説明

分岐鎖アミノ酸の心不全適応

【課題】より有効な、慢性心不全の急性憎悪に伴う症状の改善用組成物(例えば、医薬組成物、食品組成物)を提供すること、さらには、心不全治療薬により改善されない慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物などを提供すること。
【解決手段】イソロイシン、ロイシンおよびバリンの3種類の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物ならびにイソロイシン、ロイシンおよびバリンの3種類の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする、心不全治療薬により改善されない慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、慢性心不全の急性憎悪に伴う症状の改善用組成物(例えば、医薬組成物、食品組成物)に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全とは、心臓機能の低下に伴う様々な病態を表す症候であり、急激に発症する急性心不全、長期間にわたって徐々に心筋の障害が進行し顕在化してくる慢性心不全に区別される。
【0003】
慢性心不全は、全身の酸素不足による低エネルギー状態によっておこる易疲労感、倦怠感とともに著しいQOL(Quality of Life)の低下や、体液の循環不全(うっ血)による(1)腎臓への血液流量の減少による尿量の減少、(2)全身に体液が貯留することによる浮腫症状、(3)肺水腫や胸水による起坐呼吸や呼吸困難などの全身症状、などの症状を呈する。また、慢性心不全は、食欲低下による栄養状態の低下をまねき、骨格筋などの蛋白質分解の亢進した状態(心臓性悪液質)を呈する。慢性心不全患者は、入退院を繰り返すことが多く、したがって、生命予後およびQOLの向上が治療の目標となる。また、慢性心不全患者は、高齢者に多く(50代は1%以下、80代では10%以上)、多くの場合には、高血圧や糖尿病、高脂血症、認知障害などの複合疾患を併発しており、また、薬物の代謝動態なども若年者とは異なること、そのため薬物の安全性には十分な配慮が必要である。
【0004】
現在の慢性心不全の薬物療法では、心臓のポンプ機能を高めることおよび浮腫などの症状の改善を目的にして、(1)体液貯留を改善するための利尿薬、(2)血流量を改善するためのアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE−I)、(3)心臓機能を高めて運動能力を向上させるジゴキシン製剤等の強心薬、(4)心臓機能を休息させ、心臓を保護するためのβ遮断薬、などの薬剤を組み合わせた療法が行われる。しかし、これらの薬物療法による症状の改善が見られない慢性心不全患者もいる。
【0005】
特許文献1には、活性成分として分岐鎖アミノ酸を含有する、心不全の処置に適する組成物が記載されている。また、特許文献2には、活性成分として分岐鎖アミノ酸を含有する、糖尿病患者における心室心筋機能を改善するための組成物が記載されている。しかし、特許文献1では、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験により心臓機能を評価しているが、この方法は健常人および軽症の心不全患者においては病態を改善するよい指標となるかもしれないが、重症の患者や高齢者においては、エルゴメーターによって診断される心室駆出率の改善にみられる心臓機能を向上することが、すなわち、心不全に伴う種々の諸症状の病態の改善になるかどうかは不明である。なぜなら、最近の臨床試験により得られたエビデンスによれば、心不全治療は、心臓ポンプ機能を改善する強心薬、血管拡張薬から、心筋を休ませ心筋保護作用を有するヒト心房性ナトリウム利尿ホルモン、ACE-I、β拮抗薬へと移り変わってきたからである。また、特許文献2における心エコー検
査における心拍出量の向上に関しても、同様に、重症の患者や高齢者に対して、心不全に伴う種々の諸症状の病態の改善につながるかどうかは不明である。多彩な背景をもつ症候群と捉えられる心不全においては、単に、心室駆出率や心拍出量により表現される心臓ポンプ機能を改善するのみならず、食欲や気力の低下や浮腫などのQOLの低下を改善することが重要である。
【0006】
慢性心不全の急性増悪を含む重篤な急性心不全病態において、生命予後やQOLを改善するためには、該病態に伴う食欲低下に代表される心臓悪液質や循環機能低下に伴う浮腫
や胸水の貯留や尿量低下などの症状を改善することが必要である。しかし、これまでに分岐鎖アミノ酸の投与がこのような、心不全患者に伴う症状を改善するかどうかは不明であった。
一方で、分岐鎖アミノ酸には、癌悪液質や腎透析患者における食欲を改善することが非特許文献1ならびに非特許文献2などにより知られているが、心不全における食欲の改善ならびに、心不全に伴う食欲低下に対しての効果は知られておらず、さらに浮腫や胸水の貯留や尿量低下などの症状を改善するかどうかは不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004−501968号公報
【特許文献2】特表2004−534073号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of the National Cancer Institute、Vol.88、No.8、p550-p552 (1996)
【非特許文献2】Nephrology Dialysis Transplantation、Vol.16、p1856-p1862 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、より有効な慢性心不全の急性憎悪に伴う症状の改善用組成物(例えば、医薬組成物、食品組成物)を提供することに関する。
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの3種類の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする組成物が、慢性心不全の急性増悪に伴う症状を改善することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
(1)イソロイシン、ロイシンおよびバリンを有効成分とする、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物、
(2)慢性心不全の急性増悪に伴う症状が、心臓性悪液質、食欲低下、低アルブミン血症、低タンパク質血症、尿量低下、うっ血性の症状、胸水の貯留、心胸郭比の増加、下肢または全身の浮腫、心嚢液貯留からなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記(1)に記載の組成物、
(3)イソロイシン、ロイシンおよびバリンの含有量が、1回摂取単位量あたり1g以上である、上記(1)または(2)に記載の組成物、
(4)イソロイシン、ロイシンおよびバリンの重量比が、1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、上記(1)〜(3)に記載の組成物、
(5)心不全の治療薬と併用されるものである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の組成物、
(6)心不全治療薬の作用を増強するものである、上記(5)に記載の組成物、
(7)心不全の治療薬が、利尿薬、血管拡張性降圧薬、β遮断薬、強心薬からなる群から選ばれる少なくとも1種である、上記(5)または(6)に記載の組成物、
(8)慢性心不全の急性増悪に伴う症状が心不全の治療薬により改善されないものである、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の組成物、
(9)医薬である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物、
(10)食品である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物、
(11)食品が保健機能食品またはダイエタリーサプリメントである、上記(10)に記載の組成物、
(12)保健機能食品が特定保健用食品または栄養機能食品である、上記(11)に記載の組成物、
(13)食品が濃厚流動食である、上記(10)に記載の組成物、
(14)上記(1)〜(13)のいずれかに記載の組成物、および当該組成物を慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善に使用することができる、または使用すべきであることを
記載した記載物を含む、商業的パッケージ、
(15)利尿薬、血管拡張性降圧薬、β遮断薬、強心薬からなる群から選ばれる少なくとも1種の治療薬ならびにイソロイシン、ロイシンおよびバリンを含むことを特徴とする、心不全の予防または治療用の配合剤、
(16)イソロイシン、ロイシンおよびバリンを有効成分とする、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物の有効量を経口投与することを含む、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により提供される、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの3種類の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする組成物は、慢性心不全の急性増悪に伴う症状を改善するために用いられる。とりわけ、本発明の組成物は、心不全治療薬により改善されない慢性心不全の急性増悪に伴う症状を改善するために、効果的に用いられる。
また、本発明の組成物は、アミノ酸を有効成分とすることから、安全性が高く副作用がほとんどないため、医薬品及び食品として極めて有利である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】(A)BCAA投与前後10日間にほぼ全量を摂取できた食事の割合(B)BCAA投与前後10日間にほとんど摂取できなかった食事の割合を示す図である。1:前、2:後
【図2】BCAA投与前後のSerum Albuminの推移(投与後1ヵ月後)を示す図である。1:前、2:後
【図3】BCAA投与前後のTotal Proteinの推移(投与後1ヶ月後)を示す図である。1:前、2:後
【図4】BCAA投与前後5日間の尿量の変化を示す図である。1:前、2:後
【図5】BCAA投与前後10日間の尿量の変化を示す図である。1:前、2:後
【図6】BCAA投与前後の心胸郭比の変化を示す図である。1:前、2:後
【図7】BCAA投与前後の胸水程度の変化を示す図である。1:前、2:後
【図8】心エコー長軸断層像による心嚢液貯留量(左室後壁)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の組成物は、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善などに有用である。なお、本明細書において、「改善」とは、「予防・治療」を含む意である。
【0015】
本明細書中において「慢性心不全」とは、心不全が徐々に進行し、種々の代償機序が働いてある平衡状態にあるものをいう。
「急性増悪」とは、何らかの原因により心不全症状が悪化した結果により代償機序に破綻をきたし、全身の循環機能不全による臓器不全として、腎不全、肝不全、呼吸不全、多臓器不全、肺閉塞症、全身性閉塞症を生じた病態であり、呼吸困難や起坐呼吸により緊急入院を余儀なくされることが多い。とりわけ高齢者の慢性心不全においては、急性増悪による繰り返し入院が顕著な特徴のひとつである。
「慢性心不全の急性増悪に伴う症状」とは、心臓性悪液質、食欲低下、低アルブミン血症、低タンパク質血症、尿量低下、うっ血性の症状、胸水の貯留、心胸郭比の増加、下肢または全身の浮腫、心嚢液貯留などが挙げられ、こうした症状が改善されないと、長期の入院が必要となる。
【0016】
「心臓性悪液質」とは、心不全により全身臓器への血液供給が悪化し、肝臓や胃に体液が貯留し、吐き気や食欲不振が生じ、最終的には、食事が十分に吸収されず、食欲が低下し、体重が減り、筋肉が衰える状態をいう。
「低アルブミン血症」や「低タンパク質血症」とは、心臓悪液質などにより、栄養不良となり、血液中の蛋白質量が減少した状態をいう。
「尿量低下」とは、心不全による腎臓への血液供給不足から、尿量が減少することをいい、この結果、体内に水分が貯留しやすくなる。
「うっ血」とは、体液量、循環血液量が増加しそれが臓器にうっ滞している状態である。心不全においては、循環血の肺うっ血が合併することが多く、重症度が進むにつれ、労作性呼吸困難・起座呼吸、夜間発作性呼吸困難、肺水腫などの症状を伴う。静脈うっ血により下肢や全身の浮腫や胸水、腹水などの症状が現れる。また、うっ血が種々の臓器においておこった結果、臓器の機能障害や機能不全をもたらす原因のひとつとなる。
「心胸郭比」とは、胸部X線写真上での心臓陰影と胸部の幅との比で、心臓機能が低下すると、代償的に心臓が肥大し、心胸郭比は増加する。
「心嚢液」とは、心臓周囲の心膜内(心嚢)に血液や体液が貯留したもので、心うっ血や心膜の炎症によって生じる。心嚢液が貯留すると心臓は圧迫され、ポンプ機能が損なわれるため、心不全病態はさらに悪化する。
【0017】
さらに、本発明の組成物は心不全治療薬により改善されないまたは十分改善されない、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善に有効である。
【0018】
ここで「改善」とは、慢性心不全の急性増悪に伴う症状、すなわち、「心臓性悪液質」、「食欲低下」、「低アルブミン血症」、「低タンパク質血症」、「尿量低下」、「うっ血性の症状」、「胸水の貯留」、「心胸郭比の増加」、「下肢または全身の浮腫」、「心嚢液貯留」などが、正常化の方向に改善の兆しを見せることである。したがって、「心不全治療薬により改善されない」とは、治療薬を服用しているにもかかわらず慢性心不全の急性増悪に伴う症状が正常化の方向に改善の兆しを見せないことであり、たとえば、入院患者の場合であれば、退院が可能なほどの症状の改善が得られないことであり、また、看護または介護を要する患者の場合であれば、看護師または介護師が、その患者の看護または介護に必要とする時間が短縮されるほどの十分な症状の改善が得られないことをいう。
【0019】
心不全治療薬としては、心不全の治療において通常用いられる治療薬であり、利尿薬(ループ利尿薬、カリウム保持性の利尿薬など)、血管拡張性降圧薬(アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE−I)、アンジオテンシン受容体II拮抗薬(ARB)など)、β遮断薬、強心薬(カテコールアミン薬、PDEIII阻害剤、ジギタリス製剤など)、抗血栓薬、アルドステロン拮抗薬などが挙げられる。
【0020】
本発明の有効成分(分岐鎖アミノ酸)である、イソロイシン、ロイシン及びバリンは、それぞれ、L−体、D−体、DL−体のいずれも使用可能であるが、好ましくは、L−体、DL−体であり、さらに好ましくは、L−体である。
また、イソロイシン、ロイシン及びバリンは、それぞれ、遊離体のみならず、塩の形態でも使用することができる。塩の形態としては、酸付加塩や塩基との塩等を挙げることもでき、イソロイシン、ロイシン及びバリンの医薬品として許容される塩を選択することが好ましい。
イソロイシン、ロイシン及びバリンにそれぞれ付加して医薬として許容される塩を形成する酸としては、例えば、塩化水素、臭化水素、硫酸、リン酸等の無機酸;酢酸、乳酸、クエン酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、モノメチル硫酸等の有機酸が挙げられる。
イソロイシン、ロイシン及びバリンの医薬として許容される塩基の例としては、例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム等の金属の水酸化物又は炭酸化物、あるいはアンモニア等の無機塩基;エチレンジアミン、プロピレンジアミン、エタノールアミン、モノアルキルエタノールアミン、ジアルキルエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基が挙げられる。
【0021】
本発明の組成物は、イソロイシン、ロイシン及びバリンの3種の分岐鎖アミノ酸を有効成分として含有するが、かかる3種のアミノ酸の含有量は、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善効果の観点から、ヒトに適応する場合1回摂取単位量あたり0.1g以上であり、好ましくは1g以上である。また、実際の摂取における、摂取しやすさの観点から、上記含有量は好ましくは100g以下であり、より好ましくは10g以下である。ここで、「1回摂取単位量」とは、本発明の組成物が医薬の場合、1回に投与される量であり、本発明の組成物が食品の場合、1回に摂取される量である。
【0022】
本発明の組成物は、イソロイシン、ロイシン及びバリンの3種の分岐鎖アミノ酸を有効成分として含有するが、かかる3種のアミノ酸の配合比は、それぞれ重量比で、通常、1:1.5〜2.5:0.8〜1.7の範囲であり、特に好ましくは1:1.9〜2.2:1.1〜1.3の範囲である。この範囲をはずれると、有効な作用効果が得難くなる。
【0023】
本発明の組成物は、心不全の治療薬と併用することもできる。心不全の治療薬と併用す
る場合、心不全の治療薬としては、心不全の治療において通常用いられる治療薬であれば特に限定されず、具体的には、利尿薬(ループ利尿薬、カリウム保持性の利尿薬など)、血管拡張性降圧薬(アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE−I)、アンジオテンシン受容体II拮抗薬(ARB)など)、β遮断薬、強心薬(カテコールアミン薬、PDEIII阻害剤、ジギタリス製剤など)、抗血栓薬、アルドステロン拮抗薬などが挙げられる。
【0024】
また、本発明の組成物は、心不全の治療薬の作用を増強することもできる。ここで、「心不全の治療薬の作用」には、心不全の治療薬の副作用は含まれない。本発明の組成物は、上記の心不全の治療薬の、慢性心不全の急性増悪に伴う症状に対する改善作用を増強することが好ましい。
【0025】
本発明の組成物は、医薬及び飲食品などとして有用であり、その投与対象としては、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等)が挙げられる。なお、ヒト以外の哺乳動物に適応する場合、本発明の組成物の摂取量は、動物の体重もしくは大きさに応じて適宜加減すればよい。
【0026】
ここで、本発明の組成物について、医薬として用いる場合の投与形態は特に限定されないが、経口投与、直腸投与、注射、輸液による投与等の一般的な投与経路を経ることが出来る。経口投与の剤形としては、顆粒剤、細粒剤、粉剤、被覆錠剤、錠剤、坐剤、散剤、(マイクロ)カプセル剤、チュアブル剤、シロップ、ジュース、液剤、懸濁剤、乳濁液等、また注射剤としては静脈直接注入用、点滴投与用、活性物質の放出を延長する製剤等などの医薬製剤一般の剤型を採用することができる。
【0027】
これらの医薬の調製は、常法により製剤化することによって行われる。製剤上の必要に応じて、薬理学的に許容し得る各種の製剤用物質を配合することができる。製剤用物質は製剤の剤型により適宜選択することができるが、例えば、賦形剤、希釈剤、添加剤、崩壊剤、結合剤、被覆剤、潤滑剤、滑走剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、可溶化剤等が挙げられる。更に、製剤用物質を具体的に例示すると、炭酸マグネシウム、二酸化チタン、ラクトース、マンニトール及びその他の糖類、タルク、牛乳蛋白、ゼラチン、澱粉、セルロース及びその誘導体、動物及び植物油、ポリエチレングリコール、及び溶剤、例えば滅菌水及び一価又は多価アルコール、例えばグリセロール等を挙げることができる。
【0028】
本発明の組成物を医薬として使用する場合の投与量は、対象患者の年齢、体重もしくは病態、剤形、又は投与方法などによっても異なるが、成人1日あたり、イソロイシン0.005g/kg体重〜5g/kg体重、ロイシン0.01g/kg体重〜10g/kg体重、バリン0.005g/kg体重〜5g/kg体重を目安とする。一般の成人の場合、好ましくは、成人1日あたり、イソロイシン0.01g/kg体重〜1g/kg体重、ロイシン0.02g/kg体重〜2g/kg体重、バリン0.01g/kg体重〜1g/kg体重、より好ましくは、イソロイシン0.02g/kg体重〜0.2g/kg体重、ロイシン0.04g/kg体重〜0.4g/kg体重、バリン0.02g/kg体重〜0.2g/kg体重であり、アミノ酸の全体量としては1日あたり0.01g/kg体重〜2g/kg体重程度が好ましい。上記1日あたりの量は一度にもしくは数回に分けて投与することができる。食前、食後、食間を問わない。また投与期間は特に限定されない。
【0029】
本発明の有効成分である分岐鎖アミノ酸の投与量(摂取量)について算出する際、その値は、本発明が目的とする疾患の治療又は予防等の目的で使用される薬剤の有効成分の量として前記の算定方法が決められているので、これとは別目的で、例えば、通常の食生活の必要から、あるいは別の疾患の治療目的のために、摂取又は投与される分岐鎖アミノ酸については、前記算定に含める必要はない。
例えば、通常の食生活から摂取される1日あたりの分岐鎖アミノ酸の量を、前記本発明における有効成分の1日あたりの投与量から控除して算定する必要はない。
【0030】
本発明の有効成分であるイソロイシン、ロイシン及びバリンは、それぞれが単独で、若しくは任意の組み合わせで製剤に含有されていてもよく、又は全てが1種の製剤中に含有されていてもよい。別途製剤化して投与する場合、それらの投与経路、投与剤形は同一であっても、異なっていてもよく、また各々を投与するタイミングも、同時であっても別々であってもよい。併用する薬剤の種類や効果によって適宜決定する。即ち、本発明の医薬は、複数の分岐鎖アミノ酸を同時に含有する製剤であってもよく、又、それぞれを別途製剤化して併用するような併用剤であってもよい。これらの形態全てを包含するものである。特に、同一製剤中に全ての分岐鎖アミノ酸を含有する態様が、簡便に投与できて好ましい。
【0031】
本発明において、「重量比」とは、製剤中のそれぞれの成分の重量の比を示す。例えば、イソロイシン、ロイシン及びバリンの各有効成分を1つの製剤中に含めた場合には、個々の含有量の比であり、各有効成分のそれぞれを単独で又は任意の組み合わせで複数製剤中に含めた場合には、各製剤に含められる各有効成分の重量の比である。
【0032】
また本発明において、実際の投与量の比は、投与対象(即ち患者)あたりの各有効成分1回投与量あるいは1日投与量の比である。例えば、イソロイシン、ロイシン及びバリンの各有効成分を1つの製剤中に含め、それを投与対象に投与する場合には、重量比が投与量比に相当する。各有効成分を単独で又は任意の組み合わせで複数の製剤中に含めて投与する場合には、1回あるいは1日投与した各製剤中の各有効成分の合計量の比が重量比に相当する。
【0033】
本発明の医薬には、他の薬剤、例えば、心不全の治療薬などを配合してもよい。
【0034】
また、本発明の組成物は、利尿薬(ループ利尿薬、カリウム保持性の利尿薬など)、血管拡張性降圧薬(アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACE−I)、アンジオテンシン受容体II拮抗薬(ARB)など)、β遮断薬、強心薬(カテコールアミン薬、PDEIII阻害剤、ジギタリス製剤など)、抗血栓薬、アルドステロン拮抗薬などの治療薬と配合することにより、心不全の予防または治療用の配合剤とすることもできる。本発明の組成物を治療薬と配合する場合、本発明の組成物と治療薬の配合比はそれぞれ重量比で、通常、1:0.1〜1,000,000の範囲であり、特に好ましくは1:1〜1,000の
範囲である。
【0035】
さらに、本発明の組成物は、食品の形態でも簡便に使用することができる。食品として用いる場合には、本発明の有効成分を含む一般的な食事形態であれば如何なるものでも良い。例えば、適当な風味を加えてドリンク剤、例えば清涼飲料、粉末飲料とすることもできる。具体的には、例えば、ジュース、牛乳、菓子、ゼリー、ヨーグルト、飴等に混ぜて飲食することができる。
また、このような食品を、保健機能食品またはダイエタリーサプリメントとして提供することも可能である。この保健機能食品には、特定保健用食品および栄養機能食品なども含まれる。特定保健用食品は、例えば、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善など、特定の保健の目的が期待できることを表示できる食品である。また、栄養機能食品は、1日あたりの摂取目安量に含まれる栄養成分量が、国が定めた上・下限値の規格基準に適合している場合その栄養成分の機能の表示ができる食品である。ダイエタリーサプリメントには、いわゆる栄養補助食品または健康補助食品などが含まれる。本発明において、特定保健用食品には、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善などの用途に用いるものであるという表示を付した食品、さらには、かかる用途に用いるものである旨を記載した書類(い
わゆる能書き)などをパッケージとして包含する食品なども含まれるものとする。
さらに、本発明の組成物を濃厚流動食や、食品補助剤として利用することも可能である。食品補助剤として使用する場合、例えば錠剤、カプセル、散剤、顆粒、懸濁剤、チュアブル剤、シロップ剤等の形態に調製することができる。本発明における食品補助剤とは、食品として摂取されるもの以外に栄養を補助する目的で摂取されるものをいい、栄養補助剤、サプリメントなどもこれに含まれる。
【0036】
なお、「濃厚流動食」とは、1kcal/ml程度の濃度に調整され、長期間の単独摂取によっても著しい栄養素の過不足が生じないよう、各栄養素の質的構成が十分考慮され、1日の栄養所要量をもとに設計された総合栄養食品(液体状食品)である。
【0037】
食品として摂取する場合、摂取量は摂取対象の症状、年齢、体重、剤形、摂取方法等によって異なるが、成人1日あたり、イソロイシン0.005g/kg体重〜5g/kg体重、ロイシン0.01g/kg体重〜10g/kg体重、バリン0.005g/kg体重〜5g/kg体重を目安とする。一般の成人の場合、好ましくは、成人1日あたり、イソロイシン0.01g/kg体重〜1g/kg体重、ロイシン0.02g/kg体重〜2g/kg体重、バリン0.01g/kg体重〜1g/kg体重、より好ましくは、イソロイシン0.02g/kg体重〜0.2g/kg体重、ロイシン0.04g/kg体重〜0.4g/kg体重、バリン0.02g/kg体重〜0.2g/kg体重であり、アミノ酸の全体量としては1日あたり0.01g/kg体重〜2g/kg体重程度が好ましい。本発明の食品において、上記1日あたりの量を一度にもしくは数回に分けて摂取することができる。また摂取期間は特に限定されない。
【0038】
イソロイシン、ロイシン、及びバリンは既に、医薬・食品分野において広く用いられていて、安全性は確立している。例えば、これらのアミノ酸を1:2:1.2の比で含有する製剤の急性毒性(LD50)は、マウスの経口投与において10g/kg以上である。
【0039】
本発明においては、イソロイシン、ロイシンおよびバリンの3種類の分岐鎖アミノ酸を有効成分とする、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物には、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善に使用することができる、または使用すべきであることを記載した記載物を含む、商業的パッケージも含まれる。
【0040】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0041】
以下の実施例によって本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0042】
臨床試験例:
慢性心不全急性増悪により入院し、利尿薬や降圧剤、強心薬などの薬物療法による通常の治療法を施しているにもかかわらず、諸症状の改善が認められない患者(表1:8名、平均年齢80.75歳、男性1名、女性7名)に対して、下記に示す成分を含有する分岐鎖アミノ酸顆粒(商品名:リーバクト顆粒、味の素(株)製)を1回、1包を1日3回食後に経口投与した。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
投与前後における、慢性心不全及び心臓性悪液質に伴う次の諸症状について解析を行った。
1)食事摂取量
2)血清アルブミン
3)血清総蛋白量
4)尿量
5)心胸郭比
6)胸水の程度
7)浮腫の程度
8)症例2の心嚢液貯留量
【0046】
(1)BCAA顆粒投与前後10日間における食事摂取量の変化
BCAA顆粒を投与する前後の10日間における総食事回数(30回分)において、それぞれほぼ全量を摂取できた回数(A)とほとんど食事を摂取できなかった回数(B)をそれぞれカウントして、その割合を投与前後で比較し、図1にプロットした。グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。なお、症例1および4においては、食事摂取に関するデータが取れなかったため、解析から除外した。BCAA顆粒の投与により、ほぼ全量を摂取できた食事回数が増加し、一方で、ほとんど摂取できなかった食事回数が減少した。このことから、BCAA顆粒の投与によって、心臓性悪液質の主要な症状である食欲不振症が改善されたことは明らかである。
【0047】
(2)BCAA顆粒投与後1ヶ月における血清アルブミン値(g/dl)の変化
BCAA顆粒の投与前および投与後1ヶ月の血清アルブミン値(g/dl)を測定し、
図2にプロットした。なお、症例1および5においてはデータが取れなかったため、解析から除外した。グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。解析対象の6症例の平均においては、投与前の2.85g/dlに対して1ヶ月後には3.57g/
dlと血清アルブミン値の改善が認められた。
【0048】
(3)BCAA顆粒投与後1ヶ月における血清総蛋白量(g/dl)の変化
BCAA顆粒の投与前および投与後1ヶ月の血清総蛋白質値(g/dl)を測定し、図3にプロットした。なお、症例5においてはデータが取れなかったため、解析から除外した。グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。解析対象の7症例の平均においては、投与前の5.98g/dlに対して1ヶ月後には6.71g/dlと血清総蛋白質値の改善が認められた。
これらの、血清アルブミン値及び血清総蛋白質値の改善結果より、BCAA顆粒の投与によって、心不全に伴う心臓性悪液質の主要な症状である蛋白質低栄養が改善されたことは明らかである。
【0049】
(4)BCAA顆粒投与前後の5日間および10日間の平均1日尿量の変化
BCAA顆粒の投与前後のそれぞれ5日間および10日間の1日あたりの尿量(ML)を測定し、その平均値を図4および図5にプロットした。グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。なお、症例1および4においてはデータが取れなかったため、解析から除外した。解析対象の6症例の平均においては、図4に示すように、投与前5日間の平均値1290 mlに対して、投与後5日間の平均では1564 mlと尿量の増加が認められ、また、図5に示すように、投与前10日間の平均値1259 mlに
対して、投与後10日間の平均では1644 mlと同様に増加が認められた。対象患者
は全例において、表1の治療薬に示す利尿薬による治療が既にほどこされていたにもかかわらず、尿量の十分な改善が認められていなかったが、従来の治療法に加えて、BCAA顆粒を投与することによって、心不全病態による循環機能低下に伴う尿量の減少を改善することは明らかである。
【0050】
(5)BCAA顆粒投与前後の心胸郭比の変化
BCAA顆粒の投与前後の適当なときにX線検査を実施し、心胸郭比(CTR、%)の測定を行い、その変化を図6にプロットした。グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。なお、症例4、8においては投与前においても胸水の貯留が認めらなかったため、データは取得せず、解析から除外した。解析対象の6例全例で、CTRの改善が認められ、BCAA顆粒の投与前後における改善率の平均は5.1%であった。また、改善に要した期間はそれぞれ次の通りであった。症例1では2.5ヶ月、症例2は5日間、症例3は1.5ヶ月、症例5は10日間、症例6は10日間、症例8は9日間。この結果より、BCAA顆粒を投与することによって、心不全病態による循環機能低下を代償的に補う心肥大を改善することは明らかである。
【0051】
(6)BCAA顆粒投与前後の胸水の程度の変化
上記のX線検査結果に基づき、画像上の胸水貯留の程度を下記の要領にて5段階に数値化して投与前後での変化を図7にプロットした。
<胸水の程度>
1:CTAがシャープに見える
2:CTAがDullに見える
3:胸水が横隔膜レベルまで貯留
4:胸水が貯留し横隔膜が追えないが、心陰影は境界が追えるもの
5:胸水により心陰影も追えないもの
【0052】
グラフにおいて横軸の1は投与前、2は投与後のデータを示す。なお、症例4、8においては投与前においても胸水の貯留が認めらなかったため、データは取得せず、解析から除外した。解析対象の6例中の5例で、胸水の程度が改善した。なお、胸水程度の解析はそれぞれ投与後次の期間で行った。症例1では2.5ヶ月、症例2は5日間、症例3は1
.5ヶ月、症例5は10日間、症例6は10日間、症例8は9日間。この結果より、BCAA顆粒を投与することによって、心不全病態による循環機能低下による胸水の貯留を改善することは明らかである。
【0053】
(7)BCAA顆粒投与前後の浮腫の程度の変化
BCAA顆粒の投与前後の適当なときに浮腫の程度を下記の基準により評価した。
【0054】
【表3】

【0055】
それぞれの症例における投与前後での浮腫の推移を下記に示す。
【0056】
【表4】

【0057】
症例8では浮腫の評価は行わなかったため、解析から除外した。解析対象の7例全例で、浮腫の程度の改善が認められた。この結果より、BCAA顆粒を投与することによって、心不全病態による循環機能低下による体液貯留に伴う浮腫を改善することは明らかである。
【0058】
(8)BCAA顆粒投与前後の症例2における心嚢液貯留量の変化
心不全病態における循環不全による体液の貯留が原因となる胸水および浮腫は、BCAA投与により、血清アルブミンの上昇に先立って改善された。症例2では、図2、3、4、5で明らかなように、血清アルブミンや総蛋白質の改善は微小であり、また、尿量の改善も少ない。この症例では、心嚢液貯留が顕著であったため、BCAA投与による心嚢液の変化を心エコー診断での長軸断層像によって評価し、経時的な変化を図8にプロットした。BCAA投与後、2週間(14日)で心嚢液の貯留はほぼ標準レベルに低下し、心不全病態に伴う症状を改善していることが明らかとなった。
【0059】
以上の結果より、BCAAの経口投与が慢性心不全急性増悪に伴う諸症状の予防または治療に有用であることは明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソロイシン、ロイシンおよびバリンを有効成分とする、慢性心不全の急性増悪に伴う症状の改善用組成物。
【請求項2】
慢性心不全の急性増悪に伴う症状が、心臓性悪液質、食欲低下、低アルブミン血症、低タンパク質血症、尿量低下、うっ血性の症状、胸水の貯留、心胸郭比の増加、下肢または全身の浮腫、心嚢液貯留からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
イソロイシン、ロイシンおよびバリンの含有量が、1回摂取単位量あたり1g以上である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
イソロイシン、ロイシンおよびバリンの重量比が、1:1.5〜2.5:0.8〜1.7であることを特徴とする、請求項1〜3に記載の組成物。
【請求項5】
心不全の治療薬と併用されるものである、請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
心不全治療薬の作用を増強するものである、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
心不全の治療薬が、利尿薬、血管拡張性降圧薬、β遮断薬、強心薬からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項5または6に記載の組成物。
【請求項8】
慢性心不全の急性増悪に伴う症状が心不全の治療薬により改善されないものである、請求項1〜7のいずれかに記載の組成物。
【請求項9】
医薬である、請求項1〜8のいずれかに記載の組成物。
【請求項10】
利尿薬、血管拡張性降圧薬、β遮断薬、強心薬からなる群から選ばれる少なくとも1種の治療薬ならびにイソロイシン、ロイシンおよびバリンを含むことを特徴とする、心不全の予防または治療用の配合剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−144567(P2012−144567A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−98424(P2012−98424)
【出願日】平成24年4月24日(2012.4.24)
【分割の表示】特願2006−24569(P2006−24569)の分割
【原出願日】平成18年2月1日(2006.2.1)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】