説明

分化誘導因子又はその類縁体を含有する抗炎症剤

【課題】新規な作用機序で、かつ副作用が低減された、炎症及び/又は腫瘍の処置に有効な医薬、食品若しくは化粧品用組成物を提供する。
【解決手段】臨床上有効量のDIFファミリーに包含される化合物、又は医薬、食品若しくは化粧品として許容可能なその塩、及び医薬、食品若しくは化粧品として許容可能な賦形剤又は担体を含む組成物を適用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分化誘導因子又はその類縁体の新規な用途に関する。本発明は、医薬、食品、及び化粧品分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
分化誘導因子(Differentiation-inducing factor、DIF)は、細胞性粘菌の一種、キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)が産生・分泌する低分子化合物であり、集合した粘菌細胞が子実体を形成する際、柄細胞への分化を誘導する活性因子である。英国のKayらによってDIF-1が同定され(非特許文献1)、その後、複数の類縁物質、例えば、ディフェラニソールA(differanisole A、DA)が、ケタマカビ(Chaetomium)から発見されている(非特許文献2)。DIF-1とDAは、哺乳類細胞に対して強い活性を有することが明らかとなった。マウス赤白血病細胞及びヒト白血病細胞の増殖抑制効果、正常の血管平滑筋細胞における細胞周期の停止効果、そして収縮型平滑筋への分化誘導効果が報告されている。
【0003】
DIFによる細胞増殖抑制の機序については、2000年以来、詳細な解明が進んだ。まず、G1サイクリン(サイクリンD1、Eなど)の発現を強力に抑制することにより、pRbリン酸化を阻害することが明らかとなり、これが細胞周期停止の分子機構と考えられた。その後、サイクリンD1の発現抑制がどのような機序で起こるのかという観点から、DIFの標的分子(受容体)の探索が開始された。その結果、DIFは、GSK-3β(及びDYRK1B)の活性化を介してサイクリンD1蛋白の分解を促すとともに、Wnt/β-カテニン情報伝達系を阻害することにより、サイクリンD1遺伝子の転写活性を抑制することが明らかとなった。
【0004】
炎症は創傷、感染、血管障害、腫瘍など、生体への外部及び内部からの侵襲に対する組織・全身反応であり、浮腫、紅斑、疼痛、発熱などのいわゆる“炎症症状”を呈する。抗炎症薬に関する研究の歴史は古く、デキサメタゾンやベタメタゾン等のステロイド抗炎症薬、及びアスピリンやインドメタシン等の非ステロイド抗炎症薬が知られている。ステロイド抗炎症薬は、強力な抗炎症作用を有するが、その多様な生理活性に起因して、骨粗鬆症や胃潰瘍等の副作用を引き起こすことが問題になっている。非ステロイド抗炎症薬は、炎症メディエーターであるプロスタグランジンの生合成経路における初発酵素、シクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害することにより抗炎症作用を発揮する。COXには、COX-1型とCOX-2型の2種のアイソフォームが存在することが知られている。COX-1型は、生体内に一定量で存在する構成酵素であり、生体の恒常性維持に関与している。一方、COX-2型は、リポ多糖などによる刺激によって一過的に発現する誘導酵素であり、炎症プロセスにおいて重要な役割を果たす。したがって、非ステロイド抗炎症薬によるCOX-1型の阻害は、胃腸障害や腎障害等の副作用を引き起こす。このような副作用の低減を目的として、COX-2型に特異的な阻害薬が開発されているが、心血管イベントの発生率上昇という重篤な副作用を引き起こすことが報告されている。
【0005】
プロスタグランジンE合成酵素は、種々のケミカルメディエーターを産生するいわゆるアラキドン酸カスケードのなかで、COXよりも下流に位置し、プロスタグランジン類のなかで、炎症反応の惹起物質として一番大きな役割を担っているプロスタグランジンEの合成反応における最終段階を担う酵素である。プロスタグランジンE合成酵素は、細胞質性プロスタグランジンE合成酵素(cytosolic prostaglandin E synthase)と膜結合型プロスタグランジンE合成酵素(mPGES-1)の2種類が報告されている。これらのうち、mPGES-1は、炎症性因子によりその発現が上昇し、炎症の進展に関与していることが示唆されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】H.R. Morris, G.W. Taylor, M.S. Masento, K.A. Jermyn, R.R Kay, Nature 328 (1987)811.
【非特許文献2】Oka H, AsahiK, Morishima H, Sanada M, Shirotani K, Iimura Y, Y, Sakurai T, Uzawa J, Iwadare S, Takahashi, N.J. Antibiot. 38(1985), 1100-1102.
【非特許文献3】Samuelsson B, Morgenstern R, Jakobsson PJ., Membrane prostaglandin E synthase-1: a novel therapeutic target., Pharmacol Rev. 2007 Sep;59(3):207-24. Review
【発明の概要】
【0007】
本発明者は、上記の事情に鑑み、鋭意検討を行った結果、分化誘導因子又はその類縁体を含有する組成物が、これまでに知られていない作用機序により、炎症及び/又は腫瘍の処置に有効であることを見出した。さらに、当該組成物を長期間に渡って投与しても、従来の非ステロイド抗炎症薬の使用で問題とされてきた副作用(胃腸障害、腎障害、及び心血管障害など)が低く抑えられることも示唆された。本発明は、かかる知見に基づいて完成された。
【0008】
本発明は、以下を提供する。
(1)式(I):
【0009】
【化1】

【0010】
ここで、R1は、ヒドロキシ、及び−O−C1-3アルキルより選択され;
R2は、水素、クロロ、ブロモ、及びヨードより選択され;
R3は、−O−C1-3アルキル、及びヒドロキシより選択され;
R4は、水素、クロロ、ブロモ及びヨードより選択され;
R5は、ヒドロキシ、C1-6アルキル、及び−O−C1-3アルキルより選択され;
R6は、水素、ヒドロキシ、C1-10アルキル、及びC3-6シクロアルキルより選択され;そして、
前記−O−C1-3アルキル、C1-6アルキル、C1-10アルキル、及びC3-6シクロアルキルは、それぞれ独立して、炭素上でヒドロキシ、アミノ、メチル、及びメトキシから選択される1以上の置換基で置換されていてもよい;
で表される、臨床上有効量の化合物又は医薬、食品若しくは化粧品として許容可能なその塩、及び医薬、食品若しくは化粧品として許容可能な賦形剤又は担体を含む組成物。
【0011】
(2)式(I)において、R1がヒドロキシ、R2がクロロ、及びR3が−O−CH3である、(1)に記載の組成物。
(3)式(I)で表される化合物が、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ペンタノン、1-[3-クロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン、又は3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシ-4-メトキシ-6-プロピル安息香酸である、(1)又は(2)に記載の組成物。
【0012】
(4)(1)に定義した化合物を含む、プロスタグランジンEの合成抑制剤。
(5)(1)に定義した化合物を含む、膜結合型プロスタグランジンE合成酵素の発現抑制剤。
【0013】
(6)炎症の処置のための、(1)〜(3)のいずれか1に記載の組成物。
(7)長期に処置が必要な疾患又は状態を有する対象に投与するための、(6)に記載の組成物。
【0014】
(8)関節リウマチの処置のための、(7)に記載の組成物。
(9)悪性腫瘍の処置のための(好ましくは治療のための)、(7)に記載の組成物。
(10)経口投与に適した形態である、(1)〜(3)のいずれか1に記載の組成物。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】DIF-1によるmPGES-1タンパク質の発現抑制効果を示す図である。DIF-1でTHP-1細胞を前処理後、LPSで処理した。LPS処理後にmPGES-1タンパク質の発現量を測定した。PMA:ホルボール−12−ミリステート−13−アセテート、LPS:リポ多糖(1 μg/ml、10 μg/ml)、mPGES-1:膜結合型プロスタグランジン合成酵素、GAPDH:グリセルアルデヒド三リン酸デヒドロゲナーゼ、+:添加、−:無添加。
【図2】DIF-1による、mPGES-1タンパク質の発現抑制効果を示す図である。上段:ウエスタンブロットによるmPGES-1タンパク質の検出、下段:デンシトメトリーによるmPGES-1タンパク質の解析。mPGES-1の測定値を、GAPDHの測定値で補正し、コントロールの値を1とした相対値を示したグラフである。測定値は、三回の測定値の平均である。C:コントロール(PMA処理のみ)。
【図3】mPGES-1タンパク質の発現抑制における、DIFの処理濃度の影響を示す図である。上段:ウエスタンブロットによるmPGES-1タンパク質の検出。下段:mPGES-1の測定値をGAPDHの測定値で補正し、PMA処理のみの値を1とした相対値を示したグラフである。測定値は、三回の測定値の平均である。
【図4】mPGES-1タンパク質の発現抑制における、DIFファミリーの処理濃度の影響を示す図である。
【図5】DIF-1による、mPGES-1 mRNAの発現抑制効果を示す図である。図中の値は、mPGES-1の測定値をGAPDHの測定値で補正し、LPSによる刺激後24時間(Time 0)の値を1とする相対値である。測定値は、三回の測定値の平均である。
【図6】DIF-1の腹腔内(A)、及び経口投与(B)後の、血漿中DIF-1濃度の変化を示す図である。
【図7】DIF-1の経口投与による抗腫瘍作用を示す図である。(A)腫瘍半径、(B)腫瘍直径。12w:12週齢マウス(メチルセルロース投与前)、Cont:メチルセルロース投与、D10〜150:DIF-1 10〜150 mg/kg投与、cele150:セレコキシブ150 mg/kg投与、DMC50〜150:ジメチルセレコキシブ50〜150 mg/kg投与。
【発明の実施するための形態】
【0016】
<有効成分>
構造:
本発明の組成物又は剤(なお、本明細書では本発明の組成物又は剤のうち、「組成物」を例に説明することがあるが、その説明は、特に記載した場合を除き、本発明の「剤」にも当てはまる。)は、分化誘導因子(DIF)又はその類縁体を有効成分とする。
【0017】
「DIF又はその類縁体」とは、DIF-1、DIF-2、DIF-3及びDA、並びにこれらと構造が類似する化合物であって同様の活性を有する化合物をいう。その一態様として式(I)で表される化合物があげられる。本発明でいう、「式(I)で表される化合物」とは、以下:
【0018】
【化2】

【0019】
(R1〜R6は、上記で定義した通りである)の構造式で表される化合物をいう。
置換基R1は、好ましくは、水素又はヒドロキシであり、より好ましくは、ヒドロキシである。置換基R2は、好ましくは水素、クロロ、又はブロモであり、より好ましくは、水素又はクロロである。置換基R3は、−O−C1-3アルキルが好ましい。当該−O−C1-3アルキルは、メトキシ、エトキシ、又はプロポキシであり、好ましくは、メトキシ又はエトキシであり、より好ましくは、メトキシである。置換基R4は、好ましくは、水素、クロロ、又はブロモであり、より好ましくは、水素又はクロロである。置換基R5は、ヒドロキシ、C1-6アルキル、及び−O−C1-3アルキルのいずれも好ましい。置換基R5がC1-6アルキルの場合、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、ブチル、又はペンチルであり、より好ましくは、エチル、プロピル、又はブチルであり、さらに好ましくは、ペンチルである。置換基R5が−O−C1-3アルキルの場合、好ましくは、メトキシである。置換基R6は、好ましくは、水素、ヒドロキシ、又はC1-10アルキルであり、より好ましくは、ヒドロキシ、又はC1-10アルキルである。当該C1-10アルキルは、好ましくは、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、へキシル、又はへプチルであり、より好ましくは、ブチル、ペンチル、又はへキシルであり、特に好ましくは、ブチル又はペンチルである。本明細書において、上記式(I)の定義に当てはまる化合物を総括して、「DIFファミリー」と呼ぶこともある。
【0020】
本発明者らの検討により、(i)DIF-1と1位及び6位の置換基が異なるDA(1位:-COOH、6位:-C3H7)にも活性があること、(ii)5位に-Clを有さない点でDIF-1と異なるDIF-3が、DIF-1とほぼ同等の活性を有すること、及び(iii)DIF-1の誘導体である2-MIDIF-1: 1-[3,5-ジクロロ-2,4-ジヒドロキシ-6-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン(4位に-OH、6位に-OCH3を有する点でDIF-1と異なる)、DIF-3の誘導体である6-MIDIF-3: 1-[3-クロロ-2,4-ジヒドロキシ-6-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン(4位に-OH、6位に-OCH3を有する点でDIF-3と異なる)、及びTHPH: 1-[2,4,6-トリヒドロキシフェニル]-1-ヘキサノンの活性が非常に弱いことが示された。これらのことから、DIFファミリーの構造においては、2位(R1)の水酸基、3位(R2)のクロロ基、及び4位(R3)のメトキシ基が活性発現に必須であることが考えられる。すなわち、式(I)で表される化合物のうち、好ましい化合物は、前記3つの置換基のいずれか1つを有しているものであり、より好ましい化合物は、前記3つの置換基の2つを有しているものであり、さらに好ましい化合物は、前記3つの置換基を全て有しているものである。
【0021】
本発明でいう「式(I)で表される化合物」の一態様としては、例えば、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン(分化誘導因子-1:DIF-1)、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ペンタノン(分化誘導因子-2:DIF-2)、又は1-[3-クロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン(分化誘導因子-3:DIF-3)、又は3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシ-4-メトキシ-6-プロピル安息香酸(ディフェラニソールA(differanisole A):DA)があげられる。DIF-1、DIF-2、DIF-3、及びDAの構造式を以下に示す。
【0022】
【化3】

【0023】
製造方法:
DIFファミリーの製造方法は、非生物学的手法、生物学的手法、又はこれらを組み合わせて行ってもよいが、非生物学的手法による製造が簡便である。非生物学的手法としては、有機合成があげられる。有機合成に必要な化合物、試薬及び器具などは、一般に入手可能なものを使用することができる。合成反応は、当業者に一般的に知られている方法、例えば、Makr S. MASENTOら(Biochem.J. (1988) 256, 23-28)に記載の方法に従って合成してもよい。また、DIFファミリーは、生物学的手法、例えば、微生物の培養により調製してもよい。目的化合物の調製に適した微生物は、当業者間で知られている方法によってスクリーニングしてもよい。DIFファミリーの調製に適した微生物は、限定されないが、好ましくは、カビ類である。カビ類の微生物としては、例えば、ディクチオステリウム属(キイロタマホコリカビ、Dictyostelium)、チャエトミウム属(Chaetomium)に属するものがあげられる。一態様として、ディクチオステリウム ディスコイデウム(Dictyostelium discoideum)、ディクチオステリウム ムコロイデス(Dictyostelium mucoroides)、ディクチオステリウム パープリウム(Dictyostelium purpureum)、ポリスフォンデリウム ビオラシウム(Polysphondylium violaceum)などがあげられる。微生物の培養は、当業者に知られた条件で行ってもよい。このように製造されたDIFファミリーは、使用目的に応じて、そのままの状態で使用してもよいし、精製して使用してもよい。精製方法は、当業者間で知られた方法で行うことができる。DIFファミリーに属する化合物の安定性は非常に高く、通常の環境下において長期間の保存が可能である。
【0024】
<用途>
本発明の組成物は、医薬組成物、食品組成物又は化粧用組成物とすることができる。
本発明の組成物は、疾患又は状態の処置のために用いることができる。
【0025】
本発明でいう「処置」とは、例えば、診断、予防、治療、又は低減すること、又は進行を妨げることをいう。
本発明の組成物が対象とする疾患又は状態としては、例えば、炎症、腫瘍、動脈硬化、喘息、免疫疾患などがあげられ、好ましくは炎症、腫瘍、及び免疫疾患であり、より好ましくは、炎症、腫瘍、及び免疫疾患であり、特に好ましくは、炎症である。
【0026】
本発明でいう「炎症」とは、創傷、感染、血管障害、腫瘍など生体への外部及び内部からの侵襲に対する組織・全身反応をいう。炎症には、急性炎症、及び慢性炎症がある。急性炎症とは、一般に、経過がすみやかで早期に終息する炎症いう。一方,慢性炎症とは、一般に、炎症が長期間持続することをいう。急性炎症と慢性炎症を区別するための画一的な時間的定義があるわけではないが、肝炎を例にとると、1〜3ヶ月で終息するものを急性肝炎といい、6ヶ月以上に渡って肝機能異常が継続する場合を慢性肝炎という場合がある。したがって、本発明でいう「長期に服用が必要な疾患又は状態」とは、当業者の通常の知識に基づいて、疾患又は状態ごとに、個別的に判断される。本発明の組成物は、急性炎症及び慢性炎症のいずれの処置に適用してもよい。
【0027】
慢性炎症の発症の原因は、限定されないが、急性炎症からの移行;ある種の微生物、例えば結核菌やある種の真菌(カビ)による細胞内持続感染;潜在的に毒性を有する物質の暴露、例えば吸入されたケイ酸粒子(肺に慢性炎症反応を引き起こす)や、内在性のものとしては慢性的に増加した血清脂質(粥状硬化とよばれる動脈硬化を引き起こす);自己の抗原が組織に対して免疫反応を起こす、自己免疫;などがあげられる。慢性炎症の一例としては、関節リウマチ、慢性胃炎、及び慢性腎炎などがあげられる。本発明でいう「関節リウマチ」とは、自己免疫疾患が発症の要因の一つと考えられている病気であり、関節で炎症の慢性化と関節破壊が進行し、関節の機能に障害をきたす。重症化すると、関節変形が起こる。
【0028】
したがって、慢性炎症を処置する場合には、長期間投与に適した、副作用の弱い抗炎症剤を使用するのが好ましい。本発明の組成物は、従来から知られている抗炎症剤よりも副作用が低減されるため、このような用途において特に有用である。
【0029】
本発明でいう「腫瘍」とは、真性腫瘍、すなわち新生物性の腫瘍:体細胞に由来する腫瘍細胞の異常増殖を伴うものを意味する。真性腫瘍には、良性腫瘍と悪性腫瘍があるが、悪性腫瘍の処置に適用するのが好ましい。悪性腫瘍とは、腫瘍細胞の形態や配列が種々の点で正常細胞と異なっており、転移性・浸潤性があって致死的な腫瘍をいう。
【0030】
悪性腫瘍には、例えば、口腔がん、鼻腔がん、喉頭がん、咽頭がん、舌がん、悪性リンパ腫、悪性黒色腫(メラノーマ)、上顎がん、脳神経の悪性腫瘍、神経膠腫、髄膜腫、神経膠腫、肺がん、乳がん、乳房肉腫、甲状腺がん、甲状乳頭腺がん、肺胞上皮がん、大細胞性未分化がん、小細胞性未分化がん、睾丸腫瘍、前立腺がん、骨腫瘍、白血病、多発性骨髄腫、食道がん(扁平上皮がん)、胃がん、胃・大腸平滑筋肉腫、膵・胆嚢がん、十二指腸がん、大腸がん(腺がん)、小腸がん、原発性肝がん(肝細胞がん、胆管細胞がん)、及び肝芽腫が含まれ、好ましくは、大腸がんである。本発明の組成物は、これら腫瘍の処置に適用してもよい。
【0031】
上記のように、本発明の組成物が炎症及び腫瘍の処置に有効であることから、これらの症状又は状態を併発している場合にも有効となる。本発明の組成物よる、症状又は状態の処置の一態様としては、症状又は状態の治療、低減、予防、又は進行の阻害であるが、これに限定されない。
【0032】
本発明の別の側面は、本発明の組成物によるプロスタグランジンE合成抑制剤を提供する。本発明でいう「プロスタグランジンE合成抑制」とは、PGEの合成を阻害することをいう。例えば、PGH1、PGH2、及びPGH3から、それぞれPGE1、PGE2、及びPGE3への反応を阻害することがあげられる。当該阻害は、例えば、PGE合成酵素(PGES)の阻害を介して行うことができる。PGESには、細胞質性PGESと膜結合性PGES(mPGES-1)の2種類が存在することが報告されている。mPGES-1は、炎症因子によりその遺伝子発現が上昇することから、炎症の進展における関与が示唆されている。本発明の組成物は、mPGES-1を抑制することができるため、炎症の処置に好ましく用いることができる。
【0033】
本発明の別の側面は、本発明の組成物によるPGESの発現抑制剤を提供する。本発明でいう「PGESの発現抑制」とは、ゲノムDNAからmRNAへの転写を阻害することを特に意味する。本発明者は、DIFファミリーがmPGES-1の発現をmRNAレベルで抑制することを見出した。mPGES-1は、主に炎症性の刺激により誘導され、炎症の増悪に関わる酵素であることが知られており、当該酵素の発現低下による炎症反応の抑制効果が期待できる。すなわち、DIFファミリーは、mPGES-1の活性抑制ではなく、mPGES-1の発現抑制を介して抗炎症作用を発揮することが期待できる。
【0034】
<容量>
本発明でいう「臨床上有効量」とは、本発明の組成物を投与した際に、疾患又は状態の処置が可能となるような、当該組成物の量をいう。本発明の組成物の適用の一態様として、当該組成物を炎症の処置に臨床上有効な量で投与することができる。臨床上有効な量としては、例えば、マウスの体重1kg当たり、500〜7500 mg/kg、好ましくは、50〜750 mg/kgであり、より好ましくは、5〜75 mg/kgである。ヒトへ投与する際は、前記投与量の1/10〜1/100が適切であると考えられる。例えば、ヒトの体重1kg当たり、50〜750 mg/kg、好ましくは、5〜75 mg/kgであり、より好ましくは、0.5〜7.5 mg/kg、特に好ましくは、0.05〜0.75 mg/kgである。当該投与量は、1日当たりの投与量としてもよく、数回、例えば2回又は3回に分けて投与してもよい。
【0035】
本発明の組成物の適用の一態様として、当該組成物を悪性腫瘍の処置に臨床上有効な量で投与することができる。臨床上有効な量は、例えば、マウスの体重1kg当たり1000〜15000 mg/kg、好ましくは、100〜1500 mg/kgであり、より好ましくは、10〜150 mg/kgである。ヒトへ投与する際は、前記投与量の1/10〜1/100が適切であると考えられる。例えば、ヒトの体重1kg当たり、100〜1500 mg/kg、好ましくは、10〜150 mg/kgであり、より好ましくは、1〜15 mg/kg、特に好ましくは、0.1〜1.5 mg/kgである。当該投与量は、1日当たりの投与量としてもよく、数回、例えば2回又は3回に分けて投与してもよい。
【0036】
本発明の組成物の適用の一態様として、当該組成物を臨床上有効な量で、プロスタグランジンEの合成抑制に適用することができる。当該臨床上有効な量は、例えば、マウスの体重1kg当たり500〜7500 mg/kg、好ましくは、50〜750 mg/kgであり、より好ましくは、5〜75 mg/kgである。ヒトへ投与する際は、前記投与量の1/10〜1/100が適切であると考えられる。例えば、ヒトの体重1kg当たり、50〜750 mg/kg、好ましくは、5〜75 mg/kgであり、より好ましくは、0.5〜7.5 mg/kg、特に好ましくは、0.05〜0.75 mg/kgである。当該投与量は、1日当たりの投与量としてもよく、数回、例えば2回又は3回に分けて投与してもよい。
【0037】
本発明の組成物が添加された食品は、症状又は状態を処置できるため、付加価値食品として利用するこができる。食品への適用に適した量は、当業者が適宜設定することができる。
【0038】
本発明の別の側面において、本発明の組成物は、化粧品に適用することができる。化粧品への適用に適した量は、当業者が適宜設定することができる。
<他の成分、形態、その他>
本発明でいう「組成物」は、分化誘導因子又はその類縁体を含有している限り、種々の物質を添加することができ、又は形態も特に制限されない。
【0039】
医薬:
本発明の別の側面では、投与方法に適した形態を有する本発明の組成物を提供する。投与方法としては、例えば、経口投与及び非経口投与があげられる。本発明で「経口投与に適した形態」というときは、例えば、錠剤、ロゼンジ、硬質又は軟質カプセル、水性又は油性懸濁液、乳液、分散性粉末又は顆粒、シロップ又はエリキシルがあげられる。また「非経口投与に適した形態」としては、吸入に適した形態、通気による投与に適した形態、注射に適した形態、及び局所投与に適した形態などがあり、好ましくは、注射に適した形態及び局所投与に適した形態である。「吸入による投与に適した形態」とは、例えば、微細に分割された粉末又は液体エアゾールがあげられる。「通気による投与に適した形態」とは、例えば、微細に分割された粉末があげられる。「非経口注射に適した形態」とは、例えば、静脈内、皮下、筋肉内、血管内又は注入投与のための滅菌溶液、懸濁液或いは乳液があげられる。「局所投与に適した形態」とは、例えば、クリーム、軟膏、ゲル、或いは水性又は油性溶液若しくは懸濁液があげられる。「直腸投与に適した形態」とは、例えば、座薬があげられる。
【0040】
本発明の組成物は、医薬組成物又は飲食品(特に、機能性食品、健康食品、サプリメントなど)として継続的な摂取が行いやすいように、例えば顆粒剤(ドライシロップを含む)、カプセル剤(軟カプセル剤、硬カプセル剤)、錠剤(チュアブル剤などを含む)、散剤(粉末剤)、丸剤などの各種の固形製剤、又は内服用液剤(液剤、懸濁剤、シロップ剤を含む)などの液状製剤などの形態で調製することができ、成分の安定性や摂取の簡便さの点からカプセル剤又は錠剤の形態が好ましいが、特に限定されるものではない。
【0041】
カプセル剤又は錠剤の形態の本発明の組成物は、医薬又は食品として許容される公知の添加物を用いて製造することができ、医薬又は食品の分野で採用されている通常の製剤化手法を適用することができる。例えば、錠剤は、各成分を処方に従って添加配合し、粉砕、造粒、乾燥、整粒及び混合を行い、得られた調製混合物を打錠することによって調製することができる。
【0042】
製剤化のための添加物としては、限定はされないが、例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、流動化剤、分散剤、湿潤剤、防腐剤、粘稠剤、pH調整剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、溶解補助剤などがあげられる。また、液剤の形態にする場合は、ペクチン、キサンタンガム、グアガムなどの増粘剤を配合することができる。また、コーティング剤を用いてコーティング錠剤にしたり、ペースト状の膠剤とすることもできる。さらに、他の形態に調製する場合であっても、従来の方法に従えばよい。
【0043】
本発明の組成物は、必要に応じ、従来公知の着色剤、保存剤、香料、風味剤、コーティング剤などの成分を配合して調製することもできる。
また、本発明の組成物は、1以上の追加成分を配合して調製してもよい。追加成分の例としては、抗酸化剤、血糖降下剤、抗コレステロール剤、免疫賦活剤、ビタミン、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ミネラル分(鉄、亜鉛、マグネシム、ヨードなど)、脂肪酸(EPA、DHAなど)などをあげることができる。
【0044】
食品:
さらに、本発明の組成物は、例えば、飲料、菓子類、パン類、スープ類などの各種飲食品又はその添加成分として;又はドッグフード、キャットフードなどの各種ペットフード又はその添加成分として使用することができる。これらの飲食品の製造方法は、本発明の効果を損なわないものであれば特に限定されず、各用途で当業者によって使用されている方法に従えばよい。
【0045】
化粧品:
本発明でいう「化粧品」とは、体を洗浄したり、皮膚に塗布する目的で使用されるものをいう。例えば、石鹸、シャンプー、基礎化粧品、整髪料などがあげられる。
【0046】
<発明の効果>
mPGES-1は、抗炎症薬の新しいターゲットとして注目されており、すでにmPGES-1阻害薬も合成されている。しかし、まだ臨床開発されたものはない。これらの阻害薬は、mPGES-1を直接阻害してPGE2を正常レベル以下に低下させる結果、副作用が現れやすくなるのではないかと推定される。このことは、医薬品の選択性は、常に高いほうがよいとは限らないことを意味する。一方、DIFファミリーはmPGES-1を直接のターゲットとするわけではなく、mPGES-1の発現誘導につながる生理的な情報伝達系を上流で系統的に抑制すると予想されるため、より生理的な作用機序を有し、副作用の少ない薬が開発できる可能性がある。したがって、本発明の組成物を臨床開発すれば、mPGES-1の発現抑制という全く新しい機序の抗炎症薬が開発できる可能性がある。
【0047】
また、DIFが抗腫瘍活性を持つことはすでに述べたが、既存NSAIDsの中にも、特に大腸がんへの抗がん作用が認められるものもある。しかしながら、心血管系イベント発症率を上昇させることなどの理由により、がんへの適応は認められていない。COXを抑制するNSAIDsは、血栓を防止するPGI2などを含む全てのPGの産生を抑制するため、血栓症などの副作用が発生するおそれがある。一方、DIFは、PG合成経路においてCOXより下流に位置するmPGES-1の発現を抑制するため、心血管系副作用を免れる可能性が高い。さらに、既存の抗がん剤とは異なり、DIFにはDNA傷害作用や細胞傷害作用がないため、きわめて毒性の低い抗がん剤を創出できる可能性が高い。すなわち、本発明の組成物の利用により、自然な作用機序で、かつ強力な抗がん作用を発揮する、画期的な抗がん剤を開発できる可能性がある。また、DIFファミリーは経口投与が可能であることから、医薬として使用するための利便性という面で大きなメリットになるものと思われる。
【実施例】
【0048】
本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。
[実施例1] DIF-1の前処理によるPGES-1タンパク質の発現抑制効果
ヒト骨髄性白血病由来(THP-1)細胞(理化学研究所バイオリソースセンター)を、10%ウシ胎仔血清(JSH biosciences)を加えたRPMI1640培地(SIGMA)中で培養した(培養条件:37oC、5% CO2存在下)。直径35mmの培養用ディッシュに1×106個の細胞を撒き、ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、(PMA)(100 nM)でTHP-1細胞を分化誘導させた。24時間後、DIF-1(30 μM)でTHP-1細胞を3時間刺激し、その後リポポリサッカライド(LPS)(1 μg/ml又は10 μg/ml)でTHP-1細胞を24時間刺激した。
【0049】
上記のように刺激されたTHP-1細胞における、mPGES-1、及びグリセルアルデヒド三リン酸(GAPDH)タンパク質の発現について検討した。リン酸緩衝液(PBS)で洗浄後、レムリーのSDS-PAGEサンプルバッファーにて溶解し、回収したサンプル5 μg/レーンを12%SDS-PAGEにかけ、サンプル中のタンパク質を分離させた。ゲル中のタンパク質をPDVFメンブレンに60分間転写した。転写後のメンブレンを、ウサギポリクローナル抗mPGES-1抗体(Cayman Chemicals)、及びマウスモノクローナル抗GAPDH抗体(Sigma)で、4℃で16時間処理した。さらにそれぞれの一次抗体と結合する二次抗体で処理したのち(HRP結合抗ウサギ抗体、HRP結合抗マウス抗体、すべてCell signaling社製)、反応したタンパク質を検出試薬LumiGLO (Cell Signaling)を用いて検出した。
【0050】
その結果、LPSによる刺激の前に、THP-1細胞をDIF-1で前処理することによって、mPGES-1タンパク質の発現が抑制された(図1)。その発現量は、LPSの刺激を受けなかったTHP-1細胞(左端のレーン)とほぼ同等であった。このことから、LPSによる刺激の前に、THP-1細胞をDIF-1で前処理することによって、mPGES-1タンパク質の発現をほぼ完全に抑制できることが示された。
[実施例2]LPS刺激後の細胞における、mPGES-1タンパク質の発現抑制
(2-1)mPGES-1タンパク質発現抑制における、DFI-1処理時間の影響
THP-1細胞を、10%ウシ胎仔血清を加えたRPMI1640培地中で培養した。直径35 mmの培養用ディッシュに1×106個の細胞を撒き、PMA(100 nM)刺激により、THP-1細胞を分化誘導させた。24時間後、LPS(10 μg/ml)でTHP-1細胞を24時間刺激した。その後、DIF-1(30 μM)でTHP-1細胞を1、3、6、12、及び24時間処理した。
【0051】
LPS刺激されたTHP-1細胞における、mPGES-1及びGAPDHタンパク質の発現量を、ウエスタンブロット法により解析した。上記(1-1)に記載したように、刺激後のTHP-1細胞を回収してサンプルを調製し、mPGES-1及びGAPDHタンパク質を検出した。さらに、デンシトメトリーを用いて、検出されたタンパク質に相当するバンドの濃さを測定した。
【0052】
図2に示すように、DIF-1未処理群では、LPS刺激により、mPGES-1タンパク質の発現量が時間経過に伴って上昇することが示された。これに対し、DIF-1で処理した群では、mPGES-1タンパク質の発現量が著しく抑制されることが示された。この結果から、DIF-1は、LPS刺激後に添加された場合であっても、mPGES-1タンパク質の発現抑制効果を発揮することが示唆された。
【0053】
(2-2)mPGES-1タンパク質の発現抑制における、DIF-1の処理濃度の影響
DIF-1の濃度を10、20、及び30 μMにした以外は、上記(2-1)の条件に従った。
その結果、DIF-1の濃度が高くなるにしたがってmPGES-1タンパク質の発現抑制の程度が強くなることが示された(図3)。
[実施例3] DIFファミリーによるmPGES-1タンパク質の発現抑制効果
上記(2-1)の条件に従って、DIF-3によるmPGES-1タンパク質の発現抑制効果を検討した。DIF-3の処理濃度は、10、20、及び30 μMとした。比較として、DIF-1も同様に検討した。
【0054】
その結果、DIF-3は、mPGES-1タンパク質の発現を抑制することが示された(図4)。そして、その効果は、DIF-3の濃度に依存的であり、そしてDIF-1と同程度の効果を示した。したがって、DIF-1と類似構造を有する、DIF-3及びその他の類似化合物、すなわち、DIFファミリーは、共通してmPGES-1タンパク質の発現を抑制することが示唆される。
[実施例4] LPS刺激後の細胞におけるmPGES-1のmRNA発現抑制
上記(2-1)にしたがって、PMA及びLPS刺激されたTHP-1細胞を、DIF-1(30 μM)で24時間処理した。DIF-1処理後のTHP-1細胞から、Torizol試薬(GIBCO)を用いて添付の使用説明書にしたがってトータルRNAを抽出した。当該RNAから、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kits(Applied Biosystems)を用いて相補的DNA(cDNA)を調製した。当該cDNAを用いて、GAPDH及びmPGES-1の遺伝子発現をリアルタイムPCR法によって解析した(PCRの条件:50℃, 2 min → 95 oC, 10 min → (95℃, 15 sec → 60℃, 1 min)×45 cycles)。解析は、TaqMan Gene Expression Assay Kit(Applied Biosystems)、GAPDHのプライマー(Hs99999905_m1、Applied Biosystems)、及びmPGES-1のプライマー(Hs01115610_m1、Applied Biosystems)を用いた、リアルタイムPCR装置ABI-7500により行った。
【0055】
その結果、DIF-1の処理によって、mPGES-1 mRNAの発現量は、DIF-1未処理に比べて、著しく減少することが示された(図5)。この結果から、DIF-1によるmPGES-1の抑制効果は、mRNAの転写抑制に基づくことが示された。
[実施例5] DIF-1体内動態の検討
DIF-1の腹腔内投与又は経口投与後、DIF-1の血漿中の濃度変化を解析した。
【0056】
(5-1)DIF-1の腹腔内投与
10-14週齢のC57BL/6JマウスにDIF-1(30 mg/kg)を腹腔内に投与し、0.5、1、3、及び6時間後に、3匹のマウスから血液を採血した。血液サンプルを、TSKgel ODS-80Tsを接続した高速液体クロマトグラフィー(Waters 2695)にアプライし、5%酢酸存在下、メタノール40−95%のグラジエントによりDIF-1を溶出させ、血漿中のDIF-1濃度を測定した。
【0057】
(5-2)DIF-1の経口投与
10-14週齢のC57BL/6JマウスにDIF-1(150 mg/kg)を経口投与し、1、2、3、及び6時間後に、3匹のマウスから血液を採血した。血漿中のDIF-1の濃度を高速液体クロマトグラフィーにより測定した。
【0058】
(5-3)結果
図6に示すように、腹腔内投与後の血漿中のDIF-1濃度は、投与後0.5時間で最大値を示し、その後急激に減少した(図6(A))。一方、経口投与後の血漿中のDIF-1濃度は、投与後1時間で最大値を示し、その後急激に減少した(図6(B))。これらの結果から、DIF-1は、腹腔内投与、経口投与のいずれの方法でも投与可能であること、そして投与後は非常に速やかに循環血中に取り込まれることから、良好な組織移行性を示すことが示された。
[実施例6] モデルマウスを用いた抗腫瘍効果の検討
ヒト大腸がんの発症モデルマウスであるMUTYHノックアウトCB57BL/6Jマウス(医学研究院基礎放射線部門から提供された)を用いて検討を行った。4週齢のMUTYHノックアウトマウスに12週齢まで0.2%臭素酸カリウム溶液を飲用させ小腸に腫瘍を形成させた。その後、以下の投与グループを設定し、16週齢まで1日1回、週5回のスケジュールで経口投与した:
(1)0.25%メチルセルロース(コントロール);
(2)0.25%メチルセルロースとDIF-1(10、30、100、150 mg/kg)の懸濁液;
(3)0.25%メチルセルロースとセレコキシブ(ファイザー株式会社より提供された)(50、150 mg/kg)の懸濁液;
(4)0.25%メチルセルロースとジメチルセレコキシブ(九州大学先導物質研究所友岡研究室より提供された)(50、150 mg/kg)の懸濁液。
【0059】
グループ(3)及び(4)は、DIF-1による抗腫瘍効果との比較のために設けた。前記セレコキシブは、COX-2活性を特異的に阻害する非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)であり、米国においては家族性大腸腺腫症(Familial Adenomatotus Polyposis:FAP)に対してその使用が認められている。前記ジメチルセレコキシブは、COX-2活性の阻害作用を有さない、セレコキシブのアナログである。各グループごとに、オスとメス3匹ずつ、計6匹のマウスを用いた。投与終了後採血し、マウスを安楽死させて小腸を摘出し、4%ホルマリン溶液にて一晩固定した。固定後のサンプルを実体顕微鏡下で観察し小腸の腫瘍の数を計測するとともに、デジタル写真を撮影した。撮影したデジタル画像をコンピュター上にて解析し、腫瘍直径を測定した。
【0060】
DIF-1は濃度依存的に、個体あたりの腫瘍の数及び腫瘍直径の平均を減少させることが示された(図7(A)及び(B))。DIF-1(150 mg/kg)の効果は、セレコキシブ(150 mg/kg)の効果にほぼ匹敵していた。一方、COX-2活性阻害作用をもたない、つまり抗炎症作用のないジメチルセレコキシブではDIF-1やセレコキシブで見られたほどの抗腫瘍活性は認められなかった。
[実施例7] DIF-1投与による副作用の検討
実施例6に記載の方法にしたがって、マウスにDIF-1(10、30、100、150 mg/kg)、セレコキシブ(150 mg/kg)又はジメチルセレコキシブ(50、150 mg/kg)を経口投与した。投与終了後、血球数、血糖値及び体重変化を測定した。(血球数は日本光電社製動物専用全血全自動・血液8項目血球係数器を用いて測定し、体重はメトラー社製電子天秤、血糖値はAventir Biotech社製Glucose PILOTを用いて測定した)。
【0061】
DIF-1はその最大濃度(150 mg/kg)を投与した群においても、コントロールと比較して白血球の減少は観察されず、骨髄抑制は発生していないこと、そして体重の減少も観察されなかった。このことから、DIF-1の投与によっては、骨髄抑制や体重減少などの副作用は起こらないことが示唆された(表1)。
【0062】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】

ここで、R1は、ヒドロキシ、及び−O−C1-3アルキルより選択され;
R2は、水素、クロロ、ブロモ、及びヨードより選択され;
R3は、−O−C1-3アルキル、及びヒドロキシより選択され;
R4は、水素、クロロ、ブロモ、及びヨードより選択され;
R5は、ヒドロキシ、C1-6アルキル、及び−O−C1-3アルキルより選択され;
R6は、水素、ヒドロキシ、C1-10アルキル、及びC3-6シクロアルキルより選択され;そして、
前記−O−C1-3アルキル、C1-6アルキル、C1-10アルキル、及びC3-6シクロアルキルは、それぞれ独立して、炭素上でヒドロキシ、アミノ、メチル、及びメトキシから選択される1以上の置換基で置換されていてもよい;
で表される、臨床上有効量の化合物又は医薬、食品若しくは化粧品として許容可能なその塩、及び医薬、食品若しくは化粧品として許容可能な賦形剤又は担体を含む組成物。
【請求項2】
式(I)において、R1がヒドロキシ、R2がクロロ、及びR3が−O−CH3である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
式(I)で表される化合物が、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン、1-[3,5-ジクロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ペンタノン、1-[3-クロロ-2,6-ジヒドロキシ-4-メトキシフェニル]-1-ヘキサノン、又は3,5-ジクロロ-2-ヒドロキシ-4-メトキシ-6-プロピル安息香酸である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
請求項1に定義した化合物を含む、プロスタグランジンEの合成抑制剤。
【請求項5】
請求項1に定義した化合物を含む、膜結合型プロスタグランジンE合成酵素の発現抑制剤。
【請求項6】
炎症の処置のための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
長期に処置が必要な疾患又は状態を有する対象に投与するための、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
関節リウマチの処置のための、請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
悪性腫瘍の処置のための、請求項7に記載の組成物。
【請求項10】
経口投与に適した形態である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−28535(P2013−28535A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238935(P2009−238935)
【出願日】平成21年10月16日(2009.10.16)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】