説明

分析法

【課題】ポリペプチドやタンパク質、糖などの高分子物質を、マトリックス物質と混合することなく質量分析により解析する手段を提供する。
【解決手段】 タンパク質やポリペプチドあるいはこれら含む細胞や生体組織などの被分析物を、例えば環状ポリオレフィンや芳香族ナイロン、ポリカーボネートなどからなる樹脂シートに載置し、前記樹脂シートに載置した被分析物へ赤外光レーザを照射し、被分析物をイオン化させて質量分析により検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分析法、より具体的にはレーザ脱離イオン化質量分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特定の遺伝子から発現されるタンパク質群(プロテオーム)の全体像を網羅的に解析するプロテオミクスや,生体中の有機酸やアミノ酸などの低分子化合物をはじめとする代謝物の解析を網羅的に解析するメタボロミクスが注目されている。
【0003】
こうしたプロテオミクスやメタボロミクス、さらには生体内のタンパク質を画像処理する生体イメージング、バイオマーカの発見などに質量分析法の応用が期待される。生体内のタンパク質やポリペプチドを質量分析法により解析する手段として、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(Matrix-assisted laser desorption/ionization:MALDI)が最も有力視されている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
このMALDI法は、(1)レーザ光を吸収する化合物(マトリックス溶液)と微量の試料溶液とを混合し、試料台に載せて乾燥させる工程と、(2)この乾燥させた試料に、パルスレーザを照射して試料をイオンさせて質量分析する工程とによって分析する方法である。パルスレーザには、窒素レーザやNd:YAGレーザなどの紫外領域のレーザ光を出射するレーザ光源よりも、赤外領域のレーザ光を出射するCOレーザやEr:YAGレーザが好適に用いられる。タンパク質を構成している分子は、赤外波長域に非常に振動吸収係数を有しており、これを利用することで選択的に生体組織の質量分析が実現できると考えられているからである(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】鈴木 幸子ら、O plus E Vol.30, No.4 p348〜353,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまで、上記マトリックス溶液に用いられる化合物(マトリックス物質)として、例えば、グリセリン、sinapinic acid(SA)、α-cyano-4-hydroxycinnamic acid(CHCA)、2,5-dihyroxybenzoic acid(DHB)などの低分子化合物が用いられてきた。
【0007】
しかしながら、上記方法では、マトリックス物質として用いた低分子化合物も同時にイオン化し、試料の分子イオンやそのフラグメントイオン以外に、こうした低分子化合物の分子イオンや低分子化合物のフラグメントイオンも検出される。このために、目的とする試料の分子イオンやフラグメントイオンの感度が低下したり、分解能が低下するという問題があった。
【0008】
また、細胞や生体組織などタンパク質を含んだ生体試料では、細胞や組織中のフラグメントイオンやアミノ酸のイオンが検出されるので解析が十分に行えないだけでなく、マイクロアレイと言った複数の試料を連続的に解析するには十分な方法であるとは言えない。
【0009】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、本発明の目的はポリペプチドやタンパク質、糖などの高分子物質を、マトリックス物質と混合することなく質量分析により解析する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の分析法は、レーザ脱離イオン化質量分析法により被分析物を分析する方法であって、(1)前記被分析物を樹脂シートに載置する工程と、(2)前記樹脂シートに載置した前記被分析物へ赤外光レーザを照射し、前記被分析物をイオン化させて質量分析により検出することによって、当該被分析物を分析する工程とを含む分析法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の分析法は、樹脂シートに被分析物を載置することだけで、被測定対象であるタンパク質やペプチドの分子イオンの検出ができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の分析法において使用される樹脂シートの一例を示す概略斜視図である。
【図2】(a)〜(h)はそれぞれ本発明の分析法において使用できる樹脂シートの吸収スペクトルを示す図である。
【図3】(a)〜(h)はそれぞれ図1の樹脂シートに用いられた樹脂の化学構造式である。
【図4】(a)〜(h)はそれぞれ図1に示す樹脂シートを用いて得られたアンジオテンシンIIの質量分析の結果を示すマススペクトルである。
【図5】ポリアクリル酸の樹脂シートを用いて得られたアンジオテンシンIIの質量分析の結果を示すマススペクトルである。
【図6】Tuftsinの質量分析の結果を示すマススペクトルであって、(a)は試料溶液の塗布直後に分析したマススペクトル、(b)は塗布24時間経過後に分析したマススペクトルである。
【図7】樹脂シートを用いた場合のTuftsinの質量分析の結果を示すマススペクトルである。
【図8】樹脂シートを用いなかった場合のTuftsinの質量分析の結果を示すマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の分析法は、レーザ脱離イオン化質量分析法により被分析物を分析する方法であって、(1)前記被分析物を樹脂シートに載置する工程と、(2)前記樹脂シートに載置した前記被分析物へ赤外光レーザを照射し、前記被分析物をイオン化させて質量分析により検出することによって、当該被分析物を分析する工程とを含む。
【0014】
本発明の分析法は、質量分析を行うにあたり(1)被分析物を樹脂シートに載置する工程を含む。
【0015】
本発明において分析の対象となる被分析物には、従来のMALDI法と同様に、予め精製されたタンパク質やポリペプチド、ペプチド、糖が該当するのはもちろんのこと、精製せずに、タンパク質やペプチド、糖など目的となる分析対象物以外のいわゆる夾雑物を含んだ状態の試料、例えば、細胞や生体組織からの粗抽出物、細胞や生体組織そのものも該当し、被分析物という用語は分析対象物である被分析物質(目的物質)よりも広義の意味で用いられる。
【0016】
本発明においては、タンパク質やポリペプチド、ペプチドそれぞれを厳密に区別する必要はなく、アミノ酸が2以上ペプチド結合により結合した化合物(ペプチド)はいずれも分析の対象となる。中でも、分子量(M.W.)が100以上のペプチド、さらに好ましくは500以上のペプチド(タンパク質)や糖などの高分子物質が良好に分析される。
【0017】
本発明の分析法は、従来のMADLI法におけるマトリックス物質の代替として樹脂シートを用いることに特徴がある。すなわち、本発明の分析法では、樹脂シートがマトリックス物質として被分析物の質量分析を支援する。従って、樹脂シートはこの支援ができるシートであれば特に限定されるものでない。MADLI法においては、照射されたレーザ光を吸収し、レーザ光の過剰なエネルギーを弱め、かつ試料分子間の凝集力を弱めるようなマトリックス物質が用いられる。本発明においては、樹脂シートがこのマトリックス剤と同様の機能を果たすと考えられる。そこで、本発明では、試料分子中に照射されたレーザ光の波長に対応する光子を吸収して振動運動が励起される原子又は分子団が存在する樹脂シートが好ましいと考えられる。タンパク質やペプチド、糖が分析の対象である場合には、波長3μm付近のO−H伸縮振動モードやC−H伸縮モード、波長6μm付近のO−H変角振動モードやC=O伸縮振動モードがターゲットとして考えられている(非特許文献1参照)。そうすると、このような波長近傍に吸収ピークを有する樹脂シートがマトリックス剤としての機能を果たすと考えられる。例えば、ポリアクリル酸の樹脂シートについて説明すると、側鎖のカルボキシル基(−CO(OH)基)をメチル基でエステル化して、側鎖を−CO(OCH)とした場合には試料分子がイオン化されず、親分子のピークが観察されないという試験結果が得られた(図示せず)。この結果から、ポリアクリル酸の樹脂シートでは、側鎖のカルボキシル基、特にOH基の存在がイオン化に関与し、OH基の存在が重要ではないかと考えられる。これらのことから、本発明の分析法に用いることができる樹脂シートとして、例えば透明ナイロン製シート、ポリエチレン系のアイオノマー製シート、環状ポリオレフィン製シート、アクリル製シート、芳香族ナイロン製シート、ポリカーボネート製シート、ポリスチレン共重合体製のシート、ポリ乳酸製シートなどが列挙される。また、これらの樹脂シートのなかでも、環状ポリオレフィン、芳香族ナイロン、ポリカーボネート製、ポリアクリル酸(ポリメタクリル酸を含む広義のポリアクリル酸)製の樹脂シートが好ましい。前記波長近傍に特異的な吸収域があり、かつ他の波長領域には吸収ピークが少なく、また、対照スペクトル(いわゆるブランクとして試料を載置しない状態で行ったスペクトル)として、ノイズの少ないマススペクトルが得られるからである。
【0018】
樹脂シートの厚みは、被分析物を物理的に支持し、試料の載置台として利用できれば特に制限されるものではなく、概ね1〜1000μmである。もっとも、樹脂シートの素材によっては、1μm未満の樹脂シートであっても使用できる場合もあり、1000μmを越える樹脂シートでも使用できる場合もある。また、可撓性を有しているものであっても差し支えないが、例えるならば、いわゆるスライドガラスとして利用できる程度の剛性を有するものがより好ましい。下記においても述べるように、被分析物を樹脂シートに載置さえすれば、それを顕微鏡観察と質量分析の双方に利用できるからである。
【0019】
また、樹脂シートは単一のシートを用いればよいが、さらに試料の支持を補強する観点などから支持基材となる他のシート部材を貼り合わせた積層シートを用いることもできる。この場合、試料を載置する面には上記列挙した樹脂シートを用いればよく、支持基材として用いられるシート部材は上記列挙した樹脂以外の材質から作製したものであっても差し支えない。
【0020】
分析には、通例、表面に凹凸を有しない平板状の樹脂シートが用いられるが、必ずしも凹凸のない平板状のものでなくても差し支えない。図1はその一例を示す概略斜視図である。図1に示すような試料載置部3がマトリックス状に配置された樹脂シート3を用いることもできる。この樹脂シート1は、シート基材2の片面に被分析物を載置しやすくした試料載置部(凸形状部)3を多数有し、試料載置部3が互いに平行に延びるように二次元的に配置されている。試料載置部3の形状も樹脂シート1の表面に隆起した形状であれば特に制限されず、図1に示すように自然物である山のように水平断面が略円形をした凸形状部や水平断面が略矩形状であり、かつ垂直断面が台形状をした凸形状部(図示せず)などが例示される。このような樹脂シート1では、多数の被分析物を予め樹脂シート1の試料載置部3に載置した上で、質量分析を連続的に行うことができる。この結果、細胞や生体組織中でタンパク質がどのように変化するのかを経時的に調べるマイクロアレイ分析を効率よく行える。また、試料載置部3が凸形状部となっているので、レーザを被分析物に照射しやすいという利点もある。なお、図示はしないが、平板状のシート基材に被分析物を載置する1若しくは複数の凹所を有する樹脂シートを用いることもできる。
【0021】
樹脂シートは好ましくは透明であるのがよい。細胞や生体組織の切片を被分析物とする場合、例えばHE染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)などの各種染色をした上で顕微鏡観察を行うことが多い。透明な樹脂シートを用いることにより、樹脂シート上に載置又は固定した細胞等を染色して顕微鏡観察することができる。また、顕微鏡観察後の被分析物をそのままの状態で、すぐに質量分析を行うこともでき、非常に好都合である。上記目的が達成できるものであれば、その透明度は限定されるものではない。例えば、上記で言う透明ナイロンの場合には、1mmの厚さにおいて可視領域である380nm〜780nmにおける透過率が80%以上の樹脂シートが好ましく用いられる。
【0022】
このような樹脂シート上に被分析物が支持される。この支持は被分析物を載置することだけでもよいが、樹脂シート上に被分析物を固定し、樹脂シートをマトリックス剤として機能させる観点から、被分析物を樹脂シート上に塗布し乾燥させることが望ましい。この結果、固定後には被分析物を樹脂シートに密着させることができるからである。
【0023】
塗布や乾燥の方法も特に制約を受けるものではない。例えば、被分析物をそのまま樹脂シートに押さえ付けそのまま室温で放置する、被分析物を水やエタノールなどの適当な溶媒と混和し、それを樹脂シートに塗布したのち、溶媒を蒸散させるなどの方法が例示される。このときに用いられる溶媒としては、蒸散した後にマトリックスとして被分析物中に残らない物質、或いは残ったとしても被分析物中に当初から存在していた物質、例えば水などが好ましい。また、樹脂シートに好ましからざる影響、例えば、樹脂シートの変形や樹脂組成物の溶融を生じさせない有機溶媒、例えば、メタノール、エタノール、アセトンなども例示される。
【0024】
被分析物を載置した後、直ちに次のステップである(2)の工程に移ることもできるが、樹脂シートに固定を十分に行い、用いた溶媒や試料中の揮散成分を少なくするとの観点から、十分な乾燥・固定時間、具体的には数時間乃至1日程度の乾燥・固定時間を設けるのが好ましい。
【0025】
被分析物の厚みは1〜100μm程度であればよい。100μmを越えた場合には樹脂シートがマトリックス物質としての機能を果たせない場合がある。厚みがそれ未満の場合には、十分に試料がイオン化されないことが考えられる。もちろん、この数値はあくまでも目安であり、被分析物の内容や樹脂シートの種類、厚さ等により好ましい結果が得られるように適宜決定される。
【0026】
次に、(2)被分析物を載置した樹脂シートの被分析物に赤外光レーザを照射して質量分析により分析する。質量分析を行う質量分析装置の構成は、公知のMADLI法分析に用いられる質量分析装置と同様な構成であればよく、種々の構成をした質量分析装置が用いられる。例えば、単収束磁場偏向型質量分析計、四重極型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、飛行時間型アナライザー、二重収束型質量分析計などが例示される。この中でも、原理的に検出時間を延長すれば、検出可能な質量に上限が無く、実際に分子量数百〜数十万の幅広い質量に対応した測定が可能である飛行時間型アナライザー(TOF)が好適に用いられる。
【0027】
照射するレーザ光は赤外領域に振動波長を有するレーザ光であればよく、概ね0.7μm〜1mm、より好ましくは1〜30μmの波長を有するレーザ光が用いられる。具体的には、MALDI法において用いられているCOレーザ(波長:9.2〜10.8μm)やEr:YAG(波長:約2.9μm)レーザ、5.6〜6.0μmの波長を有するレーザが例示される。レーザ光の出力やパルス時間などの条件は適宜設定されうる。もっとも、レーザ光源はこの範囲外の波長を出射するものであっても差し支えなく、例えば窒素レーザ光源から任意の波長のレーザ光に可変可能な装置を用いることもできる。
【0028】
本発明においては、上記のように樹脂シートがマトリックス物質として機能し、被分析物、特にその中に含まれているタンパク質やペプチドの分子イオン(M)を生じさせやすくする。その結果、生じた分子イオンが質量分析により検出される。なお、樹脂シートはこの分子イオン(M)の検出を主たる目的として利用されるが、本発明においては、この分子イオン(M)だけに限られず、分子イオン(M)を含め(M+H)や(M−H)その他各種のフラグメントイオンを検出して、被分析物の分子構造に関する情報を広く収集する目的での使用を意図するものである。
【0029】
なお、上記に示された実施形態や下記の実施例は例示であって、本発明は上記の実施形態や下記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲の範囲及びこれと均等に含まれるすべての変更が本発明に含まれることが意図される。
【実施例1】
【0030】
以下、本発明について次の実施例に基づきさらに詳細に説明する。
まず、最初に使用可能と考えられる数種類の樹脂シートを選択し、吸収スペクトルの測定を行った。その結果を図2に示す。吸収スペクトルは、厚み150μmの樹脂シートを、紫外可視近赤外分光光度計(紫外・近赤外領域:V-670,日本分光株式会社製)及びフーリエ変換赤外分光光度計(赤外:FT/IR,同社製)により測定した結果である。図2の(a)は透明なナイロン製シート、(b)はポリエチレン系のアイオノマー製シート(ハイラミン1706:三井デュポンポリケミカル社製)、(c)は環状ポリオレフィン製シート(アペル6013T:三井化学社製)、(d)はアクリル製シート(デルベッド560F:旭化成ケミカルズ社製)、(e)は芳香族ナイロン製シート(グリボリーGTR45:エムスケミー社製)、(f)はポリカーボネート製シート(マクロロン205:バイエル社製)、(g)はポリスチレン共重合体製シート(クリアパクトTI−300:DIC社製)、(g)はポリ乳酸製シートである。
【0031】
図3に、図1に示す樹脂シートに用いられた各樹脂の化学構造式(式中のm、nはそれぞれ正の整数を示す)を、表1にこれらの樹脂シートの特性を示す。表1には吸収ピークの波長やTg(又はMP)の他、溶媒が樹脂シートに与える影響(樹脂シートの変性の有無)、各樹脂シートの吸収波長のレーザを照射した際に生じる溶解の有無(吸収波長の溶解)、目的の分子イオンスペクトル以外に生じる付加スペクトルの多少(下記実施例2参照)も示された。
【0032】
【表1】

【実施例2】
【0033】
次に、血管収縮に関与するペプチドであるアンジオテンシンII(分子量:1046)を用いて質量分析を行った。アンジオテンシンIIを0.1%TFA(トリフルオロ酢酸)水溶液に100pmol/μlの濃度となるように溶解した液の1μlを、各樹脂シート(厚み150μm)に滴下し、減圧下で溶媒を蒸散させた。その後、下記測定条件にて質量分析を行った。その結果が図4に示された。図4に示されたように、いずれの樹脂シートを用いた場合にも、m/z=1046にアンジオテンシンIIの分子イオンによるピークが明瞭に観察された。
【0034】
測定条件
レーザ波長:5.6〜6.0μm
レーザエネルギー:600μJ
装置:Applied BioSystems 社製、Voyager DE Pro
【実施例3】
【0035】
ポリアクリル酸の樹脂シート上で、上記条件にてアンジオテンシンIIを分析対象物として質量分析を行った。樹脂シートは、テフロン(登録商標名)加工された容器の平面部分に濃度25%に調製したポリアクリル酸溶液を滴下した後、UV光を照射することにより作製された。得られたマススペクトルが図5に示された。
【実施例4】
【0036】
環状ポリオレフィン製のシート(厚み150μm)上で、上記条件にて質量分析を行った。Lys-Thr-Lys-Pro-Argで示されるペプチドであるTuftsin(分子量:500.6)を超純水に溶解した試料溶液(濃度:100pmol/μl:この他にキャリブレーション用としてCsIの飽和水溶液を含む)の1μlを樹脂シート上に滴下した。試料溶液の滴下直後に真空引きをして溶媒を蒸散させたサンプルと、滴下後24時間経過したサンプルについて質量分析を行った。その結果が図6(a)(b)に示された。
【0037】
いずれの場合にも、Tuftsinの分子イオンによると見られるピークが明確に観察され、その他フラグメントイオンはほとんど観察されなかった。また、24時間後に測定した場合には、分子イオンのピーク高さが、直後のものよりも高くなり、キャリブレーション用のCsIのピークが明確に観察され、ノイズも少なくなった。
【実施例5】
【0038】
さらに、上記環状ポリオレフィン製のシート(厚さ150μm)上で、上記測定条件にて質量分析を行った。質量分析は、Tuftsin及びコハク酸(分子量:500.6)を超純水に溶解した試料溶液(濃度:各100pmol/μl:この他にキャリブレーション用としてCsIの飽和水溶液を含む)の1μlを滴下し、滴下直後に真空引きをして溶媒を蒸散させた。その結果が図7に示された。また、参考として、樹脂シートを用いることなく、質量分析装置の試料台に試料溶液を直接滴下した場合の測定結果が図8に示された。
【0039】
これによると樹脂シートを用いた場合には、Tuftsinの親イオンを示すm/z=501の明確なピークが観察され、コハク酸による妨害は観察されなかった。一方、樹脂シートを用いない場合には、図8に示されたとおり、Tuftsinの親イオンを示すm/z=501のピークは観察されなかった。
【0040】
このように本発明によれば、樹脂シートに被分析物を載置或いは塗布することによって、マトリクッス物質と混合することなく、タンパク質やペプチドなどの高分子物質を質量分析で分析することができる。これにより、プロテオミクスやメタボロミクス、生体イメージングなどの分野において質量分析が効率的に行え、新たな生体機能の解明や臨床検査の効率化に大きく貢献するものと考えられる。
【符号の説明】
【0041】
1 樹脂シート
2 シート基材
3 試料載置部(凸形状部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ脱離イオン化質量分析法により被分析物を分析する方法であって、
(1)前記被分析物を樹脂シートに載置する工程と、
(2)前記樹脂シートに載置した前記被分析物へ赤外光レーザを照射し、前記被分析物をイオン化させて質量分析により検出することによって、当該被分析物を分析する工程と、
を含む分析法。
【請求項2】
前記樹脂シートが、環状ポリオレフィン、芳香族ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリル酸から選ばれる樹脂シートである請求項1記載の分析法。
【請求項3】
前記樹脂シートの厚さが、1μm以上1000μm以下である請求項1又は2に記載の分析法。
【請求項4】
前記樹脂シートは、少なくとも片面に形成された凸形状部を複数有し、
前記凸形状部は、互いに平行に延びるように配置された請求項1〜3の何れか1項に記載の分析法。
【請求項5】
前記樹脂シートが、マトリクス物質として被分析物の分子イオンの生成に関与して、当該分子イオンの検出を可能にすることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の分析法。
【請求項6】
前記被分析物が、タンパク質、ポリペプチド、ペプチド、前記成分を含む生体組織の切片又は細胞のうち1つ以上を含む請求項1〜5の何れか1項に記載の分析法。
【請求項7】
ペプチドを載置した樹脂シートに、波長5.6〜6.0μmのレーザ光を照射することを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の分析法。
【請求項8】
レーザ脱離イオン化質量分析法により被分析物を分析する方法における樹脂シートの使用法であって、
被分析物を樹脂シートに載置し、前記樹脂シートに載置した前記被分析物へ赤外光レーザを照射して生成させた親イオンを検出する樹脂シートの使用法。
【請求項9】
前記樹脂シートが、環状ポリオレフィン、芳香族ナイロン、ポリカーボネート、ポリアクリル酸から選ばれる樹脂シートである請求項7記載の樹脂シートの使用法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−216945(P2010−216945A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−63063(P2009−63063)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】