説明

分子組成測定方法及び装置

【課題】試料あるいは人眼前房内のタンパク質分子の組成あるいは濃度を信頼性よく非接触・非侵襲で測定することが可能な分子組成測定方法及び装置を提供する。
【解決手段】アルブミンとグロブリンのタンパク質分子を含む人眼前房21内に波長可変レーザー光源10から異なる波長のレーザー光束が照射される。タンパク質分子からの散乱光が検出器8で受光され、その散乱光信号の自己相関関数が相関器9で求められる。演算器11は、それぞれ異なる波長のレーザー光束で照射されたアルブミンとグロブリンの散乱光信号の自己相関関数に基づきアルブミンとグロブリンの濃度、あるいはその比を演算する。このような構成では、アルブミンとグロブリンの濃度あるいはその比を信頼性よく非接触・非侵襲で測定することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子組成測定方法及び装置、更に詳細には少なくとも2種類のタンパク質分子を含む液にレーザー光束を照射し、該タンパク質分子からの散乱光を受光して、その散乱光信号からタンパク質分子の組成を測定する分子組成測定方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
眼球の角膜と水晶体の間にある前房には、前房水が流れている。正常眼では前房柵の働きにより、前房水中のアルブミン等のタンパク質は非常に低濃度であり、また、血球は存在しない。
【0003】
しかし、白内障やぶどう膜炎による眼内レンズの挿入手術後などにおいて、血液房水柵の機能が低下したりすると、前房水中に白血球や赤血球が流出したり、アルブミン分子が異常に増加したり、あるいはグロブリン等、アルブミンよりも大きいタンパク質分子が流出したりすることが知られている。
【0004】
そして、この血球の数密度やタンパク質分子の濃度を定量的に測定することは、手術後の経過の診断を行なう上において重要である。
【0005】
このタンパク質分子の濃度を定量的に測定する方法として、眼球の前房水中に浮遊するタンパク質分子にレーザー光を照射し、前記タンパク質分子から散乱される散乱光強度を測定することによって、前房水中タンパク濃度を求める方法が、たとえば、下記特許文献1に提案されている。
【0006】
この特許文献1に記載された従来技術は、単波長レーザーを用いたレーザーフレアーセル測定技術と呼ばれる計測技術で人眼前房内の前房水に含まれるタンパク質や種々の生体分子の組成に関する情報を、非接触・非侵襲で得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−352933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前房水に含まれるタンパク質を測定するのは前眼部の炎症の度合いを測定するためであるが、従来の方法では、前房水中のタンパク質が健常状態でも存在するアルブミンなのか、あるいは疾病状態になると滲出するグロブリンなのか、あるいはアルブミン/グロブリン比(以下「A/G比」という)の測定まではできず、いうなれば炎症程度ぐらいしか定量的に測定できなかった。疾病状態や、血液房水柵の機能不全状態ではグロブリン分子の流出が増加するため、A/G比が小さくなるからである。
【0009】
しかしA/G比が測定できるようになれば、炎症の「質」を定量化測定することができ、炎症具合から適切な治療方法を選択することが可能となる。また散乱光のゆらぎ成分を解析することで生体サイズを検出することが可能となり、それまでアルブミンなのかプレアルブミンなのかが判明しなかった成分について識別が可能となる。
【0010】
本発明は、このような点に鑑みてなされたもので、試料あるいは人眼前房水内のタンパク質分子の組成あるいは濃度を信頼性よく非接触・非侵襲で測定することが可能な分子組成測定方法及び装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
少なくとも2種類のタンパク質分子を含む液にレーザー光束を照射し、該タンパク質分子からの散乱光を受光して、その散乱光信号からタンパク質分子の組成を測定する分子組成測定方法であって、
前記タンパク質分子に所定波長のレーザー光束を照射し、
前記タンパク質分子に前記波長と異なるレーザー光束を照射し、
前記それぞれ異なる波長のレーザー光束で照射されたタンパク質分子の散乱光信号の自己相関関数に基づきタンパク質分子の組成を測定することを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、
少なくとも2種類のタンパク質分子を含む液にレーザー光束を照射し、該タンパク質分子からの散乱光を受光して、その散乱光信号からタンパク質分子の組成を測定する分子組成測定装置であって、
波長の異なるレーザー光束を発光するレーザー光源と、
前記レーザー光源からの所定波長のレーザー光束で照射されたタンパク質分子からの散乱光信号の自己相関関数と、前記レーザー光束の波長と異なるレーザー光束で照射されたタンパク質分子からの散乱光信号の自己相関関数とを求める相関器と、
前記それぞれ異なる波長のレーザー光束で求められた自己相関関数に基づきタンパク質分子の組成を演算する演算器と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、異なる波長のレーザー光束でタンパク質分子を照射し、各タンパク質分子の散乱光信号の自己相関関数からタンパク質分子の組成を測定しているので、タンパク質の同定精度が向上する。また人眼前房内のタンパク質分子であるアルブミンとグロブリンの比を非接触・非侵襲で測定することができ、眼科診断に大きく寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】試料内のタンパク質分子の自己相関関数を求める構成を示した構成図である。
【図2】試料セルの正面図である。
【図3】図1の構成で求められる自己相関関数を示したグラフ図である。
【図4】アルブミン、グロブリン、及びその混合系の自己相関関数を示したグラフ図である。
【図5】試料セル内のタンパク質分子の組成を測定する装置の構成を示した構成図である。
【図6】人眼前房水内のタンパク質分子の組成を測定する装置の構成を示した構成図である。
【図7】アルブミン、グロブリンの吸光度の波長依存性を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に示す実施例に基づいて本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0016】
図1には、本発明の実施例に係る分子組成測定装置の全体構成が図示されている。図1において、符号1で示すものは、光源、例えば半導体レーザー光源であり、この半導体レーザー光源1から出射されたレーザー光束は、レンズ2により円柱状のガラス製試料セル(キュベットとも呼ばれる)3内に集光される。光源は半導体レーザーに限らず、He−Neレーザー、半導体レーザー励起の固体レーザーや近赤外光レーザーなどのレーザー光源を用いてもよい。なお近赤外レーザーを用いる場合には可視光のレーザーを同一光路に重畳するエイミングビームとして用いると良い。
【0017】
試料セル3は、図2に図示されており、試料セル3には、タンパク質分子4aなどの粒子を含んだ試料4並びにマグネチックスターラーバー(磁性攪拌子)5が収納され、キャップ6により封入される。マグネチックスターラーバー5は外部に配置されたモーター(不図示)により継続的に攪拌され、試料4は均一な溶液になっている。
【0018】
半導体レーザー光源1からのレーザー光束は、図1に示したように試料セル3の内壁面近傍を通過するように配置され、その壁面に垂直に、レンズ7と、光電子増倍管あるいはAPD(アバランシェ・フォトダイオード)フォトン・カウンティング・モジュールによって構成される検出器8からなる受光装置が配置される。
【0019】
レーザー光束で照射された試料4内のタンパク質分子4aからの側方散乱光は、レンズ7を介して検出器8に入射され、散乱光信号8aが時系列的な信号として出力される。散乱光信号8aは、自己相関解析を行う相関器9に送出され、散乱光の自己相関関数が演算される。
【0020】
相関器9から得られる典型的な自己相関関数が図3に図示されている。遅延時間τが0のときの自己相関係数の値を1としたとき、自己相関係数が1/eに落ちるときの遅延時間の値τ1/eを緩和係数といい、散乱物質によって決定される定数となる。一般に、小さい分子は速く動くため、緩和係数は小さくなる(自己相関関数はグラフの左に寄る)。逆に、大きな分子の動きは遅いので、緩和係数は大きくなる(グラフは右寄りになる)。
【0021】
図4は、試料4にアルブミン、あるいはグロブリン、あるいはアルブミンとグロブリンが所定の比率で含まれている場合の相関器9から得られる自己相関関数を示している。アルブミンの分子径は小さく、約8nm、グロブリンはそれより大きく、約10〜100nmと広い範囲に分布することが知られており、図4に示すような測定結果となる。しかし、アルブミンとグロブリンが所定の割合で混合されている混合系を測定した場合には、その重ね合わせになり、図4で一番上に示した自己相関関数が測定される。
【0022】
半導体レーザー光源1の波長がλのとき、この混合系の自己相関係数G(τ)の平方根は、下記数1のように表される。
【0023】
【数1】

ここで、Aはコヒーレンス度、Tは測定時間、Nは検出器8で検出されるフォトン数、Sはアルブミンの散乱効率、Cはアルブミン濃度、Γはアルブミンの緩和係数、Sはグロブリンの散乱効率、Cはグロブリン濃度、Γはグロブリンの緩和係数である。
【0024】
この混合系の自己相関関数から、アルブミンとグロブリンの濃度、あるいはその比を求めるために、散乱効率、緩和係数が波長依存性を持つことを利用する。例えば、光源の波長が大きくなると、自己相関係数の緩和係数は小さくなる。また、散乱効率も図7に示したような波長依存性を示す。なお、図7において、縦軸は吸光度(A.U.任意単位)で、散乱効率と吸光度の合計値が1となっている。図7で一点鎖線、点線、実線はそれぞれ基準液、アルブミン、グロブリンの吸光度を示している。
【0025】
そこで、図5に示したように、光源に波長可変レーザー光源10を用いて、混合系の自己相関関数を測定する。ここでの光源は他に波長掃引レーザーや、白色光に帯域可変フィルターや回折格子を介したものであってもよい。なお、図5において、光源に波長可変レーザー光源10が用いられること、相関器9の後に、アルブミンとグロブリンの濃度などを演算する演算器11が接続されることを除いて、図1の構成と同じなので、同一部分の説明は省略する。
【0026】
波長可変レーザー光源10から発光するレーザー光束の波長をλ(例えばλ=700nm)とすると、相関器9で自己相関係数G(τ)が求められるので、数1で示す自己相関係数G(τ)の平方根を演算器11で演算し、その値を演算器11内のメモリ(不図示)に格納しておく。
【0027】
続いて、波長可変レーザー光源10から発光するレーザー光束の波長をλからからλ(例えばλ=960nm)に変化させると、コヒーレンス度A、フォトン数N、アルブミンとグロブリンの散乱効率S、S、アルブミンとグロブリンの緩和係数Γ、ΓがそれぞれA’、N’、S’、S’、Γ’、Γ’に変化し、相関器9で求められる自己相関係数G(τ)の平方根が下記数2に従って演算器11で演算される。そして、この演算された値が演算器11のメモリに格納される。
【0028】
【数2】

数1と数2を簡略化すると、それそれ数3、数4のようになるので、それぞれの値を同様にメモリに格納する。
【0029】
【数3】

【0030】
【数4】

ここで、αは波長がλのときの上記A、T、N、S、Γ、τで決まる定数、βは波長がλのときの上記A、T、N、S、Γ、τで決まる定数、α’は波長がλのときの上記A’、T、N’、S’、Γ’、τで決まる定数、β’は波長がλのときの上記A、T、N’、S’、Γ’、τで決まる定数である。
【0031】
続いて、演算器11のメモリに格納されている数3、数4の式から下記数5に示したように、アルブミンとグロブリンの濃度C、Cを求める。
【0032】
【数5】

このようにして、試料内のタンパク質分子に照射されるレーザー光束の波長を変化させることにより試料内に浮遊するアルブミンとグロブリンの各濃度を求めることができる。また、各濃度C、CからC/C、つまりA/G比を求めることができる。
【実施例2】
【0033】
上述した実施例1では、試料セル3内の試料4に含まれるアルブミンとグロブリンのタンパク質分子4aの組成(濃度)あるいはその比を求めたが、図6に示す実施例では、人眼(被検眼)20の前房21内の前房水に浮遊するアルブミンとグロブリンのタンパク質分子4aの組成(濃度)あるいはその比が求められる。
【0034】
図5の実施例と比較して、試料セル3を人眼20の前房21に置き換えたところが相違するだけである。波長可変体レーザー光源10からのレーザー光束は、その波長がλに設定され、前房21近傍を通過する。波長λのレーザー光束で照射された前房21内の前房水に浮遊するタンパク質分子4aからの側方散乱光は、レンズ7を介して検出器8に入射され、散乱光信号8aが時系列的な信号として出力される。散乱光信号8aは、自己相関解析を行う相関器9に送出され、数1に示した自己相関係数の平方根が演算器11により演算され、メモリに格納される。
【0035】
続いて、波長可変レーザー光源10から発光するレーザー光束の波長がλに変化され、そのとき相関器9で求められる自己相関係数G(τ)の平方根が数2に従って演算され、その値が演算器11のメモリに格納される。続いて、数3〜数5に従って、前房21内のアルブミンとグロブリンの濃度C、C、あるいはその比が演算される。
【0036】
なお、レーザー光束の波長を変化させるために、図5、図6の実施例では、波長可変レーザー光源10を用いているが、波長の異なる2つのレーザー光源を設け、これらのレーザー光源を切り換えることにより、レーザー光束の波長を変化させるようにしてもよい。
【0037】
また、上記実施例1、2では、演算器11を相関器9と別に設けているが、演算器11で行われる演算を相関器9により演算するようにしてもよい。
【0038】
また、上述した実施例1、2では、アルブミンとグロブリンのタンパク質分子の組成(濃度)あるいはその比を求めたが、少なくとも自己相関関数を求めるときの散乱効率及び/又は緩和係数に波長依存性のある他のタンパク質分子、あるいは他の生体分子、微粒子であってもよい。
【符号の説明】
【0039】
1 半導体レーザー光源
3 試料セル
4 試料
4a タンパク質分子
8 検出器
9 相関器
10 波長可変レーザー光源
11 演算器
20 人眼
21 前房

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2種類のタンパク質分子を含む液にレーザー光束を照射し、該タンパク質分子からの散乱光を受光して、その散乱光信号からタンパク質分子の組成を測定する分子組成測定方法であって、
前記タンパク質分子に所定波長のレーザー光束を照射し、
前記タンパク質分子に前記波長と異なるレーザー光束を照射し、
前記それぞれ異なる波長のレーザー光束で照射されたタンパク質分子の散乱光信号の自己相関関数に基づきタンパク質分子の組成を測定することを特徴とする分子組成測定方法。
【請求項2】
前記タンパク質分子が人眼前房内の前房水に浮遊するタンパク質分子であることを特徴とする請求項1に記載の分子組成測定方法。
【請求項3】
前記タンパク質分子が試料セル内の溶液に浮遊するタンパク質分子であることを特徴とする請求項1に記載の分子組成測定方法。
【請求項4】
2種類のタンパク質分子の濃度、あるいはその比が測定されることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の分子組成測定方法。
【請求項5】
前記タンパク質分子がアルブミンとグロブリンであることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の分子組成測定方法。
【請求項6】
少なくとも2種類のタンパク質分子を含む液にレーザー光束を照射し、該タンパク質分子からの散乱光を受光して、その散乱光信号からタンパク質分子の組成を測定する分子組成測定装置であって、
波長の異なるレーザー光束を発光するレーザー光源と、
前記レーザー光源からの所定波長のレーザー光束で照射されたタンパク質分子からの散乱光信号の自己相関関数と、前記レーザー光束の波長と異なるレーザー光束で照射されたタンパク質分子からの散乱光信号の自己相関関数とを求める相関器と、
前記それぞれ異なる波長のレーザー光束で求められた自己相関関数に基づきタンパク質分子の組成を演算する演算器と、
を備えたことを特徴とする分子組成測定装置。
【請求項7】
前記タンパク質分子が人眼前房内の前房水に浮遊するタンパク質分子であることを特徴とする請求項6に記載の分子組成測定装置。
【請求項8】
前記タンパク質分子が試料セル内の溶液に浮遊するタンパク質分子であることを特徴とする請求項6に記載の分子組成測定装置。
【請求項9】
2種類のタンパク質分子の濃度、あるいはその比が測定されることを特徴とする請求項6から8のいずれか1項に記載の分子組成測定装置。
【請求項10】
前記タンパク質分子がアルブミンとグロブリンであることを特徴とする請求項6から9のいずれか1項に記載の分子組成測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−83342(P2011−83342A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−236777(P2009−236777)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】