説明

冷間鍛造用潤滑剤及び冷間鍛造方法

【課題】極圧耐久性が高く、潤滑耐久性に優れた冷間鍛造用潤滑剤、更には、下地処理を施さない場合であっても優れた耐久性を有する潤滑皮膜を形成し得る冷間鍛造用潤滑剤を提供する。
【解決手段】二硫化モリブデン及び黒鉛を含む冷間鍛造用潤滑剤において、硫化亜鉛を含有することを特徴とする冷間鍛造用潤滑剤。さらにバインダーを含有し、配合比が、二硫化モリブデン45〜65重量%、黒鉛5〜30重量%、硫化亜鉛10〜20重量%、バインダー10〜20重量%であることが好ましい。この冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させて冷間鍛造することを特徴とする冷間鍛造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は冷間鍛造用潤滑剤と、この冷間鍛造用潤滑剤を用いた冷間鍛造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼などの高硬度の金属材料を冷間鍛造する場合、金属材料と金型とが焼付(カジリ)を起こし、塑性加工が困難になる現象を防止して、加工性及び加工精度を高めるために、ワーク(被加工物)に潤滑剤を付着させてワーク表面に潤滑剤の皮膜(潤滑皮膜)を形成した後、冷間鍛造することが行われている。
【0003】
このような用途に用いられる潤滑剤として、特開平9−220633号公報には、二硫化モリブデン等の固体潤滑剤が記載されている(同号公報[0053]段落)。同号公報では、冷間鍛造用素材の表面にボンデ処理(リン酸塩皮膜処理)等の化成皮膜形成処理を施した後、固体潤滑剤の皮膜を形成し、冷間鍛造している。
【0004】
特開平11−123489号公報には、等速ジョイント内輪などの温間鍛造を行うに際し、ワークにリン酸塩皮膜を形成した後、二硫化モリブデンと黒鉛とを主成分とする潤滑剤を塗布し、400〜500℃で鍛造することが記載されている(同号公報の[請求項1]、[0011]〜[0013]、[0023]段落等)。
【0005】
特開平6−1994号公報には、KSO等の水溶性無機塩と、二硫化モリブデン及び黒鉛とを含有する冷温間鍛造用潤滑剤が記載されている。
【0006】
なお、上記の化成皮膜形成処理等の下地処理は、潤滑剤の付着性を高めるために施される。
【特許文献1】特開平9−220633号公報
【特許文献2】特開平11−123489号公報
【特許文献3】特開平6−1994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、冷間鍛造用潤滑剤として二硫化モリブデン及び黒鉛を含有するものは公知であるが、より一層の潤滑耐久性が改善された冷間鍛造用潤滑剤の提供が望まれている。
【0008】
また、従来の冷間鍛造用潤滑剤にあっては、一般に、化成処理等の下地処理が必要とされるが、このような下地処理を施すと、その分だけコストが上昇することになる。
【0009】
本発明は、極圧下での耐久性が高く、また、下地処理を施さない場合であっても優れた耐久性を有する潤滑皮膜を形成し得る冷間鍛造用潤滑剤を提供することを目的とする。
【0010】
本発明はまた、この冷間鍛造用潤滑剤を用いた冷間鍛造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明(請求項1)の冷間鍛造用潤滑剤は、二硫化モリブデン及び黒鉛を含む冷間鍛造用潤滑剤において、硫化亜鉛を含有することを特徴とするものである。
【0012】
請求項2の冷間鍛造用潤滑剤は、請求項1において、二硫化モリブデンに対する硫化亜鉛の含有割合が15〜45重量%であることを特徴とするものである。
【0013】
請求項3の冷間鍛造用潤滑剤は、請求項1又は2において、バインダーを含有することを特徴とするものである。
【0014】
請求項4の冷間鍛造用潤滑剤は、請求項2又は3において、配合比が
二硫化モリブデン45〜65重量%
黒鉛5〜30重量%
硫化亜鉛10〜20重量%
バインダー10〜20重量%
であることを特徴とするものである。
【0015】
本発明(請求項5)の冷間鍛造方法は、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させて冷間鍛造することを特徴とするものである。
【0016】
請求項6の冷間鍛造方法は、請求項5において、ワークに下地処理なしに冷間鍛造用潤滑剤を付着させて冷間鍛造することを特徴とするものである。
【0017】
請求項7の冷間鍛造方法は、請求項5又は6において、冷間鍛造用潤滑剤を含む液をワーク表面に付着させて、これを乾燥させることにより、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜をワーク表面に形成し、その後、冷間鍛造を行うことを特徴とするものである。
【0018】
請求項8の冷間鍛造方法は、請求項7において、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜の厚さが0.1〜10μmであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0019】
二硫化モリブデン及び黒鉛に、更に硫化亜鉛を組み合わせて用いた本発明の冷間鍛造用潤滑剤によれば、優れた潤滑耐久性を得ることができる。
【0020】
本発明の冷間鍛造用潤滑剤が潤滑耐久性に優れる理由ないしメカニズムの詳細については明らかではないが、この冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させて冷間鍛造を行う場合、黒鉛だけでなく更に硫化亜鉛を配合したことにより、二硫化モリブデンのワーク表面への付着性が向上するためであると推察される。即ち、二硫化モリブデンのワーク表面への付着性が向上することにより、冷間鍛造によってワークが塑性変形する際に二硫化モリブデン含有皮膜が途切れることが防止される。これにより、二硫化モリブデンの優れた極圧性(耐荷重性)が十分に発揮されるようになる。
【0021】
本発明の冷間鍛造用潤滑剤にあっては、硫化亜鉛による上記効果を有効に発揮させる上で、二硫化モリブデンに対する硫化亜鉛の含有割合は15〜45重量%であることが好ましい(請求項2)。
【0022】
また、本発明の冷間鍛造用潤滑剤は更にバインダーを含有することが好ましく(請求項3)、その場合、各成分の含有割合は、
二硫化モリブデン45〜65重量%
黒鉛5〜30重量%
硫化亜鉛10〜20重量%
バインダー10〜20重量%
であることが好ましい(請求項4)。
【0023】
このような冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させて冷間鍛造する本発明の冷間鍛造方法によれば、ワークに下地処理を行ってから冷間鍛造用潤滑剤を付着させる場合だけでなく、下地処理なしに冷間鍛造用潤滑剤を付着させて冷間鍛造を行った場合でも、優れた潤滑耐久性を得ることができる。
【0024】
本発明の冷間鍛造方法では、例えば、冷間鍛造用潤滑剤を含む液をワーク表面に付着させて、これを乾燥させることにより、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜をワーク表面に形成し、その後、冷間鍛造を行う(請求項7)。この場合、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜の厚さは0.1〜10μmであることが好ましい(請求項8)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に本発明の冷間鍛造用潤滑剤及び冷間鍛造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0026】
[冷間鍛造用潤滑剤]
本発明の冷間鍛造用潤滑剤は、二硫化モリブデン、黒鉛及び硫化亜鉛を含み、通常は、さらに、これらの粉体成分を結合して皮膜形成性を得るためのバインダーを含む。
【0027】
<二硫化モリブデン>
二硫化モリブデンは、潤滑皮膜の潤滑成分の主体をなすものである。二硫化モリブデンとしては、平均粒径0.1〜30μm程度のものであれば用いることができるが、この範囲の中でも1〜10μm程度のものが好適である。
【0028】
<黒鉛>
黒鉛は、それ自体が潤滑成分として機能すると共に、二硫化モリブデンのワーク表面への付着性、延性等を高める機能を発揮するものである。黒鉛には様々な粒径のものが提供されているが、本発明の実験結果では、粒径の大小による潤滑耐久性の差異はそれ程ないことが認められた。黒鉛としては、平均粒径0.5〜30μm程度のものであれば用いることができるが、この範囲の中でも1〜10μm程度のものが好適である。
【0029】
<硫化亜鉛>
硫化亜鉛は、潤滑成分である二硫化モリブデンや黒鉛とのなじみがよく、また、ワークを構成する金属材料への付着性に優れ、かつワーク表面での延性に優れる。このため、硫化亜鉛を配合することにより二硫化モリブデン及び黒鉛のワーク表面への付着性を高め、ワーク表面に形成された潤滑皮膜の、塑性変形するワークへの追従性を高めることができ、この結果、塑性加工中の潤滑皮膜の膜切れを防止して、極圧下における二硫化モリブデン、更には黒鉛による潤滑機能を十分に発揮させることができる。
【0030】
硫化亜鉛としては平均粒径0.1〜20μm程度のものであれば用いることができるが、この範囲の中でも0.1〜10μm程度のものが好適である。
【0031】
<バインダー>
本発明の冷間鍛造用潤滑剤は、潤滑皮膜のワーク表面への付着性、耐久性を高めると共に、皮膜形成性を高めるために、更にバインダーを含むことが好ましい。
【0032】
バインダーとしては、有機バインダーと通称される樹脂バインダーのほか、無機バインダーと通称される加水分解性有機金属化合物などを用いることができ、これらの複合バインダー(有機・無機ハイブリットバインダー)であっても良い。
【0033】
樹脂バインダーとしては、アクリル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂、メラミン樹脂、アルキッド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)等を用いることができる。これらの樹脂バインダーは1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0034】
有機金属バインダーとしては、下記式(1)又は(2)で表される金属アルコキシドが挙げられ、このうち、特に、加水分解縮合により無定形酸化チタン縮合物を生じさせるチタンアルコキシドや、加水分解縮合により無定形シリカ縮合物を生じさせる珪素アルコキシドなどが好ましい。
【0035】
M …(1)
(1)式中、Aは、炭素数1〜8、好ましくは1〜4のアルコキシ基を示し、Mは、Si、Ti、Zr、Fe、Cu、Sn、B、Al、Ge、Ce、TaおよびW等からなる群、好ましくはSi、TiおよびZrからなる群から選択される金属元素を示し、pは2〜6の整数を示す。
【0036】
M(R’X) …(2)
(2)式中、Rは、水素又は炭素数1〜12、好ましくは1〜5のアルキル基又はフェニル基を示し、Aは、炭素数1〜8、好ましくは1〜4のアルコキシ基を示し、Mは、Si、Ti、Zr、Fe、Cu、Sn、B、Al、Ge、Ce、TaおよびW等からなる群、好ましくはSi、TiおよびZrからなる群から選択される金属元素を示し、R’は炭素数1〜4、好ましくは2〜4のアルキレン基又はアルキリデン基を示し、Xはイソシアネート基、エポキシ基、カルボキシル基、酸ハロゲン化物基、酸無水物基、アミノ基、チオール基、ビニル基、メタクリル基、ハロゲン基等の一般的な官能基を示し、kは0〜5の整数、lは1〜5の整数、mは0又は1、nは0〜5の整数を示す。
【0037】
このような金属アルコキシドとしては、具体的には、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラブトキシシラン等のテトラアルコキシシラン類;テトラn−プロポキシチタン、テトライソプロポキシチタン、テトラブトキシチタン等のテトラアルコキシチタン類;テトラ−n−プロポキシジルコニウム、テトライソプロポキシジルコニウム、テトラ−n−ブトキシジルコニウム等のテトラアルコキシジルコニウム類;ジメトキシ銅、ジエトキシバリウム、トリメトキシホウ素、トリエトキシガリウム、トリブトキシアルミニウム、テトラエトキシゲルマニウム、テトラブトキシ鉛、ペンタ−n−プロポキシタンタル、ヘキサエトキシタングステン等の金属アルコキシド類が挙げられる。これらは1種を単独で用いても良く、2種を併用しても良い。
【0038】
これらの金属アルコキシドを配合することにより、潤滑剤がワーク表面に付着された後、これらの金属アルコキシドが空気中の水分によって加水分解縮合して固形膜状となる。
【0039】
無機バインダーとしては、その他、セラミック系のバインダーを用いることもできる。
【0040】
バインダーとしては、樹脂バインダーの中でも、耐熱性に優れる点ではポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂などが好ましい。また、チタン系、シリコン系等の金属アルコキシドバインダーは、耐熱性に優れると共に、熱による軟化の問題のない点において好ましい。
【0041】
<配合割合>
本発明において、二硫化モリブデン、黒鉛、硫化亜鉛及びバインダーの配合割合は、
二硫化モリブデン45〜65重量%、特に50〜60重量%
黒鉛5〜30重量%、特に10〜20重量%
硫化亜鉛10〜20重量%、特に13〜18重量%
バインダー10〜20重量%、特に13〜18重量%
とすることが好ましい。
【0042】
この範囲よりも二硫化モリブデンが少ないと、二硫化モリブデンによる良好な潤滑性を得ることができず、多いと、相対的に他の成分の配合割合が少なくなる。
【0043】
また、この範囲よりも黒鉛が少ないと、黒鉛による良好な潤滑性、二硫化モリブデンの付着性向上効果を得ることができず、多いと、相対的に他の成分の配合割合が少なくなる。
【0044】
また、この範囲よりも硫化亜鉛が少ないと、硫化亜鉛を配合したことによる本発明の効果を十分に得ることができず、多いと、相対的に他の成分の配合割合が少なくなる。
【0045】
また、この範囲よりもバインダーが少ないと、バインダーによる良好な配合成分の結着性、皮膜形成性を得ることができず、多いと、相対的に他の成分の配合割合が少なくなる。
【0046】
なお、ここで冷間鍛造用潤滑剤中の各成分の配合割合とは、冷間鍛造用潤滑剤中の全固形分に対する配合割合であり、後述の溶剤成分は含まれない。従って、この配合割合は、ワーク表面に形成される潤滑皮膜の成分配合にほぼ等しいものとなる。
【0047】
また、黒鉛の配合効果を得る上で、二硫化モリブデンと黒鉛との割合は、重量比で二硫化モリブデン:黒鉛=8:2〜9:1であることが好ましい。
【0048】
また、硫化亜鉛の配合効果を十分に得る上で、硫化亜鉛の含有量は二硫化モリブデンの含有量に対して15〜45重量%であることが好ましく、硫化亜鉛の含有量は黒鉛の含有量に対して50〜150重量%であることが好ましい。
【0049】
<潤滑塗料>
本発明の冷間鍛造用潤滑剤をワークに適用するには、上述の潤滑剤成分を適当な溶剤に溶解ないし分散させて潤滑塗料を調製し、これをワークに付着させる。
【0050】
この潤滑塗料を調製するための溶剤としては特に制限はなく、バインダー成分の溶解性に優れ、また、二硫化モリブデン等の粉体成分を均一に分散させることができるものであれば良い。
【0051】
具体的には、ベンゼン、トルエン、n−ヘキサン等の炭化水素系溶剤、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素系溶剤;テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル等のエーテル系溶剤;プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等のグリコールエステル系溶剤;アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶剤;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶剤;メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール等のアルコール系溶剤等が挙げられ、これらは1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0052】
潤滑塗料は、これらの溶剤の1種又は2種以上を用いて、通常、固形分濃度が10〜50重量%程度となるように調製される。潤滑塗料の固形分濃度が高過ぎると潤滑塗料の取り扱い性が悪く、また、配合成分の均一分散性を十分に得ることができず、固形分濃度が低過ぎるとワークに潤滑塗料を付着させた後の乾燥に時間を要するようになる。
【0053】
潤滑塗料は、二硫化モリブデン、黒鉛、硫化亜鉛及びバインダーと溶剤とを、ボールミル、ビーズミル等を用いて均一に混合することにより調製することができる。
【0054】
[冷間鍛造方法]
本発明の冷間鍛造方法は、上述の冷間鍛造用潤滑剤をワーク表面に付着させて冷間鍛造を行うものである。
【0055】
本発明の冷間鍛造方法において、本発明の冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させる方法としては特に制限はなく、前述の潤滑塗料中にワークを浸漬する方法、潤滑塗料をワーク表面に流し掛ける方法、潤滑塗料をワーク表面に噴霧する方法などが挙げられる。いずれの場合も、潤滑塗料は粉体成分を含む分散液であるため、適宜攪拌したり振動を付与するなどして、粉対成分の均一分散性を保った状態でワークに付着させることが好ましい。
【0056】
潤滑塗料をワーク表面に付着させた後は、潤滑塗料の塗膜を乾燥させて、本発明の冷間鍛造用潤滑剤による潤滑皮膜を形成する。塗膜の乾燥方法には特に制限はない。
【0057】
このようにしてワーク表面に形成される潤滑皮膜の厚さは、薄過ぎると十分な潤滑性能を得ることができず、厚すぎるとコスト高となることから、0.1〜10μm、特に1〜5μm程度とすることが好ましい。
【0058】
このようにしてワーク表面に潤滑皮膜を形成した後、冷間鍛造を行う。
【0059】
なお、本発明では、このような潤滑皮膜の形成に先立ち、ワークの下地処理を行っても良い。この下地処理としては、前述のリン酸塩皮膜形成処理等の化成処理や、シュウ酸処理、ケイ酸塩処理、硫酸塩処理、ホウ酸塩処理、石灰石鹸処理のような、通常、潤滑皮膜形成に先立ち施されている下地処理をいずれも採用することができる。ただし、本発明の冷間鍛造用潤滑剤によれば、このような下地処理を施さずに良好な特性を有した潤滑皮膜を形成することができることから、本発明の冷間鍛造方法にあっては、下地処理なしにワーク表面に潤滑皮膜を形成することが好ましい。
【0060】
このような本発明の冷間鍛造方法が適用されるワークの材質としては特に制限はなく、本発明は各種の鋼材、ステンレス材、アルミ材等の冷間鍛造に好適に適用される。
【実施例】
【0061】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0062】
なお、実施例1〜10及び比較例1において、潤滑塗料の調製に用いた原料成分は次の通りである。
【0063】
二硫化モリブデン:天然鉱石粉砕物 平均粒径5μm
黒鉛A:平均粒径6μm
黒鉛B:平均粒径4μm
硫化亜鉛:平均粒径0.4μm
アクリル樹脂:三菱レーヨン(株)製「ダイヤナール JR−2834」
チタンアルコキシド:日本曹達(株)製「B−10」
(テトラ−n−ブトキシチタン)
酢酸ブチル、トルエン、プロピレングリコールモメチルエーテルアセテート(PGM−AC)、n−ヘキサンについては試薬を用いた。
【0064】
また、潤滑耐久性試験は以下の方法により行った。
【0065】
[潤滑耐久性試験]
下記の試験機を用い、下記の条件で、潤滑皮膜を形成した円板形ワーク(直径20mm、厚さ2mm、SUS304製)の表面の摺動試験を行い、金属同士の接触によるカジリの発生に到る摺動(往復)回数を耐久回数として計測した。耐久回数は3〜4回の試験の平均値で表記した。潤滑剤耐久性の確保のためには、この値が3000回以上であることが好ましい。
【0066】
<試験機>
新東科学(株)製摩擦摩耗試験機「トライボギア HHS3000」
【0067】
<試験条件>
荷重:8kg
温度:25℃
摺動ストローク距離:5mm
摺動速度:300mm/min
相手材:SUJ−2鋼球(直径5mm)
【0068】
実施例1〜10、比較例1
表1に示す潤滑塗料配合で原料成分をボールミルで十分に均一分散処理して、潤滑塗料を調製した。なお、比較例1は硫化亜鉛を配合しない二硫化モリブデン−黒鉛2成分潤滑剤である。
【0069】
得られた潤滑塗料内にワークを浸漬した後、ワークを引き上げ、常温にて乾燥させた。これにより、ワーク表面全体に、平均厚さ2μmの均一な潤滑皮膜が形成された。
【0070】
形成された潤滑皮膜の成分割合(潤滑塗料配合より計算により求めた値)と、耐久回数を表1に示した。
【0071】
【表1】

【0072】
比較例2〜4
硫化亜鉛の代わりに硫化スズ(比較例2)、二硫化タングステン(比較例3)、又は酸化ビスマス(比較例4)を用い、表2に示す塗料配合割合としたこと以外は、実施例1〜10と同様にして厚さ約2μmの潤滑皮膜をワークに形成し、同様にして耐久回数を測定し、結果を表2に示した。
【0073】
【表2】

【0074】
表1,2より、二硫化モリブデン及び黒鉛に更に硫化亜鉛を配合した本発明の冷間鍛造用潤滑剤は、潤滑耐久性に優れることが認められる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二硫化モリブデン及び黒鉛を含む冷間鍛造用潤滑剤において、硫化亜鉛を含有することを特徴とする冷間鍛造用潤滑剤。
【請求項2】
請求項1において、二硫化モリブデンに対する硫化亜鉛の含有割合が15〜45重量%であることを特徴とする冷間鍛造用潤滑剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、バインダーを含有することを特徴とする冷間鍛造用潤滑剤。
【請求項4】
請求項2又は3において、配合比が
二硫化モリブデン45〜65重量%
黒鉛5〜30重量%
硫化亜鉛10〜20重量%
バインダー10〜20重量%
であることを特徴とする冷間鍛造用潤滑剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の冷間鍛造用潤滑剤をワークに付着させて冷間鍛造することを特徴とする冷間鍛造方法。
【請求項6】
請求項5において、ワークに下地処理なしに冷間鍛造用潤滑剤を付着させて冷間鍛造することを特徴とする冷間鍛造方法。
【請求項7】
請求項5又は6において、冷間鍛造用潤滑剤を含む液をワーク表面に付着させて、これを乾燥させることにより、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜をワーク表面に形成し、その後、冷間鍛造を行うことを特徴とする冷間鍛造方法。
【請求項8】
請求項7において、冷間鍛造用潤滑剤の皮膜の厚さが0.1〜10μmであることを特徴とする冷間鍛造方法。

【公開番号】特開2009−292968(P2009−292968A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−149433(P2008−149433)
【出願日】平成20年6月6日(2008.6.6)
【出願人】(592065058)エスティーティー株式会社 (14)
【Fターム(参考)】