的物質(検査対象物質)を、酵素反応を利用して定量的に検出する手法の1つであり、目的物質を高感度で検出することができ、定量性にも優れているといった有利な特徴を有する。
【0006】
ELISA法では、たとえば、1)目的物質を含む検体(サンプル)、2)目的物質に特異的に結合する抗体で修飾されたビーズ等の固相、および、3)目的物質と抗体で修飾されたビーズとの結合体に特異的に結合する抗体であって、酵素で標識された抗体(以下、酵素標識抗体という。)の1)〜3)を混合して抗原抗体反応を行ない、未反応の検体(目的物質以外の成分)および未反応の酵素標識抗体を洗浄、除去した後、基質溶液との酵素反応を行なって、生じた蛍光物質を検出することにより、目的物質を定量することができる。
【0007】
本発明者らは、ELISA法を好適に実施可能な円盤型分析チップを開発する過程において、図1に示されるような流体回路を有する分析チップに創出した。図1に示される流体回路は、円盤型の基板上に溝パターンとして形成されたものであり、目的物質を含むサンプル液および酵素標識抗体を収容する第1の槽1;抗体で修飾されたビーズ(抗体修飾ビーズ)を含有する液を収容する第2の槽2;洗浄液を収容する第3の槽3;基質溶液を収容する第4の槽4;第1の槽1、第2の槽2、第3の槽3および第4の槽4よりも分析チップの外周部側(遠心力方向の下流側)に設けられ、サンプル液、酵素標識抗体および抗体修飾ビーズを混合し、抗原抗体反応を行なうとともに、基質溶液との酵素反応を行なう第5の槽5;第5の槽5よりも分析チップの外周部側(遠心力方向の下流側)に設けられ、廃液を収容する第6の槽6(この槽には流路を介して空気穴6aが接続されている。);第1の槽1と第5の槽5とを接続する第1の流路7;第1の流路7に連結され、第2の槽2と第5の槽5とを接続する第2の流路8;第3の槽3と第5の槽5とを接続する第3の流路9;第4の槽4と第5の槽5とを接続する第4の流路10;および、第5の槽5と第6の槽6とを接続する第5の流路11から構成されている。
【0008】
第1〜第5の流路の各断面積は、第1の流路7=(または≒)第2の流路8>第5の流路11>第3の流路9>第4の流路10となるように設計されている。また、第5の流路11の断面積は、抗体修飾ビーズのサイズよりも小さい。
【0009】
なお、上記溝パターン(流体回路)が形成された円盤型の基板上には、流体回路からの液の漏れ出しを防止するために、流体回路を覆う基板や貼着シールなどの積層部材が積層される。この積層部材には、サンプル液および酵素標識抗体を注入する注入口、抗体修飾ビーズ)を含有する液を注入する注入口、ならびに基質溶液を注入する注入口が設けられる。これらの注入口は、積層部材を厚み方向に貫通する貫通口である。また、空気穴6aは、流体回路と分析チップ外部とを連通させる穴であり、円盤型の基板上に形成された溝と、円盤型の基板上に積層される積層部材に形成される、該溝に連通する貫通口とによって構成できる。
【0010】
図1に示される流体回路を有する分析チップによれば、遠心力を利用して次の手順でELISA法による検査を実施し得る。
【0011】
まず、第1の槽1に目的物質を含むサンプル液および酵素標識抗体を注入し、第2の槽2に抗体修飾ビーズを含有する液を注入し、第3の槽3に洗浄液を注入し、第4の槽4に基質溶液を注入する(ステップ1)。次に、分析チップの中心を回転中心とする分析チップの回転により、図示される方向の第1の遠心力(洗浄液が第3の槽3から排出されず、かつ基質溶液が第4の槽4から排出されない程度の大きさの遠心力である。)を分析チップに印加することにより、目的物質を含むサンプル液、酵素標識抗体および抗体修飾ビーズを含有する液を第5の槽5に導入、混合して抗原抗体反応を行なう(ステップ2)。
【0012】
ついで、図示される方向の第2の遠心力(この遠心力は第1の遠心力より大きい)を印加することにより、第5の槽5から第6の槽6へ液を移動させ、廃液を行なう(ステップ3)。次に、図示される方向の第3の遠心力(この遠心力は第2の遠心力より大きく、かつ基質溶液が第4の槽4から排出されない程度の大きさ)を印加することにより、第3の槽3内の洗浄液を第5の槽5に導入して目的物質と抗体修飾ビーズと酵素標識抗体との結合体を洗浄するとともに、洗浄後の洗浄液を第6の槽6へ移動させる(ステップ4)。このステップ4によって未反応のサンプルおよび未反応の酵素標識抗体が除去される。
【0013】
次に、図示される方向の第4の遠心力(この遠心力は第3の遠心力より大きい)を印加することにより、第4の槽4内の基質溶液を第5の槽5に導入して酵素反応を行なう(ステップ5)。この遠心力により第5の槽5に導入された基質溶液は第6の槽6まで移動する。最後に、酵素反応によって第5の槽5内で生じた蛍光物質を検出し(第5の槽5に検出光を照射する)、目的物質を定量する(ステップ6)。
【0014】
上記のように、図1に示される流体回路を有する分析チップによれば、第1〜第5の流路の各断面積を適切な大きさに設定し、これらの流路に異なる程度のバルブ機能(液体の排出を抑制する能力)を付与しているため、所望の液体を所望のタイミングで移動させることができ、これにより、抗原抗体反応を行なった後、液を排出し、ついで洗浄液を導入して洗浄を行ない、その後酵素反応を行なうという逐次的操作が一方向の遠心力の印加により可能となっている。
【0015】
しかしながら、図1に示される流体回路を有する分析チップについては、基質溶液による酵素反応のステップに関し改善の余地があった。すなわち、上記の各ステップを逐次的に行なうためには、第5の流路11の断面積を第4の流路10のそれより大きくする必要があるが、この場合、ステップ5において遠心力を印加した際、第5の槽5に導入された基質溶液が第5の槽5内に溜まらず、第6の槽6まで流れていくため、酵素反応が十分に進行しないことがあった。
【0016】
本発明の目的は、酵素反応を用いる検査法(とりわけELISA法)に好適に適用できる分析チップを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、内部空間(流体回路)を備えており、遠心力の印加により該内部空間内に存在する液体を内部空間内の所望の位置に移動させる円盤型の分析チップに関する。本発明の円盤型分析チップにおいて該内部空間(流体回路)は、第1の液体を収容するための第1の槽;第2の液体を収容するための第2の槽;第3の液体を収容するための第3の槽;第4の液体を収容するための第4の槽;第1の槽、第2の槽、第3の槽および第4の槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第5の槽;第5の槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第6の槽;第1の槽と第5の槽とを接続する第1の流路;第2の槽と第5の槽とを接続する第2の流路;第3の槽と第5の槽とを接続する第3の流路;第4の槽と第5の槽とを接続する第4の流路;第5の槽と第6の槽とを接続する第5の流路を含む。
【0018】
ここで、本発明の円盤型分析チップにおいては、第1の流路および第2の流路の断面積は第5の流路の断面積より大きく、第5の流路の断面積は第3の流路の断面積より大きく、かつ、第3の流路の断面積は第4の流路の断面積より大きい。また、第5の流路および第6の槽の合計容積は、第1の液体、第2の液体、第3の液体および第4の液体の合計体積より小さい。
【0019】
本発明の円盤型分析チップにおいて内部空間(流体回路)は、第5の槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第6の流路を介して第5の槽に接続される第7の槽をさらに備えることが好ましい。
【0020】
また、本発明の円盤型分析チップにおいて内部空間(流体回路)は、第6の槽よりも分析チップの中心部側に設けられ、第7の流路を介して第6の槽に接続される、分析チップ外部に連通する第1の空気穴をさらに備えることが好ましい。この場合、第5の流路の断面積と第7の流路の断面積とは略同じ(同じ場合を含む)であることが好ましい。
【0021】
本発明の円盤型分析チップにおいて内部空間(流体回路)は、第3の流路上に配置され、分析チップ外部に連通する第2の空気穴を有する第1のバッファ槽をさらに備えることができる。また、第5の槽よりも分析チップの中心部側に設けられ、流路を介して第3の槽と第5の槽に接続される第2のバッファ槽をさらに備えていてもよい。
【0022】
本発明において、たとえば第1の液体は、分析対象であるサンプルおよび酵素で標識された抗体を含む液体であり、第2の液体は抗体で修飾されたビーズを含有する液体であり、第3の液体は洗浄液であり、第4の液体は基質溶液であることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の円盤型分析チップによれば、基質溶液を第5の槽に導入するステップにおいて、基質溶液を第5の槽内に溜めることができるため、基質溶液による酵素反応を十分に進行させることができる。これによりELISA法などの酵素反応を利用した検査の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】ELISA法を実施し得る分析チップの流体回路構造を示す概略上面図である。
【図2】本発明の円盤型分析チップの一例を示す概略上面図である。
【図3】本発明の円盤型分析チップが有する流体回路構造の好ましい一例を示す概略上面図である。
【図4】図3に示される流体回路を有する本発明の円盤型分析チップを用いてELISA法を実施したときの、いくつかの工程における液体の状態を示す概略図である。
【図5】円盤型分析チップを回転させるための回転装置および光学測定を行なうための装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図2は、本発明の円盤型分析チップの一例を示す概略上面図である。図2に示される円盤型分析チップ100は、各種槽(リザーバ)やこれらを接続する微細流路から主に構成される流体回路101を内部に有しており、図示されるような向き(もしくはその逆向き)に分析チップを回転させ遠心力を付与することにより、流体回路101内の液体(サンプル液、試薬液、洗浄液、廃液など)を流体回路101内の所望の位置(部位)に移動させることができる。図2に示される例において円盤型分析チップ100は、同じ形状(パターン)の流体回路101を8個有しており、8個の検査・分析を同時並行に実施することができるようになっている。8個の流体回路101は、円盤の径方向(すなわち、円盤の中心を遠心中心として分析チップを回転させたときの遠心力方向)に沿うように配列されている。なお、図2に示される例において流体回路101の数は8個であるが、これに限定されるものではなく、8個より少なくてもよいし、多くてもよい。
【0026】
流体回路101は、円盤型分析チップ100の内部に形成された空間である。このような流体回路を有する円盤型分析チップは、円盤型の第1の基板上に流体回路構造に応じた溝パターンを形成し、当該第1の基板の溝形成面上に第2の基板を積層、接合することにより作製することができる。積層させる第2の基板にも流体回路を構成する溝パターンが形成されていてもよい。また、第2の基板を用いる代わりに、貼着シールなどの他の積層部材を第1の基板の溝形成面上に積層することにより円盤型分析チップを作製してもよい。
【0027】
円盤型分析チップを構成する基板材料は特に限定されず、たとえば、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ガラス、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)、ポリエチレンテレフタラート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)が挙げることができる。工業的な生産性の観点から、PMMA、PET、COP、COCを用いることが好ましい。円盤型分析チップを分析において蛍光測定が行なわれる場合、基板材料は蛍光を生じにくい材料であることが好ましい。蛍光を生じにくい材料は、好ましくは(メタ)アクリル系樹脂、シクロオレフィン系樹脂であり、具体的にはPMMA、COP、COCが挙げられる。
【0028】
円盤型分析チップの厚さは特に限定されないが、0.1〜100mmであることが好ましく、より好ましくは2〜3mmである。円盤型分析チップの基板に溝パターンを形成する方法は特に限定されず、機械加工、サンドブラスト加工、射出成形などが挙げられる。基板同士の接合方法としては、少なくとも一方の基板の貼り合わせ面を融解させて溶着させる方法(溶着法)、接着剤を用いて接着させる方法などを挙げることができる。溶着法としては、基板を加熱して溶着させる方法;レーザー等の光を照射して、光吸収時に発生する熱により溶着する方法(レーザー溶着);超音波を用いて溶着する方法などを挙げることができる。なかでもレーザー溶着法が好ましく用いられる。
【0029】
次に、本発明の円盤型分析チップが有する流体回路の構造について、実施の形態を示してより詳細に説明する。図3は、本発明の円盤型分析チップが有する流体回路の構造の好ましい一例を示す概略上面図であり、図2に示される円盤型分析チップ100が有する流体回路101を拡大して示したものである。本実施形態の円盤型分析チップが有する流体回路101は、酵素標識抗体を用いるELISA法など酵素反応を利用する検査法に好適に適用できる構造を有している。
【0030】
図3に示されるように流体回路101は、第1の液体を収容するための第1の槽20;第2の液体を収容するための第2の槽30;第3の液体を収容するための第3の槽40;第4の液体を収容するための第4の槽50;第1の槽20、第2の槽30、第3の槽40および第4の槽50よりも分析チップの外周部側に設けられる第5の槽60;第5の槽60よりも分析チップの外周部側に設けられる第6の槽70;第1の槽20と第5の槽60とを接続する第1の流路26;第2の槽30と第5の槽60とを接続する第2の流路36;第3の槽40と第5の槽60とを接続する第3の流路46;第4の槽50と第5の槽60とを接続する第4の流路56;および、第5の槽60と第6の槽70とを接続する第5の流路67を含む。
【0031】
第6の槽70には、第7の流路79を介して、分析チップ外部に連通する第1の空気穴90が接続されている。この第1の空気穴90は、第6の槽70よりも分析チップの中心部側に設けられる。
【0032】
また流体回路101は、第5の槽60よりも分析チップの外周部側に設けられ、第6の流路68を介して第5の槽60に接続される第7の槽80を備える。第7の槽80は、分析チップ外部に連通する第3の空気穴80aを有している。第6の流路68は、第5の槽60の上部(分析チップの中心部方向を上とする)に接続されている。
【0033】
さらに流体回路101は、第3の流路46上に配置され、分析チップ外部に連通する第2の空気穴95aを有する第1のバッファ槽95、および、第2のバッファ槽96を備える。第1のバッファ槽95および第2のバッファ槽96は、第5の槽60よりも分析チップの中心部側に設けられている。第2のバッファ槽96は、第8の流路49によって第3の槽40に接続されており、第4の流路56によって第5の槽60に接続されている。
【0034】
上記第1の空気穴90、第2の空気穴95aおよび第3の空気穴80aは、遠心力による流体回路101内の液体移動を円滑に行なわせる役割を果たす。これらの空気穴は、たとえば、第1の基板上に形成された溝と、第1の基板上に積層される第2の基板または貼着シールなどに形成される、該溝に連通する貫通口とによって構成することができる。これらの空気穴は、空気穴からの液体の漏洩を防止するため、連結される槽よりも分析チップの中心部側(遠心力方向の上流側)に設けられる。
【0035】
第1の槽20、第2の槽30、第3の槽40および第4の槽50はそれぞれ、第1の液体、第2の液体、第3の液体、第4の液体を注入するための図示しない注入口を有している。これらの注入口は、第1の基板上に積層される第2の基板または貼着シールなどに形成される、厚み方向に貫通する貫通口である。また、これらの貫通口は空気穴としての役割も果たし得る。
【0036】
たとえば、本実施形態の円盤型分析チップを用いてELISA法による検査を行なう場合、第1の液体は分析対象である目的物質を含むサンプルおよび酵素で標識された抗体(酵素標識抗体)を含む液体であり、第2の液体は抗体で修飾されたビーズ(抗体修飾ビーズ)を含有する液体であり、第3の液体は洗浄液であり、第4の液体は基質溶液であることができる。抗体修飾ビーズの粒径は特に制限されず、たとえば75μmのものなど従来公知のものを用いることができる。
【0037】
ここで、本実施形態の円盤型分析チップにおいて第1〜第5の流路の各断面積は、第1の流路26=(または≒)第2の流路36>第5の流路67>第3の流路46>第4の流路56となるように設計されている。各流路の幅および深さは、上記断面積の関係を満たす限り特に制限されず、たとえば数μmまたは数十μm〜数百μm(千μm程度であってもよい)の範囲の幅および深さを有することができる。抗体修飾ビーズを用いてELISA法などの検査法を実施する場合、抗体修飾ビーズの第6の槽70への漏出を防止するために、第5の流路67の断面積は、抗体修飾ビーズのサイズよりも小さくされる。
【0038】
また、本実施形態の円盤型分析チップにおいて、第5の流路67および第6の槽70の合計容積は、第1の液体、第2の液体、第3の液体および第4の液体の合計体積より小さくなるように設計されている。
【0039】
以上のような構造の流体回路101を有する本実施形態の円盤型分析チップによれば、第4の槽50内の第4の液体を第5の槽60に導入するステップにおいて、第4の液体を第5の槽60内に溜めることが可能になる。これにより、たとえばELISA法を実施する場合、第4の液体(基質溶液)による酵素反応を十分に進行させることができ、検査精度を大きく向上させることができる。以下、この点について、本実施形態の円盤型分析チップを用いてELISA法による検査を行なう実施態様を示しながら詳細に説明する。
【0040】
まず、第1の槽20に目的物質を含むサンプルおよび酵素標識抗体を含む液(第1の液体)を注入し、第2の槽30に抗体修飾ビーズを含有する液(第2の液体)を注入し、第3の槽40に洗浄液(第3の液体)を注入し、第4の槽50に基質溶液(第4の液体)を注入する(ステップ1)。次に、分析チップの中心を回転中心とする分析チップの回転により、図3に示される方向の第1の遠心力(洗浄液が第3の槽40から排出されず、かつ基質溶液が第4の槽50から排出されない程度の大きさの遠心力である。)を分析チップに印加することにより、目的物質を含むサンプルおよび酵素標識抗体を含む液(第1の液体)、ならびに抗体修飾ビーズを含有する液(第2の液体)を第5の槽60に導入、混合して抗原抗体反応を行なう(ステップ2)。
【0041】
ついで、図3に示される方向の第2の遠心力(この遠心力は第1の遠心力より大きい)を印加することにより、第5の槽60から第6の槽70へ液を移動させ、廃液を行なう(ステップ3)。
【0042】
次に、図3に示される方向の第3の遠心力(この遠心力は第2の遠心力より大きく、かつ基質溶液が第4の槽50から排出されない程度の大きさ)を印加することにより、第3の槽40内の洗浄液(第3の液体)の一部を第5の槽60に導入して目的物質と抗体修飾ビーズと酵素標識抗体との結合体を洗浄するとともに、洗浄後の洗浄液を第6の槽70へ移動させる(ステップ4)。そして、このステップ4を複数回行ない、多段階洗浄を行なう。この複数回のステップ4によって未反応のサンプルおよび未反応の酵素標識抗体が効果的に除去される。なお、後述するように、このような第3の槽40内の洗浄液を分割導入することによる多段階洗浄は、第1のバッファ槽95および/または第2のバッファ槽96の設置により達成される。
【0043】
上記複数回のステップ4を終えた状態での流体回路101内の液体の様子を図4(a)に示す。図示されるように、この段階において第1〜第3の液体(抗体修飾ビーズを含む結合体は除く)は第6の槽70内に収容され、第4の液体である基質溶液は第4の槽50内に維持されている。
【0044】
次に、図3に示される方向の第4の遠心力(この遠心力は第3の遠心力より大きい)を印加することにより、第4の槽50内の基質溶液(第4の液体)を第5の槽60に導入して酵素反応を行なう(ステップ5)。このとき、上述のとおり、第5の流路67および第6の槽70の合計容積を第1〜第4の液体の合計体積より小さくしているので、第5の流路67および第6の槽70内にすべての基質溶液を収容しきれず、基質溶液が第5の槽60内に溜まることとなり(図4(b)参照)、酵素反応が良好に行なわれる。図4(b)に示される例では、第5の流路67および第6の槽70の合計容積は、第5の槽60が基質溶液で満たされ、かつ過剰の基質溶液が第7の槽80にオーバーフローする程度に小さい。
【0045】
最後に、酵素反応によって第5の槽60内で生じた蛍光物質を検出し(第5の槽60に検出光を照射する)、目的物質を定量する(ステップ6)。
【0046】
以上のとおり、本実施形態の円盤型分析チップによれば、基質溶液(第4の液体)を第5の槽60に導入するステップにおいて、基質溶液を第5の槽60内に溜めることができるため、基質溶液による酵素反応を十分に進行させることができる。これによりELISA法などの酵素反応を利用した検査の精度を向上させることができる。
【0047】
各槽のサイズ、形状、断面積などは、第5の流路67および第6の槽70の合計容積が第1〜第4の液体の合計体積より小さく限り特に制限されず、流体回路101内に導入される液体の量などに応じて適宜設定されるが、通常、槽間を接続する流路の断面積よりも十分に大きな断面積を有する。本実施形態の流体回路101において第5の槽60は、その分析チップの外周部側(遠心力方向の下流側)に膨らんだ領域を有しているが、これは、遠心力印加時に被洗浄物(抗体修飾ビーズを含む結合体など)を収容する領域であり、被洗浄物をこの領域内にトラップすることにより、効率的に洗浄を行なうことができる(図3から理解できるように、第5の槽60に導入された洗浄液はすべてこの領域を通って第6の槽70へ排出される)。
【0048】
第6の槽70の容積は、第1〜第3の液体(抗体修飾ビーズを含む結合体は除く)の合計体積より大きいことが好ましく、第1〜第4の液体(抗体修飾ビーズを含む結合体は除く)の合計体積より小さい。
【0049】
第5の槽60、第5の流路67および第6の槽70の合計容積は、第1〜第4の液体の合計体積よりも小さくてもよい。この場合、上記ステップ5における第4の液体(基質溶液)の導入の際に第5の槽60からオーバーフローする第4の液体を受け入れる第7の槽80を設けることが好ましい。ただし、第5の槽60、第5の流路67および第6の槽70の合計容積が第1〜第4の液体の合計体積よりも大きくなるように設計して、第7の槽80および第6の流路68を省略することも可能である。
【0050】
上記ステップ5において第4の液体(基質溶液)を導入したときに、第4の液体をより確実に第5の槽60内に溜めることができるように、第5の流路67の断面積と第7の流路79の断面積とを同じ大きさまたは略同じ大きさとすることが好ましい。第7の流路79の断面積がより大きい場合には、第4の液体が第5の槽60内に溜まらず、第1の空気穴90から漏洩しやすい傾向にある。
【0051】
次に、第1のバッファ槽95および第2のバッファ槽96について説明する。本発明においてこれらのバッファ槽は任意で設けられるものである。第1のバッファ槽95は、第2の空気穴95aを有しており、第3の槽40と第5の槽60とを接続する第3の流路46上に配置されている。この第1のバッファ槽60の設置により、第3の槽40に収容されている第3の液体(洗浄液)を複数回に分割して第5の槽60に導入することが可能になっている。これは次の理由による。
【0052】
第2の空気穴95aを具備する第1のバッファ槽95が介在している場合、所定の大きさの遠心力を印加している間は、第3の槽40に収容されている第3の液体は第1のバッファ槽95を通って第5の槽60に導入され続ける。このとき、送液される第3の液体は第1のバッファ槽95の部分で分断されるか、または分断されやすい状態にある。遠心力の印加を停止すると、第2の空気穴95aが存在する領域を境に、第3の液体が分断される。このような分断により、第3の液体の一部が第3の槽40に残存し、第3の槽40内の液体と第1のバッファ槽95内の液体とが途切れた状態となる。第1のバッファ槽95が有する第2の空気穴95aは、第1のバッファ槽95によって第3の液体が分断された後、再度遠心力を印加したときに、第3の液体を流れやすくする役割を果たす(この空気穴がないと、第1のバッファ槽95内の空気部分が膨張する必要があり、第3の液体が流れにくくなる。)。
【0053】
これに対し、第1のバッファ槽95を有しない場合には、所定の大きさの遠心力を印加して第3の液体の一部を第5の槽60に導入した後、遠心力の印加を停止した場合、第3の液体は分断されず、第3の流路46を満たした状態であるため、再度遠心力を印加したときに、所定の回転数未満の回転数で第3の液体が流れて、結果、第3の槽40内の液体が流れやすくなり、第3の槽40内の第3の液体を、分割回数を多くして第5の槽60に導入しにくくなる。
【0054】
このように、第1のバッファ槽95を設けることにより、第3の槽40内の第3の液体を複数回に分割して第5の槽60に導入すること、すなわち、第5の槽60内の被洗浄物を複数回にわたって洗浄することが可能になる。これにより、上記ステップ4における洗浄効果を飛躍的に向上させることができる。このことは検査精度の向上に大きく寄与する。
【0055】
また、第1のバッファ槽95に加えて、第2のバッファ槽96を設けてもよい。この第2のバッファ槽96は、第3の槽40および第5の槽60に流路(それぞれ第8の流路49、第4の流路56)を介して接続されており、これにより第3の流路46による第3の槽40から第5の槽60へ通じるルートとは別の、第3の槽40から第5の槽60へ通じるルートが形成されている。第3の流路46と第5の槽60との接続位置は、図3を参照して、第5の槽60の右側側面である一方、第4の流路56と第5の槽60との接続位置は、第5の槽60の左側側面である。
【0056】
第2のバッファ槽96および第8の流路49をさらに備える場合には、第3の槽40内の洗浄液を第5の槽60に導入して第5の槽60内に存在する被洗浄物を洗浄する際、左右両方向から洗浄液を第5の槽60に導入することができるため、洗浄効果をさらに向上させることができる。なお、上記と同様の理由から、第2のバッファ槽96を設ける場合には、第2のバッファ槽96にも空気穴を設けてもよい。
【0057】
上記のように、第1のバッファ槽95および第2のバッファ槽96求められる洗浄度などを考慮して必要に応じて設置される。
【0058】
なお、分析チップの回転および上記ステップ6のような光学測定は、図5のような装置を用いて行なうことができる。図5に示される回転装置は、ターンテーブル201とターンテーブル201を回転させるためのモータ202とを備える。ターンテーブル201上に円盤型分析チップ100を載置し、モータ202によりターンテーブル201を回転させることにより、分析チップ外周部方向への遠心力を付与することができる。遠心力の大きさはターンテーブル201の回転速度により制御される。
【0059】
また、図5に示される光学測定装置は、流体回路の所定の部位(上記の実施形態では第5の槽60)に検出光を照射するための光源301と、蛍光物質から発せられた蛍光などを検出するための光検出器302とから構成されている。光源301としては、LED(発光ダイオード)、LD(レーザーダイオード)などを用いることができ、光検出器302としては、PD(フォトダイオード)、APD(アバランシェ・フォトダイオード)、PM(フォトマル)などを用いることができる。
【符号の説明】
【0060】
20 第1の槽、26 第1の流路、30 第2の槽、36 第2の流路、40 第3の槽、46 第3の流路、49 第8の流路、50 第4の槽、56 第4の流路、60 第5の槽、67 第5の流路、68 第6の流路、70 第6の槽、79 第7の流路、80 第7の槽、80a 第3の空気穴、90 第1の空気穴、95 第1のバッファ槽、95a 第2の空気穴、96 第2のバッファ槽、100 円盤型分析チップ、101 流体回路、201 ターンテーブル、202 モータ、301 光源、302 光検出器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部空間を備えており、遠心力の印加により前記内部空間内に存在する液体を前記内部空間内の所望の位置に移動させる円盤型の分析チップであって、
前記内部空間は、
第1の液体を収容するための第1の槽と、
第2の液体を収容するための第2の槽と、
第3の液体を収容するための第3の槽と、
第4の液体を収容するための第4の槽と、
前記第1の槽、前記第2の槽、前記第3の槽および前記第4の槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第5の槽と、
前記第5の槽よりも分析チップの外周部側に設けられる第6の槽と、
前記第1の槽と前記第5の槽とを接続する第1の流路と、
前記第2の槽と前記第5の槽とを接続する第2の流路と、
前記第3の槽と前記第5の槽とを接続する第3の流路と、
前記第4の槽と前記第5の槽とを接続する第4の流路と、
前記第5の槽と前記第6の槽とを接続する第5の流路と、
を含み、
前記第1の流路および前記第2の流路の断面積は前記第5の流路の断面積より大きく、前記第5の流路の断面積は前記第3の流路の断面積より大きく、かつ、前記第3の流路の断面積は前記第4の流路の断面積より大きく、
前記第5の流路および前記第6の槽の合計容積が、前記第1の液体、前記第2の液体、前記第3の液体および前記第4の液体の合計体積より小さい円盤型分析チップ。
【請求項2】
前記第5の槽よりも分析チップの外周部側に設けられ、第6の流路を介して前記第5の槽に接続される第7の槽をさらに備える請求項1に記載の円盤型分析チップ。
【請求項3】
前記第6の槽よりも分析チップの中心部側に設けられ、第7の流路を介して前記第6の槽に接続される、分析チップ外部に連通する第1の空気穴をさらに備える請求項1または2に記載の円盤型分析チップ。
【請求項4】
前記第5の流路の断面積と前記第7の流路の断面積とは略同じである請求項3に記載の円盤型分析チップ。
【請求項5】
前記第3の流路上に配置され、分析チップ外部に連通する第2の空気穴を有する第1のバッファ槽をさらに備える請求項1〜4のいずれかに記載の円盤型分析チップ。
【請求項6】
前記第5の槽よりも分析チップの中心部側に設けられ、流路を介して前記第3の槽と前記第5の槽に接続される第2のバッファ槽をさらに備える請求項5に記載の円盤型分析チップ。
【請求項7】
前記第1の液体は、分析対象であるサンプルおよび酵素で標識された抗体を含む液体であり、前記第2の液体は、抗体で修飾されたビーズを含有する液体であり、前記第3の液体は、洗浄液であり、前記第4の液体は、基質溶液である請求項1〜6のいずれかに記載の円盤型分析チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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