説明

分裂酵母倍数株の取得方法

【目的】 分裂酵母を加圧処理することによりホモ型の倍数体株を取得する方法を提供する。
【構成】 分裂酵母を加圧処理工程により極めて高い頻度で倍数体を取得できるだけでなく、色素含有培地でのコロニ一の色調の変化により倍数体株を極めて簡単且つ正確にスクリーニングすることが可能とし、分裂酵母の育種学上且つ産業利用上極めて多大な貢献をなすものである。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、分裂酵母の育種分野に関するものであって、更に詳細には、分裂酵母を加圧処理することにより倍数株を極めて高い効率で取得する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】出芽酵母のサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae、以下S.cerevisiae)については、その分子遺伝学的、生理学的性質がよく研究されてきた酵母である。しかし、本発明の分裂酵母であるシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe、以下S.pombe)については、子嚢菌類に属する単細胞真核生物であり、S.cerevisiaeと比べ、細胞周期や菌体内機構がより高等生物に類似していることから研究モデルとして使用されている。ヒト遺伝子が活性を保持したまま効率的に発現され翻訳後修飾の解析では脊椎動物と比較的近い性質を持っていること等、かなり異なった性質を有していることからも、研究材料として有用性のある提供が望まれている。
【0003】分裂酵母倍数株を取得する方法としては、従来、プロトプラスト生成技術を利用する細胞融合法、温度感受性変異株による熱ショック法、薬剤処理法などが知られている。
【0004】しかしながら、倍数化に使われる細胞融合法には、ポリエチレングリコール法や電気融合法等の融合技術とその再生技術が必要であって、特に細胞融合自体や処理に長時間を要するといった育種上問題となる技術は避けられない。また、融合株を選択するために栄養要求性などの遺伝子マーカーを付与する必要がある。薬剤処理法は、ベノミル、DEMS、レプトマイシン、K−252a等の化学薬品を変異誘発剤として使用するが、これらの取扱に注意を要するだけでなく、特殊な株の場合や薬剤処理に時間を要するなど、その後の目的とする株の選択及び濃縮等のスクリーニング面での熟練技術が必要であり、倍数化と同時に有用遺伝子が変異を受ける可能性がある。
【0005】また、サッカロミセス属酵母において1500〜3000barの静水圧を施し高次倍数体を取得する方法について開示した特開平4−183386号があるが、分裂酵母に関する示唆はされていない。
【0006】
【発明が解決しようとする問題点】このようにS.pombeにおける倍数化に使われる従来法は、その構造的欠陥として育種上問題となる技術を包含しているだけでなく、細胞融合法や突然変異法は目的とする株の倍数株誘導頻度が低く、目的とする株の選出に多大な手間と時間を要するばかりか、取得した大型化細胞の倍数体株は不安定であった。
【0007】
【問題点を解決するための手段】本発明は、従来技術に比して手間がかからず、短時間に且つ極めて高頻度で、且つ極めて高い再現性をもって、分裂酵母の倍数株を取得する方法を開発する目的でなされたものであり、加圧処理後の分裂酵母を色素含有寒天培地上で培養し、色調の変化に基づき倍数株を選択することを特徴とする分裂酵母倍数株の取得方法に関する。
【0008】本発明に係る方法は、分裂酵母を圧力処理することにより倍数株を取得する方法に関するものであるが、本法は分裂酵母の加圧処理だけで充分であって、育種上問題となる技術は全く包含していないし、格別の予備処理も必要としない。その上、本法は倍数株を取得する上で、容易に且つ安定であり、倍数株誘導頻度が高い。この倍数株誘導頻度について、出芽酵母のS.cerevisiaeにおいては200〜300MPaで2〜15%であるのに比べ、分裂酵母のS.pombeにおいては100〜200MPaで2〜40%と高頻度で取得できるばかりか、目的の取得株は大型化細胞の倍数体株であり、非常に高い安定性を有している。
【0009】本発明を実施するには、分裂酵母を加圧処理すればよく、それには既知の手段が適宜広範に使用することができ、大型化細胞の倍数体株が高効率で誘発される。それには、例えば、圧力処理装置を用いて分裂酵母に静水圧をかける等の方法が利用でき、圧力処理装置としては市販されている装置が適宜使用可能である。加圧処理の条件としては、例えば静水圧で、圧力100〜250MPa、好適には100〜200MPaを加えるのが好ましい。これよりも高い圧力を加えると分裂酵母が死滅し、また圧力が低い場合は効率的でないからである。圧力溶媒としても、ヘキサン等有機溶媒、水及びその他の水性溶媒、これらの混合溶媒、その他常用される圧力溶媒が適宜使用可能である。
【0010】そしてその際、分裂酵母としては、分裂酵母懸濁液、ウェットケーキ、イーストブロック等が広範に使用することができ、シゾサッカロミセス・アスポルス(Schizosaccharomyces asporus)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、例えばATCC24969等も自由に使用することができる。これらは常法にしたがってガスバリアー性を有するプラスチック袋あるいはその他の容器に収容して密封し、加圧処理すればよい。温度についても0〜35℃、好ましくは20〜30℃の範囲に維持すればよいが、必要ある場合には上記範囲に限定されることなく自由に選択すればよい。処理時間も、1〜60分間、好ましくは5〜10分間でよいが、必要ある場合は上記以外の処理時間を採用することももちろん可能である。
【0011】加圧処理を行うことによって倍数株の誘発が行われるが、本法は、従来の特殊な株や手間のかかる倍数化誘導法と比較すると、極めて容易に且つ、高頻度の倍数化株を取得するのに優れた方法だけではなく、従来より極めて困難であった倍数体株の識別ないしスクリーニングが、本発明に示されている色素含有培地によるコロニー色別を適用することで、はじめて迅速且つ正確に実施できることに成功したという著効も奏され、本発明は、育種学上特記すべきものである。
【0012】そのために本発明においては、色素含有培地を使用する。すなわち加圧処理後の分裂酵母を、必要あれば適宜希釈した後、色素含有寒天培地に塗布し、例えば20〜30℃、1〜5日間程度培養し、コロニ一を形成させる。変異したコロニーと変異しないコロニーとは色調が相違するので、その色調の相違にしたがい識別を行えばよく、したがって本発明によってはじめて、熟練を要することなく簡単且つ正確に変異株のスクリーニングが工業的に可能となったのである。培地としては分裂酵母が生育し得る培地が適宜使用され、YPD寒天培地、YM寒天培地、YCB(Difco)寒天培地その他が非限定的に使用される。色素としては、アニリンブルー、ポンソー3Rその他各種の色素が利用可能である。
【0013】例えばアニリンブルー及びポンソー3Rを含有した培地を加圧処理後の分裂酵母を培養すると、後記する実施例からも明らかなように、倍数化コロニ一に色調の変化が生じ、しかもこれらのコロニーには倍数性の変化したものが非常に多く含まれており、色素含有培地上でのコロニーの色調の変化で、極めて容易に倍数株を識別し、スクリーニングすることができることが確認された。
【0014】このように本発明は分裂酵母の育種法として卓越しているばかりでなく、非常に高い安定性を有する大型化細胞の倍数体株が得られるために、その内容物を大量生産せしめるのにも有効である。例えば、DNA、RNA等の核酸関連物質、SCP等の蛋白質、その他酵素、抗生物質、生理活性物質の大量生産が可能となり、育種の分野のみならず、発酵工業や近伝子関連工業等バイオテクノロジーの技術分野においても、本発明は極めて重要な貢献をなすものである。
【0015】以下、本発明を実施例にて更に詳しく説明する。
【0016】
【実施例1】YPD液体培地(1%イーストエキス、2%ポリペプトン、2%グルコース、pH5.5)にアデニン100ppmを添加した溶液へ分裂酵母であるS.pombe JY1株(h-,野生型,東京大学理学部より分譲)を植菌した後、30℃、30時間振盪培養した。培養液を遠心分離し、集菌後、0.86%NaClで酵母を洗浄した。0.86%NaCl溶液に酵母が1〜10%になるよう懸濁した後、酵母懸濁溶液を10mlポリエチレンの容器に入れて密封し、圧力処理装置(日本鋼管(株)社製:NKK−ABB)を用いて、各種静水圧(0.1〜300MPa)を施した。その際、温度は25℃、加圧保持時間は10分間とし、圧力溶媒としては水道水を使用した。各種加圧後の分裂酵母懸濁液を希釈し、上記生存率の測定と色素培地によるコロニーの色調変化の観察を行った。
【0017】生存率の測定方法については、各種加圧処理後の酵母懸濁溶液を0.86%NaCl溶液にて希釈し、希釈した酵母懸濁溶液0.1mlをYPD寒天培地(100ppmアデニン含有)もしくは色素含有寒天培地に塗抹した。ついで25〜30℃で2〜4日間静地培養した後、生育コロニー数と塗抹時の菌数から検算した。また色素含有培地上での元株と色調の異なるコロニーは別の寒天培地に移した。
【0018】未処理のコロニーの色調(ピンク)と、加圧処理後色調の異なるコロニー(すみれ色)の中から任意に数個(JY1−V1、JY1−V2、JY1−V3)を選び、細胞の大きさを顕微鏡観察したところいずれも細胞は大型化していた。
【0019】
【実施例2】S.pombe JY1株及びJYI−V1に対する0.1〜250MPaの静水圧における加圧処理の影響を測定した。
【0020】S.pombe JY1株及びJY1−V1ついて、実施例1と同様にして生存率の測定を行った。その結果を図1に示した。JY1(1倍体)とJY1−V1(大型化細胞)の間での圧力による生存率の大きな差異は認められなかった。
【0021】
【実施例3】S.pombe JY1株について、実施例1と同様の加圧処理を行った。各種加圧処理(5、50、100、150、200、250MPa)後の分裂酵母懸濁液を希釈し、これをAniline b1ue及びPonceau 3Rを含有せしめたYCB(Difco)寒天培地に塗布し、25℃で5日間コロニ一を形成せしめ、コロニーの色調の変化を観察して表1の結果を得た。
【0022】
【表1】
表1.S.pombe JY1株の加圧処理による大型化細胞の誘導化──────────────────────────────────── 加圧処理条件 大型化細胞現数 コロニー出現数 誘導率(%)
MPa(25℃,10分)
──────────────────────────────────── 5 0 350 0.0 50 0 320 0.0 100 2 100 2.0 150 6 80 7.5 200 103 266 38.7────────────────────────────────────
【0023】加圧未処理では色素培地での色調の異なった菌株は得られなかったが、加圧処理条件値が高くなるほど色調の異なった大型化細胞が増加した。200MPaの加圧処理を行うことによって、約40%の極めて高い頻度で大型化細胞が得られた。
【0024】
【実施例4】S.pombe JY1株及び、JY1−V1株について、色素含有培地による色調の変化観察、細胞の大きさ、菌体内DNA含有量測定を行った。1倍体標準株としてS.pombe JY334株(h+,ade6−M216,leu1)及び、2倍体標準株としてS.pombe JY276株(h+/h-,his2/his2,ade6−M216/ade6−M210)を用いた。なお、標準株は東京大学理学部より分譲を受けた。細胞の大きさは、48μmのオリフィス菅及び100μlのボリュームを備えたエルゾーン粒子カウンター80XY(Particle Data.Inc.)を用いて計算し、菌体内DNA含量はM.Aigle et a1.(J.Inst.Brew.1993,vol89,72〜74)の方法に準じて行った。YPD液体培地(100ppmアデニン含有)に分裂酵母を植菌し、30℃、24〜48時間振盪培養した後、集菌・洗浄し、細胞数をトーマ血球計算板にて測定した。細胞内からのDNAの抽出は、1.5M過塩素酸に酵母懸濁溶液を添加し、70℃、30分間反応した後、遠心分離し上清を得た。また沈澱物について同様の操作を2回行った後、上清2.5mlを1.5mlの4%ジフェニルアミン、0.01%パラアルデヒドを含む酢酸溶液にて、室温で24時間反応させた。該反応溶液を島津社製160型分光光度計を用いてOD600nmでの吸光度を測定した。コントロールDNAについては、サケの精子DNAを1.5M過塩素酸にて消化、反応させた後、各種DNA濃度における吸光度の検量線を作製し用いた。
【0025】
【表2】
表2.S.pombe JY1及びJY1−V1株の諸性質──────────────────────────────────── 菌株 細胞の大きさ 菌株DNA含有量 色素含有培地 (μm)a (μg/109細胞) 色調──────────────────────────────────── JY1(野生株) 9.8±2.2 21.3 ピンク JY334 n.t.b 23.6 ピンク JY1−V1 15.0±3.4 44.8 すみれ色 JY276 14.2±3.2 50.3 すみれ色──────────────────────────────────── a)イメージアナライザーで直接測定した結果の平均値 b)未測定
【0026】加圧処理株S.pombe JY1−V1株は細胞の大きさ、菌体内DNA含有量値が2倍体標準株JY276株と近似しておりh-/h-のホモ型の2倍体株であることが推定される。
【0027】
【実施例5】S.pombe JY1及びJY1−V1株を各々1倍体標準株のS.pombe JY334株と交雑してHPI−01及びHPI−11株を得た後、それぞれ胞子形成させ、ランダム胞子分析法により胞子発芽株の栄養要求性マーカー及び接合能型の胞子分離比を測定した。
【0028】栄養要求性マーカー、接合株の接合型の分離比の測定法について、標準株であるJY334、JY1及びJY1−V1を各々別々のYPD液体培地で30℃、2日間振盪培養した後、JY334をそれぞれJY1とJY1−V1に1:1で混合した。混合した株をMEL培地(3%マルツエキス、0.68%KH2PO4、100ppmアデニン、2%寒天、pH5.9)に塗抹し、25℃、5日間放置後、接合・胞子形成したコロニーを700μlの滅菌水にかきとり懸濁させた。300μlのエタノールを懸濁溶液に添加し、よく攪拌した後、室温で30〜40分間放置し、YPD培地(100ppmアデニン含有)に塗抹した。該YPD培地に生育したコロニーを、■MEL培地、■合成培地(0.17%YNBW/O、0.5%硫酸アンモニウム、2%グルコース、2%寒天)、■合成培地(100ppmアデニン含有)、■合成培地(100ppmロイシン含有)の各々に植菌し、■MEL培地は20〜25℃、3〜5日間、また■〜■の培地は30℃、5〜7日間培養した。■MEL培地は胞子形成の有無確認の、また■〜■の培地は生育の有無確認の判定を行った。
【0029】
【表4】
表4.交雑株HPI−01及びHPI−11株の栄養要求性マーカーの比較 ───────────────────────────────── 交雑菌株 検定数 接合型の分離 X2検定法による h- :h+ :non 推定接合型 ───────────────────────────────── HPI−01 40 23:17: 0 h-/h+ HPI−11 46 25: 7:14 h-/h-/h+a ───────────────────────────────── a)X2=1.00,2df,P>0.50
【0030】これら表3及び4の結果から明らかなように、交雑株HPI−01株はh-/h+の2倍体であり、HPI−11株はh-/h-/h+の3倍体であると判定できる。このことより加圧処理により得られたJY1−V1はホモ型の2倍体株であることも確認することができた。JY1−V1を5回植え継ぎを行った後、該菌株の細胞の大きさ、色素培地でのコロニーの色調変化の観察を行った結果、植え継ぎ前の細胞と変わらず安定であることが示唆された。
【0031】
【発明の効果】本発明によれば分裂酵母を加圧処理するというシンプルな工程により極めて高い頻度でホモ型の安定な倍数体を取得できるだけでなく、色素含有培地でのコロニ一の色調の変化により倍数体株を極めて簡単且つ正確にスクリーニングすることができ、したがって本発明は育種学上極めて多大な貢献をなすものである。
【0032】また、本発明によって生成した倍数体について、得られた細胞をアガロースブロックに包埋し、ザイモリアーゼ、プロテアーゼ処理を行ってDNAを抽出し、その電気泳動をCHEF法によって行い、分裂酵母染色体DNAパターンの検討も行って、本発明に係る倍数体が目的とするものであることも確認された。
【0033】更にまた本発明に係る倍数体は、単に倍数体が例えば2倍体になったという育種学上の利点だけでなく、DNA、酵素、蛋白質、抗生物質、生理的物質等分裂酵母が分泌生産する有用物質の収率の増加といった、食品工業、発酵工業、バイオテクノロジー等の分野においても極めて重要な貢献をなすものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】S.pombeJY1及びJY1−V1株の加圧処理による影響を示す図である。
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】分裂酵母を加圧処理することを特徴とする倍数株の取得方法。
【請求項2】加圧処理が100〜250MPaの静水圧処理であることを特徴とする請求項1に記載の分裂酵母倍数株の取得方法。
【請求項3】分裂酵母がシゾサッカロミセス・ポンベであることを特徴とする請求項1〜2に記載の分裂酵母倍数株の取得方法。
【請求項4】加圧処理後の分裂酵母を色素含有寒天培地上で培養し、色調の変化に基づき倍数株を選択することを特徴とする分裂酵母倍数株の取得方法。

【図1】
image rotate