説明

分子線エピタキシャル成長装置および分子線エピタキシャル成長方法

【課題】 基板の表面に形成する薄膜に混入する還元作用を有するガスの量を抑制するとともに、基板の表面または基板の表面に形成する薄膜に与える損傷を抑制して基板の表面に結晶性の高い薄膜を形成することができる分子線エピタキシャル成長装置および分子線エピタキシャル成長方法を提供する。
【解決手段】 成長室13の収容空間12には、ウエハ18を保持するマニピュレータ21、分子線を発生する分子線源22および液体窒素によって冷却されるシュラウド23が設けられる。収容空間12には、ウエハ18が直接見込めない位置から、分子状態の水素ガスが導入される。収容空間12に導入された水素ガスの分子は、シュラウド23の表面に衝突しながら拡散する。収容空間12に拡散された水素ガスを含む雰囲気において、分子線エピタキシャル成長を行い、ウエハ18の表面に高品質な薄膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板の表面に分子線を照射することによって薄膜を形成する分子線エピタキシャル成長装置および分子線エピタキシャル成長方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化合物半導体として代表的なものに、III族元素とV族元素とを含むIII−V族化合物半導体およびII族元素とVI族元素とを含むII−VI族化合物半導体などがある。これらの化合物半導体は、たとえば単結晶の半導体基板の表面に分子線を照射することによって結晶薄膜を形成する分子線エピタキシャル(Molecular Beam Epitaxial:略称MBE)成長方法を用いて作製される。MBE成長方法は、半導体基板の表面に形成される薄膜の組成の制御性および結晶成長の速度の制御性に優れている。
【0003】
半導体基板の表面に結晶薄膜を形成するには、まず半導体基板を収容するチャンバ内を超高真空にする。次に、半導体基板を所定の温度に加熱する。次に、分子線源内に設置されたるつぼに充填される個体材料を蒸発させることによって分子線を発生させ、この分子線を所定の温度に加熱した半導体基板の表面に照射する。半導体基板の表面に照射された分子は、半導体基板の表面に付着し、単結晶の薄膜を形成する。このように分子線源から出射する分子線の濃度を精密に制御することによって、半導体基板の表面上に単結晶の薄膜を作製することができる。なお分子線源には、一般によく用いられるクヌードンセルや、容量充填量の増加を図ったSUMOセルや、材料の特性に応じたバルブドクラッカーセルなどがある。
【0004】
MBE成長は、超高真空において行われるが、超高真空といえども、酸素などの不純物を完全にチャンバの外に排出することは不可能なので、酸素などの微量の不純物が残留した雰囲気において行われる。また分子線源の個体材料は、酸化物などの不純物を含んでいるので、半導体基板に照射する分子線には、酸化物などの微量の不純物が混入している。したがって半導体基板には、酸化物などの不純物が混入した分子線が照射される。このような条件においてMBE成長を行うと、MBE成長中に膜に不純物が混入したり、酸化物が形成されるなどして、結晶の品質が低下するという問題がある。さらに、このようにして形成された結晶の品質の低い化合物半導体を用いて電子部品を作製すると、光学的特性および電気的特性などの電子部品の特性が悪くなるので、特性の良い電子部品を作製することができないという問題がある。
【0005】
従来の技術では、水素の還元作用を利用して、酸化物などの不純物を除去し、結晶の品質を高めている。
【0006】
第1の従来の技術の半導体結晶の分子線成長装置では、イオン化した水素をチャンバ内に導入し、イオン化した水素を含む雰囲気中でMBE成長を行っている。分子状態の水素よりも還元作用が高い水素イオンを含む雰囲気中でMBE成長を行うことによって、結晶成長中に発生した酸化物を還元し、結晶成長中の酸化を防止しながら高品質な半導体結晶を作製している(たとえば特許文献1参照)。
【0007】
図10は、第2の従来の技術の分子線結晶成長装置1の構成を簡略化して示す模式図である。分子線結晶成長装置1は、分子線結晶成長室2と、分子線結晶成長室2内を真空にする真空ポンプ3と、基板を保持する基板用マニピュレータ4と、Gaを含む分子線を発生するGa分子線源5と、Alを含む分子線を発生するAl分子線源6と、Asを含む分子線を発生するAs分子線源7と、水素ラジカル塩素ラジカル発生装置8と、ガス供給系9とを含んで構成される。
【0008】
Ga分子線源5と、Al分子線源6と、As分子線源7と、水素ラジカル塩素ラジカル発生装置8とは、各分子線源またはラジカル発生装置から発生する分子線またはラジカルが、基板用マニピュレータ4に保持された基板の表面に向かうように配置される。
【0009】
ガス供給系9は、水素ラジカル塩素ラジカル発生装置8に水素分子および塩素分子を供給する。水素ラジカル塩素ラジカル発生装置8は、水素分子から水素ラジカルを生成し、塩素分子から塩素ラジカルを生成する。結晶成長中において、水素ラジカル塩素ラジカル発生装置8は、塩素ラジカルおよび水素ラジカルを基板の表面に照射する。結晶成長中に塩素ラジカルを基板に照射することによって、基板の表面に生じるか付着した酸化物をエッチングし、除去することができる。また結晶成長中に水素ラジカルを基板に照射することによって、基板の表面に生じるか付着した酸化物を還元し、除去することができる。これによって、基板の表面の酸化物に起因する表面欠陥を減少することができる(たとえば特許文献2参照)。
【0010】
第3の従来の技術の分子線エピタキシャル成長装置では、分子線源内に水素ガスを導入し、この水素ガスの流れによって分子線を基板の表面に輸送している。分子線源内に水素ガスを導入することによって、分子線源内に充填された個体材料中の酸化物を還元し、除去することができる。さらに分子線を基板の表面に輸送している間に、分子線中に含まれる酸化物を還元し、分子線中の酸化物を除去することができる。これによって酸化物などの不純物の少ない分子線を基板に照射することができる。さらに水素ガスによって基板および基板を保持する基板ホルダを還元し、酸化物が成長層にとりこまれないようにしている(たとえば特許文献3参照)。
【0011】
第4の従来の技術の分子線結晶成長装置では、V族元素の分子線を基板上に照射した後、III族元素の分子線を基板上に照射する前に、粘性流に近い量の水素ガスを基板の表面に吹きつけている。第4の従来の技術の分子線結晶成長装置は、水素ガスの還元作用を利用して基板の表面の酸化物を除去するものではないが、水素ガスを基板の表面に吹きつけることによって、基板の表面に存在する余剰なV族元素を強制的に排除することができる。基板の表面に存在する余剰なV族元素を排除することによって、III族元素を積むべき表面層を平坦にすることができる。この平坦な表面にIII族元素の分子線を照射するので、表面が平坦な化合物半導体を作製することができる。これによって、結晶の品質の高い化合物半導体を得ることができる(たとえば特許文献4参照)。
【0012】
【特許文献1】特開昭58−116号公報
【特許文献2】特開昭63−117989号公報
【特許文献3】特開昭61−261294号公報
【特許文献4】特開昭64−73715号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来の技術では、水素分子、水素イオンまたは水素ラジカルを半導体基板に照射するので、還元作用に寄与しない余剰の水素分子、水素イオンまたは水素ラジカルが結晶成長中の膜中に大量に混入する。この膜中に混入した水素が意図しないエネルギ準位を形成するので、所定のバンドギャップを利用する電子部品の材料に適する化合物半導体を作製することができないという問題が生じる。
【0014】
また、水素分子に比べてエネルギの高い水素イオンまたは水素ラジカルを半導体基板に照射すると、半導体基板の表面、成長中の結晶の表面および界面などに損傷が生じ、作製した化合物半導体の結晶性が悪くなるという問題が生じる。
【0015】
したがって本発明の目的は、基板の表面に形成する薄膜に混入する還元作用を有するガスの量を抑制するとともに、基板の表面または基板の表面に形成する薄膜に与える損傷を抑制して基板の表面に結晶性の高い薄膜を形成することができる分子線エピタキシャル成長装置および分子線エピタキシャル成長方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、基板を収容可能な収容空間を有する収容部と、
収容空間に収容された基板に照射する分子線を発生する分子線源と、
還元作用を有するガスを収容空間に導入するガス導入部と、
収容空間に設けられ、前記ガス導入部から導入されるガスの温度よりも表面温度の低い低温部とを含み、
前記ガス導入部は、収容空間に導入するガスのうちの少なくとも一部を、前記基板の表面に到達する前に、前記低温部に衝突させることを特徴とする分子線エピタキシャル成長装置である。
【0017】
また本発明は、前記ガス導入部から収容空間に導入されるガスは、水素分子から成ることを特徴とする。
【0018】
また本発明は、前記低温部は、液体窒素によって冷却されるシュラウドによって形成されることを特徴とする。
【0019】
また本発明は、前記分子線源は、前記収容部に収容される前記基板の表面に略均一に分子線を照射する位置で収容部に設けられ、
前記ガス導入部は、分子線源が設けられるべき領域を除く残余の領域に設けられることを特徴とする。
【0020】
また本発明は、基板を収容空間に収容し、
還元作用を有するガスのうちの少なくとも一部が、基板に到達する前に、前記ガスよりも表面温度の低く、かつ収容空間に設けられる低温部に衝突するように、前記ガスを収容空間に導入し、
前記ガスを含む雰囲気において、前記基板の表面に分子線を照射することによって薄膜を形成することを特徴とする分子線エピタキシャル成長方法である。
【0021】
また本発明は、前記還元作用を有するガスは、水素分子から成ることを特徴とする。
また本発明は、収容空間の圧力が5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満となるように前記水素分子を収容空間に導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、収容部の収容空間には、基板が収容され、低温部が設けられる。収容空間には、ガス導入部から還元作用を有するガスが導入される。収容空間に導入されたガスは、拡散し、ガスのうちの少なくとも一部は、基板の表面に到達する前に、ガスの温度よりも表面温度の低い低温部に衝突する。すなわちガス導入部から収容空間に導入されるガスのうちの少なくとも一部は、低温部に衝突した後に、基板の表面に到達する。
【0023】
ガスの温度よりも表面の温度が低い低温部にガスが衝突すると、ガスから低温部にガスのエネルギが移ることによって、ガスの運動エネルギが低下し、ガスの粒子の速度が低下する。したがってガスの温度が低下する。このように、収容空間に導入されたガスのうちの少なくとも一部は、収容空間に導入された直後よりも低いエネルギとなって基板に到達する。
【0024】
このような還元作用を有するガスを含む雰囲気において、分子線を基板の表面に照射して基板の表面に薄膜を形成すると、基板の表面または薄膜に形成された酸化物などの不純物は、還元作用を有するガスによって還元される。さらに、ガスによって分子線源に付着した酸化物、分子線の素となる個体材料に含まれる酸化物、および分子線に含まれる酸化物も還元されるので、酸化物などの不純物の少ない分子線が基板の表面に照射される。これによって、酸化物などの不純物の少ない薄膜を形成することができる。
【0025】
また、低温部に衝突した後に基板に到達するガスは、エネルギが低いので、基板または薄膜に損傷を与えにくい。たとえば収容空間に導入されるガスが、イオンおよびラジカルなどのエネルギの高い状態であったとしても、ガスが低温部に衝突することによって、ガスのエネルギは、収容空間に導入された直後よりも低下する。
【0026】
収容空間に拡散された還元作用を有するガスのエネルギは低く、このような低エネルギのガスを含む雰囲気において薄膜を基板の表面に形成すると、還元作用を有するガスが基板または薄膜に与える損傷を抑えることができ、結晶性の高い薄膜を得ることができる。
【0027】
また本発明によれば、前記ガス導入部から収容空間に導入されるガスは、水素イオンまたは水素ラジカルではなく、水素分子から成る。水素分子は、水素イオンおよび水素ラジカルよりもエネルギが低いので、水素分子が基板または基板の表面に形成される薄膜に与える損傷を抑制することができる。このようなエネルギが低い水素分子を含む雰囲気において薄膜を基板の表面に形成すると、結晶性の高い薄膜を得ることができる。
【0028】
また水素分子から水素イオンまたは水素ラジカルを生成するための機構を装置に設ける必要がないので、還元作用を有するガスとして水素イオンまたは水素ラジカルを用いる装置に比べて、装置の構成を簡略化することができる。これによって、装置のコストおよび装置のメンテナンスにかかるコストを低減することができる。
【0029】
また還元作用を有するガスとして水素イオンまたは水素ラジカルを用いる装置では、プラズマ放電を利用して水素ラジカルを生成する、または部材を加熱して水素イオンを生成するので、プラズマ放電室または加熱された部材から不純物が発生し、この不純物が薄膜に混入するが、本発明では還元作用を有するガスとして水素分子を用いるので、以上のような問題は生じない。
【0030】
また本発明によれば、低温部は、液体窒素によって冷却されるシュラウドによって形成される。シュラウドには、沸点の低い液体窒素が充填され、シュラウドの表面は、窒素の沸点に近い温度まで冷却される。このシュラウドは、収容空間の気圧を下げるために用いられるものであり、たとえば分子線源から発生した分子線のうち、基板に吸着されずに反射された分子を吸着したりする。このようなシュラウドを、還元作用を有するガスのエネルギを下げるための低温部に利用するので、シュラウドの他に低温部を特別に設ける必要がなくなり、装置の構成を簡略化し、装置のコストを低減することができる。
【0031】
また本発明によれば、ガス導入部は、収容空間に導入するガスのうちの少なくとも一部が、前記基板の表面に到達する前に、前記低温部に衝突するように前記ガスを収容空間に導入するので、収容空間の分子線源が設けられるべき領域に設けられる必要がなく、分子線源が設けられるべき領域を除く残余の領域に設けられる。
【0032】
このようにガス導入部は、分子線源が設けられるべき領域を除く残余の領域に設けられるので、各分子線源の配置を前記領域内で設計するときに、ガス導入部の配置を考慮する必要がなく、分子線源の配置の設計の自由度が高くなる。
【0033】
また本発明によれば、基板を収容空間に収容し、還元作用を有するガスのうちの少なくとも一部が、基板に到達する前に、前記ガスよりも表面温度の低く、かつ収容空間に設けられる低温部に衝突するように、前記ガスを収容空間に導入し、前記ガスを含む雰囲気において、前記基板の表面に分子線を照射することによって薄膜を形成する。
【0034】
前述したように、収容空間に導入されたガスのうちの少なくとも一部は、収容空間に導入された直後よりもエネルギが低下した状態で基板または基板の表面に形成される薄膜に到達する。したがって、前述したように、ガス導入部から導入されたガスが基板または基板の表面に形成される薄膜に与える損傷を抑制し、かつ前記ガスが基板または基板の表面に形成される薄膜に混入する量を抑制して、基板または基板の表面に形成される薄膜に形成される酸化物などの不純物を還元しながら、結晶性の高い薄膜を基板の表面に形成することができる。
【0035】
また本発明によれば、収容空間に導入される還元作用を有するガスは、水素イオンまたは水素ラジカルではなく、水素分子から成る。水素分子は、水素イオンおよび水素ラジカルよりもエネルギが低いので、水素分子が基板または基板の表面に形成される薄膜に与える損傷を抑制することができる。このようなエネルギの低い水素分子を含む雰囲気において基板の表面に薄膜を形成すると、結晶性の高い薄膜を得ることができる。
【0036】
また本発明によれば、収容空間の圧力が5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満となる水素分子を含む雰囲気において薄膜が形成される。収容空間の圧力が5×10−5Pa未満であれば、薄膜を形成する過程において基板の表面または薄膜に形成された酸化物などの不純物、分子線源に付着した酸化物、分子線の素となる個体材料個体材料に含まれる酸化物、および分子線に含まれる酸化物を還元する作用が小さくなり、酸化物などの不純物の少ない薄膜を形成することができない。また収容空間の圧力が5×10−5Pa以上であれば、還元作用に寄与しない余剰の水素分子が、結晶成長中に薄膜中に混入することによって結晶性の高い薄膜を得ることができないと考えられる。本発明によれば、収容空間の圧力が5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満となる水素分子を含む雰囲気において薄膜を形成するので、結晶性の高い薄膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
図1は、本発明の第1の実施の形態の分子線エピタキシャル(Molecular Beam
Epitaxial:略称MBE)成長装置11の構成を簡略化して示す模式図である。MBE成長装置11は、収容空間12を有する収容部である成長室13、収容空間12に存在する気体を排気する真空ポンプ14、ゲートバルブ15、成長室13と真空ポンプ14とをゲートバルブ15を介して接続する接続管16、還元作用を有するガスを収容空間12に導入するガス導入部17、基板であるウエハ18を保持、加熱および回転するマニピュレータ21、分子線源22、計測器、試料準備室、アウトガス室、および低温部であるシュラウド23を含んで構成される。MBE成長装置11は、ウエハ18の表面上に分子線を照射することによって、ウエハ18の表面上に結晶薄膜をMBE成長させる。
【0038】
マニピュレータ21は、成長室13の内部の空間である収容空間12に設けられる。マニピュレータ21は、ウエハ18を保持するウエハホルダ24、ウエハホルダ24を支持する回転軸25、回転軸25を軸線まわりに回転させる回転用モータ、およびウエハ18を加熱するウエハ加熱用ヒータを含んで構成される。回転軸25は、成長室13の鉛直方向上部に接続されて支持され、収容空間12において鉛直方向下方に延びる。回転軸25は、回転用モータによって軸線まわりに回転する。ウエハホルダ24は、回転軸25の鉛直方向下端部に接続されて、回転軸25に支持される。ウエハホルダ24は、収容空間12において鉛直方向の上部に設けられる。ウエハホルダ24は、回転軸25の回転に伴なって回転する。ウエハ加熱用ヒータは、マニピュレータ21内に設置され、回転しないため、回転する回転軸25やウエハホルダ24に接触しないように、かつウエハ18の成長面とは反対側の面にヒータ輻射が入射されるように配置される。この輻射熱によりウエハホルダ24およびウエハホルダ24に保持されるウエハ18を加熱する。
【0039】
ウエハ18は、ヒ化ガリウム(GaAs)、シリコン(Si)および窒化ガリウム(GaN)などの半導体材料から成る円板状または矩形状の単結晶の薄板である。ウエハ18は、ウエハ18の厚み方向の表面が水平となるように、ウエハホルダ24の鉛直方向の下端部に保持される。ウエハ18の表面に薄膜をMBE成長させる際には、マニュピュレータ21は、ウエハ18を加熱しながら、ウエハ18を回転させることができる。
【0040】
計測器は、収容空間12の真空度を計測する真空計および収容空間12に存在するガスの成分を分析するガス分析計を含んで構成され、成長室13に設けられる。試料準備室およびアウトガス室は、ゲートバルブを介して成長室13に接続される。
【0041】
シュラウド23は、金属製の容器によって形成される。シュラウド23は、成長室13の内壁に沿って、ウエハホルダ24に保持されるウエハ18を外囲するように収容空間12に設けられる。シュラウド23の内部に液体窒素を充填することによって、シュラウド23の表面を液体窒素の沸点(約77K)近くまで冷却することができる。一般に気体は低温になると蒸気圧が低下するので、真空雰囲気下で低温部が存在するとその表面で気体は凝結するので、収容空間12の真空度を高めることができる。ただし気体の種類により異なる蒸気圧曲線が得られることから、たとえば10−3Pa程度の真空度で、約77Kの低温部があれば、雰囲気に存在する水分子は凝結するが、水素分子は凝結しない。
【0042】
分子線源22は、るつぼ、るつぼを加熱するヒータおよびシャッタ26を含んで構成される。るつぼには、ウエハ18に形成する薄膜の材料として、薄膜を構成する元素を含む化合物が充填されている。るつぼに充填された化合物は、ヒータによって加熱されて蒸発し、分子線となる。分子線源22は、分子線が出射する出射口がシュラウド23に形成された貫通孔から露出して、ウエハホルダ24に臨むように、シュラウド23に形成された貫通孔を貫通して収容空間12に設けられる。具体的には、分子線源22は、収容空間12において鉛直方向の下部であって、分子線をウエハ18の表面に略均一に照射することができる位置、すなわち分子線源22が設けられるべき領域に設けられる。より具体的には、分子線源22は、ウエハホルダ24に保持されたウエハ18の厚み方向の一表面上であって、前記回転軸25の軸線の延長線上を頂点とし、この頂点から鉛直方向下方に延びる直線を軸Lとする予め定めるテーパ角度θの円錐面内に設けられる。予め定めるテーパ角θは、140°以下に選ばれる。シャッタ26は、開閉自在であって、分子線が射出するるつぼの射出口を塞ぐ、または開放する。分子線源22は、ウエハ18に薄膜を形成するために必要な材料の種類の数だけ必要である。図1においては、一例として5個の分子線源22を有するMBE成長装置11の構成を模式的に示している。
【0043】
ウエハ18に照射した分子線のうちの、ウエハ18に堆積せずに収容空間12に残留する余剰な分子は、シュラウド23の表面に接触したときに、凝結してシュラウド23の表面に捕獲される。
【0044】
ゲートバルブ15は、接続管16に形成された管路を介して真空ポンプ14と収容空間12との間を流れる気体の流通を遮断する、または気体の流通を開放する。
【0045】
真空ポンプ14は、イオンポンプ、チタンサブリメーションポンプ、ロータリポンプおよびターボ分子ポンプなどを含んで実現される。本実施の形態においては、真空ポンプ14は、ターボ分子ポンプおよびロータリポンプを含んで構成される。ロータリポンプは、粗挽きを行うポンプであり、ターボ分子ポンプの補助として、ターボ分子ポンプに接続される。ターボ分子ポンプは、接続管16に形成された管路を介して収容空間12に存在する気体を排気する。
【0046】
ガス導入部17は、収容空間12に還元作用を有するガスを導入する。還元作用を有するガスとしては、水素分子、水素イオンおよび水素ラジカルなどを用いることができる。本実施の形態においては、還元作用を有するガスとして、分子状態の水素ガスを用いる。ガス導入部17は、ガス供給部27、接続管16から分岐して延びる分岐管28、マスフローコントローラ(Mass Flow Controller:MFC)31、バルブ32および水素ガス供給管33を含んで構成される。分岐管28は、接続管16から分岐して延びる管である。水素ガス供給管33の一端は、分岐管28の一端に設けられるフランジに溶接されて接続される。水素ガス供給管33の他端は、ガス供給部27に接続される。ガス供給部27からは、水素ガス供給管33に形成された管路に分子状態の水素ガスが供給される。MFC31およびバルブ32は、水素ガス供給管33に接続されて設けられる。バルブ32は、MFC31よりも分岐管28寄りに設けられる。バルブ32は、水素ガス供給管33に形成された管路を流れる水素ガスの流れを遮断する、または水素ガスの流れを開放する。MFC31は、水素ガス供給管33に形成された管路を流れる水素ガスの流量を調節する。水素ガス供給管33に形成された管路に供給される水素ガスの温度は、少なくともシュラウド23の表面の温度よりも高く、たとえば常温である。ガス供給部27は、水素ボンベまたは工場に設けられるガスタンクなどの水素ガスを供給する供給源、供給源と水素ガス供給管33の他端とを接続するガス供給管、バルブ、水素ガスの流量を調節するレギュレータ、水素ガスに混入した不純物を除去するフィルタ、および精製器を含んで構成される。
【0047】
ガス供給部27から供給される分子状態の水素ガスは、水素ガス供給管33に形成された管路、分岐管28に形成された管路および接続管16に形成された管路を通って、収容空間12に導入される。収容空間12に導入された水素ガスは、収容空間12に拡散する。このように分子線源22が設けられるべき領域のように、ウエハ18を直接的に見込める位置から水素ガスを収容空間12に導入しないので、収容空間12に導入された水素ガスの少なくとも一部は、シュラウド23の表面に衝突した後に、ウエハ18の表面に到達する。水素ガスの沸点は、窒素ガスの沸点よりも低いので、シュラウド23の表面に衝突した水素ガスは、シュラウド23の表面に捕獲されることなく反跳する。またシュラウド23の表面の温度は、シュラウド23の表面に入射する水素ガスの温度よりも低いので、衝突によって水素ガスからシュラウド23に水素ガスのエネルギが移り、水素ガスのエネルギが低下して、水素ガスの粒子の速度が低下する。このように収容空間12に導入された水素ガスのうちの少なくとも一部は、シュラウド23に衝突することによって、収容空間12に導入された直後よりも低いエネルギの状態でウエハ18に到達する。
【0048】
本発明の第1の実施の形態のMBE成長装置11では、GaAsから成るウエハ18の表面に分子線源22から分子線を照射することによって、ウエハ18の表面にMBE成長によって結晶薄膜を形成する。
【0049】
まずシュラウド23の表面によるガスの吸着および真空ポンプ14の排気によって、成長室13の収容空間12を1×10−8Pa未満の超高真空にする。ウエハホルダ24に保持されたウエハ18は、結晶成長に適した予め定める第1の温度T1に加熱される。また分子線源22のるつぼに充填された個体材料は、予め定める強度の分子線を発生するために、予め定める第2の温度T2に加熱される。予め定める第1の温度T1は、300℃〜700℃に選ばれ、予め定める第2の温度T2は、ガリウムで900℃〜1100℃、またインジウムで800℃〜1000℃、またアルミニウムで1100℃〜1300℃程度に選ばれる。
【0050】
次に、真空ポンプ14によって排気を行っている状態でMFC31を調節し、バルブ32を開けることによって、収容空間12の圧力が、5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満となるように予め定める流量の水素ガスを収容空間12に導入する。予め定める流量は、真空ポンプ14の排気能力にも依存するが、0.1SCCM(Standard cc/min)以上1000SCCM未満に選ばれる。本実施の形態では、予め定める流量は、0.5SCCMに選ばれる。SCCMは、cc/minで表される気体の流量を、0℃かつ101325Paの状態に換算したときの気体の流量を表す単位である。水素ガスを収容空間12に導入し、水素ガスが収容空間12に均一に拡散され、水素ガスの導入と真空ポンプ14の排気とのバランスがとれて、収容空間12の真空度が安定した後に、MBE成長を開始する。収容空間12に水素ガスを0.5SCCM導入した場合、収容空間12の真空度は、3.0×10−4Paで安定した。
【0051】
次に、ウエハホルダ24に保持されたウエハ18の厚み方向の一表面上に、層厚が0.17μmのGaAsバッファ層を結晶成長させる。次に、GaAsバッファ層の厚み方向の一表面上に、層厚が0.25μmのアルミニウム−ガリウム−インジウム−リン(AlGaInP)層を結晶成長させる。次に、AlGaInP層の厚み方向の一表面上に層厚が0.5μmのガリウム−インジウム−リン(GaInP)層を結晶成長させる。次にGaInP層の厚み方向の一表面上に層厚が0.25μmのAlGaInP層を結晶成長させる。次に、AlGaInP層の厚み方向の一表面上に層厚が0.01μmのGaInP層を結晶成長させる。このようにしてウエハ18の表面上にダブルヘテロ構造を有する積層膜を作製した。成膜後、バルブ32を閉じることによって、収容空間12への水素ガスの導入を停止する。
【0052】
本発明のMBE成長方法の効果を明確にするために、水素ガスを収容空間12に導入せずに、前述した積層膜の組成と同じ組成の積層膜を作製し、この積層膜の蛍光寿命と本発明のMBE成長方法を用いて作製した積層膜の蛍光寿命とを測定した。
【0053】
図2は、ウエハ18の表面に作製した積層膜の蛍光特性を表す図である。横軸は、時間を表し、縦軸は、蛍光の光強度を表す。横軸の単位は、ナノ秒(nsec)であり、縦軸の単位は、蛍光現象の検知カウント数(cts)である。
【0054】
高周波パルス光を励起光として積層膜に照射し、積層膜から放射される蛍光の強度の時間変化を測定することによって、積層膜の蛍光寿命の特性を測定した。図2において、本発明のMBE成長方法を用いて作製した積層膜の蛍光の強度の時間変化を折線Aで表し、水素ガスを収容空間12に導入せずに、MBE成長方法を用いて作製した積層膜の蛍光の光強度の時間変化を点線Bで表す。この測定結果から蛍光寿命を求めると、本発明のMBE成長方法を用いて作製した積層膜の蛍光寿命は、51.1nsecであり、水素ガスを収容空間12に導入せずに、MBE成長方法を用いて作製した積層膜の蛍光寿命は、26.7nsecであった。一般に結晶性が良いほど蛍光寿命は長くなるので、この実験結果から、本発明のMBE成長方法を用いると、結晶性の良い積層膜を作製することができることがわかった。
【0055】
さらに水素ガスを収容空間12に導入した状態でMBE成長を行って積層膜を作製した場合に、積層膜に形成される酸化などの不純物をどの程度還元することができるのかを調べるために、積層膜に残留した残留酸素濃度を測定した。
【0056】
水素ガスを収容空間12に導入した状態でMBE成長を行う場合と、水素ガスを収容空間12に導入せずにMBE成長を行う場合とで、どの程度残留酸素濃度が異なるかを測定するための基板を作製した。まず、GaAsから成るウエハ18の厚み方向一表面上に、水素ガスを収容空間12に導入せずに層厚が0.17μmのGaAsバッファ層をMBE成長させた。次に、GaAsバッファ層の厚み方向一表面上に、水素ガスを収容空間12に導入せずに層厚が0.5μmの第1のGaInP層を成長させた。次に、水素ガスを収容空間12に0.5SCCM導入した状態で、第1のGaInP層の表面上に、層厚が0.5μmの第2のGaInP層をMBE成長させた。このようにして作製した積層膜に残留する残留酸素濃度を、2次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:略称SIMS)を用いて測定した。
【0057】
図3は、ウエハ18の表面に作製した積層膜の表面からの距離と、積層膜に残留する残留酸素濃度との関係を表す図である。横軸は、積層膜の表面からの厚み方向の距離を表す。縦軸は、残留酸素濃度を表す。横軸の単位はμmであり、縦軸の単位はatoms/cmである。図3において第1のGaInP層の残留酸素濃度を表す領域を記号Bで表し、第2のGaInP層のうちの表面近傍を除く部分の残留酸素濃度を表す領域を記号Aで表す。第2のGaInP層の表面近傍、すなわち図3における横軸の原点近傍は、積層膜の表面が大気中の酸素によって酸化されるので、残留酸素濃度が高くなっている。測定結果から、領域Aの残留酸素濃度は、約3.5×1015atoms/cmであり、領域Bの残留酸素濃度は、約7.0×1015atoms/cmであることがわかった。すなわち本発明のMBE成長方法を用いると、水素ガスを収容空間12に導入せずにMBE成長を行う場合に比べて、薄膜に残留する酸素濃度を約半分に低減することができることがわかった。
【0058】
上記のように構成される本発明の第1の実施の形態のMBE成長装置11によれば、還元作用を有する水素ガスを含む雰囲気において結晶薄膜を形成することができる。収容空間12に導入された水素ガスは、収容空間12に存在する酸素および酸化物を還元するので、酸素の少ない雰囲気でMBE成長を行うことができる。また収容空間12に導入された水素ガスは、分子線源22に充填された分子線の素となる材料に混入した酸素および酸化物を還元するので、酸素および酸化物をほとんど含まない分子線をウエハ18に照射することができ、薄膜中への酸素および酸化物の混入を防ぐことができる。さらに、収容空間12に導入された水素ガスは、MBE成長途中の薄膜に取込まれた酸素または酸化物を還元するので、酸素を含まない結晶性の高い積層膜を形成することができる。
【0059】
また収容空間12に導入された水素ガスのうちの少なくとも一部は、シュラウド23の表面に衝突した後に、ウエハ18の表面に到達する。本実施の形態においては、ウエハ18を直接見込むことができない位置から水素ガスを収容空間12に導入するので、導入された水素ガスのほぼ全ては、シュラウド23の表面に衝突した後に、ウエハ18の表面に到達する。シュラウド23の表面に衝突した水素ガスのエネルギは、衝突の前よりもエネルギが低下するので、低エネルギの水素ガスを含む雰囲気においてMBE成長を行うことができる。低エネルギの分子状態の水素ガスの還元作用は、高エネルギの水素分子、水素ラジカルおよび水素イオンの還元作用に比べて低くなるが、真空技術の発達および分子線の素となる材料の精製技術の発達によって、酸化物などの不純物濃度の低い結晶薄膜を形成することが可能となり、除去すべき不純物自体が減少したので、このように還元作用の効率が悪い低エネルギの水素分子であっても十分に酸化物などの不純物を還元することができる。低エネルギの分子状態の水素ガスは、高エネルギの水素分子、水素イオンおよび水素ラジカルに比べて、ウエハ18およびウエハ18に形成される薄膜に損傷を与え難い。したがって、直接的にウエハ18に水素ガスを照射するような、高いエネルギの水素ガスを含む雰囲気、水素イオンを含む雰囲気または水素ラジカルを含む雰囲気においてMBE成長を行う場合に比べて、ウエハ18およびウエハ18に形成される結晶薄膜に与える損傷を抑制することができる。
【0060】
また低エネルギの水素ガスは、高エネルギの水素ガスに比べて成長中の薄膜に取込まれ難いので、高いエネルギの水素ガスを含む雰囲気においてMBE成長を行う場合に比べて、結晶薄膜に水素ガスが混入する量を抑制することができる。これによって結晶性の高い積層膜を形成することができる。
【0061】
また水素ガスのエネルギを下げるための低温部として、真空度を高くするためのシュラウド23を用いている。このように、水素ガスのエネルギを下げるための低温部を特別に設けずに、既存の設備を利用することができるので、装置の構成を簡略化することができ、装置のコストを低減することができる。
【0062】
また収容空間12に導入する還元作用を有するガスとして、水素イオンまたは水素ラジカルではなく、分子の状態の水素ガスを用いる。収容空間12に分子状態の水素ガスを導入するので、水素ガスをイオン化したりラジカル化したりする必要がない。したがって、MBE成長装置11に水素ガスをイオン化する装置またはラジカル化する装置を設ける必要がなく、装置の構成を簡略化することができる。これによって、装置のコストおよび装置のメンテナンスにかかるコストを低減することができる。
【0063】
またガス導入部17は、水素ガスを直接的にウエハ18の表面に照射するように水素ガスを収容空間12に導入するのではなく、水素ガスの少なくとも一部がシュラウド23の表面に衝突するように水素ガスを収容空間12に導入する。したがってガス導入部17は、分子線源22が設けられるべき領域に設けられる必要がなく、分子線源22が設けられる領域を除く残余の領域に設けられる。これによって、各分子線源22の配置を設計するときに、ガス導入部17の配置を考慮する必要がなく、各分子線源22の配置の設計の自由度が高くなる。
【0064】
次に収容空間12への水素ガスの導入量が薄膜の結晶性に及ぼす影響について調べるために、水素ガスの導入量を変えて基板を作製した。基板の積層構造は、前述した蛍光寿命を測定するために作製したダブルへテロ構造を有する積層膜と同様の構造である。具体的には、ウエハ18上に、層厚が0.17μmのGaAsバッファ層、層厚が0.25μmのアルミニウム−ガリウム−インジウム−リン(AlGaInP)層、層厚が0.5μmのガリウム−インジウム−リン(GaInP)層、層厚が0.25μmのAlGaInP層、および層厚が0.01μmのGaInP層を順次結晶成長させて積層膜を作製した。収容空間12に導入する水素ガスの導入量を変えることによって、収容空間12の圧力を1×10−5Pa〜3×10−2Paの間で変化させ、それぞれの圧力において結晶成長させて積層膜を作製した。
【0065】
図4は、積層膜を作成するときの収容空間12の圧力と、作製した積層膜の蛍光寿命との関係を表す図である。横軸は、積層膜を作成するときの収容空間12の圧力を表し、縦軸は、作製した積層膜の蛍光寿命を表す。収容空間12の温度は、シュラウド23に充填された液体窒素の沸点(約77K)近くまで冷却されている。収容空間12の圧力が5×10−6Paのときが、水素ガスを収容空間12に導入していないときを表す。図4に示すように、収容空間12の圧力が3×10−4Paまでは、収容空間12の圧力が増すにつれて、すなわち水素ガスの導入量が増すにつれて、蛍光寿命が延びる傾向にある。水素ガスの導入量をさらに増やし、収容空間12の圧力が5×10−3Pa以上になると、傾向寿命が急激に低下する傾向にある。すなわち収容空間12の圧力が5×10−5Pa未満および5×10−3Pa以上において蛍光寿命が低下し、積層膜の結晶性が低下することがわかった。収容空間12の圧力が5×10−5Pa未満であれば、積層膜を形成する過程において基板の表面または薄膜に形成された酸化物などの不純物、分子線源に付着した酸化物、分子線の素となる個体材料個体材料に含まれる酸化物、および分子線に含まれる酸化物を還元する作用が小さくなり、酸化物などの不純物の少ない薄膜を形成することができず、蛍光寿命が低下するものと考えられる。収容空間12の圧力が5×10−3Pa以上であれば、還元作用に寄与しない余剰の水素分子が結晶成長中に薄膜中に混入することによって結晶性の高い薄膜を得ることができない、あるいは電気伝導に寄与するキャリアと水素ガスとが結合しキャリアが不活性化する、あるいは混入した水素ガスが意図しないエネルギ準位を形成し、発光を阻害するので蛍光寿命が低下するものと考えられる。したがって収容空間12の圧力が、5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満の水素ガスの雰囲気において積層膜を作製すると、水素ガスの還元作用を有効に利用することができ、蛍光寿命が長く、結晶性の高い積層膜が得られることがわかった。
【0066】
本発明の第1の実施の形態のMBE成長装置11の水素ガス供給管33の一端は、分岐管28の一端に設けられるフランジに溶接されて接続されるとしたけれども、水素ガス供給管33は、どのような方法または形態で分岐管28に接続されてもよい。また実施の一例としてGaAsから成るウエハ18の表面に特定の組成の積層膜を作製する方法を説明したが、本発明の第1の実施の形態のMBE成長装置11は、MBE成長を行うことができる組成の積層膜であれば、どのような組成の積層膜であっても作製することができる。
【0067】
図5は、本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41の構成を簡略化して示す模式図である。本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、対応する部分については、同一の参照符号を付して、重複する説明を省略する。また、本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、第1の実施の形態のMBE成長装置11において得られる効果は、本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41においても同様に得られる。
【0068】
本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成とは、ガス導入部17が接続される位置が異なる。ガス導入部17は、成長室13の側壁に接続される。つまりガス導入部17は、分子線源22が設けられるべき領域を除く残余の領域で、成長室13に接続される。水素ガス供給管33の成長室13に接続される一端と、ウエハホルダ24に保持されたウエハ18との間には、シュラウド23が設けられているので、ガス導入部17から収容空間12に導入された水素ガスは、シュラウド23の表面に必ず衝突した後に、収容空間12に拡散する。
【0069】
このようにガス導入部17を成長室13に接続するので、ガス導入部17から導入される水素ガスの全ては、ウエハホルダ24に保持されたウエハ18に到達する前に、必ずシュラウド23に衝突する。したがって、ウエハ18に到達する水素ガスのエネルギは、収容空間12に導入された直後の水素ガスのエネルギに比べて低下している。このように低いエネルギの水素ガスを含む雰囲気においてMBE成長を行うことができるので、前述したように結晶性の高い積層膜をウエハ18の表面に作製することができる。
【0070】
図6は、本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42の構成を簡略化して示す模式図である。本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、対応する部分については、同一の参照符号を付して、重複する説明を省略する。また、本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、第1の実施の形態のMBE成長装置11において得られる効果は、本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42においても同様に得られる。
【0071】
本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成とは、ガス導入部17が接続される位置が異なる。ガス導入部17は、真空ポンプ14に接続される。真空ポンプ14は、前述したようにターボ分子ポンプとロータリポンプとを含んで構成される。ガス導入部17は、ターボ分子ポンプとロータリポンプとの間に接続される。
【0072】
ガス導入部17から導入される水素ガスの大部分は、ロータリポンプによって排気されるが、ガス導入部17から導入される水素ガスの一部は、ターボ分子ポンプを通過して収容空間12に導入される。このようにして収容空間12に導入された水素ガスのうちの少なくとも一部は、シュラウド23に衝突した後にウエハホルダ24に保持されたウエハ1
8に到達する。このように収容空間12に水素ガスを導入することによって、前述したように結晶性の高い積層膜をウエハ18の表面に作製することができる。
【0073】
実施の一例としてガス導入部17は、ターボ分子ポンプとロータリポンプとの間に接続されるとしたけれども、真空ポンプ14を構成する1または複数のポンプのうちの、少なくとも1つのポンプの排気される側に、ガス導入部17を接続するようにすればよい。
【0074】
図7は、本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成を簡略化して示す模式図である。本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、対応する部分については、同一の参照符号を付して、重複する説明を省略する。また、本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成は、第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成と同様であるので、第1の実施の形態のMBE成長装置11において得られる効果は、本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43においても同様に得られる。
【0075】
本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43は、成長室13、第1真空ポンプ44、第2真空ポンプ45、第1ゲートバルブ46、第2ゲートバルブ47、第3ゲートバルブ48、成長室13と第1真空ポンプ44とを第1ゲートバルブ46を介して接続する第1接続管51、アウトガス室52、成長室13とアウトガス室52とを第2ゲートバルブ47を介して接続する第2接続管53、アウトガス室52と第2真空ポンプ45とを第3ゲートバルブ48を介して接続する第3接続管54、ガス導入部17、マニピュレータ21、複数の分子線源22、計測器、試料準備室およびシュラウド23を含んで構成される。
【0076】
アウトガス室52は、第2接続管53および第2ゲートバルブ47を介して成長室13の側壁に接続される。第2真空ポンプ45は、第3ゲートバルブ48を介してアウトガス室52に接続される。アウトガス室52内は、第2真空ポンプ45によって排気され、所定の真空度に保たれる。
【0077】
本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43のガス導入部17は、第1の実施の形態のMBE成長装置11のガス導入部17とは異なり、アウトガス室52に接続される。
【0078】
ガス導入部17からは、分子状態の水素ガスがアウトガス室52内に導入される。第2ゲートバルブ47を開放しておくと、アウトガス室52内のガスは、第2接続管53に形成された管路を通して収容空間12に流入するので、ガス導入部17からアウトガス室52内に導入された水素ガスは、収容空間12に導入される。このようにして収容空間12に導入された水素ガスの全ては、シュラウド23に衝突した後にウエハホルダ24に保持されたウエハ18に到達する。このように収容空間12に水素ガスを導入することによって、前述したように結晶性の高い積層膜をウエハ18の表面に作製することができる。
【0079】
実施の一例としてガス導入部17は、アウトガス室52に接続されるとしたけれども、たとえば成長室13に接続される試料準備室および基板搬送室などの室内を真空に保つことができる真空チャンバに、接続されるようにしてもよい。
【0080】
図8は、本発明の第5の実施の形態のMBE成長装置55の構成を簡略化して示す模式図である。本発明の第5の実施の形態のMBE成長装置55は、第4の実施の形態のMBE成長装置43に加えて、真空チャンバ56、第4ゲートバルブ57、真空チャンバ56とアウトガス室52とを第4ゲートバルブ57を介して接続する第4接続管58、第3真空ポンプ61、第5ゲートバルブ62、および第3真空ポンプ61と真空チャンバ56とを第5ゲートバルブ62を介して接続する第5接続管63を含んで構成される。
【0081】
真空チャンバ56内は、第3真空ポンプ61によって排気され、所定の真空度に保持される。
【0082】
ガス導入部17は、真空チャンバ56に接続され、真空チャンバ56内に水素ガスを導入する。真空チャンバ56内に導入された水素ガスは、第2ゲートバルブ47および第4ゲートバルブ57が開放されているとき、第4接続管58に形成された管路、アウトガス室52内、および第2接続管53に形成された管路を通って、収容空間12に導入される。このようにして収容空間12に導入された水素ガスの全ては、シュラウド23に衝突した後にウエハホルダ24に保持されたウエハ18に到達する。このように収容空間12に水素ガスを導入することによって、前述したように結晶性の高い積層膜をウエハ18の表面に作製することができる。
【0083】
図9は、本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64の構成を簡略化して示す模式図である。本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64の構成は、第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成と同様であるので、対応する部分については、同一の参照符号を付して、重複する説明を省略する。また、本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64の構成は、第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成と同様であるので、第4の実施の形態のMBE成長装置43において得られる効果は、本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64においても同様に得られる。
【0084】
本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64の構成は、第4の実施の形態のMBE成長装置11の構成とは、ガス導入部17が接続される位置が異なる。ガス導入部17は、第2真空ポンプ45に接続される。第2真空ポンプ45は、ターボ分子ポンプとロータリポンプとを含んで構成される。ガス導入部17は、ターボ分子ポンプとロータリポンプとの間に接続される。
【0085】
ガス導入部17から導入される水素ガスの大部分は、ロータリポンプによって排気されるが、ガス導入部17から導入される水素ガスの一部は、ターボ分子ポンプを通過してアウトガス室52に導入される。アウトガス室52に導入された水素ガスは、第2ゲートバルブ47を開放しておくと、第2接続管53に形成された管路を通して収容空間12に流入する。このようにして収容空間12に導入された水素ガスの全ては、シュラウド23に衝突した後にウエハホルダ24に保持されたウエハ18に到達する。このように収容空間12に水素ガスを導入することによって、前述したように結晶性の高い積層膜をウエハ18の表面に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明の第1の実施の形態のMBE成長装置11の構成を簡略化して示す模式図である。
【図2】ウエハ18の表面に作製した積層膜の蛍光特性を表す図である。
【図3】ウエハ18の表面に作製した積層膜の表面からの距離と、積層膜に残留する残留酸素濃度との関係を表す図である。
【図4】積層膜を作成するときの収容空間12の圧力と、作製した積層膜の蛍光寿命との関係を表す図である。
【図5】本発明の第2の実施の形態のMBE成長装置41の構成を簡略化して示す模式図である。
【図6】本発明の第3の実施の形態のMBE成長装置42の構成を簡略化して示す模式図である。
【図7】本発明の第4の実施の形態のMBE成長装置43の構成を簡略化して示す模式図である。
【図8】本発明の第5の実施の形態のMBE成長装置55の構成を簡略化して示す模式図である。
【図9】本発明の第6の実施の形態のMBE成長装置64の構成を簡略化して示す模式図である。
【図10】第2の従来の技術の分子線結晶成長装置1の構成を簡略化して示す模式図である。
【符号の説明】
【0087】
11,41,42,43,55,64 分子線エピタキシャル成長装置
12 収容空間
13 成長室
14 真空ポンプ
15 ゲートバルブ
17 ガス導入部
18 ウエハ
21 マニピュレータ
22 分子線源
23 シュラウド
44 第1真空ポンプ
45 第2真空ポンプ
46 第1ゲートバルブ
47 第2ゲートバルブ
48 第3ゲートバルブ
52 アウトガス室
56 真空チャンバ
57 第4ゲートバルブ
61 第3真空ポンプ
62 第5ゲートバルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板を収容可能な収容空間を有する収容部と、
収容空間に収容された基板に照射する分子線を発生する分子線源と、
還元作用を有するガスを収容空間に導入するガス導入部と、
収容空間に設けられ、前記ガス導入部から導入されるガスの温度よりも表面温度の低い低温部とを含み、
前記ガス導入部は、収容空間に導入するガスのうちの少なくとも一部を、前記基板の表面に到達する前に、前記低温部に衝突させることを特徴とする分子線エピタキシャル成長装置。
【請求項2】
前記ガス導入部から収容空間に導入されるガスは、水素分子から成ることを特徴とする請求項1に記載の分子線エピタキシャル成長装置。
【請求項3】
前記低温部は、液体窒素によって冷却されるシュラウドによって形成されることを特徴とする請求項1または2に記載の分子線エピタキシャル成長装置。
【請求項4】
前記分子線源は、前記収容部に収容される前記基板の表面に略均一に分子線を照射する位置で収容部に設けられ、
前記ガス導入部は、分子線源が設けられるべき領域を除く残余の領域に設けられることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の分子線エピタキシャル成長装置。
【請求項5】
基板を収容空間に収容し、
還元作用を有するガスのうちの少なくとも一部が、基板に到達する前に、前記ガスよりも表面温度の低く、かつ収容空間に設けられる低温部に衝突するように、前記ガスを収容空間に導入し、
前記ガスを含む雰囲気において、前記基板の表面に分子線を照射することによって薄膜を形成することを特徴とする分子線エピタキシャル成長方法。
【請求項6】
前記還元作用を有するガスは、水素分子から成ることを特徴とする請求項5に記載の分子線エピタキシャル成長方法。
【請求項7】
収容空間の圧力が5×10−5Pa以上かつ5×10−3Pa未満となるように前記水素分子を収容空間に導入することを特徴とする請求項6に記載の分子線エピタキシャル成長方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−119901(P2007−119901A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−71864(P2006−71864)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】