説明

分析用試料板及び該試料板を使う特性X線利用のX線分光分析法

【課題】シリコンウェーハ上に非検知元素よりなる疎水性膜2を設けた、液滴状分析試料の乾固を行う全反射蛍光X線分析用試料板の改良により、空実験でSiピークを確実に消滅させ、気相分解法と全反射蛍光X線分析を組み合わせる高感度化手法において、Siとエレルギー値の近いP,Al,Mg等も高感度化させる。
【解決手段】Siの特性X線が発生するのは、膜2の表面4で全反射するX線5が表面下8まで侵入し、この領域には微小欠陥群が存在してX線の散乱9が起こり膜界面のシリコンが励起する為と考え、試料板の試料乾固域の下方に十分の広さのシリコン欠如部分(凹部)を設けて、散乱X線9がシリコンと遭遇しないようにした。凹部の天井の乾固用膜は十分に薄く出来て不純物の絶対量が減るので、Siピークの消滅と同時に分析対象元素全般の空試験値も低減させ得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は小容積の気化が可能な液体試料中の微量不純物の分析に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスの高度化に伴い、材料であるシリコンウェーハの表面は絶え間なく清浄度向上が要求され、80年代の後半には表面を汚染する不純物元素を1010原子/cm以下に抑えねばならなくなった。その分析評価は、例えば工場における洗浄の後、その現場で迅速に実施できることが望ましく、当時全反射蛍光X線分析装置が登場して原子番号が16以上の元素については満足な結果が得られるようになっていた。
【0003】
しかし、50nm以下のノードの時代では、シリコンウェーハ表面の金属不純物濃度は2桁以上の低減即ち10原子/cm以下が必要となる。他の超高感度分析法に比し、全反射蛍光X線分析装置は操作に比較的熟練を要しないので、まず既に技術が略確立していた気相分解法と組み合わせたVHF−TXRF法でこの目的の高感度化が行われている。即ちシリコンウェーハ表面に付着した金属不純物を気相のフッ酸で分解後、表面上を希フッ酸或いは塩酸−過酸化水素水溶液等の液滴で走査して液滴中に金属不純物を回収し、その金属不純物を含む液滴をシリコンウェーハ表面で蒸発乾固させ、この乾固部を全反射蛍光X線分析装置により分析するのである。さすれば(ウェーハ面積)/(乾固部面積)の比即ち2桁以上の高感度化が出来ることになる。
【0004】
この場合は通常のシリコンウェーハの全反射蛍光X線分析と同様にシリコンの蛍光X線が大きなメインピークとしてスペクトルに現れるので、Siと原子番号が隣接するAlとPが不純物として存在した場合、それらのエネルギー位置はSiにごく近いのでいずれのピークもシリコンピークに隠れて検出は不可能である。この問題を解決する為に前記回収液滴を乾固するシリコンウェーハ基板に替えて、別に準備される原子番号10以下の軽元素またはこれらの元素の化合物からなる耐熱性の薄膜層を表面に有する或いは薄板そのものの全反射蛍光X線分析用分析試料板が本発明者らによって提供されている(特許文献1)。これらの試料板の表面は疎水性及び耐酸性の全反射鏡面であることが必要とされている。
【0005】
この発明の実施例では鏡面シリコンウェーハ上に無定形炭素膜が形成されたものが提示されているが、この構造は既存の成膜装置により好ましい表面平坦性と精密な厚さとが比較的容易に得られる。具体的には該膜はスパッタ法で作成された厚さ約100nmのものである。分析対象のウェーハ表面の不純物を気相分解法で希フッ酸液滴に回収してこの表面に滴下すると、疎水性面であるから接触角の大きな付着滴となる。この滴を蒸発乾固すると不純物は乾固域に濃縮されて固着し、また炭素は耐酸性が強いので乾固域の鏡面は損なわれない。また液滴にシリコンが入ったとしても蒸発条件を制御してフッ化物として気化除去できる。そこで乾固域に全反射臨界角以下の極低入射角でX線を照射すると、入射X線は照射面で全反射し、また膜材料の炭素はこの分析装置では検出されない軽元素なので、乾固域にある検出可能な不純物元素から発生した蛍光X線だけのピークが得られて、Siのピークは現れない筈である。しかし実際には殆ど常に小さなシリコンピークが現れ、膜の成長条件を工夫しても、空試験でシリコンピークを完全に消滅させることは難しい。従ってAlは汚染量が多いときは検出できるが、例えば1012原子/cm以下の場合十分な分析精度は得難い。
【0006】
半導体プロセス装置用材料として市販されているガラス状(あるいはアモルファス)カーボンウェーハは、表面を全反射鏡面に研磨仕上げすれば前記発明に該当する分析用試料板になり得る。当然分析対象物に関して材料が精製されていなければならないが、その濃度を炭素膜と同程度にしても空実験値はやや高い傾向がある。さらに精製し得たはずのSi.Alについて、空実験でしばしば1012原子/cm以上のピークが現れ、これらの元素は面仕上げの為の研磨剤の主成分でもあり、満足な除去は難しい。
【0007】
同様の効果が期待される全反射蛍光X線分析用試料板として、アモルファスフッ素樹脂膜を500nm〜2μmの厚さでコートしたシリコンウェーハも本発明者から提案されている(特許資料2)。該膜は炭素膜より疎水性の点では優れるが、耐薬品性が劣り、平坦性の点では好ましいとされるスピンコート法のものでも十分とはいえない。しかも通常、空試験では、Siピークが1012原子/cm相当以上の高さで観察される。
【0008】
【特許文献1】特許第3457378号公報
【特許文献2】特開平6−174615号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、シリコンウェーハ上に膜を設けた液滴状分析試料対象の前記全反射蛍光X線分析用試料板の構造を改良して、空実験でSiピークを確実に消滅させ、VHF−TXRF法によりAl、Mg、P等の軽元素も含めた高感度分析を可能にすることを目的としている。さらにこの構造を他のX線分光分析法の高感度化に利用して、全反射蛍光X線分析に適しない分析対象への道を拓くことも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による分析試料板は、原子番号11〜15の元素も分析対象とする1個もしくは複数個の液滴状分析試料をその表面で乾固させ、各乾固域に全反射臨界角より低い入射角のX線を照射して発生特性X線を分光する全反射蛍光X線分析が可能な試料板であって、その乾固部がシリコンウェーハの鏡面上に薄く成膜された疎水性炭素膜または原子番号9以下の元素によりなる疎水性耐酸性の有機化合物膜の表面であり、前記試料乾固域より十分に広い区域において該膜下方の下地シリコンの材質が欠如していることを特徴とするものである。この有機膜は炭素膜上あるいはフッ素樹脂膜上に重ねたものでもよい。
【0011】
ここで、上記試料板により本発明における課題がどのような理由で解決されたかについて記載する。公知の薄膜層を利用する分析試料板の代表的構造は、図1のようにシリコンウェーハ1に無定形炭素膜かアモルファスフッ素樹脂膜を液滴試料の乾固膜2として形成したものである。全反射臨界角以下で乾固域不純物3のある全反射鏡面4に入射したX線5は全反射し、このとき該不純物から蛍光X線6が放出され、半導体検出器(SSD)7で検出される。この際の入射X線の侵入深さは後述するように数十nmである。しかし、膜の厚さが100nmでは、乾固前の空試験で既述のようにSiピークを生じる。膜厚を2μmに増してもこのピークの高さは殆ど変わらない。この場合の下地シリコン界面では、上記侵入深さの値から直接に到達する入射X線量は無視出来る程度であり、その為の蛍光は発生しない筈である。
【0012】
そこで下地基板をゲルマニウムウェーハに換え、厚さ100nmの無定形炭素膜、及び厚さ500nmのアモルファスフッ素樹脂膜を形成した分析用試料板で夫々空実験を行ったところ、どちらの試料板でもGeLα(1.19KeV)のピークが現れ、Siのピークは全く生じなかった。また、両者で膜厚を2μmに増してもそれぞれこのピークの高さは殆ど変わらなかった。シリコン基板の場合と考え合わせて、どちらの膜もピークが検知されるほどの不純物シリコンを含まず、どちらの膜も完全な無定形状態ではなくて,乱雑な配列の微小結晶群が含まれるとして説明できる。即ち、X線侵入領域8に存在する微小結晶群において入射X線がブラッグ反射して散乱X線9を生じ、下地界面10で蛍光X線11が発生してSiピークとなる、と本発明者が解明した。
【0013】
従って、図2の本発明の基本構造のように、不純物3を含む乾固域の下方のシリコンウェーハ部を12のように十分広く欠如させれば、微小結晶群による散乱X線9は空間に出、Siによる蛍光を全く消滅させることができるのである。凹状欠如部の形状は四角でも円でもよい。円の場合、標準的な全反射蛍光X線分析装置においては直径が30mm前後であれば一応十分である。本明細書では便宜上全て30mmとしてある。この図2のように凹状欠如部12がウェーハ中央に1箇所設けられた試料板の場合、この構造は、図3のように耐酸性材料例えばフッ素樹脂製の穴あきマスク板13を下地裏面に耐酸性ワックスで貼り付けて、フッ酸と硝酸を含む混合処理液により裏面側からマスクの穴部のシリコンを選択的にエッチオフして形成し得る。加温するとワックスが軟化するのでマスクを外して洗浄により残存ワックスを剥離し続いて清浄化して試料板が完成する。シリコン面に対して無定形炭素膜もフッ素樹脂膜もかなりの接着性があり、線膨張係数がいずれも10−6台の低いところでそれほど離れてはいないので、該エッチングにおける反応熱が大きくない限り、またこの接着面積が狭すぎない限り、膜の下地からの離脱による脆弱化や膜表面平坦性悪化のような有害現象は起こらない。
【0014】
従って、この構造で凹状欠如部12を直径3〜5mm程度に狭めれば無定形炭素膜厚を30nm以下の極薄にも出来る。試料液滴を試料板面で一旦乾固した後、約1mm径の再溶解用微小滴で乾固面全体を走査し(尖頭の疎水性炭素棒の先端で運ぶ)、この滴を極薄膜域の略中央に移動させて乾固すれば、分析対象不純物をこの乾固点に濃縮し得る。この試料板をX線マイクロアナライザーにセットして、電子ビームを電子レンズでこの濃縮点に収束し、発生した特性X線を適当な波長分散型分光系で分析すれば原子番号9のフッ素も測定可能となる。極薄膜であるからビームのエネルギーを上げてもその割にS/N比が悪くならず高感度化をたすける。またの試料板を粒子線励起X線分析装置にセットして、プロトンビームを電子レンズでこの濃縮点に収束すれば、特に大きい原子番号の元素に関しL−X線での高感度多元素同時分析が可能になる。
【発明の効果】
【0015】
全反射蛍光X線分析では原子番号15(P)以下軽元素になるほど感度が急速に低下する。VHF−TXRF法でもこの問題は同様であるが、本発明の分析用試料板を使えば、膜の材質が炭素であってもフッ素樹脂膜であっても空実験でSiのピークがなくなるので、200mmφ以上のウェーハでPもAlも10原子/cmの検出は可能となる。Na(原子番号11)では急激に感度が落ちるが、試料板上の試料滴乾固域に上記の微小滴走査・再乾固を施した後、該濃縮点に対し半導体検出器の開口部を絞って合わせれば、NaでのS/N比はかなり改善される。
【0016】
VHF−TXRF法で検出限界10原子/cm2のオーダーを得るには、空試験で不純物ピークは1010原子/cm以下でなければならない。この為の膜の純度に対する要求は、後述するように膜が薄いほど軽くなる。本発明が例示する膜厚の100nmの場合、測定領域において膜中の全不純物が励起したとしても、各元素の濃度は0.1〜0.05ppmでよく、実際に励起する原子はずっと少ない筈である。通常の半導体材料並みの純度が要求される公知の無定形炭素ウェーハ試料板等に較べて、本発明に必要な膜の純度は0.1ppmレベルで済み、製造を容易化した点で本発明の効果は大きい。
【0017】
一度使用した試料板の乾固域の薬液による洗浄はそのまま再使用出来るほどの清浄度完全性は期待し難い。しかし炭素膜の洗浄面に対しては新たに数十nm以上炭素を成膜すれば再び分析に使用でき、表面平坦性が損なわれない限り繰り返し同一試料板が使える。薬液で溶解可能な有機膜は2層膜の表面層とすると、分析終了後薬液で溶解除去できる。次いで洗浄・乾燥の後、新たに成膜してこの場合も繰り返し同一試料板が使える。即ち本発明は分析の高感度化に有用であるとともに、経済性の点でも好ましい効果がえられる。
【0018】
半導体プロセス環境雰囲気中の極微量のフッ酸や塩酸は有害な金属汚染を誘発させることがしられており、これらの酸の日常管理は、従来はインピンジャーでサンプリングした液の分析室におけるイオンクロマトグラフィでなされていたが、本発明で提起された手法によれば、通常作業場に設置されているX線マイクロアナライザーを使って現場での即応的管理が可能になる。また高度化した半導体プロセスでは、バイアコンタクト材料や高誘電率ゲート絶縁膜材料として各種の大きい原子番号の元素が使われており、これらの汚染管理に関し、本発明提起の手法でVHD−粒子線励起X線分析を行うことにより、高感度多元素同時分析が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(炭素膜に必要な厚さ、物性及び純度)
シリコンウェーハの表面汚染に関してまず問題とされるのは遷移金属不純物であるが、それらの全反射蛍光X線分析では、通常入射X線はWLβ(λ=0.128nm)が使われている。この波長でのシリコン面に対する全反射臨界角は0.184度であり、この入射角での該X線の侵入の深さ(強度が1/eに減衰する深さ)は約3nmである。全反射臨界角は、同一波長に対しては原子番号と密度に比例し質量数に反比例するので、無定形炭素(比重1.5)試料板では0.12度となる。臨界角入射での侵入深さは質量吸収係数と密度に反比例するのでシリコンの約20倍すなわち60nmとなる。通常使われるX線入射角は0.05度、角度分散は0,02度程度なので、公知構造の無定形炭素膜試料板で該膜が完全に非晶質であれば、この全反射に際し、膜厚100nmの下のシリコン界面に達するX線の量は無視し得る程度の筈である。ところが上述したように、空試験でシリコンピークが消滅しない。さらにスパッタ法やプラズマCVD法による無定形炭素膜の成長を低温化低速化して、無定形状態を高める努力をしたが、Siピークを完全に消滅させることは出来なかった。
【0020】
従って上記したように、無定形膜中の微小結晶群の存在即ち無定形状態の不完全性を確信して本発明の構造に達したのである。本発明においては、侵入領域中の微小結晶群から散乱するX線による励起に注目しているので、膜下方のシリコンが欠如している限り、発生するSiピークは膜中に不純物として存在するシリコンによるものである。この問題は膜中のすべての分析対象不純物元素に共通である。ここで極端な場合としてこれら不純物がすべて励起したとする。直径200mm以上のウェーハでVHF−TXRF法による検出限界10原子/cm2のオーダーを得るには、空試験で不純物ピークは1010原子/cm以下でなければならない。従って、膜中の不純物量も1010原子/cm以下を要する。膜中の不純物分布が均一と仮定すれば、膜の不純物濃度に対する要求は膜が薄いほど軽くなる。膜厚が100nmであれば不純物濃度は0.1〜0.05ppm以下でよいことになる。1μmになれば要求は1/10と厳しくなるがこの程度であれば通常の半導体プロセスレベルで十分に達成できる。従って膜の厚さは脆性や加工時の変形等に耐える限り薄いほうが望ましいが、実用性のあるのは炭素膜で50nm〜2μmである。また本発明の構造では、十分な純度があれば、該薄膜は多結晶質であっても支障は無く、まして無定形炭素膜の不完全性は無視しうる。膜成長表面が全反射鏡面である限り、成膜の方法はスパッタ法であても熱化学気相成長(CVD)法でもプラズマCVD法でも或いは他の方法であっても問題はない。膜面は通常疎水性面に仕上がるが、方法によっては、また酸化性の洗浄液で処理したりすると親水性になることがある。この場合は700℃で短時間熱処理すると疎水性に変わる。炭素面は耐酸性があるが、硝フッ酸では高温であったり二酸化窒素ガスの発生を伴ったりすると侵される。
【0021】
(有機膜に必要な厚さ、物性及び純度)
本発明において原子番号9以下の元素よりなる有機化合物の薄膜を使う場合、SSDの特性から問題はないが、耐酸性や疎水性の要求からフッ素樹脂膜が望ましくノボラックのようなレジスト用の樹脂膜でも使える場合がある。上記と同様の理由で膜純度が上記限界を満たす限り、0.1〜2μmの厚さの膜が使えるし、必ずしも材質がアモルファスである必要はなく、四フッ化エチレンーペルフッ化アルキルビニルエーテル共重合(PFA)樹脂膜も使える。問題は十分な平坦性と表面に微細な凹凸欠陥がないことである。平坦性の点ではスピンコート法で成膜したものがよく、通常厚い膜のほうが大まかな平坦性はよいが表面に細かな凹凸欠陥が出来やすい。凹凸の影響は大きくて、厚くなった場合の空試験値の高まり方は平坦性のよい炭素膜よりも遥かに大きく、膜自体の不純物管理は炭素膜より厳しくすべきである。一方膜が薄くなるとピンホールのような欠陥が出やすいので極端に薄い膜は作りづらい。薄い膜ではアモルファスフッ素樹脂(商品名サイトップあるいは商品名テフロンAT)の方がPFA膜よりもこの傾向は少ない。薬液で溶解可能な有機膜は2層膜の表面層とすると、分析終了後この薬液で溶解除去し、新たに成膜して次の分析に用いることが出来る。即ち試料板の繰返し使用が可能となる。該2層膜としては(アモルファス樹脂膜)/(炭素膜面)、(ノボラック樹脂膜)/(PFA膜)等が適用可能で、表面膜は可能な限り薄くした方が両方の膜の不純物の影響が出にくくなる。
(乾固用膜面下の凹部形成法)
【0022】
裏面凹部が中央に1個の試料板は図3のような手順で作成できるが、複数の試料液滴の乾固域に対応出来るよう1枚の試料板裏面に複数個の凹部を作成する場合、凹部の数が少なくて、隣接凹部間の最短距離を10mm以上に配置できるときは、それに対応した選択エッチング用穴あきマスクを準備し、[0013]と同様の手順で試料板を作成できる。本発明で使われるシリコンウェーハの仕様は市販の標準品のもので十分であり、従ってウェーハの厚みも1mmよりも薄く、所要時間の多少はあってもエッチング実施には本質的な問題はない。
【0023】
試料液滴が多数ある場合は、基板のウェーハの径を大きくして、裏面に多数個の孤立した凹部のある試料板を使うほうが分析での効率がよい。この試料板は隣接凹部の間のシリコン体が架台となって乾固用(全反射用)薄膜を接着力により支える構造となる。この構造を上記同様の[0013]の手順、即ち硝フッ酸による選択エッチングで形成すると、通常のシリコン用エッチング液の組成では、エッチングの際反応温度が急速に高まり、反応性の大きい赤褐色の二酸化窒素ガスも生じるので、凹部の個数が多い場合個々の反応を制御しきれない。従ってシリコン板内で反応の激しい場所が部分的に生じ、全体としての制御が難しいので、隣接凹部間の架台の幅が狭過ぎるとその箇所で架台上のシリコン・薄膜界面の接着性を損なう恐れがある。さらに凹部の上の膜がたるむような決定的不良化の危険がある。そこで、膜や架台上の界面にダメージを与えにくい試料板作成法を以下に示す。いずれにせよ、シリコン架台の最小幅を4〜5mm以下にしてはならない。
【0024】
高抵抗率の成長層と特に抵抗率の低い下地結晶よりなるシリコンエピタキシャルウェーを用いて作成した直径30mmの凹部7個のある分析試料板を一例として説明する。図4は該試料板の上面図で、液滴試料乾固膜2の下に位置する夫々孤立した7個の凹部が点線の円15で示されている。各試料滴の乾固は夫々各凹部略中央の上方の膜面で行われるのである。図5はA−Aの位置の断面図である。下地結晶16に被さったエピタキシャル層17よりなる穴明き架台ウェーハで液滴試料乾固膜2が支えられ、この穴部が本発明の特徴の凹状欠如部12となっている。該試料板の作成手順を図6に示す。(1)の裏返ししたエピタキシャルウェーハに対し、(2)耐酸性穴明きマスク板13を下地裏面に耐酸性ワックスで貼り付けて、該高抵抗率層よりも低抵抗率シリコン結晶が明らかに大きなエッチング速度となるフッ酸を含む混酸エッチング液によりマスクの穴部の下地結晶を選択的にエッチオフする。その後使用したマスクとワックスを外すし洗浄すると、(3)のように該下地結晶の所望位置の欠如部が略成長層界面まで形成される。(4)ここで、該エピタキシャル成長層表面に液滴試料乾固膜2を形成する。(5)最後に凹状欠如部の底のエピタキシャル成長層に対し、高抵抗率シリコンを容易に溶解し得る組成の含フッ酸硝酸エッチング液の処理を施して該成長層を除去すれば所望の分析試料板が得られる。
【0025】
本発明者は、フッ酸硝酸混液を有機酸で十分に希釈したエッチング液が上記のようにシリコン抵抗率の高低で著しく異なったエッチング速度を示すことを見出しており、後述の実施例に記載する適当な組成と二酸化窒素ガスを発生させない処置によれば、凹状欠如部の形成にあたって膜や界面に害を与えるほどの温度上昇は阻止することが出来る。従ってエピタキシャル成長を出発材料とし、エッチング時の液組成と関連する処置により、膜の下地からの離脱による脆弱化や膜表面平坦性悪化等は避けることが出来る。
【実施例1】
【0026】
図2のような30nmφの円形凹状欠如部が125mmφのシリコンウェーハの中央部にあり、乾固用膜が無定形炭素である本発明試料板を[0013]の手順で作成した。まず鏡面シリコンウェーハ上にスパッタ法で2μmの厚さの無定形炭素膜を形成した。スパッタリンクは高純度グラファイトをターゲットとしてアルゴンイオンで行った。耐酸性の穴明きマスクは四フッ化エチレン(PTFE)製の桶の底になるように作り、耐酸性ワックス(商品名:アピエゾンワックス)でウェーハ裏面を該マスクの底に貼り付け、典型的なシリコンエッチング液である硝酸5容:フッ酸1容の混酸を適宜水で薄めてエッチングを試みたが、反応の制御が難しく液温が急変するので、膜界面の接着性を考えて膜は厚くせざるを得なかった。エッチングは膜界面で停止した。ワックス除去後RCA洗浄して空試験を行った。
【0027】
試料板の耐薬品性・疎水性は期待通りであって、全反射蛍光X線分析装置の測定条件を3×10原子/cmのFeが十分検出できる程度に設定した場合、本実施例試料の空試験結果はSiは期待通り検出限界以下であったが、Alは2×1011、はFe4×1010、Cu6×1010夫々原子/cmの他、洗浄に基づく強いClと明瞭なSピークが見られた。
【比較例1】
【0028】
実施例1と同様にシリコンウェーハにスパッタ法無定形炭素膜2μmを形成した公知構造の試料板で同様の空試験を行った。その結果、積分強度3.5cpmのSi−Kaが検出され、Alは確認できなかった。FeとCuは若干少なく、洗浄はしていないがClもSもほぼ1011原子/cm程度見られた。
【実施例2】
【0029】
図4と同じ30mmφの凹状欠如部が7箇所ある125mmφエピタキシャルシリコンウェーハに無定形炭素膜200nmが支えられた分析試料板(図5)による実施例を示す。試料板は図6の手順で作成法された。ウェーハの下地結晶はP型0.002Ωcm(ホウ素ドープ)、厚さは600μmで、エピタキシャル層はP型1Ωcm厚み5μmとした(1)。
【0030】
前実施例と同様にPTFE製の底の指定位置に穴を明けた桶構造のマスクを作って、同質のワックスで裏面に貼り付ける(2)。この桶に入れて使用するエッチング液はフッ酸1容:硝酸3容:酢酸8容の混酸で、図7に示すようにシリコンの抵抗率が0.01Ωcm以下ではエッチング速度が0.7〜3μm/分、抵抗率が0.07Ωcm以上のものはまったくエッチングされなくなる。ここで本発明の場合、該液を前述の桶に入れると下地結晶は0.002Ωcmであるから3μm/分でエッチングが始まる。この際二酸化窒素ガスが発生して液が着色すると、抵抗率が0.07Ωcm以上の結晶でもエッチングが始まる。従って該エッチング液が着色したら自動的に還元剤が滴下され発生ガスを分解する機構を作っておくと、エッチングが進んで2Ωcmのエピタキシャル層に達するとこの界面で正確に反応が停止する。このエッチングには200分を要するがまったく無人で終点に到達できる。この間、液温はほとんど上昇しない(3)。
【0031】
ここでマスクを外して洗浄・乾燥後エピタキシャル層面に無定形炭素膜を形成する。前実施例のスパッタカーボン膜には幾分汚染が見られたので、薄い緻密な清浄な膜を目的として、この成膜ではヘリコン波プラズマCVD法を用いた。
原料は高純度のメタンである。本発明の構造では膜が30mmφのシリコン欠如空間上に張られているので、薄すぎないようこの実施例では膜厚を200nmとした(4)。続いてーボン膜面を下にして各シリコン結晶の穴毎にフッ酸4容:水1容に適宜硝酸を加えたエッチング液を満たしておけば、殆ど発熱せずにエピタキシャル層のみ溶解してカーボン膜が残り、所望の構造が得られる。
【0032】
かくして膜界面や膜自体を損なうことなく本発明の試料板が作成できる。ここで前実施例と同様の空試験を7箇所の凹部上で行ったところ、いずれにおいてもSiはまったく検出されず、ClとSは検出されたがAlが2×1011原子以下、他の分析対象のすべての元素について1010原子/cm以下であった。面の疎水性はスパッタ膜のほうがよかったが、試料液滴の乾固域が明確に拡がるほどではない。
【実施例3】
【0033】
実施例1の無定形炭素膜形成に代えて、アモルファスフッ素樹脂(商品名テフロンTF)をスピンコートして厚さ500nmの膜を形成した。このコートに先立ってシリコン面にシランカップリング剤処理を施した。シリコンウェーハのエッチングは同様に行った。前実施例と同様の空試験でSiは積分強度で0.8cpm現れ、恐らくシランカップリングに問題があると思われる。分析結果はAlが8×1011原子/cm見られたが、分析対象金属元素ではFe、Cu、Znが1×1010原子/cm前後、他の元素は1×1010原子/cm以下であった。膜中の金属不純物はAlを除いて問題ないといえる。膜表面の疎水性はきわめて良好である。このことは本発明の無定形炭素膜型分析試料板の上に本コートを行って所望の分析が行えることを意味し、さらに分析終了後専用のフッ素系溶剤でコート膜を剥離し、改めてコートを行う分析板の繰り返し使用を可能とする。
【比較例3】
【0034】
実施例3における膜コート後のエッチングを施さない公知構造のものの空試験を行った。金属不純物についてはまったく同様の傾向であるが、Si積分強度が50cps程度見られた。アモルファスフッ素樹脂膜自体に表面を含めて強くX線散乱を起こす不完全性が内在し、この散乱線でシリコン界面が励起するのであろう。
【実施例4】
【0035】
半導体工場のクリーンルーム雰囲気におけるフッ素や塩酸ガスの汚染は起きる機会が多くプロセス上有害なことが多いので、通常これらの汚染物をインピンジャー中の超純水に吸収させ、分析室に運んでイオンクロマトグラフィにより管理分析が行われている。しかしこのような汚染は早い対策が必要なので、分析が現場で迅速に出来ることが望ましい。X線マイクロアナライザーは大抵の工場現場で所有しているので、本発明の試料板で微小滴へ濃縮し、その乾固点をこの分析装置で分析する実施例を示す。
【0036】
図8にこの過程を示す。(1)は1辺30cmの正方形の本試料板の上面図で、厚さ50nmのプラズマCVD無定形炭素膜の液滴試料乾固膜2が、その中央下方に直径5mmの凹状欠如部15(点線で示されている)をもつシリコンエピタキシャルウェーハに支持されている。この構造の作成法は[0024]記載と同様であって、多数個同時に作成し最後にレーザーダイシングで分離して使用する。
上述のように凹部作成は出来るだけ昇温を抑えてなされるので、極薄膜でも接着に問題は無い。
【0037】
インピンジャー中の試料液から100μlを分取後、乾固膜2のほぼ中央に滴下して付着滴18をつくり高純度アンモニア水の微小滴を加えて清浄環境中で一旦乾固させる。(2)は微小滴による乾固物質の回収方法を示す。図は(1)の側面図で16はエピタキシャル層であり、17は下地結晶で乾固膜2の架台となっている。滴の乾固域を十分に囲む仮想方形の一隅に水の微小滴(直径1〜2mm)19を滴下した後、先端の尖った無定形炭素棒20(一度700℃に加熱冷却して疎水性を高めたもの)により微小滴で仮想方形域を走査する。(3)は(1)と同じ上面図で、スタートの微小水滴19が仮想方形全体の走査の後凹部の中央の上21に運ばれるさまを示す。この位置で微小滴を乾固した後、試料板をX線マイクロアナライザーにセットして[0014]に示したような手法でフッ素の分析を行い、フッ酸の環境管理が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
インピンジャー吸収水の分析への適用例を前述したが、本発明の試料板による分析法は超純水や揮発性高純度薬品の製造や使用時における迅速管理分析分野に適用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】公知の薄膜型全反射蛍光X線分析用試料板における特性X線挙動の説明図
【図2】本発明薄膜型全反射蛍光X線分析用試料板における特性X線挙動の説明図
【図3】前図の構造を作成する手順を示す図
【図4】下地に複数個の凹状欠如を有する本発明薄膜型試料板の上面図
【図5】同断面図
【図6】前図の構造を作成する手順を示す図
【図7】前記手順に使うエッチング速度が抵抗率に強く依存するエッチング液の特性図
【図8】試料板上の一次乾固域に対し微小液滴走査して濃縮乾固点を作る処理の説明図
【符号の説明】
【0040】
1.シリコンウェーハ
2.試料液滴乾固膜
3.乾固部にある分析対象不純物元素
4.乾固膜表面(全反射平面)
5.入射X線
6.分析対象不純物の励起で生じる特性X線
7.放射線検出器(SSD)
8.入射X線の全反射面下への侵入領域
9.X線侵入領域内の微小結晶群による散乱X線
10.散乱X線がシリコン界面に達し励起されるシリコン原子
11.該励起で発したシリコン特性X線がSSDに入ることを示す図
12.下地シリコンの凹状欠如部
13.穴明きマスク
14.ワックス層
15.凹状欠如部の端の位置を示す円
16.シリコン下地結晶
17.エピタキシャル層
18.試料液滴の滴下による付着滴
19.乾固域走査用微小滴
20.微小滴走査用尖頭無定形炭素棒
21.乾固域走査用微小滴の最終位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子番号11〜15の元素も分析対象とする1個もしくは複数個の液滴状分析試料をその表面で乾固させ、各乾固域に全反射臨界角より低い入射角のX線を照射して発生した特性X線を分光する全反射蛍光X線分析が可能な試料板であって、その構造が、疎水性・耐酸性の全反射面をもつ炭素または原子番号9以下の元素よりなる有機化合物の薄膜とシリコンウェーハの下地基板よりなる二層体に対し、該薄膜における上記各乾固域より十分に広くかつ互いに重ならない区域の下方の下地シリコンの材質を欠如させたものであることを特徴とする分析用試料板。
【請求項2】
薄膜が炭素膜上に有機化合物膜を重ねた或いはフッ素樹脂膜上にフッ素樹脂以外の有機物の膜を重ねた多層構造膜であることを特徴とする請求項1記載の分析用試料板。
【請求項3】
下地シリコンウェーハの欠如部が耐酸性材料のマスクを使い少なくともフッ酸と硝酸を含む混合処理液により裏面側から選択エッチングして形成された凹状欠如部であることを特徴とする請求項1請求項2記載の分析用試料板。
【請求項4】
(A)抵抗率0.1Ωcm以上のエピタキシャル成長層と抵抗率0.02Ωcm以下の高不純物濃度下地結晶よりなるエピタキシャル成長シリコンウェーハを出発材料とし、(B)[第1エッチング]該高抵抗率層よりも低抵抗率シリコン結晶が明らかに大きなエッチング速度となるフッ酸を含む混酸エッチング液で裏面側からマスク利用の選択エッチングを実施して所望区域の該下地結晶の欠如部を略成長層界面まで形成し、(C)前記マスク材料を除去してから、エピタキシャル成長層の面上に乾固処理用膜を成膜した後、(D)[第2エッチング]次いでウェーハ裏面に生じている凹状欠如部の底のエピタキシャル成長層に対し、高抵抗率シリコンを容易に溶解し得る組成の含フッ酸硝酸エッチング液の処理を施して該層を除去することにより作成される請求項3記載の分析用試料板。
【請求項5】
分析対象の試料液滴を請求項1〜4に記載された分析試料板の表面で一旦乾固した後、要すれば乾固部をフッ酸を含む揮発性の再溶解用液滴で溶解してから再度乾固するシリコン除去処理を追加した後、フッ素樹脂製の尖頭棒もしくは細棒の先端を使って前記再溶解液もしくは類似の組成の再溶解液の微小滴で乾固面全体を走査し、下地基板欠如区域内のおおむね中央の位置に該微小滴を移動させた後乾固させ、特性X線を分光する分析装置に該試料板をセットして、励起用ビームを前記乾固点に照射し発生した特性X線を分析することを特徴とするX線分光分析法。
【請求項6】
励起用の電子ビーム或いはプロトンビームを電子レンズで集束して前記乾固点に照射し発生した特性X線を分析することを特徴とする請求項5記載のX線分光分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−192512(P2009−192512A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−60204(P2008−60204)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(591285686)有限会社ユーエムエス (2)
【Fターム(参考)】