説明

出血治療に用いる人工酸素運搬体

【課題】出血ショック治療時又は出血ショック治療過程において必要となる、酸素分圧40mmHg以下の部位への効率的な酸素供給及び酸素分圧100mmHgの部位と40mmHgの部位の間での効率的な酸素供給が、組織の酸素分圧の状態に応じて可能となるヘモグロビンベースの人工酸素運搬体を供給する。
【解決手段】出血ショック治療時又は出血ショック治療過程において、低酸素親和性の前記人工酸素運搬体と高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を併用して投与する事を特徴とする前記人工酸素運搬体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は出血治療に用いる人工酸素運搬体に関する。より詳しくは出血ショック治療時又は出血ショック治療過程において、組織の酸素分圧の状態に応じて、酸素を供給する事が可能な人工酸素運搬体に関する。
【背景技術】
【0002】
出血治療用の人工酸素運搬体として、ヘモグロビンベースのものが、様々に検討されてきた。ヘモグロビンベースのものとしては、ヘモグロビン溶液型とヘモグロビン含有リポソーム型のものがある。アロステリック因子(0013に詳述)を用いて、ヘモグロビンの酸素親和性を制御する事が可能である。通常の肺の酸素分圧100mmHgと組織末端の酸素分圧40mmHgの間の酸素運搬量を多くする為に、酸素親和性を制御する方法が検討されてきた(特公平4-66456)。出血ショック時は血流不全の為、組織末端は酸素不足であり、通常の組織末端の酸素分圧40mmHgより低くなっている。酸素分圧100mmHgと酸素分圧40mmHgの間の酸素供給だけでなく、酸素分圧40mmHg以下の部位への酸素供給も配慮する検討は従来、十分には行なわれていなかった。
【特許文献1】特公平4-66456
【非特許文献1】人工臓器 18(1), 369-372 (1989)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ヘモグロビンベースの人工酸素運搬体において、ヒト血液を原料とする場合、赤血球からヘモグロビンを取り出す工程で、ヒト赤血球に元々存在するアロステリック因子の2,3-DPG(酸素放出能を高める燐酸化合物)が失われる。その結果として、酸素解離曲線(詳細は0013に記載)は左にシフトし、酸素運搬効率(詳細は0013に記載)は低くなってしまう問題があった。この問題を解決するため、ヘモグロビン溶液型の人工酸素運搬体では、ヘモグロビンにアロステリック因子を化学結合させたり、ヘモグロビン含有リポソーム型の人工酸素運搬体では、予めヘモグロビン溶液にアロステリック因子を溶解させ、これをリポソーム化し、酸素運搬効率を高める検討がされて来た。これらはいずれも通常の肺の酸素分圧100mmHgと通常の組織末端の酸素分圧40mmHgの間の酸素運搬量を多くする為に、酸素放出能を制御する方法であった。しかし、出血ショックにおいては、血液が失われ、血流不全となる為、組織末端は酸素不足に陥っているので、通常の酸素分圧40mmHgより低い状態にある。この点を考慮して、酸素分圧が40mmHgより低い部分への酸素供給に着目した検討も、最近では行なわれつつある。つまり、天然の赤血球と比較して、通常の肺の酸素分圧100mmHgと組織末端の酸素分圧40mmHgの間では酸素を離し難く、酸素分圧40mmHg以下の部位では酸素を離し易くする為、天然赤血球と比較して、酸素解離曲線を左にシフトさせた(高酸素親和性と呼ぶ)人工酸素運搬体を出血治療に用いる検討である。なお、本発明においては、通常の天然赤血球と比較して、酸素解離曲線が左にシフトしている場合を高酸素親和性と呼び、通常の天然赤血球と比較して、酸素解離曲線が右にシフトしている場合を低酸素親和性と呼ぶ。従来検討されて来た酸素分圧100mmHgと酸素分圧40mmHgの間の酸素運搬量を高める方法と比較すると、酸素放出能の面で逆の方向を目指すものである。現時点で、世界的に見てヘモグロビンベースの人工酸素運搬体が、幾つか臨床段階まで進んでいるが、高酸素親和性のものもあり、低酸素親和性のものもある。つまり、酸素放出能の面では、逆の方向を目指すものが、両者とも、臨床治験段階まで進んでいる事は、一見矛盾する様に見える。しかし、出血ショック治療初期においては、酸素分圧40mmHg以下の部位への酸素供給が重要であり、人工酸素運搬体が投与され、低酸素組織への酸素供給および血管内循環量が確保された後は、今度は、通常の酸素分圧100mmHg〜40mmHg間での酸素供給が必要となる点に我々は着目した。つまり、出血治療の為には酸素分圧40mmHg以下の部位への酸素供給も、酸素分圧100mmHg~40mmHg間での酸素供給も、状況に応じて必要である。しかし、この点に着目した検討は従来行なわれていなかつた。
本発明は、出血治療時に低酸素親和性の人工酸素運搬体および高酸素親和性の人工酸素運搬体を併用し、酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間での酸素供給も、酸素分圧40mmHg以下への酸素供給も、状況に応じて可能となる人工酸素運搬体およびその投与方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
出血治療時には、通常の組織末端の酸素分圧40mmHg以下の部位への酸素供給及び、酸素分圧100mmHg~40mmHg間での酸素供給が、状況に応じて必要となる事に着目し、従来、この観点よりの検討は行なわれていなかったので、下記のごとく、上記課題を解決した。
【0005】
出血治療に用いる人工酸素酸素運搬体であって、低酸素親和性の前記人工酸素運搬体
と高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を併用して用いる事を特徴とする前記人工酸素運搬体。
【0006】
(2) 出血治療に用いる人工酸素運搬体であって、初回に低酸素親和性の前記人工酸素運搬体を投与し、その後、高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を投与する事を特徴とする請求項1に記載の前記人工酸素運搬体。
【0007】
(3) 前記人工酸素運搬体がヘモグロビン含有リポソームの懸濁液である事を特徴とする請求項1又は2に記載の人工酸素運搬体。
【発明の効果】
【0008】
以上、詳述した様に、本発明は出血治療時に低酸素親和性の前記人工酸素運搬体と高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を併用して用いる事により、出血治療時に必要となる酸素分圧40mmHg以下への酸素供給と、酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間での酸素供給が状況に応じて可能な人工酸素運搬体を提供出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の人工酸素運搬体としては、ヘモグロビン溶液型のものを用いても良いし、ヘモグロビン含有リポソーム型のものを用いても良いが、以下、人工酸素運搬体としてヘモグロビン含有リポソーム型のものを用いた場合について、より具体的に説明する。
【0010】
<リポソーム膜形成脂質>
本発明におけるリポソーム膜形成脂質は天然又は合成の脂質が使用可能である。特にリン脂質が好適に使用され、これらを常法に従って水素添加したものがあげられる。更にリポソーム膜形成脂質には所望によりステロール等の膜強化剤や荷電物質として高級飽和脂肪酸を添加しても良い。リン脂質として水素添加大豆リン脂質、膜強化剤としてコレステロール、荷電物質としてステアリン酸等が好適に使用される。
【0011】
<リポソーム内水相に含有されるヘモグロビン>
本発明のリポソーム内水相に含有されるヘモグロビンは、公知の方法により、ヒト期限切れ濃厚赤血球製剤より白血球、血小板、血漿及び赤血球膜を除去した後、濃縮したヒト由来濃厚ヘモグロビンが用いられる。
【0012】
<リポソーム表面修飾剤>
リポソーム表面への蛋白吸着剤又はリポソーム凝集抑制として(特公平7-20857)、そして、リポソームの血管内投与後の一過性の血圧低下の可能性を軽減化する為(特願2007-267469)、一端に疎水性を有し、且つ、他端に親水性高分子を有する化合物がリポソームの表面修飾に用いられる。
【0013】
<アロステリック因子と酸素解離曲線>
本発明に記載されるアロステリック因子とは、酸素解離曲線(ヘモグロビンの酸素飽和度と酸素分圧との関係を示す曲線。ヒト天然血液の酸素解離曲線は図1参照)に影響を与える因子である。アロステリック因子は酸素解離曲線を右にシフトさせ、その結果として酸素運搬効率を高くする。一般には、天然赤血球の酸素運搬効率とは通常の肺の酸素分圧である100mmHgと酸素供給先の部位である組織末端の酸素分圧40mmHgとの間のヘモグロビンの酸素飽和度の差を示す。図1が示す様に、ヒト天然赤血球では肺(酸素分圧100mmHg)で酸素飽和度は約100%であり、静脈(酸素分圧40mmHg)では酸素飽和度は約75%なので、肺と組織末端との間で、酸素飽和量の25%を組織に供給する。人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、ヒト血液を原料とする場合、赤血球からヘモグロビンを取り出す工程において、ヒト赤血球に元々存在するアロステリック因子の2,3-DPG(酸素放出能を高める燐酸化合物)が失われる。その結果として、酸素解離曲線は左にシフトし、天然赤血球で得られた100mmHgと40mmHgの間での酸素運搬効率が低下してしまう問題があった。本発明者らは、予めヘモグロビン溶液にアロステリック因子を溶解させ、これをリポソーム化する事により、この問題を解決する方法を鋭意検討してきた(特公平4-66456)。
しかし、出血ショック時には、血液が失われた事により、末梢循環不全となり、組織末端では酸素不足に陥っており、組織末端の酸素分圧は通常の組織末端の酸素分圧40mmHgよりも更に低くなっている。酸素分圧40mmHgよりも更に低い酸素分圧の部位に酸素を供給する為には、酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgとの間での酸素運搬効率が重要であり、酸素解離曲線を適切な範囲で左にシフトさせれば、天然赤血球と比較して、酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間では、酸素を離し難く、酸素分圧40mmHg以下の部位で酸素を離し易くなる。なお、本発明では、酸素解離曲線が天然赤血球と比較して、右にシフトしている場合を低酸素親和性、左にシフトしている場合を高酸素親和性と呼ぶ。よって、低酸素組織に運搬可能な酸素運搬量を増加させる為には、酸素解離曲線を右にシフトさせる作用のあるアロステリック因子は添加量を少なくするか、或いは添加しない方が有利である。
本発明においては、出血ショック時の治療初期に上記設定の高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液(アロステリック因子の添加量が少ないか、或いは添加しない)を投与し、酸素分圧40mmHg以下の低酸素部位への効率の良い酸素供給及び血管内循環量の確保が行なわれたその後では、今度は肺の酸素分圧100mmHgと組織末端の酸素分圧40mmHgの間での酸素供給が必要となる。そこで、高酸素親和性の人工酸素運搬体投与の後で、低酸素親和性のアロステリック因子添加ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を投与すれば、天然赤血球と比較して、酸素解離曲線はより右にシフトしているので、100mmHgと40mmHgとの間で設定した酸素運搬効率は高くなり、酸素分圧100mmHg~40mmHg間で酸素を供給し易くなる。
【0014】
<ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の酸素運搬量設定>
本発明における、ヘモグロビンを内水相とするリポソーム懸濁液1mLが酸素分圧100mmHgと酸素分圧40mmHgの間で運搬可能な酸素運搬量(低酸素親和性設定)又は酸素分圧40mmHgと0mmHgの間で運搬可能な酸素運搬量(高酸素親和性設定)は、本発明において、(1)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度(ヘモグロビンが酸素運搬の主役である)(2)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率(ヘモグロビンが酸化されて、メトヘモグロビンとなると酸素運搬能を失う)(3)前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率から理論的に算出する(後述)。本発明の酸素運搬効率は低酸素親和性の為には、酸素分圧100mmHgと40mmHgの間で設定される(酸素解離曲線において酸素分圧100mmHgと40mmHg酸素飽和度の差)。また、本発明の酸素運搬効率は高酸素親和性設定の為には、酸素分圧40mmHgと0mmHgの間で設定される(酸素解離曲線において酸素分圧40mmHgと0mmHgの酸素飽和度の差)。
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度:Aw/v%、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率:B%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率(低酸素親和性設定又は高酸素親和性設定):C%とすると、前記リポソーム懸濁液1mLが、酸素分圧100mmHgと40mmHgの間で、又は、酸素分圧40mmHgと0mmHgの間で運搬可能な酸素量DmL(37℃、1気圧)は以下の様に理論的に計算される。
リポソーム懸濁液1mL中のヘモグロビンに結合可能な酸素分子数(moL)は、ヘモグロビンに結合可能な酸素分子が4つである事から、
{A(1−B / 100)×4 / 64500}/ 100 .....(1)となる。
更に、酸素運搬効率がC%である事から、リポソーム懸濁液1mLが放出する酸素分子数(moL)は、
(1)×(C / 100).....(2)となる。
また、気体の状態方程式PV=nRT R(atm・1・/・K・moL)=0.082より、
D(mL)=(2)×0.082×(37+273)×1000.....(3)となる。
以上により、前記ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液において、(1)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度(2)前記リポソーム懸濁液中の酸素運搬効率(3)前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率を適切に制御し、設定する事により、適切な酸素運搬量の設定が可能となる。
【0015】
<リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度>
本発明における人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の酸素運搬の主役はヘモグロビンである。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が高過ぎると、ヘモグロビンをリポソーム化する為のリポソーム形成脂質の濃度が必然的に高くなり、生体に投与される総脂質濃度が高くなって、安全性の面で懸念がある。また、前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度が低過ぎると、酸素運搬の主役であるヘモグロビンの絶対量が不足して、酸素運搬量設定に不利となる。従って、前記リポソーム懸濁液中の適切なヘモグロビン濃度は5.6〜6.7w/v%であり、より好ましくは5.7〜6.6w/v%である。
【0016】
<リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率>
ヘモグロビンは酸化されて、メトヘモグロビンとなると酸素運搬能を失うので、人工酸素運搬体としてのヘモグロビン含有リポソームにおいては、ヘモグロビンの酸化防止(ヘモグロビンメト化防止)は、重要課題の一つである。ヘモグロビンのpHが過度に低下すると、ヘモグロビンの酸化が促進するので、製造工程を低温に保つと同時に、製造工程ではヘモグロビンのpH制御を行い、公知の方法(特開2006-104069)により、還元剤使用による脱酸素化及び脱酸素化状態のまま、製造バッグに無菌充填した後、脱酸素化状態を維持できる様に外包装を行う。前記リポソーム懸濁液製造直後及び有効保存期間中のヘモグロビンメト化率は10%以下である。ヘモグロビンメト化率がこれより高くなると、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬量が低下し、酸素運搬体として不利となる。
【実施例】
【0017】
次に本発明の実施例により、具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、前記リポソーム懸濁液の製造工程は無菌環境下での操作とした。
【0018】
<高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の製造>
アロステリック因子を添加せず、酸素解離曲線を天然赤血球と比較して、より左にシフトさせる。
水素添加大豆ホスファチジルコリン182g、コレステロール89g、ステアリン酸46gからなる均一混合脂質に水317gを加えて、85℃で30分間加熱して水和膨潤均一混合脂質を調整した。期限切れ濃厚赤血球際剤からヘモグロビンを精製、濃縮し、ヘモグロビン濃度42.0w/v%の濃厚ヘモグロビンを調整した。前記水和膨潤均一混合脂質634gに前記濃厚ヘモグロビン溶液2264gを添加し、均一に攪拌し前乳化を行なった。前記前乳化後に更に強力な攪拌により、本乳化を行なった。前記本乳化後の混合液を生理食塩水により希釈して、0.45μm膜を用いて、循環濾過により粒子径の制御を行なった。次に10mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液を使用し、亜硫酸ナトリウムによる脱酸素化を行なった後、分画分子量30万の限外濾過膜を用いて、0.5mg/mL濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水溶液による加水濃縮で、リポソーム化されなかったヘモグロビンを除去し、ヒト由来濃厚ヘモグロビン含有リポソーム懸濁液を作成した。前記リポソーム懸濁液に、PEG結合リン脂質として、DSPE-PEG5000(日本油脂製)を生理食塩水に溶解させたPEG結合リン脂質生理食塩水溶液を添加した。前記リポソーム及びPEG結合リン脂質を含有した前記リポソーム懸濁液中のリポソーム膜形成脂質濃度が4.05w/v%であり、PEG結合リン脂質濃度が0.31w/v%である様に調整した後、37℃、24時間処理し、PEG結合リン脂質をリポソーム表面に固定化した前記リポソーム懸濁液を得た(サンプルAとする)。
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は6.3w/v%であり、ステアリン酸濃度は0.58w/v%であった。製造直後の前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率は4.0%であった。前記リポソーム懸濁液の酸素解離曲線(37℃)から求めた酸素運搬効率(高酸素親和性設定。酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgの間の酸素飽和度の差)は97%であった。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度:6.3w/v%、ヘモグロビンメト化率:4.0%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率(高酸素親和性設定):97%を前述0015に記載の(3)式に当てはめると、前記リポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHg〜0mmHgの間で運び得る酸素運搬量(37℃、1気圧)は0.092mLと算出された。一方、酸素解離曲線が天然赤血球より左にシフトしているので、100mmHgと40mmHgの間の酸素運搬効率は僅か3%となり、100mmHgと40mmHgの間で運搬可能な酸素量は、前述0015に記載の(3)式に当てはめると0.0028mLとなる。
【0019】
<低酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液の製造>
アロステリック因子を添加して、酸素解離曲線を天然赤血球と比較して、より右にシフトさせる。
水素添加大豆ホスファチジルコリン182g、コレステロール89g、ステアリン酸65gからなる均一混合脂質に水336gを加えて、85℃で30分加熱して水和膨潤均一混合脂質を調整した。期限切れ濃厚赤血球製剤からヘモグロビンを精製、濃縮し、アロステリック因子として、フィチン酸12ナトリウムをヘモグロビンに対して等モル添加したヘモグロビン濃度42.6w/v%の濃厚ヘモグロビンを調整した。前記水和膨潤均一混合脂質672gに前記フィチン酸12ナトリウム添加濃厚ヘモグロビン溶液2,400gを添加し、水和膨潤均一混合脂質中のステアリン酸を中和する量の水酸化ナトリウムを添加しつつ、均一に攪拌し、前乳化を行なった。前記前乳化後に更に強力な攪拌により、本乳化を行なった。前記本乳化後の混合液を生理食塩水により希釈して、0.45μm膜を用いて、循環濾過により粒子径の制御を行なった。次に10mg/ml濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水を使用し、亜硫酸ナトリウムによる脱酸素化を行なった後、分画分子量30万の限外濾過膜を用いて、0.5mg/ml濃度の亜硫酸ナトリウム生理食塩水による加水濾過濃縮で、リポソーム化されなかったヘモグロビン及びフィチン酸12ナトリウムを除去し、ヒト由来濃厚ヘモグロビン及びアロステリック因子含有リポソーム懸濁液を作成した。前記リポソーム懸濁液に、PEG結合リン脂質として、DSPE-PEG5000(日本油脂製)を生理食塩水に溶解させたPEG結合リン脂質水溶液を添加した。前記リポソーム及びPEG結合リン脂質を含有した前記リポソーム懸濁液中のリポソーム膜構成脂質濃度が4.04w/v%であり、PEG結合リン脂質濃度が0.33w/v%である様に調整した後、37℃、24時間処理し、PEG結合リン脂質をリポソーム表面に固定化した前記リポソーム懸濁液を得た(サンプルBとする)。
前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度は6.2w/v%であり、アロステリック因子であるフィチン酸12ナトリウム濃度は0.077w/v%であり、ステアリン酸濃度は0.82w/v%であった。製造直後の前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビンメト化率は4.5%であつた。前記リポソーム懸濁液の酸素解離曲線(37℃)から求めた酸素運搬効率(高酸素親和性設定:酸素分圧40mmHgと酸素分圧0mmHgの間の酸素飽和度の差)は41%であった。前記リポソーム懸濁液中のヘモグロビン濃度6.2%、ヘモグロビンメト化率4.5%、前記リポソーム懸濁液の酸素運搬効率(高酸素親和性設定)41%を前述0013に記載の(3)式に当てはめると、前記リポソーム懸濁液1mLが酸素分圧40mmHg〜0mmHgの間で運び得る酸素運搬量(37℃、1気圧)は0.038mLと算出された。一方、酸素分圧100mmHgと40mmHgの間の運搬可能な酸素量(37℃、1気圧)は、酸素解離曲線が右にシフトしており、この場合の酸素運搬効率(低酸素親和性設定)が37%となるので、同じく前述0013に記載の(3)式に当てはめると0.0345mLとなる。
【0020】
<投与方法の検討>
0017に記載の高酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液をサンプルAとし、0018に記載の低酸素親和性のヘモグロビン含有リポソーム懸濁液をサンプルBとする。各々のサンプル1mLが酸素分圧40mmHg〜0mmHgの間で運搬可能な酸素量(37℃、1気圧)、及び、酸素分圧が100mmHg〜0mmHgの間で運搬可能な酸素量(37℃、1気圧)を表1に纏める。投与方法を以下の様にシミュレーションした。
(投与方法1)治療初期にサンプルAのみを投与
出血ショツク時に、治療初期にサンプルAのみを投与した場合は、表1より、酸素分圧40mmHg以下の部位に酸素が効率よく供給され(サンプル1mL当たり0.092mL)、酸素分圧40mmHg以下への酸素供給及び血管内循環量が確保された後は、酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間での酸素供給が必要となるが、表1により、サンプルAによる酸素運搬量は僅かであり、残っている天然赤血球が確保された血流により酸素を運搬する事になる。
(投与方法2)治療初期にサンプルBのみを投与
出血ショック時に、治療初期にサンプルBのみを投与した場合は、表1より、酸素分圧40mmHg以下の部位に、サンプル1mL当たり0.038mLの酸素量が供給されるが、その量は投与方法1に比較すると1/2以下である。サンプルB投与後の、酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間での酸素供給量は表1により、サンプル1mL当たり0.0345mLであり、残っている天然赤血球と共同して酸素を運搬する事となる。
(投与方法3)治療初期にサンプルAを投与し、次にサンプルBを投与
出血ショツク時に、治療初期にサンプルAを投与すれば、表1により、酸素分圧40mmHg以下の部位に、サンプル1mL当たり0.092mLが供給される。サンプルA投与により酸素分圧40mmHg以下の部位に酸素が供給され、血管内循環量が確保された後に、サンプルBを投与すれば、酸素分圧100mmHg~40mmHg間での酸素供給量はサンプル1mL当たり0.0345mLであり、残っている天然赤血球と共同して酸素を運搬する。
上記シミュレーションによる、各々の投与方法において、本発明におけるヘモグロビン含有リポソーム懸濁液1mLが運搬可能な、酸素分圧40mmHg以下の部位への酸素運搬量、及び酸素分圧100mmHg〜40mmHgの間での酸素運搬量を表2に纏める。
投与方法3により、出血ショック治療初期に高酸素親和性の人工酸素運搬体を投与し、酸素分圧40mmHg以下の部位に酸素が効率よく提供され、血管内循環量が確保された後は、低酸素親和性の人工酸素運搬体を投与し、酸素分圧100mmHg~40mmHg間での酸素供給が効率よく行なわれる事が分かる。それぞれのサンプルの投与量、投与時期は、出血の状況、患者の状態により選択される。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】


【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ヒト天然血液の酸素解離曲線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出血治療に用いる人工酸素酸素運搬体であって、低酸素親和性の前記人工酸素運搬体と高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を併用して用いる事を特徴とする前記人工酸素運搬体。
【請求項2】
出血治療に用いる人工酸素運搬体であって、初回に低酸素親和性の前記人工酸素運搬体を投与し、その後、高酸素親和性の前記人工酸素運搬体を投与する事を特徴とする請求項1に記載の前記人工酸素運搬体。
【請求項3】
前記人工酸素運搬体がヘモグロビン含有リポソームの懸濁液である事を特徴とする請求項1又は2に記載の人工酸素運搬体。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−263269(P2009−263269A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−113545(P2008−113545)
【出願日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】