説明

凝集剤の注入率をリアルタイムで制御する方法及びその装置

【課題】 時間や場所に関わらず普遍的な凝集剤の注入率の制御を可能にし、さらに、リアルタイムで凝集剤の注入率を制御することができる方法及びその装置を提供する。
【解決手段】 原水の水質を測定するステップ(S801)と、得られた水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出するステップ(S802)と、ステップS801とは独立して、原水に対し凝集剤を注入し、原水中の粒子の集塊が始まるまでの時間を測定するステップ(S803)と、フィッティングラインを決定するステップ(S804)と、フィッティングライン及び集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を求めるステップ(S805)と、推奨凝集剤注入率と、基本凝集剤注入率との差分から補正値を算出するステップ(S806)と、補正値に基づいて基礎凝集剤注入率を補正するステップ(S807)とを含む、凝集剤の注入率を制御する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浄水場や水処理施設における被処理原水の凝集プロセスにおいて、凝集剤の注入率をリアルタイムで制御する方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
急速ろ過方式を採用した浄水場では、一般的に凝集剤を注入するとともに急速撹拌を実施する混和池と、混和池で生成された凝集体(フロック)を成長させるフロック形成池と、成長したフロックを沈澱除去するための沈殿池と、沈澱しきらなかった粒子やフロックを除去するろ過池で構成される。
急速ろ過方式による浄水処理の重要なポイントは、原水水質に応じて凝集剤の注入率を適正な値に制御し、沈降性のよいフロックを形成することである。
【0003】
不適切な注入率によって凝集処理を行った場合には、沈澱池からのフロックのキャリーオーバや凝集不良により、ろ過池の損失水頭の上昇、逆洗頻度の上昇、微細粒子のろ過池からの流出などの問題が発生する。
これらの問題の一つとして、省令で定められた基準値を超えた非鉄重金属や軽金属等が、ろ過池から流出する問題がある。
例えば、アルミニウムについては、水道水を生活用水として利用するのに支障がない、あるいは水道施設に対して障害を生ずるおそれのない基準として、アルミニウム及びその化合物の基準値は0.2mg/L以下と定められている。
また、近年、アルミニウム摂取とアルツハイマー症候群との関連を示す科学的なデータも発表されている。
【0004】
従って、浄水場や水処理施設における被処理原水の凝集プロセスでは、適切な注入率によって凝集処理を行うことが必要不可欠である。
【0005】
しかしながら、適正な凝集剤注入率は、原水濁度、アルカリ度、pH、水温などによって変化し、河川表流水ごとに異なるので、原水濁度のみを基にして、一義的に凝集剤注入率を決定することはできない。
そのため、従来から浄水場では次のような方法で、凝集状況の判定や、凝集剤注入率の決定、あるいは制御を行っている。
【0006】
(1)ジャーテスト
処理すべき原水の一定量を幾つかのビーカーに採取し、ビーカーごとに注入率を段階的に変化させて、急速撹拌と緩速撹拌とにより凝集反応を起こし、所定の時間だけ静置させた後の上澄み水濁度やフロックの沈降状況を判定して、凝集剤注入率を決定するものである。
これらの作業は一般的に手分析で行われるが、特許文献1に記載されているように原水の採水から、凝集剤の注入や、撹拌機の回転数及び回転時間の設定、上澄み水濁度の測定までを自動的に行うオートジャーテスターなるものも実用化されている。
【0007】
(2)注入率式
原水の濁度やpH、アルカリ度、水温などの水質をパラメータとして、適正な凝集剤注入率との関係を表した注入率式に基づいてフィードフォワード制御するものである。注入率式はジャーテストや実施設の沈澱水濁度などを基に経験的な方法で定められる。この方式の発展形として、沈澱水濁度の測定値に基づいたフィードバック制御の組み込みや、オペレータによるジャーテストの結果と実施施設の運用実績に近づけるようにファジーやニューロによる制御を利用する例もある。
【0008】
(3)凝集センサ
特許文献2に記載の方法のように被測定流体の流れに対して光ビームを照射し、その透過光量の平均値と標準偏差とからフロックの平均粒径と個数濃度を求めるとともに、平均粒径が適正な値となるように凝集剤注入率を制御するものである。
【0009】
このような上記の方法による凝集状況の判定方法、あるいは凝集剤注入率の決定方法には、次のような課題がある。
(1)のジャーテストによる方法は、熟練したオペレータが必要であり、さらにはオペレータによって異なる結果になりやすいという問題がある。また、凝集状況や適正な凝集剤注入率の判定にかかる時間が30分程度と長いため、頻繁なジャーテストの実施は困難であり、実施設の凝集剤注入率への反映が遅れてしまう問題がある。
ジャーテストの作業を自動化したオートジャーテスターであれば、オペレータの作業は大幅に軽減されるものの、測定結果を得るためには依然として30分程度必要であり、タイムラグが大きいという課題は解決されない。
【0010】
(2)の注入率式による方法は、原水によって注入率式が異なるので、浄水場ごとに注入率式を管理しなければならず、さらに恒久的にその注入率式を使用できる保証はない。すなわち、取水口より上流側にダムができたり、河岸工事が施工されたりした時や、豪雨の影響などにより、各水質と最適凝集剤注入率との関係は崩れてしまう恐れがあり、場所的、時間的な普遍性がないという問題がある。
【0011】
(3)の凝集センサによる方法は、適正なフロック粒径となるように凝集剤注入率をリアルタイムで自動的に管理することが可能で、(1)のオペレータの問題やタイムラグの問題、(2)の普遍性の問題を解決するものである。ただし、原水水質に応じて適正なフロック粒径は異なるものであり、凝集剤注入率の自動制御を行うためには、あらかじめ原水濁度と最適フロック粒径との関係について、データベースを作成しなければならない。すなわち、四季を通じて凝集センサによるデータを取得しなければならず、正式運用までに時間がかかるという問題がある。
また、工業用水、下水や工場廃水における凝集沈澱についても同様な課題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平2−114178号明細書
【特許文献2】特許第3205450号明細書
【特許文献3】特開2009−672号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記問題点に鑑み、本発明は、時間や場所に関わらず普遍的な制御を可能にし、かつリアルタイムで凝集剤の注入率を制御することができる方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を達成するため、本発明では、被処理原水の凝集プロセスにおいて凝集剤の注入率を制御する方法を提供する。
この方法は、原水の水質を測定する水質測定工程と、得られた水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出する注入率算出工程と、前記水質測定工程とは独立して、原水に対し凝集剤を注入することにより原水中の粒子の集塊が始まるまでの時間を測定する集塊化開始時間測定工程と、前記集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を決定する推奨凝集剤注入率決定工程と、前記基礎凝集剤注入率と、前記推奨凝集剤注入率との差分から補正値を算出する補正値算出工程と、前記補正値に基づいて、前記基礎凝集剤注入率を補正する注入率補正工程とを含むことを特徴とする。
【0015】
また、本発明の凝集剤の注入率制御方法は、前記水質測定工程が原水の濁度又は微粒子を測定することを特徴とする。
【0016】
また、本発明の凝集剤の注入率制御方法は、前記集塊化開始時間測定工程において、原水に対し注入される凝集剤が前記基礎凝集剤注入率で供給されるときの集塊化開始時間を測定することを特徴とする。
【0017】
また、本発明の凝集剤の注入率制御方法は、前記集塊化開始時間測定工程において、複数に区分けした原水に対してそれぞれ異なる凝集剤注入率で凝集剤が供給されるときの各集塊化開始時間を測定することを特徴とする。
【0018】
また、本発明の凝集剤の注入率制御方法は、前記推奨凝集剤注入率が、前記集塊化開始時間の測定値及び予め求めたフィッティングラインに基づいて決定されることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の凝集剤の注入率制御方法は、前記フィッティングラインが、原水を複数個の試験用水槽にそれぞれ所定量採取し、前記試料水に対して、予め設定したそれぞれ異なる凝集剤注入率で凝集剤を注入する凝集剤注入工程と、凝集剤注入後、各試料水内の粒子の集塊が始まるまでの集塊開始時間を試料水ごとに測定する集塊化開始時間測定工程と各試料水ごとに測定された集塊化開始時間と、前記各凝集剤注入率とに基づいて、集塊化開始時間と凝集剤注入率との相関をフィッティングラインとして算出するフィッティングライン算出工程とにより算出されることを特徴とする。
【0020】
また、本発明の別の態様によれば、被処理原水の凝集プロセスにおいて凝集剤の注入率を制御する装置を提供する。
この装置は、原水の水質を測定する水質測定手段と、原水に凝集剤を注入して集塊化開始時間を計測する凝集分析手段と、前記水質測定手段からの水質測定値及び前記凝集分析手段からの集塊化開始時間の測定値を受け取るように接続された情報処理手段とを備えることを特徴とする。
また、前記情報処理手段は、前記水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出し、前記集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を決定し、前記基礎凝集剤注入率と、前記推奨凝集剤注入率との差分から補正値を算出し、前記補正値に基づいて前記基礎凝集剤注入率を補正することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る制御方法及びその装置によれば、制御方式は従来の注入率に依存し、さらに、基礎凝集剤注入率を補正するため、リアルタイムに注入率を制御することができる。
【0022】
また、本発明に係る制御方法によれば、注入率式の欠点であった制御の場所的、時間的普遍性がないという欠点を補うことができる。
【0023】
さらに、本発明に係る制御方法によれば、従来の装置での欠点であった、バッチ測定のため、凝集剤注入率の制御周期を数分単位にすることができないという欠点を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の凝集剤注入率制御装置の一実施の形態を示す概略図である。
【図2】本発明の凝集剤注入率制御装置の一実施の形態における水質測定手段と凝集分析手段と内蔵シーケンサとの関係を示す概略図である。
【図3】集塊化開始時間を説明するグラフである。
【図4】凝集分析手段により算出されるフィッティングラインを示すグラフである。
【図5】従来の注入率式により算出される原水濁度と基礎凝集剤注入率との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の凝集剤の注入率決定方法において、従来方式により算出される基礎凝集剤注入率と、集塊化開始時間の測定値から求めた推奨凝集剤注入率と、基礎凝集剤注入率及び推奨凝集剤注入率の差分である補正値Δpとの関係を示すグラフである。
【図7】本発明の凝集剤の注入率決定方法により算出される補正注入率と、従来方式により算出される基礎凝集剤注入率との関係を示すグラフである。
【図8】本発明の実施の形態に係る凝集剤の注入率を制御する装置の動作方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を、図を参照しながら詳細に説明する。
一般的に浄水処理場は、図1に示すように、川からの水を貯留する着水井10と、処理原水へ凝集剤を注入し、混和させる急速混和池20と、緩速撹拌により処理原水中にフロックを形成させるフロック形成池30と、懸濁物質やフロックを沈殿させる沈殿池40と、処理水をろ過するためのろ過池50とから構成されている。そして、凝集沈殿処理においては、凝集剤注入後の混和池20における急速撹拌からフロック形成池30における緩速撹拌の工程にかけて、微粒子が集塊し、フロックとして成長していく。このとき、集塊化は混和池20において始まっていることが基本であり、微粒子の集塊化開始時間は混和池20の滞留時間と同程度の時間であることが重要である。この状況においては、混和池20以降の処理が良好に行われ、結果として沈降性の高いフロックが形成され、沈殿水濁度を低減することができる。
【0026】
ここで、本発明では、浄水場内、あるいは取水施設において凝集剤注入率制御装置60が設置される。凝集剤注入率制御装置60は、水質測定手段1と、凝集分析手段2と、内蔵シーケンサ3とから構成される。凝集剤注入率制御装置60の水質測定手段1及び凝集分析手段2は、着水井10から混和池20への配管から一部の原水を採取できるように接続されている。
また、取水施設内に水質測定手段1及び凝集分析手段2を設置し、取水口から着水井10への配管から一部の原水を採取してもよい。
【0027】
図2は、本発明の凝集剤の注入率制御装置60における水質測定手段1と凝集分析手段2と内蔵シーケンサ3との関係をさらに詳細に示している。図2に示すように、本発明の凝集剤の注入率制御装置60は、被処理水である原水の水質を測定する水質測定手段1と、原水の集塊化開始時間を測定する凝集分析手段2と、水質測定手段1からの水質測定値と凝集分析手段2からの集塊化開始時間の測定値とから凝集剤の注入率を算出する内蔵シーケンサ3とから構成されている。
【0028】
水質測定手段1は、取水口から混和池へ供給される原水の一部を採取し、原水の水質を測定する。水質の測定値は、基礎凝集剤注入率を導くために用いられる。原水の水質としては、濁度や微粒子数、pH、アルカリ度、水温などの水質をパラメータとして扱うことができる。濁度を測定する手段としては、例えば、透過光方式、散乱光方式、表面散乱光方式、透過―散乱光方式のような光源からの光ビームを試料中に当て、光電変換装置を用いて濁度を測定することができる装置を使用することができる。また、原水中の微粒子数を測定する場合には、微粒子測定装置として、光遮断方式の微粒子カウンタ等を使用することができる。その他、原水の水質を測定するものとして従来使用していた装置を適用することができる。水質測定手段1により測定された原水の水質情報は、内蔵シーケンサ3へと送られる。内蔵シーケンサ3に送られる水質測定手段1からの水質情報は、内蔵シーケンサ3において注入率式に基づき基礎凝集剤注入率を導くために用いられる。水質測定手段1は、リアルタイムで水質を測定し、内蔵シーケンサ3へ情報を送る。
【0029】
凝集分析手段2も、取水口から混和池へ供給される原水の一部が供給され、水質測定手段1とは独立して原水の集塊化開始時間を測定する。集塊化開始時間は、基礎凝集剤注入率の補正値を導くものとして使用される。凝集分析手段2へ原水を供給する配管は、水質測定手段1へ原水を供給する配管に接続させることもできるし、独立していてもよい。凝集分析手段2としては、例えば、特開2009−672号明細書に記載されている装置を使用することができる。特開2009−672号明細書には、所定量の原水を入れるための試験水槽と、給水ポンプと、原水及び洗浄水の給排水弁と、撹拌器と、凝集剤注入部と、フロックの粒径と粒子数とを測定する検出器とで構成される凝集分析装置が開示されている。この凝集分析装置によれば、当該試験水槽に凝集剤を注入してから、撹拌によって凝集剤が分散し、粒子の集塊が始まるまでの時間(集塊化開始時間)を測定することができる。また、その集塊化開始時間と予め設定した目標集塊化時間との差に応じて、凝集剤注入率を決定することもができる(集塊化開始時間測定法)。
【0030】
ここで、凝集分析手段2により測定される集塊化開始時間とは、凝集分析手段2内へ採取された原水に対してある注入率で凝集剤を注入し、撹拌により凝集剤を分散させ、粒子の集塊化が始まる時間を測定するものである。集塊化の測定は、特開2009−672号明細書に記載されているように、凝集分析手段内の検出器を用いて、微粒子カウント法、あるいは変動解析法により行われる。
【0031】
微粒子カウント法の場合、検出器は、試料中の粒子数及び粒径を測定し、一定の粒径の粒子数が増加する時間(粒子数増加開始時間)又は一定の粒径の粒子が減少する時間(粒子数減少時間)のどちらか又は両方の平均値を集塊化開始時間とする。このとき、検出器は、ある一定の粒子径範囲ごとに粒子数の増減を測定することができ、着目する粒子径は適宜選択することができる。例えば、一定の粒径範囲の粒子数が増加する時間を測定する場合、粒子径は3〜7μmを選択し、その範囲の粒子数の増加を測定する。
【0032】
一方、変動解析法の場合、検出器は、検出器内を流れる試料水に対して、少なくとも一箇所から光ビームを照射し、前方散乱光と、側方散乱光と、後方散乱光と、透過光のうち、少なくとも一つの光を光電変換器にて受光し、変換された電気信号の平均値と標準偏差とから、試料水に含まれる粒子の平均粒径と粒子数とを求める。このとき、平均粒径の増大が見られ始める時間をフロック成長開始時間とし、フロックとして計数される粒子数が増加し始める点をフロック増加開始時間として測定した際に、少なくとも一方の時間、あるいは両方の時間を演算した結果を集塊化開始時間として採用する。
【0033】
図3に、変動解析法による集塊化開始時間の測定結果のグラフを示す。図3が示すように、試料中に凝集剤を注入し撹拌すると、測定される平均粒径は時間とともに大きくなる。このとき、集塊化開始時間は、例えば図3に示すように、フロックの平均粒径の増加率が最大となった時の傾きが時間軸と交わる点における時間を集塊化開始時間とすることができる。又は、フロックの形成が最大に達したとき、すなわち、平均粒径、あるいは粒子数が最大値に達したときの、例えば、10%〜50%から選択される一定の割合となる値を集塊化開始時間と設定することもでき、より好ましくは、最大値に達したときの15〜30%、最も好ましくは、最大値に達したときの20%値を超えた時点を集塊化開始時間と設定することができる。
【0034】
このようにして、凝集分析手段2により測定した集塊化開始時間の情報は、内蔵シーケンサ3へと送られる。凝集分析手段2は、10〜15分ごとに更新情報を内蔵シーケンサ3へと送る。この情報は、内蔵シーケンサ3において基礎凝集剤注入率の補正値を導くために使用される。
【0035】
上記の凝集分析手段2によれば、実際に処理する原水を試料として集塊化開始時間をパラメータとして用いるので、従来の注入率式では考慮されていない凝集阻害物質の影響が反映され、最も適正な凝集剤注入率を算出することができる。また、ジャーテストと比較して、緩速撹拌から静置の工程が必要ないので、10〜15分程度で凝集剤注入率を自動的に決定することができる。したがって、熟練したオペレータによる作業は必要とせず、さらに、ジャーテストよりもタイムラグの少ない凝集剤注入率制御を実現することが可能である。また、凝集センサのように原水濁度と適正フロック粒径のデータベースを作成する必要がないため、凝集分析装置による凝集剤注入率制御システムは、装置設置後の比較的短期間で実運用に入ることができるという特徴がある。
【0036】
また、凝集分析手段2は、採取した原水を複数の区分に分け、それぞれの区分に異なる凝集剤注入率で凝集剤を注入し、各集塊化開始時間を測定することもできる。これにより、処理中の原水について、凝集剤注入率と集塊化開始時間との関係を示すフィッティングラインを作成することができる。
【0037】
図4は、上記工程により作製されたフィッティングラインの一例を示すグラフである。図4は、A〜Dの4つの区分に分けた原水に対し、異なる凝集剤注入率で凝集剤を注入したときの集塊化開始時間を測定・プロットし、フィッティングラインを作成したものである。このようなフィッティングラインを作成することにより、各実施設の目標集塊化時間から、適正な凝集剤の注入率を算出することも可能である。
【0038】
内蔵シーケンサ3は、水質測定手段1からの測定値の情報を受け取り、予め設定された注入率式に基づき、基礎凝集剤注入率を算出する。基礎凝集剤注入率の算出式(注入率式)は、当業者によりジャーテストや実施設の沈殿水濁度などを基に定めることができる。具体的には、注入率式について線形か非線形か等の形と、式で用いる変数としての水質項目とを定める。通常は式(1)の方程式を用い、変数は原水濁度とすることができる。
【数1】

次に注入率式で扱われる定数を決定する。式(1)を採用する場合、降雨時や低水温期など、様々な条件における原水に対して、ジャーテストで求めた適正注入率Pと、原水濁度の測定値TBnとを1組として、複数組のデータを式(1)に代入し、最小二乗法で解析することで定数を決定する。このとき、定数は最小二乗法による解析時に発散しないような値を初期値として代入する必要がある。また、実際の浄水場の運用データの中で、目標となる沈殿水濁度の範囲(例えば0.5〜1度)に収まった時のみのデータを抜き取って、浄水場の実際の注入率P、その時の原水濁度をTBnとして、解析することもできる。以上のようにして、定数を決めた後、方程式に定数を代入すると、注入率式が完成する。
また、基礎凝集剤注入率の算出式は、本装置設置前に浄水場が運用していた注入率式を使用してもよい。
【0039】
内蔵シーケンサ3は、凝集分析手段2からの集塊化開始時間の情報を受け取り、集塊化開始時間の情報から推奨凝集剤注入率を決定し、基礎凝集剤注入率と、推奨凝集剤注入率との差分から補正値を算出する。この補正値により基礎凝集剤注入率を補正することで、最終的に注入率を算出する。基礎凝集剤注入率はリアルタイムに更新され、また、注入率の補正値は周期的に更新され(約10〜15分)、凝集剤注入率へと反映される。
内蔵シーケンサ3は、補正された注入率を凝集剤の注入ポンプ等へ出力することで、凝集剤の注入率を制御する。内蔵シーケンサ3は、水質測定手段1又は凝集分析手段2と一体となっていても良く、独立していてもよい。
【0040】
上記の構成によれば、先ず、取水した原水は着水井10から混和池20へと導入される一方で、その一部が凝集剤注入率制御装置60の水質測定手段1及び凝集分析手段2へと導入される。水質測定手段1において原水の水質が測定され、その測定情報が内蔵シーケンサ3へと伝えられる。内蔵シーケンサ3では、水質測定手段1より送られた情報と、注入率式とに基づいて基礎凝集剤注入率を算出する。また、所定の凝集剤注入率における原水の集塊化開始時間が凝集分析手段2により測定され、その測定情報が内蔵シーケンサ3へと伝えられる。ここで、所定の凝集剤注入率は、予め定められた固定値とするか、基本注入率式で求められた基礎凝集剤注入率(変動値)とする。なお、所定の凝集剤注入率を変動値として扱う場合には、基礎凝集剤注入率において実際に集塊化開始時間を測定した結果を所定の凝集剤注入率における集塊化開始時間としてよいし、前記の凝集剤注入率と集塊化開始時間との関係を示すフィッティングラインと所定の凝集剤注入率とから所定の凝集剤注入率における集塊化開始時間を求めてもよい。
【0041】
内蔵シーケンサ3は、凝集分析手段2より送られた情報から凝集剤注入率の補正値を算出し、基礎凝集剤注入率はこの補正値により周期的に修正される。
このように、集塊化開始時間に基づいて算出される補正値を用いて、基礎凝集剤注入率を補正することで、注入率式による制御の場所的、時間的普遍性がないという欠点を補い、凝集分析装置の集塊化開始時間測定法の制御周期を短くすることが可能である。以下、さらに詳細に凝集剤注入率の算出方法を記述する。
【0042】
一般的な水質測定手段1の測定値より注入率pを導くための注入率式(基本注入率式)は、水質測定手段1により測定される濁度をパラメータとして、例えば式(1)のように表される。
【数2】

ここで、C、A、bは定数、Tは原水濁度である。なお、水温区分によって、各係数を変更したり、式(1)に水温の項を追加したりする例もある。
このとき、原水濁度や水温は、凝集剤注入点よりも前段階で採水した試料水に対して、秒単位以下の周期で測定が可能であるから、式(1)等の注入率式による制御は、連続的なフィードフォワード制御となる。先に述べたように、この注入率式は、場所的、時間的普遍性がなく、浄水場によって式の構造自体が異なっていたり、同じ河川から取水する浄水場であっても場所によって異なる係数を用いたりする場合が多い。また、雨の降り始めや降り終わり、季節等によって、複数の式を用いる場合もある。
【0043】
本発明では、推奨凝集剤注入率を決定する。推奨凝集剤注入率は、集塊化開始時間の測定値と、予め求めたフィッティングラインに基づいて決定される。
この推奨凝集剤注入率と、基礎凝集剤注入率との差分から、補正値が算出される。
【0044】
補正値は、式(1)に適用するならば、式(2)のようになる。
【数3】

【0045】
ここで、補正値Δpは、集塊化開始時間適正値から得られた推奨凝集剤注入率pAと、採水された原水と同時刻の原水水質に基づき得られた基礎凝集剤注入率pE0との差分値である。
また、推奨凝集剤注入率pAは、集塊化開始時間の測定毎に更新され、次の更新までは前回値を保持する。したがって、Δpについても集塊化開始時間の測定ごとに更新される。
【0046】
次に、補正値Δpに基づいて、基礎凝集剤注入率を補正する。
【数4】

piは補正された注入率であり、集塊化開始時間測定時をi=0とし、基礎凝集剤注入率pEiが更新されるたびにiが増加するものとする。
【0047】
図8は、本発明の実施の形態に係る凝集剤の注入率を制御する装置の動作方法のフローチャートである。
以下、図8に記載されたフローチャートを用いて、本発明の実施の形態に係る凝集剤を制御する装置の動作を説明する。
まず、本発明の実施の形態に係る制御装置では、水質測定手段1が、原水の水質を測定する(S801)。具体的には、水質測定手段1は、原水の濁度又は微粒子を測定する。
次に、内部シーケンサ3は、水質測定手段1から水質測定値を受け取る。内部シーケンサ3は、水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出する(ステップS802)。
凝集分析手段は2、原水の水質を測定する上記ステップS801とは独立して、原水に対し凝集剤を注入して原水中の粒子の集塊が始まるまでの時間を測定する(ステップS803)。
【0048】
次に、内部シーケンサ3は、フィッティングラインを決定する(ステップS804)。ここで、フィッティングラインを決定するステップ(S804)は、原水を複数個の試験用水槽にそれぞれ所定量採取し、試料水に対して予め設定したそれぞれ異なる凝集剤注入率で凝集剤を注入する工程と、凝集剤注入後、各試料水内の粒子の集塊が始まるまでの集塊開始時間を試料水ごとに測定する工程と、各試料水ごとに測定された集塊化開始時間と、前記各凝集剤注入率とに基づいて、集塊化開始時間と凝集剤注入率との相関をフィッティングラインとして算出する工程とからなる。
【0049】
続いて、内部シーケンサ3は、フィッティングライン及び集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を求める(ステップS805)。次に、内部シーケンサ3は、推奨凝集剤注入率と、基礎凝集剤注入率との差分から補正値を算出する(ステップS806)。最後に、内部シーケンサ3は、算出された補正値に基づいて、基礎凝集剤注入率を補正する(ステップS807)。
【実施例1】
【0050】
次に、所定の凝集剤注入率における集塊化開始時間を利用して注入率を演算する実施例を以下に説明する。
本発明に係る制御装置は、特開2009−672号記載の装置の機能の他に、図1に示すように原水濁度計からの濁度出力(アナログ信号)を入力する機能を併せ持っており、内蔵シーケンサ3によって、従来の注入率式を用いた基礎凝集剤注入率の演算と、補正値の算出による最終的な注入率の演算等を行うことが可能となっている。
【0051】
図5は、河川表流水を対象とした原水濁度の変化、及び従来の注入率式で演算された基礎凝集剤注入率を示しており、原水水質の変化が比較的大きかった期間を抜き取っている。
ここで、基礎凝集剤注入率は、原水濁度の測定値、及び係数C=10、A=5、b=0.5を式(1)に代入することで得ている。
【0052】
図4は、4つの水槽にて各々異なる凝集剤注入率で測定された集塊化開始時間TSA〜TSDと、前記4つの凝集剤注入率との関係から算出されるフィッティングラインを示している。ここで、集塊化開始時間適正値は混和地の滞留時間等を目安として決定される。また、推奨凝集剤注入率は、集塊化開始時間適正値とフィッティングラインとの関係から算出される。
【0053】
図4は、基礎凝集剤注入率、推奨凝集剤注入率、及び基礎凝集剤注入率と前記推奨凝集剤注入率との差分である補正値Δpとの関係を示す。ここで、基礎凝集剤注入率は、1分周期で算出されるが、推奨凝集剤注入率の算出周期は15分周期で算出されるように設定されている。従って、最新値に更新されるまで前回値が保持される。その結果、Δpの更新周期は15分となる。
【0054】
図7は、基礎凝集剤注入率と、本発明で得られた補正注入率、すなわち、基礎凝集剤注入率とΔpとを加算した結果を示している。
濁度上昇時においては、本発明で得られた補正注入率が、従来方式で得られた基礎凝集剤より高い値となった。一方、濁度の安定時においては、本発明で得られた補正注入率が、従来方式で得られた基礎凝集剤より低い値となった。
特に、濁度の安定時おいては、従来方式で得られた基礎凝集剤は、ろ過水のアルミニウムの測定結果から、過剰注入であることが分かっている。注入率式の係数を決めた数年前と比較して、注入率式の係数にずれが生じているとものと予想される。
【0055】
次に、一ヶ月間にわたって、従来の注入率式と本発明の方式を比較した。
月間の平均注入率は、従来方式が25mg/Lであった。これに対して、本発明の方式の場合には、22mg/Lであった。
よって、本発明の制御方式を用いて、月間の平均注入率を3mg/L削減することができた。このように、本発明による凝集剤注入率の適正化により、凝集剤使用量を削減することができる。
【0056】
本発明に係る凝集剤の制御方法及びその装置を用いることによって、凝集剤の使用量を最適値に設定することができる。これによって、省令で定められた基準値以上の非鉄重金属や軽金属等がろ過池から流出してしまうことを防ぐことが可能である。
【0057】
また、本発明の方式では、従来の注入率式では表れない藻類やその他の凝集阻害物質の量に応じて、集塊化開始時間測定法によって算出される推奨凝集剤注入率と基礎凝集剤注入率との差分から補正値が導入されて注入率が増加する。よって、より安全な注入率制御が可能となる。
【0058】
さらに、特開2009−672の方法によっても、適正な注入率の管理は可能ではあったが、データ更新周期が長い(10〜15分)という課題があった。本方式によれば、従来の注入率式によって、より短い周期(本実施例では1分)で注入率制御が可能となる。
【0059】
なお、本実施例では、従来の注入率式、及び本発明の補正注入率式において、原水濁度のみをパラメータとして用いているが、その他の水質、例えば水温や色度などをパラメータとして用いることも可能である。その際、それら水質はアナログ信号として入力する方法以外に、RS485など他の通信方式を用いてもよい。なお、原水濁度やその他の水質は、凝集分析装置にその測定機能を組み込むことも可能である。
【0060】
また、本実施例では凝集分析装置内蔵のシーケンサにより、注入率の演算を行っているが、凝集分析装置の上位側にパソコン等を接続し、パソコンにて従来の注入率式による注入率演算、及び本発明の補正注入率の演算を行ってもよい。
【符号の説明】
【0061】
1 水質測定手段
2 凝集分析手段
3 内蔵シーケンサ
10 着水井
20 急速混和池
30 フロック形成池
40 沈殿池
50 ろ過池
60 凝集剤注入率制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原水の水質を測定する水質測定工程と、
得られた水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出する注入率算出工程と、
前記水質測定工程とは独立して、原水に対し凝集剤を注入することにより原水中の粒子の集塊が始まるまでの時間を測定する集塊化開始時間測定工程と、
前記集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を決定する推奨凝集剤注入率決定工程と、
前記基礎凝集剤注入率と、前記推奨凝集剤注入率との差分から補正値を算出する補正値算出工程と、
前記補正値に基づいて、前記基礎凝集剤注入率を補正する注入率補正工程と
を含む、被処理原水の凝集プロセスにおいて凝集剤の注入率を制御する方法。
【請求項2】
前記水質測定工程が原水の濁度又は微粒子を測定する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記集塊化開始時間測定工程が、原水に対し注入される凝集剤が前記基礎凝集剤注入率で供給されるときの集塊化開始時間を測定する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記集塊化開始時間測定工程が、複数に区分けした原水に対してそれぞれ異なる凝集剤注入率で凝集剤が供給されるときの各集塊化開始時間を測定する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記推奨凝集剤注入率が、前記集塊化開始時間の測定値及び予め求めたフィッティングラインに基づいて決定される請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記フィッティングラインが、
原水を複数個の試験用水槽にそれぞれ所定量採取し、前記試料水に対して、予め設定したそれぞれ異なる凝集剤注入率で凝集剤を注入する凝集剤注入工程と、
凝集剤注入後、各試料水内の粒子の集塊が始まるまでの集塊開始時間を試料水ごとに測定する集塊化開始時間測定工程と
各試料水ごとに測定された集塊化開始時間と、前記各凝集剤注入率とに基づいて、集塊化開始時間と凝集剤注入率との相関をフィッティングラインとして算出するフィッティングライン算出工程と
により算出される請求項1〜5に記載の方法。
【請求項7】
原水の水質を測定する水質測定手段と、
原水に凝集剤を注入して集塊化開始時間を計測する凝集分析手段と、
前記水質測定手段からの水質測定値及び前記凝集分析手段からの集塊化開始時間の測定値を受け取るように接続された情報処理手段と
を備える、被処理原水の凝集プロセスにおいて凝集剤の注入率を制御する装置であって、ここで、前記情報処理手段が、前記水質測定値から基礎凝集剤注入率を算出し、前記集塊化開始時間の測定値から推奨凝集剤注入率を決定し、前記基礎凝集剤注入率と、前記推奨凝集剤注入率との差分から補正値を算出し、前記補正値に基づいて前記基礎凝集剤注入率を補正する、装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−200841(P2011−200841A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72981(P2010−72981)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(507214083)メタウォーター株式会社 (277)
【Fターム(参考)】