説明

再帰性反射シート

【課題】反射光を大きな観測角で観測できる再帰性反射シートを提供する。
【解決手段】光透過性材料のシート10を用い、シート10の表面に凸レンズ1となる球面状凸部が多数、隙間なく形成され、シート10の裏面に凹面反射鏡2となる球面状凸部が多数、隙間なく形成され、各凸レンズ1と各凹面反射鏡2の平面形状と寸法は同一であって、略同一の光軸上に位置するよう形成されており、光軸上における凸レンズ1の曲率中心と凹面反射鏡2の曲率中心が互いに離間している。凸レンズ1の曲率中心と凹面反射鏡2の曲率中心が離れているので、入射光線が凹面反射鏡2の反射面において1点に集中せず、広がりを以って分布する。出射光線も広がりをもって反射するようになるので、反射光線を大きな観測角で見ることができる。標識や人達を観測することが容易となり、車両の運転者にとっては運転環境の改善や交通事故の低減、安全性の確保などが期待できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は再帰性反射シートに関する。さらに詳しくは、夜間における視認性を高めることを目的とした、道路標識、自動車・自転車などに設置する標識、人が身につける標識、その他の用途で光を反射させるために用いられる再帰性反射シートに関する。
【0002】
道路を走行する車両には、乗用車などの小型車両、トラックなどの大型車両がある。夜間の走行では、車両の前照灯からの光が道路標識を照明し、道路標識の反射光によって標識の内容を運転者は認識する。このような目的に適した道路標識として、再帰性反射を用いた再帰性反射シートによる標識がある。
ところで、小型車両と大型車両では、前照灯と道路標識を結ぶ直線と運転者の目線と道路標識を結ぶ直線との交差角度(これを観測角という)が異なるため、再帰性反射を利用した従来の道路標識において、100mよりも手前で道路標識を観測した場合、大型車両の運転者には小型車両の運転者の1/10程度しか反射光が達しないという問題がある。これは、従来の再帰性反射標識において、観測角が0°から大きくなると、反射光量が急激に減少するためである。
【背景技術】
【0003】
従来より、道路標識や自動車などの視認性を高めるため、光の再帰反射を応用した反射媒体が用いられてきた。従来の再帰反射媒体には大別して、コーナーキューブ型とキャッツアイ型の二つがあるが、キャッツアイ型の再帰反射媒体は、透明球がレンズとして作用することを利用したものである。
理想の再帰反射透明球を考えると、それは、屈折率2の透明球であり、その焦点距離は、透明球の半径の丁度2倍となる。すなわち、図19に示すように、屈折率2で裏面を反射面とした透明球に平行光が入射すると、反対側の透明球の表面で反射し、入射光と逆方向に光が再帰する。これは、光入射面のレンズ作用において、その焦点距離が透明球の直径に等しくなるためである。
しかし、現実には屈折率が丁度2である光学材料が存在しない。また、平行な光線が入射したとして、透明球の中心を通る光軸から離れた光線は、球面収差のために反射面上に焦点が一致しなくなる。このため、図19に示すような構成で効率よく再帰反射させることは困難である。そこで、透明球を用いる従来技術は、つぎのように構成されていた(特許文献1〜3)。
【0004】
特許文献1では、屈折率が2と異なる一つの透明球(ガラス球)と再帰反射させるための収納凹部とを組合せた技術が開示され、入射角15〜45°の光に対して再帰反射効率43.3%が得られるとしている。しかし、この手段は、1個の透明球しか用いないので、パターン表示が必要な道路標識などには適用できない。
【0005】
特許文献2では、支持シート上に直径500μm以下の透明微小球を50%以上の埋設率で埋設した再帰性反射シートが開示されている。しかし、この再帰性反射シートでは、シート全面において再帰反射性を有しておらず、再帰反射効率が低い、道路標識などの目的に沿った再帰反射性能の実現が困難という問題がある。即ち、シート状にした場合、利用可能な材料の屈折率に制限があるため、再帰反射を起こさせるための光学設計が理想的な状態で実現できない。さらに、透明球は、カラー化されていないため、指標となるパターンを別途設ける必要がある。
【0006】
特許文献3は、多数のガラスビーズからなるガラスビーズ層とその上に設けられた蓄光発光剤層からなる夜光性シートである。この夜光性シートでは、蓄光発光剤の形成層をガラスビーズ層と別途に設ける必要があり、光学系の構成法が限定されるため、大きな観測角を達成することは困難であった。
【0007】
一方、キャッツアイ型の再帰性反射シートとしては、つぎのものが研究されている。
キャッツアイ型には、マイクロレンズ方式とビーズ方式とがあるが、マイクロレンズ方式、すなわちマイクロレンズ・アレイを利用した再帰性反射シートは、光透過性のシートの表面に多数の凸レンズを形成し、裏面に多数の凹面反射鏡を形成したものである。このような再帰性反射シートには、つぎの二つの従来例がある。
【0008】
a)非特許文献1
図20に示すように、シートの前面にマイクロレンズを形成し、後面に凹面反射鏡を形成している。そして、前面の凸レンズ曲率半径Rの曲率中心Oの位置と裏面の凹面反射鏡の曲率半径Rの曲率中心Oの位置とが一致している。再帰性反射シートの厚さ、すなわち、マイクロレンズ(光入射面側)の焦点距離fは、凸レンズの曲率半径と凹面反射鏡の曲率半径を加えた値になる。
なお、この従来例では、シートの前面において隣接するマイクロレンズ同士の間に隙間、つまり平坦部があり、シートの後面においても隣接する凹面反射鏡同士の間に平坦な隙間がある。このような平坦な隙間があると光が再帰しない方向へ反射するので、再帰反射光の光量が減少したり、標識の輪郭がぼけるなどの不具合が生じ好ましくない。
【0009】
b)非特許文献2
非特許文献2の反射シートも前面にマイクロレンズを形成し、後面に凹面反射鏡を形成しており、前面の凸レンズの焦点距離を再帰性反射シートの厚さとし、裏面の凹面反射鏡の曲率半径を凸レンズの焦点距離に一致させている。
【0010】
上記非特許文献2に示されているcat’s eye(猫の目)方式再帰性反射装置の設計指針に基づいて再帰性反射シートを設計すると、図21に示すように光入射面のマイクロレンズの曲率中心と光反射面の凹面反射鏡の曲率中心を一致させ、マイクロレンズの焦点距離fが、マイクロレンズの曲率半径Rと凹面反射鏡の曲率半径Rの和に一致するようになっている。
同図において、マイクロレンズと凹面反射鏡の曲率中心が一致している点をOとする。光線AはOを通過する光線であり、凹面反射鏡上P点に到達する。OPはRに等しいので、P点ではOPに垂直な仮想平面ミラーを想定することができる。光線Aはこの仮想ミラーに垂直に入射することから、反射光線は入射光線の光路を逆に辿り、反射光線もOを通過する。Oはマイクロレンズの曲率中心のため、光線Aの反射光線は入射光線の光路を辿ってマイクロレンズから出射し、観測角0の再帰性反射光となる。光線Bは光線Aに平行な入射光線であり、マイクロレンズに入射した後、マイクロレンズの焦点面が凹面反射鏡の位置に一致しているため、入射光線Bは凹面反射鏡上のP点近傍に到達する。この結果、光線Aのときと同じ仮想ミラーで反射されると考えてよく、角EPOと角OPE’とが等しくなるように反射し、マイクロレンズ面のE’点に到達する。光線Aに対してEPとE’Pは対称であるので、マイクロレンズからの出射光線B’は、光線Bと平行な光路を辿り再帰性反射光となる。
【0011】
非特許文献2の考え方による再帰性反射シートの設計では、凹面反射鏡の曲率中心Oはマイクロレンズの曲率中心Oに一致させており、図示しているように凹面反射鏡はO=Oとなる位置にある。入射光線のなかでOを通過する光線を光線Aとする。この従来設計の場合、光線Aに平行な入射光線は、光線Aが凹面反射鏡上で到達する点Pの近傍に集光する。これは、点Pがマイクロレンズの焦点面上にあるためである。P点近傍に達して光線が反射鏡で反射され、マイクロレンズから出射すると、上記に述べたように、光線Aにほぼ平行な光路を遡るように進行する出射光線となる。この結果、従来の光学構成では、反射光線が本来の意味の再帰性反射光線となる。
【0012】
以上の非特許文献1,2の従来例は、近軸理論に基づいて構成されたものである。近軸理論は、軸回りに回転対称な光学系において、光線が光軸(対称軸)の近傍を通る場合にだけ適用することができる光学理論である。すなわち、屈折の法則を適用する場合に、sinθ=θ の近似が適用できる狭い範囲で成立する初歩理論の世界である。
以上の近軸理論に基づく非特許文献1,2の光学系構成は、光源からの光が光源に戻るという本来の再帰性反射を実現することを目的としており、それはそれで近軸理論に忠実に従った構成によって成功しているものである。しかし、それゆえに後述するごとく、反射光は狭い観測角の中でしか見られないという欠陥がある。
【0013】
本発明者は上記非特許文献1,2による再帰性反射シートの光学特性を、独自に開発したプログラムにより解析して、観測角が狭いものでしかないことを確認した。非特許文献1,2による光学特性をそれぞれ、図22および図23に示す。図22(A)および図23(A)には、入射角αをパラメータとして観測角βと光量/単位立体角Aの関係を示し、図22(B)および図23(B)には、αをパラメータとして、観測角βと光量Iの関係を示す(注:α,βについては図5参照)。いずれの場合も、観測角βが0.2°以上になると、光量Aの値が急激に減少し、光源と観測点が接近している場合には明瞭に観測できないことを示している。この解析は幾何光学によるため、実際には光の波動的な性質による回折光があるが、道路標識などには適さないことが明らかである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2004−144857号公報
【特許文献2】特開2005−173417号公報
【特許文献3】特開平9−230120号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Lundvall, F. Nikolajeff and T. Lindstrom, “High performing micromachined retroreflector,” Optics Express, Vol.11, pp.2459-2473, 2003.
【非特許文献2】J. J. Snyder, “Paraxial ray analysis of a cat’s-eye retroreflector,” Applied Optics, Vol.14, pp.1825-1828, 1975
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、反射光を大きな観測角で観測できる再帰性反射シートを提供することを目的とする。また、各種の標識に適した機能を有する再帰性反射シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
第1発明の再帰性反射シートは、光透過性材料のシートを用い、該シートの表面に凸レンズとなる球面状凸部が形成され、該シートの裏面に凹面反射鏡となる球面状凸部が形成されており、前記凸レンズと前記凹面反射鏡は、略同一の光軸上に位置し、かつ該光軸上における前記凸レンズの曲率中心と前記凹面反射鏡の曲率中心が互いに離間していることを特徴とする。
第2発明の再帰性反射シートは、第1発明において、前記凸レンズと前記凹面反射鏡は、いずれもその平面形状と寸法が同一であることを特徴とする。
第3発明の再帰性反射シートは、第2発明において、前記凸レンズは、前記シートの表面において多数個が形成され、かつ隣接する凸レンズ同士の間に隙間がない状態で形成されており、前記凹面反射鏡は、前記シートの裏面において多数個が形成され、かつ隣接する凹面反射鏡同士の間に隙間がない状態で形成されていることを特徴とする。
第4発明の再帰性反射シートは、第1、2または第3発明において、前記光透過性材料のシートに、1または2以上の彩色が施されていることを特徴とする。
第5発明の再帰性反射シートは、第1、2または第3発明において、前記光透過性材料のシートに、蓄光材料が混入されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
第1発明によれば、凸レンズの曲率中心と凹面反射鏡の曲率中心が離れているので、入射光線が凹面反射鏡の反射面において1点に集中せず、広がりを以って分布し、反射光線も広がりをもつ。この結果、出射光線も広がりをもたすことができ、さらに、凸レンズと凹面鏡の曲率半径、凸レンズと凹面鏡の各曲率中心の位置関係を最適化することによって、再帰反射光線の観測角の拡大に伴う光量の低下を招くことがなく、再帰反射光線を大きな観測角で見ることができるようになる。このため、これらの再帰性反射シートを用いた標識や身につけた人達を観測することが容易となり、車両の運転者にとっては運転環境の改善や交通事故の低減、人々に対しては安全性の確保などが期待できる。
第2発明によれば、凸レンズと凹面反射鏡の平面形状と寸法が同一であることから、凸レンズと凹面反射鏡の一組に関する再帰反射性能(再帰反射光量の観測角依存性、入射角による再帰反射光量の変化)を再帰性反射シート全面においてほぼ一様に実現できる。
第3発明によれば、凸レンズの周囲にも凹面反射鏡の周囲にもレンズとして機能しない隙間が無いので、再帰性反射シート面への入射光のほぼ全量を再帰反射させることができ、前照灯、照明灯などから再帰性反射シート面への入射光量が少ない場合でも、標識などをより確実に認識できるようになる。
第4発明によれば、再帰性反射シート自体に色彩をもたせることができるので、カラー化された指標も実現できる。
第5発明によれば、入射光の蓄光材料に蓄積できるので、外部からの入射光が無くなった時でも反射光を発することができ、この場合でも広い観測角で光を観測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の再帰性反射シートの説明図であって、(A)は断面図、(B)は平面図である。
【図2】本発明の再帰性反射シートの技術原理説明図である。
【図3】本発明の再帰性反射シートの技術原理の検証説明図である。
【図4】本発明の再帰性反射シートにおける入射位置の変化の説明図である。
【図5】本発明の再帰性反射シートにおける入射光線と反射光線の説明図である。
【図6】本発明の実施例1における再帰性反射シートの説明図であって、(A)は構成説明図、(B)は部分正面図である。
【図7】実施例1の光学性能を示すグラフであって、(A)は観測角βと光量/単位立体角A(相対値)の関係、(B)は観測角βと光量I(%)の関係を示す。
【図8】実施例1の入射角αと光量/立体角A(相対値)の関係を示すグラフである。
【図9】本発明の実施例2における再帰性反射シートの説明図であって、(A)は構成説明図、(B)は部分正面図である。
【図10】実施例2の光学性能を示すグラフであって、(A)は観測角βと光量/単位立体角A(相対値)の関係、(B)は観測角βと光量I(%)の関係を示す。
【図11】実施例2の入射角αと光量/立体角A(相対値)の関係を示すグラフである。
【図12】本発明の実施例3における再帰性反射シートの説明図であって、(A)は構成説明図、(B)は部分正面図である。
【図13】実施例3の光学性能を示すグラフであって、(A)は観測角βと光量/単位立体角A(相対値)の関係、(B)は入射角αと光量/立体角A(相対値)の関係を示す。
【図14】実施例において凹面反射鏡2の光軸を上方にずらした場合の観測角βと光量/単位立体角A(相対値)の関係を示すグラフである。
【図15】実施例において凹面反射鏡2の光軸を上方にずらした場合の観測角βと光量I(%)の関係を示すグラフである。
【図16】実施例において凹面反射鏡2の光軸を下方にずらした場合の観測角βと光量/単位立体角A(相対値)の関係を示すグラフである。
【図17】実施例において凹面反射鏡2の光軸を下方にずらした場合の観測角βと光量I(%)の関係を示すグラフである。
【図18】実施例において凹面反射鏡2の光軸を水平方向にずらした場合の光軸のズレ量Δyと観測角βの関係を示すグラフである。
【図19】理想の再帰反射透明球の説明図である。
【図20】非特許文献1の再帰性反射シートの構成説明図である。
【図21】非特許文献2の考えに基づき再帰性反射シートを設計した場合の構成説明図である。
【図22】非特許文献1の再帰反射性能を示すグラフである。
【図23】非特許文献2の再帰反射性能を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(本発明に基本構成)
本発明の再帰性反射シートは、図1に示すように、光透過性材料のシート10を用い、シート10の前面に凸レンズ1となる球面状凸部を形成し、シート10の裏面に凹面反射鏡2となる球面状凸部を形成したものである。
凸レンズ1と凹面反射鏡2は対となっており、凸レンズ1と凹面反射鏡2は略同一の光軸上に位置するように形成される。本発明において、凸レンズ1と凹面反射鏡2は正確に同一光軸上に位置すればよりよいが、多少は凸レンズ1と凹面反射鏡2が光軸上でズレた位置にあってもよく、同様の再帰反射効果を奏することができる。この点は、後に実施例1〜3に関し詳述する。
【0021】
また、凸レンズ1と凹面反射鏡2は、いずれもその平面形状(図1(A)において入射光の方向からみた形状)は同一であり、寸法も同一である。こうすることにより、凸レンズに入射した光線のほとんどが凹面反射鏡で反射して再帰するので、再帰反射光の光量が減少しにくくなる。しかし、入射光が反射して再帰する限り、平面形状や寸法の変動は許容される。
【0022】
従来の従来の再帰性反射シートでは、入射光量の50〜70%の再帰反射率であり、これは再帰性反射シートの構成上、再帰性反射機能を発現できない領域が再帰性反射シート面に存在するためである。本発明の再帰性反射シートでは、上記のような構成上の原理から再帰性反射を発現しない領域は生じない。
【0023】
さらに凸レンズ1と凹面反射鏡2は、同一シート10上に多数個がマイクロレンズアレイとして形成されるのが好ましく、この場合、シートの全面にマイクロレンズアレイを形成してもよく、部分的に形成してもよい。
そして、マイクロレンズを形成する場合は、図1(B)に示すように、隣接する凸レンズ1同士の間、同様に隣接する凹面反射鏡2同士の間には隙間が全くない状態に形成される。この場合、凸レンズ1と凹面反射鏡2の外形が六角形や正方形、長方形のマイクロレンズも製造可能であり、これらのマイクロレンズも隙間なく並べて再帰性反射シートを構成することができる。
【0024】
このように隙間が全く生じないようにするには、本発明者が提案しているPCT/JP2006/316152やPCT/JP2007/059011で開示した製法が有効である。
上記の製法のうち、前者は単結晶シリコン基板に異方性エッチングにより四角錐凹部を形成するエッチング工程と、四角錐凹部をイオン加工によりマイクロレンズ成形用凹部に形成するイオン加工工程とを順に実行して、各マイクロレンズ成形用凹部の周囲に非レンズ部分が無くなるように各マイクロレンズ成形用凹部が互いに接触して形成したマイクロレンズ用金型を用いてマイクロレンズアレイを製造するものであり、後者はシリコン等の単結晶材料の基板に初期形状としての窪みを形成する初期形状工程と、窪みをイオン加工によりマイクロレンズ成形用凹部に形成するイオン加工工程とを順に実行して、各マイクロレンズ成形用凹部の周囲に非レンズ部分が無くなるように各マイクロレンズ成形用凹部が互いに接触して形成したマイクロレンズ用金型を用いてマイクロレンズアレイを製造するものである。
このように隙間が存在しないと、再帰性反射シートの光学的構成から原理的に生ずる再帰性反射を発現しない領域を再帰性反射シートから除去できるため、再帰性反射率を大幅に改善することが可能となる。これにともない、弱い光源からの光によっても、再帰性反射シートの情報を得易くなる。
【0025】
(本発明の技術原理・大きな観測角が得られる理由)
本発明の再帰性反射シートによれば、大きな観測角が実現できるが、その技術原理を図2に基づき説明する。
本発明では、凹面反射鏡の曲率中心Oの位置を、マイクロレンズ(以下、個別のレンズを指すときは、凸レンズという)の曲率中心Oの位置から適当に離すことによって、観測角の拡大を実現している。図2において、点A、Bは、一組の凸レンズと凹面反射鏡の光軸上にあり、点AはOよりも凸レンズに近く、点BはOよりも凹面反射鏡に近くなるような位置にある。凹面反射鏡の曲率中心Oを点Aに一致させた場合、光線Aに平行な入射光線は、凸レンズ表面を通過後、凹面反射鏡上では、一つの点ではなく、図中のPで示したように広がっている。凹面反射鏡に達した光線は、点Aと到達点とを結ぶ直線に垂直な仮想平面ミラーを到達点に設定したように反射される。したがって、凹面反射鏡上の到達点に応じて仮想平面ミラーも変化する。凹面反射鏡の到達位置に応じて、仮想平面ミラーの位置および傾き角が異なるので、そのぞれの場合に対応して、出射光線は光線Aの光路との平行度が変化し、その結果として、凸レンズから出射する光線は観測角が拡大されることになる。凹面反射鏡の曲率中心Oを点Bに一致させた場合は、点Bと反射鏡上の到達点とを結ぶ直線に垂直に仮想平面ミラーを想定すればよく、点AにOを一致された場合と、同様に観測角が拡大される。
【0026】
(本発明の技術原理の検証)
つぎに、図3に基づき、上記のように曲率中心の離間距離ΔZcを付与して観測角を大きくする技術原理を検証する。
(A)図は比較のために従来例である図20における一対のマイクロレンズと凹面反射鏡を再掲したものであり、離間距離ΔZcは0である。(A)図に示すように、ΔZc=0であると、入射光線の多くは凹面反射鏡の反射面上の1点Pに集まることになる。
これに対し、本発明の構成を示す(B)図および(C)図では、つぎのように入射光は1点に集中せず、ある範囲に分布することになる。
すなわち、(B)図はΔZc<0の場合であり、入射光線の凹面反射鏡上における入射位置と斜入射光線(入射光線に平行で曲率中心Oを通る入射光線)の入射位置Pは少しズレている。また(C)図はΔZc>0の場合であるが、入射光線の凹面反射鏡上における入射位置と斜入射光線の入射位置Pもズレている。なお、(B)図と(C)図とでは、ズレ方が逆になっている。
このように斜入射光線の光軸が入射光線の光軸とズレると、全出射光線が一定の広がりをもって反射していくことになるので、大きな観測角をもった位置からでも出射光線を観測することができるのである。
【0027】
図4は、離間距離ΔZcの数値を変化させたときの凹面反射鏡上における入射位置の変化を示すものである。同図に示すように、離間距離ΔZcが0のときは入射位置の変化は極めて少ないが、離間距離ΔZc=−50μmのときは、入射光線のY座標位置に対応して入射位置が−5μmから+5μmの間で変動しており、離間距離ΔZc=−100μmのときは同様に−13μmから+13μmの間で大きく変動している。
【0028】
以上のように入射位置の変動が得られることから、本発明では、光線は、凸レンズの前面から入射し、屈折して裏面に進み、その後、凹面反射鏡で反射され、再び前面の凸レンズで屈折して、出射光線となるが、入射光線が、入射した凸レンズに対応する凹面反射鏡に入射するとは限らない。また、入射光線の方向を逆にした方向に、出射光線の方向が一致するとは限らない。これらの理由により大きな観測角が得られることになる。
【0029】
(本発明におけるシート10の材料)
本発明では、透明樹脂であって、光学部品に適用されている光学プラスチックをシート材料に用いることができ、そのようなプラスチックとしてポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)などの多くの種類の透明樹脂がある。
また、上記の光学プラスチックスを用いることで、つぎの機能をもたせることができる。
(1)彩色、図柄を再帰性反射シートに入れ込むこと。すなわち、再帰性反射シート自体に1または2以上の彩色を施し、再帰性反射シート自体にパターンを組み込むと、カラー化された標識を実現できる。
(2)蓄光効果のある材料を再帰性反射シートに混ぜ込むこと。こうすることで、ある程度外部からの光を受けておくと、その後に入射光が無くなっても反射光を発することができ、標識としての利用範囲が広がる。
(3)シートを湾曲した形状に成形しておくと、任意の形状に湾曲した標識を得ることができる。
【0030】
(本発明の利点)
本発明では、入射光線が凹面反射鏡の反射面において1点に集中せず、広がりを以って分布する。このため出射光線も広がりをもって反射するようになるので、反射光線を大きな観測角で見ることができるようになる。
特に、従来の再帰性反射シートでは、観測角と単位立体角あたりの光量との関係に対して、設計の自由度が低く、観測角が大きいところで充分な光量を反射できなかった点を大幅に改善できる。
【0031】
本発明の実施例を説明する前に、入射角α、観測角β、光量Iの定義を説明しておく。
図5(A)に示すように、本発明の再帰性反射シートと平行な観測面を想定し、光源もこの平面上にあるとする。光源からの光線が再帰性反射シートに入射すると、シートで反射した光線は、観測面上で反射光が観測される位置は必ずしも光源と一致せず、光源の近くで観測される。このとき、入射光線の再帰性反射シートへの入射角をα、入射光線と反射光線のなす角をβとする。図5(B)に示すように、角度βのコーン内に入る反射光の強度をI(β)とし、角度βにおける単位立体角あたりの反射光の光量をAとすると、
【数1】

の関係がある。式(1)から、
【数2】

の関係が成立する。なお、再帰性反射シートの光学構成に対して、αを一定とするとAはβの関数となる。
【実施例】
【0032】
(実施例1)
高速道路のように、車両と道路標識との距離が200m〜50m程度において、高さ3〜6mの道路標識を認識する必要がある場合、道路標識がどのような車種の車両からでも明瞭に観測されるためには、以下の表のような性能が再帰性反射シートには要求される。
【表1】

【0033】
この性能を実現するために、光学プラスチックス材料であるポリカーボネート(PC)により、再帰性反射シートを製作した。ポリカーボネートの屈折率nは1.586とした。この再帰性反射シートの設計値を下記および図6(A)、(B)に示す。
凸レンズの曲率半径R;200μm
凹面反射鏡の曲率半径R;341μm
凸レンズ(凹面反射鏡)の中心間距離;146μm
凹面反射鏡の曲率中心座標O;(0, 0, −60) [μm]
ΔZc;−60μm
【0034】
入射角αの光線が再帰性反射シート10に入射した場合に、入射したのと同じマイクロレンズ(凸レンズ1)から出射する光線を求め、各入射角αについて、式(2)に示す単位立体角あたりの反射光の光量A、角度βのコーン内に含まれる光量Iなどを求めた。なお、再帰性反射シートに入射する際の透過率、裏面における反射率は1とし、再帰性反射シート内での光のロスはないものとした。
入射角αをパラメータとして、観測角βと単位立体角あたりの光量Aとの関係を図7(A)に示す。Aは、α=0°、β=0.1°のときのAの値で規格化した相対値で示す。道路標識と車両との距離を固定した場合、すなわち、入射角αが一定の場合、必要なβの範囲にて、Aが一定であれば、どのような車両の運転手に対しても、道路標識からの反射光の光量が同じということになる。βが0°〜2.5°の範囲において、Aの値は充分な大きさになっている。このことは、従来構成で解析した図22あるいは図23と比較すれば、明らかである。
【0035】
図7(B)は、入射角αをパラメータとして、観測角βと角度βのコーン内に含まれる全光量Iとの関係を示す。Iは、入射光の全光量を100として、再帰反射光となった光の光量で示している。αが10°までの範囲において、βが2.8°以下において、再帰性反射シートに入射した全ての光量が再帰性反射光となっている。このことは、この再帰性反射シートの再帰反射に対する効率が優れていることを示している。従来構成で解析した図22あるいは図23と比較すれば、本発明の構成では、必要とされる観測角内に効率よく光が反射していることがわかる。
【0036】
図8は、βをパラメータとして、αとAの関係を示す。βが2°以下の場合、αが16°程度まで反射光の光量が充分にあり、βが2.5°では、αが14°程度まで反射光の光量が充分にあることが示されている。αが14°の場合、20m手前から高さ5mの標識を観測することに相当するので、道路標識としては充分な性能である。
【0037】
(実施例2)
一般道路のように、車両と道路標識との距離が100m〜25m程度において、高さ2〜6mの道路標識を認識する必要がある場合、道路標識がどのような車種の車両からでも明瞭に観測されるためには、以下の表のような性能が再帰性反射シートには要求される。
【表2】

【0038】
この性能を実現するために、光学プラスチックス材料であるポリカーボネート(PC)により、再帰性反射シートを設計した。ポリカーボネートの屈折率nは1.586とした。設計した再帰性反射シートの設計値を下記および図9(A)、(B)に示す。
凸レンズの曲率半径R;200μm
凹面反射鏡の曲率半径R;341μm
凸レンズ(凹面反射鏡)の中心間距離;199μm
凹面反射鏡の曲率中心座標O;(0, 0, −77.5) [μm]
ΔZc;−77.5μm
【0039】
入射角αをパラメータとして、観測角βと単位立体角あたりの光量Aとの関係を図10に示す。Aは、α=0°、β=0.1°のときのAの値で規格化した相対値で示す。道路標識と車両との距離を固定した場合、すなわち、入射角αが一定の場合、必要なβの範囲にて、Aが一定であれば、どのような車両の運転手に対しても、道路標識からの反射光の光量が同じということになる。βが0°〜4°の範囲において、Aの値は充分な大きさになっている。このことは、従来構成で解析した図22あるいは図23と比較すれば、明らかである。
【0040】
図10(B)は、入射角αをパラメータとして、観測角βと角度βのコーン内に含まれる全光量Iとの関係を示す。Iは、入射光の全光量を100として、再帰反射光となった光の光量で示している。αが10°までの範囲において、βが4.3°以下において、再帰性反射シートに入射した全ての光量が再帰性反射光となっている。このことは、この再帰性反射シートの再帰反射に対する効率が優れていることを示している。従来構成で解析した図22あるいは図23と比較すると、本発明の構成では、必要とされる観測角内に効率よく光が反射していることがわかる。
【0041】
図11は、βをパラメータとして、αとAの関係を示す。βが3°以下の場合、αが23.5°程度まで反射光の光量が充分にあり、βが4°では、αが16.5°程度まで反射光の光量が充分にあることが示されている。αが16.5°の場合、17m手前から高さ5mの標識を観測することに相当するので、道路標識として充分な性能である。
【0042】
(実施例3)
夜間の屋外にて、人々の作業、運動、移動などを標示するために、装着したり衣類に組み込んだり、履物の背中側に設置したりする再帰性反射シートがある。このような用途では一般に、光源と目線とは一致しない。このため夜間に屋外にいる人達を観測するための再帰性反射シートには、大きな観測角において、反射光が目線に達する必要がある。これらの用途に対して、実施例2は、従来の再帰性反射装置よりも格段に優れた光学特性を示しているが、本実施例では、さらに大きな観測角においても反射光が観測できることを示す。
【0043】
光学プラスチックス材料であるポリカーボネート(PC)により、再帰性反射シートを設計した。ポリカーボネートの屈折率nは1.586とした。設計した再帰性反射シートの設計値を下記および図12(A)、(B)に示す。
凸レンズの曲率半径R;200μm
凹面反射鏡の曲率半径R;341μm
凸レンズ(凹面反射鏡)の中心間距離;199μm
凹面反射鏡の曲率中心座標O;(0, 0, 100) [μm]
ΔZc;100μm
【0044】
入射角αをパラメータとして、観測角βと単位立体角あたりの光量Aとの関係を図13(A)に示す。Aは、α=0°、β=0.1°のときのAの値で規格化した相対値でしめす。実施例1(図7(A),(B))、実施例2(図10(A),(B))と比較すると、β=6°でも反射光を観測できている。なお、グラフから推測すると、観測角βが6°以上でも反射光を観測できると考えられる。
なお、β=0°と比較するとAの値が小さくなっているが、本実施例の用途(夜間での人の存在を示す標識)を考えると、20m〜30m程度から観測できれば充分であり、Aの値は小さくても問題にならないと考えられる。
【0045】
図13(B)は、βをパラメータとして、αとAの関係を示す。βが6°以下の場合、αが14°程度まで反射光の光量が充分にある。αが14°の場合、20m手前から横に5mずれたところにある再帰性反射シートを観測できる。このとき、光源と目線とは2.1m離れていてもよい。この状況は、本実施例の用途は、照明光のほぼ正面にいる人達の観測であることを考慮すれば、充分な性能である。
【0046】
(実施例1〜3)
上記実施例1〜3において、特定の寸法で再帰性反射シートを構成した場合を示した。これらの実施例の結果は、幾何光学で求めており、幾何光学の範囲では相似則が成り立つ。したがって、再帰性反射シートにおいて、全ての寸法に定数を乗じた場合、幾何光学の範囲で同じ光学特性を得ることができるものである。
【0047】
本発明では、凸レンズ1と凹面反射鏡2が略同一光軸上に位置することが要件となっているが、この同一性は厳密なのではなく多少のズレがあってもよい。したがって、当然にマイクロレンズ製造上の通常の誤差も許容するものである。
以下にこの点を、各実施例について説明する。
マイクロレンズ(凸レンズ)と対応する凹面反射鏡の光軸が一致していない場合について、光軸の不一致以外は、実施例1のと同じ光学系の構成とし、再帰性反射の性能の変化を求めた。光学部品の製造において、誤差0で光軸を一致させることには非常に高度な技術が要求され、一般的に、多少の不一致が生じても、性能がほとんど変化しないことが重要である。
【0048】
図14には、凹面反射鏡の光軸を上方(y方向)に10μm(Δy=10μm)ずらした場合について、入射角αをパラメータとして、観測角βとA(=光量/単位立体角)の関係を示し、図15には、観測角βと光量Iの関係を示す。軸ズレがないとした図7(A)(B)と比較すると、入射角αが5°以上になると、観測角が狭くなる傾向がみられる。しかし、表1の目標値は充分に満足している。
【0049】
図16には、凹面反射鏡の光軸を下方(−y方向)に10μm(Δy=−10μm)ずらした場合について、入射角αをパラメータとして、観測角βとA(=光量/単位立体角)の関係を示し、図17には、観測角βと光量Iの関係を示す。軸ズレがないとした図7(A)(B)と比較すると、入射角αが5°以上になると、観測角が広がり、単位立体角当たりの光量Aが減少する傾向がみられる。しかし、表1の目標値は充分に満足している。
【0050】
図18には、光軸のズレ量Δyの影響をより明確にするため、各入射角αについて、光量Iが90%となる観測角βを求め、Δyとβとの関係を示す。αが2.5°以下の場合には、Δyによるβの変動が問題とならないほど小さい。しかし、αが5°以上になると、Δy>10μmにおけるβの減少がはっきりと現れてくる。しかしながら、図に示したΔyの範囲−20〜20μmにおいて、表1の目標値は充分に満足している。
【0051】
図14〜18では、鉛直方向に光軸をずらした場合を示したが、水平方向(x方向)に光軸をずらして場合も、得られる光学性能は鉛直方向にずれた場合と同様である。±20μm以内の光軸合わせは、光学部品の製造において特に高度なことではなく、製造上で問題となることはない。
本発明における「略同一の光軸上」の意味は、製造誤差上の通常のズレがあっても、これを同軸として含むものである。
【符号の説明】
【0052】
1 凸レンズ
2 凹面反射鏡
10 再帰性反射シート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光透過性材料のシートを用い、
該シートの表面に凸レンズとなる球面状凸部が形成され、
該シートの裏面に凹面反射鏡となる球面状凸部が形成されており、
前記凸レンズと前記凹面反射鏡は、略同一の光軸上に位置し、かつ該光軸上における前記凸レンズの曲率中心と前記凹面反射鏡の曲率中心が互いに離間している
ことを特徴とする再帰性反射シート。
【請求項2】
前記凸レンズと前記凹面反射鏡は、いずれもその平面形状と寸法が同一である
ことを特徴とする請求項1記載の再帰性反射シート。
【請求項3】
前記凸レンズは、前記シートの表面において多数個が形成され、かつ隣接する凸レンズ同士の間に隙間がない状態で形成されており、
前記凹面反射鏡は、前記シートの裏面において多数個が形成され、かつ隣接する凹面反射鏡同士の間に隙間がない状態で形成されている
ことを特徴とする請求項2記載の再帰性反射シート。
【請求項4】
前記光透過性材料のシートに、1または2以上の彩色が施されている
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の再帰性反射シート。
【請求項5】
前記光透過性材料のシートに、蓄光材料が混入されている
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の再帰性反射シート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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