説明

分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置

【課題】イオン化可能な試料に汎用性をもたせるとともに、イオン化までの時間の短縮を図る。
【解決手段】分子をイオン化し、イオン化により生成した分子イオンを分離し、分離した分子イオンを検出して質量を分析するようにした質量分析装置において、分子をイオン化するイオン源が、電子サイクロトロン共鳴現象により分子量が1000以上の高分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させ、上記ECRプラズマにより上記高分子をイオン化するECRイオン源であるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置に関し、さらに詳細には、分子量の大きい高分子、例えば、分子量が1000以上の高分子のイオン化に用いて好適な分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、分子をイオン化し、イオン化により生成した分子イオンを分離し、分離した分子イオンを検出して質量を分析するようにした質量分析装置が知られている。
【0003】
こうした従来の質量分析装置は、各装置毎に異なる方法で分子のイオン化を行っているため、測定対象となる試料の性質により、測定に使用することができる装置と測定に使用することができない装置とがあった。そのため、利用者は質量分析を行う際に、測定対象となる試料の性質に適した質量分析装置を適宜に選択する必要があり、測定する試料の性質や測定する試料の量によって、質量分析装置を使い分ける必要があった。
【0004】

ここで、従来の質量分析装置に利用されているイオン化法の例としては、エレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization:ESI)法、大気圧化学イオン化(atmospheric pressure chemical ionization:APCI)法、電子衝撃イオン化(electron impact ionization:EI)法、化学イオン化(chemical ionization:CI)法、高速原子衝撃(fast atom bombardment:FAB)法あるいはマトリックス支援レーザー脱離イオン化(matrix−assisited laser desorption/ionization:MALDI)法などが挙げられる。
【0005】
表1には、上記した従来の質量分析装置に利用されている上記の6種類のイオン化法の特徴が示されており、この表1を参照しながらこれら6種類のイオン化法についてそれぞれ説明する。
【表1】

【0006】

まず、ESI法は、測定の感度が比較的よく微量分析も可能であるが、試料溶液の脱溶媒過程での試料との相互作用のため、適切な溶媒を選択しなければならないという問題点があった。また、イオン化により生成した分子イオンを質量と電荷の比で分離する分析部へ導入する際に真空差動排気を行う必要があるため、イオン化効率は必ずしもよいものではないという問題点もあった。
【0007】
また、APCI法は、フラグメンテーションを起こさないため、ESI法に比べてスペクトルが複雑になるおそれは解消されているが、ESI法と同じく真空差動排気を行う必要があるため、イオン化効率がよくないという問題点は依然として残されていた。また、ESI法と同様に脱溶媒過程を経るため試料に対して適切な溶媒を選択する必要がある。
【0008】

一方、EI法は、真空差動排気を行う必要がないため、真空差動排気のためにイオン化効率が下がるという問題点を解消することができるが、そもそも熱電子によるイオン化のため電子密度が低く反応確率が低いため、そもそものイオン化効率が良いわけではない。また、フラグメンテーションが起こるため構造解析に役立つという利点もあるが、その一方で、フラグメンテーションがスペクトルを複雑にするという新たな問題点を招来するものであった。さらに、試料の性質として易揮発性および熱安定性が要求されるため、高分子化合物の測定には向いていないという問題点があった。
【0009】
さらに、CI法、FAB法ならびにMALDI法は、イオン化の際やイオン検出後の同定の際にマトリックスまたは試薬ガスを必要とするため、試料はマトリックスや試薬ガスと混合されることになる。このため、利用者はイオン化を容易にするような試料に適したマトリックスや試薬ガスを探査しなければならないという問題点があるとともに、マトリックスや試薬ガス自体が試料由来のスペクトルのバックグラウンドになって質量スペクトルの解析を困難にするという問題点があった。
【0010】

上記したように、従来の質量分析装置に利用されているイオン化法にはそれぞれ問題点が存在するため、測定対象の分子の性質に近い性質を有する分子について適切なイオン化法が既に知られているならば、当該測定対象の分子についてもそれと同様な手法でイオン化を行えばよいかも知れないが、新規な分子の分析や構造解析においては前例がないので、いずれのイオン化法が適切であるかという検討に手間と時間を要するという問題点があった。
【0011】
そして、このような検討を含む質量分析は必ずしも効率がよいとは言えず、測定できる試料に制約がつきまとうものであった。
【0012】
即ち、従来のイオン化技術は、それまでのイオン化技術ではイオン化が難しい物質をイオン化可能とするために、新たなイオン化法を案出してカスタマイズしてきた経緯があるため、試料形態において汎用性のあるイオン化法が検討されてきてはいなかった。
【0013】
このため、従来のイオン化法に関して言えば、各イオン化法においてイオン化に適した試料と不適な試料とが存在することとなり、数限りない有機物質やタンパク質などの高分子の分析や構造解析にあっては、イオン化における試料形態への汎用性とイオン化までの時間短縮を実現した新規なイオン化法の案出が強く望まれるものであった。
【0014】

なお、本願出願人が特許出願時に知っている先行技術は、上記において説明したようなものであって文献公知発明に係る発明ではないため、記載すべき先行技術情報はない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記したような従来の技術の有する種々の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、イオン化可能な試料に汎用性をもたせることができるとともに、イオン化までの時間の短縮を図ることのできる分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置を提供しようとするものである。
【0016】
また、本発明の目的とするところは、イオン化の際にマトリックスや試薬ガスを必要としない分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置を提供しようとするものである。
【0017】
また、本発明の目的とするところは、イオン化後の差動排気を必要とせず、高密度の低温度電子との高反応確率によりイオン化効率および透過率がよく、また、感度のよい質量分析を可能とする分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置を提供しようとするものである。
【0018】
また、本発明の目的とするところは、イオン化に際してあたらしい分子の構造解析を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明による分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置は、イオン化の手法として電子サイクロトロン共鳴現象(Electron Cyclotron Resonance:ECR)を利用するものであり、ECRにより測定対象である分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させてイオン化させるようにしたものである。
【0020】
従って、こうした本発明によれば、ECRにより測定対象の分子のイオン化に適したECRプラズマを発生することができるので、測定が困難だった高分子化合物やタンパク質を含む各種の高分子の測定を行うことができるようになる。
【0021】

即ち、本発明のうち請求項1に記載の発明は、分子をイオン化する分子のイオン化法において、電子サイクロトロン共鳴現象により分子量が1000以上の高分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させ、上記ECRプラズマにより上記高分子をイオン化するようにしたものである。
【0022】
また、本発明のうち請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の分子のイオン化法において、電子温度のピーク電子温度がmeV〜eVオーダーであるようにしたものである。
【0023】
また、本発明のうち請求項3に記載の発明は、分子をイオン化し、イオン化により生成した分子イオンを分離し、分離した分子イオンを検出して質量を分析するようにした質量分析装置において、分子をイオン化するイオン源が、電子サイクロトロン共鳴現象により分子量が1000以上の高分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させ、上記ECRプラズマにより上記高分子をイオン化するECRイオン源であるようにしたものである。
【0024】
また、本発明のうち請求項4に記載の発明は、電子サイクロトロン共鳴現象の際に用いる高周波をパルス化することによって、高分子の構造解析を行うようにしたものである。
【0025】
即ち、電子サイクロトロン共鳴現象を起こさせる際に用いる高周波をパルス化させ、その電力とパルス幅を適時変化させることにより、分子のあたらしい構造解析を行うようにしたものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明は、以上説明したように構成されているので、イオン化可能な試料に汎用性をもたせることができるとともに、イオン化までの時間を短縮することができるようになるという優れた効果を奏する。
【0027】
また、本発明は、イオン化の際にマトリックスや試薬ガスを必要としないという優れた効果を奏する。
【0028】
さらに、本発明は、イオン化後の差動排気が必要ではなく、高密度の低温度電子との高反応確率によりイオン化効率および透過率を向上し、また、感度のよい質量分析が可能になるという優れた効果を奏する。
【0029】
さらに、本発明は、そのイオン化の特徴を生かし、分子の結合力の強弱に合わせた分子のあたらしい構造解析が行えるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明による分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置の実施の形態の一例を詳細に説明するものとする。
【0031】
なお、以下の説明においては、試料の分子として分子量が1000以上の高分子を用いた場合を中心に説明する。
【0032】

図1には、本発明による分子のイオン化法を用いた質量分析装置の実施の形態の一例を概念的に表す構成説明図が示されている。
【0033】
この本発明の実施の形態の一例による質量分析装置10は、測定対象となる試料をイオン化するイオン化部たるECRイオン源12と、ECRイオン源12によるイオン化により生成された分子イオンを分離する分析部14と、分析部14で分離された分子イオンを検出する検出部16と、検出部16で検出されたデータを解析処理するデータ解析処理システム18とを有して構成されている。
【0034】
なお、上記した各構成要素は、ECRイオン源12の後段に分析部14が位置し、分析部14の後段に検出部16が位置し、検出部16にデータ解析処理システム18が接続されている。
【0035】
さらに、上記した各構成要素をさらに詳細に説明すると、ECRイオン源12は、略円筒形状を備えた真空槽よりなりプラズマを発生させるプラズマチャンバー12aと、プラズマチャンバー12aの外周側に配置されてプラズマチャンバー12a内にプラズマを閉じ込めるためのミラー磁界およびカスプ磁界を発生する永久磁石や電磁石などにより構成される磁場発生部12bと、外部よりマイクロ波などの高周波(RF)をプラズマチャンバー12a内に入射する導波管12cと、外部よりイオン化する対象となる試料を導入するための試料導入管12dとを有して構成されている。
【0036】
また、プラズマチャンバー12aの後段に配置された分析部14としては、イオンを分離する手法がそれぞれ異なる磁場型、四重極型、飛行時間型あるいはイオンサイクロトロン型などの各種のものを適宜に選択して用いることができる。
【0037】
さらに、分析部14の後段に配置された検出部16としては、SEM、MCP、フォトマルチプライアー、CCDアレーなどを用いることができる。
【0038】
また、検出部16に接続されたデータ解析処理システム18は、コンピューターシステムにより構成することができる。
【0039】

以上の構成において、上記した質量分析装置10を用いて、ECRイオン源12によりイオン化した物質についての質量を分析することができるが、まず、本発明の質量分析装置10を用いたイオン化ならびに質量測定の原理について、以下に説明することとする。
【0040】
従来より電子サイクロトロン共鳴現象(Electron Cyclotoron Resonance:ECR)を利用した研究が行われてきている。ECRとは、GHz帯の高周波が作る周期的な空間電場(電界)と、外部磁場によりサイクロトロン運動をしている電子が共鳴することで電子にエネルギーが与えられる現象である。
【0041】
電子がミラー磁場によって閉じ込められている場合、共鳴点で度々エネルギーを与えられ、中性原子またはイオンとの衝突によりECRプラズマを発生し、ECRプラズマによりイオンが生成される。このようなイオン源を、ECRイオン源と称している。
【0042】
こうしたECRイオン源の一つの特徴として、当該共鳴により電子の温度は上昇するが、イオンに対しては共鳴を起こさないのでイオンの温度は低いままであるということが挙げられる。
【0043】
これにより、高分子そのものの温度上昇を避け、熱による解離を避けることができることになる。なお、アーク放電プラズマを利用したイオン源や電子ビーム多価イオン源などは、イオンそのものも高温になるため、高分子の構造に影響をおよぼす恐れがある。
【0044】

ここで、ECRプラズマ中の電子温度(電子エネルギー)Teは、一般的に図2のグラフに示すようなある分布をしており、その電子の個数と電子温度の上限は導入するRFの周波数で決定される。
【0045】
また、図2に示したグラフのピーク電子温度は、主に、高周波入力電力(RF power)、ECRプラズマ中の真空度(ガス圧)ならびに磁場形状とに強く依存している。
【0046】
従って、高周波入力電力、ガス圧ならびに磁場形状を適宜に調節することにより、多価イオンを生成する場合における10keV〜100keV程度であるピーク電子温度を、数meV〜数eVオーダーにすることができ、ECRイオン源により高分子を直接にイオン化することができる。なお、一般的な有機化合物のイオン化エネルギーは±数100meV〜10数eV程度である。
【0047】
即ち、多価イオンを生成する場合に必要なピーク電子温度は10keV〜100keVの値であるが、この値は高分子化合物に対する場合大きいので小さくする必要があり、ピーク電子温度を調節し、測定対象である化合物を少しずつイオン化していく手法が、本発明で用いているイオン化法である。
【0048】
また、イオン化、特に、高効率なイオン化を実現するには、電子との反応(衝突)確率が重要であるが、ミラー磁場を用いたときなどは、1011個/cm以上の高密度な電子が閉じ込められている空間で、分子が電子と高効率に反応できるので、ECRイオン源を用いることにより高効率に高分子をイオン化することができる。
【0049】
また、ECRイオン源においては、ピーク電子温度を適宜に上昇させることができ、ピーク電子温度の値が数10eVを超え始めればフラグメントイオンの生成量も増えるので、高分子の構造解析も一連の作業で行うことができるようになる。
【0050】

本発明による質量分析装置10は上記の原理に基づいており、以下に本発明による質量分析装置10の動作について説明する。
【0051】
まず、プラズマチャンバー12a内部を高真空または中真空状態にして、プラズマチャンバー12a内部に導波管12cより周波数がGHzオーダーの高周波を導入するとともに、プラズマチャンバー12a内部に試料導入管12dより試料を導入して、プラズマチャンバー12a内部にECRプラズマを発生させる。
【0052】
この際に、高周波入力電力、ガス圧ならびに磁場形状を適宜に調整して、ピーク電子温度の値を数meV〜数eVオーダーにする。
【0053】
上記したように、一般的な有機化合物のイオン化エネルギーは±数百meV〜10数eV程度(M.D.Bowden et al.,J.Appl.Phys.,73(6)(1995)2732−2738を参照する。)であるので、高周波入力電力、ガス圧ならびに磁場形状を調節することにより、高分子化合物のイオン化に適した電子温度に調節して高分子化合物を直接にイオン化する。
【0054】

次に、表2には、高分子などの分子を形成することにおいて重要な化学結合別にみた結合エネルギーをまとめた図表が示されている。
【表2】

【0055】

表2に示すように、高分子化合物内の各結合の結合エネルギーは、結合方法の相違によってそれぞれ異なっており、結合の強さには差異がある。
【0056】
このように結合エネルギーには差異があるため、結合エネルギーに応じてある特定の結合のみを切断することが可能となり、これにより分子の結合度の情報を得ることができる。
【0057】
どの程度の温度を持った電子と衝突(非弾性衝突)することで結合の切断が行われるかは複雑な反応になるが、効率よく数meV〜数100meVの電子と高分子とを衝突させることができれば、弱結合の切断をコントロールすることが可能であるといわれており、ECRイオン源12を用いることにより、効率よく数meV〜数100meVの電子と高分子とを衝突させることが可能となる。
【0058】

次に、ガス圧および磁場形状を一定として高周波入力電力のみを変化させた場合における、ECRによる電子温度Teの変化が図3のグラフに示されている。電子温度Teを数eV付近でコントロールする場合に、一般的にガス圧が高いとき(低真空)は、高い高周波入力電力を必要とし、またガス圧が低いとき(高真空)は低い高周波入力電力で行う傾向にある。
【0059】
そして、磁場形状については、電子が共鳴する磁場(共鳴磁場)Brは、以下の式1によって与えられる。
【0060】
Br[T]=0.0357×f ・・・式1
ここで、fは入力したRFの周波数[GHz]である。
【0061】
電子温度は、この共鳴磁場Brの空間的な量や位置により変化する。磁場発生部12bとして永久磁石を用いれば、共鳴磁場Brの空間的な量と位置は常に一定であるが、磁場発生部12bとして電磁石を用いると可変することができ、制御の一つのパラメータとなる。
【0062】
また、ミラー磁場などの閉じ込め磁場を用いた場合は電子の閉じ込め時間が長くなるので、高い電子温度になりやすいなどの傾向にある。図2に示した波形の分布幅や分布の形状などは、磁場形状に強く依存する。
【0063】

次に、RFをパルス化した場合のイオン化について説明する。RFのパルス幅に対する電子温度分布の変化は、図4に示すグラフのようになる。
【0064】
ガス圧や磁場形状の状態にもよるが、パルス幅数10msecまでは個数と電子温度は上昇傾向にあり、パルス幅数10msec以上となるとある分布で落ち着く傾向を示す。
【0065】
従って、RFのパルス幅を制御することにより、より低い電子温度Teを効率よく生成することができ、また高分子化合物との反応(衝突)時間をそれぞれきめ細かくコントロールすることができる。このため、構造解析において、結合エネルギー別にみた高分子化合物の解析を行うことができるようになる。
【0066】
例えば、図5に示す質量数7000の高分子化合物のモデルを測定する場合について説明すると、図5に示す高分子化合物のA部、B部、C部およびD部は、この高分子化合物内部では比較的結合エネルギーが小さく弱い結合であり、それぞれの先に質量数1000、1200、1400、1600、1800の5種の分子が結合されて構成されているものとする。
【0067】
ここで、これらA部、B部、C部およびD部の結合エネルギーの強弱が、
B部<C部<A部<D部
である、即ち、B部が一番弱く、C部、A部、D部の順で強いものと仮定する。
【0068】
高周波入力電力を適宜に決めた後に、A部、B部、C部およびD部の結合が、その結合エネルギーが弱い順に切断されるようにRFのパルス幅を調節する。そうすると、パルス幅を大きくしていくに従って、図6(a)〜(d)に示す質量スペクトルが得られる。
【0069】
より詳細には、はじめに2msec程度の狭いパルス幅でイオン化を行うと最も結合が弱い部分が切断し、続いてパルス幅を少し広げ10msec程度でイオン化を行うと次に結合が弱い部分が切断されるというように、パルス幅を次第に広げていくと高分子化合物内部の弱い結合から順次切断されていく。
【0070】
つまり、最も小さい結合エネルギーを有するB部の結合部分が主に切断されるようにRFのパルス幅(電子温度)を調整すると、図6(a)に示した質量スペクトルのように、質量数1600と5400に強いピークが得られる。
【0071】
これは、B部に結合していた質量数1600の部分のみが切断され、質量数7000の化合物が質量数5400の部分と質量数1600の部分に分裂したことを示している。
【0072】
次に、B部の次に小さい結合エネルギーを有するC部が切断されるパルス幅にすると、C部が切断されて図6(b)に見られるような質量スペクトルを得ることができる。
【0073】
この図6(b)の質量スペクトルは、C部に結合していた質量数1000+1800の部分のピークと、先に切断されたB部に結合していた質量数1600のピークと、もとの化合物の質量数1200+1400のピークとを示しており、これは、質量数7000の化合物が質量数2800の部分と質量数1600の部分と質量数2600の部分とに分裂したことを示している。
【0074】
次に、A部が切断されるパルス幅にすると、A部が切断されて図6(c)に見られるような質量スペクトルを得ることができる。この場合、A部の結合が切断されたため、図6(b)に存在していた質量数1200+1400のピークが図6(c)では見られず、新たなピークとして質量数1200と質量数1400とが現れている。
【0075】
即ち、図6(c)の質量スペクトルは、A部により結合されていた質量数1200の部分のピークと、A部により結合されていた質量数1400の部分のピークと、先に切断されたB部に結合していた質量数1600のピークと、質量数1000+1800のピークとを示しており、これは、質量数7000の化合物が質量数1200の部分と質量数1400の部分と質量数1600の部分と質量数2800の部分とに分裂したことを示している。
【0076】
次に、D部が切断されるパルス幅にすると、D部が切断されて図6(d)に見られるような質量スペクトルを得ることができる。この場合、D部の結合が切断されたため、図6(c)に存在していた質量数1000+1800のピークが図6(d)では見られず、新たなピークとして質量数1000と質量数1800とが現れている。
【0077】
即ち、図6(d)の質量スペクトルは、A部により結合されていた質量数1200の部分のピークと、A部により結合されていた質量数1400の部分のピークと、先に切断されたB部に結合していた質量数1600のピークと、D部により結合されていた質量数1000の部分のピークと、D部により結合されていた質量数1800の部分のピークとを示しており、これは、質量数7000の化合物が質量数1200の部分と質量数1400の部分と質量数1600の部分と質量数1000の部分と質量数1800の部分とに分裂したことを示している。
【0078】

つまり、本発明のECRによる分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置を用いれば、高周波入力電力とパルス幅とを変化させることより、電子温度と電子の個数と反応(衝突)時間とをコントロールすることができ、測定する高分子化合物の構造に適した結合部の切断を行うことが可能になり、その高分子化合物の各部同士がどのように結合していたかという結合エネルギーの情報を含んだ質量スペクトルを得ることができることになる。
【0079】
また、タンパク質などが有するペプチド結合は非常に弱い結合なので、meVオーダーの電子温度の制御が必要であるが、本発明によるECRによる分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置を用いれば、そうした弱い結合の切断も制御することが可能になるので、これまでに行うことができなかった解析も行うことができるようになる。
【0080】
なお、現在、質量数10000を超えるようなタンパク質などの構造解析は、主にMALDIを使用して行っているが、イオン化前の処理の段階で塩基を切断したものを製作しイオン化を行ったり、また、四重極イオントラップにて他のガスによる分子同士の衝突による解離を行っているが、結合度の強弱そのものを検出していない。
【0081】

また、本発明による質量分析装置10の分析部14ならびに検出部16は、従来より公知の装置を用いることができる。なお、RFをパルス化するに際しては、ではMALDI−TOFMSで実施されているパルス運転によるTOFでの分析技術をそのまま利用することができる。
【0082】

なお、表1に従来の各イオン化法の特徴を示した図表を示しているが、これらの特徴に対して本発明のECRによるイオン化法の特徴を以下に説明する。
【0083】
まず、本発明のECRによるイオン化法は、高分子化合物に対して直接にイオン化を行うため、マトリックスを必要としないので測定後のデータの中から試料に合わせたマトリックスのピークを探す必要はなく、また真空中で行われるので分析部14への導入において差動排気することも必要ないので、イオン化効率もよい。
【0084】
また、本発明のECRによるイオン化法は、フラグメントイオンの生成も制御することが可能なので、これまでのような構造解析にも使うことができ、かつ、それとは逆にフラグメンテーションを抑えた高分子化合物のイオン化も行えるので、より同定に役立つ。
【0085】
また、本発明のECRによるイオン化法は、感度もよいため微量分析も行うことができ、しかも試料のイオン化はECRによる低温度の電子によって行われるので、他のイオン化法にあるような試料に対する大きな制約は基本的にない。
【0086】
また、本発明のECRによるイオン化法においては、金属などを浸食する有機化合物の分析に際しては、プラズマチャンバー12aに石英管を用いることができ、金属などを浸食する有機化合物の分析も行うことができる。
【0087】
そして、本発明のECRによるイオン化法においては、イオン化、特に、電子が閉じ込められている空間で分子が電子と高効率に反応できるので、高分子化合物のイオン化としては極めて有効である。
【0088】
そして、本発明のECRによるイオン化法においては、従来のイオン化法において利用されている試料ガスによる分子同士の衝突による解離よりも、電子と分子による解離がよりソフトに行えるという作用効果も生じる。
【0089】

即ち、上記した本発明によれば、測定に手間を要さず、かつ、短時間でイオン化効率の高い測定が可能であり、また、従来のイオン化法と比べ飛躍的に試料の汎用性が増すため、分子結合に関する有用な情報を迅速に得ることができ、各分野における分子の構造、機能研究を促進することができるようになる。
【0090】

なお、上記した実施の形態においては、試料として分子量が1000以上の高分子を用いた場合を中心に説明したが、本発明のECRによる分子のイオン化法およびそれを用いた質量分析装置は、分子量が1000以上の高分子以外の分子についても適用することができ、分子量が1000以上の高分子以外の分子のイオン化ならびに質量分析が可能であることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、低分子化合物および高分子化合物の質量の測定に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】図1は、本発明による質量分析装置の実施の形態の一例を概念的に表す構成説明図である。
【図2】図2は、ECRプラズマ中の電子温度(電子エネルギー)の分布である。
【図3】図3は、ガス圧および磁場形状が一定の場合に、高周波入力電力を変化させたときのECRによる電子温度の変化を表したグラフである。
【図4】図4は、RFのパルス幅に対する電子温度分布の変化を表したグラフである。
【図5】図5は、高分子化合物の分子モデルの構造を概念的に示した説明図である。
【図6】図6(a)(b)(c)(d)は、図5に示した分子モデルをパルス幅を調節してイオン化した場合の質量スペクトルの変化を示したものである。
【符号の説明】
【0093】
10 質量分析装置
12 ECRイオン源
12a プラズマチャンバー
12b 磁場発生部
12c 導波管
12d 試料導入管
14 分析部
16 検出部
18 データ解析処理システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子をイオン化する分子のイオン化法において、
電子サイクロトロン共鳴現象により分子量が1000以上の高分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させ、前記ECRプラズマにより前記高分子をイオン化する
ことを特徴とする分子のイオン化法。
【請求項2】
請求項1に記載の分子のイオン化法において、
電子温度のピーク電子温度がmeV〜eVオーダーである
ことを特徴とする分子のイオン化法。
【請求項3】
分子をイオン化し、イオン化により生成した分子イオンを分離し、分離した分子イオンを検出して質量を分析するようにした質量分析装置において、
分子をイオン化するイオン源が、電子サイクロトロン共鳴現象により分子量が1000以上の高分子の分子量に適した低エネルギー電子を有するECRプラズマを発生させ、前記ECRプラズマにより前記高分子をイオン化するECRイオン源である
ことを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
電子サイクロトロン共鳴現象の際に用いる高周波をパルス化することによって、高分子の構造解析を行う
ことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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