説明

円筒形スパッタリングターゲット

【課題】セラミックス焼結体をターゲット材とする円筒形スパッタリングターゲットであって、スパッタ中にターゲット材に割れが発生することのない円筒形スパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】円筒形基材の外周面にセラミックス焼結体からなるターゲット材を低融点半田を用いて接合してなる円筒形スパッタリングターゲットであって、ターゲット材が軸方向に複数に分割されており、且つ、室温においては、前記軸方向の分割部に所定の間隙を有し、スパッタ時においてもターゲット材どうしが互いに接触しないようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネトロン型回転カソードスパッタリング装置に用いられる円筒形スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネトロン型回転カソードスパッタリング装置は、円筒形スパッタリングターゲットの内側に磁場発生装置を有し、ターゲットの内側から冷却しつつ、ターゲットを回転させながらスパッタを行うものであり、ターゲット材の全面がエロージョンとなり均一に削られるため、従来の平板型マグネトロンスパッタリング装置の使用効率(20〜30%)に比べて格段に高いターゲット使用効率(60%以上)が得られる。さらに、ターゲットを回転させることで、従来の平板型マグネトロンスパッタリング装置に比べて単位面積当り大きなパワーを投入できることから高い成膜速度が得られる(特許文献1参照)。
【0003】
マグネトロン型回転カソードスパッタリング装置に用いられるセラミックスターゲットとしては、例えば、円筒形基材の外周面に溶射法によってターゲット層を形成したもの(特許文献2参照)、円筒形基材の外周に粉末を充填し熱間等方圧プレス(HIP)によりターゲット層を形成したもの(特許文献3参照)、低融点半田材やAgペーストを用いて円筒形セラミックス焼結体を接合したもの(特許文献4参照)等が知られている。
【0004】
しかし、これらの方法で得られる円筒形スパッタリングターゲットは全て、軸方向に分割されていない断面が環状のターゲット材を有するものであり、スパッタ中にターゲット材に割れが発生することがあった。
【0005】
一方、軸方向に分割されたターゲット材に関しては、特許文献5では、タイル状または短冊状のターゲット材を、接着能力の高い合成樹脂を使用して貼り付けた疑似円筒状ターゲットが提案されているが、クラックが発生することを前提とし、クラックが発生した際にターゲット材の脱落を防止することが目的であり、クラック防止に関しては何ら対策が施されていない。
【0006】
また、特許文献6では、環状断面の直径に沿って半分に切断して得た2分割ターゲット材をIn半田を用いて接合したものが記載されているが、接合が不十分で、使用中に亀裂が発生している。
【0007】
即ち、軸方向に分割されたターゲット材に関しては、使用中に割れを発生しないものは知られていない。
【0008】
【特許文献1】特表昭58−500174号公報
【特許文献2】特開平05−86462号公報
【特許文献3】特開平05−230645号公報
【特許文献4】特許第3618005号公報
【特許文献5】特開平10−317133号公報
【特許文献6】特開平05−156431号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、スパッタ中の割れを著しく低減できる円筒形スパッタリングターゲットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、軸方向に分割されていない断面が環状のターゲット材においては、割れの原因は、スパッタ中にプラズマに晒されている一部のみが加熱され熱膨張した際に、それ以外の部分が熱膨張していないために応力の逃げ場がないことに起因していることを明らかにした。また、特許文献5での割れは、局所的に円筒形基材とターゲット材が非常に強固に接合されているため、スパッタ中に円筒形ターゲット材と円筒形基材の熱膨張率の相違に起因して発生し、円筒形ターゲット材に軸方向に作用する応力と、分割されている各々のターゲット材が接しているため、スパッタ中に円筒形ターゲット材が熱膨張した際にターゲット材が互いに押し合い発生する応力とに起因していることを明らかにした。また、特許文献6での割れは、接合材の充填不足等の不十分な接合による冷却不足による熱ショックとともに、分割されている各々のターゲット材が接しているため、ターゲット材が互いに押し合い発生する応力に起因することを明らかにした。更に、接合材の充填不足等、接合が不十分な部分がより高い温度となることにより熱膨張量が大きくなり、より大きな応力が発生し割れ発生確率が大きくなることを明らかにした。そして、円筒形基材の外周面にセラミックス焼結体からなるターゲット材を低融点半田を用いて接合してなる円筒形スパッタリングターゲットにおいて、ターゲット材が軸方向に複数に分割されており、且つ分割部においてターゲット材どうしが接触していない場合に、著しくターゲット材の割れ発生率を低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。また、接合材である前記低融点半田の室温での充填率を95%以上とすることにより、更にターゲット材の割れ発生率を低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明の円筒形スパッタリングターゲットの第1の態様は、円筒形基材の外周面にセラミックス焼結体からなるターゲット材を低融点半田を用いて接合してなる円筒形スパッタリングターゲットであって、前記ターゲット材が軸方向に複数に分割されており、且つ、室温においては、軸方向の分割部においてターゲット材どうしが接触していないことを特徴とする円筒形スパッタリングターゲットである。なお、本発明の軸方向に分割されたターゲット材とは、円筒形スパッタリングターゲットの中心軸を含む平面により分割されたターゲット材を意味し、軸方向の分割部は、前記中心軸を含む平面で分割された部分を意味する。
【0012】
また、本発明の円筒形スパッタリングターゲットの第2の態様は、前記低融点半田の室温における充填率が95%以上であることを特徴とする前記円筒形スパッタリングターゲットである。
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明の円筒形スパッタリングターゲットは、ターゲット材が軸方向に分割されており、且つ、室温においては、分割部においてターゲット材どうしが接触していない。分割数は特に限定されず、2以上であれば割れ低減の効果が得られる。したがって、分割数はターゲット材の作製の簡便さ、接合の簡便さ等を勘案し決定すれば良い。分割部におけるターゲット材間の距離は、接触していなければ割れ発生確率の低減効果が認められるが、スパッタ中に熱膨張しても接触しない距離以上であることが望ましい。また、距離が大きくなりすぎた場合、接合材や円筒形基材をスパッタする恐れがあるため、使用するスパッタガスの平均自由行程や円筒形ターゲット材の使用効率等を考慮し、接合材や円筒形基材がスパッタされない距離に設定することが望ましい。
【0015】
本発明における低融点半田とは、融点が250℃以下の半田材を指し、具体的には、例えば、InやInSn合金等の半田材が挙げられる。
【0016】
さらに、接合材である低融点半田の室温における充填率は95%以上であることが好ましい。ここで室温における充填率とは、室温における円筒形基材の外周面とこれに対向するターゲット材の内側面との間に形成される空間の体積に相当する低融点半田の理論重量に対する、実際に充填された低融点半田の重量の割合である。
【0017】
一般に、円筒形基材に円筒形ターゲット材を低融点半田で接合してなる円筒形ターゲットにおいては、接合材である低融点半田の熱膨張率は、円筒形基材の外周面とこれに対向する円筒形ターゲット材の内周面との間に形成される空間の体積の熱膨張率よりも大きいので、接合材の融点以上の温度で低融点半田を充填させ、均一に冷却した場合には、室温での上記充填率は100%未満となり、円筒形基材やターゲット材の形状や材質、低融点半田の材質や充填温度により定まる理論充填率が存在する。
【0018】
実際の充填率がこの理論充填率よりも小さい場合、スパッタリング等によりターゲットが低融点半田の融点以下に加熱されても、接合層に存在する空隙が、円筒形基材とターゲット材との熱膨張率差に起因する応力を緩和し、ターゲット材の割れを抑制することができる。しかし、微小な空隙を均一に接合層内に形成することは非常に困難であり、その結果、充填の不十分な部分がより高温になる等により、その部分の熱膨張量が大きくなり、より大きな応力が発生して割れの発生原因となる場合が多い。
【0019】
一方、室温における低融点半田の充填率を、前記理論充填率よりも大きくすると、スパッタリング等によりターゲットが加熱された際、接合層には空隙が殆ど存在しなくなるため、円筒形基材とターゲット材との熱膨張率差に起因する応力を緩和することができなくなる。そのため、従来の円筒形スパッタリングターゲットのように、軸方向に分割されていない断面が環状のターゲット材を用いたものでは、何らかの手段により、室温における低融点半田の充填率を、前記の理論充填率よりも大きくすることができたとしても、上記の熱膨張率差に起因する応力により割れが発生してしまう可能性が高くなる。
【0020】
これに対して、本発明の円筒形スパッタリングターゲットは、ターゲット材が軸方向に複数に分割されており、かつ、室温においては、分割部においてターゲット材どうしが接触していないように構成されているので、上記の熱膨張率差に起因する応力を緩和することができ、ターゲット材の割れを効果的に防止することができる。なお、ターゲット材が軸方向に複数に分割されているターゲットにおいては、低融点半田の理論重量は、例えば、室温における円筒形基材の外周面とそれに対向するターゲット材の内側面との間に形成される空間の、円筒の中心軸に垂直な方向の断面積と、ターゲット材の長さから算出することができる。
【0021】
一般に、接合材である低融点半田の室温における充填率が95%より低い場合は、冷却が不均一かつ不十分となる可能性があり、割れ発生の原因となる可能性がある。前述のように、円筒形ターゲットの場合、接合材である低融点半田の充填率を前記の理論充填率より高めるためには何らかの工夫が必要になるが、冷却効率を高め、局所的な異常加熱の発生を防止するためには、低融点半田の充填率を理論充填率以上にすることが好ましく、より好ましくは99%以上である。なお、本発明のように、分割部に間隙を有する分割ターゲットの場合には、前記の理論充填率は、この分割部の間隙が同じターゲット材で埋められているものとして算出する。
【0022】
本発明の円筒形スパッタリングターゲットは、例えば、以下のようにして製造することができる。
【0023】
適当な手段により作製した円筒形ターゲット材を、円筒の中心軸を含む平面により複数のターゲット材に分割するか、適当な手段(例えば鋳込み成形法を用いる)により予め分割された形状のターゲット材を作製し、ターゲット材を準備する。その内側面にAl−Ni層等の低融点半田に対する濡れ性を改善するための層を形成する。分割されたターゲット材の分割部に、例えば、テフロン(登録商標)等の耐熱性が高く反応性の低いシートを挟み込んで、円筒形に組み立て円筒形組立体を得る。得られた円筒形組立体の外側に、例えば、耐熱テープ等を巻いて固定し、溶融した低融点半田が漏れないように機密性を確保する。その後、例えば、テフロン(登録商標)等の耐熱性が高く反応性の低い円板状のシートの上に、前記円筒形組立体を、その中心軸が円板状シートのシート面と直交するように載せ、同様に、耐熱テープ等で固定して、溶融した低融点半田が漏れないように機密性を確保する。次に、こうして得られた円筒形組立体の内側に、外周面にCu層等を形成して低融点半田に対する濡れ性を改善した円筒形基材を、中心軸が一致するように挿入する。必要に応じて、円筒形組立体と円筒形基材との間隙の上部に少量の液状物を保持する機構を付与した後、全体を低融点半田の融点以上の温度に保った状態で、円筒形組立体と円筒形基材の間隙に溶融したIn半田等の低融点半田を振動を与えながら流し込む。なお、低融点半田は固化に伴いその体積が減少するので、その減少を補うのに十分な量の低融点半田を前記低融点半田保持機構に保持させておくことが好ましい。こうして低融点半田の充填が完了した後、円筒形組立体の周囲より空気等の気体を吹き付けることにより冷却して低融点半田を固化させる。この際、吹き付ける気体の温度とその量、及び周囲の環境温度を適切に制御し、吹き付け位置を、円筒形組立体の底部より上方に向かって移動させることにより、充填された低融点半田を底部から上方に向かって固化させる。全体を室温まで冷却した後、前記の低融点半田保持機構や過剰の低融点半田の固化物、周囲に巻いた耐熱テープ、底部の円板状シート及び分割部のシートを取り除くことにより、室温において、分割部に所定の空隙を有し、低融点半田の充填率が95%以上の円筒形スパッタリングターゲットが得られる。
【0024】
本発明において用いるターゲット材としては、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)、AZO(Aluminium Zinc Oxide)、IZO(Indium Zinc Oxide)、SnO、In、Al、TiO、ZnO等が挙げられる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、スパッタ中の割れを著しく低減できる円筒形スパッタリングターゲットを提供することができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例をもって説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)
円筒形ITOターゲット材(外径:88mmφ、内径:68mmφ、長さ:200mm)を用意し、円筒の中心軸を含む平面で2分割した(切りしろ:0.5mm)。また、SUS製円筒形基材(外径:65mmφ、内径:61mmφ、300mm)及び、11.5mm×220mm×0.5mmのテフロン(登録商標)シート2枚、88mmφ×10mmのテフロン(登録商標)シート1枚を用意した。ターゲット材の分割部にテフロン(登録商標)シートを挟み、外部より耐熱テープで固定、機密性を確保した後、円板状のテフロン(登録商標)シートに、中心軸がシート面に直交するように載せ、同様に耐熱テープで固定、機密性を確保して円筒形組立体を得た。次にこの円筒形組立体の内側にSUS製円筒形基材を挿入し、200℃まで加熱した。加熱後、円筒形組立体及びSUS製円筒形基材の間隙に溶融したIn半田を振動を与えながら流し込み、In半田を充填した。In半田の充填が完了した後、全体を除冷して、充填されたIn半田を固化させた。さらに、In半田の固化に伴う体積減少により、円筒形組立体及びSUS製円筒形基材との間隙の上部に生じた窪みにIn半田を追加充填し、全体を室温まで冷却した。その後、耐熱性テープ、底部のテフロン(登録商標)シート、及び分割部のテフロン(登録商標)シートを取り除くことにより、室温において、分割部に0.5mmの間隙を有する円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。作製した円筒形ITOスパッタリングターゲットの重量増加と、In半田層の円筒の中心軸に垂直な方向の断面積とターゲット材長さ、In密度から算出される理論重量から充填率を算出(分割部の体積相当分のIn半田の重量は理論重量から差し引く)したところ、95%であった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電試験を行った結果、割れは認められなかった。さらに投入パワーを2割増加した放電試験を行ったところ、ターゲット材の一部に僅かに亀裂が認められた。
【0028】
(実施例2)
In半田の充填が完了した後、円筒形組立体の周囲に沿って等間隔に配置した12本のノズルより空気を吹き付けながら、これらのノズルを底部から上方に向かって移動させることにより、充填されたIn半田を底部から上方に向かって固化させたこと以外は実施例1と同様にして、室温において、分割部に0.5mmの間隙を有する円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。得られた円筒形ITOスパッタリングターゲットの充填率を実施例1と同様にして算出したところ99%であった。この円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電試験を行った結果、割れは全く認められなかった。さらに、投入パワーを2割増加した放電試験においても、割れは認められなかった。
【0029】
(実施例3)
円筒形ターゲット材をAZOとし、3分割したこと、低融点半田材をInSn半田としたこと以外は実施例2と同様にして、円筒形AZOスパッタリングターゲットを作製した。作製した円筒形AZOスパッタリングターゲットの重量増加等から実施例1と同様にしてInSn半田の充填率を算出したところ、99%であった。この円筒形AZOスパッタリングターゲットは、投入パワーを2割増加した放電試験においても割れは認められなかった。
【0030】
(比較例1)
ターゲット材を分割しなかったこと以外は実施例1と同様にして、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。作製した円筒形ITOスパッタリングターゲットの重量からIn半田の充填率を算出したところ、96%であった。この方法によって作製した円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電試験を行った結果、割れが発生した。
【0031】
(比較例2)
分割したターゲット材の分割部にテフロン(登録商標)シートを挟まず、間隙を設けなかったこと以外は実施例1と同様にして、円筒形ITOスパッタリングターゲットを作製した。作製した円筒形ITOスパッタリングターゲットの重量からIn半田の充填率を算出したところ、96%であった。この方法によって作製した円筒形ITOスパッタリングターゲットの放電試験を行った結果、割れが発生した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒形基材の外周面にセラミックス焼結体からなるターゲット材を低融点半田を用いて接合してなる円筒形スパッタリングターゲットにおいて、前記ターゲット材が軸方向に複数に分割されており、且つ、室温においては、前記軸方向の分割部においてターゲット材どうしが接触していないことを特徴とする円筒形スパッタリングターゲット。
【請求項2】
低融点半田の室温における充填率が95%以上であることを特徴とする請求項1記載の円筒形スパッタリングターゲット。

【公開番号】特開2008−248276(P2008−248276A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−88128(P2007−88128)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】