説明

凍結乾燥製剤及びその製造方法

【課題】活性成分の分解抑制と良好な保存安定性を兼ね備えたドセタキセルの凍結乾燥製剤及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、脂肪酸と、賦形剤と、を含む水中油型乳化物の凍結乾燥製剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結乾燥製剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品分野において創製される薬剤は分子量が大きく、化学構造も複雑化する傾向がある。このような、水にも油にもほとんど溶解しない薬物、いわゆる難溶性薬物を非経口投与可能な製剤とすることは、極めて重要な課題となっている。このような難溶性薬物のひとつとして、例えば、癌化学療法において広範に使用されているタキサン系薬物のドセタキセルが挙げられる。現在市販されているタキサン系薬物は溶液を注射または点滴により投与する場合、ポリソルベートやポリオキシエチル化ひまし油のような非イオン系界面活性剤、およびエタノールを用いて可溶化している。しかしながら、これらの可溶化剤の使用には、過敏症などの副作用が懸念されている。
このため、タキサン系薬物、ならびにその他の難溶性薬物を、可溶化剤を使用することなく、安全に非経口投与するため、多くの技術が提案されている。特に、費用効率が高く、且つ、投与が容易な乳化製剤が、難水溶性薬物を非経口投与可能とする製剤形態として注目されている。
このようなドセタキセルを、例えば、特許文献1では、所定のリン脂質や脂肪酸を安定化剤として含有し、酸性領域で安定に可溶化した脂肪乳剤を開示している。
【0003】
しかしながら、ドセタキセルなどのタキサン系薬剤は、乳化製剤の形態では不安定であることが知られている。例えばドセタキセルでは分解して異性化体(7−エピ-ドセタキセル)が生成される。このような分解を抑制するために、例えば、特許文献2では、ポリソルベート80と、分解阻害剤としてクエン酸などの酸を用いた医薬組成物が開示されている。
【0004】
一方で、薬剤の長期保存性を高めるために、凍結乾燥技術により得られた凍結乾燥製剤が種々開発されている。
例えば、特許文献3には、タキソイド薬物と所定の界面活性剤とを含み、更にスクロース等の賦形剤を含む凍結乾燥組成物が開示されている。
また、特許文献4には、タキサン類と、ポロキサマーなどの表面活性剤と、クエン酸などの酸と、マンニトール等の凍結乾燥賦形剤とを含有する凍結乾燥組成物が開示されている。
特許文献5には、油脂を使用せずに、ドセタキセル等のタキサン系治療剤と、特定の不飽和リン脂質と負電荷リン脂質とを含み、凍結乾燥製剤として使用可能な製薬学的組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/065676号パンフレット
【特許文献2】特表2009−524700号公報
【特許文献3】米国特許出願第2003/0099674号明細書
【特許文献4】特表2009−523771号公報
【特許文献5】特表平9−512261号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ドセタキセルを含有する脂肪乳剤において分解阻害剤として酸を用いると、凍結乾燥製剤として長期間保存した後に水に再分散させたときに、得られた乳化物における乳化粒子の粗大化が生じることがある。また、上述したドセタキセルなどのタキサン系活性成分を含む凍結乾燥製剤では、長期保存した場合にタキサン系活性成分の分解抑制としては改善の余地がある。
従って本発明は、活性成分の分解抑制と良好な保存安定性を兼ね備えたタキサン系活性成分の凍結乾燥製剤及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
[1] ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、脂肪酸と、賦形剤と、を含む水中油型乳化物の凍結乾燥製剤。
[2] 前記タキサン系活性成分がドセタキセルである[1]に記載の凍結乾燥製剤。
[3] 前記脂肪酸が、炭素数10以上22以下の脂肪酸である[1]又は[2]に記載の凍結乾燥製剤。
[4] 前記脂肪酸の含有量が、凍結乾燥製剤の全質量に対して0.1w/w%〜5.0w/w%である[1]〜[3]のいずれかに記載の凍結乾燥製剤。
[5] 前記賦形剤が二糖類である[1]〜[4]のいずれかに記載の凍結乾燥製剤。
[6] 前記賦形剤がスクロース及びマルトースの少なくとも一方である[1]〜[5]のいずれかに記載の凍結乾燥製剤。
[7] 前記リン脂質がレシチンである[1]〜[6]のいずれかに記載の凍結乾燥製剤。
[8] ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、賦形剤と、脂肪酸と、水と、を含む水中油型乳化物。
[9] 前記タキサン系活性成分、前記油性成分、前記界面活性剤成分、及び前記脂肪酸を少なくとも含む油相成分を有機溶媒に溶解して、油相を調製すること、前記賦形剤を含む水相を調製すること、前記油相と、前記水相とを混合して、水中油型乳化物を調製すること、前記水中油型乳化物を調製する前又は後の油相を、該油相の質量に対して10w/w%未満にまで脱溶媒すること、前記水中油型乳化物を凍結乾燥すること、を含む[1]記載の凍結乾燥製剤の製造方法。
[10] 前記有機溶媒が水溶性有機溶媒である[9]に記載の製造方法。
[11] 前記凍結乾燥前の前記水中油型乳化物のpHが7未満である[9]又は[10]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば活性成分の分解抑制と良好な保存安定性を兼ね備えたタキサン系活性成分の凍結乾燥製剤及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の凍結乾燥製剤は、ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、脂肪酸と、賦形剤と、を含む水中油型乳化物の凍結乾燥製剤である。
本発明によれば、ドセタキセル及びその誘導体から選択されるタキサン系活性成分を、脂肪酸及び賦形剤と共に含む凍結乾燥製剤とするので、凍結乾燥製剤として保存した後でも、水に再分散させて得られた水中油型乳化物の乳化粒子が安定であると共に、タキサン系活性成分の分解を高度に抑制することができる。
【0010】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても本工程の所期の作用が達成されれば、本用語に含まれる。
また、本発明において「〜」を用いて示された数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
また、本発明において、組成物中の各成分の量について言及する場合、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0011】
本発明において、例えば本発明のエマルション組成物を構成する各成分の配合量(濃度)について用いられる「w/v%」は、全組成物の容積(容量)100mLに対する各成分の質量(g)の100分率(下記式1a)を意味する。組成物の全容量に対する質量で表現する場合も、特に断らない限り、同様に、全組成物の容積(容量)100mLに対する各成分質量(g)を意味する。例えば、組成物100mL中に1.0gの質量で配合される成分の配合量は「1.0w/v%」と表記される。
また、本発明において、例えば本発明のエマルション組成物を構成する各成分の配合量(濃度)について用いられる「w/w%」は、当該成分の質量(g)の、基準となる物質の質量(g)の100分率(下記式1b)を意味する。
式1a:[各成分質量(g)/全組成物の容積(容量)100mL]×100(%)
式1b:[当該成分の質量(g)/基準となる物質の質量(g)]×100(%)
以下、本発明について説明する。
【0012】
<凍結乾燥製剤>
本発明にかかる凍結乾燥製剤は、ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、脂肪酸と、賦形剤と、を含む水中油型乳化物を、凍結乾燥処理することにより得られる凍結乾燥製剤である。
また、前記凍結乾燥製剤を水に再分散して得られる水中油型乳化物は、ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、脂肪酸と、賦形剤と、水と、を含む水中油型乳化物である。なお、本発明にかかる水中油型乳化物は、凍結乾燥前後を問わず、上記構成の水中油型乳化物を包含する。
以下、凍結乾燥製剤及び水中油型乳化物を構成する各成分について説明する。
【0013】
[タキサン系活性成分]
本発明におけるタキサン系活性成分は、ドセタキセル及びその誘導体から選択された少なくとも1種である。
ドセタキセル(docetaxel)は、タキサン系抗ガン剤として知られる難溶性薬物である。ドセタキセルの誘導体の例としては、特許第3950993号公報に記載されており、さらにWO92/09589、WO93/06093、EP534708、EP558959及びFR2697019に記載される方法に従いまたは準じて得ることができる。これらのタキサン系活性成分は、通常単独で用いられるが、2種以上を混合して用いることを排除するものではない。
本発明にかかる凍結乾燥製剤において前記タキサン系活性成分は、一般には、凍結乾燥製剤の全質量に対して0.1w/w%〜5w/w%で存在することができ、さらに好ましくは0.5w/w%〜2w/w%の量となる範囲で存在することができる。また、再分散時の水中油型乳化物における含有量は水中油型乳化物の全質量に対して0.01w/v%〜1.0w/v%が好ましい。
なお、「再分散時」とは、凍結乾燥製剤を所定量の水性媒体で再分散した段階のことを言い、この再分散して得られた水中油型乳化物は、点滴投与等の使用時のためにさらに点滴溶液などの他の溶液中に希釈されてもよい。
【0014】
[油性成分]
本発明における油性成分は、当該油性成分の全質量に対して中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する。80w/w%を超え100w/w%以下の割合で中鎖脂肪酸トリグリセリドを含有することによって、前記タキサン系活性成分を高含有量で溶解し、前記凍結乾燥製剤における油性成分中に安定して内包することができる。また、中鎖脂肪酸トリグリセリドの油性成分中の含有量は、凍結乾燥製剤中の油性成分濃度を更に高め、かつ凍結乾燥製剤と水とにより得られる水中油型乳化物における油滴の微細化を促進し、安定性を向上させるため、90w/w%以上100w/w%以下とすることがより好ましい。
【0015】
本発明において「油性成分」とは、約37℃で液体であり、注射可能な製剤中で薬理学的に許容可能であり、水中油型乳化物としたときに油相を構成し得る成分を広く意味する。本発明のおけるこのような油性成分としては、例えば、中鎖脂肪酸トリグリセリド;植物油(即ち天然のトリグリセリド)、化学合成トリグリセリド、若しくは動物性油脂などの長鎖脂肪酸トリグリセリド;鉱油;合成油;精油;エステル油など、又はこれらの混合物が挙げられる。ただし、本発明における油性成分には、タキサン系活性成分、脂肪酸、及び界面活性剤成分は含まれない。
【0016】
本発明において、中鎖脂肪酸トリグリセリドとは、含有するトリグリセリドを構成する脂肪酸鎖の平均炭素数が6以上12以下の油脂を意味する。中鎖脂肪酸トリグリセリドにおける脂肪酸の平均炭素数とは、中鎖脂肪酸トリグリセリドに含まれるトリグリセリドを構成する脂肪酸鎖(本明細書中では「構成脂肪酸」ということがある)の炭素数(例えば、カプリル酸であれば8、カプリン酸であれば10)を構成脂肪酸の組成比によって加重平均したものである。
【0017】
本発明に使用する中鎖脂肪酸トリグリセリドは、構成脂肪酸鎖の平均炭素数が上述した範囲内であれば、構成脂肪酸に特に制限はなく、例えば炭素数が6以上12以下の脂肪酸を挙げることができ、これらの脂肪酸は飽和又は不飽和であってもよい。好ましくは、主として炭素数6以上12以下の飽和脂肪酸のトリグリセリドで構成されたものである。また、天然植物油由来のものであってもよく、合成脂肪酸のトリグリセリドであってもよい。これらを単独で又は2種以上を組み合わせて使用してよい。また、中鎖脂肪酸トリグリセリドは、構成脂肪酸鎖の平均炭素数が上述した範囲内であれば、1種単独で用いられてもよく、構成脂肪酸鎖の平均炭素数が異なる2種以上の中鎖脂肪酸トリグリセリドの混合物であってもよい。2種以上の中鎖脂肪酸トリグリセリドを混合する場合には、中鎖脂肪酸トリグリセリドの混合物の全体として、構成脂肪酸の平均炭素数が上述した範囲内になればよい。
【0018】
本発明に使用可能な中鎖脂肪酸トリグリセリドとしては、例えば、「医薬品添加物規格2003(薬事日報社)」の「中鎖脂肪酸トリグリセリド」の規格に適合するものを挙げることができる。本発明では、SASOL GmbH(独国)のミグリオール812、ミグリオール810、花王のココナードMT、ココナードRKなどが中鎖脂肪酸トリグリセリドとして好適に用いられる。またこの他の低融点中鎖脂肪酸トリグリセリドも、本発明において使用することができる。
【0019】
中鎖脂肪酸トリグリセリド以外と併用可能な油性成分としては、特に限定されないが、植物油が好ましい。植物油とは、植物の種子または堅果由来の油分(長鎖脂肪酸トリグリセリド)を意味し、例えば、アーモンド油、ルリヂサ油、クロフサスグリ種子油、ヒマシ油、トウモロコシ油、ベニバナ油、ダイズ油、ゴマ油、綿実油、ピーナッツ油、オリーブ油、ナタネ油、ココナツ油、ヤシ油、またはカノーラ油などを含むが、これらに限定されるものではない。なお、本発明において長鎖脂肪酸トリグリセリドとは、当該長鎖脂肪酸トリグリセリドに含有されるトリグリセリドを構成する脂肪酸鎖の平均炭素数が、12より大きい油脂を意味する。脂肪酸鎖を構成する脂肪酸は飽和脂肪酸であっても不飽和脂肪酸であってもよい。
【0020】
また、動物性脂肪も、本発明の効果に影響しない範囲で用いることができる。動物性脂肪とは、動物給源由来の油分を意味する。これは、トリグリセリドも含むが、3種の脂肪酸鎖の長さ及び不飽和結合は、植物油と比べて変動する。室温で固形である給源由来の動物性脂肪(獣脂、ラードなど)を使用する場合には、それらを液体とするよう処理した上で、使用することが好ましい。
【0021】
本発明にかかる凍結乾燥製剤において油性成分の含有量は、乳化粒子の粗大化抑制の観点から、凍結乾燥製剤の全質量の5〜50w/w%とすることができ、15〜35w/w%とすることが好ましい。
タキサン系活性成分を多量に含有し、かつ凍結乾燥製剤としての保存安定性および乳化粒子作製時の微細化の観点から、好適な油性成分濃度としては、前記凍結乾燥を行う前の水中油型乳化物の全容量の2〜25w/v%であり、更に好ましい範囲としては、4〜15w/w%である。水中油型乳化物中に占める油性成分の割合を高くすることで、比例して凍結乾燥製剤中の薬物濃度を高めることができるため、凍結乾燥製剤を水再分散して得られた水中油型乳化物を用いた場合に、点滴時間を短くすることできるなどの利点がある。
【0022】
本発明にかかる凍結乾燥製剤又は水中油型乳化物における油性成分の含有量は、タキサン系活性成分に対して、10倍〜100倍質量であることが好ましく、20倍〜60倍がさらに好ましい。
【0023】
[界面活性剤成分]
本発明における界面活性剤成分は、当該界面活性剤成分の全質量に対して50w/w%以上100w/w%以下の割合でリン脂質を含有する。界面活性剤成分中のリン脂質の割合が50w/w%未満では、前記凍結乾燥製剤の安定性及び安全性が充分とは言えない。前記凍結乾燥製剤の安定性及び安全性、また前記凍結乾燥製剤と水から得られた水中油型乳化物の粘度の観点から、界面活性剤成分中のリン脂質の割合は、80w/w%以上100w/w%以下であることが好ましく、90w/w%以上100w/w%以下であることが更に好ましく、100w/w%、即ち界面活性剤としてリン脂質のみを用いることが最も好ましい。
【0024】
本発明におけるリン脂質には、純粋なリン脂質または2種もしくはそれ以上のリン脂質の混合物を含む。「リン脂質」は、2個の脂肪酸および1個のリン酸イオンを伴うグリセロールのトリエステルを意味する。本発明において有用なリン脂質の例は、ホスファチジルコリン、レシチン(コリンエステルのリン酸化されたジアシルグリセリドとの混合)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルグリセロール、約4〜約22個の炭素原子、より一般には約10〜約18個の炭素原子を有しおよび飽和度が変動するホスファチジン酸を含むが、これらに限定されるものではない。また、上記リン脂質に対しポリエチレングリコール(PEG)が結合した、PEG−リン脂質を含んでもよい。
【0025】
本発明においては、合成のレシチンを使用することもできるが、天然起源のリン脂質が好ましい。天然のリン脂質は、ダイズレシチン、卵レシチン、水素化されたダイズレシチン、水素化された卵レシチン、スフィンゴシン、ガングリオシド、およびフィトスフィンゴシンならびにそれらの組合せを含み、安全性及び組成物の安定性の観点から、レシチンが好ましく、特に卵レシチンが好ましい。
【0026】
天然のレシチンは、一般にホスファチジルコリンと称されるリン酸のコリンエステルへ連結された、ステアリン酸、パルミチン酸およびオレイン酸のジグリセリドの混合物であり、ならびに卵およびダイズ豆のような様々な供給源から得ることができる。ダイズレシチンおよび卵レシチン(これらの化合物の水素化された形を含む)は、安全性に関する長い歴史を有し、乳化および可溶化の組合せられた特性を有し、ならびにほとんどの合成界面活性剤よりもより迅速に無害物質へ代謝される傾向がある。市販されているダイズリン脂質は、Central Soyaから市場に出され販売されているCentrophaseおよびCentrolex製品、Phospholipid GmbH(独国)からのPhospholipon、Lipoid GmbH(独国)によるLipoid、およびDegussaによるEPIKURONがある。また市販されている卵黄レシチンには、キューピーPL−100M、PC−98Nなどがある。
【0027】
水素化されたレシチンとは、レシチンを構成する脂肪鎖中の不飽和二重結合の一部、または全部が水素添加された製品である。これも本発明において使用することができる。
【0028】
本発明における界面活性剤成分として使用可能なその他の界面活性剤としては、プロピレングリコールモノ−およびジ−脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンコポリマーおよびブロックコポリマー、脂肪族アルコール硫酸塩、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリエチレン−グリコールグリセロールエーテルのエステル、油およびワックスベースの界面活性剤、グリセロールモノステアレート、グリセリンソルビタン脂肪酸エステルを含むが、これらに限定されるものではない。
【0029】
前記界面活性剤成分は、前記凍結乾燥製剤の安定性を保持し、再分散時の水中油型乳化物の粘度を注射剤として適切な範囲にすると共に、安定性を保持し、かつ十分な油性成分量を達成するために、油性成分の全質量に対する界面活性剤成分の質量が100w/w%以下であることが好ましく、1w/w%〜100w/w%であることがより好ましく、また更に好ましくは、10w/w%〜90w/w%であり、さらにより好ましくは、25w/w%〜80w/w%である。
【0030】
[脂肪酸]
本発明における凍結乾燥製剤は、脂肪酸を含む。これにより、組成物としての良好な保存安定性を示すと共に、前記タキサン系活性成分の分解を効果的に抑制することができる。本発明における脂肪酸は、脂肪酸塩として用いてもよい。本発明における凍結乾燥製剤は、少なくとも一種の脂肪酸成分を含むことができ、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0031】
本発明における脂肪酸としては、タキサン系活性成分の分解抑制の観点から、炭素数が10以上22以下の脂肪酸であることが好ましい。このような脂肪酸の例としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸等が挙げられる。
また、前記脂肪酸を脂肪酸塩として含む場合には、ナトリウム、カリウム等の金属塩や、L−アルギニン、L−ヒスチジン、L−リジン等の塩基性アミノ酸塩、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン塩等との塩としてもよい。塩の種類は、用いられる脂肪酸の種類等により適宜選択されるが、溶解性及び分散液の安定性の観点から、ナトリウムなどの金属塩が好ましい。
これらの脂肪酸の中でも、タキサン系活性成分の保存安定性の観点から、塩の形態を採らない脂肪酸であることが好ましく、オレイン酸であることが更に好ましい。
【0032】
前記凍結乾燥製剤における脂肪酸の含有量は、タキサン系活性成分の分解抑制、組成物の安定性及び乳化粒子の微細化の観点から、凍結乾燥製剤の全質量に対して0.1w/w%〜5.0w/w%であることが好ましく、0.25w/w%〜1.5w/w%であることがより好ましい。
なお、脂肪酸の再分散時の水中油型乳化物における含有量は、組成物の安定性及び乳化粒子の微細化の観点から、水中油型乳化物の全質量の0.05w/w%〜5.0w/w%であることが好ましく、0.1w/w%〜1.0w/w%であることがより好ましい。
【0033】
また、前記脂肪酸は、タキサン系活性成分の分解抑制及び組成物の安定性の観点から、タキサン系活性成分の全質量に対して25w/w%〜150w/w%とすることが好ましく、50w/w%〜100w/w%とすることがより好ましい。前記脂肪酸の含有量が、25w/w%以上であれば、ドセタキセルの分解をより効果的に抑制することができ、一方、150w/w%以下であれば、乳化粒子を十分に微細化することができる。
【0034】
[賦形剤]
本発明にかかる凍結乾燥製剤は、賦形剤を含有する。本賦形剤は、水中油型乳化物を構成する水相に含まれる水相成分に該当する。本発明における賦形剤としては、ポリオール、単糖、二糖、多糖、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、および親水性ポリマー、またはそれらの混合物を含む。
【0035】
前記賦形剤の例としては、再分散時の粒子径粗大化抑制および凍結乾燥製剤の安定性および安全性の観点から好ましくは、グルコース、マンノース、フルクトース、リボース、キシロース、アラビノース、ガラクトースなどの単糖類;マルトース、イソマルトース、セロビオース、ラクトース、スクロース、トレハロース、及びマルトトリオース等の二糖類;並びに、デキストランなどの多糖類などが挙げられる。これらの賦形剤は1種を単独で使用してもよく、2種以上を混合して使用してもよい。
中でも、乳化粒子の粗大化の抑制の観点から、二糖類であることが好ましく、スクロース及びマルトースの少なくとも一方であることが更に好ましい。
【0036】
前記賦形剤の含有量は、油性成分の全質量に対して、75w/w%〜300w/w%であることが好ましく、100w/w%〜250w/w%であることがより好ましい。100w/w%以上であれば、再分散して水中油型乳化物としたときの乳化粒子の粗大化をより充分に抑制することができ、一方300w/w%以下であれば良好な凍結乾燥固形物を得ることができる。なお、前記賦形剤の再分散時の水中油型乳化物における含有量は、水中油型乳化物の全質量の1w/w%〜25w/w%とすることができる。
【0037】
[水相成分]
本発明の凍結乾燥製剤中には、凍結乾燥処理によって除去される水性媒体と共に前記水中油型乳化物における水相を構成する水相成分(以下、本明細書では、便宜上、凍結乾燥製剤においても「水相成分」と称する)が含まれる。
このような乳化物における水相成分として、各種の添加剤を含んでもよい。このような添加剤としては、酸化剤、アルカリ剤、緩衝剤、キレート剤、複合体形成剤および可溶化剤、酸化防止剤、および抗酸化剤、抗微生物保存剤、懸濁化剤および/または粘度調節剤、等張化剤などの添加剤、ならびに他の生体適合性物質または治療的物質を挙げることができる。このような添加剤及び物質は、前記凍結乾燥製剤の保存安定性又は凍結乾燥製剤中の薬物の安定性を強化し、また本発明にかかる凍結乾燥製剤がより生体親和的になることを補助することができる。なお水性媒体としては、水、リン酸緩衝液、及び生理食塩水などの後述する希釈液として使用可能なものが包含される。
【0038】
水相は一般に、約300mOsm〜600mOsmの浸透圧を有し、塩化カリウムまたは塩化ナトリウム、アルブミン、アミノ酸およびそれらの混合物を含有することができる。少なくとも250mOsmの張度が、ソルビトールまたはショ糖などの、粘度を増大する物質により実現される。本発明にかかる乳化組成物の浸透圧を変更するために有用な化合物は、一般に「等張化剤」または「浸透圧改善剤」と称される。
【0039】
本発明において使用される「抗酸化剤」は主に、注射可能な製品内で使用する際に安全な金属イオンキレート剤および/または還元剤が好ましい。金属イオンキレート剤は、金属イオンと結合し、これにより、薬物、油分またはリン脂質成分の酸化反応に対する金属イオンの触媒作用を低下することにより、抗酸化剤として機能する。本発明において有用な金属キレート剤は、EDTA、グリシンおよびクエン酸またはそれらの塩を含むが、これらに限定されるものではない。
【0040】
ただし、本発明における水相成分としては、乳化製剤の等張化剤として一般的に使用されるグリセリンなどの多価アルコールを実質的に含有しないことが、製剤の安定性、特に、前記凍結乾燥製剤と水により得られる水中油型乳化物における乳化粒子の粗大化を抑制する観点から好ましい。このような観点から、前記凍結乾燥製剤に実質的に含まれないことが好ましい多価アルコールとしては、グリセリンが挙げられる。
なお、本発明における「凍結乾燥製剤に実質的に含まれない」とは、例えば、凍結乾燥前後を問わず、水中油型乳化物の形態において、乳化物の全容量の2.2w/v%以下とすることができ、1w/v%以下であることが好ましく、0w/w%、即ち全く含まないことが最も好ましい。
【0041】
[組成物の物性]
本発明にかかる凍結乾燥製剤は、水と組み合わせた場合に水中油型乳化物の形態を採る。この水中油型乳化物(以下、単に、乳化物)中の乳化粒子の体積平均粒子径(d50%)は、組成物の安定性及び粘度、又は注射剤として取扱いの観点から、好ましくは1nm〜200nmであり、より好ましくは5nm〜200nmであり、更により好ましくは10nm〜180nmであり、もっとも好ましくは15nm〜150nmである。なお乳化物の体積平均粒子径(d50%)は、乳化粒子の個数累積粒度分布において、小粒子径側から累積50%となる粒子径を表す。
また、前記乳化物中の乳化粒子の粒子径(d95%)が、200nm未満であることが好ましい。200nm以上では、濾過滅菌に対応できない場合がある。なお、乳化物の粒子径(d95%)は、乳化粒子の個数累積粒度分布において、小粒子径側から累積95%となる粒子径を表す。
【0042】
本発明における粒子径範囲および測定の容易さから、本発明にかかる乳化物中の乳化粒子の粒子径測定では動的光散乱法が好ましい。動的光散乱を用いた市販の測定装置としては、動的光散乱式粒子径・粒度分布測定装置(UPA UT−151、日機装社)、動的光散乱式粒子径分布測定装置LB−550((株)堀場製作所)、濃厚系粒子径アナライザーFPAR−1000(大塚電子(株))等が挙げられるが、本発明における粒子径は、動的光散乱式 粒子径・粒度分布測定装置(UPA UT−151、日機装社)を用いて25℃で測定した値を採用する。
即ち、体積平均粒子径の測定方法は、水中油型乳化組成物の場合には直接、純水で10倍に希釈し、凍結乾燥製剤の場合には固形分濃度が1質量%となるように純水と組み合わせて乳化物を構成してから動的光散乱式 粒子径・粒度分布測定装置(UPA UT−151、日機装社)を用いてメディアン径(d50%)として求める。
【0043】
本発明にかかる凍結乾燥製剤は、水と組み合わせて乳化物とした場合に、非経口投与することができ、たとえば静脈内、動脈内、髄腔内、腹腔内、眼内、関節内、筋肉内または皮下注射することができる。
前記乳化物は、このような注射剤として使用するために適切な粘度を有する。注射剤として使用するために適切な粘度とは、25℃での振動型粘度計による測定で、1mPa・s〜200mPa・sの範囲を意味し、安全性の観点から好ましくは100mPa・s以下であり、更に好ましくは10mPa・s以下である。
【0044】
[製造方法]
本発明の凍結乾燥製剤は、上記各種成分を含有する水中油型乳化物を調製後に当該水中油型乳化物を凍結乾燥処理することにより得ることができる。
即ち、本発明の凍結乾燥製剤の製造方法は、前記タキサン系活性成分、前記油性成分、前記界面活性剤成分、及び前記脂肪酸を少なくとも含む油相成分を、有機溶媒に溶解して、油相を調製すること(以下、油相調製工程という)、前記油相を、該油相の質量に対して10w/w%未満にまで脱溶媒すること(以下、脱溶媒工程という)、前記賦形剤を含む水相を調製すること(以下、水相調工程という)、前記油相と、前記水相とを混合して、水中油型乳化物を調製すること(以下、乳化工程という)、前記水中油型乳化物を凍結乾燥すること(以下、凍結乾燥工程という)、を含む製造方法で得ることができる。
【0045】
油相調製工程では、前記タキサン系活性成分、前記油性成分、前記界面活性剤成分、及び前記脂肪酸を少なくとも含む油相成分を有機溶媒に溶解する。
ここで用いられる有機溶媒としては、25℃において、上述した各油相成分のいずれもを共通して0.1質量%以上溶解する有機溶媒であれば、いかなる物質でも構わない。このような有機溶媒としては、水溶性有機溶媒であることが好ましい。
【0046】
本発明において水溶性有機溶媒は、水に対する25℃での溶解度が10質量%以上の有機溶媒を指す。水に対する溶解度はできあがった乳化物の安定性の観点から30質量%以上が好ましく、50質量%以上が更に好ましい。
水溶性有機溶媒は、単独で用いてもよく、複数の水溶性有機溶媒の混合溶媒でもよい。また、水との混合物として用いてもよい。水との混合物を用いる場合には、上記水溶性有機溶媒は、少なくとも50v/v%以上含まれていることが好ましく、70v/v%以上であることがより好ましい。
【0047】
このような水溶性有機溶媒の例としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、2−ブタノール等のアルコール;アセトン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、メチルエチルケトン、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、酢酸メチル、アセト酢酸メチル、N−メチルピロリドン、ジメチルスルフォキシド等及びそれらの混合物を挙げられる。これらの中でも、エタノール等のアルコール、プロピレングリコール、又はアセトンが好ましく、エタノール、又はエタノールと水との混合液が特に好ましい。
【0048】
脱溶媒工程では、油相中の有機溶媒を油相の質量に対して10w/w%未満、組成物の保存安定性の観点から好ましくは5w/w%未満まで脱溶媒する。油相に対して溶媒が10w/w%以上存在する場合では、安全性の観点から注射剤としての適用に不向きである。脱溶媒、即ち、溶媒を除去する方法としては、ロータリーエバポレーター、フラッシュエバポレーター、超音波アトマイザー等を用いた蒸発法、限外濾過膜、逆浸透膜等の膜分離法が知られているが、いずれであってもよい。これらは公知の装置をそのまま適用すればよい。
【0049】
水相調製工程では、前記賦形剤を含む水相を調製する。前記水相は、各水相成分を水性媒体に溶解させればよい。水性媒体としては、好ましくは水が適用される。各水相成分を水性媒体に溶解させる条件としては特に限定はなく、通常適用される条件をそのまま適用すればよい。
【0050】
乳化工程では、油相と水相とを混合(乳化)する。乳化方法としては、一般に用いられるいずれの方法であってもよい。
汎用的に用いられる乳化法として、機械力を用いた方法、すなわち外部から強い剪断力を与えることで油滴を分裂させる方法が適用されている。機械力として最も一般的なものは、高速、高剪断攪拌機である。このような攪拌機としては、ホモミキサー、ディスパーミキサーおよびウルトラミキサーと呼ばれるものが市販されている。
また、微細化に有用な別な機械的な乳化装置として高圧ホモジナイザーがあり、種々の装置が市販されている。高圧ホモジナイザーは、攪拌方式と比べて大きな剪断力を与えることができるために、乳化剤の量を比較的少なくても微細化が可能である。
【0051】
前記高圧ホモジナイザーとしては、処理液の流路が固定されたチャンバーを有するチャンバー型高圧ホモジナイザー及び均質バルブを有する均質バルブ型高圧ホモジナイザーが挙げられる。これらの中でも、均質バルブ型高圧ホモジナイザーは、処理液の流路の幅を容易に調節でき、操作時の圧力及び流量を任意に設定できるため、その操作範囲が広く、本発明における前記水中油型乳化物を得るには特に好ましい。
また、操作の自由度は低いが、圧力を高める機構が作りやすいため、超高圧を必要とする場合、チャンバー型高圧ホモジナイザーも好適に用いることができる。
【0052】
前記チャンバー型高圧ホモジナイザーとしては、マイクロフルイダイザー(マイクロフルイディクス社製)、ナノマイザー(吉田機械興業(株)製)、アルティマイザー((株)スギノマシン製)等が挙げられる。
前記均質バルブ型高圧ホモジナイザーとしては、ゴーリンタイプホモジナイザー(APV社製)、ラニエタイプホモジナイザー(ラニエ社製)、高圧ホモジナイザー(ニロ・ソアビ社製)、ホモゲナイザー(三和機械(株)製)、高圧ホモゲナイザー(イズミフードマシナリ(株)製)、超高圧ホモジナイザー(イカ社製)等が挙げられる。
【0053】
本発明において、前記高圧ホモジナイザーの圧力は、乳化粒子の微細化及び組成物の安定性の観点から、好ましくは50MPa以上、より好ましくは50〜250MPa、更に好ましくは100〜250MPaで処理することが好ましい。
また、乳化分散された組成物である乳化液はチャンバー通過直後30秒以内、好ましくは3秒以内に何らかの冷却器を通して冷却することが、乳化粒子の粒子径保持の観点から好ましい。
【0054】
本発明にかかる乳化物を製造する際に、脱溶媒工程と乳化工程とはいずれを先に行ってもよいが、乳化物の安定性の観点から、脱溶媒工程を先に行うことが好ましい。この場合の水相と油相との混合、即ち乳化工程では、脱溶媒後の油相と、水相とを混合する。
【0055】
本製造方法では、上述した油相調製工程、脱溶媒工程及び乳化工程の他に、(A)乳化物のpHを望ましい範囲に調節する工程、(B)乳化物を0.2μmフィルターを用い濾過する、または加熱殺菌することにより滅菌する工程;の一つまたは複数を含んでもよい。
【0056】
凍結乾燥工程直前の水中油型乳化物のpHとしては、pHが7未満であることが好ましい。該水中油型乳化物のpHを7未満とすることにより、ドセタキセルの分解反応を抑制することができる。ドセタキセルの分解抑制の観点から、凍結乾燥工程直前の水中油型乳化物のpHは、3.0〜6.5であることがより好ましく、3.5〜6.0であることが更に好ましい。
【0057】
これらの工程を経ることにより、タキサン系活性成分を含む水中油型乳化物が得られる。
本発明にかかる、凍結乾燥前の水中油型乳化物中の固形分濃度は、凍結乾燥の乾燥効率の観点から、凍結乾燥前の水中油型乳化物の全質量に対して35w/v%以下が好ましく、より好ましくは0.1w/v%〜35w/v%であり、さらに好ましくは1w/v%〜20w/v%である。なお、本発明における「固形分」とは、水中油型乳化物における水溶性有機溶媒及び水性媒体を除く成分を意味する。
【0058】
凍結乾燥工程では、タキサン系活性成分を含む前記水中油型乳化物が凍結乾燥処理に供される。本発明に適用可能な凍結乾燥処理としては、種々の既に公知の一般的手法を適用することができ、場合によっては加速された手法を適用してもよい。一般的には、凍結乾燥工程において、前記乳化工程、又は前記乳化工程に対して付加された各工程後に得られた水中油型乳化物を、バイアル瓶に小分けにする。これを予備凍結し、半打栓状態で凍結乾燥する。乾燥工程終了後、バイアル内部が真空状態のまま、あるいはバイアル内部を窒素ガスで置換し、打栓する。この凍結乾燥工程を経ることにより、本発明にかかる凍結乾燥製剤が得られる。
【0059】
本発明における凍結乾燥製剤は、タキサン系活性成分の分解が抑制されると共に、安定性に優れた組成物である。このため、前記凍結乾燥製剤は、所望のとき、例えば使用直前に、水と組み合わせて再分散を行うことにより水中油型乳化物の形態にして、使用することができる。再分散時の水中油型乳化物は、凍結乾燥製剤として保存した後であっても乳化粒子の粗大化が抑制された乳化粒子を含む。
【0060】
凍結乾燥後の水中油型乳化物の乳化粒子の粗大化が抑制されていることは、上述した粒子径の測定方法に従って確認することができる。本発明においては、凍結乾燥製処理の前後における乳化物の乳化粒子の平均粒子径の変動幅が、例えば、初期粒子径±20%、好ましくは初期粒子径±10%の範囲内にすることができる。
【0061】
前記凍結乾燥製剤において、タキサン系活性成分の分解が抑制されていることは、ドセタキセルの異性化体、7−エピ−ドセタキセルの含有率および製剤中ドセタキセル含有量により評価することができる。7−エピ−ドセタキセルの検出は、公知の方法を採用することができ、例えばHPLC測定によって検出することができる。一例として、前記凍結乾燥製剤における7−エピ−ドセタキセルの含有量は、水再分散時の水中油型乳化物中に存在するドセタキセルに対して1w/w%以下とすることができる。
【0062】
本発明にかかる凍結乾燥製剤は、タキサン系活性成分の分解が抑制されると共に保存安定性が良好な凍結乾燥製剤である。このような凍結乾燥製剤を使用する方法も、本発明は提供する。
例えば、前記凍結乾燥製剤を水と組み合わせて水中油型乳化物として、タキサン系活性成分の投与対象となる患者へ投与することで、タキサン系活性成分の用途に応じた治療方法、具体的には、ガンの治療方法も包含する。投与は、静脈内、筋肉内、動脈内、髄腔内、眼内、皮下、関節内および腹腔内であってよい。
【0063】
本発明にかかる凍結乾燥製剤を、水中油型乳化物として使用する場合には、前述した前記タキサン系活性成分の再分散時の含有量となるように、凍結乾燥製剤に対して所定量の水性媒体を組み合わせて再分散させることによって、使用形態としての水中油型乳化物が得られる。凍結乾燥製剤と水性媒体との混合比は、凍結乾燥製剤中の活性成分濃度に応じて、適宜調整可能である。
また、凍結乾燥前の水中油型乳化物を、使用時の水中油型乳化物よりも濃縮した形態として作製し、前記タキサン系活性成分の使用時における含有量となるように調製した結果、凍結乾燥前における濃度よりも希釈した形態としてもよい。また、前記凍結乾燥製剤にかかる水中油型乳化物の使用形態に応じて、前記凍結乾燥製剤を使用時の濃度よりも濃い濃度となるように水性媒体を用いて再分散した後、使用直前に、使用時の濃度となるように、希釈液を用いて更に希釈してもよい。使用時のタキサン系活性成分の濃度は0.001w/v%〜1.0w/v%であることが好ましく、0.01w/v%〜0.2w/v%がさらに好ましい。
【0064】
希釈液として使用可能な水性媒体としては、一般に生理食塩水、注射用水、ブドウ糖液などが挙げられるが、これらのみに限定されない。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。
【0066】
[実施例1]
表1に示される最終濃度となるように、ドセタキセル、中鎖脂肪酸トリグリセリド(ココナードRK(花王株式会社)、脂肪酸(オレイン酸)、及び精製卵黄レシチンを、十分量のエタノール中に添加しかつ混合することにより、透明な黄色溶液を調製した。この溶液を、遠心エバポレータ(genevac社 EZ-2)を用い、減圧下で乾燥し、粘稠な黄色液体を得た。この液体は、油性成分の質量に対する残留エタノール含量が2質量%であった。
表1に示される最終濃度となるように、適量のスクロースを秤量し、適量の水で溶解し、水相を調製した。水相を油相へ添加し、攪拌型ホモジナイザー(ED−3 日本精機製作所社)で15分間混合し、粗乳化液を得た。これを高圧乳化機(スターバースト ミニラボ機 スギノマシン社)を用いて245MPaの条件で通過させ、水中油型乳化物を作製した。この凍結乾燥処理前の水中油型乳化物のpHは、5.6であった。
【0067】
上記で得られた水中油型乳化物を、バイアル瓶に1mLずつ分注し、これを半打栓状態で凍結乾燥機ドライチャンバ(東京理化機械 DRC−1100)に格納し、−40℃から20℃まで約80時間で昇温するプログラムで凍結乾燥した。乾燥工程終了後、バイアル内部が真空状態のまま、あるいはバイアル内部を窒素ガスで置換し、打栓することにより、凍結乾燥製剤を得た。
【0068】
得られた凍結乾燥製剤に、40℃1ヶ月の条件下で加熱経時させた(加速試験)。その後、精製水を所定量加えて再分散させて、水中油型乳化物とし、この水中油型乳化物を評価用の乳化物として以下の評価に用いた。
また、凍結乾燥直後の凍結乾燥製剤についても、同様の精製水を所定量加えて再分散させ、加速新前の水中油型乳化物として、以下の評価に用いた。結果を表3に示す。
【0069】
[実施例2〜4]
各成分を、表1に従って変更した以外は実施例1と同様にして実施例2〜4の凍結乾燥製剤を得た。実施例2〜4の凍結乾燥製剤については、実施例1と同様にして評価用の乳化物を得て、評価に用いた。評価結果を表3に示す。
【0070】
[比較例1]
表2に示される最終濃度となるように変更した以外は実施例1と同様にして、凍結乾燥前の乳化物(以下、「液剤」と称する場合がある)を得た。比較例1としては、この凍結乾燥前の乳化物を評価に用いて、評価に用いた。評価結果を表3に示す。
【0071】
<評価>
(1)組成物中のドセタキセルおよび7−エピ−ドセタキセルの定量
乳化物中の7−エピ−ドセタキセルの定量は、高速液体クロマトグラフによりドセタキセル濃度の測定を行った後、ドセタキセルの安定性は主分解物であるドセタキセルのピーク面積に対する7−エピ−ドセタキセルのピーク面積の割合で評価した。なお、7−エピ−ドセタキセルの標品としては、tront research chemicals .incのものを用いた。
カラム:shim-pack XR-ODSII(島津社)、
検出器:UV検出器
検出波長:230nm
【0072】
(2)粒子径
乳化物の乳化粒子の体積平均粒子径は、純水で20倍希釈して、それぞれ、動的光散乱式 粒子径・粒度分布測定装置(UPA UT-151、日機装社)を用いて測定し、25℃でのd=50の値を平均粒子径として読み取った。粒子径変化率を求める場合には、(加速試験後のメディアン径)/(製造直後のメディアン径)で算出した。
また、粒子径(d=95%)を求める場合は、体積平均粒子径の測定と同様にして得られた体積累積乳化粒子の個数累積粒度分布において、小粒子径側から累積95%となる粒子径とした。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
【表3】

【0076】
表3から、本実施例によれば、凍結乾燥製剤として保存した場合でも、粒子径変化が少なく、かつ分解物の生成を高度に抑制したドセタキセル製剤の作製が可能となることがわかる。従って、液剤(乳化物)では両立できなかった乳化安定性とドセタキセルの耐分解安定性を共に得ることができた。
【0077】
[比較例2〜3]
各成分を、表4に従って変更した以外は実施例1と同様にして比較例2〜3の凍結乾燥製剤を得た。比較例2〜3の凍結乾燥製剤については、実施例1と同様にして評価用の乳化物を得て、評価に用いた。評価結果を表5に示す。
【0078】
【表4】

【0079】
【表5】

【0080】
表5から、乳化製剤の等張化剤として最も一般的に使用されているグリセリンを添加しないことが再分散後の粒子径の安定化を可能にすることがわかった。また、オレイン酸を添加することが乾燥ケーキ中でのドセタキセルの分解を高度に抑制することがわかった。
【0081】
[比較例4〜5]
各成分を、表6に従って変更し、凍結乾燥を行う前の水中油型乳化製剤のpHが実施例1と同等になるように表6中の酸又は塩基を適量添加した以外は、実施例1と同様にして比較例4〜5の凍結乾燥製剤を得た。比較例4〜5の凍結乾燥製剤については、実施例1と同様にして評価用の乳化物を得て、評価に用いた。評価結果を表7に示す。また、対象として実施例1の結果も併せて表7に示す。なお、表7における「※」は、凍結乾燥ケーキが極端に収縮し、薄赤色に着色したことを意味する。このことは、凍結乾燥ケーキとして安定性が不充分であることを示す。
【0082】
【表6】

【0083】
【表7】

【0084】
表7から、添加する酸を脂肪酸とすることにより、200nm以上の粒子が少ない水中油型乳化製剤を作製することが可能であることがわかった。特に実施例1では200nm以上の95%粒子径が200nm以下となることは、凍結乾燥前の乳化物のろ過滅菌適性が高い製剤であることを示している。また、脂肪酸とすることにより微細な乳化粒子を保ったまま、凍結乾燥物として外観上全く変化のない製剤であることも示している。
【0085】
このように、本発明の実施例によれば、いずれも再分散後の乳化物の粒子径は製造時の乳化物の粒子径と大きく変化するものではなく、かつ凍結乾燥製剤としての保存した後でも分解物の生成を1%未満に抑制した、高度に安定な製剤であることがわかる。
【0086】
従って本発明によれば、活性成分の分解抑制と組成物としての安定性を兼ね備えたドセタキセルの凍結乾燥製剤及びその製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、
中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、
リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、
脂肪酸と、
賦形剤と、
を含む水中油型乳化物の凍結乾燥製剤。
【請求項2】
前記タキサン系活性成分がドセタキセルである請求項1に記載の凍結乾燥製剤。
【請求項3】
前記脂肪酸が、炭素数10以上22以下の脂肪酸である請求項1又は請求項2に記載の凍結乾燥製剤。
【請求項4】
前記脂肪酸の含有量が、凍結乾燥製剤の全質量に対して0.1w/w%〜5.0w/w%である請求項1〜請求項3のいずれか1項記載の凍結乾燥製剤。
【請求項5】
前記賦形剤が二糖類である請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の凍結乾燥製剤。
【請求項6】
前記賦形剤がスクロース及びマルトースの少なくとも一方である請求項1〜請求項5のいずれか1項記載の凍結乾燥製剤。
【請求項7】
前記リン脂質がレシチンである請求項1〜請求項6のいずれか1項記載の凍結乾燥製剤。
【請求項8】
ドセタキセル及びその誘導体から選択される少なくとも1種のタキサン系活性成分と、
中鎖脂肪酸トリグリセリドを80w/w%を超え100w/w%以下の割合で含有する油性成分と、
リン脂質を50w/w%以上100w/w%以下の割合で含有する界面活性剤成分と、
脂肪酸と、
賦形剤と、
水と、
を含む水中油型乳化物。
【請求項9】
前記タキサン系活性成分、前記油性成分、前記界面活性剤成分、及び前記脂肪酸を少なくとも含む油相成分を有機溶媒に溶解して、油相を調製すること、
前記賦形剤を含む水相を調製すること、
前記油相と、前記水相とを混合して、水中油型乳化物を調製すること、
前記水中油型乳化物を調製する前又は後の油相を、該油相の質量に対して10w/w%未満にまで脱溶媒すること、
前記水中油型乳化物を凍結乾燥すること、
を含む請求項1記載の凍結乾燥製剤を製造する製造方法。
【請求項10】
前記有機溶媒が水溶性有機溶媒である請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記凍結乾燥前の前記水中油型乳化物のpHが7未満である請求項9又は請求項10に記載の製造方法。

【公開番号】特開2013−18737(P2013−18737A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153007(P2011−153007)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】