説明

分析チップ、分析システムおよび分析方法

【課題】競合反応による定量分析が可能な分析チップを提供する。
【解決手段】液体試料中の測定対象物質を分析するための分析チップであって、基体と、基体上に配置され、液体試料を一端側から他端側に展開可能な展開層と、展開層の他端側と接触するように配置される吸収層と、を備え、展開層は、一端側と他端側との間に位置する領域の少なくとも一部であって、測定対象物質の競合物質が固定化された競合反応領域を有しており、展開層のうち、競合反応領域上に、または、競合反応領域と他端側との間の表面上に、競合反応領域における電気化学変化を検出するための電極部をさらに備える、分析チップである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析チップ、分析システムおよび分析方法に関し、特に、競合反応による定量分析が可能な分析チップ、分析システムおよび分析方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療、健康、食品および創薬などの分野で、DNA、酵素、抗原、抗体、タンパク質、ウィルスおよび細胞などの生体物質、ならびに化学物質を検出して定量する重要性が増している。これに対応し、上記生体物質および化学物質などを簡便に測定するための様々なバイオチップおよびマイクロ化学チップ(以下、これらを総称して「分析チップ」と称する。)が提案されている。
【0003】
分析チップは、実験室で行なわれている一連の分析操作を、数cm角で厚さ数mm〜1cm程度のチップ内で簡易に行なえるように作られているため、検体および試薬の使用量が微量で済む。このように、分析チップは、低コストで、ハイスループットな検査ができるため、検体を採取した現場で直ちに検査結果を得ることができるなどの多くの利点を有している。このような分析チップは、たとえば血液検査などの生化学検査用として好適に用いられている。
【0004】
たとえば、特許文献1には、水性液体試料中の検体の存在または濃度を測定するための電気化学的試験デバイスが開示されている。特許文献1においては、かかる電気化学的試験デバイスを用いることで、血液のような水性液体試料中のグルコース濃度などを簡便な操作で測定することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2001−518620号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、タンパク質の化学反応系においては、低分子量の単純な分子が生成されることはまれであり、グルコースの化学反応系ように、酸化還元性の高いH22の生成やO2の消費に結び付けることが難しい。このため、多くのタンパク質は、酵素標識免疫測定法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay:ELISA)のような複雑な方法を介さなければ、分析することができない。
【0007】
なかでも、コルチゾールのような分子量の小さいタンパク質を分析する場合には、競合法を用いる必要がある。しかし、競合法による分析は分析操作が複雑であるために、分析チップを用いた簡易な分析の実現はさらに困難となっている。このため、分析に競合法が必要となるタンパク質の分析は、ウェル内に特異的な処理を施したマイクロウェルを用いて行なうのが一般的である。
【0008】
しかしながら、マイクロウェルを用いる方法では、特殊な器具、装置が必要であったため、たとえば、検体(液体試料)を採取した場所でのフローアッセイが難しいのが実情であった。また、その操作も複雑であったため、操作者の熟練性も必要であった。上記のような事情から、分析チップを用いた簡易な方法で、競合法による分析を行なうことは未だ困難であるのが実情である。
【0009】
したがって、本発明は、競合法による分析を簡便に実現可能な分析チップ、分析システム、および分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、液体試料中の測定対象物質を分析するための分析チップであって、基体と、基体上に配置され、液体試料を一端側から他端側に展開可能な展開層と、展開層の他端側と接触するように配置される吸収層と、を備え、展開層は、一端側と他端側との間に位置する領域の少なくとも一部であって、測定対象物質の競合物質が固定化された競合反応領域を有しており、競合反応領域上に、競合反応領域における電気化学変化を検出するための電極部をさらに備える、分析チップである。
【0011】
上記分析チップにおいて、基体上に配置される蓋体をさらに備え、蓋体は、基体上に配置された展開層の一端側に対応する位置に、液体試料を一端側に導入するための導入部が設けられていることが好ましい。
【0012】
上記分析チップにおいて、電極部の一部が基体と蓋体との間から露出していることが好ましい。
【0013】
上記分析チップにおいて、測定対象物質はコルチゾールであることが好ましい。
また、本発明は、上記分析チップと、上記分析チップの電極部に電気的に接続され、電極部が検出した電気化学変化を測定するための測定装置と、を備える、分析システムである。
【0014】
また、本発明は、上記分析チップを用いて、液体試料中の測定対象物質を分析する分析方法であって、展開層の一端側に、標識部を有する特異的結合物質と液体試料とを含有する反応液を導入する工程と、反応液を展開層の競合反応領域まで展開させる工程と、競合反応領域において、反応液と競合物質とを競合反応させる工程と、競合反応させる工程の後、展開層の一端側に基質を含有する基質溶液を導入する工程と、基質溶液を競合反応領域まで展開させる工程と、競合反応領域において、基質溶液と標識部とを酵素反応させる工程と、酵素反応に由来する電気化学変化を検出する工程と、を含む、分析方法である。
【0015】
上記分析方法において、競合反応させる工程と基質溶液を導入する工程との間に、展開層の一端側から洗浄液を導入する工程と、洗浄液を競合反応領域まで展開させる工程と、をさらに含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の分析チップ、分析システムおよび分析方法によれば、簡便に、競合法による定量分析を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態における分析チップの模式的な平面図である。
【図2】基体の表面に凹部が設けられた状態を示す模式的な斜視図である。
【図3】競合反応領域に固定化される競合物質を説明するための模式図である。
【図4】分析チップの他の実施形態の模式的な平面図である。
【図5】図4の分析チップの模式的な斜視図である。
【図6】実施形態における分析システムの模式図である。
【図7】実施形態における分析方法を示すフローチャートである。
【図8】(a)〜(c)は、競合反応領域における競合反応を説明するための模式図である。
【図9】実施例で分析されたコルチゾール濃度と電流値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には、同一の参照符号を付し、その説明は繰り返さない。なお、本明細書において、「液体」とは、液体試料、反応液、洗浄液および基質溶液の少なくともいずれかを含み得る概念である。
【0019】
<分析チップ>
図1に、実施形態における分析チップの模式的な平面図を示す。
【0020】
図1に示す分析チップ10は、競合反応を用いることによって液体試料中の測定対象物質を分析するための分析チップである。本実施形態においては、測定対象物質として、コルチコイドの一種であってストレスによって体内濃度が変化するホルモンとして知られているコルチゾールを用いる場合について説明するが、これに限られるものではない。
【0021】
図1を参照し、分析チップ10は、基体11と、展開層12と、電極部13と、吸収層14とを備えている。また、展開層12は、電極部13と接する部分に、競合反応領域15を有している。以下、各構成について具体的に説明する。
【0022】
基体11は、展開層12、電極部13および吸収層14を所定の位置関係で配置させるための基材である。基体11の形状は特に限定されず、たとえば、図1中左右方向の長さが50〜70mm、図1中の上下方向の幅が10〜20mm、厚みが1〜5mmの直方体とすることができる。
【0023】
また、図2は、基体11の表面に凹部11aが設けられた状態を示す模式的な斜視図であるが、このように、基体11の表面に、展開層12、電極部13および吸収層14などの形状に対応した凹部11aが形成されていてもよい。この構成により、展開層12、電極部13および吸収層14の基体11上における位置決めを容易に行なうことができ、さらに、展開層12、電極部13および吸収層14がずれることを抑制することができる。位置決めが容易となり、さらに、ずれを抑制できることによって、分析チップ10の構成のばらつきが抑制されるため、結果的に、分析チップ10の分析感度、分析精度のばらつきを抑制することができる。凹部11aを形成する方法は、特に制限されず、たとえば、転写構造を有する金型を用いた射出成形法、インプリント法、切削法、エッチング法などを用いることができる。
【0024】
基体11の材質は特に限定されないが、電極部13で検出される電気化学変化が安定する観点から、絶縁性基板であることが好ましい。絶縁性基板としては、たとえば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリアリレート樹脂(PAR)、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂(ABS)、塩化ビニル樹脂(PVC)、ポリメチルペンテン樹脂(PMP)、ポリブタジエン樹脂(PBD)、生分解性ポリマー(BP)、シクロオレフィンポリマー(COP)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)などの有機材料基板、または、ガラス、シリコン、石英などの無機材料基板を用いることができる。
【0025】
展開層12は、液体試料を一端側から他端側に展開可能な部分である。図1に示す分析チップ10においては、展開層12のうち、基体11上に露出している側から液体試料が導入される。このため、本実施形態において、導入された液体試料は、展開層12の図1中の左側に位置する一端側から、図1中の右側に位置する、吸収層14に覆われている他端側に展開されることになる。
【0026】
展開層12の形状は特に限定されず、たとえば、図1中左右方向の長さが40〜60mm、図1中の上下方向の幅が2〜8mmの膜状の形状とすることができる。展開層12の材料は、上述のように、液体試料を展開可能であれば特に限定されないが、分析感度を高める観点から、測定対象物質であるコルチゾールを変性させない材料であることが好ましい。たとえば、展開層12として、ニトロセルロース、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、セルロース、シリカファイバー、グラスファイバーなどを用いることができる。なかでも、競合物質を固定化し易い観点から、ニトロセルロースを用いることが好ましい。
【0027】
上記展開層12は、一端側と他端側との間に位置する領域の一部に、競合反応領域15を有している。競合反応領域15は、展開層12の表面にコルチゾールの競合物質が固定化されている領域であり、一端側と他端側との間に位置する領域の少なくとも一部であればよい。なお、コルチゾールの競合物質とは、コルチゾールと特異的に結合することのできる特異的結合物質に対して、コルチゾールとの競合反応が可能な物質であり、たとえば、特異的結合物質としてコルチゾール抗体を用い、競合物質としてコルチゾールを用いることができる。
【0028】
図3に、競合反応領域に固定化される競合物質を説明するための模式図を示す。図3を用いて、競合反応領域15について具体的に説明する。なお、本実施形態では、競合物質として、コルチゾールを用いる場合について説明する。
【0029】
図3を参照し、展開層12の表面には、BSA(牛血清アルブミン)20が固定されており、BSA20に競合物質としてのコルチゾール21が固定されている。展開層12のうちのコルチゾール21が存在する領域が、競合反応領域15となり、この構成により、競合反応領域15が、液体試料中のコルチゾールの競合反応の場として機能することができる。なお、液体試料中のコルチゾールとの混同を避けるために、以下、展開層12に固定化されたコルチゾール21を固定化コルチゾール21という。図3の競合反応領域15は、たとえば、以下のように作製することができる。
【0030】
すなわち、まず、展開層12を準備する。次に、準備した展開層12のうち、競合反応領域15に対応する部分にのみ、コルチゾールとBSAとを結合させたBSA−CORT結合体を含むPBSバッファを塗布した後、室温環境下などで乾燥させる。なお、BSA−CORT結合体は、市販品を用いてもよく、適宜作製してもよい。以上の処理により、図3に示すように、固定化コルチゾール21を有する競合反応領域15が形成される。
【0031】
競合反応領域15の形状、大きさは特に限定されない。たとえば、展開層12の長手方向(図1中左右方向)における幅を1〜10mm、展開層12の幅方向(図1中上下方向)における幅を1〜10mmとすることができる。また、競合反応領域15に存在する固定化コルチゾール21の量も特に限定されない。
【0032】
図1に戻り、電極部13は、競合反応領域15における電気化学変化を検出するための部分であり、より具体的には、競合反応領域15に存在する液体中に発生した電子を検出するための部分である。電極部13としては、たとえば、絶縁性の基板上に、作用極、対極および参照極からなる電極系が配置された、3電極方式の電極を用いることができる。3電極方式の電極部13を用いた場合、以下のように電気化学分析が行なわれる。
【0033】
すなわち、電極部13が電子を含む液体と接触している状態で、電極部13に接続された測定装置、たとえば、ポテンショスタット兼ガルバノスタットによって、作用極と参照極との間の電圧が制御される。この電位変化に起因して液体中の電子が移動し、電子の移動に伴って発生する電流は作用極に流れる。そして、測定装置が、作用電極と対電極との間を流れる電流変化を検出し、さらに、その電流変化を積分計算して得られる電気量(クーロン量)またはピーク電流値または電流変化の微分値などを検量線と比較することにより、電気化学分析を行なうことができる。
【0034】
電極部13は、電極系が競合反応領域15と接触するように、競合反応領域15上に配置されてもよく、展開層12のうち、競合反応領域15と他端側との間の表面上に配置されてもよい。電極部13を、展開層12のうち、競合反応領域15と他端側との間の表面上に配置する場合には、競合反応領域15の近傍に配置することが好ましい。この構成により、競合反応領域15に存在する液体中で発生した電子が、競合反応領域15から他端側に展開されている間に消失することによる、分析チップ10の検出感度の低下を抑制することができる。また、電極部13と測定装置との電気的な接続が容易となるように、図1に示すように、その一部が基体11の外周よりも外側に位置するように、電極部13を配置することが好ましい。
【0035】
電極部13の材質は特に限定されず、公知の材料を用いることができる。たとえば、電極部13のうち、基板は絶縁性基板であればよく、ポリエチレン、ポリエステル、ポリスチレン、ポリカーボネートなどを用いることができる。また、測定装置との電気的な接続が容易となるように、基板は、柔軟性があり、変形可能であることが好ましい。また、電極部13のうち、電極系は、導電体で形成されていればよく、たとえば、白金、カーボン、金、銀、パラジウム、ルテニウム、ロジウムなどを用いることができる。また、作用電極は、後述の酵素反応に必要な電子メディエータを含む電極であってもよい。
【0036】
吸収層14は、展開層12の他端側に展開された液体を吸収するために設けられる部分である。したがって、吸収層14は、展開層12の他端側と接触するように配置され、より好ましくは、図1に示すように、展開層12の他端側を覆うように配置されることが好ましい。分析チップ10において、他端側の表面上に配置された吸収層14が、他端側に展開された液体を吸収することができるため、液体の展開速度を増加させることができ、結果的に迅速な分析が可能となる。
【0037】
吸収層14の形状は特に限定されないが、吸収能力を高める観点から、大きな液体吸収能力を有し得る大きさであることが好ましい。したがって、接触する展開層12の体積よりも大きな体積を有する形状、たとえば、図1中左右方向の長さが20〜80mm、図1中の上下方向の幅が5〜10mm、厚さが1〜3mmの形状とすることができる。吸収層14の材料は、液体を吸収することができる材料であればよく、たとえば、吸収性繊維、多孔性樹脂、高分子吸収体、または海綿により構成される部材を用いることができる。とくに、ポリスチレン、塩化ビニルなどを好適に用いることができる。
【0038】
また、分析チップ10は、図4および図5に示すように、蓋体16を備えていてもよい。なお、図4は、分析チップの他の実施形態の模式的な平面図であり、図5は、図4の分析チップの模式的な斜視図である。
【0039】
図4および図5を参照し、蓋体16は、基体11上に配置される展開層12、電極部13および吸収層14を覆うように、基体11上に配置される。蓋体16は、基体11上に載置されていてもよく、蓋体16と基体11とが、接着剤、ねじなどによって相互に固定されていてもよい。また、蓋体16には、展開層12の一端側に対応する位置に、液体試料を一端側に導入するための導入部17が設けられている。分析チップ10が蓋体16を備えることにより、展開層12上にほこりなどが付着するのを抑制することができるため、よりクリーンな環境での分析が可能となり、結果的に、分析精度、分析感度を高めることができる。
【0040】
また、図4および図5に示すように、電極部13の一部は、基体11と蓋体16との間から露出していることが好ましい。この構成により、電極部13への測定装置の電気的な接続が容易となる。さらに、蓋体16には、展開層12上に位置する電極部13に対して、外部からの接触が容易となるように、展開層12上に位置する電極部13に対応する位置に、窓部18を有していてもよい。
【0041】
<分析システム>
図6は、本実施形態における分析システムを示す模式図である。以下、図6を参照して、本発明の分析システムの一実施形態について説明する。
【0042】
図6を参照し、分析システム30は、分析チップ10と、測定装置31と、モニター32とを備える。測定装置31は、分析チップ10の電極部13に電気的に接続され、電極部13が検出した電気化学変化を測定するための装置であり、電極部13の作用極と参照極との間の電位を制御する機能と、接触する液体中に発生した応答電流を検出する機能と、検出された応答電流を演算して数値化する機能とを有する。
【0043】
また、分析システム30は、モニター32を備えることによって、数値化された結果を表示することができる。モニター32は必須ではなく、たとえば測定装置31自身がモニターを備えていてもよく、モニター32の代わりに、数値化された結果を印刷するプリンターを備えていてもよい。また、測定装置31にパーソナルコンピュータを接続してもよい。
【0044】
<分析方法>
図7は、実施形態における分析方法を示すフローチャートである。図8(a)〜(c)は、競合反応領域における競合反応を説明するための模式図である。以下、図1、図7および図8を参照して、本発明の分析方法であって、上記分析チップ10と測定装置31を備える分析システムを用いて、液体試料中のコルチゾールを分析する分析方法の一実施形態について説明する。
【0045】
まず、図7に示すように、展開層12の一端側に、標識部を有する特異的結合物質と液体試料とを含有する反応液を導入する(ステップS1)。標識部を有する特異的結合物質とは、測定対象物質であるコルチゾールに特異的に結合する物質に、酵素などの標識部を結合させたものである。本実施形態では、特異的結合物質としてのコルチゾール抗体41aと、標識部としてのHRP(西洋わさび由来のHorseradish Peroxidase)41bが結合されたHRP−CORT抗体結合体41を用いる(図8(a)参照)。
【0046】
反応液を展開層12の一端側に導入する方法としては、展開層12の一端側の上方から、反応液を滴下する方法がある。この場合、反応液の自重および/または毛細管現象によって、反応液が展開層12の一端側に導入される。また、展開層12の一端側に注射器などを用いて反応液を直接注入してもよい。
【0047】
次に、図7に示すように、導入された反応液を展開層12の競合反応領域15まで展開させる(ステップS2)。分析チップ10において、展開層12の他端側には、吸収層14が配置されているため、展開層12の一端側に導入した反応液を、毛細管現象によって、展開層12の一端側から競合反応領域15まで効率的に展開させることができる。
【0048】
次に、図7に示すように、競合反応領域15において、反応液と、競合反応領域15内の固定化コルチゾール21とを競合反応させる(ステップS3)。本工程における競合反応について、図8(a)および(b)を用いて説明する。
【0049】
図8(a)を参照し、本工程において、反応液が展開された競合反応領域15には、固定化コルチゾール21と、反応液中の液体試料に由来するコルチゾール40と、HRP−CORT抗体結合体41が存在する。固定化コルチゾール21、コルチゾール40、HRP−CORT抗体結合体41が競合反応領域15に存在することにより、図8(b)に示すように、固定化コルチゾール21とコルチゾール40とが競合してHRP−CORT抗体結合体41のコルチゾール抗体41aと結合する競合反応が起こる。なお、コルチゾール40が多く存在するほど、固定化コルチゾール21に結合するHRP−CORT抗体結合体41の量は少なくなる。
【0050】
次に、図7に示すように、展開層12の一端側に基質を含有する基質溶液を導入する(ステップS4)。基質としては、HRPとの酵素反応によって電子を生成する物質であればよく、たとえば、過酸化水素などを用いることができる。基質溶液の溶媒は特に限定されず、たとえば、PBSバッファ、HEPESバッファ、グリシン塩酸バッファなどを用いることができる。また、過酸化水素とHRPの酵素反応は、フェロセンまたはフェリシアン化カリウムなどの電子メディエーターを用いることによって、応答を増幅させることができるため、基質溶液には、基質とともに、電子メディエーターを含有させてもよい。本実施の形態では、過酸化水素とともにフェロセンを含有する基質溶液を用いた場合について説明する。
【0051】
次に、図7に示すように、導入された基質溶液を競合反応領域15まで展開させる(ステップS5)。分析チップ10において、展開層12の他端側には、吸収層14が配置されているため、展開層12の一端側に導入した基質溶液を、毛細管現象によって、展開層12の一端側から競合反応領域15まで効率的に展開させることができる。
【0052】
また、展開させる基質溶液の量を多くする、たとえば、反応液の2〜5倍の容量とすることにより、固定化コルチゾール21と結合しているHRP−CORT抗体結合体41以外を展開層12の他端側に効率的に展開させることができるため、分析精度および分析感度を向上させることができる(図8(c)参照)。すなわち、この場合の基質溶液は、洗浄液としての機能を兼ねることができる。なお、固定化コルチゾール21と結合しているHRP−CORT抗体結合体41以外とは、コルチゾール40、フリーのHRP−CORT抗体結合体41のほか、反応液中に含まれる他の物質も含む意味である。
【0053】
次に、図7に示すように、競合反応領域15において、固定化コルチゾール21に結合しているHRP−抗体結合体41のHRP41bと、展開された基質溶液と、を酵素反応させる(ステップS6)。フェロセンは、HRPとの酵素反応により、水と酸素に化学変化し、この化学変化に伴い、競合反応領域15に存在する基質溶液中に電子が生成される。
【0054】
次に、図7に示すように、酵素反応に由来する電気化学変化を検出する(ステップS7)。具体的には、上述の酵素反応によって競合反応領域15内に生成された電子に由来する応答電流を、電極部13によって検出する。そして、電極部13に電気的に接続した場合された測定装置31が応答電流を測定、数値化することによって、競合反応領域15におけるHRP−CORT抗体結合体41の有無、およびその量が算出できる。そして、算出されたHRP−CORT抗体結合体41の量から、コルチゾール40と結合したHRP−CORT抗体結合体41の量を算出することができるため、結果的に、コルチゾール40の量を分析することができる。さらに、検量線などとの比較によって、コルチゾール40の濃度、絶対量などを算出することができるため、結果的に、液体試料中のコルチゾール40を定量することも可能となる。
【0055】
また、本工程において、酵素反応に由来する応答電流を安定化させる観点から、上記ステップS4、S5およびS6の行なっている間は、展開層12の一端側から基質溶液を導入し続けることが好ましい。さらに、ステップS7を行なっている間にも、展開層12の一端側から基質溶液を導入し続けることによって、より安定した分析が可能となる。
【0056】
以上のように、ステップS1〜S7を行なうことによって、液体試料中のコルチゾールの定量分析が狩野となる。また、本実施形態の分析方法において、ステップS3とステップS4との間に、展開層12の一端側から洗浄液を導入する工程と、導入された洗浄液を競合反応領域15まで展開させる工程とをさらに行ってもよい。洗浄液としては、たとえば、PBSバッファ、HEPESバッファ、グリシン塩酸バッファを用いることができる。ステップS3の後に、展開層12の一端側から洗浄液を導入する工程と、導入された洗浄液を競合反応領域15まで展開させる工程とを行なうことにより、競合反応領域15に存在するコルチゾール40、フリーのHRP−CORT抗体結合体41などを展開層12の他端側に移動させることができる。
【0057】
以上、本発明の分析チップの一実施形態、本発明の分析方法の一実施形態、および本発明の分析システムの一実施形態について、図1〜図8を用いて説明した。
【0058】
上述の分析チップ10によれば、展開層12上に、固定化コルチゾール21が存在する競合反応領域15が設けられていることにより、反応液を展開させるだけで、簡便かつ迅速に、競合反応を行うことができる。さらに、競合反応領域15上、または競合反応領域15の近傍に電極部13が設けられていることにより、酵素反応に伴って競合反応領域15内に生成される電子に起因する電流を、電極部13によって容易に検出することができる。したがって、分析チップ10によって、結果的に、簡便に液体試料中のコルチゾール40を定量分析することができる。
【0059】
たとえば、電極部に抗体、競合物質などを固定化する方法では、結合可能なタンパク質が限られる傾向にあり、また、その結合量も比較的少ない傾向にある。これに対し、上述の分析チップ10によれば、展開層12に競合物質である固定化コルチゾール21が固定化されているため、強固な固定化が可能となり、また、その結合量の調整の容易である。
【0060】
また、展開層12の展開能力を高めるため、展開層12として、多孔質形状の膜を用いることが好ましいが、この場合、多孔質形状の内部にも競合物質を固定化することができる。この場合、競合反応領域15に展開される反応液中に存在するコルチゾール40を、より均一に競合反応させることができる。したがって、より感度の高い定量分析が可能となる。
【0061】
また、たとえば、液体試料として唾液を用いた場合、液体試料中のコルチゾール濃度は比較的低く、また、その容量も小さいことから、展開中に液体試料がロスされることなく、その全量が競合反応領域15に到達することが好ましい。分析チップ10を用いて競合反応を行う場合、液体試料などの液体が展開層12の一端側から他端側に展開されれば足りる。換言すれば、分析チップ10は、液体試料を競合反応領域15に均一に到達させることが難しいような複雑な構成を有しない。このため、分析チップ10での液体試料の分析において、液体試料のロスを抑制することができる。
【0062】
また、上述の分析システムによれば、競合法を用いた測定対象物質の簡便な定量が可能となる。また、測定装置31としては、たとえば、ポテンショスタット、アンペロメトリースタットなどを用いることができる。これらの装置は小さく設計することが可能であるため、本発明の分析システムは容易に持ち運び可能な構成とすることができる。したがって、たとえば、液体試料を採取した場所でのフローアッセイを容易に行なうことができる。
【0063】
また、上述の分析方法によれば、本発明の分析チップを用いて、簡便に、競合法を用いた測定対象物質の定量を行なうことができる。特に、上述の分析方法においては、抗原抗体反応と、酵素反応とを用いて、測定対象物質であるコルチゾールの有無、その量を測定するため、高い感度での定量分析が可能となる。また、マイクロウェルを用いた分析方法では、洗浄処理などの操作が複雑であり、高い定量性を維持するためには、その操作に熟練性が必要とされていたが、本発明の分析方法によれば、簡便に高い定量性を維持することができる。
【0064】
なお、上述の実施形態では、標識部としてHRPを用いたが、用いる標識部はこれに限られず、酵素反応において、電子を生成する化学反応を引き起こす酵素であればよく、たとえば、グルコースオキシターゼを用いてもよい。この場合、基質溶液に含まれる基質にはグルコースを用いることができる。また、上述の実施形態において、コルチゾールを分析する場合について詳細に説明したが、競合反応領域15に固定化する物質を入れ替えることにより、競合法で分析可能な他のタンパク質を測定することができる。
【実施例】
【0065】
本実施例では、図3および図4に示す分析チップ10を用いて、液体試料中のコルチゾール濃度を分析した。具体的な内容を以下に説明する。
【0066】
(分析チップおよび分析システム)
基体11として、幅18mm、長さ69mm、厚さ3.5mmのアクリル樹脂基板を準備し、基体11の表面には、図1に示すように、展開層12、電極部13および吸収層14などの形状に対応した凹部11aを形成した。
【0067】
展開層12として、幅5mm、長さ55mmのニトロセルロースメンブレンを用い、長手方向の中央の領域(幅6mm、長さ1mm)に、BSA−CORT結合体を固定化し、競合反応領域15を形成した。なお、競合反応領域15は、以下のようにして作製した。
【0068】
すなわち、まず、ニトロセルロースメンブレンのうち、競合反応領域15に対応する領域に、BSA−CORT結合体(Fitzgerald社製)を0.4μg/mlの濃度で含有するPBSバッファを塗布した。そして、これを37℃で1時間インキュベートすることによって、競合反応領域15を作製した。
【0069】
電極部13として、アズバイオ社製のDEP Chip電極を準備し、吸収層14として、幅8mm、長さ35mmのセルロースファイバーメンブレンを準備した。また、蓋体16として、幅18mm、長さ69mm、厚さ2mmのアクリル樹脂基板を準備した。蓋体16のうち、基体11上に外周を一致させて載置したときに、展開層12の一端側に対応する位置と、展開層12上に位置する電極部13に対応する位置に、それぞれ導入部17および窓部18としての開口部を設けた。
【0070】
準備した基体11上の凹部11aに沿うように、展開層12を配置し、さらに、展開層12の他端側を覆うように、吸収層14を配置した。そして、展開層12の競合反応領域15上に電極部13を配置した。なお、電極部13の一部は、基体11の外周よりも外側に位置するように配置した。そして、基体11の外周と蓋体16の外周が一致するように、基体11の上に蓋体16を載置し、基体11および蓋体16の外周部分をネジを用いて固定した。以上の操作により、分析チップ10を準備した。
【0071】
そして、分析チップ10の露出する電極部13に、北斗電工社製のポテンシオメトリー装置を電気的に接続した。
【0072】
(反応液)
液体試料として、コルチゾール(シグマアルドリッチ社製)の濃度が、それぞれ0ng/ml、50ng/mlおよび100ng/mlのPBSバッファを1mlずつ準備した。そして、標識化特異的結合物質として、濃度が0.67μg/mlのHRP−CORT抗体結合体41(Fitzgerald社製)を準備し、このHRP−CORT抗体結合体41を、上記の各液体試料1mlに1mlずつ添加した。以下、コルチゾールの濃度が0ng/mlのPBSバッファにHRP−CORT抗体結合体41を添加した反応液を反応液1、コルチゾールの濃度が50ng/mlのPBSバッファにHRP−CORT抗体結合体41を添加した反応液を反応液2、コルチゾールの濃度が100ng/mlのPBSバッファにHRP−CORT抗体結合体41を添加した反応液を反応液3という。
【0073】
(基質溶液)
基質溶液として、1.5mmol/lの過酸化水素を含む溶液を準備した。なお、基質溶液の溶媒はPBSバッファであった。
【0074】
(分析方法)
まず、分析チップ10の蓋体16の導入部17から展開層12の一端に向けて、準備した反応液1を100μl滴下して、展開層12の一端に反応液1を導入させた。展開層12の一端に導入された反応液1は、自重および毛細管現象により、展開層12の一端から競合反応領域15に向かって展開された。これに伴い、競合反応領域15内において、競合反応が引き起こされた。そして、反応液1を滴下した時間を0分として、滴下から5分経過後に、反応液1と同様の方法により、展開層12の一端に、準備した基質溶液を150μl導入させた。そして、基質溶液を滴下したときを0秒として、その直後から電気化学測定装置(北斗電工社製)を用いて600mVの電圧を電極部13に印加しながら、競合反応領域15内に発生した電流を400秒間測定した。反応液2および3についても、それぞれ同様の分析を行なった。
【0075】
(測定結果)
各反応液1〜3の競合反応後の測定結果を図9に示す。図9に示すように、反応液中のコルチゾール濃度が大きいほど、電極部13から出力された電流値が小さくなるという結果が得られた。したがって、分析チップ10を用いて競合反応を行うことにより、簡便に、高い感度でコルチゾールの濃度を分析することができることがわかった。また、たとえば、コルチゾールの各濃度に対応した検量線などを予め作成しておくことで、コルチゾールの濃度が未知の液体試料中のコルチゾール濃度を定量可能であることがわかった。なお、図9を参照すれば、基質溶液を滴下してから200秒程度で基質溶液が競合反応領域15に到達し、250秒程度で基質溶液中の基質とHRP34bとの酵素反応が安定したものと理解される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の分析チップ、分析方法及び分析システムは、競合法による測定対象物質の定量に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0077】
10 分析チップ、11 基体、12 展開層、13 電極部、14 吸収層、15 競合反応領域、16 蓋体、17 導入部、18 窓部、20 BSA、21 固定化コルチゾール、30 分析システム、31 測定装置、32 モニター、40 コルチゾール、41 HRP−CORT抗体結合体、41a コルチゾール抗体、41b HRP。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料中の測定対象物質を分析するための分析チップであって、
基体と、
前記基体上に配置され、前記液体試料を一端側から他端側に展開可能な展開層と、
前記展開層の前記他端側と接触するように配置される吸収層と、を備え、
前記展開層は、前記一端側と前記他端側との間に位置する領域の少なくとも一部であって、前記測定対象物質の競合物質が固定化された競合反応領域を有しており、
前記展開層のうち、前記競合反応領域上に、または、前記競合反応領域と前記他端側との間の表面上に、前記競合反応領域における電気化学変化を検出するための電極部をさらに備える、分析チップ。
【請求項2】
前記基体上に配置される蓋体をさらに備え、前記蓋体は、前記基体上に配置された前記展開層の前記一端側に対応する位置に、前記液体試料を前記一端側に導入するための導入部が設けられている、請求項1に記載の分析チップ。
【請求項3】
前記電極部の一部が前記基体と前記蓋体との間から露出している、請求項2に記載の分析チップ。
【請求項4】
前記測定対象物質はコルチゾールである、請求項1から3のいずれかに記載の分析チップ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の分析チップと、
前記分析チップの前記電極部に電気的に接続され、前記電極部が検出した電気化学変化を測定するための測定装置と、を備える、分析システム。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載の分析チップを用いて、液体試料中の測定対象物質を分析する分析方法であって、
前記展開層の前記一端側に、標識部を有する特異的結合物質と前記液体試料とを含有する反応液を導入する工程と、
前記反応液を前記展開層の前記競合反応領域まで展開させる工程と、
前記競合反応領域において、前記反応液と前記競合物質とを競合反応させる工程と、
前記競合反応させる工程の後、前記展開層の前記一端側に基質を含有する基質溶液を導入する工程と、
前記基質溶液を前記競合反応領域まで展開させる工程と、
前記競合反応領域において、前記基質溶液と前記標識部とを酵素反応させる工程と、
前記酵素反応に由来する電気化学変化を検出する工程と、を含む、分析方法。
【請求項7】
前記競合反応させる工程と前記基質溶液を導入する工程との間に、前記展開層の前記一端側から洗浄液を導入する工程と、前記洗浄液を前記競合反応領域まで展開させる工程と、をさらに含む、請求項6に記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−194037(P2012−194037A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57890(P2011−57890)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】