分子操作用素子
【課題】分子膜における分子の位置の操作が、より効率的に行えるようにする。
【解決手段】基板101の上に各々絶縁分離して形成された電極131,132と、基板101の上に電極131,132を覆って形成された絶縁層104と、絶縁層104の上に形成された分子膜110とを少なくとも備える。分子膜110は、例えば、二分子膜および単分子膜などである。本実施の形態では、電極131,132の各々が、基板101の上に形成された絶縁層102により絶縁分離されている。
【解決手段】基板101の上に各々絶縁分離して形成された電極131,132と、基板101の上に電極131,132を覆って形成された絶縁層104と、絶縁層104の上に形成された分子膜110とを少なくとも備える。分子膜110は、例えば、二分子膜および単分子膜などである。本実施の形態では、電極131,132の各々が、基板101の上に形成された絶縁層102により絶縁分離されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板の上に配置されている分子膜における分離の操作を行う分子操作素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
極微量の試料に含まれる分子の検出技術は、産業応用の上で非常に重要な技術である。この技術によれば、例えば、極微量でも生体に影響を与える環境ホルモンのような分子を検出することができる。また、生体分子のように試料が少なければ少ないほど、例えば血液や組織などの摂取源への侵襲を軽減できる。このように、上述した分子検出の技術は、実用上の利点がある。
【0003】
また、基礎的な研究においても、分子をこの機能を損なうことなく、操作し、分別し、また、検出できる技術が望まれている。また、究極的には、これらの技術を単一分子を対象に適用することが望まれている。このような技術は、分子間相互作用、分子間自己組織化、分子間反応といった、基礎的な分子科学研究に有用であるだけではなく、これらの研究を応用して得られる知見は、例えば疾病のメカニズムの解明を通じて創薬につながり、将来的なライフサイエンス分野への応用が期待される。
【0004】
一般的な微量検出技術としては、ガスクロマトグラフィーおよび液体クロマトグラフィーに代表されるクロマトグラフィー技術が、化学・生物学の分野で最も一般的に使用されている。しかしながら、これらクロマトグラフィー技術は、まず、一分析に要する時間が数十分の単位であり、多数の試料の分析には相応の時間あるいは複数台のクロマトグラフィー機器を用意する必要があり、単位時間あたりの処理量を増やすことができず(低スループット)、迅速な分析が容易ではない。
【0005】
一方、近年のMEMS(マイクロ電気機械システム)技術の発展により、マイクロ流体デバイスやμTAS(マイクロ・トータル・アナリシス・システム)と称される、微小反応槽および微小反応槽へ試料を供給するチューブ状の流路を備えた素子が開発されている。この素子においては、特に生体分子の検出や血液検査などの医療応用が大きな目標のひとつになっている。この種の素子では、試料の必要量を低減することにより検体の少量化ひいては人体への低侵襲化を実現し、また、複数の微小センサーを組み込むことにより高いスループットを実現するための開発が進められている。
【0006】
マイクロ流体デバイスやμTAS素子では、従来より一般に用いられている分析技術に比べて試料の必要量を大幅に低減している。しかしながら、これらの素子では、溶液の輸送にチューブを利用しているため、チューブ径の減少による送液時の粘性抵抗の増大などが、微細化を進める上での制限要因となる。
【0007】
このような状況下において、三次元的な反応槽や送液系を使用しない新規のマイクロ流路デバイスが報告されている(非特許文献1)。これらの素子では、脂質分子が固液界面において自発的に脂質二分子膜を形成するという脂質二分子膜の自発展開現象を利用し、水溶液の代わりに脂質二分子膜を試料の輸送媒体として用いることを特徴としている。試料は脂質二分子膜に結合させる、または埋めこむ必要があるものの、試料を厚さ約5nmの膜という、二次元の領域に閉じ込めたままで輸送および反応を行うことができる。
【0008】
また、従来のマイクロ流体デバイスやμTASでは、試料を水溶液に溶解または分散させる必要がある。このため、例えば特定の環境におかれないと機能を発現しないような試料に対する検査は不可能になっている。このような試料の種類は少なくなく、生体内の情報の授受をつかさどる一連の膜タンパク質などが含まれる。これらの膜タンパク質は、分子形状の変化によって機能を発現するが、細胞膜内に埋めこまれた状態にないとこの分子形状が維持できないからである。脂質二分子膜を試料の輸送媒体として用いるマイクロ流路デバイスは、膜タンパク質の機能を検出する目的でも有用な手段となっている。
【0009】
一方、固体表面に支持した脂質二分子膜は、それ自体、流動的な性質を有している。これは、側方拡散として知られ、蛍光消光後の蛍光回復(フルオレッセンス・リカバリ・アフター・フォトブリーチング;FRAP)実験によって証明されている(非特許文献2)。
【0010】
固体(基板)表面に支持した膜の流動性については、単分子膜の場合も状況は同じである。例えば、上述と同じ脂質分子は、疎水表面上では単分子膜を形成することが報告されている。この単分子膜は、上述と同様の自発展開現象を示し、膜内の分子の流動性が証明されている(非特許文献3)。
【0011】
これらの流動的な二分子膜あるいは単分子膜といった、分子の二次元領域に結合した、あるいは内包された分子を、外部からの刺激によって動かす手法として、基板表面に支持した脂質二分子膜に外部電場を印加する方法がある。特定の領域に閉じ込められた支持脂質二分子膜内に電場を印加することにより、膜内に存在する色素分子を膜内の特定の部位に偏在させることが可能であることが示されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】K. Furukawa et al. ,"Microchannel device using self-spreading lipid bilayer as molecule carrier", Lab Chip, vol.6, pp.1001-1006, 2006.
【非特許文献2】J. Salafsky et al. , "Architecture and Function of Membrane Proteins in Planar Supported Bilayers: A Study with Photosynthetic Reaction Centers", Biochemistry, vol.35, pp.14773-14781, 1996.
【非特許文献3】I. Czolkos et al. , "Controlled Formation and Mixing of Two-Dimensional Fluids", Vol.7, No.7, pp.1980-1984, 2007.
【非特許文献4】JAY T. GROVES AND STEVEN G. BOXER, "Micropattern Formation in Supported Lipid Membranes",Acc. Chem. Res. , vol.35, pp.149-157, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述した外部電場の印加による分子操作の技術は、基板に支持された脂質二分子膜を維持するための電解質溶液に電極を配置して電場印加を行うもので、基板表面に同時に一種類の電場が印加できるのみである。したがって、基板表面に支持した脂質二分子膜にも、同時に一種類の電場しか印加されない。これにより、支持膜に結合したあるいは埋めこまれた分子を一方向に操作することは可能であるが、これ以上の複雑な操作は原理的に行えない方式である。
【0014】
ここで、ひとつの支持膜内において、局所的かつ独立に複数の電場を印加することにより、膜に結合したあるいは埋めこまれた分子を膜内で操作することができれば、新規の分子分別および分子検出技術に応用できる可能性がある。例えば、支持膜内で特定の分子を操作することにより、これを分別し、また、検出できる可能性がある。また、分子の動きを三次元領域でなく二次元領域に限定することにより、分子の位置の操作を通して分別・検出といった作業をより微量の試料を用いて効率的に行える可能性がある。しかしながら、基板に支持された膜内での、上述したような電場印加方法およびこれを利用した分子操作については、これまでその手法が開発されていない。
【0015】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、分子膜における分子の位置の操作が、より効率的に行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る分子操作用素子は、基板の上に形成された電極と、基板の上に電極を覆って形成された絶縁層と、絶縁層の上に形成された分子膜とを少なくとも備える。
【0017】
上記分子操作用素子において、絶縁層の上に形成された、絶縁層の上で分子膜の有無を区画する区画構造を備えるようにしてもよい。区画構造は、例えば、親水性の領域および疎水性の領域から構成されていればよい。また、区画構造は、凹凸および各々異なる粗さの領域から構成されていてもよい。
【0018】
上記分子操作用素子において、分子膜は、脂質二分子膜から構成されていればよい。また、基板の上に各々絶縁分離された複数の電極を備え、複数の電極は、各々異なる電圧が印加されるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、基板の上に形成された電極と、基板の上に電極を覆って形成された絶縁層と、絶縁層の上に形成された分子膜とを少なくとも備えるようにしたので、分子膜における分子の位置の操作が、より局所的かつ効率的に行えるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1A】図1Aは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。
【図1B】図1Bは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。
【図1C】図1Cは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す平面図である。
【図2】図2は、分子操作用素子の表面の分子層を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図3A】図3Aは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す斜視図である。
【図3B】図3Bは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す斜視図である。
【図4A】図4Aは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す平面図である。
【図4B】図4Bは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図4C】図4Cは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図4D】図4Dは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図5】図5は、電極を覆って形成している絶縁層の上に作製したパターン層の顕微鏡観察像を示す写真である。
【図6】図6は、本発明の実施の形態2の実施例2における分子操作用素子を用いた分子操作の状態を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0022】
[実施の形態1]
はじめに、本発明の実施の形態1について、図1A,図1B,図1Cを用いて説明する。図1A,図1Bは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。また、図1Cは、実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す平面図である。図1Aは、図1Cのaa’線の断面を示し、図1Bは、図1Cのbb’線の断面を示している。
【0023】
この分子操作用素子は、基板101の上に各々絶縁分離して形成された電極131,132,133,134と、基板101の上に電極131,132,133,134を覆って形成された絶縁層104と、絶縁層104の上に形成された分子膜110とを少なくとも備える。分子膜110は、例えば、二分子膜および単分子膜などである。本実施の形態では、複数の電極131,132,133,134を備え、各々が、基板101の上に形成された絶縁層102により絶縁分離されている。
【0024】
基板101は、例えばシリコンなどの固体材料から構成されていればよい。シリコン基板を用いる場合、この表面を熱酸化することで、絶縁層102が形成できる。また、各電極は、Auなどの金属をいわゆるリフトオフ法によりパターニングすることで形成できる。また、絶縁層104は、例えば、SiO2およびSiNをスパッタ法やCVD法などにより堆積することで形成すればよい。
【0025】
本実施の形態によれば、電極の上に絶縁層を介して分子膜が配置されているので、電極により分子膜が広がる領域を制限することがない。また、電極の直上の分子に電場を印加できるので、電極に合わせた大面積で局所的に電場をかけることができる。このようにより大きな面積で電場が印加できるので、絶縁層の上に特定の分子を集めるなどの位置の操作が効率的に行えるようになる。また、局所的に電場をかけることができるので、複数の電極を配置し、おのおの独立に電場を印加することによって、複雑な分子操作を行なえるようになる。
【0026】
[実施例1]
次に、実施の形態1について、実施例を用いてより詳細に説明する。はじめに、分子操作用素子の作製について説明する。まず、層厚300nmの熱酸化層が形成されている直径3インチの円形のシリコンウエハを用意し、このシリコンウエハの熱酸化層の上に、プラズマCVD装置によりSiN膜を200nm堆積させた。
【0027】
次に、堆積したSiN膜の表面を0.5%フッ酸溶液で洗浄した後、洗浄した表面に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布した。次いで、塗布したフォトレジスト層に電極パターンを描画したレチクルを介して当該電極パターンを露光し、さらにこれを現像して、フォトレジスト層に電極パターンを転写した。
【0028】
次に、電極パターンを転写したフォトレジスト層をマスクパターンとし、次に六フッ化硫黄ガスにより、SiN膜を選択的にエッチングした。このとき、SiO2からなる熱酸化層に対してSiN膜が高い選択比でエッチングされる条件を採用し、電極が形成される部分のSiN膜を完全に除去し、かつこの領域の熱酸化層はエッチングしないようにした。
【0029】
次に、上記フォトレジスト層を残した状態で、電子ビーム蒸着装置を用い、チタン50nm、金100nm、白金20nmの膜を堆積した。この後、リフトオフ法により上記フォトレジスト層を除去し、SiN膜を除去した領域に上記金属の積層膜からなる電極を形成した。酸素プラズマ処理(400W、10分)およびセミコクリーン(フルウチ化学株式会社製有機アルカリ系洗浄液)による洗浄を施し、表面の清浄化を行った。
【0030】
次に、電極を形成したSiN膜の上に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成し、外部出入力用の電極パッド部を保護するパターンをフォトレジスト層に描画した。次いで、スパッタ装置によりSiO2を200nm堆積させ、リフトオフ法によりフォトレジスト部を除去した。以上のプロセスにより、基板の上に各々絶縁分離して形成された複数の電極および基板の上に電極を覆って形成された絶縁層からなる電極基板を得る。また、電極を覆う絶縁層は、電極パッド部には形成されておらず、電極パッド部は露出している。この電極基板を実験に使用した。
【0031】
次に、電極基板(電極を覆う絶縁層)の上に形成する分子膜の作製について説明する。まず、ベシクル溶液を調製する。卵黄由来フォスファチジルコリン中に、テキサスレッド−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンを1モル%含む脂質分子混合体を、それぞれのクロロホルム溶液を用いて調製した。クロロホルム溶液は、ガラス瓶の中に調製する。次に、調製したクロロホルム溶液に窒素ガスを吹き付け、クロロホルムを蒸発させ、混合脂質分子からなる膜をガラス瓶の内壁に形成した。さらに真空下で終夜乾燥させ、クロロホルムを完全に除去した。
【0032】
次にガラス瓶の中に、1.0mLのリン酸緩衝液(PBSバッファー、0.1M リン酸ナトリウム、0.15M 塩化ナトリウム、pH7.2)を追加し、超音波処理を10分間施し、緩衝液内で脂質ベシクルを形成した。この溶液をPBSバッファーで10倍希釈(脂質濃度0.2mg/mL)した溶液を調製し、ベシクル溶液とした。
【0033】
次に、前述した電極基板の表面を純水で洗浄した後、40%フッ化アンモニウム水溶液に5分間浸漬し、再び純水で洗浄した。引き続きこの電極基板を、上述したベシクル溶液に10分間浸漬し、さらにベシクル溶液作製に使用したリン酸緩衝液により繰り返し洗浄した。このプロセスにより、電極基板(電極を覆う絶縁層)の表面に脂質二分子膜が形成され、分子操作用素子が完成する。なお、ベシクル溶液に浸漬した後の電極基板(分子操作用素子)は、常に緩衝液または水に覆われた状態を維持しなければならない。これは、電極基板の表面に形成した脂質二分子膜が、大気への暴露により崩壊するためである。
【0034】
次に、上述したように作製した分子操作用素子における分子操作について説明する。ここで、分子操作の状態は、共焦点レーザー顕微鏡により観察する。この観察において、共焦点レーザー顕微鏡のレンズと分子操作用素子として作製した試料基板の間は、リン酸緩衝液で満たした。また外部出入力に利用する電極パッドは、リン酸緩衝液とは接触しないように配置した。なお、共焦点レーザー顕微鏡の観察条件としては、励起光543nmを用い、610nm以上の波長の蛍光を記録した。
【0035】
図2は、電圧の印加前後の共焦点レーザー顕微鏡像であり、(a)が電圧印加直前の状態であり、(b)が電圧印加30分後の状態である。顕微鏡像において、図面の上下方向に延在している4つの直線が、電極である。各電極は、各々外部回路へと接続が可能になっている。図2において、最も左の電極と最も右の電極との間に1Vの電圧を印加した。なお、極性は左が+、右が−である。
【0036】
図2の(b)に示すように、電圧印加30分後においては、プラス電圧を印加した電極近傍で蛍光がより強く出ている状態が観察される。これは、卵黄由来フォスファチジルコリン支持膜中のテキサスレッド−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンが、電場によって支持膜(脂質二分子膜)中を、プラス電圧を印加した電極の方向に移動したためと考えられる。このように、絶縁層の下に配置した電極を用いることで、効率的な分子操作が可能となった。
【0037】
[実施の形態2]
次に、本発明の実施の形態2について説明する。図3A,図3B、図4A,図4B,図4C,図4Dは、実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示している。図3Aおよび図3Bは斜視図である。図3Bでは、各層を分離して示している。また、図4Aは平面図,図4B,図4C,図4Dは、断面図である。図4Bは、図4Aのbb’線の断面を示し、図4Cは、図4Aのcc’線の断面を示し、図4Dは、図4Aのdc’線の断面を示している。なお、図3A,図3B、図4A,図4B,図4C,図4Dでは、分子膜を省略しており、電極基板の部分を示している。
【0038】
この分子操作用素子は、基板301の上に各々絶縁分離して形成された電極331,332,333,334と、基板301の上に電極331,332,333,334を覆って形成された絶縁層304とを少なくとも備える。本実施の形態では、4つの電極331,332,333,334を備え、各々が、基板301の上に形成された絶縁層302および絶縁層302aにより絶縁分離されている。絶縁層302は、例えばSiO2から構成され、絶縁層302aは、例えばSiNから構成されている。絶縁層302aに形成された電極パターンの凹部に、各電極が形成されている。また、絶縁層304が形成されていない絶縁層302の上には、電極331,332,333,334に接続する電極パッド部331a,332a,333a,334aが形成されている。電極パッド部331a,332a,333a,334aの上には、絶縁層などが形成されていなくこれらは露出している。
【0039】
また、本実施の形態では、絶縁層304の上で分子膜(不図示)の有無を区画する区画構造として、絶縁層304の上にパターン層305を備える。パターン層305は、2つの開口領域351および開口領域353と、開口領域351および開口領域353を連通させる複数の連通路352を備える。本実施の形態では、4つの連通路352を備えている。例えば、絶縁層304をSiO2から構成すれば、絶縁層304の表面は親水性とすることができ、パターン層305をフォトレジスト材料から構成すれば疎水性とすることができるので、パターン層305により、絶縁層304の上に親水性の領域および疎水性の領域からなる区画構造が形成できる。
【0040】
以下、本実施の形態における分子操作用素子の作製について説明する。
【0041】
例えば、基板301は、シリコン基板とすればよい。SiO2膜が形成されているシリコン基板を利用すれば、基板301の上に絶縁層302が得られる。なお、基板301は、絶縁層302を備えるなど表面が絶縁状態であればよく、特に限定されず、半導体、ガラス、金属、プラスチック、セラミクスなどの固体材料から構成することが可能である。例えば、導電性を有する材料から基板301を構成した場合、上述したように、例えば酸化シリコンなどを堆積して絶縁層302を形成すればよい。
【0042】
次に、絶縁層302の上に電極331,332,333,334を形成する。まず、SiNを堆積して絶縁層302aを形成する。次に、この絶縁層302aを公知のリソグラフィー技術およびエッチング技術によりパターニングする。このパターニングでは、電極を形成しようとする領域に開口を形成する。このパターニングは、ナノインプリントなどのパターン形成技術も適用可能である。このようにして形成した絶縁層302aの開口領域に、電極を形成するための金属材料を堆積することで、各電極および電極パッド部が形成できる。なお、絶縁層302において、電極を形成しようとする領域に対応する凹部を形成し、この凹部に各電極および電極パッド部を形成してもよい。
【0043】
なお、絶縁層は、SiNに限らず、有機ポリマーなどを含む他の絶縁材料から構成してもよい。これらの絶縁材料からなる絶縁層をパターニングし、エッチングした後に電極を作製すればよい。また、各電極および電極パッド部は、電極材料を堆積して形成した電極材料層をパターニングすることで形成してもよい。電極材料としては、導電性を有している様々な材料が利用できる。
【0044】
上述したように各電極を形成した後、これら電極の上に絶縁層304を形成する。絶縁層304は、例えば、SiO2から構成すればよい。また、絶縁層304は、有機ポリマーなどの他の絶縁材料から構成してもよい。
【0045】
次に、絶縁層304の上にパターン層305を形成する。パターン層305は、公知の感光性レジストを用いてこれをリソグラフィー技術でパターニングすることで形成できる。また、パターン層305は、ナノインプリントなどのパターン形成技術で形成してもよい。このように、パターン層305を形成した後、パターン層305の開口領域の絶縁層304が露出している部分に、二分子膜および単分子膜などの分子膜を配置すればよい。
【0046】
実施の形態2によれば、絶縁層304の上に配置した分子膜において、微小試料でかつ高感度に、これらの膜に結合あるいは埋めこまれた分子を操作することができる。なお、図4Aに示すように、複数の電極を配置することで、複数の電極間に異なる電圧を印加することも可能である。あるいは、分子操作用素子を水・水溶液に沈めた際に、水・水溶液と、電極との間に異なる電圧を印加することも可能である。
【0047】
上述したように、本実施の形態では、電極を絶縁層で覆い、この上にパターンを形成して二分子膜あるいは単分子膜を備えるようにしたものである。このように電極が絶縁層の下に埋めこまれていることから、電極が二分子膜あるいは単分子膜の広がる領域を制限することがないという構造上の長所を有する。また、電極の直上の分子に電場を印加できるので、電極に合わせた大面積で局所的に電場をかけることができ、この大面積の固体表面上に特定の分子を集めるなどの位置の操作が可能となる。
【0048】
[実施例2]
次に、実施の形態2について、実施例を用いてより詳細に説明する。はじめに、分子操作用素子の作製について説明する。まず、層厚300nmの熱酸化層が形成されている直径3インチの円形のシリコンウエハを用意し、このシリコンウエハの熱酸化層の上に、プラズマCVD装置によりSiN膜を200nm堆積させた。
【0049】
次に、堆積したSiN膜の表面を0.5%フッ酸溶液で洗浄した後、洗浄した表面に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布した。次いで、塗布したフォトレジスト層に電極パターンを描画したレチクルを介して当該電極パターンを露光し、さらにこれを現像して、フォトレジスト層に電極パターンを転写した。
【0050】
次に、電極パターンを転写したフォトレジスト層をマスクパターンとし、次に六フッ化硫黄ガスにより、SiN膜を選択的にエッチングした。このとき、SiO2からなる熱酸化層に対してSiN膜が高い選択比でエッチングされる条件を採用し、電極が形成される部分のSiN膜を完全に除去し、かつこの領域の熱酸化層はエッチングしないようにした。
【0051】
次に、上記フォトレジスト層を残した状態で、電子ビーム蒸着装置を用い、チタン50nm、金100nm、白金20nmの膜を堆積した。この後、リフトオフ法により上記フォトレジスト層を除去し、SiN膜を除去した領域に上記金属の積層膜からなる電極を形成した。酸素プラズマ処理(400W、10分)および有機アルカリ系洗浄液による洗浄を施し、表面の清浄化を行った。
【0052】
次に、電極を形成したSiN膜の上にスピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成し、外部出入力用の電極パッド部を保護するパターンをフォトレジスト層に描画した。次いで、スパッタ装置によりSiO2を200nm堆積させ、リフトオフ法によりフォトレジスト部を除去し、電極を覆う絶縁層を形成した。電極を覆う絶縁層は、電極パッド部には形成されておらず、電極パッド部は露出している。
【0053】
次に、電極を覆って形成している絶縁層の上に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成した。次いで、形成したフォトレジスト層に、フォトマスクを介してパターンを露光し、これを現像してフォトレジスト層にパターンを描画(転写)し、パターン層(区画領域)を形成した。図5は、電極を覆って形成している絶縁層の上に作製したパターン層の顕微鏡観察像である。500μm角の正方形の2個の開口領域の間を、幅10μm長さ400μmの連通路(16本)で連結しているパターンが、上下2箇所に配置されているのが分かる。図5の写真において、連通路は、紙面左右の方向に延在している。開口領域および連通路は、フォトレジストがない領域であり、親水性の絶縁層(酸化シリコン)の表面が露出している領域である。なお、図5の紙面縦方向に延在している見える4本の線は、絶縁層の下に形成されている電極であり、線幅10μm、線間隔500μmで配置されている。
【0054】
次に、上述した区画領域としてのパターン層を備える電極基板の上に形成する分子膜の作製について説明する。まず、脂質混合物を調製する。卵黄由来フォスファチジルコリン中に、フルオレセイン−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンが1モル%含まれる脂質分子混合体を、それぞれのクロロホルム溶液を用いて調製した。クロロホルム溶液は、ガラス瓶の中に調製する。次に、調製したクロロホルム溶液に窒素ガスを吹き付け、クロロホルムを蒸発させ、混合脂質分子からなる膜をガラス瓶の内壁に形成した。さらに真空下で終夜乾燥させ、クロロホルムを完全に除去した。最終産物として、粘稠性のある固体を得た。
【0055】
次に、作製した脂質混合物を用いた分子膜の形成について説明する。まず、ガラス製キャピラリーを作製し、作製したキャピラリーの尖端で、上記粘稠性のある固体をガラス瓶の中より掻きとる。次に、掻き取った粘稠性のある固体を、パターン層における正方形の開口領域に塗布した。塗布した粘稠性のある固体は、およそ直径100μmのスポット状の塊であった。
【0056】
上述したように作製した試料を、共焦点レーザー顕微鏡で観察可能な状態とし、水浸用の対物レンズと試料との間に、pH7.6に調製したトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)10mM、および、NaCl100mMからなる電解質溶液を静かに注いだ。これにより、塗布した脂質の塊は自発展開を開始した。自発展開開始からおよそ30分経過すると、2つの開口領域から自発展開を開始した膜が、幅10μmの連通路内で接触して一体となる。自発展開する脂質二分子膜は、酸化シリコン表面が露出した親水表面のみに形成され、この親水表面全体に広がった時点で、それ以上の展開(パターン層の上への展開)を停止した。
【0057】
次に、上述したように作製した分子操作用素子における分子操作について説明する。ここで、分子操作の状態は、試料を配置している共焦点レーザー顕微鏡により観察する。この観察においては、励起光488nmを用い、505−525nm波長の蛍光および610nm以上の波長の蛍光を分離して同時に記録(観察)した。観察している状態を図6に示す。
【0058】
図6において、(a)は、初期状態を示し、(b)は以下に説明する電圧印加状態を示している。なお、図6の(a)および(b)において、「Black1」,「Black2」,「Red1」,および「Red2」の文字の箇所を上下方向に通過する線が、各々電極の一部を示している。図6においては、4つの電極が存在している。また、図6において、より明るく示される紙面横方向に延在しているストライプパターンが、パターン層の連通口部分を示し、言い換えると、自発展開した脂質二分子膜が存在している領域である。この部分では、フルオレセインの蛍光が観察されている。一方、図6において、より暗く示されている紙面横方向に存在しているストライプパターンが、連通口部分を挟むように存在しているパターン層の部分であり、言い換えると、脂質二分子膜が存在していない領域である
【0059】
上述したように観察している下で、電極に電圧を印加する。この電圧印加では、「Black2」の電極と「Red2」の電極との間に、1Vの電圧を印加する。この電圧印加の後(420秒経過後)の状態が、図6の(b)に示す写真である。1Vを印加して430秒経過すると、図6の(b)に示すように、「Black2」の電極部分における脂質二分子膜が、他の領域より暗くなっていることが分かる。これは、「Black2」の電極部分における蛍光強度が減少したためである。この蛍光強度の変化は、脂質二分子膜内のフルオレセイン結合脂質分子の量に比例しているために起こる。この結果より、この電極上部の絶縁層状に配置されている脂質二分子膜におけるフルオレセイン結合脂質分子の濃度が、脂質二分子膜の下に絶縁層を介して配置されている電極への電圧印加により制御できることが示された。
【0060】
以上に説明したように、本発明によれば、単分子膜または二分子膜などの分子膜中に存在する分子の位置を、外部からの電圧印加によって分子膜内で制御することを可能にしている。このように、本発明によれば、分子膜内の特定の分子を特定の位置に操作することができるので、これを元に特定の分子を分別し、また、検出することが可能になる。本発明では、特に、細胞膜の基本構造である脂質二分子膜内での分子操作に適用可能なため、膜タンパク質などの生体分子の濃縮、および検出、また、機能解析への応用が期待される。これにより、本発明の分子操作用素子によれば、例えば、疾病診断デバイスやタンパクチップなどのバイオチップ応用が可能である。
【0061】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述では、レジストパターンを用いて疎水性の領域と親水性の領域とを形成して区画領域としたが、これに限るものではない。例えば、SiO2などの親水性材料からなる層の上に、金などの金属のパターンを形成して区画領域としてもよい。金属は疎水性となるので、疎水性の領域と親水性の領域とかなる区画構造が形成できる。また、単に凹凸を形成し、凹部に分子膜を配置し、凸部には分子膜がない状態とすることで、区画構造としてもよい。また、各々異なる粗さの領域から区画領域構造を形成してもよい。
【符号の説明】
【0062】
101…基板、102…絶縁層、104…絶縁層、110…分子膜、131,132,133,134…電極。
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板の上に配置されている分子膜における分離の操作を行う分子操作素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
極微量の試料に含まれる分子の検出技術は、産業応用の上で非常に重要な技術である。この技術によれば、例えば、極微量でも生体に影響を与える環境ホルモンのような分子を検出することができる。また、生体分子のように試料が少なければ少ないほど、例えば血液や組織などの摂取源への侵襲を軽減できる。このように、上述した分子検出の技術は、実用上の利点がある。
【0003】
また、基礎的な研究においても、分子をこの機能を損なうことなく、操作し、分別し、また、検出できる技術が望まれている。また、究極的には、これらの技術を単一分子を対象に適用することが望まれている。このような技術は、分子間相互作用、分子間自己組織化、分子間反応といった、基礎的な分子科学研究に有用であるだけではなく、これらの研究を応用して得られる知見は、例えば疾病のメカニズムの解明を通じて創薬につながり、将来的なライフサイエンス分野への応用が期待される。
【0004】
一般的な微量検出技術としては、ガスクロマトグラフィーおよび液体クロマトグラフィーに代表されるクロマトグラフィー技術が、化学・生物学の分野で最も一般的に使用されている。しかしながら、これらクロマトグラフィー技術は、まず、一分析に要する時間が数十分の単位であり、多数の試料の分析には相応の時間あるいは複数台のクロマトグラフィー機器を用意する必要があり、単位時間あたりの処理量を増やすことができず(低スループット)、迅速な分析が容易ではない。
【0005】
一方、近年のMEMS(マイクロ電気機械システム)技術の発展により、マイクロ流体デバイスやμTAS(マイクロ・トータル・アナリシス・システム)と称される、微小反応槽および微小反応槽へ試料を供給するチューブ状の流路を備えた素子が開発されている。この素子においては、特に生体分子の検出や血液検査などの医療応用が大きな目標のひとつになっている。この種の素子では、試料の必要量を低減することにより検体の少量化ひいては人体への低侵襲化を実現し、また、複数の微小センサーを組み込むことにより高いスループットを実現するための開発が進められている。
【0006】
マイクロ流体デバイスやμTAS素子では、従来より一般に用いられている分析技術に比べて試料の必要量を大幅に低減している。しかしながら、これらの素子では、溶液の輸送にチューブを利用しているため、チューブ径の減少による送液時の粘性抵抗の増大などが、微細化を進める上での制限要因となる。
【0007】
このような状況下において、三次元的な反応槽や送液系を使用しない新規のマイクロ流路デバイスが報告されている(非特許文献1)。これらの素子では、脂質分子が固液界面において自発的に脂質二分子膜を形成するという脂質二分子膜の自発展開現象を利用し、水溶液の代わりに脂質二分子膜を試料の輸送媒体として用いることを特徴としている。試料は脂質二分子膜に結合させる、または埋めこむ必要があるものの、試料を厚さ約5nmの膜という、二次元の領域に閉じ込めたままで輸送および反応を行うことができる。
【0008】
また、従来のマイクロ流体デバイスやμTASでは、試料を水溶液に溶解または分散させる必要がある。このため、例えば特定の環境におかれないと機能を発現しないような試料に対する検査は不可能になっている。このような試料の種類は少なくなく、生体内の情報の授受をつかさどる一連の膜タンパク質などが含まれる。これらの膜タンパク質は、分子形状の変化によって機能を発現するが、細胞膜内に埋めこまれた状態にないとこの分子形状が維持できないからである。脂質二分子膜を試料の輸送媒体として用いるマイクロ流路デバイスは、膜タンパク質の機能を検出する目的でも有用な手段となっている。
【0009】
一方、固体表面に支持した脂質二分子膜は、それ自体、流動的な性質を有している。これは、側方拡散として知られ、蛍光消光後の蛍光回復(フルオレッセンス・リカバリ・アフター・フォトブリーチング;FRAP)実験によって証明されている(非特許文献2)。
【0010】
固体(基板)表面に支持した膜の流動性については、単分子膜の場合も状況は同じである。例えば、上述と同じ脂質分子は、疎水表面上では単分子膜を形成することが報告されている。この単分子膜は、上述と同様の自発展開現象を示し、膜内の分子の流動性が証明されている(非特許文献3)。
【0011】
これらの流動的な二分子膜あるいは単分子膜といった、分子の二次元領域に結合した、あるいは内包された分子を、外部からの刺激によって動かす手法として、基板表面に支持した脂質二分子膜に外部電場を印加する方法がある。特定の領域に閉じ込められた支持脂質二分子膜内に電場を印加することにより、膜内に存在する色素分子を膜内の特定の部位に偏在させることが可能であることが示されている(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】K. Furukawa et al. ,"Microchannel device using self-spreading lipid bilayer as molecule carrier", Lab Chip, vol.6, pp.1001-1006, 2006.
【非特許文献2】J. Salafsky et al. , "Architecture and Function of Membrane Proteins in Planar Supported Bilayers: A Study with Photosynthetic Reaction Centers", Biochemistry, vol.35, pp.14773-14781, 1996.
【非特許文献3】I. Czolkos et al. , "Controlled Formation and Mixing of Two-Dimensional Fluids", Vol.7, No.7, pp.1980-1984, 2007.
【非特許文献4】JAY T. GROVES AND STEVEN G. BOXER, "Micropattern Formation in Supported Lipid Membranes",Acc. Chem. Res. , vol.35, pp.149-157, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述した外部電場の印加による分子操作の技術は、基板に支持された脂質二分子膜を維持するための電解質溶液に電極を配置して電場印加を行うもので、基板表面に同時に一種類の電場が印加できるのみである。したがって、基板表面に支持した脂質二分子膜にも、同時に一種類の電場しか印加されない。これにより、支持膜に結合したあるいは埋めこまれた分子を一方向に操作することは可能であるが、これ以上の複雑な操作は原理的に行えない方式である。
【0014】
ここで、ひとつの支持膜内において、局所的かつ独立に複数の電場を印加することにより、膜に結合したあるいは埋めこまれた分子を膜内で操作することができれば、新規の分子分別および分子検出技術に応用できる可能性がある。例えば、支持膜内で特定の分子を操作することにより、これを分別し、また、検出できる可能性がある。また、分子の動きを三次元領域でなく二次元領域に限定することにより、分子の位置の操作を通して分別・検出といった作業をより微量の試料を用いて効率的に行える可能性がある。しかしながら、基板に支持された膜内での、上述したような電場印加方法およびこれを利用した分子操作については、これまでその手法が開発されていない。
【0015】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、分子膜における分子の位置の操作が、より効率的に行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る分子操作用素子は、基板の上に形成された電極と、基板の上に電極を覆って形成された絶縁層と、絶縁層の上に形成された分子膜とを少なくとも備える。
【0017】
上記分子操作用素子において、絶縁層の上に形成された、絶縁層の上で分子膜の有無を区画する区画構造を備えるようにしてもよい。区画構造は、例えば、親水性の領域および疎水性の領域から構成されていればよい。また、区画構造は、凹凸および各々異なる粗さの領域から構成されていてもよい。
【0018】
上記分子操作用素子において、分子膜は、脂質二分子膜から構成されていればよい。また、基板の上に各々絶縁分離された複数の電極を備え、複数の電極は、各々異なる電圧が印加されるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、基板の上に形成された電極と、基板の上に電極を覆って形成された絶縁層と、絶縁層の上に形成された分子膜とを少なくとも備えるようにしたので、分子膜における分子の位置の操作が、より局所的かつ効率的に行えるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1A】図1Aは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。
【図1B】図1Bは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。
【図1C】図1Cは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す平面図である。
【図2】図2は、分子操作用素子の表面の分子層を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図3A】図3Aは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す斜視図である。
【図3B】図3Bは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す斜視図である。
【図4A】図4Aは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す平面図である。
【図4B】図4Bは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図4C】図4Cは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図4D】図4Dは、本発明の実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示す断面図である。
【図5】図5は、電極を覆って形成している絶縁層の上に作製したパターン層の顕微鏡観察像を示す写真である。
【図6】図6は、本発明の実施の形態2の実施例2における分子操作用素子を用いた分子操作の状態を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0022】
[実施の形態1]
はじめに、本発明の実施の形態1について、図1A,図1B,図1Cを用いて説明する。図1A,図1Bは、本発明の実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す断面図である。また、図1Cは、実施の形態1における分子操作用素子の構成を示す平面図である。図1Aは、図1Cのaa’線の断面を示し、図1Bは、図1Cのbb’線の断面を示している。
【0023】
この分子操作用素子は、基板101の上に各々絶縁分離して形成された電極131,132,133,134と、基板101の上に電極131,132,133,134を覆って形成された絶縁層104と、絶縁層104の上に形成された分子膜110とを少なくとも備える。分子膜110は、例えば、二分子膜および単分子膜などである。本実施の形態では、複数の電極131,132,133,134を備え、各々が、基板101の上に形成された絶縁層102により絶縁分離されている。
【0024】
基板101は、例えばシリコンなどの固体材料から構成されていればよい。シリコン基板を用いる場合、この表面を熱酸化することで、絶縁層102が形成できる。また、各電極は、Auなどの金属をいわゆるリフトオフ法によりパターニングすることで形成できる。また、絶縁層104は、例えば、SiO2およびSiNをスパッタ法やCVD法などにより堆積することで形成すればよい。
【0025】
本実施の形態によれば、電極の上に絶縁層を介して分子膜が配置されているので、電極により分子膜が広がる領域を制限することがない。また、電極の直上の分子に電場を印加できるので、電極に合わせた大面積で局所的に電場をかけることができる。このようにより大きな面積で電場が印加できるので、絶縁層の上に特定の分子を集めるなどの位置の操作が効率的に行えるようになる。また、局所的に電場をかけることができるので、複数の電極を配置し、おのおの独立に電場を印加することによって、複雑な分子操作を行なえるようになる。
【0026】
[実施例1]
次に、実施の形態1について、実施例を用いてより詳細に説明する。はじめに、分子操作用素子の作製について説明する。まず、層厚300nmの熱酸化層が形成されている直径3インチの円形のシリコンウエハを用意し、このシリコンウエハの熱酸化層の上に、プラズマCVD装置によりSiN膜を200nm堆積させた。
【0027】
次に、堆積したSiN膜の表面を0.5%フッ酸溶液で洗浄した後、洗浄した表面に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布した。次いで、塗布したフォトレジスト層に電極パターンを描画したレチクルを介して当該電極パターンを露光し、さらにこれを現像して、フォトレジスト層に電極パターンを転写した。
【0028】
次に、電極パターンを転写したフォトレジスト層をマスクパターンとし、次に六フッ化硫黄ガスにより、SiN膜を選択的にエッチングした。このとき、SiO2からなる熱酸化層に対してSiN膜が高い選択比でエッチングされる条件を採用し、電極が形成される部分のSiN膜を完全に除去し、かつこの領域の熱酸化層はエッチングしないようにした。
【0029】
次に、上記フォトレジスト層を残した状態で、電子ビーム蒸着装置を用い、チタン50nm、金100nm、白金20nmの膜を堆積した。この後、リフトオフ法により上記フォトレジスト層を除去し、SiN膜を除去した領域に上記金属の積層膜からなる電極を形成した。酸素プラズマ処理(400W、10分)およびセミコクリーン(フルウチ化学株式会社製有機アルカリ系洗浄液)による洗浄を施し、表面の清浄化を行った。
【0030】
次に、電極を形成したSiN膜の上に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成し、外部出入力用の電極パッド部を保護するパターンをフォトレジスト層に描画した。次いで、スパッタ装置によりSiO2を200nm堆積させ、リフトオフ法によりフォトレジスト部を除去した。以上のプロセスにより、基板の上に各々絶縁分離して形成された複数の電極および基板の上に電極を覆って形成された絶縁層からなる電極基板を得る。また、電極を覆う絶縁層は、電極パッド部には形成されておらず、電極パッド部は露出している。この電極基板を実験に使用した。
【0031】
次に、電極基板(電極を覆う絶縁層)の上に形成する分子膜の作製について説明する。まず、ベシクル溶液を調製する。卵黄由来フォスファチジルコリン中に、テキサスレッド−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンを1モル%含む脂質分子混合体を、それぞれのクロロホルム溶液を用いて調製した。クロロホルム溶液は、ガラス瓶の中に調製する。次に、調製したクロロホルム溶液に窒素ガスを吹き付け、クロロホルムを蒸発させ、混合脂質分子からなる膜をガラス瓶の内壁に形成した。さらに真空下で終夜乾燥させ、クロロホルムを完全に除去した。
【0032】
次にガラス瓶の中に、1.0mLのリン酸緩衝液(PBSバッファー、0.1M リン酸ナトリウム、0.15M 塩化ナトリウム、pH7.2)を追加し、超音波処理を10分間施し、緩衝液内で脂質ベシクルを形成した。この溶液をPBSバッファーで10倍希釈(脂質濃度0.2mg/mL)した溶液を調製し、ベシクル溶液とした。
【0033】
次に、前述した電極基板の表面を純水で洗浄した後、40%フッ化アンモニウム水溶液に5分間浸漬し、再び純水で洗浄した。引き続きこの電極基板を、上述したベシクル溶液に10分間浸漬し、さらにベシクル溶液作製に使用したリン酸緩衝液により繰り返し洗浄した。このプロセスにより、電極基板(電極を覆う絶縁層)の表面に脂質二分子膜が形成され、分子操作用素子が完成する。なお、ベシクル溶液に浸漬した後の電極基板(分子操作用素子)は、常に緩衝液または水に覆われた状態を維持しなければならない。これは、電極基板の表面に形成した脂質二分子膜が、大気への暴露により崩壊するためである。
【0034】
次に、上述したように作製した分子操作用素子における分子操作について説明する。ここで、分子操作の状態は、共焦点レーザー顕微鏡により観察する。この観察において、共焦点レーザー顕微鏡のレンズと分子操作用素子として作製した試料基板の間は、リン酸緩衝液で満たした。また外部出入力に利用する電極パッドは、リン酸緩衝液とは接触しないように配置した。なお、共焦点レーザー顕微鏡の観察条件としては、励起光543nmを用い、610nm以上の波長の蛍光を記録した。
【0035】
図2は、電圧の印加前後の共焦点レーザー顕微鏡像であり、(a)が電圧印加直前の状態であり、(b)が電圧印加30分後の状態である。顕微鏡像において、図面の上下方向に延在している4つの直線が、電極である。各電極は、各々外部回路へと接続が可能になっている。図2において、最も左の電極と最も右の電極との間に1Vの電圧を印加した。なお、極性は左が+、右が−である。
【0036】
図2の(b)に示すように、電圧印加30分後においては、プラス電圧を印加した電極近傍で蛍光がより強く出ている状態が観察される。これは、卵黄由来フォスファチジルコリン支持膜中のテキサスレッド−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンが、電場によって支持膜(脂質二分子膜)中を、プラス電圧を印加した電極の方向に移動したためと考えられる。このように、絶縁層の下に配置した電極を用いることで、効率的な分子操作が可能となった。
【0037】
[実施の形態2]
次に、本発明の実施の形態2について説明する。図3A,図3B、図4A,図4B,図4C,図4Dは、実施の形態2における分子操作用素子の一部構成を示している。図3Aおよび図3Bは斜視図である。図3Bでは、各層を分離して示している。また、図4Aは平面図,図4B,図4C,図4Dは、断面図である。図4Bは、図4Aのbb’線の断面を示し、図4Cは、図4Aのcc’線の断面を示し、図4Dは、図4Aのdc’線の断面を示している。なお、図3A,図3B、図4A,図4B,図4C,図4Dでは、分子膜を省略しており、電極基板の部分を示している。
【0038】
この分子操作用素子は、基板301の上に各々絶縁分離して形成された電極331,332,333,334と、基板301の上に電極331,332,333,334を覆って形成された絶縁層304とを少なくとも備える。本実施の形態では、4つの電極331,332,333,334を備え、各々が、基板301の上に形成された絶縁層302および絶縁層302aにより絶縁分離されている。絶縁層302は、例えばSiO2から構成され、絶縁層302aは、例えばSiNから構成されている。絶縁層302aに形成された電極パターンの凹部に、各電極が形成されている。また、絶縁層304が形成されていない絶縁層302の上には、電極331,332,333,334に接続する電極パッド部331a,332a,333a,334aが形成されている。電極パッド部331a,332a,333a,334aの上には、絶縁層などが形成されていなくこれらは露出している。
【0039】
また、本実施の形態では、絶縁層304の上で分子膜(不図示)の有無を区画する区画構造として、絶縁層304の上にパターン層305を備える。パターン層305は、2つの開口領域351および開口領域353と、開口領域351および開口領域353を連通させる複数の連通路352を備える。本実施の形態では、4つの連通路352を備えている。例えば、絶縁層304をSiO2から構成すれば、絶縁層304の表面は親水性とすることができ、パターン層305をフォトレジスト材料から構成すれば疎水性とすることができるので、パターン層305により、絶縁層304の上に親水性の領域および疎水性の領域からなる区画構造が形成できる。
【0040】
以下、本実施の形態における分子操作用素子の作製について説明する。
【0041】
例えば、基板301は、シリコン基板とすればよい。SiO2膜が形成されているシリコン基板を利用すれば、基板301の上に絶縁層302が得られる。なお、基板301は、絶縁層302を備えるなど表面が絶縁状態であればよく、特に限定されず、半導体、ガラス、金属、プラスチック、セラミクスなどの固体材料から構成することが可能である。例えば、導電性を有する材料から基板301を構成した場合、上述したように、例えば酸化シリコンなどを堆積して絶縁層302を形成すればよい。
【0042】
次に、絶縁層302の上に電極331,332,333,334を形成する。まず、SiNを堆積して絶縁層302aを形成する。次に、この絶縁層302aを公知のリソグラフィー技術およびエッチング技術によりパターニングする。このパターニングでは、電極を形成しようとする領域に開口を形成する。このパターニングは、ナノインプリントなどのパターン形成技術も適用可能である。このようにして形成した絶縁層302aの開口領域に、電極を形成するための金属材料を堆積することで、各電極および電極パッド部が形成できる。なお、絶縁層302において、電極を形成しようとする領域に対応する凹部を形成し、この凹部に各電極および電極パッド部を形成してもよい。
【0043】
なお、絶縁層は、SiNに限らず、有機ポリマーなどを含む他の絶縁材料から構成してもよい。これらの絶縁材料からなる絶縁層をパターニングし、エッチングした後に電極を作製すればよい。また、各電極および電極パッド部は、電極材料を堆積して形成した電極材料層をパターニングすることで形成してもよい。電極材料としては、導電性を有している様々な材料が利用できる。
【0044】
上述したように各電極を形成した後、これら電極の上に絶縁層304を形成する。絶縁層304は、例えば、SiO2から構成すればよい。また、絶縁層304は、有機ポリマーなどの他の絶縁材料から構成してもよい。
【0045】
次に、絶縁層304の上にパターン層305を形成する。パターン層305は、公知の感光性レジストを用いてこれをリソグラフィー技術でパターニングすることで形成できる。また、パターン層305は、ナノインプリントなどのパターン形成技術で形成してもよい。このように、パターン層305を形成した後、パターン層305の開口領域の絶縁層304が露出している部分に、二分子膜および単分子膜などの分子膜を配置すればよい。
【0046】
実施の形態2によれば、絶縁層304の上に配置した分子膜において、微小試料でかつ高感度に、これらの膜に結合あるいは埋めこまれた分子を操作することができる。なお、図4Aに示すように、複数の電極を配置することで、複数の電極間に異なる電圧を印加することも可能である。あるいは、分子操作用素子を水・水溶液に沈めた際に、水・水溶液と、電極との間に異なる電圧を印加することも可能である。
【0047】
上述したように、本実施の形態では、電極を絶縁層で覆い、この上にパターンを形成して二分子膜あるいは単分子膜を備えるようにしたものである。このように電極が絶縁層の下に埋めこまれていることから、電極が二分子膜あるいは単分子膜の広がる領域を制限することがないという構造上の長所を有する。また、電極の直上の分子に電場を印加できるので、電極に合わせた大面積で局所的に電場をかけることができ、この大面積の固体表面上に特定の分子を集めるなどの位置の操作が可能となる。
【0048】
[実施例2]
次に、実施の形態2について、実施例を用いてより詳細に説明する。はじめに、分子操作用素子の作製について説明する。まず、層厚300nmの熱酸化層が形成されている直径3インチの円形のシリコンウエハを用意し、このシリコンウエハの熱酸化層の上に、プラズマCVD装置によりSiN膜を200nm堆積させた。
【0049】
次に、堆積したSiN膜の表面を0.5%フッ酸溶液で洗浄した後、洗浄した表面に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布した。次いで、塗布したフォトレジスト層に電極パターンを描画したレチクルを介して当該電極パターンを露光し、さらにこれを現像して、フォトレジスト層に電極パターンを転写した。
【0050】
次に、電極パターンを転写したフォトレジスト層をマスクパターンとし、次に六フッ化硫黄ガスにより、SiN膜を選択的にエッチングした。このとき、SiO2からなる熱酸化層に対してSiN膜が高い選択比でエッチングされる条件を採用し、電極が形成される部分のSiN膜を完全に除去し、かつこの領域の熱酸化層はエッチングしないようにした。
【0051】
次に、上記フォトレジスト層を残した状態で、電子ビーム蒸着装置を用い、チタン50nm、金100nm、白金20nmの膜を堆積した。この後、リフトオフ法により上記フォトレジスト層を除去し、SiN膜を除去した領域に上記金属の積層膜からなる電極を形成した。酸素プラズマ処理(400W、10分)および有機アルカリ系洗浄液による洗浄を施し、表面の清浄化を行った。
【0052】
次に、電極を形成したSiN膜の上にスピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成し、外部出入力用の電極パッド部を保護するパターンをフォトレジスト層に描画した。次いで、スパッタ装置によりSiO2を200nm堆積させ、リフトオフ法によりフォトレジスト部を除去し、電極を覆う絶縁層を形成した。電極を覆う絶縁層は、電極パッド部には形成されておらず、電極パッド部は露出している。
【0053】
次に、電極を覆って形成している絶縁層の上に、スピンコート法によりフォトレジストを塗布してフォトレジスト層を形成した。次いで、形成したフォトレジスト層に、フォトマスクを介してパターンを露光し、これを現像してフォトレジスト層にパターンを描画(転写)し、パターン層(区画領域)を形成した。図5は、電極を覆って形成している絶縁層の上に作製したパターン層の顕微鏡観察像である。500μm角の正方形の2個の開口領域の間を、幅10μm長さ400μmの連通路(16本)で連結しているパターンが、上下2箇所に配置されているのが分かる。図5の写真において、連通路は、紙面左右の方向に延在している。開口領域および連通路は、フォトレジストがない領域であり、親水性の絶縁層(酸化シリコン)の表面が露出している領域である。なお、図5の紙面縦方向に延在している見える4本の線は、絶縁層の下に形成されている電極であり、線幅10μm、線間隔500μmで配置されている。
【0054】
次に、上述した区画領域としてのパターン層を備える電極基板の上に形成する分子膜の作製について説明する。まず、脂質混合物を調製する。卵黄由来フォスファチジルコリン中に、フルオレセイン−ジヘキサノイルフォスファチジルコリンが1モル%含まれる脂質分子混合体を、それぞれのクロロホルム溶液を用いて調製した。クロロホルム溶液は、ガラス瓶の中に調製する。次に、調製したクロロホルム溶液に窒素ガスを吹き付け、クロロホルムを蒸発させ、混合脂質分子からなる膜をガラス瓶の内壁に形成した。さらに真空下で終夜乾燥させ、クロロホルムを完全に除去した。最終産物として、粘稠性のある固体を得た。
【0055】
次に、作製した脂質混合物を用いた分子膜の形成について説明する。まず、ガラス製キャピラリーを作製し、作製したキャピラリーの尖端で、上記粘稠性のある固体をガラス瓶の中より掻きとる。次に、掻き取った粘稠性のある固体を、パターン層における正方形の開口領域に塗布した。塗布した粘稠性のある固体は、およそ直径100μmのスポット状の塊であった。
【0056】
上述したように作製した試料を、共焦点レーザー顕微鏡で観察可能な状態とし、水浸用の対物レンズと試料との間に、pH7.6に調製したトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)10mM、および、NaCl100mMからなる電解質溶液を静かに注いだ。これにより、塗布した脂質の塊は自発展開を開始した。自発展開開始からおよそ30分経過すると、2つの開口領域から自発展開を開始した膜が、幅10μmの連通路内で接触して一体となる。自発展開する脂質二分子膜は、酸化シリコン表面が露出した親水表面のみに形成され、この親水表面全体に広がった時点で、それ以上の展開(パターン層の上への展開)を停止した。
【0057】
次に、上述したように作製した分子操作用素子における分子操作について説明する。ここで、分子操作の状態は、試料を配置している共焦点レーザー顕微鏡により観察する。この観察においては、励起光488nmを用い、505−525nm波長の蛍光および610nm以上の波長の蛍光を分離して同時に記録(観察)した。観察している状態を図6に示す。
【0058】
図6において、(a)は、初期状態を示し、(b)は以下に説明する電圧印加状態を示している。なお、図6の(a)および(b)において、「Black1」,「Black2」,「Red1」,および「Red2」の文字の箇所を上下方向に通過する線が、各々電極の一部を示している。図6においては、4つの電極が存在している。また、図6において、より明るく示される紙面横方向に延在しているストライプパターンが、パターン層の連通口部分を示し、言い換えると、自発展開した脂質二分子膜が存在している領域である。この部分では、フルオレセインの蛍光が観察されている。一方、図6において、より暗く示されている紙面横方向に存在しているストライプパターンが、連通口部分を挟むように存在しているパターン層の部分であり、言い換えると、脂質二分子膜が存在していない領域である
【0059】
上述したように観察している下で、電極に電圧を印加する。この電圧印加では、「Black2」の電極と「Red2」の電極との間に、1Vの電圧を印加する。この電圧印加の後(420秒経過後)の状態が、図6の(b)に示す写真である。1Vを印加して430秒経過すると、図6の(b)に示すように、「Black2」の電極部分における脂質二分子膜が、他の領域より暗くなっていることが分かる。これは、「Black2」の電極部分における蛍光強度が減少したためである。この蛍光強度の変化は、脂質二分子膜内のフルオレセイン結合脂質分子の量に比例しているために起こる。この結果より、この電極上部の絶縁層状に配置されている脂質二分子膜におけるフルオレセイン結合脂質分子の濃度が、脂質二分子膜の下に絶縁層を介して配置されている電極への電圧印加により制御できることが示された。
【0060】
以上に説明したように、本発明によれば、単分子膜または二分子膜などの分子膜中に存在する分子の位置を、外部からの電圧印加によって分子膜内で制御することを可能にしている。このように、本発明によれば、分子膜内の特定の分子を特定の位置に操作することができるので、これを元に特定の分子を分別し、また、検出することが可能になる。本発明では、特に、細胞膜の基本構造である脂質二分子膜内での分子操作に適用可能なため、膜タンパク質などの生体分子の濃縮、および検出、また、機能解析への応用が期待される。これにより、本発明の分子操作用素子によれば、例えば、疾病診断デバイスやタンパクチップなどのバイオチップ応用が可能である。
【0061】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述では、レジストパターンを用いて疎水性の領域と親水性の領域とを形成して区画領域としたが、これに限るものではない。例えば、SiO2などの親水性材料からなる層の上に、金などの金属のパターンを形成して区画領域としてもよい。金属は疎水性となるので、疎水性の領域と親水性の領域とかなる区画構造が形成できる。また、単に凹凸を形成し、凹部に分子膜を配置し、凸部には分子膜がない状態とすることで、区画構造としてもよい。また、各々異なる粗さの領域から区画領域構造を形成してもよい。
【符号の説明】
【0062】
101…基板、102…絶縁層、104…絶縁層、110…分子膜、131,132,133,134…電極。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に形成された電極と、
前記基板の上に前記電極を覆って形成された絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成された分子膜と
を少なくとも備えることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項2】
請求項1記載の分子操作用素子において、
前記絶縁層の上に形成された、前記絶縁層の上で前記分子膜の有無を区画する区画構造を備えることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項3】
請求項2記載の分子操作用素子において、
前記区画構造は、親水性の領域および疎水性の領域から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項4】
請求項2記載の分子操作用素子において、
前記区画構造は、凹凸および各々異なる粗さの領域から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の分子操作用素子において、
前記分子膜は、脂質二分子膜から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の分子操作用素子において、
前記基板の上に各々絶縁分離された複数の前記電極を備え、複数の前記電極は、各々異なる電圧が印加されることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項1】
基板の上に形成された電極と、
前記基板の上に前記電極を覆って形成された絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成された分子膜と
を少なくとも備えることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項2】
請求項1記載の分子操作用素子において、
前記絶縁層の上に形成された、前記絶縁層の上で前記分子膜の有無を区画する区画構造を備えることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項3】
請求項2記載の分子操作用素子において、
前記区画構造は、親水性の領域および疎水性の領域から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項4】
請求項2記載の分子操作用素子において、
前記区画構造は、凹凸および各々異なる粗さの領域から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の分子操作用素子において、
前記分子膜は、脂質二分子膜から構成されていることを特徴とする分子操作用素子。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の分子操作用素子において、
前記基板の上に各々絶縁分離された複数の前記電極を備え、複数の前記電極は、各々異なる電圧が印加されることを特徴とする分子操作用素子。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図2】
【図5】
【図6】
【図1B】
【図1C】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図2】
【図5】
【図6】
【公開番号】特開2012−177570(P2012−177570A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−39615(P2011−39615)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】
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