説明

凝固活性測定装置、測定チップおよび測定方法

【課題】凝固活性因子の指標を迅速に測定する。
【解決手段】凝固活性測定装置は、溶液が流れる流路を備えた測定チップ100の流路の表面における屈折率を測定する表面プラズモン共鳴測定装置を備える。表面プラズモン共鳴測定装置は、プリズム1と、光源2と、偏光板3と、集光レンズ4と、CCDカメラ5と、データ処理装置6とから構成される。さらに、データ処理装置6は、測定チップ100の流路中に緩衝液が充填された後に、血液凝固を活性化する活性化剤と血漿とが混合された血漿サンプルが流路中に投入されたときの屈折率の変化から、流路中を進行する血漿の流速を算出する流速算出手段と、血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、流速算出手段が算出した流速から凝固活性因子の指標を算出する凝固活性因子指標算出手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液凝固活性因子の指標(例えば血液凝固時間)の測定方法の改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血液凝固は、止血機構における重要な機能の一つで、凝固活性は、臨床検査の重要な項目となっている。血液凝固は、カスケード反応とも呼ばれる多様な因子の関わりによりバランスが保たれている現象である。したがって、血液凝固因子には、多種のタンパク、イオンがあり、血漿内の成分のみで進行する内因系に関与する因子(VIII,IX,XI,XII)と、血管外の組織も関与して進行する外因系に関与する因子(III,VII)と、内因系・外因系の両方に関与する因子(I,II,V,X)とがある。従来は全血を使った凝固時間(全血凝固時間)や血餅観察といった方法で、血液凝固を見ていたが、必要な血液量が多い、自動化が困難で再現性がとれない、などの問題から、昨今では、影響する血液凝固因子をスクリーニングできる指標が好まれている。
【0003】
代表的な凝固学的測定で得られる指標の一つが、プロトロンビン時間(血液凝固時間、以下PTと略す)である。PT測定値は、Caイオン、組織トロンボプラスチン以外のVIII,X、V,IIの因子により影響される。PT測定値が延長する場合、測定対象の血液を提供した人物には、先天性の血液凝固因子の欠乏や、肝細胞の障害、ビタミンK欠乏症などの疑いがあるという当たりをつけることができる。同じく代表的な凝固学的測定で得られる別の指標は、活性化部分トロンボプラスチン時間(以下APTTと略す)である。外科手術後や、先天性の血液疾患、梗塞などからの回復時に投与される血栓防止のためのヘパリン投与時など、APTT測定値による判断が必要とされている。APTTは、内因系の因子に影響され、出血傾向がある場合に測定されることが多い。APTT測定値が延長している異常が見られる場合、内因系I,II,V,X各因子の欠乏、あるいは内因系・外因系の両方に関与するVIII,IX、XI、XII因子の欠乏が考えられる。
【0004】
PTやAPTTのような血液凝固学的測定により得られる指標は、カスケード反応としては最後の部分にあたるフィブリノゲンがフィブリンに転換される現象を、時間という単位に換算して観測している。PTおよびAPTTの基本的な測定は、被測定者から採取した血液から、遠心分離により血球を除去した血漿を用いて行われる。血漿にあらかじめ活性化剤を加えて、血漿中に含まれる凝固因子を活性化させたのち、PTあるいはAPTTを測定する。
【0005】
従来、PTは、凝固活性化を促す成分を含む試薬である活性化剤と血漿サンプルとを試験用容器内で混合した上で、かくはん方式または光散乱方式により測定されていた。かくはん方式は、試験用容器内に血漿サンプルと活性化剤とを一緒に導入してフィンでかくはんし、かくはんの抵抗や温度上昇の時間的変化からPTを測定する方法である。光散乱方式は、試験用容器内で血漿サンプルと活性化剤とを混合し、容器に対し光を照射し、凝固に伴う散乱光量の時間的変化をモニタしてPTを測定する方法である。特許文献1、特許文献2に開示された方法では、より正確な測定値を得るために、測定値の時間変化をモニタし、測定装置ごとに独自の算出方法を用いている。
【0006】
血液凝固は、異なる反応経路と多数の因子が複雑に絡み合い、あるトリガーによってカスケード反応が進行して起こる現象である。測定対象である血漿サンプル毎に様々な因子の多寡があり、例えば、吸光スペクトルで測定している場合、反応が進むと複数のピークが観測されたり、それらのピーク値が相対的に大きくなったり小さくなったりと、多様な変化がおこる。このような観測において、なるべく正確な値が、多くの血漿サンプルから得られるようなピーク値の算出法の開発が必要となっていた。
上記のように、いずれの方式においても、複雑な凝固反応において、測定に供する血漿サンプル全体が凝固するレベル、いわば凝固反応の終状態レベルまで反応を進行させ観測している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平6−50317号公報
【特許文献2】特公平3−11423号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上のように、従来の測定方法では、複雑な凝固反応の終状態レベルまで反応を進行させて凝固活性因子の指標(PTあるいはAPTT)を求めるため、測定に時間がかかるという問題点があった。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、凝固活性因子の指標を迅速に測定することができる凝固活性測定装置、測定チップおよび測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の凝固活性測定装置は、溶液が流れる流路を備えた測定チップの前記流路の表面における屈折率を測定する屈折率測定装置と、前記測定チップの流路中に緩衝液が充填された後に、血液凝固を活性化する活性化剤と血漿とが混合された血漿サンプルが前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、前記流路中を進行する血漿の流速を算出する流速算出手段と、前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記流速算出手段が算出した流速から凝固活性因子の指標を算出する凝固活性因子指標算出手段とを備えることを特徴とするものである。
また、本発明の凝固活性測定装置の1構成例において、前記流速算出手段は、さらに、前記血漿サンプルの投入後に緩衝液が前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、血漿が緩衝液により押し流される際の洗浄流速を算出し、前記凝固活性因子指標算出手段は、前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記洗浄流速から凝固活性因子の指標を算出することを特徴とするものである。
また、本発明の凝固活性測定装置の1構成例において、前記凝固活性因子の指標は、プロトロンビン時間と相関するパラメータである。
【0011】
また、本発明は、緩衝液が充填された流路の表面における屈折率に基づいて流路中を進行する血漿の流速を算出し凝固活性因子の指標を算出する凝固活性測定装置用の測定チップであって、基板表面に形成された金薄膜と、この金薄膜上に形成された流路とを備え、前記金薄膜は、その一部が凝固反応を阻害する生化学測定用ブロッキング剤により覆われていることを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の凝固活性測定方法は、溶液が流れる流路を備えた測定チップの前記流路の表面における屈折率を測定する屈折率測定ステップと、前記測定チップの流路中に緩衝液が充填された後に、血液凝固を活性化する活性化剤と血漿とが混合された血漿サンプルが前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、前記流路中を進行する血漿の流速を算出する流速算出ステップと、前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記流速算出ステップで算出した流速から凝固活性因子の指標を算出する凝固活性因子指標算出ステップとを備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、凝固反応が進行中の状態のままで、凝固活性因子の指標を得ることができるため、従来に比べて測定時間を短縮することができる。本発明では、秒数に比べて分解能の高い指標を提供できることから、より精度の高い凝固活性パラメータの測定が可能になる。
【0014】
また、本発明では、血漿サンプルの流路内への導入時の流速に基づく凝固活性因子の指標と、血漿が緩衝液により押し流される際の洗浄流速に基づく凝固活性因子の指標とを算出することにより、より正確な指標を提供することができる。
【0015】
また、本発明では、測定チップの基板表面に形成された金薄膜の一部を、凝固反応を阻害する生化学測定用ブロッキング剤で覆うことにより、凝固活性を物理的かつ生化学的に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の原理を説明する断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る測定チップの構造を示す分解斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る測定チップの平面図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る凝固活性測定装置の構成を示すブロック図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る凝固活性測定装置において測定チップの測定で得られる入射角−反射率曲線の1例を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る凝固活性測定装置のデータ処理装置の構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の実施の形態に係る凝固活性因子の指標の測定方法を説明するフローチャートである。
【図8】本発明の実施の形態においてCCDカメラが撮影した画像と血漿の進行方向との関係を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態においてCCDカメラが撮影した画像の1ラインにおける光強度プロファイルの例を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態における血漿の流速の算出方法を説明する図である。
【図11】血漿の流速と血漿サンプルの活性との関係の1例を示す図である。
【図12】測定チップに正常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図である。
【図13】測定チップに異常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図である。
【図14】測定チップに異常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[発明の原理]
本発明では、血液凝固の活性化を促す成分を含む試薬である活性化剤と血漿サンプルとをあらかじめ混合しておき、活性化剤と混合された血漿サンプルをマイクロ流路に導入して流速から凝固活性因子の指標を得る。マイクロ流路内の流速を求めるために、マイクロ流路の表面の位置を細分化して、それぞれの位置の屈折率の時間変化を観測する。
【0018】
図1(A)〜図1(C)は本発明の原理を説明する断面図であり、緩衝液で満たされた測定チップの流路内を進行する血漿サンプルを示す図である。
図1(A)に示すように、測定チップの基板1000上に形成された流路1001内を緩衝液1002で満たす。
【0019】
流路1001内に血漿サンプル1003を投入すると、血漿サンプル1003は、緩衝液1002で満たされた流路1001内を、凝固しながら進行していく(図1(B))。そして、本発明では、血漿サンプル1003の流動性が維持された状態の流速として凝固活性を評価する。流動性が維持されていることから、血漿サンプル1003の投入後、ある一定時間後に緩衝液1004を投入すると、血漿サンプル1003が緩衝液1004により押し出され、洗い流される現象が観測できる(図1(C))。この際の流速も血漿サンプル1003の凝固能力に依存し、さらに、流路1001内での血漿サンプル1003の接着性能についての指標を提供できる。
【0020】
外因性凝固活性を測定できるPT測定においては、血漿サンプルの液体流の先端部分から、凝固活性の高い血漿では、凝固しやすくなっていると考えられる。その結果、凝固活性の高い血漿を用いるほど、流路内を進行する速度が小さくなる。反対に、凝固活性の低い血漿では、凝固反応の進行が小さく、したがって、流速は大きくなる。血漿サンプルの進行速度である流速を求めて、現在一般的に求められているPTと相関のある指標を得る。
【0021】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図2は本発明の実施の形態に係る測定チップの構造を示す分解斜視図、図3は測定チップの平面図、図4は本発明の実施の形態に係る凝固活性測定装置の構成を示すブロック図である。
本実施の形態の測定チップ100は、略直方体状の外形をなし積層構造を有している。すなわち、水平方向の大きさが16mm×16mmで厚さが1mmのBK7ガラスあるいはプラスチックからなる矩形板状の透明の基板101と、平面視の外形が基板101と略同一に形成され、基板101上に積層される例えば樹脂からなる両面シール状のシート102と、平面視の外形が基板101と略同一に形成され、シート102上に積層されるアクリル筺体103とを備えている。
【0022】
基板101上には、スパッタリングによって厚さ約50nmの金薄膜104が形成される。さらに、金薄膜104の表面の一部に牛乳由来、魚由来、または化学合成由来の生化学測定用のブロッキング剤105を形成して、金薄膜104の表面を覆う。本実施の形態の測定チップ100では、タンパク質から構成されるブロッキング剤105のスポットを350μm間隔で形成した。このブロッキング剤105のスポットは、基板101上にシート102が積層されたときに、後述する観測領域に位置するように形成されている。ブロッキング剤105のスポットは、凝固反応の化学的障害となるほか、物理的障害としても機能する。タンパク質を含むブロッキング剤はスポットの形成が容易であるため、好適である。
【0023】
金薄膜104の表面にブロッキング剤105のスポットを形成した後に、基板101を水で洗浄して、基板101の金薄膜104の上にシート102を積層する。シート102の後述するインレットに対応する位置には、円孔106が形成されている。また、シート102には、シート102を板厚方向(図2上下方向)に貫通し、円孔106に連通する流路107と、シート102を板厚方向に貫通し、流路107に連通する流路108と、シート102を板厚方向に貫通し、流路108に連通する吸引流路109とが形成されている。流路107が形成されている領域が、観測領域である。
なお、本実施の形態においては、金薄膜104の表面にブロッキング剤105のスポットを形成するものとして説明したが、本発明では、金薄膜104の一部が凝固反応を阻害する生化学測定用ブロッキング剤により覆われていればよく、必ずしもスポットを形成する必要はない。
【0024】
このようにシート102に形成される流路107〜109は、円孔106から測定チップ中央部の流路107へ繋がり、さらに流路108を経て測定チップ周辺部の吸引流路109へと繋がる形状となっている。流路107,108の断面寸法は、測定対象の血漿に対して毛細管現象を発現する寸法に設定されている。また、シート102および流路107〜109は、流路107〜109中に緩衝液が充填された後に流路107〜109中に留まるような材質、流路の高さ、流路の幅、流路の表面状態であることが好ましい。
【0025】
このようなシート102の上にアクリル筺体103を積層する。アクリル筺体103には、緩衝液および測定対象の血漿を投入するための円孔であるインレット110がアクリル筺体103を板厚方向に貫通するように形成されている。このインレット110は、アクリル筺体103がシート102上に積層されたときに、上端が外気に開放されると共に下端が円孔106と連通する位置に形成されている。
【0026】
また、アクリル筺体103には、多数の貫通孔111がアクリル筺体103を板厚方向に貫通するように形成されている。これら多数の貫通孔111は、アクリル筺体103がシート102上に積層されたときに、上端が外気に開放されると共に下端が流路108または吸引流路109と連通する位置に形成されており、観測領域である流路107の部分には形成されていない。貫通孔111の直径は、測定対象の血漿に対して毛細管現象を発現する値、例えば約100ミクロンに設定されている。こうして、基板101とシート102とアクリル筺体103とを組み合わせることで、毛細管現象によって血漿の導入を行うキャピラリーフロー型の流路を有する測定チップ100が完成する。
【0027】
凝固活性測定装置は、図4に示すように、プリズム1と、LEDなどの光源2と、偏光板3と、集光レンズ4と、CCDカメラ5と、データ処理装置6とを有する。本実施の形態では、屈折率測定装置として表面プラズモン共鳴測定装置を利用して凝固活性測定装置を実現しており、図4に示した構成は表面プラズモン共鳴測定装置と同様である。
【0028】
ここで、表面プラズモン共鳴測定装置の測定原理について簡単に説明する。単色光の光源2から放射された光が偏光板3を通過すると、p偏光光のみが通過する。このp偏光光は、集光レンズ4で集光されて半球状のプリズム1に入射する。プリズム1の上面には、基板101がプリズム1と接するように測定チップ100が載置され、基板101側から測定チップ100にp偏光光が入射する。このように、p偏光光をプリズム1を介して測定チップ100に入射させることによって、測定チップ100からの反射光の強度変化をCCDカメラ5で検出する。
【0029】
光源2から放射された光は、プリズム1と測定チップ100の金薄膜104との境界でエバネッセント波となる。一方、この金薄膜104の表面では、表面プラズモン波が生じる。エバネッセント波と表面プラズモン波の波数が一致する入射角のとき、エバネッセント波は表面プラズモン波の励起に使われ、反射光として計測される光量が減少する。このとき、CCDカメラ5によって反射光の強度を測定すると、図5に示すように、エバネッセンス波と表面プラズモン波の共鳴が起こる入射角で、反射率の低下が観測される。エバネッセンス波と表面プラズモン波の共鳴が起こる表面プラズモン共鳴角度は、測定チップ100の金薄膜104に接する被測定物質の屈折率に依存するため、金薄膜104上に例えば抗体などの被測定物質を固定すると、抗原との結合によって抗体の屈折率が変化し、谷の現れる角度が僅かに変化する。この変化を測定することにより、被測定物質の定量を行うことができる。以上が、表面プラズモン共鳴測定装置の測定原理である。
【0030】
図6は本実施の形態の凝固活性測定装置のデータ処理装置6の構成を示すブロック図である。データ処理装置6は、凝固活性測定装置全体を制御する制御部60と、制御部60のプログラム等を記憶する記憶部61と、凝固活性測定装置を使用する使用者が装置に対して指示を与えるための入力部62と、使用者に対して情報を表示するための表示部63とを有する。
【0031】
制御部60は、CCDカメラ5によって撮影された画像を処理して光強度プロファイルを求める画像処理部64と、光強度プロファイルのデータから屈折率の変化を求め、この屈折率の変化から血漿の流速を算出する流速算出部65と、血漿の流速から凝固活性因子の指標であるPT(プロトロンビン時間)を算出するPT算出部66(凝固活性因子指標算出手段)とを有する。
【0032】
次に、凝固活性測定装置による凝固活性因子の指標の測定方法について詳細に説明する。図7は凝固活性因子の指標の測定方法を説明するフローチャートである。
まず、測定対象の血漿とPT測定用試薬(活性化剤)とをそれぞれ37℃で温めておく。測定チップ100を凝固活性測定装置のプリズム1の平面上に載置し(図7ステップS1)、オーレン緩衝液4μLをインレット110から測定チップ100内に投入する(ステップS2)。緩衝液は、インレット110および円孔106を経て流路107〜109中に充填される。シート102に形成された流路107〜109のうち、観測領域の流路107が最も細くデザインされていることから、緩衝液は流路107内に留まる。
【0033】
そして、データ処理装置6の制御部60は、流速測定を開始する(ステップS3)。次に、37℃に温めた血漿とPT測定用試薬(活性化剤)とを20μLずつチューブに加えてピペッティングで攪拌して混合し、この混合した血漿サンプル4μLを、緩衝液の投入から30秒経過後にインレット110から測定チップ100内に投入する(ステップS4)。血漿サンプルは、インレット110および円孔106を経て流路107中に投入される。
血漿サンプルの投入から60秒経過後に、さらにオーレン緩衝液4μLをインレット110から測定チップ100内に投入する(ステップS5)。血漿サンプルは、この追加投入された緩衝液により押し出されるようにして流路107中を進行する。
【0034】
制御部60は、血漿の流速Vを算出し終えた時点で、測定を終了する(ステップS6)。そして、制御部60は、流速VからPTを算出する(ステップS7)。制御部60は、算出したPTを記憶部61に記憶させ、またPTを表示部63に表示させる。以上で、測定が終了する。
各測定チップ100について1回のみ測定を行い、測定を終えた測定チップ100は廃棄される。
【0035】
次に、血漿の流速Vの算出方法について説明する。凝固活性測定装置のCCDカメラ5は、測定チップ100からの反射光を検出して、濃淡画像データを出力する。
データ処理装置6の画像処理部64は、CCDカメラ5から出力された濃淡画像データを取り込み、この濃淡画像データを処理して、光強度プロファイルを画像の1ライン毎に求める。
【0036】
図8はCCDカメラ5が撮影した画像と血漿の進行方向との関係を示す図、図9は画像のYnラインにおける光強度プロファイルの例を示す図である。
図8のX方向は図2〜図4のPX方向に対応し、図8のY方向は図2〜図4のPY方向に対応する。このY方向が、血漿の進行方向に相当する。図8の例では、CCDカメラ5が撮影した画像は、X方向が座標0〜479の480ピクセルからなり、Y方向も座標0〜479の480ピクセルからなるものとしている。図8におけるYnは、画像上のある1ラインのY座標を示している。
【0037】
CCDカメラ5が撮像した画像には、測定チップ100の各所の光の反射率に応じて明るい(反射率が高い)領域と暗い(反射率が低い)領域とが現れる。画像処理部64は、濃淡画像データを処理して、図9に示すような光強度プロファイルを画像の1ライン毎に求める。上記のとおり、図8のX方向は、図2〜図4のPX方向に対応しているので、測定チップ100の金薄膜104に対する光の入射角に対応している。したがって、図9において、光強度が最も弱い位置、すなわち光が最も吸収された位置は表面プラズモン共鳴角度に相当する。
【0038】
屈折率変化を観測する凝固活性測定装置においては、CCDカメラ5の1ライン毎に屈折率を反映したデータが観測される。よって、観測領域の位置にある流路107内において、活性化剤の中を血漿が進行していくと、屈折率変化が起こり、CCDカメラ5の1ライン毎にどのタイミングで血漿進行による屈折率変化が起こったか記録されることになる。
【0039】
データ処理装置6の流速算出部65は、画像処理部64が求めた、観測領域の光強度プロファイルの時系列データから、血漿が進行したことにより生じる屈折率の変化を求めて、この屈折率の変化から血漿の流速Vを算出する。表面プラズモン共鳴角度は、測定チップ100の金薄膜104に接する血漿の屈折率に依存するため、表面プラズモン共鳴角度の変化は、血漿の進行によって屈折率が変化したことを示す。したがって、観測領域の光強度プロファイルの時系列データから、表面プラズモン共鳴角度が変化した時刻(屈折率の変化が起きた時刻)を図8のY方向に沿って読み取れば、屈折率変化の時間変化を求めることができる。そして、この屈折率変化の時間変化の傾きが、血漿の流速Vを示している。
【0040】
図10を用いて、この流速Vの算出方法を説明する。図10は、流速Vの算出方法を視覚的に説明する図であり、屈折率の変化が起きた時刻とY方向の画素位置との関係の1例を示す図である。図10は、観測領域の流路107に対応するX座標(例えばX=230)におけるデータを示している。図10におけるPは、表面プラズモン共鳴角度が変化したY方向の画素位置、すなわち屈折率の変化が起きた画素位置を示している。この屈折率変化の時間変化の傾きy/t(ピクセル/sec)が、血漿の流速Vを示している。CCDカメラ5が撮像した画像におけるY方向の1画素は、流路107上の実距離に換算すると例えば10μmに相当する。したがって、血漿の流速V(μm/sec)は、傾き(ピクセル/sec)×実距離(μm/ピクセル)、すなわちy/t×10(μm/sec)で求めることができる。こうして、データ処理装置6の流速算出部65は、血漿の流速Vを算出することができる。
【0041】
次に、ステップS7のPTの算出方法について説明する。制御部60のPT算出部66は、血漿の流速VとPTとの既知の関係が予め登録された記憶部61を参照し、この関係に基づいて、流速VからPTを算出する。
まず、血漿の流速VとPTとの関係の求め方について説明する。血漿の流速VとPTとの関係を求めるには、図7のステップS2で説明したとおり、流路中に緩衝液を充填した測定チップを用い、この測定チップに凝固活性値が既知の血漿を投入して、本実施の形態の凝固活性測定装置を用いて血漿の流速Vを算出すればよい。このとき用いるコントロール血漿の活性は、試薬に付属のデータから読み取り、またオーレン緩衝液でコントロール血漿を希釈することで、希釈率から活性値を調整して測定を実施した。また、コントロール血漿としては、正常域(活性82%)の血漿と異常域(活性32%)の血漿の両方を用いた。このような測定により、図11に示すような血漿の流速Vと血漿の活性値との関係を求めることができる。
【0042】
この血漿の流速Vと活性値との関係に基づいて、試薬として提供される標準血漿は、そのPT値を性能表として持っていることから、その値を元に流速VからPTと同等の値を得る次式が得られた。
PT[sec]=V[μm/sec]×0.0285[1/μm]
+2.48[sec] ・・・(1)
【0043】
データ処理装置6の記憶部61には、予め得られた式(1)が登録されている。PT算出部66は、式(1)を用いて、血漿の流速VからPTを算出する。
なお、言うまでもなく、血漿の流速Vは時間と共に変化するので、屈折率変化の時間変化の傾きも時間と共に変化する。本実施の形態では、血漿の進行によって最初に屈折率変化が起きた時点以降の複数点の屈折率変化から得られる血漿の流速V、すなわち血漿サンプルを投入したときの初速を計算して、この初速からPTを算出してもよいし、血漿サンプルを投入した後にさらに緩衝液を投入して血漿サンプルを洗い流す際の流速Vを算出して、この流速VからPTを算出してもよい。血漿サンプルが緩衝液により押し流される際の流速V、すなわち、図1(B)から図1(C)の状態に変化するときの流速Vを洗浄流速と定義すると、この洗浄流速も血漿サンプルの状態を反映するパラメータとなり得る。
【0044】
図12は測定チップに活性が約82%の正常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図である。図12における(A)、(B)、(C)はそれぞれ図1(A)、図1(B)、図1(C)の状態であることを示している。図1(A)から図1(B)の状態に変化するときの流速Vは648[μm/sec]であった。図12に示すように、活性が82%と高い血漿サンプルにおいては、付着成分が多く、洗浄による効果は低い。他に測定をした結果、コントロール血漿で活性を調整した場合、活性が約20%以上になると、毛細管ポンプによる吸引で流れる緩衝液では、凝固成分が基板表面から洗い流されにくく、基板上に吸着物質が残る状況が観測された。
【0045】
図13は測定チップに活性が約16%の異常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図、図14は測定チップに活性が約10.2%の異常域血漿を投入した場合の屈折率変化の例を示す図である。図13、図14における(A)、(B)、(C)はそれぞれ図1(A)、図1(B)、図1(C)の状態であることを示している。図13の場合、図1(A)から図1(B)の状態に変化するときの流速Vは2004[μm/sec]、図1(B)から図1(C)の状態に変化するときの流速Vは1164[μm/sec]であった。図14の場合、図1(A)から図1(B)の状態に変化するときの流速Vは2093[μm/sec]、図1(B)から図1(C)の状態に変化するときの流速Vは1949[μm/sec]であった。
【0046】
図13、図14のように、活性が低い状態になると、付着成分が少なくなり、かつ血漿サンプル投入時の流速に比べ、洗浄流速は遅くなる傾向が出てくる。以上のように、血漿サンプル投入時の流速と洗浄流速の両者を観測できるため、凝固活性の低い、すなわち、凝血学的に異常なサンプルの測定精度を向上させることができる。
【0047】
本実施の形態のデータ処理装置6は、CPU、記憶装置および外部とのインタフェースを備えたコンピュータと、これらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。このコンピュータにおいて、本発明の凝固活性測定方法を実現させるためのプログラムは、フレキシブルディスク、CD−ROM、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体に記録された状態で提供される。CPUは、記録媒体から読み込んだプログラムを記憶装置に書き込み、プログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、血液凝固活性因子の指標を測定する凝固活性測定装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1…プリズム、2…光源、3…偏光板、4…集光レンズ、5…CCDカメラ、6…データ処理装置、60…制御部、61…記憶部、62…入力部、63…表示部、64…画像処理部、65…流速算出部、66…PT算出部、100…測定チップ、101…基板、102…シート、103…アクリル筺体、104…金薄膜、105…ブロッキング剤、106…円孔、107,108…流路、109…吸引流路、110…インレット、111…貫通孔。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液が流れる流路を備えた測定チップの前記流路の表面における屈折率を測定する屈折率測定装置と、
前記測定チップの流路中に緩衝液が充填された後に、血液凝固を活性化する活性化剤と血漿とが混合された血漿サンプルが前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、前記流路中を進行する血漿の流速を算出する流速算出手段と、
前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記流速算出手段が算出した流速から凝固活性因子の指標を算出する凝固活性因子指標算出手段とを備えることを特徴とする凝固活性測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の凝固活性測定装置において、
前記流速算出手段は、さらに、前記血漿サンプルの投入後に緩衝液が前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、血漿が緩衝液により押し流される際の洗浄流速を算出し、
前記凝固活性因子指標算出手段は、前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記洗浄流速から凝固活性因子の指標を算出することを特徴とする凝固活性測定装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の凝固活性測定装置において、
前記凝固活性因子の指標は、プロトロンビン時間と相関するパラメータであることを特徴とする凝固活性測定装置。
【請求項4】
緩衝液が充填された流路の表面における屈折率に基づいて流路中を進行する血漿の流速を算出し凝固活性因子の指標を算出する凝固活性測定装置用の測定チップであって、
基板表面に形成された金薄膜と、
この金薄膜上に形成された流路とを備え、
前記金薄膜は、その一部が凝固反応を阻害する生化学測定用ブロッキング剤により覆われていることを特徴とする測定チップ。
【請求項5】
溶液が流れる流路を備えた測定チップの前記流路の表面における屈折率を測定する屈折率測定ステップと、
前記測定チップの流路中に緩衝液が充填された後に、血液凝固を活性化する活性化剤と血漿とが混合された血漿サンプルが前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、前記流路中を進行する血漿の流速を算出する流速算出ステップと、
前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記流速算出ステップで算出した流速から凝固活性因子の指標を算出する凝固活性因子指標算出ステップとを備えることを特徴とする凝固活性測定方法。
【請求項6】
請求項5記載の凝固活性測定方法において、
前記流速算出ステップは、さらに、前記血漿サンプルの投入後に緩衝液が前記流路中に投入されたときの前記屈折率の変化から、血漿が緩衝液により押し流される際の洗浄流速を算出し、
前記凝固活性因子指標算出ステップは、前記血漿の流速と凝固活性因子の指標との既知の関係に基づいて、前記洗浄流速から凝固活性因子の指標を算出することを特徴とする凝固活性測定方法。
【請求項7】
請求項5または6記載の凝固活性測定方法において、
前記凝固活性因子の指標は、プロトロンビン時間と相関するパラメータであることを特徴とする凝固活性測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図8】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−53959(P2013−53959A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−193139(P2011−193139)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】