説明

冷間加工性に優れるマグネシウム合金板材およびその製造方法

【課題】冷間で良好な加工性を有するマグネシウム合金板材およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】マグネシウム合金板に380℃〜420℃で5分以上の熱処理、総圧下率3〜18%の冷間圧延、250℃〜420℃で1分以上の熱処理を順次行うことで、特殊な付帯設備を必要とせずに冷間加工性に優れたマグネシウム合金板を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間加工性に優れるマグネシウム合金板材およびその製造方法に関し、特に、高い冷間加工性を有するマグネシウム合金板材を圧延と熱処理を組み合わせて製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は軽量であることからノートブック型パソコン、携帯電話筐体等の電子機器部品に使用されている。一方、稠密六方構造を有するマグネシウム合金の圧延板は、主すべり面となる底面が圧延面と平行に配向するいわゆる底面集合組織を形成するため、板厚を減ずる向きの変形がほとんど不可能であり、その結果、室温での成形性が著しく劣る。したがって、これらの部品を塑性加工により成形する場合、マグネシウム合金圧延板を200℃〜300℃程度に加熱して成形するいわゆる温間プレスを利用することが多い。温間プレスは、加熱装置が必要となる上、潤滑剤が制限される、成形速度が低い、高価なプレス機を要するなど、稼働に係る費用、生産性の面から割高になる。この課題を解決するために、圧延と熱処理を組み合わせることで、室温でも高い成形性を有するマグネシウム合金板を得る方法が提案されてきた(特許文献1〜7)。
【0003】
特許文献1記載の方法では、圧延がロール加熱状態で行われる。ロール加熱を行うためには特殊な設備が必要となる上、加熱のための費用増大によって、材料価格の上昇を招く。
特許文献2および4記載の方法では、素材に押出し板を使用している。押出し板材は、薄板かつ広幅になるほど板厚分布、板形状が悪化しやすい。これを圧延限界の小さい冷間圧延で修正するのは困難であり、温間圧延とすると、先に示したコスト増大の問題が発生する。また、板幅が300mm以上の押出し材は製造困難で、汎用性に欠ける。したがって、素材は圧延板であることが望ましい。
【0004】
特許文献3記載の方法では、特定の合金組成を有する素材を使用している。すなわち、マグネシウム合金中に含まれるアルミニウムの量を1〜2%としており、広く使用されているMg−3%Al−1%Zn(AZ31)合金の3%より少ない。アルミニウム量の少ないマグネシウム合金は、耐食性に劣るほか、適当な表面処理方法もないので汎用性に乏しい。
【0005】
特許文献5〜7記載の方法では、熱処理または圧延のための材料加熱温度が450℃以上と高温である。一般的なAZ31合金は420℃以上の高温で加熱すると表面酸化による”焦げ”が発生する。そのままでは表面品質上問題があるため、表面研削を行う必要があるが、これは工程増加につながる。”焦げ”を防止するためには、不活性ガスの導入または材料をアルミホイルで包むなどの対策を行う必要があり、大量生産を見据えた場合には煩雑である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許3558628号
【特許文献2】特許4064720号
【特許文献3】特許4297671号
【特許文献4】特許4180868号
【特許文献5】特開2010−53386
【特許文献6】特開2010−70821
【特許文献7】特開2010−133005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、表面や板形状などの品質に優れた、冷間成形性の高いマグネシウム合金板材を提供することである。
本発明の他の目的は、上記冷間成形性の高いマグネシウム合金板材を安価かつ大量に製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は下記のマグネシウム合金板材およびその製造方法を提供するものである。
1.Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成される、冷間圧延されたマグネシウム合金板材であって、板厚が0.03mm以上2mm以下、最小曲げ半径比率(R/t)が3.0未満であることを特徴とするマグネシウム合金板材。
2.エリクセン値が4.0mm以上である上記1記載のマグネシウム合金板材。
3.冷間圧延限界が20%以上である上記1又は2記載のマグネシウム合金板材。
4.上記1〜3のいずれか1項記載のマグネシウム合金板材の製造方法であって、
Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成されるマグネシウム合金圧延板素材を、380℃〜420℃で5分間以上熱処理した後、圧下率3〜18%で冷間圧延を行い、その後250℃〜420℃で1分以上熱処理を行うことを特徴とする方法。
5.素材の板厚が0.05mm〜1.5mmであることを特徴とする上記4記載のマグネシウム合金板材の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のマグネシウム合金板材は、既存技術で得られた材料と同等か、それ以上の冷間成形性を有する。また、通常のマグネシウム合金板材の総圧下率と比較してはるかに高い総圧下率(冷間圧延限界)を有する。
すなわち本発明によれば、既存技術により得られたマグネシウム合金板と同等かそれ以上の冷間成形性を有し、かつ高い総圧下率(冷間圧延限界)を有する冷間圧延可能なマグネシウム合金板が、高い生産性、形状精度、品質で、特殊な付帯設備、副資材を要せず安価に製造することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、マグネシウム合金板を熱処理した後に圧延し、その後再度熱処理を行う工程を基本とするが、合金元素、素材の形態、圧延前熱処理温度、圧延、圧延後熱処理温度にそれぞれ特徴を有する。
(合金元素)
本発明のマグネシウム合金板の素材としては、Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成されるマグネシウム合金圧延板を使用する。
【0011】
Alは耐食性、表面処理性の観点から2.5質量%以上必要であるが、Alが多くなると固溶強化して加工し難くなるため、素材となる圧延板の製造が可能な範囲で上限を8.0質量%とする。好ましくは2.5〜6.0質量%である。
Znは靱性および耐食性を改善する効果があるが1.5質量%程度で効果が飽和する。一方でZnが存在すると素材圧延板の製造において障害となる場合もあるので下限は0%(Znを含まない)とする。好ましくは0〜1.2質量%である。
【0012】
Mnは、0.2質量%未満では耐食性が著しく悪化し、1.0質量%以上では粗大なAl−Mn系化合物が晶出して加工性に悪影響を及ぼす。好ましくは0.2〜0.5質量%である。
上記合金組成を有するマグネシウム合金板は、ASTM表記に依るところのAZ系、AM系合金を含み、安価で入手しやすく、一般的に広く使用されている合金系である。
【0013】
(素材形態)
Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成される原料合金素材を用意する。この原料合金素材を圧延して、板厚が、好ましくは2.5mm以下、さらに好ましくは0.05〜1.5mm、最も好ましくは0.1〜1.0mmの所望の厚さを有する圧延板を製造する。これを本発明の合金板材の原料圧延板として使用する。
原料圧延板の板厚が2.5mmより大きいと本発明の処理効果が弱くなり、R/t<3を達成することが難しくなる。
原料圧延板を製造する際の圧延方法は特に限定されないが、一般的にマグネシウム合金の圧延で行われる温間圧延が望ましい。圧延した材料は生産性を考えると、コイル状に巻き取られていることが望ましいが、シート状でも構わない。
圧延板は押出し板などと比較して、板厚精度、形状、表面性状等に優れる。また、生産性を鑑みると、コイル圧延やタンデム圧延で大量生産が可能な圧延板が非常に有利である。さらに、薄板・広幅材も容易に製造可能で、製造範囲も広い。
このように、本発明の処理に供する素材は圧延板であることを特徴とする。
【0014】
(圧延前熱処理)(焼鈍処理)
本発明のマグネシウム合金板材における冷間成形性の発現は、底面が圧延面に対して傾斜することで成される。底面の傾斜は双晶の導入によって成されるものであり、双晶は粗大な結晶粒ほど生じやすい。一般に、結晶粒径が8μmでは結晶粒内全域で非底面すべりが生じるとされる(小林孝幸ら:日本金属学会誌、67(4)、(2003)、149−152頁)。したがって、双晶導入のためには結晶粒径を少なくとも8μmより粗大化させる必要がある。
そのため、本発明のマグネシウム合金板材を製造するには、圧延前に熱処理を行う必要がある。380℃未満の温度では結晶粒が十分に粗大化せず、420℃以上では著しい表面酸化が生じる。また、十分粗大化を生じさせるには少なくとも5分以上の加熱が必要である。加熱時間の上限は特にないが、生産性の観点から、通常は2時間程度までで十分である。
よって、本発明における圧延前熱処理は380℃〜420℃、好ましくは390℃〜410℃で、5分以上、好ましくは20分〜90分行うことを特徴とする。
圧延前熱処理(焼鈍)は、バッチ式の電気炉、ガス炉等で行うことができるが、コイル材であれば連続熱処理が望ましい。
【0015】
(圧延)
本発明においては、結晶中への双晶導入が重要となる。マグネシウム合金の双晶は温度が低い場合に発生しやすい。また、ロールまたは材料を加熱して圧延を行うと、加熱設備や特殊な潤滑油を必要とし、加熱のための費用増となる。さらに、マグネシウムは高温で酸化しやすいため、表面性状も悪化する。
以上の観点から、本発明では、圧延は冷間(通常は、室温、例えば、10℃〜40℃)で行う。圧下率は3%未満では双晶の導入量が少なく、18%を超えると材料が破壊するおそれがあり、またそれ以上圧下を行っても処理効果は向上しない。
このため、総圧下率は、3〜18%、好ましくは5〜15%、さらに好ましくは10〜12%とする。
【0016】
圧延は室温で行われるため、通常の冷間圧延機が使用可能である。さらに、熱処理により付着した酸化物を然るべき方法で除去し、鏡面状に仕上げた大径ロールを具備するスキンパス圧延機を用いて圧延すれば、該ロール表面を材料に転写することにより、美麗な表面肌を有する材料が得られる。
圧延回数は1回でも良いが、材料中に均一に双晶を導入するためには数回、例えば、2〜4回に分けて圧延を行ったほうが良い。
【0017】
(圧延後熱処理)(焼鈍処理)
圧延時に導入された双晶を、圧延後の熱処理によって再結晶させる。双晶は結晶の向きを大きく変化させるので、これを核として再結晶させれば、底面が圧延面に対して傾斜した結晶が生じる。
圧延後の熱処理温度が、250℃未満では十分な再結晶が生じない。一方420℃以上では著しい表面酸化が生じて肌性状が悪化する。250℃以上でも、十分再結晶させるには1分以上を要する。加熱時間の上限は特にないが、生産性の観点から、通常は1分〜1時間程度で十分である。
よって、本発明における圧延後熱処理は250℃〜420℃、好ましくは280℃〜400℃で1分以上、好ましくは5〜30分行うことを特徴とする。
圧延後熱処理(焼鈍)は、バッチ式の電気炉、ガス炉等で行うことができるが、コイル材であれば連続熱処理が望ましい。
【0018】
こうして得られる本発明のマグネシウム合金板材は、Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成される、冷間圧延されたマグネシウム合金板材であって、最小曲げ半径比率(R/t)が3.0未満、好ましくは2.0未満である。最小曲げ半径比率は、0に近いほど好ましい。
またそのエリクセン値は、好ましくは4.0mm以上、さらに好ましくは6.0mm以上である。エリクセン値は、大きければ大きいほど好ましい。
通常のマグネシウム合金板材を冷間圧延した場合、総圧下率18%程度が限界であるが、本発明で得られたマグネシウム合金板材の冷間における総圧下率(冷間圧延限界)は、好ましくは20%以上、さらに好ましくは35%以上であり、50%に達することもある。
【実施例】
【0019】
(実施例1)
本発明における実施例(試料番号No.1〜9)および比較例(試料番号No.10〜18)の結果を表1に示す。
素材には、No.9を除いて、Alを3質量%、Znを1質量%、Mnを0.3質量%含み、残部がマグネシウムとその他不可避不純物からなる合金(AZ31マグネシウム合金)の温間圧延板を用いた。圧延板より試験片となる小片(6cm×10cm)を採取し、熱処理→冷間圧延(圧延温度20℃)→熱処理の順に処理を行った。熱処理には小型の電気炉を、圧延には実験用の二段圧延機を用いた。
【0020】
サンプルの評価は曲げ試験により行った。
処理したサンプルから曲げ試験片(1.5cm×4cm)を採取し、Vブロックにて90°の角度まで室温で曲げ試験を行った。曲げ性の評価は、割れの発生しない最小の曲げ半径Rを板厚tで除した、最小曲げ半径比率R/tで行った。この値が小さいほど冷間成形性がよいことを示す。
素材を圧延前熱処理しただけのサンプルNo.10のR/tは4.4で、マグネシウム合金板材の冷間曲げで通常得られる値(R/t=4〜5)である。
これに対して、本発明に係る処理を行ったサンプルNo.1〜9では、いずれもR/tは3未満となり、最もよいNo.1の条件では1.6に達しており、冷間成形性が優れていることがわかる。
【0021】
また、一部のサンプルに対しては、エリクセン試験により張出し成形性の評価を行った。エリクセン試験は、JISB7729に規定のエリクセン試験機(半径10mmの球形ポンチ)にてJISZ2247に記載の方法に準じて行った。この値が大きいほど冷間成形性がよいことを示す。
素材を圧延前熱処理しただけのサンプルNo.10のエリクセン値は3.4mmであるが、本発明の処理をしたサンプルNo.1及び5のエリクセン値は、それぞれ、6.6mm及び6.3mmであり、冷間圧延性(張出し成型性)が向上していることがわかる。
【0022】
さらに、作製したサンプルNo.1、5、10、13−15を再度冷間圧延し、板面上にクラックが発生する直前の圧下率を冷間圧延限界として評価した。
素材を圧延前熱処理しただけのサンプルNo.10、圧延前熱処理温度が380℃よりも低いサンプルNo.13及び14、並びに圧延後熱処理温度が250℃よりも低いサンプルNo.15の冷間圧延限界は、それぞれ17.7%、21.4%、22.4%及び20.4%に過ぎないのに対して、本発明の処理をしたサンプルNo.1及び5の冷間圧延限界はそれぞれ50.0%及び49.0%であり、本発明のマグネシウム合金板材の冷間圧延限界は極めて高く冷間圧延性が優れていることがわかる。
【0023】
このように、圧延前熱処理温度または圧延後熱処理温度のどちらかが低い場合(No.11〜No.15)は、十分な処理効果が得られない。また、冷間圧延を温間圧延とした場合(No.16〜No.18)、成形性は向上するが、冷間で処理した場合ほどではない。このことから、稼働費用や設備面を鑑みて圧延工程は温間より冷間の方が優れているといえる。
【0024】
No.1〜No.3は、圧延後熱処理時間が異なる条件である。熱処理時間を1時間から1分にまで減じても、成形性は若干低下するものの、処理の効果は十分得られる。
No.4〜No.6は、冷間圧延の圧下率が異なる条件である。圧下率5%でも成形性は大きく向上し、11.5%でさらに向上する。ただし、それ以上圧下率を増加させても成形性は向上しない。
【0025】
No.1、No.7、No.8は、素材の板厚が異なる条件である。No.7で素材板厚を0.2mmに減じてもNo.1と同等に成形性が向上する。No.8で素材板厚を1.5mmに増した場合も、No.1ほどではないが、成形性は向上する。
【0026】
No.9は、Alを6質量%、Znを1質量%、Mnを0.3質量%含み、残部がマグネシウムとその他不可避不純物からなる合金(AZ61マグネシウム合金)の圧延板材を素材として用いた場合であり、該合金系においても成形性が向上することが確認された。
【0027】
【表1】

【0028】
備考a:AZ61合金
備考b:温間圧延 ロール100℃,材料室温
備考c:温間圧延 ロール100℃,材料100℃
備考d:温間圧延 ロール190℃,材料200℃

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成される、冷間圧延されたマグネシウム合金板材であって、板厚が0.03mm以上2mm以下、最小曲げ半径比率(R/t)が3.0未満であることを特徴とするマグネシウム合金板材。
【請求項2】
エリクセン値が4.0mm以上である請求項1記載のマグネシウム合金板材。
【請求項3】
冷間圧延限界が20%以上である請求項1又は2記載のマグネシウム合金板材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のマグネシウム合金板材の製造方法であって、
Al:2.5〜8.0質量%、Zn:0〜1.5質量%、Mn:0.2〜1.0質量%、残部がマグネシウムおよび不可避不純物から構成されるマグネシウム合金圧延板素材を、380℃〜420℃で5分間以上熱処理した後、圧下率3〜18%で冷間圧延を行い、その後250℃〜420℃で1分以上熱処理を行うことを特徴とする方法。
【請求項5】
素材の板厚が0.05mm〜1.5mmであることを特徴とする請求項4記載のマグネシウム合金板材の製造方法。

【公開番号】特開2012−201928(P2012−201928A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−67859(P2011−67859)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000230869)日本金属株式会社 (29)