説明

分注装置および分注方法

【課題】分注量のトレーサビリティを確保する。
【解決手段】チップから任意のショット数だけ分注したときの分注前後のチップを空洞共振器に挿入した際のマイクロ波の状態値の変動量を取得し、予め用意された対応関係に変動量取得手段が取得した変動量を適用することにより、任意のショット数により分注された液体の分注体積を取得し、分注体積を記録し、チップから所定のショット数だけ仮分注したときの分注前後のチップを空洞共振器に挿入した際のマイクロ波の状態値の変動量を仮変動量として取得し、仮分注によって分注された液体の質量を質量計により測定し、当該測定した質量と液体の比重に基づいて、仮分注によって分注された液体の体積を仮分注体積として取得し、仮変動量と仮分注体積に基づいて対応関係を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分注装置および分注方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の分注装置においては、ショット数の増減によって必要な量の分注を行っていた。一方、マイクロ波のQ値(損失係数)を利用した物体体積測定方法が提案されている。(特許文献1、参照。)。
【特許文献1】米国特許登録第5554935号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前者の分注装置においては、1ショットあたりの吐出量が一定であることを前提としているが、実際には1ショットあたりの吐出量が不明であり、最終的に分注された量も不明であるという問題があった。そのため、実際の分注量を特定する記録を残すことができず、分注量のトレーサビリティを確保することができないという問題もあった。また、後者の液体体積測定方法を分注装置に適用した場合、実際の分注量を測定することは可能となるが、マイクロ波による測定結果の精度を常に保証することができないという問題があった。すなわち、環境の変化等により、マイクロ波による測定結果に変動が生じ、実際の分注量(例えば、基準の電子天秤等によって測定される分注量。)との間のコリレーションが確保できなくなるという問題があった。
本発明は、上記課題にかんがみてなされたもので、分注量のトレーサビリティが確保可能な分注装置および分注方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、液体を受容するチップから1ショットにつき所定量ずつ分注する分注器と、上記チップが挿入可能なマイクロ波の空洞共振器と、上記チップから任意のショット数だけ分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を取得する変動量取得手段と、予め用意された対応関係に上記変動量取得手段が取得した上記変動量を適用することにより、上記任意のショット数により分注された液体の分注体積を取得する分注体積取得手段と、上記分注体積を記録する記録手段と、上記チップから所定のショット数だけ仮分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を仮変動量として取得する仮変動量取得手段と、上記仮分注によって分注された液体の質量を質量計により測定し、当該測定した質量と液体の比重に基づいて、上記仮分注によって分注された液体の体積を仮分注体積として取得する仮分注体積取得手段と、上記仮変動量と上記仮分注体積に基づいて上記対応関係を調整する調整手段とを具備する構成としてある。
【0005】
さらに、本発明の技術的思想は、具体的な分注装置にて具現化されるのみならず、当該方法としても具現化することもできる。すなわち、上述した分注装置が行う各手段に対応する工程を有する分注方法としても本発明を特定することができる。むろん、上述した分注装置がプログラムを読み込んで上述した各手段を実現する場合には、当該各手段に対応する機能を実行させるプログラムや当該プログラムを記録した各種記録媒体においても本発明の技術的思想が具現化できることは言うまでもない。なお、本発明の分注装置は、単一の装置のみならず、複数の装置によって分散して存在可能であることはいうまでもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、下記の順序に従い、図面を参照して、この発明にかかる分注装置の好適な実施の形態を詳細に説明する。なお、この実施の形態によってこの発明が限定されるものではない。
(1)分注装置の構成:
(2)キャリブレーション(仮分注)処理:
(3)分注処理:
(4)変形例:
【0007】
(1)分注装置の構成:
図1は、この発明の実施の形態である分注装置の一構成例を模式的に示すブロック図である。図1に示すように、この分注装置1は、試薬等の液体試料を吸引・吐出する複数の分注器2a〜2hと、分注器2a〜2hをそれぞれ上昇または下降するための駆動部4a〜4hと、液体試料を各ウェル40a〜40hに分注するために分注器2a〜2hおよび駆動部4a〜4hの駆動制御を行う分注制御部6とを有する。また、分注装置1は、入力部10と、記憶部11と、かかる分注装置1の各構成部の駆動制御を行う制御部12とを有する。さらに、分注装置1は、マイクロ波体積測定ユニット20と8個の電子天秤30a〜30hを備える。なお、電子天秤30a〜30hが本発明の質量計に相当し、記憶部11は本発明の記録手段に相当する。
【0008】
分注器2a〜2hは駆動部4a〜4hにそれぞれ保持されている。分注器2a〜2hには、液体試料を吸引または吐出するための管路が内部に形成され、それぞれ先端にカーボンチップ3a〜3hを備えている。なお、本発明に適用可能なチップの素材はカーボンに限られず、一般的な誘電体素材を適用することができる。分注器2a〜2hは、例えば互いに近傍に配置され、液体試料容器50a〜50h内の各液体試料を同時に吸引して採取できる。駆動部4a〜4hは、分注器2a〜2hをそれぞれ保持し、液体試料を分注する場合に分注器2a〜2hを上昇または下降する駆動を行う。具体的には、駆動部4a〜4hが液体試料容器50a〜50h内の各液体試料を吸引する場合、液体試料容器50a〜50hに向けて分注器2a〜2hをそれぞれ下降する駆動を行い、各液体試料を採取した後、この液体試料を吸引した分注器2a〜2hを上昇する駆動を行う。分注器2a〜2hが液体試料を吸引すると、吸引した液体試料は各カーボンチップ3a〜3hの内部に受容されることとなる。
【0009】
分注制御部6は、液体試料をウェル40a〜40hに分注するために分注器2a〜2hおよび駆動部4a〜4hの駆動制御を行う。具体的には、分注制御部6は、分注器2a〜2hによる液体試料の吸引動作および吐出動作と、駆動部4a〜4hによる分注器2a〜2hの上昇駆動および下降駆動とを制御し、液体試料をウェル40a〜40hに分注する。この場合、分注制御部6は、駆動部4a〜4hに対し、かかる分注器2a〜2hの上昇駆動および下降駆動を個別に制御する。これによって、分注制御部6は、分注器2a〜2hのそれぞれを個別または同時に上昇または下降させることができる。
【0010】
また、分注制御部6は、分注器2a〜2hにそれぞれ連通する管路5a〜5hを有し、かかる管路5a〜5hを介して分注器2a〜2h内の圧力をそれぞれ調整し、分注器2a〜2hによる液体試料の吸引動作および吐出動作を制御する。分注制御部6は、かかる分注器2a〜2hの吸引・吐出制御および駆動部4a〜4hの駆動制御を行うことによって、例えば液体試料容器50a〜50h内の各液体試料を採取し、採取した各液体試料をウェル40a〜40hにそれぞれ1ショットずつ分注(吐出)する。一旦、各カーボンチップ3a〜3hの内部に受容された液体試料が分注によってウェル40a〜40hに吐出されていくため、各カーボンチップ3a〜3hの内部に受容された液体試料の体積は次第に減少していくこととなる。
【0011】
入力部10は、キーボードまたはマウスを用いて実現され、制御部12に指示する情報を取得する。具体的には、液体試料の種類(溶媒・溶質・濃度)を指定するための情報や、分注量を指定するための情報を取得し、制御部12に指示する。記憶部11は、制御部12の各種制御処理を実行させるためのプログラムデータや、制御部12によって書込指示された情報を記憶する。具体的には、ハードディスクドライブやフラッシュメモリ等の記憶装置が記憶部11に相当する。制御部12は、CPUやRAM等から構成され、記憶部11からプログラムデータを読み出してRAM上に展開しつつ各種制御処理を実行させる。これにより、分注装置1の構成部例えば分注制御部6と入力部10と記憶部11の各動作および情報の入出力を制御する。制御部12は、マイクロ波体積測定ユニット20から後述する温湿度とQ値の入力を受け、電子天秤30a〜30hから質量の入力を受けている。
【0012】
図2は、マイクロ波体積測定ユニット20の構成を示している。同図において、マイクロ波体積測定ユニット20は、概略、4対の空洞共振器21,21,21,21とマイクロ波回路22,22,22,22とから構成されている。本実施形態においては、空洞共振器21,21,21,21はすべて同様に構成され、奥行き方向に一列に並んで配置されている。図3は、空洞共振器21の水平断面と鉛直断面を示している。同図において、空洞共振器21aの内部には、断面矩形状の主空間21aと温湿度測定空間21bとが独立して形成されており、これらが十分に幅の狭い連通通路21cによって連通している。
【0013】
温湿度測定空間21bには、温湿度センサが実装された測定基板21d(環境計測手段)が挿入されており、温湿度測定空間21bにおける温湿度を温湿度センサにて測定し、その測定結果をマイクロ波回路22に出力することが可能となっている。なお、主空間21aと温湿度測定空間21bは連通しているため、温湿度測定空間21a2と主空間21a1は同じ温湿度であると考えることができる。主空間21aにおいては、マイクロ波給電コネクタと電気的に接続された送受信アンテナ21eと、主空間21aを鉛直方向に貫通するように略円筒状の挿入ガイド21fが備えられている。挿入ガイド21fは誘電体によって形成され、内部形状はカーボンチップ3a〜3hの外形と略同一とされている。各空洞共振器21,21,21,21の挿入ガイド21fは一列に並んでいる。後述する処理において、挿入ガイド21fの内側にカーボンチップ3a〜3hが挿入され、その挿入方向は挿入ガイド21fの貫通方向と一致する。
【0014】
マイクロ波回路22,22,22,22もすべて同様に構成されている。マイクロ波回路22,22,22,22は、それぞれ対となる空洞共振器21,21,21,21の送受信アンテナ21eと接続されており、送受信アンテナ21eにおける送信電力の供給と、送受信アンテナ21eにおける受信状態の解析および測定基板21dによる温湿度の測定を行う。マイクロ波回路22は、分周器内蔵型電圧制御発振器(VCO)22aと電力増幅器(AMP)22bと計数器(CNT)22cとサーキュレータ(CIR)22dと検波器(DET)22eとデジタルアナログ変換器(DAC)22fとアナログデジタル変換器(ADC)22g,22hとマイコン(COM)22iとから構成されている。COM22iは、マイクロ波の共振周波数を制御するためのデジタル信号を生成し、当該デジタル信号がDAC22fを介してVCO22aに入力されている。
【0015】
CNT22cはVCO22aから分周出力を受けており、CNT22cはVCO22aの発振周波数を計数し、COM22iに出力する。これにより、COM22iがVCO22aの発振周波数を制御することができる。なお、本実施形態では、ISMバンドとして指定されている5.8GHz帯のマイクロ波(<10mW)を使用するものとする。VCO22aの出力はAMP22bによって電力増幅され、CIR22dを介して送受信アンテナ21eに出力される。これにより、送受信アンテナ21eが空洞共振器21内でマイクロ波を送信し、空洞共振器21内にてマイクロ波の共振定在波が形成される。本実施形態では、TE01モードでマイクロ波が発振されており、図3に示すように挿入ガイド21fの貫通方向は電界方向となっている。また、挿入ガイド21fが共振定在波の電界分布における節の部分に位置するように、COM22iがVCO22aの発振周波数を制御する。
【0016】
送受信アンテナ21eは共振定在波を受信しており、その受信成分がCIR22dによって抽出されDET22eにて検波される。DET22eによる検波信号はADC22gに入力され、デジタル信号としてCOM22iに入力される。また、ADC22hは測定基板21dと接続されており、測定基板21dが測定した温度と湿度のデジタル信号をCOM22iに出力する。COM22iは、CNT22cによって計測される共振周波数fを、DET22eが検波した受信波の周波数の幅Δfで除算することにより、Q値を算出し、当該Q値を制御部12に出力する。なお、Q値は送受信アンテナ21eにおける受信電力を発信電力で除算した値に相当し、損失係数とも呼ばれる。Q値が小さいほど、空洞共振器21,21,21,21における損失電力が大きいと言うことができる。また、Q値の逆数である1/Q値が本発明の状態値に相当する。なお、本実施形態では、空洞共振器21,21,21,21に対してそれぞれ独立したマイクロ波回路22,22,22,22を備えるようにしたが、マイクロ波回路22,22,22,22の一部の機能を複数のマイクロ波回路22,22,22,22で共用してもよい。次に、以上のように構成された分注装置1が行う各処理の流れについて説明する。
【0017】
(2)キャリブレーション(仮分注)処理
図4は、分注装置1が実行する処理の全体の流れを示している。同図において、本実施形態の分注装置1は、まずキャリブレーション処理(ステップS100〜)を実行し、その後、分注処理(ステップS300〜)を実行する。ここでは、まずキャリブレーション処理について説明する。図5は、キャリブレーション処理の流れを示している。ステップS100においては、入力部10がキーボードまたはマウスを介して分注を行う液体試料の種類(溶媒・溶質・濃度)の指定と、分注量の指定を受け付ける。指定されたこれらの情報は、記憶部11に記憶される。
【0018】
なお、キャリブレーション処理を開始するにあたって、予めカーボンチップ3a〜3hが分注器2a〜2hに装着されるとともに、液体試料容器50a〜50hに分注対象の液体試料が用意されているものとする。ステップS110においては、駆動部4a〜4hに分注器2a〜2hの駆動を制御させることにより、分注器2a〜2hに装着された空のカーボンチップ3a〜3hを空洞共振器21,21,21,21の各挿入ガイド21fに挿入させる。ここで、空洞共振器21,21,21,21は4個備えられているため、8個のカーボンチップ3a〜3hのうち4個を同時に各挿入ガイド21fに挿入させることができる。
【0019】
ステップS115においては、カーボンチップ3a〜3hのうち4個を同時に各挿入ガイド21fに挿入させた状態で、COM22iがそれぞれのQ値を算出し、制御部12が各マイクロ波回路22,22,22,22からQ値を取得する。上述したとおり、Q値は空洞共振器21,21,21,21における電力損失に対応した値であり、何ら液体を受容していない状態のカーボンチップ3a〜3hによる初期電力損失に対応するQ値を得ることができる。カーボンチップ3a〜3hのうち4個についてのQ値を得ることができると、ステップS120にて、駆動部4a〜4hに分注器2a〜2hの駆動を制御させることにより、残りの4個のカーボンチップ3a〜3hを空洞共振器21,21,21,21の各挿入ガイド21fに挿入させる。そして、ステップS125において、同様に初期のQ値を取得する。ステップS115,S125において取得したQ値は、各分注器2a〜2hに対応付けられて記憶部11に記憶される。
【0020】
ステップS150においては、駆動部4a〜4hに分注器2a〜2hの駆動を制御させるとともに、さらに駆動制御部6に分注器2a〜2h内の圧力を調整させることにより分注器2a〜2hによる液体試料の吸引動作を実行させる。これにより、液体試料容器50a〜50hに用意された液体試料はカーボンチップ3a〜3h内に受容されることとなる。そして、ステップS160〜S175においては、ステップS110〜S125と同様の手順を行うことにより、液体試料がカーボンチップ3a〜3h内に受容された状態でのQ値を各分注器2a〜2hについて取得する。ここでも取得されたQ値を各分注器2a〜2hに対応付けて記憶部11に記憶する。ステップS180においては、駆動部4a〜4hに分注器2a〜2hの駆動を制御させることにより、電子天秤30a〜30hの直上に分注器2a〜2hを移動させ、さらに駆動制御部6に分注器2a〜2h内の圧力を調整させることにより、各分注器2a〜2hから電子天秤30a〜30hの上皿に液体試料を1ショットずつ分注する。なお、ここでの分注が本発明の仮分注に対応する。
【0021】
ステップS190においては、電子天秤30a〜30hが計測した液体試料の質量を制御部12が取得する。ステップS200においては、制御部12が各分注器2a〜2hが電子天秤30a〜30hに仮分注した液体試料の体積(仮分注体積v)を算出する(仮分注体積取得手段。)。具体的には、ステップS100において入力された液体試料の種類に基づいて当該液体試料の比重を取得し、当該比重で質量を除算することにより、液体試料の仮分注体積vを算出することができる。なお、記憶部11に各液体試料の比重を格納したデータベースを記憶させておくことにより、指定された液体試料に対応する比重を得ることができる。むろん、ステップS100の時点で比重そのものが入力されるようにしてもよい。
【0022】
ここでも取得された仮分注体積vが各分注器2a〜2hに対応付けられて記憶部11に記憶される。ステップS210〜S225においては、ステップS110〜S125と同様の手順を行うことにより、液体試料がカーボンチップ3a〜3h内に受容された状態でのQ値を各分注器2a〜2hについて取得する。ここでも取得されたQ値が各分注器2a〜2hに対応付けられて記憶部11に記憶される。ステップS230においては、制御部12が各空洞共振器21,21,21,21についての温湿度を取得し、それぞれ基準温度ts[K]と基準湿度hs[%]として記憶部11に記憶する。
【0023】
以上の処理によって、記憶部11には図6に示す情報が記憶されていることとなる。図6においては、カーボンチップ3a〜3hの状態を模式的に示している。まず、カーボンチップ3a〜3hが空の状態(状態A)のQ値が各分注器2a〜2hについて取得されており(ステップS115,S125)、仮分注(ステップS180)を行う直前の液量を受容した状態(状態B)のカーボンチップ3a〜3hについてのQ値が各分注器2a〜2hについて取得されている(ステップS165,S175)。さらに、仮分注(ステップS180)を行った直後の液量を受容した状態(状態C)のカーボンチップ3a〜3hについてのQ値が各分注器2a〜2hについて取得されている(ステップS215,S225)。一方、仮分注(ステップS180)によって吐出された液体試料の仮分注体積vも取得されている。
【0024】
ステップS240においては、ステップS225までで取得された各情報に基づいて、制御部12がQ値とカーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qとの対応関係を作成する。状態Bと状態Cにおいては、カーボンチップ3a〜3hが受容している液体試料の体積が、電子天秤30a〜30hにて測定された仮分注体積vの分だけ減少していると言うことができる。ここで、Q値は受信電力を発信電力で除算した値であり、その逆数(1/Q)は空洞共振器21,21,21,21における損失(吸収)電力に対応した値であると考えることができる。また、カーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qと吸収電力Wとの間には下記の(1)式の関係が成立する。
【数1】


上記の(1)式において、Eは電界強度を示し、fは周波数を示し、εは液体試料の誘電率を示す、tanδは誘電正接を示している。このように、吸収電力Wはカーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qに対応した値であり、同様にQ値もカーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qに対応した値であることが分かる。
【0025】
図7は、カーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qとQ値の逆数(1/Q値)の対応関係を調査した実験結果の一例を示している。横軸が1/Q値を示し、縦軸がカーボンチップ3a〜3hにおける液体試料の体積qを示している。同図に示すように、1/Q値に基づいて体積qを一意に特定することができる。なお、図6に例示した対応関係は概ね線形関数で表される。さらに、上記の(1)式により、当該線形関数の切片は初期損失(カーボンチップ3a〜3hに何ら液体試料が受容されていない状態での損失)に対応し、傾きはε×tanδに対応していると考えることができる。この切片の値は状態AのQ値から得ることが出来るし、傾きの値は状態Cと状態Bにおける1/Q値の差分(本発明の仮変動量に相当。)を状態B,C間の体積の差に相当する仮分注体積vで除算することにより得ることができる。なお、傾きの値を算出する制御部12が本発明の仮変動量取得手段に相当する。
【0026】
ステップS240において、制御部12は、上述した切片と傾きに基づいて図7に示すような線形関数を作成する。当該線形関数によれば、任意の1/Q値に対応する体積qを得ることができる。そして、全範囲にわたる各1/Q値に対応する体積qを線形関数に基づいて算出し、1/Q値と体積qとの対応関係を記述したテーブルデータを記憶部11に記憶しておく。むろん、線形関数(切片、傾き)を対応関係として記憶部11に記憶しておいてもよい。なお、上述した傾きは誘電率εと誘電正接tanδに対応した液体試料固有の物性値であり、本来、液体試料から一意に特定できる性質ものであるが、本実施形態のように実際の測定値に基づいて対応関係を作成することにより、温度や湿度に代表される種々の変動要素の影響を無視することができる。なお、ステップS240においては、実測に基づく切片と傾きによって新たに上記の対応関係を作成したとも考えられるし、線形関数を実測に基づく切片と傾きによって調整したとも考えることができる。なお、分注器2a〜2hの個々において異なる液体試料が受容される場合もあり、空洞共振器21,21,21,21の個体ばらつきも存在するため、分注器2a〜2hのそれぞれについて上述した対応関係が作成される。
【0027】
(3)分注処理
以上のようにして、対応関係が用意できると、分注処理に移行する。図8は、分注処理の流れを示している。この分注処理は、主として制御部12が制御プログラムを実行することにより実行される。ステップS300〜S315においては、ステップS110〜S125と同様の手順を行うことにより、液体試料がカーボンチップ3a〜3h内に受容された状態でのQ値を各分注器2a〜2hについて取得する。すなわち、分注によって受容される液体試料の体積が減少する前の状態(分注直前)のカーボンチップ3a〜3hに対応するQ値を各駆動部4a〜4hについて取得する。ステップS320においては、分注制御部6に分注器2a〜2hの駆動を制御させることにより分注器2a〜2hをウェル40a〜40hの直上に移動させるとともに、さらに駆動制御部6に分注器2a〜2h内の圧力を調整させることにより分注器2a〜2hによる液体試料の吐出動作を実行させる。
【0028】
本実施形態では、予めウェル40a〜40hに分注する液体試料の所望の体積が指定されており、当該体積に対応するショット数の吐出動作を繰り返す。分注器2a〜2hは、1ショットの吐出量が一定の定格量となるように形成されており、所望の体積を1ショットの定格量で除算することにより、必要なショット数を得ることができる。必要なショット数を吐出すると、吐出を終了させる。ステップS330〜S345においては、ステップS110〜S125と同様の手順を行うことにより、液体試料がカーボンチップ3a〜3h内に受容された状態でのQ値を各分注器2a〜2hについて取得する。すなわち、分注によって受容される液体試料の体積が減少した状態(分注直後)のカーボンチップ3a〜3hに対応するQ値を各分注器2a〜2hについて取得する。ステップS350においては、制御部12が各空洞共振器21,21,21,21についての温湿度を取得し、それぞれ分注温度tm[K]と分注湿度hm[%]として記憶部11に記憶する。
【0029】
以上のようにして、制御部12は分注前後のカーボンチップ3a〜3hに対応するQ値(1/Q値)と分注温度tmと分注湿度hmとを取得すると、ステップS360においては制御部12が分注体積Vを算出する。ここでは、キャリブレーション処理におけるステップS240にて作成(調整)した対応関係を記憶部11から読み出して使用する。まず、ステップS300〜S315にて取得した分注直前の1/Q値を上述した対応関係に適用することにより、分注直前においてカーボンチップ3a〜3hに受容されていた液体の体積q1を取得する。同様にステップS330〜S345にて取得した分注直後の1/Q値を上述した対応関係に適用することにより、分注直後においてカーボンチップ3a〜3hに受容されていた液体の体積q2を取得する。分注前後における1/Q値は本発明の変動量に相当し、ステップS360における制御部12は本発明の変動量取得手段に相当する。
【0030】
そして、分注直前直後の体積q1,q2の差を分注体積Vとして算出する(分注体積取得手段)。さらに、記憶部11から予め測定しておいた基準温度tsと基準湿度hsと分注温度tmと分注湿度hmを取得し、これらに基づいて分注体積Vを補正する。すなわち、ステップS240において対応関係を作成した際の温湿度条件と、実際に分注を行った際の温湿度条件との差分に基づいて分注体積Vを補正する(補正手段)。例えば、分注温度tmと分注湿度hmの基準温度tsと基準湿度hsに対する比を算出し、当該比に基づいた補正係数を分注体積Vに乗算するようにしてもよい。上記補正係数は、温度や湿度を変換させた予備実験を行っておくことにより、最適なものを用意しておくことができる。
【0031】
このように、温湿度に基づく補正を行うことにより、誘電率εや誘電正接tanδ等の温湿度依存性の影響を抑えることができる。以上のようにして、補正後の分注体積Vが得られると、当該分注体積Vを記憶部11に記憶する。なお、分注体積Vを記憶する際に、分注日時や分注器2a〜2hを特定する情報を対応付けて記憶しておく。次に、別の分注を行う場合(同一のカーボンチップ3a〜3hを使用し、同一の液体試料の分注する場合)には、分注処理のみを繰り返して実行すればよい。再度実行する分注処理においては、当該分注直後の温湿度によって分注体積Vを補正することができ、正確な分注体積Vを記録することができる。
【0032】
以上説明した分注処理によれば、各分注器2a〜2hによって分注を行うごとに、実際に分注された分注体積Vを記憶部11に記憶していくことができる。従って、実際に分注された体積をショット数だけでなく、マイクロ波を利用して測定された分注体積Vによって管理することができる。この分注体積Vの値は、上述したキャリブレーション処理において作成(調整)された対応関係に基づいて求められており、当該キャリブレーション処理においては電子天秤30a〜30hとのコリレーションが確保されている。従って、記憶部11に記憶された分注体積Vよれば実際にウェル40a〜40hに分注された液体試料の体積のトレーサビリティを確保することができる。
【0033】
さらに、分注処理の間に温湿度が変化した場合でも、分注直後の温湿度によって分注体積Vを補正することができ、より高精度の分注体積Vを記録することができる。また、分注体積Vはカーボンチップ3a〜3hに残留している液体試料の体積qに基づいて得られ、滴下中や滴下後における揮発の影響の少ない測定結果を得ることができる。従って、液体試料が高い揮発性を有している場合でも高い測定精度を実現することができる。ただし、キャリブレーション処理において、電子天秤30a〜30hが仮分注体積vを測定する際には揮発の影響を受けることとなるため、揮発性の高い液体試料についてキャリブレーション処理を行う場合には電子天秤30a〜30h上の低比重の液体中に液滴を沈下させる等して、揮発を防止しつつ質量を測定する必要がある。
【0034】
(4)変形例:
以上においては、分注処理の前に予めキャリブレーション処理を行ったが、キャリブレーション処理を実行するタイミングは分注処理の前に限られるものではない。例えば、キャリブレーション処理を分注処理の前後に行うようにしてもよい。分注処理の後に行うキャリブレーション処理においては初期損失(カーボンチップ3a〜3hに何ら液体試料が受容されていない状態での損失:切片相当値)を測定することができないが、分注処理の前のキャリブレーション処理において測定しておくことができる。一方、図7の傾きについては、分注処理の前後の双方について得ることができ、例えば双方の傾きの平均を採用して対応関係を作成することができる。
【0035】
このようにすることにより、分注前後における経時的な変動の影響を軽減することができる。さらに、分注前後においてはカーボンチップ3a〜3hに受容されている液体試料の体積qが異なるため、液体試料の体積qに起因するQ値の変動の影響も軽減することができる。むろん、分注処理の途中に中間のキャリブレーション処理を行うことも可能である。なお、温湿度の測定はキャリブレーション処理とは無関係に行うことができる。従って、分注処理の最中に温湿度を計測しておき、当該温湿度に基づいて補正を行うことも可能である。キャリブレーション処理の実行頻度は、要求される分注速度と計測精度との間で最適なものを選択すればよい。上述した実施形態のキャリブレーション処理においては、1ショット分だけ仮分注するようにしたが、むろん複数のショット数にわたって仮分注を行ってもよい。なお、記憶部11に記憶した分注体積Vは、単に記憶しておくだけでなく、プリンタやディスプレイ等に表示するようにしてもよい。
【0036】
また、上述した実施形態では、8個の分注器2a〜2hに対して4個の空洞共振器21,21,21,21を備えるものを例示したが、これらの個数は例示したものに限定されるものではない。例えば、8個の分注器2a〜2hに対して8個の空洞共振器を備えさせてもよい。さらに、空洞共振器21の構成は図3に例示したものに限られない。図9は、変形例にかかる2個の空洞共振器121,121の水平断面を示している。同図において、空洞共振器121,121が一体的に形成されており、相互の主空間121a,121aが共通の壁面によって区画されている。このように、複数の空洞共振器121,121を一体的に形成するようにしてもよい。また、主空間121a,121aの双方に連通する1個の温湿度測定空間121bが形成されている。複数の空洞共振器121,121を一体的に形成した場合、個々の主空間121a,121aでの温湿度の差は無視することができる。従って、共通の温湿度測定空間121bを設けることにより、空洞共振器121,121をコンパクトに形成することができる。
【0037】
本変形例の空洞共振器121,121の挿入ガイド121f,121fの貫通方向は主空間121a,121aにおける共振定在波の磁界方向となっている。また、挿入ガイド121f,121fが共振定在波の電界分布における腹の部分に位置している。このような配置とすることによっても、上述した実施形態と同様に各カーボンチップ3a〜3hに受容された液体試料の体積qに応じたQ値を得ることができる。ここでは、2連の空洞共振器121,121を例示したが、4連や8連としてもよい。送受信アンテナ121e,121eと挿入ガイド121f,121fの軸方向が互いに直交する関係となるが、主空間121a,121aの大きさを互いに異ならせることにより、送受信アンテナ121e,121eの配設位置をずらすことができ、コンパクトさを確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】分注装置のブロック図である。
【図2】マイクロ波体積測定ユニットのブロック図である。
【図3】空洞共振器の断面図である。
【図4】分注装置が実行する処理のフローチャートである。
【図5】キャリブレーション処理のフローチャートである。
【図6】キャリブレーション処理で取得されるデータを模式的に説明する図である。
【図7】カーボンチップにおける体積と1/Q値との対応関係を示すグラフである。
【図8】分注処理のフローチャートである。
【図9】変形例にかかる空洞共振器の断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1…分注装置、2a〜2h…分注器、4a〜4h…駆動部、5a〜5h…管路、6…分注制御部、10…入力部、11…記憶部、12…制御部、20…マイクロ波体積測定ユニット、21…空洞共振器、21a…主空間、21b…温湿度測定空間、21c…連通通路、21d…測定基板、21e…送受信アンテナ、21f…挿入ガイド、22…マイクロ波回路、22a…VCO、22b…AMP、22c…CNT、22d…CIR、22e…DET、22f…DAC、22g,22h…ADC、22i…COM、40a〜40h…ウェル、50a〜50h…液体試料容器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を受容するチップから1ショットにつき所定量ずつ分注する分注器と、
上記チップが挿入可能なマイクロ波の空洞共振器と、
上記チップから任意のショット数だけ分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を取得する変動量取得手段と、
所定の対応関係に上記変動量取得手段が取得した上記変動量を適用することにより、上記任意のショット数により分注された液体の分注体積を取得する分注体積取得手段と、
上記分注体積を記録する記録手段と、
上記チップから所定のショット数だけ仮分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を仮変動量として取得する仮変動量取得手段と、
上記仮分注によって分注された液体の質量を質量計により測定し、当該測定した質量と液体の比重に基づいて、上記仮分注によって分注された液体の体積を仮分注体積として取得する仮分注体積取得手段と、
上記仮変動量と上記仮分注体積に基づいて上記対応関係を調整する調整手段とを具備することを特徴とする分注装置。
【請求項2】
上記状態値は上記マイクロ波の損失係数に基づくことを特徴とする請求項1に記載の分注装置。
【請求項3】
上記空洞共振器における温度および/または湿度を計測する環境計測手段と、
当該計測された温度および/または湿度に基づいて上記分注体積を補正する補正手段とをさらに具備することを特徴とする請求項1または請求項2のいずれかに記載の分注装置。
【請求項4】
上記環境計測手段は、上記空洞共振器において上記マイクロ波の状態値が取得される主空間と連通しつつ当該主空間とは独立した空間に備えられることを特徴とする請求項3に記載の分注装置。
【請求項5】
上記空洞共振器と上記分注器の対が複数備えられ、各対について上記分注体積の取得と記録が行われることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の分注装置。
【請求項6】
上記チップの挿入方向が上記マイクロ波の電界方向であり、上記チップの挿入位置が電界強度分布の節位置であることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の分注装置。
【請求項7】
上記チップの挿入方向が上記マイクロ波の磁界方向であり、上記チップの挿入位置が電界強度分布の腹位置であることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の分注装置。
【請求項8】
液体を受容するチップから1ショットにつき所定量ずつ分注する分注器と、上記チップが挿入可能なマイクロ波の空洞共振器とを用いた分注方法であって、
上記チップから任意のショット数だけ分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を取得し、
予め用意された対応関係に上記変動量取得手段が取得した上記変動量を適用することにより、上記任意のショット数により分注された液体の分注体積を取得し、
上記分注体積を記録し、
上記チップから所定のショット数だけ仮分注したときの分注前後の上記チップを上記空洞共振器に挿入した際の上記マイクロ波の状態値の変動量を仮変動量として取得し、
上記仮分注によって分注された液体の質量を質量計により測定し、当該測定した質量と液体の比重に基づいて、上記仮分注によって分注された液体の体積を仮分注体積として取得し、
上記仮変動量と上記仮分注体積に基づいて上記対応関係を調整することを特徴とする分注方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−294186(P2009−294186A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−150891(P2008−150891)
【出願日】平成20年6月9日(2008.6.9)
【特許番号】特許第4183744号(P4183744)
【特許公報発行日】平成20年11月19日(2008.11.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度独立行政法人科学技術振興機構革新技術開発研究事業、産業技術力強化法第19条の規定を受けるもの)
【出願人】(591113437)オーム電機株式会社 (23)
【Fターム(参考)】