説明

分離肺換気用具

【課題】分離肺換気用チューブの生体に対する挿入位置を保持するするとともに、必要に応じて調整することができる分離肺換気用具を提供すること。
【解決手段】チューブ本体4を患者Jに挿入した状態で気管支用カフ6及び気管用カフ5を膨張させることにより患者Jの左右の肺を分離して換気可能な分離肺換気用チューブ2と、前記チューブ本体4が患者Jに挿入された状態で患者Jに固定可能で、かつ、チューブ本体4の患者Jに対する挿抜方向の移動を規制する規制状態とチューブ本体4の挿抜方向の移動を許容する許容状態との間でチューブ本体4の保持状態を切換可能なスライダ3とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者の左右の肺の換気を分離して行う分離肺換気を行うための用具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、前記分離肺換気を行うための用具として、例えば、図7及び図8に示す分離肺換気用チューブが知られている。
【0003】
分離肺換気用チューブ2は、その長手方向に沿って気管用孔H1及び気管支用孔H2が形成されたチューブ本体4と、チューブ本体4の先端部に設けられた気管支用カフ6と、チューブ本体4の途中部に設けられた気管用カフ5とを備えている。気管用孔H1は、チューブ本体4の途中部(気管支用カフ6と気管用カフ5との間)で開口する。気管支用孔H2は、チューブ本体4の先端部で開口する。
【0004】
気管用カフ5は、気管J2内に配置された状態で、その内部に気体が導入されることにより、気管J2の内側面に密着するように膨張する。これにより、前記チューブ本体4と気管J2の内側面との間の気体の流通が遮断される。
【0005】
気管支用カフ6は、左気管支J3内に配置された状態で、その内部に気体が導入されることにより、左気管支J3の内側面に密着するように膨張する。これにより、前記チューブ本体4と左気管支J3の内側面との間の気体の流通が遮断される。
【0006】
前記気管用カフ5及び気管支用カフ6が膨張することにより、左気管支J3と右気管支J4との間、及び、両気管支J3、J4と患者Jの外部との間が遮断される。また、この状態では、左気管支J3と気管支用孔H2とが連通するとともに、右気管支J4と気管用孔H1とが連通する。したがって、気管用孔H1及び気管支用孔H2(気管支J3、J4)のそれぞれを介して左右の肺の換気を分離して行うことができる。
【0007】
前記分離肺換気用チューブ2に相当するダブルルーメンチューブは、例えば、特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−125184号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記分離肺換気用チューブ2を用いて分離肺換気を行う場合、前記気管支用カフ6の膨張位置を適切に保持することが困難である。
【0010】
具体的に、気管J2から分岐する左気管支J3の長さD1は、非常に短い(例えば、約5cm)。そのため、気管J2(例えば、長さ約11cm)内で膨張させればよい気管用カフ5と比べて、その膨張位置に高い精度が要求される。この点、右気管支J4の長さ(例えば、約2cm)は、左気管支J3よりも短いため、右気管支J4を閉塞するための分離肺換気用チューブを想定した場合、気管支用カフの膨張位置にはより厳しい精度が要求される。
【0011】
しかも、分離肺換気の手技では、まず、仰向き(仰臥位)にある患者Jに対して分離肺換気用チューブ2を挿入し、その後、患者Jを横向き(横臥位)に体位変更する。この体位変更時に分離肺換気用チューブ2の挿入深さがずれるため、上述した膨張位置に要求される精度と相俟って、気管支用カフ6の膨張位置を適切に保持することが困難である。
【0012】
本発明の目的は、分離肺換気用チューブの生体に対する挿入位置を保持するするとともに、必要に応じて調整することができる分離肺換気用具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明は、生体の分離肺換気を行うための分離肺換気用具であって、その長手方向に沿って気管用孔及び気管支用孔が形成されたチューブ本体と、前記チューブ本体の先端部に設けられているとともに生体の気管支内で膨張可能な気管支用カフと、前記チューブ本体の途中部に設けられているとともに生体の気管内で膨張可能な気管用カフとを有し、前記チューブ本体の長手方向における前記気管支用カフと前記気管用カフと間で前記気管用孔が開口するとともに、前記チューブ本体の長手方向における前記気管支用カフよりも先端側で前記気管支用孔が開口し、前記気管用カフ及び前記気管支用カフが膨張した状態で前記気管用孔及び前記気管支用孔を介して生体の左右の肺を分離して換気可能な分離肺換気用チューブと、前記チューブ本体が生体内に挿入された状態で前記生体に固定可能で、かつ、前記チューブ本体の生体に対する挿抜方向の移動を規制する規制状態と前記チューブ本体の前記挿抜方向の移動を許容する許容状態との間で前記チューブ本体の保持状態を切換操作可能な保持具とを備えている、分離肺換気用具を提供する。
【0014】
本発明では、生体に固定可能で、かつ、チューブ本体の生体に対する挿抜方向の移動を規制する規制状態と、チューブ本体の挿抜方向の移動を許容する許容状態との間でチューブ本体の保持状態を切換操作可能な保持具を備えている。そのため、保持具を規制状態とすることにより生体に対してチューブ本体の挿抜方向の移動を規制することができる一方、保持具を許容状態とすることにより生体に対するチューブ本体の挿抜位置を調整することができる。
【0015】
したがって、本発明によれば、分離肺換気用チューブの生体に対する挿入位置を保持するするとともに、必要に応じて調整することができる。
【0016】
前記分離肺換気用具において、前記保持具は、前記規制状態における前記チューブ本体に対する摺動抵抗が前記許容状態における前記チューブ本体に対する摺動抵抗よりも大きくなるように前記チューブ本体に外嵌された保持具本体と、前記保持具本体を生体に固定するための固定部とを有することが好ましい。
【0017】
この態様では、許容状態と規制状態との間で保持具本体を切換操作することによりチューブ本体に対する保持具本体の摺動抵抗を変化させることができる。この摺動抵抗の変化により、チューブ本体の生体に対する挿抜方向の移動の規制と、チューブ本体の挿抜方向の移動の許容とを実現することができる。
【0018】
前記分離肺換気用具において、前記保持具本体は、前記チューブ本体を両側から挟持する一対の挟持片と、前記一対の挟持片を離間させる方向に操作可能な操作部とを有することが好ましい。
【0019】
この態様では、チューブ本体を両側から挟持する一対の挟持片を離間させる方向に操作可能な操作部を有する。これにより、操作部の非操作時には一対の挟持片によりチューブ本体を挟持することができる一方、操作部の操作時には一対の挟持片によるチューブ本体に対する保持力を低減することができる。
【0020】
前記分離肺換気用具において、前記操作部は、前記一対の挟持片による前記チューブ本体の挟持方向と平行する方向に間隔を空けて前記一対の挟持片からそれぞれ同じ向きに延びる一対の操作片と、前記一対の操作片の途中部を連結する連結部とを有し、前記一対の挟持片と前記一対の操作片との接続位置から前記連結部までの距離は、前記連結部から前記一対の操作片の先端部までの距離よりも短いことが好ましい。
【0021】
この態様では、チューブ本体の挟持方向と平行する方向に間隔を空けて同じ向きに延びる一対の操作片と、これら操作片の途中部を連結する連結部とを有する。そのため、一対の操作片の先端部が互いに近接するように当該一対の操作片の先端部を摘むことにより、連結部を支点として両操作片の基端部、つまり、一対の挟持片が互いに離間する方向に移動する。ここで、前記態様では、一対の挟持片と一対の操作片との接続位置から連結部までの距離が連結部から一対の操作片の先端部までの距離よりも短い。つまり、支点(連結部)から作用点(各挟持片と各操作片との接続点)までの距離が支点(連結部)から力点(各操作片の先端部)までの距離よりも短い。したがって、前記態様では、各操作片の先端部を摘む力が小さくても、確実に各挟持片を離間させることができる。
【0022】
前記分離肺換気用具において、前記連結部は、前記一対の操作片の先端部を近接させる操作に応じて前記一対の挟持片を近接させる方向の付勢力を蓄えながら弾性変形可能であることが好ましい。
【0023】
この態様では、連結部が一対の操作片の先端部を近接させる操作に応じて一対の挟持片を近接させる方向の付勢力を蓄えながら弾性変形可能である。これにより、一対の操作片の摘み操作を止めたときに、連結部に蓄えられた付勢力によって各挟持片を近接させることができる。
【0024】
前記分離肺換気用具において、前記チューブ本体は、生体に挿入された状態で前記気管用孔及び前記気管支用孔が左右に並ぶように、左右方向が前後方向よりも長い断面形状を有し、前記一対の挟持片は、前記チューブ本体の外側面に沿わせた状態で前記チューブ本体の外側面に密着可能な挟持面をそれぞれ有し、前記一対の操作片は、前記一対の挟持片の挟持面が前記チューブ本体の外側面に沿って密着した状態で前記一対の挟持片の左右方向の一方の側に配置されることが好ましい。
【0025】
この態様では、一対の挟持片の挟持面がチューブ本体の外側面に沿って密着した状態で一対の操作片が一対の挟持片の左右方向の一方の側に配置される。これにより、分離肺換気用チューブの挿入手順において一対の操作片を医療従事者の扱い易い位置に配置することができる。具体的に、分離肺換気の手技では、まず、仰向き(仰臥位)の生体に対して分離肺換気用チューブを挿入し、その後、生体を横向き(横臥位)に体位変更する。この体位変更を前記一対の操作片が上に向くように行うことにより、医療従者は、横臥位となった生体の上から分離肺換気用チューブの挿入深さを調整することが可能となる。特に、前記体位変更時において分離肺換気用チューブの挿入深さがずれることが多いため、体位を変更した状態で扱い易い位置に一対の操作片が配置されることの利点は大きい。
【0026】
前記分離肺換気用具において、前記チューブ本体の先端部は、生体の左気管支内に挿入可能であるとともに、前記気管支カフは、生体の左気管支内で膨張可能であり、前記一対の挟持片は、前記チューブ本体の先端部が生体の左気管支内に挿入されるとともに前記気管支カフが生体の左気管支内で膨張し、かつ、前記一対の挟持片の挟持面が前記チューブ本体の外側面に沿って密着した状態で、前記一対の挟持片の左側に配置されることが好ましい。
【0027】
この態様では、分離肺換気用チューブが左気管支閉塞用のものであり、挟持面がチューブ本体の外側面に密着した状態で一対の操作片が一対の挟持片の左側に配置される。これにより、左気管支閉塞時の手順において一対の操作片を医療従事者の扱い易い位置に配置することができる。具体的に、左気管支閉塞時には、分離肺換気用チューブが挿入された生体を仰向き(仰臥位)から左半身が上になるように横向きに体位変換する。前記態様では、この体位変換により、一対の操作片が上向きに配置される。そのため、医療従事者は、横臥位となった生体の上から分離肺換気用チューブの挿入深さを調整することが可能となる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、分離肺換気用チューブの生体に対する挿入位置を保持するするとともに、必要に応じて調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態に係る分離肺換気用具の全体構成を示す斜視図である。
【図2】図1のスライダを拡大して示す斜視図である。
【図3】図1のIII−III線断面図である。
【図4】図3のIV−IV線断面図である。
【図5】図3のV−V線断面図である。
【図6】図1の分離肺換気用具を患者に挿入した状態を示す側面断面図である。
【図7】図1の分離肺換気用具を患者に挿入した状態を示す正面断面図である。
【図8】従来の分離肺換気用チューブを患者に挿入した状態を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下添付図面を参照しながら、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を具体化した一例であって、本発明の技術的範囲を限定する性格のものではない。
【0031】
図1を参照して、分離肺換気用具1は、患者(生体の一例)Jの左右の肺を分離して換気可能な分離肺換気用チューブ2と、患者Jに対する挿入深さを調整可能な状態で患者Jに対して分離肺換気用チューブ2を保持するためのスライダ(保持具)3とを備えている。
【0032】
図1、図6及び図7を参照して、分離肺換気用チューブ2は、患者Jに対して口腔J1を通して挿入可能なチューブ本体4と、前記チューブ本体4の途中部に設けられた気管用カフ5と、チューブ本体4の先端部に設けられた気管支用カフ6と、前記気管用カフ5に対して気体を給排するための気管用カフ給排部7と、前記気管支用カフ6に対して気体を給排するための気管支用カフ給排部8と、前記チューブ本体4の基端部にそれぞれ接続された気管接続部9及び気管支接続部10とを備えている。
【0033】
チューブ本体4には、その長手方向に沿って気管用孔H1及び気管支用孔H2がそれぞれ形成されている。気管用孔H1は、前記チューブ本体4の基端部からチューブ本体4の途中部までの範囲にわたり形成されている。具体的に、気管用孔H1は、チューブ本体4の基端面で開口するとともに、前記チューブ本体4の長手方向における気管用カフ5と気管支用カフ6との間で開口する。気管支用孔H2は、チューブ本体4の基端部からチューブ本体4の先端部までの範囲にわたり形成されている。具体的に、気管支用孔H2は、チューブ本体4の基端面で開口するとともに、チューブ本体4の先端面で開口する。以下、チューブ本体4のうち、気管用孔H1及び気管支用孔H2が形成されている範囲を気管挿入部11と称し、この気管挿入部11よりも先端側を気管支挿入部12と称することがある。
【0034】
本実施形態に係るチューブ本体4は、患者Jの左気管支J3に挿入するのに適した形状を有する。具体的に、チューブ本体4の気管挿入部11は、図1及び図6に示すように、患者Jの口腔J1から気管J2までの範囲にわたり配置するのに適した湾曲形状を有する。また、チューブ本体4の気管支挿入部12は、図1及び図7に示すように、前記気管挿入部11が患者Jの気管J2に沿わせた状態で気管挿入部11から左側(患者Jに向かって右側)に屈曲する。
【0035】
また、チューブ本体4の気管挿入部11は、図3に示すように、気管用孔H1と気管支用孔H2とが並ぶ方向に横長となる断面形状(本実施形態では楕円形の断面形状)を有する。そして、気管挿入部11が患者Jの気管J2内に配置されているとともに気管支挿入部12が左気管支J3に挿入された状態で気管用孔H1と気管支用孔H2とが左右方向に並ぶように、気管挿入部11の湾曲の向き及び気管支挿入部12の屈曲の向きが定義されている。このように、気管挿入部11が患者Jに挿入された状態で気管用孔H1と気管支用孔H2とが左右に並ぶことにより、前記気管挿入部11の断面形状の長手方向は、左右方向に沿う。
【0036】
さらに、チューブ本体4には、図3に示すように、その長手方向に沿って気管カフ孔H3及び気管支カフ孔H4が形成されている。気管カフ孔H3は、後述する気管用カフ5と気管用カフ給排部7とを連通させる。具体的に、気管カフ孔H3は、チューブ本体4の基端部から気管用カフ5の形成位置までの範囲にわたり形成されている。気管支カフ孔H4は、後述する気管支用カフ6と気管支用カフ給排部8とを連通させる。具体的に、気管支カフ孔H4は、チューブ本体4の基端部から気管支用カフ6の形成位置までの範囲にわたり形成されている。
【0037】
気管用カフ給排部7は、チューブ本体4が患者Jに挿入された状態で患者Jの体外に配置される。具体的に、気管用カフ給排部7は、図1に示すように、チューブ本体4の基端部において前記気管カフ孔H3に接続された接続チューブ7aと、接続チューブ7aの端部に設けられるとともに気管用カフ5の膨張程度を確認するためのパイロットバルーン7bと、パイロットバルーン7bの端部に設けられているとともに、注射器等が接続されることにより気管用カフ5内に対して気体を給排可能なポート部7cとを備えている。ポート部7cには、注射器等を接続した状態で気管用カフ5内の気体の吸引を許容する一方、注射器等を取り外した状態で気管用カフ5内の気体の導出を防ぐ弁体が内蔵されている。
【0038】
気管支用カフ給排部8は、チューブ本体4が患者Jに挿入された状態で患者Jの体外に配置される。具体的に、気管支用カフ給排部8は、チューブ本体4の基端部において気管支カフ孔H4に接続された接続チューブ8aと、接続チューブ8aの端部に設けられているとともに気管支用カフ6の膨張程度を確認するためのパイロットバルーン8bと、パイロットバルーン8bの端部に設けられているとともに注射器等が接続されることにより気管支用カフ6内に対して気体を給排可能なポート部8cとを備えている。ポート部8cには、注射器等を接続した状態で気管支用カフ6内の気体の吸引を許容する一方、注射器等を取り外した状態で気管支用カフ6内の気体の導出を防ぐ弁体が内蔵されている。
【0039】
気管接続部9は、前記気管用孔H1に連通した状態で、前記チューブ本体4の基端部に接続されている。気管支接続部10は、前記気管支用孔H2に連通した状態で、前記チューブ本体4の基端部に接続されている。気管接続部9及び気管支接続部10は、それぞれ図外の人工呼吸器に接続可能である。
【0040】
前記分離肺換気用チューブ2は、以上の構成を有することにより、患者Jの左右の肺を分離して換気可能である。具体的に、図7に示すように、気管用カフ5が気管J2内に配置されるとともに気管支用カフ6が左気管支J3内に配置されるように、チューブ本体4を患者Jに挿入する。そして、気管用カフ5及び気管支用カフ6を膨張させることにより、左気管支J3と右気管支J4とが遮断されるとともに、左気管支J3及び右気管支J4と患者Jの体外とが遮断される。この状態で、気管接続部9及び気管支接続部10を介して左右の肺を分離して換気することが可能となる。
【0041】
図1〜図5を参照して、スライダ3は、チューブ本体4が患者Jに挿入された状態で患者Jに固定可能で、かつ、チューブ本体4の患者Jに対する挿抜方向の移動を規制する規制状態と、チューブ本体4の前記挿抜方向の移動を許容する許容状態との間でチューブ本体4の保持状態を切換操作可能である。具体的に、スライダ3は、前記規制状態におけるチューブ本体4に対する摺動抵抗が前記許容状態におけるチューブ本体4に対する摺動抵抗よりも大きくなるようにチューブ本体4に外嵌されたスライダ本体(保持具本体)14と、スライダ本体14を患者Jに固定するための固定部15とを有する。
【0042】
スライダ本体14は、前記固定部15に取り付けられるベース16(図4参照)と、ベース16上に立設されるとともにチューブ本体4を保持するためのチューブ保持部17と、チューブ保持部17によるチューブ本体4の保持状態を切換操作するための操作部18とを備えている。本実施形態では、スライダ本体14は、合成樹脂の成形品により構成され、ベース16と、チューブ保持部17と、操作部18とが一体成形されている。
【0043】
ベース16は、図4に示すように、後述する固定部15の下面に沿って配置される板状の部材である。ベース16の上面には、固定部15に係止するための係止爪16aが立設されている。また、ベース16には、後述する一対の挟持片17a、17b間の隙間に対応する位置に形成されたスリット16b(図5参照)が設けられている。
【0044】
チューブ保持部17は、チューブ本体4を両側から挟持する一対の挟持片17a、17bを有する。本実施形態において、挟持片17a、17bは、それぞれチューブ本体4の外側面を規定する楕円形の短径方向(図3の上下方向)の両側からチューブ本体4を挟持するように、前記ベース16上に前記短径方向に離間して設けられている。また、各挟持片17a、17bは、前記チューブ本体4の外側面に沿わせた状態でチューブ本体4の外側面に密着可能な挟持面をそれぞれ有する。具体的に、各挟持片17a、17bは、チューブ本体4の外側面に沿って配置可能な内側面17dと、この内側面17dから内側に突出する突起部17cとをそれぞれ有する。内側面17dは、チューブ本体4の外側面を規定する楕円形の曲面の一部、又は、前記楕円形の曲面よりも小さくかつ前記楕円形と相似する楕円形の曲面の一部である。突起部17cは、前記内側面17dを規定する楕円形の中心軸回りの所定の範囲に設けられている。また、突起部17cの突出寸法は、前記所定の範囲の全体にわたり一定である。したがって、突起部17cの先端面は、チューブ本体4の外側面に沿わせた状態でチューブ本体4の外側面に密着可能な挟持面を構成する。このように、突起部17cの先端面をチューブ本体4に密着させることにより、各挟持片17a、17bの内側面17dをチューブ本体4に密着させる場合と比較して、チューブ本体4に対する接触面積を小さくすることができる。これにより、チューブ本体4に対する各挟持片17a、17bの挟持力を大きくすることができ、チューブ本体4に対する各挟持片17a、17bの摺動抵抗を大きくすることができる。なお、チューブ本体4を保持するのに十分な摺動抵抗が確保されていることを前提として、各挟持片17a、17bの内側面17dをチューブ本体4の外側面に密着させてもよい。
【0045】
操作部18は、前記一対の挟持片17a、17bを互いに離間させる方向に操作可能である。具体的に、操作部18は、前記一対の挟持片17a、17bによるチューブ本体4の挟持方向と平行する方向(図3の上下方向)に間隔を空けて前記一対の挟持片17a、17bからそれぞれ同じ向き(図3の右向き)に延びる一対の操作片18a、18bと、一対の操作片18a、18bの途中部を連結する連結部18cとを備えている。図3の矢印Y1に示すように、各操作片18a、18bを近接させるように摘むことにより、矢印Y2に示すように、連結部18cを支点として各操作片18a、18bの先端部が互いに離間する方向に変位する。これにより、各挟持片17a、17bが互いに離間する方向に変位する(許容状態に切り換えられる)。連結部18cは、各操作片18a、18bの摘み操作に応じて一対の挟持片17a、17bを近接させる方向の付勢力を蓄えながら弾性変形可能である。具体的に、連結部18cは、その中央部が各挟持片17a、17bに最も近づくとともにその両端部が各挟持片17a、17bから最も離間するように、湾曲した形状とされている。したがって、各操作片18a、18bを摘み操作することにより、図3の矢印Y2に示すように、連結部18cは、その曲率半径が小さくなる方向に弾性変形する。したがって、各操作片18a、18bの操作を止めると、連結部18cの付勢力により各挟持片17a、17bが互いに離間する(正規の位置に復帰する)。
【0046】
また、図3に示すように、一対の操作片18a、18bは、それぞれチューブ本体4の外側面を規定する楕円形の長径方向(図3の左右方向)に沿って延びる。具体的に、一対の操作片18a、18bは、前記一対の挟持片17a、17bがチューブ本体4を挟持している状態で、チューブ本体4の気管支挿入部12(図1参照)が屈曲する方向(左方向)にそれぞれ延びている。したがって、チューブ本体4が挿入された患者Jの右半身が下になるように体位変換した状態で、各挟持片17a、17bが患者Jの上に配置される。
【0047】
さらに、一対の操作片18a、18bの外側面には、図2に示すように、各操作片18a、18bの途中部に設けられた3つの滑り止め用突起18dと、各操作片18a、18bの先端部に設けられた1つの引掛り突起18eとがそれぞれ形成されている。各滑り止め用突起18dは、各操作片18a、18bの外側面に対する滑り止めとして機能する。具体的に、各滑り止め用突起18dは、各操作片18a、18bの外側面から外側に突出するとともに各操作片18a、18bの長手方向と直交する方向にそれぞれ延びている。引掛り突起18eは、一対の操作片18a、18bの先端部に対する使用者の指の引掛りとして機能する。具体的に、引掛り突起18eは、各操作片18a、18bの外側面から前記各滑り止め用突起18dよりも外側に突出するとともに、各操作片18a、18bの長手方向と直交する方向にそれぞれ延びている。
【0048】
固定部15は、弾性を有する材料(例えば、ポリ塩化ビニル)により形成され、患者Jに固定される板状の固定部本体15aを有している。固定部本体15aには、図1、図4及び図5に示すように、前記チューブ保持具17を嵌合するための嵌合孔15bと、前記係止爪16aを係止するための係止孔15cと、前記嵌合孔15bから側方へ延びるとともに固定部本体15aの側縁を2分割するスリット15dとが形成されている。嵌合孔15bには、前記チューブ保持部17が側方から挿入される。具体的に、スリット15dを挟んだ固定部本体15aの両側部分を開いて、この間を通して嵌合孔15b内にチューブ保持具17を嵌合する。係止孔15cには、前記チューブ保持部17を嵌合孔15bに嵌合した後に、係止爪16aが下から挿入される。これにより、ベース16の上面が固定部本体15aの下面に密着した状態で、係止爪16aが係止孔15cに係止される。前記スリット15dは、前記ベース16に形成されたスリット16b(一対の挟持片17a、17b)の隙間に対応する位置に形成されている。これらのスリット15d、16bにより、一対の挟持片17a、17bの離間動作が確実に許容される。
【0049】
また、固定部本体15aは、チューブ本体4が患者Jに挿入された状態で、患者Jの口部表面J5に固定可能である。具体的に、固定部本体15aの表面のうち前記スライダ本体14から側方に張り出した範囲は、図外のテープの貼着範囲として利用される。つまり、固定部本体15aの貼着範囲と患者Jの口部表面J5とに跨ってテープを貼着することにより、固定部本体15aが患者Jに固定される。なお、固定部本体15aの固定方法は、テープに限定されない。例えば、固定部本体15aを拘束用のベルト又は紐等の拘束部材によって患者Jに拘束することも可能である。具体的に、固定部本体15aには、複数の拘束用孔15eが形成されている。図示の例では、固定部本体15aの左縁部に2つの拘束用孔15eが設けられているとともに、固定部本体15aの右縁部に1つの拘束用孔15eが設けられている。患者Jの後頭部から左右の側頭部を通って前側に拘束部材を引き出すとともに、この拘束部材を前記拘束用孔15eに通して固定することにより、固定部本体15aを患者Jの口部表面J5に固定することができる。なお、テープで固定部本体15aを固定することが前提の場合には、前記拘束用孔15eを省略することもできる。
【0050】
以下、前記分離肺換気用具1を用いた分離肺換気の手順を説明する。
【0051】
まず、患者Jを仰向けにした状態で、図7に示すように、チューブ本体4の気管挿入部11を気管J2内に挿入するとともに、気管支挿入部12を左気管支J3に挿入する。この状態で、気管用カフ5及び気管支用カフ6を膨張させる。これにより、左気管支J3と右気管支J4とが遮断されるとともに、両気管支J3、J4と患者Jの体外とが遮断される。この状態で、分離肺換気用チューブ2の気管接続部9及び気管支接続部10を介して患者Jの左右の肺の換気を分離して行うことができる。
【0052】
次いで、図8に示すように、スライダ3の固定部本体15aを患者Jの口部表面J5に固定する。これにより、スライダ本体14に保持されたチューブ本体4の患者Jに対する挿入位置が保持される。この状態で、患者Jの右半身が下に向くように、患者Jの体位を側臥位に変換する。これにより、スライダ3の一対の操作片18a、18bは、チューブ本体4の上に配置される。また、前記体位変換時には、患者Jの体内の軟組織の移動に伴い、患者Jに対するチューブ本体4の挿入位置が移動するおそれがある。チューブ本体4の挿入位置が移動した場合、図3の矢印Y1に示すように、一対の操作片18a、18bの先端部を摘む。これにより、一対の挟持片17a、17bが離間して、チューブ本体4の挿抜方向の移動が許容される。この状態で、チューブ本体4の挿入位置を調整することができる。
【0053】
以上説明したように、前記実施形態では、患者Jに固定可能で、かつ、チューブ本体4の患者Jに対する挿抜方向の移動を規制する規制状態と、チューブ本体4の挿抜方向の移動を許容する許容状態との間でチューブ本体4の保持状態を切換操作可能なスライダ3を備えている。そのため、スライダ3を規制状態とすることにより患者Jに対してチューブ本体4の挿抜方向の移動を規制することができる一方、スライダ3を許容状態とすることにより患者Jに対するチューブ本体4の挿抜位置を調整することができる。
【0054】
したがって、前記実施形態によれば、分離肺換気用チューブ2の患者Jに対する挿入位置を保持するとともに、必要に応じて調整することができる。
【0055】
前記実施形態では、許容状態と規制状態との間でスライダ3を切換操作することによりチューブ本体4に対するスライダ本体14の摺動抵抗を変化させることができる。この摺動抵抗の変化により、チューブ本体4の患者Jに対する挿抜方向の移動の規制と、チューブ本体4の挿抜方向の移動の許容とを実現することができる。
【0056】
前記実施形態では、チューブ本体4を両側から挟持する一対の挟持片17a、17bを離間させる方向に操作可能な操作部18を有する。これにより、操作部18の非操作時には一対の挟持片17a、17bによりチューブ本体4を挟持することができる一方、操作部18の操作時には一対の挟持片17a、17bによるチューブ本体4に対する保持力を低減することができる。
【0057】
前記実施形態では、チューブ本体4の挟持方向と平行する方向に間隔を空けて同じ向きに延びる一対の操作片18a、18bと、これら操作片18a、18bの途中部を連結する連結部18cとを有する。そのため、一対の操作片18a、18bの先端部が互いに近接するように一対の操作片18a、18bの先端部を摘むことにより、連結部18cを支点として両操作片18a、18bの基端部、つまり、一対の挟持片17a、17bが互いに離間する方向に移動する。ここで、前記実施形態では、一対の挟持片17a、17bと一対の操作片18a、18bとの接続位置から連結部18cまでの距離D2が連結部18cから一対の操作片18a、18bの先端部までの距離D3よりも短い。つまり、支点(連結部18c)から作用点(各挟持片17a、17bと各操作片18a、18bとの接続点)までの距離D2が支点(連結部18c)から力点(各操作片18a、18bの先端部)までの距離D3よりも短い。したがって、前記実施形態では、各操作片18a、18bの先端部を摘む力が小さくても、確実に各挟持片17a、17bを離間させることができる。
【0058】
前記実施形態では、連結部18cが一対の操作片18a、18bの先端部を近接させる操作に応じて一対の挟持片17a、17bを近接させる方向の付勢力を蓄えながら弾性変形可能である。これにより、一対の操作片の摘み操作を止めたときに、連結部18cに蓄えられた付勢力によって各挟持片17a、17bを近接させることができる。
【0059】
前記実施形態では、チューブ本体4の気管支挿入部12が患者Jの左気管支J3に挿入されるとともに気管支用カフ6が左気管支J3内で膨張し、かつ、一対の挟持片17a、17bの挟持面(突起部17cの先端面)がチューブ本体4の外側面に沿って密着した状態で、一対の操作片18a、18bが一対の挟持片17a、17bの左側に配置される。これにより、分離肺換気用チューブ2の挿入手順において一対の操作片18a、18bを医療従事者の扱い易い位置に配置することができる。具体的に、分離肺換気の手技では、まず、仰向き(仰臥位)の患者Jに対して分離肺換気用チューブ2を挿入し、その後、患者Jを横向き(横臥位)に体位変更する。チューブ本体4を左気管支J3に挿入する場合には、患者Jの右半身が下になるように体位変更が行われる。そのため、前記実施形態に係るスライダ3を用いた場合、医療従事者は、横臥位となった患者Jの上から一対の操作片18a、18bを摘んでチューブ本体4の挿入深さを調整することができる。特に、体位変更時において分離肺換気用チューブ2の挿入深さがずれることが多いため、体位変更した状態で取り扱いやすい位置に一対の操作片18a、18bが配置されることの利点は大きい。
【符号の説明】
【0060】
H1 気管用孔
H2 気管支用孔
J 患者
J1 口腔
J2 気管
J3 左気管支
J4 右気管支
J5 口部表面
1 分離肺換気用具
2 分離肺換気用チューブ
3 スライダ(保持具の一例)
4 チューブ本体
5 気管用カフ
6 気管支用カフ
14 スライダ本体(保持具本体の一例)
15 固定部
17a、17b 挟持片
17c 突起部
18a、18b 操作片
18c 連結部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の分離肺換気を行うための分離肺換気用具であって、
その長手方向に沿って気管用孔及び気管支用孔が形成されたチューブ本体と、前記チューブ本体の先端部に設けられているとともに生体の気管支内で膨張可能な気管支用カフと、前記チューブ本体の途中部に設けられているとともに生体の気管内で膨張可能な気管用カフとを有し、前記チューブ本体の長手方向における前記気管支用カフと前記気管用カフと間で前記気管用孔が開口するとともに、前記チューブ本体の長手方向における前記気管支用カフよりも先端側で前記気管支用孔が開口し、前記気管用カフ及び前記気管支用カフが膨張した状態で前記気管用孔及び前記気管支用孔を介して生体の左右の肺を分離して換気可能な分離肺換気用チューブと、
前記チューブ本体が生体内に挿入された状態で前記生体に固定可能で、かつ、前記チューブ本体の生体に対する挿抜方向の移動を規制する規制状態と前記チューブ本体の前記挿抜方向の移動を許容する許容状態との間で前記チューブ本体の保持状態を切換操作可能な保持具とを備えている、分離肺換気用具。
【請求項2】
前記保持具は、前記規制状態における前記チューブ本体に対する摺動抵抗が前記許容状態における前記チューブ本体に対する摺動抵抗よりも大きくなるように前記チューブ本体に外嵌された保持具本体と、前記保持具本体を生体に固定するための固定部とを有する、請求項1に記載の分離肺換気用具。
【請求項3】
前記保持具本体は、前記チューブ本体を両側から挟持する一対の挟持片と、前記一対の挟持片を離間させる方向に操作可能な操作部とを有する、請求項2に記載の分離肺換気用具。
【請求項4】
前記操作部は、前記一対の挟持片による前記チューブ本体の挟持方向と平行する方向に間隔を空けて前記一対の挟持片からそれぞれ同じ向きに延びる一対の操作片と、前記一対の操作片の途中部を連結する連結部とを有し、
前記一対の挟持片と前記一対の操作片との接続位置から前記連結部までの距離は、前記連結部から前記一対の操作片の先端部までの距離よりも短い、請求項3に記載の分離肺換気用具。
【請求項5】
前記連結部は、前記一対の操作片の先端部を近接させる操作に応じて前記一対の挟持片を近接させる方向の付勢力を蓄えながら弾性変形可能である、請求項4に記載の分離肺換気用具。
【請求項6】
前記チューブ本体は、生体に挿入された状態で前記気管用孔及び前記気管支用孔が左右に並ぶように、左右方向が前後方向よりも長い断面形状を有し、
前記一対の挟持片は、前記チューブ本体の外側面に沿わせた状態で前記チューブ本体の外側面に密着可能な挟持面をそれぞれ有し、
前記一対の操作片は、前記一対の挟持片の挟持面が前記チューブ本体の外側面に沿って密着した状態で前記一対の挟持片の左右方向の一方の側に配置される、請求項4又は5に記載の分離肺換気用具。
【請求項7】
前記チューブ本体の先端部は、生体の左気管支内に挿入可能であるとともに、前記気管支カフは、生体の左気管支内で膨張可能であり、
前記一対の挟持片は、前記チューブ本体の先端部が生体の左気管支内に挿入されるとともに前記気管支カフが生体の左気管支内で膨張し、かつ、前記一対の挟持片の挟持面が前記チューブ本体の外側面に沿って密着した状態で、前記一対の挟持片の左側に配置される、請求項6に記載の分離肺換気用具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−13487(P2013−13487A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−147110(P2011−147110)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(000205007)大研医器株式会社 (28)