説明

分子インプリントゲル、その製造方法、該分子インプリントゲルを用いる検体中の対象分子の測定方法および対象分子測定用試薬

【課題】 簡便に製造することができ、検体中の対象分子の高感度な測定を可能とする分子インプリントゲルの提供。
【解決手段】 以下の工程により製造される分子インプリントゲル。(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの全てのリガンドと該対象分子とを反応させ、これらと対象分子との複合体を形成させる工程;(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させて、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子インプリントゲル、その製造方法、該分子インプリントゲルを用いる検体中の対象分子の測定方法、ならびに該分子インプリントゲルを含有する検体中の対象分子測定用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲルは物理化学的な外部環境、例えばpH、温度、溶媒組成などの変化により相転移現象を示すため、膨潤度を変化させ、大きな体積変化が誘起される。
これまで報告されているゲルのほとんどは、ゲルを構成する高分子鎖と溶媒との親和性の変化、高分子鎖中の荷電基の変化などの物理化学的な外部環境により体積変化が誘起されるゲルである(非特許文献1〜4参照)。また、対象分子を認識して構造変化するゲルとしてはグルコース応答性ゲルが知られている(非特許文献5〜6参照)。
対象分子を認識するゲルの製造方法としては、該対象分子を鋳型とし、該対象分子と相互作用する物質を化学的にゲルに固定化する分子インプリント法が知られている(非特許文献7参照)。この分子インプリント法を利用して作製されたゲルとして、抗体が導入されたゲルが知られている(非特許文献8〜9参照)。該ゲルは、抗原と抗体をそれぞれ化学的に修飾した後に、それらの抗原と抗体とを結合させた状態、すなわち、抗原−抗体複合体を形成させた状態で、他の親水性モノマーと共にゲル網目を形成させることにより作製される。当該ゲルは、その内部に抗原−抗体複合体を含有するため、ゲル内に抗原または抗体が入った場合、ゲルは膨潤し、収縮はみられない。また、該ゲルは、架橋点以外の部分の分子の構造変化に対しては対応できない。さらに、2種類以上の生体高分子をリガンドとして用いて、分子インプリント法により製造された分子インプリントも知られている(特許文献1参照)。該ゲルは、対象分子を認識して収縮する。
従来、外部環境に応答して体積変化するゲルはいずれも、架橋剤として、エチレングリコールジメタクリレートやメチレンビスアクリルアミドなどの低分子架橋剤を用いて作製されていた。
【非特許文献1】「フィジカル・レビュー・レター(Phys. Rev. Lett.)」,アメリカ物理学会,1978年,第40巻,p.820−823
【非特許文献2】「フィジカル・レビュー・レター(Phys. Rev. Lett.)」,アメリカ物理学会,1980年,第45巻,p.1636−1639
【非特許文献3】「サイエンティフィック・アメリカ(Sci. Am.)」,1981年,第244巻,p.124−136
【非特許文献4】デューセク、「レスポンシブ・ゲルズ,ヴォリューム・トランジションズI&II(Responsive Gels, Volume Transitions I & II)」,アドヴァンスト・ポリマー・サイエンス,1993年,第109巻&第110巻
【非特許文献5】「マクロモレキュラー・ケミカル・フィジクス(Macromol. Chem. Phys.)」,Huthig & Wepf Verlag,1996年,第197巻,p.1135−1146
【非特許文献6】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(J. Am. Chem. Soc.)」,アメリカ化学会,1998年,第120巻,p.12694−12695
【非特許文献7】「アンゲヴァント・ケミストリ,インターナショナル・エディション・イングリッシュ(Angew. Chem., Int. Ed. Engl)」,Verlag Chemie,1995年,第34巻,p.1812−1832
【非特許文献8】「マクロモレキュールズ(Macromolecules)」,アメリカ化学会,1999年,第32巻,p.2082−2084
【非特許文献9】「ネイチャー(Nature)」,Macmillan Journal,1999年,第399巻,p.766−769
【特許文献1】国際公開第02/90990号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、簡便に製造することができ、検体中の対象分子の高感度な測定を可能とする分子インプリントゲル、その製造方法、該分子インプリントゲルを用いる検体中の対象分子の高感度な測定方法および検体中の対象分子を高感度に測定するための試薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、下記[1]〜[16]に関する。
[1] 以下の工程により製造される分子インプリントゲル。
(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;
(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの全てのリガンドと該対象分子とを反応させ、該リガンド導入モノマーまたは該リガンド導入ポリマーと対象分子との複合体を形成させる工程;
(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させ、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;
(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。
[2] 高分子架橋剤が、高分子鎖と2つ以上の反応性官能基を含有し、分子量が300以上5,000以下である架橋剤である[1]記載の分子インプリントゲル。
[3] 高分子架橋剤が、ポリオキシアルキレン鎖を有するジビニル架橋剤である[1]又は[2]記載の分子インプリントゲル。
[4] ポリオキシアルキレン鎖が、ポリオキシエチレン鎖である[3]記載の分子インプリントゲル。
[5] 高分子架橋剤が、ポリオキシエチレンジアクリレートまたはポリオキシエチレンジメタクリレートである[1]〜[4]のいずれか記載の分子インプリントゲル。
[6] 高分子架橋剤が、一般式(I)
【0005】
CH2=C(R)CO2−(C24O)n−COC(R)=CH2 (I)
【0006】
(式中、Rは、水素原子またはメチル基を表し、nは、4以上110以下の整数を表す)で表される化合物である[5]記載の分子インプリントゲル。
[7] リガンドが、タンパク質、抗原、抗体、抗体の相補性決定領域、レクチン、DNA、RNA、脂肪、多糖類およびそれらの複合体からなる群より選ばれる生体高分子である[1]〜[6]のいずれかに記載の分子インプリントゲル。
[8] 以下の工程を含有することを特徴とする、分子インプリントゲルの製造方法。
(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;
(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの全てのリガンドと該対象分子とを反応させ、該リガンド導入モノマーまたは該リガンド導入ポリマーと対象分子との複合体を形成させる工程;
(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させ、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;
(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。
[9] 高分子架橋剤が、高分子鎖と2つ以上の反応性官能基を含有し、分子量が300以上5,000以下である架橋剤である[8]記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[10] 高分子架橋剤が、ポリオキシアルキレン鎖を有するジビニル架橋剤である[8]又は[9]記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[11] ポリオキシアルキレン鎖が、ポリオキシエチレン鎖である[10]記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[12] 高分子架橋剤が、ポリオキシエチレンジアクリレートまたはポリオキシエチレンジメタクリレートである[8]〜[11]のいずれかに記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[13] 高分子架橋剤が、一般式(I)
【0007】
CH2=C(R)CO2−(C24O)n−COC(R)=CH2 (I)
【0008】
(式中、Rは、水素原子またはメチル基を表し、nは、4以上110以下の整数を表す)で表される化合物である[12]記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[14] リガンドが、タンパク質、抗原、抗体、抗体の相補性決定領域、レクチン、DNA、RNA、脂肪、多糖類およびそれらの複合体からなる群より選ばれる生体高分子である[8]〜[13]のいずれかに記載の分子インプリントゲルの製造方法。
[15] [1]〜[7]のいずれかに記載の分子インプリントゲルを用いることを特徴とする、検体中の対象分子の測定方法。
[16] [1]〜[7]のいずれかに記載の分子インプリントゲルを含有することを特徴とする、検体中の対象分子測定用試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、簡便に製造することができ、検体中の対象分子の高感度な測定を可能とする分子インプリントゲル、その製造方法、該分子インプリントゲルを用いる検体中の対象分子の高感度な測定方法および検体中の対象分子を高感度に測定するための試薬が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
1.高分子架橋剤を用いた分子インプリントゲルの製造方法
本発明の分子インプリントゲルを製造する方法としては、対象分子を鋳型として、それと相互作用する物質(以下、リガンドと称す)を化学的にゲルに固定化する分子インプリント法(非特許文献7参照)があげられ、例えば以下の工程を含有する製造方法があげられる。
(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;
(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーのすべてのリガンドと該対象分子とを反応させ、該リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーと対象分子との複合体を形成させる工程;
(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させ、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;
(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。
【0011】
本発明における対象分子としては、タンパク質、DNA、RNA、多糖類、脂肪などの高分子、金属イオンなどの低分子の他に、分子構造の変化した分子もあげることができる。分子構造の変化した分子としては、糖タンパク質の糖鎖の一部が変化した変異体分子、タンパク質とタンパク質、タンパク質とDNA、DNAとRNA、金属錯体などの相互作用した状態にある複合分子などがあげられる。糖タンパク質の糖鎖の一部が変化した変異体分子としては、肝疾患マーカーとして知られているα−フェトプロテイン(以下、AFPと称す)があげられる。本発明では、対象分子は、一種または複数種に設定することができる。
本発明におけるリガンドとしては、対象分子に対して特異的に結合する分子であれば特に制限はなく、例えば、生体高分子が挙げられる。生体高分子としては、例えば、タンパク質、抗原、抗体、抗体の相補性決定領域、レクチン、DNA、RNA、脂肪、多糖類およびそれらの複合体からなる群より選ばれる生体高分子などがあげられる。複合体としては、異なるタンパク質の融合タンパク質、タンパク質と抗体との融合抗体、2つの異なる結合領域を有し、2つの異なる標的分子を認識することができるバイスペシフィック抗体などがあげられる。
また、下記で説明するように対象分子の構造変化を調べるためには対象分子に対して異なる部位で結合する少なくとも2つの同一又は異なるリガンドを用いればよい。
【0012】
本発明における高分子架橋剤としては、高分子鎖と2つ以上の反応性官能基を含有する化合物があげられる。高分子架橋剤の分子量は、300〜5000が好ましく、500〜2500がより好ましく、700〜1500が特に好ましい。高分子鎖としては、例えばポリオキシアルキレン鎖などがあげられる。ポリオキシアルキレン鎖としては、例えばポリオキシエチレン鎖、ポリオキシプロピレン鎖、ポリオキシブチレン鎖などがあげられるが、ポリオキシエチレン鎖が好ましい。2つ以上の反応性官能基は、同じであってもお互いに異なっていてもよいが、同じ反応性官能基であることが好ましい。反応性官能基としては、例えばビニル基、エポキシ基、アリル基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アルデヒド基、リン酸基、シアノ基、スルフヒドリル基などがあげられるが、ビニル基が好ましい。高分子架橋剤の具体例としては、ポリオキシエチレンジアクリレート(PEGDA)、ポリオキシエチレンジメタクリレート(PEGDMA)、ポリオキシプロピレンジアクリレート、ポリオキシプロピレンジメタクリレート、ポリオキシブチレンジアクリレート、ポリオキシブチレンジメタクリレート、ポリジメチルシロキサンジアクリレート、ポリジメチルシロキサンジメタクリレートなどがあげられる。好ましいポリオキシエチレンジアクリレート(PEGDA)またはポリオキシエチレンジメタクリレート(PEGDMA)としては、例えば一般式(I)
【0013】
CH2=C(R)CO2−(C24O)n−COC(R)=CH2 (I)
【0014】
(式中、Rは、水素原子またはメチル基を表し、nは、4〜110の整数、好ましくは9〜53の整数、より好ましくは14〜30の整数を表す)で表される化合物があげられる。
【0015】
(1)リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの作製工程
リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーは、対象分子を認識する生体高分子であるリガンドと、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーとを反応させて作製することができる。なお、リガンド導入ポリマーは、リガンド導入モノマーと、該モノマーと同一又は異なる1種又は複数のモノマーとを、要すれば、反応開始剤および/または反応促進剤の存在下に重合させて作製することもできる。
リガンド導入モノマー作製用のモノマーとしては、リガンドである生体高分子に存在する反応性官能基と反応する官能基と、高分子架橋剤との反応により高分子ネットワークを形成し得る官能基とを具備するモノマーが好ましい。リガンドである生体高分子に存在する反応性官能基としては、例えばアミノ基、水酸基、カルボキシル基、リン酸基、スルフヒドリル基などがあげられる。アミノ基と反応する官能基としては、例えばカルボキシル基、アルデヒド基、シアノ基、リン酸基などが、水酸基と反応する官能基としては、例えばカルボキシル基などが、カルボキシル基と反応する官能基としては、例えばアミノ基などが、リン酸基と反応する官能基としては、例えばアミノ基などが、スルフヒドリル基と反応する官能基としては、例えばマレイミド基、エポキシ基などがあげられる。高分子架橋剤との反応により高分子ネットワークを形成し得る官能基としては、例えばビニル基、アリル基などがあげられる。
好適なモノマーとしては、ビニルモノマーがあげられる。ビニルモノマーの具体例としては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、酢酸ビニル、ビニルアミンおよびそれらの誘導体などがあげられる。該誘導体としては、例えば、アクリルアミド、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、2−ヒドロキシエチル アクリレート、N-スクシンイミジル アクリレート、アクリロニトリル、メタクリル酸アミド、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、2−ヒドロキシエチル メタクリレート、N-スクシンイミジル メタクリレート、メタクリロニトリルなどがあげられるが、N-スクシンイミジル アクリレート、N-スクシンイミジル メタクリレートが好ましい。
リガンド導入ポリマーの作製に使用され得るモノマーとしては、例えば前述のビニルモノマーがあげられる。リガンド導入ポリマー作製用のポリマーとしては、リガンドである生体高分子に存在する反応性官能基と反応する官能基と、高分子架橋剤との反応により高分子ネットワークを形成し得る官能基とを具備する重合体が好ましい。リガンド導入ポリマー作製用のポリマーの具体例としては、前述のリガンド導入モノマー作製用のモノマーを重合して得られるポリマー、ポリエステル系などの縮合高分子、セルロース、キチンなどの天然高分子およびその誘導体、ポリスチレン樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂等があげられる。また、リガンド導入ポリマー作製用のポリマーとしては、性質の異なる物質どうしを重合もしくは結合させたもの、または前述のポリマーを変性させたものでもよい。また、リガンド導入ポリマーにおけるポリマーの重合度としては、50〜500が好ましい。
好適なポリマーとしては、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、リン酸基などの反応性官能基を有するビニルポリマーがあげられる。ポリマーの具体例としては、水酸基を有するポリビニルアルコール、ポリ(2−ヒドロキシエチル アクリレート)、ポリ(2−ヒドロキシエチル メタクリレート)、カルボキシル基を有するポリアクリル酸およびポリメタクリル酸、アミノ基を有するポリビニルアミン、および、これらの共重合体あるいは誘導体などがあげられる。該誘導体としては、例えばポリ(アクリル酸メチル)、ポリ(アクリル酸エチル)、ポリ(メタクリル酸メチル)、ポリ(メタクリル酸エチル)、ポリ(N-スクシンイミジル アクリレート)、ポリ(N-スクシンイミジル メタクリレート)などがあげられる。
また、反応性の低い官能基を有するモノマーまたはポリマーを、リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの作製に用いる場合には、該官能基を化学的に修飾して上述した反応性官能基に変換した後、生体高分子であるリガンドと反応させる方法を用いることができる。
【0016】
リガンド導入モノマーの製造方法を、リガンドとしてDNAを用いる場合を例に説明する。アミノ基を2つ含有するジアミノ化合物の一方のアミノ基と、リガンドであるDNAのリン酸基とを反応させた後、ジアミノ化合物のもう一方のアミノ基をスクシンイミジル アクリレートなどのビニル基を有する化合物と反応させることにより、リガンドであるDNAにビニル基を導入したモノマーを作製することができる。
リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの作製においては、反応開始剤および/または反応促進剤を共存させてもよい。反応開始剤としては、ビニル基を活性化させてラジカルを生じるラジカル重合開始剤であれば特に制限はないが、例えば過酸化ベンゾイル、過硫酸アンモニウム (APS)、アゾビスイソブチロニトリルなどがあげられる。反応促進剤としては、重合反応や後述の高分子ネットワークの形成を促進するものであれば特に制限はないが、例えばN,N,N',N'−テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)などがあげられる。
リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの作製における反応条件としては、生体高分子であるリガンドが失活または分解せずに、モノマーまたはモノマー重合体導入リガンドが作製できる条件であれば特に制限はない。反応温度としては、例えば0〜60℃であり、好ましくは10〜45℃、より好ましくは20〜40℃である。反応時間としては、例えば10分間〜24時間であり、好ましくは30分間〜12時間、より好ましくは1〜8時間である。
【0017】
(2)リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーと対象分子との複合体の作製工程
(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの全てのリガンドと対象分子とを反応させ、リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーと対象分子の複合体を作製する。該反応の反応温度としては、例えば0〜60℃であり、好ましくは10〜45℃、より好ましくは20〜40℃である。該反応の反応時間としては、例えば10分間〜24時間であり、好ましくは30分間〜12時間、より好ましくは1〜8時間である。
【0018】
(3)高分子架橋剤を用いる高分子ネットワーク形成工程
(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを、要すれば、反応開始剤および/または反応促進剤の存在下に反応させることにより、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲル(以下、対象分子結合ゲルと称す)を作製する。この高分子ネットワークの形成反応は、複合体及び高分子架橋剤の他にモノマーやポリマーの共存下に行うこともできる。高分子ネットワーク形成反応の反応温度としては、例えば0〜60℃であり、好ましくは10〜45℃、より好ましくは20〜40℃である。高分子ネットワーク形成反応の反応時間としては、例えば10分間〜24時間であり、好ましくは30分間〜12時間、より好ましくは1〜8時間である。
高分子ネットワーク形成反応後、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを分離する方法としては、例えば中性付近の緩衝液で反応液中のゲルを洗浄する方法などが挙げられる。この洗浄により、反応液中の未反応物(モノマー、ポリマー、高分子架橋剤など)を除去することができる。緩衝液としては、例えばリン酸緩衝液などがあげられる。
【0019】
(4)対象分子除去工程(分子インプリントゲル作製工程)
最後に、(3)工程で作製した対象分子結合ゲルから対象分子を除去することにより、本発明の分子インプリントゲルを作製することができる。対象分子結合ゲルから対象分子を除去する方法としては、例えばリガンドと対象分子との結合を切断するようなpHの緩衝液を対象分子結合ゲルに作用させる方法などがあげられる。
【0020】
1.高分子架橋剤を用いたAFPを認識する分子インプリントゲルの製造方法
以下に、肝疾患のマーカーとして知られているα−フェトプロティン(以下、AFPと称す)を対象分子とした分子インプリントゲルの製造方法を以下に示す。
AFPは糖タンパク質である。そこで、AFPの分子構造の変化を認識するために、AFPに対する抗体(以下、抗AFP抗体と称す)と糖鎖に結合するレクチンであるコンカナバリンA(以下、Con.Aと称す)とをリガンドとして用いる。
まず、抗AFP抗体およびCon.Aを化学修飾する。N-スクシンイミジル アクリレートと抗AFP抗体またはCon.Aのアミノ基とを反応させることにより、抗AFP抗体導入モノマーおよびCon.A導入モノマーを合成する。なお、必要に応じて、抗AFP抗体導入モノマーおよびCon.A導入モノマーの代わりに、抗AFP抗体導入ポリマーおよびCon.A導入ポリマーを用いることもできる。
次に、対象分子であるAFPを、抗AFP抗体導入モノマーもしくはポリマーおよびCon.A導入モノマーもしくはポリマーでサンドイッチした状態で、アクリルアミドなどのビニルモノマーとポリオキシエチレンジメタクリレートなどの高分子架橋剤とを混合し、反応開始剤の存在下、ガラス管中で反応させることにより、高分子ネットワークを形成させる。他に、高分子ネットワーク形成反応において使用し得るビニルモノマーとしては、アクリルアミド以外に、アクリル酸、メタクリル酸、およびそれらのエステル誘導体(アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチルなど)、エチレン、プロピレン、酢酸ビニルなどがあげられる。
反応後、pH7.4のリン酸緩衝液でゲルを洗浄することにより、未反応モノマーを除去する。続いて、pH4.0リン酸-クエン酸緩衝液でゲルを洗浄することにより、対象分子のAFPを除去し、AFPを認識する分子インプリントゲルを得ることができる。
このように高分子架橋剤を用いて作製したAFP認識分子インプリントゲルと検体との反応において、検体中に対象分子であるAFPが存在する場合には、抗AFP抗体−AFP−Con.Aの複合体が形成されるため、ゲルは収縮する。従来の低分子架橋剤を用いて作製したAFP認識分子インプリントゲルの場合に比較して、高分子架橋剤を用いて作製された本発明のAFP認識分子インプリントゲルは、架橋点部分に高分子鎖構造を有するため、検体中にAFPが存在する場合、より大きな収縮挙動を示す。
【0021】
2.本発明の分子インプリントゲルを用いる検体中の対象分子の測定
本発明の分子インプリントゲルに対象分子を含有する検体を作用させると、対象分子とリガンドとからなる複合体が形成しゲルは収縮する。対象分子結合ゲルに、ゲル内に形成された対象分子−リガンド複合体を構成する対象分子と同じ分子が含まれる検体を作用させると、ゲル内に存在する対象分子と検体中の対象分子とが競合することにより、ゲルが膨潤する。
したがって、検体を反応させた後にゲルを観察することにより、検体中の対象分子を定性分析することができる。ゲルの観察は、顕微鏡などで直接観察することも可能であるが、好ましくは収縮または膨潤したゲルにレーザー光線、赤外線、可視光線、紫外線などを照射し、吸収スペクトルの変化により分析することができる。また、ゲルの収縮または膨潤した体積は、対象分子の量に依存する。したがって、ゲルが収縮または膨潤する際の体積変化を、後述する装置を用いて測定することにより、検体中の対象分子を定量分析することもできる。
さらに、分子インプリントゲルを用いて、検体中の対象分子を定量する場合、上述のようにゲルの収縮による体積変化量を測定する方法の他に、ゲル内に標識物質を共有結合、静電相互作用、水素結合、疎水相互作用、あるいはその他の吸着によって担持し、ゲルが収縮したときに標識物質をゲルから脱離させて、ゲルから脱離した標識物質量を測定することにより、検体中の対象分子を定量することもできる。検体中の対象分子の定量は、以下の工程により行うことができる。
【0022】
(1)既知濃度の対象分子を用いた検量線(対象分子濃度と収縮または膨潤に起因する情報量の変化との関係を示した検量線)の作成工程;
(2)検体と本発明のゲルとの反応により生成する情報量(情報変化量)を測定する工程;
(3)(1)の工程で作成した検量線と、(2)の工程で測定した情報量(情報変化量)とから、検体中の対象分子を算出する工程。
標識物質としては、例えば125I、32Pなどの放射性同位元素、アルカリフォスファターゼ、ペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼなどの酵素、アクリジニウムエステル、ロフィンなどの発光物質、メチレンブルーなどの色素物質、オルトフェニレンジアミンなどの発色剤、フルオレッセイン イソチオシアナート (FITC) などの蛍光物質などがあげられる。
【0023】
対象物質を含有する検体としては、本発明のゲルを用いた対象分子の測定を可能とする検体であれば特に制限はないが、例えば血液、血漿、血清、髄液、唾液、羊水、尿、汗、膵液などがあげられる。
【0024】
本発明の検体中の対象分子測定用試薬は、本発明の分子インプリントゲルを含有する。さらに、既知濃度の対象分子標準品を含有してもよい。本発明の分子インプリントゲルは、ゲル内でのリガンドと対象分子との結合が可逆的であるので、何回でも使用することが可能である。
【0025】
3.本発明の分子インプリントゲルを用いる疾病の診断
本発明の分子インプリントゲルは、検体中に対象分子が存在する場合、収縮または膨潤するので、この性質を利用して該対象分子が関与する疾病の診断に使用することができる。また、本発明の分子インプリントゲルは、対象分子の構造変化を認識することができるため、構造変化が発症と関連のある疾病の診断にも使用できる。
対象分子の構造変化としては、対象分子の立体構造の変化、分子中の異常部位による部分構造の変化などがあげられる。
種々のDNAの転写、翻訳は複数のタンパク質が複合体を形成し、DNAに結合あるいは解離することにより制御されている。
本発明のゲルを用いることにより、DNAとタンパク質複合体との結合の有無、複合体を形成するタンパク質の立体構造あるいは部分構造の異常などを1ステップで簡便に検出することができる。特に、複合体を形成する複数のタンパク質の立体構造あるいは部分構造の異常を検出することができる。
具体的には、複合体を形成する複数のタンパク質をそれぞれ抗原として、抗原の立体構造を認識する抗体、または、複合体の外側に位置する部分アミノ酸配列を認識する抗体などを作製し、該抗体をリガンドとして作製したゲルを用いることにより、複合体を形成している一部のタンパク質の異常を検出することができる。
また、生体内のタンパク質の立体構造あるいは部分構造の変化を指標として、各種疾患の診断をすることもできる。生体内のタンパク質としては、疾患と関連のあるタンパク質あるいはその複合体であればいかなるものでもよいが、肝癌、肝硬変等の肝疾患マーカーとして知られている、糖タンパク質であるα−フェトプロテイン (AFP)、アルツハイマーの原因因子とされるプリオンタンパクおよびβアミロイドなどがあげられる。これらの生体内の立体構造あるいは部分構造の変化を検出することにより、肝癌、肝硬変、アルツハイマーなどの疾患の診断を行うことができる。
AFP等の糖タンパク質を測定する場合のリガンドとしては、例えば抗糖タンパク抗体 (例えば、抗AFP抗体)、レクチンなどがあげられる。プリオンタンパクやβアミロイドは、アミノ酸配列は変化しないが立体構造に変化が生じることにより、疾患を引き起こすといわれている。したがって、このようなタンパク質を測定する場合のリガンドとしては、立体構造を認識する抗体や、タンパク質の表面抗原を認識する抗体などがあげられる。
【0026】
4.本発明のゲルを用いた装置
本発明の分子インプリントゲルの性質、すなわち、検体中の対象分子の存在により収縮するという性質を利用して、本発明のゲルを装置に使用することができる。該装置において、本発明のゲルはセンサとして機能する。
具体的には、本発明のゲルを微細なセンサーチップ表面に固定化し、それが質量計と連結されてセンサーチップ表面のゲルの収縮による体積変化を質量変化として表示できる装置があげられる。センサーチップ表面に検体を接触させると、対象分子が検体中に存在する場合には、ゲル内に対象分子が取り込まれるためゲルの質量は増加するが、一方で、ゲルは収縮する。ゲルの質量変化は、ゲルの収縮による体積変化に依存する。このゲルの収縮による体積変化は、ゲル内に取り込まれた対象分子の量に依存し、ゲル内に取り込まれた対象分子の量は検体中の対象分子の量に依存する。従って、ゲルの体積変化に起因する質量変化を測定することにより、検体中の対象分子を定量することができる。また、同様に、質量計の代わりに膜厚測定装置等をセンサーチップと連結させた装置によっても、検体中の対象分子を定量することができる。この場合には、検体中の対象分子の濃度に応答した膜厚変化を検知することにより、検体中の対象分子を定量することができる。さらに、本発明のゲルを伸縮可能なキャピラリーと連結させた装置によっても、検体中の対象分子を定量することができる。この場合には、検体中の対象分子の濃度に応答したキャピラリー長の変化を検知することにより、検体中の対象分子を定量することができる。
装置としては、上記3に述べた各種疾患の診断を行うための装置のほか、本発明のゲルをセンサー部分として構成することができる装置であればいかなるものにも用いることができる。本発明のゲルをセンサー部分として構成することができる装置としては、例えば人工臓器、触媒反応システムなどがあげられる。
また、本発明の分子インプリントゲルは、生体内の組織、すなわち人工臓器に使用することもできる。例えば、後述するインシュリン含有分子インプリントゲルを含有する人工膵臓は、グルコースが血中に過剰にある場合は、ゲルが収縮してインシュリンが放出されるので、膵臓の一部の機能を担う人工膵臓として用いることができる。
また、本発明の分子インプリントゲルに対象分子の反応に関与する触媒などを固定化することによって、ゲルが対象分子を結合して収縮する際に、ゲル内の触媒によって対象分子の反応を特異的に促進するような、新しい触媒反応システムの構築も可能になる。
さらに、本発明の分子インプリントゲルは対象分子を結合させる性質から、対象分子を精製するためのゲル、生体分子間相互作用を測定するための分析用ゲルとしても用いることもできる。
【0027】
5.本発明のゲルを用いた薬剤
本発明のゲルは、各種疾病の治療剤、予防剤、診断剤等の薬剤に使用することができる。
薬剤は、原因物質の増加がその原因となる疾患において好適に使用される。薬剤の形態としては、例えば原因物質を対象分子として、該対象分子と該対象分子に対するリガンドとを用いて作製した分子インプリントゲルに薬効成分を担持させた薬効成分含有分子インプリントゲルなどがあげられる。薬効成分の分子インプリントゲルへの担持は、例えば物理吸着や化学吸着等により行うことができる。物理吸着としては、例えば静電相互作用、水素結合、疎水相互作用による吸着などがあげられる。化学吸着としては、例えば共有結合による吸着などがあげられる。
生体内に薬効成分含有分子インプリントゲルを投与すると、対象分子が過剰にある患部ではゲルが収縮することになるので、薬効成分を有する物質はゲルから脱離し、局所的に患部に作用させることができる。
薬剤の具体例としては、例えば糖尿病治療薬としてのインシュリン含有分子インプリントゲルなどがあげられる。糖尿病の原因物質であるグルコースを認識する抗体、糖鎖を認識するレクチン等をリガンドとして分子インプリントゲルを作製し、該ゲル内にインシュリンを担持させ、インシュリン含有分子インプリントゲルを作製する。インシュリン含有分子インプリントゲルを生体内に投与すると、グルコースが過剰にある患部ではゲルが収縮することになるので、インシュリンはゲルから脱離する。
薬剤、人工臓器としての分子インプリントゲルの使用に際しては、生体内での拒絶反応を誘発させないゲルの成分を用いることが好ましい。
本発明のゲルを含む治療剤、予防剤などの薬剤は、単独でヒトまたは動物に投与することも可能ではあるが、薬理学的に許容される一つあるいはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られる任意の方法により製造した医薬製剤として提供されてもよい。
投与経路は、治療に際して最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口投与、または口腔内、気道内、直腸内、皮下、筋肉内および静脈内などの非経口投与をあげることができる。
投与形態としては、噴霧剤、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、座剤、注射剤、軟膏、テープ剤などがあげられる。
【実施例】
【0028】
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。尚、本実施例においては、下記の試薬類を使用した。
Con.A(フナコシ社製)、N-スクシンイミジル アクリレート(NSA)(ACROS製)、N,N-ジメチルスルホキシド(DMSO)(和光純薬工業社製)、アクリルアミド(AAm)(和光純薬工業社製)、過硫酸アンモニウム(APS)(和光純薬工業社製)、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)(和光純薬工業社製)、抗ヒトAFP・ウサギポリクローナル抗体(ダコ・ジャパン社製)、ポリオキシエチレンジメタクリレート(分子量770;新中村化学工業社製)、ポリオキシエチレンジアクリレート(分子量742;アルドリッチ社製)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(和光純薬工業社製)。
【0029】
(実施例1)
ポリオキシエチレンジメタクリレート(PEGDMA)を用いたAFPインプリントゲルの作製
(1)Con.A導入モノマーの合成(図1)
pH7.4の0.02 mol/Lのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)(25℃)5 mLに、Con.A 102 mg (2.0 μmol) を溶解し、2 mg/mLのN−スクシンイミジルアクリレート(NSA)のジメチルスルホキシド(DMSO)溶液0.03 mL (0.4 μmol) を加えて、36℃で1時間攪拌した。
得られた反応混合物を、脱塩したSephadex G-25(ファルマシアバイオテク社製)が充填されたカラムPD-10(ファルマシアバイオテク社製)を用いて精製し、Con.A導入モノマー含有溶液を2 mL得た。得られたCon.A導入モノマー含有溶液の紫外部吸収スペクトルを分光光度計[(株)島津製作所製:UV-2500PC型]により測定し、Con.A導入モノマー含有溶液が天然のCon.Aと同じ280 nmに特性吸収波長を有することを確認した。次いで、天然のCon.Aを用いてあらかじめ作成した検量線から、Con.A導入モノマー含有溶液中のCon.A導入モノマーの濃度を求めたところ、20 mg/mLであった。
【0030】
(2)Con.A導入ポリマーの合成(図2)
上記(1)で調製した20 mg/mLのCon.A導入モノマー溶液1 mLに、アクリルアミド (AAm) 20 mg、0.1 mol/Lの過硫酸アンモニウム (APS) の水溶液0.01 mLおよび0.8 mol/LのN,N,N',N'−テトラメチルエチレンジアミン (TEMED) の水溶液0.01 mLを加え、25℃で6時間反応を行い、20 mg/mLのCon.A導入ポリマーのリン酸緩衝液溶液を得た。
【0031】
(3)抗AFP抗体導入モノマーの合成(図3)
上記(1)と同様の方法で、抗AFP抗体導入モノマーを合成した。2.2 mg/mLの抗ヒトAFP・ウサギポリクローナル抗体溶液5 mLに1.0 mg/mLのNSAのDMSO溶液0.025 mLを加え、36℃で1時間撹拌した。得られた反応混合物を、脱塩したSephadex G-25(ファルマシアバイオテク社製)が充填されたカラムPD-10(ファルマシアバイオテク社製)を用いて精製した。抗AFP抗体導入モノマーを含有する画分を集め、プールされた抗AFP抗体導入モノマー含有水溶液を凍結乾燥器(東京理化機械社製:FD-SN型)を用いて濃縮し、5 mg/mLの抗AFP抗体導入モノマーのリン酸緩衝液溶液を得た。
【0032】
(4)高分子架橋剤を用いたAFPインプリントゲルの作製(図4)
AFPインプリントゲルを図4に従って、次のようにして調製した。まず、上記(2)で調製した20 mg/mLのCon.A体導入ポリマーのリン酸緩衝液溶液0.01 mLと、上記(3)で調製した5 mg/mLの抗AFP抗体導入モノマーのリン酸緩衝液溶液0.32 mLとの混合液に、0.11 mg/mLのAFPの水溶液1.60 mLを加え、複合体を形成した。次に、AAm 360 mg、5 mg/mLの高分子架橋剤としてのポリオキシエチレンジメタクリレート(PEGDMA)水溶液0.24 mL、0.1 mol/LのAPS水溶液0.02mLおよび0.8 mol/LのTEMED水溶液0.02 mLを加えた。この溶液を、片方を塞いだガラス管(内径3 mm)に流し込み、25℃で6時間反応(架橋化反応)を行った後、得られたゲルをpH 7.4のリン酸緩衝液で洗浄し、未反応物を除去した。さらに、pH 4.0のリン酸−クエン酸緩衝液でゲルを洗浄しAFPを除去し、AFPインプリントゲルを得た。
【0033】
(実施例2)
ポリオキシエチレンジアクリレート(PEGDA)を用いたAFPインプリントゲルの作製
実施例1の(4)における5 mg/mLのポリオキシエチレンジメタクリレート水溶液0.24 mLの代わりに、5 mg/mLのポリオキシエチレンジアクリレート(PEGDA)水溶液0.24 mLを用いる以外は実施例1と同様の方法により、AFP認識分子インプリントゲルを作製した。
【0034】
(比較例1)
低分子架橋剤を用いたAFPインプリントゲルの作製(図5)
実施例1(4)における5 mg/mLのポリオキシエチレンジメタクリレート水溶液0.24 mLの代わりに、1 mg/mLのN,N'-メチレンビスアクリルアミド水溶液0.12 mLを用いる以外は実施例1と同様の方法により、AFPインプリントゲルを作製した。
【0035】
(比較例2)
ポリアクリルアミドゲル(PAAm)の作製
比較対照用として、ポリアクリルアミドゲル(PAAm)を次のようにして作製した。まず、PBS (1.60mL)にAAm 360mg、5mg /mL ポリオキシエチレンジメタクリレート水溶液0.24mL、0.1 mol/LのAPS水溶液0.02mLおよび0.8 mol/LのTEMED水溶液0.02 mLを加えた。この溶液を、片方を塞いだガラス管(内径3mm)に流し込み、25℃で6時間反応(架橋化反応)を行った後、得られたゲルをpH 7.4のリン酸緩衝液で洗浄し、未反応物を除去し、ポリアクリルアミドゲルを調製した。
【0036】
(実施例3)
ゲルの膨潤率測定による検体中のAFPの測定
実施例1および実施例2で作製したAFPインプリントゲル(高分子架橋剤を用いて作製した分子インプリントゲル)、比較例1で作製したAFPインプリントゲル(低分子架橋剤を用いて作製した分子インプリントゲル)および比較例2で作製したPAAmゲルを用いて、AFPとの反応における各ゲルの膨潤率の経時変化を検討した(図6)。
リン酸緩衝液(pH 7.4、0.02 mol/L)中で十分に平衡膨潤させた各ゲルを40 mg/mLのAFPのリン酸緩衝液(pH 7.4、0.02 mol/L)溶液へ加えてAFPと各ゲルとの反応を行った後、ゲルの体積変化をゲルの膨潤率として評価した。ゲルの膨潤率は、次式により算出した。
【0037】
膨潤率=(d/d03
【0038】
ここで、d0はリン酸緩衝液中でのゲルの直径、dはAFP溶液中のゲルの直径である。膨潤率が1よりも大きい値の場合には、ゲルは膨潤したことを意味し、膨潤率が1よりも小さい値の場合には、ゲルは収縮したことを意味する。
その結果、PAAmゲルは、AFP溶液中でも膨潤率はほとんど変化しなかったが、3つのAFPインプリントゲルはAFP溶液中で収縮した。従って、低分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲル同様、本発明のAFPインプリントゲル(高分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲル)を用いることにより、検体中のAFPの定性分析が可能であることが判明した。また、AFPの濃度とゲルの収縮率(負の膨潤率)との間の関係を検量線として用いることにより、本発明のAFPインプリントゲルを用いて、検体中のAFPを定量することができる。しかも、高分子架橋剤を用いて作製された実施例1および実施例2のAFPインプリントゲルにおいては、低分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルに比較して収縮率(負の膨潤率)が大きいため、AFPが低濃度の場合でもAFP濃度を正確に測定することができる。すなわち、本発明のAFPインプリントゲルを用いることにより、AFPの高感度な測定が可能となる。
高分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルにおける大きな収縮率(負の膨潤率)は図7に示すように説明することができる。AFPインプリントゲルをAFP含有リン酸緩衝液中に浸漬すると、低分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルではCon.A-AFP-抗AFP抗体からなる結合の形成による収縮だけであるが、高分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルの場合には、Con.A-AFP-抗AFP抗体からなる結合の形成による収縮と、高分子架橋剤を構成する高分子鎖の収縮との相乗効果により、より大きな収縮挙動を示すことができると考えることができる。このように、本発明の高分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルを用いた場合には、低分子架橋剤を用いて作製されたAFPインプリントゲルに比較して、対象分子であるAFPとの反応において、より大きな体積変化を示す。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、各種疾病の治療、予防、診断などに有用な分子インプリントゲルおよび分子インプリントゲルの製造方法、ならびに、検体中の対象分子の測定方法および検体中の対象分子測定用試薬が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】Con.A導入モノマーの合成方法を示した模式図である。
【図2】Con.A導入ポリマーの合成方法を示した模式図である。
【図3】抗AFP抗体導入モノマーの合成方法を示した模式図である。
【図4】高分子架橋剤を用いたAFPインプリントゲルの合成方法を示した模式図である。
【図5】低分子架橋剤を用いたAFPインプリントゲルの合成方法を示した模式図である。
【図6】高分子架橋剤としてポリオキシエチレンジメタクリレート(PEGDMA)、ポリオキシエチレンジアクリレート(PEGDA)をそれぞれ用いて作製したAFPインプリントゲル、低分子架橋剤を用いて作製したAFPインプリントゲルおよびポリアクリルアミドゲルについて、それぞれのゲルをリン酸緩衝液中で平衡膨潤させた後、AFP含有リン酸緩衝液中に入れたときの各ゲルの膨潤率の経時変化を示したグラフである。
【図7】高分子架橋剤を用いて作製したAFPインプリントゲルおよび低分子架橋剤を用いて作製したAFPインプリントゲルのAFPへの応答における収縮挙動を示した簡略化模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程により製造される分子インプリントゲル。
(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;
(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーのすべてのリガンドと該対象分子とを反応させ、該リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーと対象分子との複合体を形成させる工程;
(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させ、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;
(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。
【請求項2】
高分子架橋剤が、高分子鎖と2つ以上の反応性官能基を含有し、分子量が300以上5,000以下である架橋剤である請求項1記載の分子インプリントゲル。
【請求項3】
高分子架橋剤が、ポリオキシアルキレン鎖を有するジビニル架橋剤である請求項1又は2記載の分子インプリントゲル。
【請求項4】
ポリオキシアルキレン鎖が、ポリオキシエチレン鎖である請求項3記載の分子インプリントゲル。
【請求項5】
高分子架橋剤が、ポリオキシエチレンジアクリレートまたはポリオキシエチレンジメタクリレートである請求項1〜4のいずれかに記載の分子インプリントゲル。
【請求項6】
高分子架橋剤が、一般式(I)
CH2=C(R)CO2−(C24O)n−COC(R)=CH2 (I)
(式中、Rは、水素原子またはメチル基を表し、nは、4以上110以下の整数を表す)で表される化合物である請求項5記載の分子インプリントゲル。
【請求項7】
リガンドが、タンパク質、抗原、抗体、抗体の相補性決定領域、レクチン、DNA、RNA、脂肪、多糖類およびそれらの複合体からなる群より選ばれる生体高分子である請求項1〜6のいずれかに記載の分子インプリントゲル。
【請求項8】
以下の工程を含有することを特徴とする、分子インプリントゲルの製造方法。
(1)対象分子に対する2つ以上のリガンドをそれぞれ別個に、ゲルの原料となるモノマーまたはポリマーと反応させ、リガンドの個数分のリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーを作製する工程;
(2)(1)の工程で作製したリガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーの全てのリガンドと該対象分子とを反応させ、該リガンド導入モノマーまたはリガンド導入ポリマーと対象分子との複合体を形成させる工程;
(3)(2)の工程で作製した複合体と高分子架橋剤とを反応させ、高分子ネットワークを形成させ、リガンドと対象分子との複合体を含有するゲルを作製する工程;
(4)(3)の工程で作製したゲルから該対象分子を除去する工程。
【請求項9】
高分子架橋剤が、高分子鎖と2つ以上の反応性官能基を含有し、分子量が300以上5,000以下である架橋剤である請求項8記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項10】
高分子架橋剤が、ポリオキシアルキレン鎖を有するジビニル架橋剤である請求項8又は9記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項11】
ポリオキシアルキレン鎖が、ポリオキシエチレン鎖である請求項10記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項12】
高分子架橋剤が、ポリオキシエチレンジアクリレートまたはポリオキシエチレンジメタクリレートである請求項8〜11のいずれかに記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項13】
高分子架橋剤が、一般式(I)
CH2=C(R)CO2−(C24O)n−COC(R)=CH2 (I)
(式中、Rは、水素原子またはメチル基を表し、nは、4以上110以下の整数を表す)で表される化合物である請求項12記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項14】
リガンドが、タンパク質、抗原、抗体、抗体の相補性決定領域、レクチン、DNA、RNA、脂肪、多糖類およびそれらの複合体からなる群より選ばれる生体高分子である請求項8〜13のいずれかに記載の分子インプリントゲルの製造方法。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれかに記載の分子インプリントゲルを用いることを特徴とする、検体中の対象分子の測定方法。
【請求項16】
請求項1〜7のいずれかに記載の分子インプリントゲルを含有することを特徴とする、検体中の対象分子測定用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−138656(P2006−138656A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−326321(P2004−326321)
【出願日】平成16年11月10日(2004.11.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年5月10日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 53巻1号」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月1日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 53巻2号」に発表
【出願人】(000162478)協和メデックス株式会社 (42)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)