説明

分枝状タンパク質繊維及びその製造方法、並びに綿状体、分枝状タンパク質繊維紡績糸、分枝状タンパク質繊維含有紡績糸、布帛、不織布

【課題】吸湿性、吸湿発熱性、保温性、機械特性、審美性に優れ、テキスタイル製品に好適に用いることができる、全く新規な構造を持つタンパク質繊維及びその製造方法を提供する。
【解決手段】長手方向の少なくとも一部の外層部分がささくれ立っている分枝状タンパク質繊維。タンパク質繊維中の一部のタンパク質を分解するタンパク質分解工程、洗浄工程および外力作用工程を備えることで製造する。この分枝状タンパク質繊維は、未加工のタンパク質繊維よりも比表面積が大きくなっており、その結果、不動空気層が増え、引いては保温性および吸湿性に優れる。このため、この分枝状タンパク質繊維を利用すれば、軽量で暖かく、吸湿発熱性に優れた繊維製品を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分枝状タンパク質繊維及びその製造方法に関する。また、本発明は、分枝状タンパク質繊維を利用した綿状体、分枝状タンパク質繊維紡績糸、分枝状タンパク質繊維含有紡績糸、布帛、不織布に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、夏に涼しく冬に暖かく、人体から分泌される汗を吸収して快適な着用感を維持するとともに、水分や水蒸気を吸収して発熱して人体の保温を行う新規な特性を持つ衣料品が好まれるようになっている。そして、このような特性を持つ種々の繊維や、その繊維を用いた編織製品の開発が活発に進められている。このような吸湿発熱性を有する繊維として、特許文献1には、アクリレート系吸湿発熱繊維が示されている。このアクリレート系吸湿発熱繊維は、アクリル系繊維にヒドラジン処理により架橋結合を導入して窒素含有量を増加した後に加水分解反応によりニトリル残基をカルボキシル基に変換し、残部にアミド基を導入して製造される。また、特許文献2には、アクリレート系吸放湿繊維、ポリエステル繊維、親水繊維を含む布帛について開示されている。
【0003】
しかしながら、上記のようなアクリレート系吸湿発熱繊維は、発熱効果は大きいものの、染色性に乏しい上、白色を呈することがない。このため、このようなアクリレート系吸湿発熱繊維は、他の繊維と混合して用いられることが多く、その用途が制限される。特に、テキスタイルの用途では、外観上の問題から使用範囲が制約されてしまう問題を抱えている。
【0004】
ところで、獣毛繊維は、天然繊維の中でも最も吸湿発熱性が高い繊維として知られている。そして、特許文献3には、獣毛繊維に高吸湿性化合物を固着させて獣毛繊維の吸湿発熱性を向上させる方法(以下「高吸湿性化合物固着方法」という)が開示されている。また、特許文献4には、獣毛繊維を水で膨潤させ、多官能エポキシ化合物を用いて架橋させる方法(以下「エポキシ架橋方法」という)が開示されている。さらに、特許文献5には、獣毛繊維のジスルフィド結合を還元切断させ、不可逆ブロック基を化学結合させて吸湿発熱性獣毛繊維を得る方法(以下「不可逆ブロック基結合方法」という)が開示されている。
【0005】
しかしながら、高吸湿性化合物固着方法では獣毛繊維の持つ風合い、光沢、撥水性などの特性が妨げられる問題があり、エポキシ架橋方法では獣毛の水への膨潤度が十分大きいとは言えず、また、不可逆ブロック基結合方法では獣毛中のジスルフィド結合の存在比率が少なく、吸湿発熱性を向上させ、保温性を高める効果は十分に高いとはいえなかった。
【特許文献1】特開平05−132858号公報
【特許文献2】特開2004−011068号公報
【特許文献3】特開2002−013075号公報
【特許文献4】特開2002−115179号公報
【特許文献5】特開2005−256193号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、吸湿性、吸湿発熱性、保温性、審美性に優れ、テキスタイル製品に好適に用いることができる、全く新規な構造を持つタンパク質繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る分枝状タンパク質繊維は、長手方向の少なくとも一部の外層部分がささくれ立っている。
【0008】
なお、このような形状の分枝状タンパク質繊維は、タンパク質分解工程、洗浄工程および外力作用工程を経て製造される。
【0009】
タンパク質分解工程では、タンパク質繊維中の一部のタンパク質が分解されて一部分解タンパク質繊維が製造される。なお、この工程では、例えば、タンパク質繊維がタンパク質分解液に浸漬される。また、ここにいう「タンパク質分解液」とは水、アルカリ溶液、酸溶液のいずれか一つであるのが好ましい。
【0010】
洗浄工程では、一部分解タンパク質繊維が洗浄されて洗浄済みタンパク質繊維が製造される。なお、この工程では、例えば、一部分解タンパク質繊維が極性有機溶媒に浸漬される。また、ここにいう「極性有機溶媒」とはメチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、プロピルアルコール及びブタノールよりなる群から選択される少なくとも1つであるのが好ましい。そして、この工程では、一部分解タンパク質繊維中の分解タンパク質が極性有機溶媒によって一部分解タンパク質繊維から洗い出され、一部分解タンパク質繊維に多孔質部分が形成される。
【0011】
外力作用工程では、洗浄済みタンパク質繊維に外力が加えられる。なお、この工程では、例えば、洗浄済みタンパク質繊維を耐圧容器に投入した後に耐圧容器に不活性ガスを注入し耐圧容器内を所定の圧力で加圧して洗浄済みタンパク質繊維に外力を加え、その後、その加圧を解除する方法が採用されてもよいし、コーミング装置、練条装置、ギル装置のいずれか1つの装置により洗浄済みタンパク質繊維に外力が加えられる方法が採用されてもよい。また、上記2つの方法が前後して利用されてもよい。なお、この外力作用工程は、特段の事情がない限り、洗浄工程と同時に行われてもかまわない。
【0012】
また、この分枝状タンパク質繊維は、単体で又は分枝状タンパク質繊維以外の繊維と共に、綿状体とされることができる。なお、ここにいう「分枝状タンパク質繊維以外の繊維」とは、特に限定されず、例えば、綿や、麻、絹などの天然繊維、ナイロンや、ポリエステル、アクリルなどの合成繊維、レーヨンやキュプラなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維などである。
【0013】
また、この綿状体から分枝状タンパク質繊維紡績糸や、分枝状タンパク質繊維含有紡績糸、不織布を製造することができる。なお、ここにいう「分枝状タンパク質繊維紡績糸」とは、分枝状タンパク質繊維のみで構成される紡績糸である。また、ここにいう「分枝状タンパク質繊維含有紡績糸」とは、分枝状タンパク質繊維と、分枝状タンパク質繊維以外の繊維とから構成される紡績糸である。
【0014】
また、この分枝状タンパク質繊維紡績糸や分枝状タンパク質繊維含有紡績糸は、布帛とされることができる。
【0015】
また、この分枝状タンパク質繊維は、消臭性を示すため、消臭材として利用することができる。なお、このように分枝状タンパク質繊維が消臭性を示すのは、分枝状タンパク質繊維の空気との接触面積が非常に大きく、さらに分枝状タンパク質繊維が化学吸着効果の大きいカルボキシル基やアミノ基を豊富に有するためであると推察される。また、かかる場合、分枝状タンパク質繊維は、中性洗剤等で洗濯することによってその消臭効果を繰り返して発揮することができる。
【0016】
なお、かかる場合、分枝状タンパク質繊維の比表面積は1.0m2/g以上であるのが好ましい。比表面積が1.0m2/g未満であると原毛と比較して消臭効果が十分であると言えないからである。なお、分枝状タンパク質繊維を繊維として機能させるためには、分枝状タンパク質繊維の比表面積は10m2/g以下であるのが好ましく、8.0m2/g以下であるのがより好ましい。なお、本願において比表面積は、BET法によって測定される。具体的には、100℃で2時間加熱処理した分枝状タンパク質繊維0.2gをガス吸着測定装置(カンタクロム社製、AUTOSORB AS1)にセットして液体窒素温度下で窒素吸着等温線を作成し、その窒素吸着等温線からBETプロット解析を行って分枝状タンパク質繊維の比表面積を求める。
【0017】
また、かかる場合、分枝状タンパク質繊維には、有機物の分解触媒および分解補助触媒の少なくとも一方を担持させることが好ましい。なお、そのような触媒としては、例えば、酸化チタン、金属フタロシアニン化合物類、金属ポルフィリン化合物類が挙げられる。これらの触媒は単独で用いられてもよいし組み合わせて用いられてもよい。また、このような触媒を分枝状タンパク質繊維に担持させる方法としては公知の方法を利用することができる。例えば、酸化チタンは、チタンフルオロ錯体とホウ酸とを溶解させた水溶液に分枝状タンパク質繊維を浸漬させることによって分枝状タンパク質繊維に担持させることができる。また、金属フタロシアニン化合物類および金属ポルフィリン化合物類は、カチオン化剤により分枝状タンパク質繊維にカチオン性基を導入した後、金属フタロシアニン化合物類または金属ポルフィリン化合物類の水溶液に分枝状タンパク質繊維を浸漬させることによって分枝状タンパク質繊維に担持させることができる。
【0018】
また、この分枝状タンパク質繊維は、複合繊維とされてもよい。このような複合繊維としては、例えば、分枝状タンパク質繊維と合成繊維との芯鞘構造の複合繊維や、分枝状タンパク質繊維と綿・麻・絹などの天然繊維や再生繊維などとの合撚による複合繊維などが挙げられる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る分枝状タンパク質繊維は、直径が10μm〜90μmの未加工のタンパク質繊維の数μm程度の外層部分をささくれ立てさせたものであって、未加工のタンパク質繊維よりも比表面積が大きくなっており、その結果、不動空気層が増え、引いては保温性および吸湿性に優れる。このため、この分枝状タンパク質繊維を利用すれば、軽量で暖かく、吸湿発熱性に優れた繊維製品を提供することができる。なお、この分枝状タンパク質繊維には、外表面に何ら固着物が存在しない。このため、この分枝状タンパク質繊維は、タンパク質繊維が本来持ち合わせている優れた吸湿特性を損なうことがない。
【0020】
また、この分枝状タンパク質繊維を、綿、麻、絹などの天然繊維、ナイロン、ポリエステル、アクリルなどの合成繊維、レーヨン、キュプラなどの再生繊維、及びアセテートなどの半合成繊維から選択される繊維と混合することによって、風合い、色相、防シワ性、保温、吸湿、吸湿発熱、撥水性など多くの優れた特性を有する繊維製品を生み出すことができる。
【0021】
さらに、この分枝状タンパク質繊維は、消臭性や染色性にも優れる。なお、この分枝状タンパク質繊維は、具体的には、酢酸などの酸性ガス、アンモニアなどの塩基性ガス、アルデヒド類、たばこ臭や加齢臭などの多成分系の臭気に対して優れた消臭効果を奏する。また、この分枝状タンパク質繊維は、常温(10℃〜30℃)で染色することが可能であり、繊維のダメージ防止や染色処理コストの低減などに貢献することができる。また、この分枝状タンパク質繊維は、従前から存在する黒色染料により染色されると、従前のタンパク質繊維よりも深い黒色(濃染剤未使用の場合L値は11.6以下であり、濃染剤使用の場合L値は10以下)に染色される。このため、この分枝状タンパク質繊維は、フォーマルスーツ等に利用することができる。また、この分枝状タンパク質繊維は、製造時の処理条件を変更することによりその微細構造を制御することができ、引いては染色時の色味までも制御することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態に係る分枝状タンパク質繊維の製造方法について説明する。
【0023】
<原料>
本実施の形態に係る分枝状タンパク質繊維の製造方法では、例えば、羊や、モヘア、アルパカ、カシミヤ、ラマ、ビキューナ、キャメル、およびアンゴラ等の獣毛を構成する単繊維(モノフィラメント)や、絹糸、その他の動物性天然タンパク質繊維が原料となり得る。なお、これらのタンパク質繊維の中でも、羊毛は、高い吸放湿特性を持ち、染色性および消臭性が高く、低コストであるなどの優れた特性を持っているため、原料として最も好ましい。また、この原料の形態は特に限定されず、繊維のままであってもよいし、織物にされていてもよいし、撚糸にされていてもよい。
【0024】
<分枝状タンパク質繊維の製造方法>
本発明の実施の形態に係る分枝状タンパク質繊維の製造方法は、主に、タンパク質分解工程、洗浄工程および外力作用工程から構成される。以下、これらの工程について詳述する。
【0025】
(1)タンパク質分解工程
タンパク質分解工程では、原料である動物性天然タンパク質繊維が、所定溶質濃度、所定温度に調節されたタンパク質分解液に浸漬され、動物性天然タンパク質繊維のケラチンタンパク表皮の一部が除去される。なお、タンパク質分解液としては、水、アルカリ溶液、酸溶液、タンパク質分解酵素溶液などが挙げられる。
【0026】
なお、酸溶液としては、特に限定されないが、例えば、塩酸水溶液・硫酸水溶液・硝酸水溶液などの無機酸水溶液、ギ酸水溶液・酢酸水溶液などの有機酸水溶液などが挙げられる。ちなみに、酸溶液がタンパク質分解液として用いられる場合、タンパク質分解液は90℃以下の温度に加熱されるのが好ましい。加熱温度が90℃よりも大きければ分枝状タンパク質繊維が硬化して風合いが悪くなるからである。
【0027】
また、アルカリ溶液としては、特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム水溶液などの無機アルカリ水溶液などが挙げられる。ちなみに、アルカリ溶液がタンパク質分解液として用いられる場合、そのタンパク質分解液のpHは7よりも大きく13以下であるのが好ましい。タンパク質繊維の一部に適度な加水分解が引き起こされるからである。なお、pHが13よりも大きければ、加水分解速度が大きいためタンパク質繊維が短時間でタンパク質分解液に溶解してしまい、pHが7以下であれば加水分解速度が小さいためタンパク質分解処理に長時間を要する。また、かかる場合、タンパク質分解液は60℃以下の温度に加熱されるのが好ましい。分枝状タンパク質繊維に柔らかな風合いを与えることができるからである。
【0028】
また、タンパク質分解酵素溶液としては、特に限定されないが、例えば、微生物起源のアスパギイラス、リイゾパス、細菌起源の枯草菌プロテアーゼ、植物起源のパパイン、キモパパイン、プロメライン、フイシン、放射菌プロテアーゼなどの水溶液が挙げられる。なお、これらのタンパク質分解酵素の中でもパパインが好ましい。また、タンパク質分解液としてタンパク質分解酵素溶液を用いる場合、予め酸化剤などを用いて動物性天然タンパク質繊維のキューティクルとコルテックスの接合部分を前処理しておいてもよい。
【0029】
また、このタンパク質分解工程では、動物性天然タンパク質繊維をタンパク質分解液に静置して浸漬してもよいし、タンパク質分解液を攪拌しながら動物性天然タンパク質繊維を浸漬してもよい。
【0030】
また、このタンパク質分解工程では、洗浄工程後の乾燥重量が原毛の10重量%以上80重量%以下の範囲、より好ましくは15重量%以上55重量%以下の範囲、さらに好ましくは20重量%以上50重量%以下の範囲まで減少するように動物性天然タンパク質繊維中のタンパク質を分解させるのが好ましい。原毛の重量減少率が10重量%未満であると動物性天然タンパク質繊維の表面積を十分に大きくすることができず、原毛の重量減少率が50重量%を越えると動物性天然タンパク質繊維の機械的特性が低下することになり好ましくないからである。なお、動物性天然タンパク質繊維中のタンパク質を最終製品の仕様に応じて適度に分解させるには、タンパク質分解液の溶質濃度や温度、動物性天然タンパク質繊維のタンパク質分解液中の浸漬時間等を適宜調節すればよい。
【0031】
なお、以下、このタンパク質分解工程で得られる動物性天然タンパク質繊維を「一部分解タンパク質繊維」という。
【0032】
(2)洗浄工程
洗浄工程では、一部分解タンパク質繊維が極性有機溶媒に浸漬される。なお、極性有機溶媒としては、炭素数2〜5のアルコールが好ましく、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、ブタノールの群れから選ばれる少なくとも1つのアルコールであることが特に好ましい。
【0033】
なお、一部分解タンパク質繊維がタンパク質分解工程から洗浄工程に移されるとき、一部分解タンパク質繊維が水分を含んだ状態で、極性有機溶媒中に投入される必要がある。一部分解タンパク質繊維を一度乾燥させてしまうとタンパク質が固まってしまい、再びその一部分解タンパク質繊維をタンパク質分解工程で処理しなければならないからである。なお、一部分解タンパク質繊維の濡れ具合は、手で比較的強く絞った程度が好ましい。
【0034】
なお、以下、この洗浄工程で得られる一部分解タンパク質繊維を「洗浄済みタンパク質繊維」という。
【0035】
(3)外力作用工程
外力作用工程では、洗浄中タンパク質繊維又は洗浄済みタンパク質繊維が加圧されたり、押圧されたり、梳かされたり、揉まれたり、練られたりなどされて洗浄中タンパク質繊維又は洗浄済みタンパク質繊維に外力が加えられる。この結果、動物性天然タンパク質繊維の外層部分がささくれ立ち、分枝状タンパク質繊維が得られる。具体的には、洗浄済みタンパク質繊維を耐圧容器に投入した後に耐圧容器に不活性ガスを注入し耐圧容器内を所定の圧力で加圧して洗浄済みタンパク質繊維に外力を加え、その後、その加圧を解除する方法が採用されてもよいし、コーミング装置、練条装置、ギル装置のいずれか1つの装置により洗浄中タンパク質繊維又は洗浄済みタンパク質繊維に外力が加えられる方法が採用されてもよい。また、上記2つの方法が前後して利用されてもよい。また、前者の方法が後者の方法よりも好ましい。なお、ここにいう「不活性ガス」とは、例えば二酸化炭素、窒素、アルゴンなどの化学的に安定なガスである。また、ここにいう「所定の圧力」は5メガパスカル以上であることが好ましい。また、圧力の解除については特に限定されない。また、上記したコーミング装置、練条装置、ギル装置としては繊維加工産業で使用されている汎用装置を使用することができ、必要とする分枝状の獣毛繊維の特性に応じて、その加工条件が適宜設定される。
【0036】
<分枝状タンパク質繊維の応用例>
本発明に係る分枝状タンパク質繊維は、紡績糸中に含ませることが好ましい。紡績糸は、内部に多くの空気を含むため、断熱性に富み、吸湿により発熱した熱を外部に逃がしにくく衣服内を快適な温度に保つことできるからである。また、この分枝状タンパク質繊維は他の原料からなる繊維と混紡して用いることができる。具体的には、綿、麻などのセルロース系繊維、羊毛などのタンパク質繊維、疎水性合成繊維、親水性合成繊維などと混紡することができる。なお、他の原料からなる繊維として複数の異なる原料からなる繊維を組み合わせたものを利用してもかまわない。
【0037】
また、本発明に係る分枝状タンパク質繊維は20mm以上の長さを有する他の原料からなる繊維と混紡されるのが、糸や織物などの繊維製品の強度を維持させる点で好ましい。分枝状タンパク質繊維と他の原料からなる繊維との混合量としては、完成される繊維製品の特性に基づき、吸水発熱効果等の特性と機械的特性などを加味しながら、最適な混合量とすればよい。また、この分枝状タンパク質繊維は、芯鞘構造の複合糸の材料として用いることもできる。
【0038】
また、本発明に係る分枝状タンパク質繊維は、綿状体、トップ、単糸、双糸、ニット糸、紐、織物、編み物、フェルト、不織布などの繊維製品に応用することができる。本発明に係る分枝状タンパク質繊維が布帛に利用される場合、分枝状タンパク質繊維は布帛の表面と裏面に均等に露出するか裏面に多く露出するように製織されるのが好ましい。分枝状タンパク質繊維が衣服などの表面に露出することによって、分枝状タンパク質繊維が常時吸湿して平衡に達しない状態、すなわち身体側生地裏面で吸収した水分を、分枝状タンパク質繊維を介して生地表面から外部へ放湿して、身体側生地裏面の分枝状タンパク質繊維が平衡状態に達しない状態にすることができ、保温効果が持続できるからである。また、布帛の織り組織としては、特に限定されず、平織、綾織、朱子織などの基本組織、基本組織から誘導された変化組織、重ね組織などが挙げられる。
【0039】
<分枝状タンパク質繊維の特性>
本実施の形態に係る分枝状タンパク質繊維は25度C、98%RHの環境下における吸湿率が30%以上45%未満であることが好ましい。なお、分枝状タンパク質繊維の吸湿率は、分枝状タンパク質繊維を綿状体とした後にその綿状体の吸湿率を測定することにより得られる。分枝状タンパク質繊維の吸湿率は機械的特性と相反する関係にあり、上述の吸湿率の範囲であれば両特性を両立できる。但し、分枝状タンパク質繊維と他の原料からなる繊維を混合あるいは混紡した場合には、吸湿特性と機械的特性とを個別に制御できるため、目的や用途に対応して任意に吸湿率を調整することができる。
【0040】
また、この分枝状タンパク質繊維は、消臭性に優れており、消臭材として利用することができる。
【0041】
また、この分枝状タンパク質繊維は、染色性に優れており、常温で染色することが可能である。
【0042】
また、この分枝状タンパク質繊維は、従前から存在する黒色染料により染色されると、従前のタンパク質繊維よりも深い黒色に染色される。
【0043】
また、この分枝状タンパク質繊維は、製造時の処理条件を変更することによりその微細構造を制御することができ、引いては染色時の色味までも制御することができる。
【0044】
<実施例>
以下に実施例により、さらに具体的に説明する。なお、実施品の評価は下記に記載の測定器を用いて下記に記載の測定条件下で行われた。
【0045】
(1)吸湿率の測定
絶乾重量0.1523gの分枝状羊毛と絶乾重量0.2020gの未処理羊毛とを25度C、40%RH恒温恒湿環境下で一時間放置して安定させ、その後に、それらの羊毛の重量を測定した。次に湿度を70%RH、90%RH、98%RHと順次変化させて、各湿度で一時間安定させた後に羊毛の重量を測定した。
【0046】
(2)吸湿発熱性の測定
絶乾重量0.2525gの分枝状羊毛の綿状体および絶乾重量0.2613gの未処理羊毛の綿状体のそれぞれの中心部分に熱電対を挿入した状態で、分枝状羊毛の綿状体および未処理羊毛の綿状体を恒温恒湿器中に投入した。次に20度C、45%RHの環境で2時間かけてそれらの羊毛の吸湿量を安定させた後に、20度C、90%RHの環境に設定を変更して、そのときの綿状体それぞれの温度変化を記録した。
【実施例1】
【0047】
容器中に100%羊毛繊維スライバ(平均繊維径19.9μm)100gを投入した後、その容器に水2リットルを加えた。次いで、テキスポートSN10(日華化学社製)10gおよび酢酸6gを水1Lに溶解した液を先の容器に加え、羊毛繊維スライバをその液に10分間浸漬した。続いて、バソランD.C(ビーエーエスエフジャパン株式会社製)8gを水2リットルに溶解した液を先の容器に加えて常温で50分間放置した後に、羊毛繊維スライバを取り出し、その羊毛繊維スライバを水洗した。なお、この処理により、羊毛スライバのスケールが除去される。次に、この羊毛繊維スライバを40度Cの0.4重量%の水酸化ナトリウム水溶液(pH12.7)3リットルに浸漬し、5日間放置した。なお、この処理により、羊毛繊維スライバ中の一部のタンパク質が分解される。この後、この羊毛繊維スライバを取り出して水洗いした後、羊毛繊維スライバを乾燥させることなく(濡れたまま)イソプロピルアルコール溶液に浸した。なお、この処理により羊毛繊維スライバ中から分解されたタンパク質が抽出される。そして、この羊毛繊維スライバを二酸化炭素超臨界装置に入れ、40度C、10MPaの高圧下で1時間処理した後、大気圧まで急減圧させ、分枝状羊毛繊維を作製した。この分枝状羊毛繊維を図1に示す。この写真から本発明に係る分枝状羊毛単繊維が産毛に似た細かな分枝を有することがわかる。
【0048】
なお、本実施例で作製された分枝状羊毛繊維の吸湿率は、25度C、98%RH環境下において37%であった。一方、未処理羊毛の吸湿率は、同条件下において27%であった。また、この分枝状羊毛繊維の吸湿発熱特性を図2に示す。図2から明らかなように、20度C、45%RH恒温恒湿環境から湿度を90%RHに変更すると、分枝状羊毛繊維では、最大4℃の温度上昇が観測された。なお、通常の未処理羊毛繊維では最大3℃の温度上昇しか観測されなかった。
【実施例2】
【0049】
実施例1のタンパク質抽出後、乾燥させた羊毛繊維スライバと未処理の羊毛繊維スライバとを重量比で1:1の割合で混合してカード機に投入し、カードウェブとした後に、ギル機とコーマ機を通過させて、混合スライバを作製した。得られた混合スライバは、前紡工程を経へた後、ダブリングとドラフトとが繰り返し行われて繊維束とされた。そして、その繊維束をリング紡績機に通過させて、混合紡績糸を得た。この分枝状羊毛繊維の吸湿率は、25度C98%RH環境下で30%であった。
【実施例3】
【0050】
2Lの水に羊毛繊維100%(平均繊維径19.9μm)の48番手双糸の紡績糸(上撚り400T/m、下撚り590T/m、繊維数:96本)(以下「羊毛紡績糸」という)100gを浸漬し、続いてその水にテキスポートSN10(日華化学社製)10gと酢酸6gとを水1Lに溶解させた液を加えた後、その羊毛紡績糸を10分間その液に浸漬した。次に、バソランD.C(ビーエーエスエフジャパン(株)製)8gを水2Lに溶解させた液を先の液に加え、常温で50分間反応させた後に水洗して、羊毛紡績糸のスケールオフ加工を行った。次に、スケールオフ加工済みの羊毛紡績糸を、0.4重量%の水酸化ナトリウム水溶液5Lに浸漬し、室温で3日間羊毛紡績糸のタンパク質分解処理を行った。次に、タンパク質分解処理を行った羊毛紡績糸を水洗いした後に乾燥させることなく濡れたままイソプロピルアルコール溶液に浸し、分解タンパク質の洗浄及び抽出を行った。その後、タンパク質抽出洗浄処理後の羊毛紡績糸を二酸化炭素超臨界装置に入れ、40度C、10MPaの高圧下で1時間処理した後、大気圧まで急減圧させ、分枝状羊毛紡績糸を作製した。
【0051】
得られた分枝状羊毛紡績糸は、平均繊維径が17.7μmであり、その引張強度は139gfであり、引張伸びは9%であった。また、この分枝状羊毛紡績糸は、その重量が処理前の羊毛紡績糸に対して36重量%減少していた。
【0052】
なお、処理前の羊毛紡績糸の引張強度は307gfであり、引張伸びは25%であった。
【0053】
なお、上記引張強度および引張伸びは、引張試験機(YARN STRENGTH ST−2000(SHIKIBO))により、チャック間距離:50cm、引張速度:30cm/分、測定温度:常温の条件下で測定した。
【実施例4】
【0054】
0.4重量%の水酸化ナトリウム水溶液を36重量%の塩酸水溶液に代え、羊毛紡績糸を常温でその塩酸水溶液に2時間浸漬させた以外は、実施例3と同様にして分枝状羊毛紡績糸を作製し、その物性値を測定した。
【0055】
得られた分枝状羊毛紡績糸は、平均繊維径が18.2μmであり、その引張強度は140gfであり、引張伸びは5%であった。また、この分枝状羊毛紡績糸は、その重量が処理前の羊毛紡績糸に対して32重量%減少していた。
【実施例5】
【0056】
0.4重量%の水酸化ナトリウム水溶液を水に代え、羊毛紡績糸を常温でその水に30日間浸漬させた以外は、実施例3と同様にして分枝状羊毛紡績糸を作製し、その物性値を測定した。
【0057】
得られた分枝状羊毛紡績糸は、平均繊維径が18.4μmであり、その引張強度は180gfであり、引張伸びは8%であった。また、この分枝状羊毛紡績糸は、その重量が処理前の羊毛紡績糸に対して29重量%減少していた。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係る分枝状タンパク質繊維は、吸湿性、吸湿発熱性、保温性、審美性に優れるため、スポーツ・アウトドア分野、例えばスキーウエア,ウインドブレーカー,ブルゾンなどの防寒衣料、発汗による冷え感が防止できるインナーウェアなど幅広い衣料材料を構成する繊維として有用である。また、この分枝状タンパク質繊維は、消臭性に優れるため、衣料(たばこ臭防止、加齢臭防止)、寝具(布団、毛布)、消臭材、建築用材料(カーペット、壁紙、カーテン、インテリア材料)を構成する繊維としても有用である。また、この分枝状タンパク質繊維は、従前から存在する黒色染料により染色されると、従前のタンパク質繊維よりも深い黒色に染色されるため、フォーマルスーツ等を構成する繊維としても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】実施例1で作製した分枝状羊毛繊維の電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例1で作製した分枝状羊毛繊維の吸湿発熱特性を示すグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向の少なくとも一部の外層部分がささくれ立っている分枝状タンパク質繊維。
【請求項2】
請求項1に記載の分枝状タンパク質繊維から構成される綿状体。
【請求項3】
請求項1に記載の分枝状タンパク質繊維を主成分とする綿状体。
【請求項4】
請求項1に記載の分枝状タンパク質繊維と、
前記分枝状タンパク質繊維以外の繊維と
を含有する綿状体。
【請求項5】
請求項2に記載の綿状体から形成される分枝状タンパク質繊維紡績糸。
【請求項6】
請求項3又は4に記載の綿状体から形成される分枝状タンパク質繊維含有紡績糸。
【請求項7】
請求項5に記載の分枝状タンパク質繊維紡績糸から形成される布帛。
【請求項8】
請求項6に記載の分枝状タンパク質繊維含有紡績糸から形成される布帛。
【請求項9】
請求項2から4のいずれかに記載の綿状体から形成される不織布。
【請求項10】
タンパク質繊維中の一部のタンパク質を分解して一部分解タンパク質繊維を製造するタンパク質分解工程と、
前記一部分解タンパク質繊維を洗浄して洗浄済みタンパク質繊維を製造する洗浄工程と、
前記洗浄済みタンパク質繊維に外力を加える外力作用工程と
を備える分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項11】
前記タンパク質分解工程では、前記タンパク質繊維がタンパク質分解液に浸漬される
請求項10に記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項12】
前記タンパク質分解液は、水、アルカリ溶液、酸溶液のいずれか一つである
請求項11に記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項13】
前記洗浄工程では、前記一部分解タンパク質繊維が極性有機溶媒に浸漬される
請求項10から12のいずれかに記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項14】
前記極性有機溶媒は、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール、プロピルアルコール及びブタノールよりなる群から選択される少なくとも1つである
請求項13に記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項15】
前記外力作用工程は、前記洗浄済みタンパク質繊維を耐圧容器に投入する投入工程と、前記耐圧容器に不活性ガスを注入して前記耐圧容器内を所定の圧力で加圧する加圧工程と、前記加圧を解除する圧力解除工程とを有する
請求項10から14のいずれかに記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。
【請求項16】
前記外力作用工程では、コーミング装置、練条装置、ギル装置のいずれか1つの装置により前記洗浄済みタンパク質繊維に外力が加えられる
請求項10から14のいずれかに記載の分枝状タンパク質繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−174111(P2009−174111A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332450(P2008−332450)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(391059399)株式会社アイ.エス.テイ (102)
【Fターム(参考)】