説明

切り花延命剤

【課題】 固体の銀成分の抗菌作用や殺菌作用を十分に発現できる構造の銀複合粒子とすることにより、高い延命効果のある切り花延命剤を提供する。
【解決手段】 コア‐シェル型ナノ構造体のシェル部分が粒子状で、このシェル部分に銀3を含有する構造の複合組成物粒子1を分散させた分散液であり、前記シェル部分の粒径の平均が2から1000nmの範囲内であるとともに、前記複合組成物粒子1の2次粒径が1000nm以下であることを特徴とし、これによって、植物の導管内への浸入を容易にし、固体ならではの緩やかな銀イオンの局部的放出によって、優れた延命効果のある切り花用延命剤とする。前記分散液は、添加成分として、糖類を含んでいてもよく、この場合にはチオ硫酸銀を含有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀複合粒子を主な有効成分とする新規な切り花延命剤に関するものであり、銀の抗菌性と植物の成長を抑制する作用により優れた延命効果を示す花用薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
各種切り花においては花の品質保障が求められ、この処理方法が重要な課題となっている。一般的に切り花は流通段階で、水を入れたプラスチック製のバケット等に入れた状態で出荷され、市場から小売店へと移送される。切り花の付加価値を高めるためには、流通期間中を含めて鮮度や品質(色や香り等)を持続させ、花持ちを良くするとともに、その品質保障をすることが重要である。
【0003】
前記流通段階での切り花の鮮度を保持するためには、水の腐敗を防ぎ、バクテリア等の繁殖を防ぐ対策を講じる必要がある。このため、いわゆる抗菌性のある切り花延命剤が開発され、広く用いられている(例えば特許文献1や特許文献2等を参照)。
【0004】
特許文献1には、非塩素系の切花延命成分と、炭酸塩と水溶性固体酸からなる発泡成分を含有する発泡性切花延命剤が開示されている。特許文献1に記載される発泡性切花延命剤においては、切花延命成分として、栄養素であるサッカロース、グルコース等の炭水化物や、水の腐敗防止を目的として殺菌剤である硝酸銀、酢酸銀等、老化抑制剤であるベンジルアミノプリン等、エチレン抑制剤であるチオ硫酸銀、アミノオキシ酢酸等を含有しているとの記述がある。
【0005】
また、特許文献2には、銀コロイド粒子やピロリン酸イオン、アミノカルボン酸イオン等を必須成分とする抗菌性又は防黴性組成物が開示されている。特許文献2記載の発明では、銀イオンを還元させて作成した銀コロイド溶液に、鉄やコバルト等の金属のイオンを共存させることで、安定で均一な状態を保持するようにしているとの記述がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3293673号公報
【特許文献2】特許第4342792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述の通り、切り花延命剤には抗菌成分として銀等が使用されており、エチレン対策用としてチオ硫酸銀等が使用されているが、これらの中でも銀コロイドを含む固体銀粒子は、薬害が少ないことと長期に亘り効果が持続すること等の利点を有している。
【0008】
ただし、前記銀粒子は粒径が小さくなると凝集しやすくなり、沈殿し易いという問題がある。この凝集した銀の状態では、十分な抗菌効果を発揮することはできない。一般に、銀粒子の分散状態を改善するために、分散剤が使用される。その分散剤としては、陰イオン、陽イオン、ノニオン系の3種類があるが、陽イオン、ノニオン系は分散力が陰イオン系に比べて弱い傾向がある。そのため、銀粒子で安定な分散を得るためには、陰イオン系の分散剤の使用が有効であり、それを加えることで銀粒子を安定に分散させた分散液とすることができる。その分散させた銀粒子を、植物の導管内に浸入させることで、抗菌効果とともに延命効果を得ることができる。
【0009】
しかしながら、単体元素で構成される銀コロイド等の溶液に分散剤を添加した場合には、銀粒子の表面を分散剤の高分子で覆うことになり、銀本来の高い抗菌効果を十分に発現させることができない問題があった。また、銀とイオン性の分散剤の組み合わせでは、それらの反応による抗菌性の劣化も問題になる。特に200ppb程度の薄い濃度領域での分散を考えた場合、この特性は延命剤として致命的なものとなる。
【0010】
本発明は、銀などの固体粒子からなる延命剤が抱える上述の課題を解消することを目的に、その粒子構造に着目して提案されたものであり、銀粒子の凝集を防ぐとともに、分散に優れた粒子構造により、使用する分散剤の量を激減させることができた。これにより、銀本来の抗菌効果を十分に発現させることができる粒子分散液を得ることができた。さらに、粒径の制御を行ない、それを切り花の導管中に浸入させることにより、少量の材料で優れた効果が長期に亘って持続する切り花延命剤が提供できた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の切り花延命剤は、コア‐シェル型ナノ構造体のシェル部が粒子状形態からなる銀を含有する構造の複合組成物粒子を分散させた分散液であり、前記シェル部の粒径が2から1000nmの範囲内であるとともに、前記複合組成物粒子の2次粒径が1000nm以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明者らは、前述の目的を達成するために種々の検討を重ね、水溶液中での分散性に優れるコア材と、そのコア材表面(シェル部)に担持させた銀とからなるコア‐シェル型ナノ構造体に着目し、本発明を開発するに至った。すなわち、本発明によれば、主にコア材の特性により、粒子全体の分散を確保することで、使用する分散剤の量を激減させることができる。これにより、銀本来の抗菌効果を十分に発現させることができる。また、その銀組成物を数nmレベルまで微粒化することで銀イオンの溶出速度を高めるとともに、前記粒子の2次粒径を1000nm以下とすることで、植物の導管内を円滑に循環できるようにする。このとき、植物の導管内へ浸入する銀は液体ではなく、固体状態で表面に吸着するため、付着した周辺で局所的な高い濃度の銀イオン状態を形成し、少量で高い抗菌効果が得られるとともに、それらの効果を長期に亘り持続させることができる。
【0013】
本発明は、銀濃度が16から160ppbの範囲内であるとともに、前記シェル部の平均粒径が5nm以下であることを特徴とする。さらに好ましくは、銀濃度が65ppb以下の固体粒子からなる延命剤である。
【0014】
本発明によれば、銀濃度が16から160ppbの範囲内であることから、銀イオンによる薬害を起こすことなく、前記シェル部の平均粒径が5nm以下となった銀複合粒子からの穏やかな銀イオンの放出作用により、高い延命効果を得ることができる。従来の液体の薬剤とは異なり、銀粒子から放出されるイオン濃度がその周辺部分で高くなるために、前記銀濃度が65ppb以下の少量でも抗菌性を示すに十分な値となる。
【0015】
特に、花の茎を切った直後に、その切り口を銀複合粒子の分散液に浸すことで、その切り口から導管内に浸入した空気の界面で発生する雑菌の繁殖を効果的に抑制することができ、高い延命効果を得ることができる。
【0016】
本発明は、前記コアの材質がセラミックスであり、その粒径が10から1000nmの範囲内であることが好ましい。
【0017】
前記コアの材質としては、ジルコニア、アルミナ、チタニア、シリカなどのセラミックスや、酸化鉄、ゼオライト、高分子ラテックス等が挙げられる。本発明によれば、前記コアの材質がセラミックスであり、その粒径が10から1000nmの範囲内であるから、植物の導管内への浸入が可能になるとともに、水溶液中での分散性に優れる特徴を持たせることができる。
【0018】
本発明はシリカ粒子を添加することで、植物の導管内面のぬれ性が改善でき、切り花の延命効果をより高めることができる。この場合、シリカ粒子の平均粒径が10から40nmの範囲内であり、シリカの濃度が100ppb以下であることが好ましい。
【0019】
本発明は二酸化塩素、安定化二酸化塩素、又は亜塩素酸ナトリウムのうちいずれか一種以上が添加され、これらの成分濃度が前記銀濃度に対するモル比で2以下であることが好ましい。
【0020】
切り花の延命効果を高めるためには、抗菌性の付加の他に、花の成長抑制のためのエチレン対策が重要である。特に、カーネーション、デルフィニウム、カスミソウ等はエチレンの影響を受け易い品種である。本発明によれば、二酸化塩素、安定化二酸化塩素、又は亜塩素酸ナトリウムなどの高い酸化力をもつ添加剤を併用することで、抗菌性とともにエチレン抑制効果と分散性の向上が期待できる。前記添加成分の濃度を、前記銀濃度に対するモル比で2以下に抑えることで、銀の抗菌効果と相俟って、高い延命効果が実現できる。
【0021】
本発明はチオ硫酸銀が添加され、その濃度が前記銀濃度に対するモル比で0.2以下であることが好ましい。
【0022】
チオ硫酸銀にはエチレン抑制効果がある。花の栄養素であるサッカロース、グルコース等の糖類を添加した場合、錯体を形成するチオ硫酸には、固体の銀から放出される銀イオンとの反応を抑制する効果がある。本発明によれば、チオ硫酸による銀との錯体形成作用により、抗菌性の高い銀イオンの沈殿反応を抑制することができる。それと銀錯体によるエチレン抑制効果との併用により、高い延命効果が実現できる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、複合粒子をコア‐シェル型ナノ構造体とすることで、少量の分散剤で良好な分散性を実現するとともに、担持された銀の抗菌効果を十分に引き出すことができる。コア材に安価なセラミックスを使用することで、コストの点でも有利になる。また、植物の導管内に浸入して、付着した周辺部のみを効果的に抗菌することができるために、液体の銀イオンを用いた薬剤に比べて薬害が起きにくいという特徴も有し、少量の銀濃度で高い延命効果を有することができる。さらに、銀は導管中に固体状態で入り込んで吸着した状態となるので、その効果が長期に亘って持続されるという特徴を有する。本発明の切り花延命剤は蒸留水でなくても、水道水で希釈することも可能であることから、前記所定の濃度となるように調製することが容易にできる。そのため、製品に適した濃縮液の状態にすることが可能で、コンパクトな製剤となり流通コストを低減できる特徴も有している。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】銀複合粒子を示す模式図であり、(a)は本発明の単独でのコア‐シェル型ナノ構造体(銀複合粒子)を表しており、(b)は分散剤の吸着状態を表している。(c)は、従来の銀単独粒子の場合における分散剤の吸着状態を表している。
【図2】上記銀複合粒子が凝集した2次粒子を示す模式図である。
【図3】上記2次粒子を透過型電子顕微鏡にて観察した像である。
【図4】透過型電子顕微鏡の倍率を高くして銀複合粒子を観察した像である。
【図5】本発明の延命剤を使用した場合のバラの状態変化を示す観察像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。
【図6】比較例として、市販の切り花延命剤であるクリザール(登録商標)を使用した場合のバラの状態変化を示す観察像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。
【図7】比較例として、水道水を使用したときのバラの状態変化を例示する観察像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下本発明を適用した切り花延命剤の実施形態について、図や表を参照して詳細に説明する。
【0026】
本発明の延命剤は、セラミックスコア材2の表面に銀3を担持させたコア‐シェル型ナノ構造体からなる複合組成物粒子1である(図1(a))。本発明では、銀複合組成物粒子1の凝集を防止するためにコア材2を用いるとともに、銀3よりも主にコア材2に吸着し易い性質の分散剤4を使用する(図1(b))。分散剤4がコア材2に優先的に吸着し、銀複合粒子1は微量の分散剤4で安定な分散が可能となり、十数ppbから数十ppb程度の薄い濃度領域で希釈しても、十分な分散を得ることができる。この特徴は1000倍希釈を前提とした濃縮液の作製に不可欠のものである。図2は、本発明のコア‐シェル型ナノ構造体からなる銀複合粒子1が凝集した2次粒子1aを示す模式図である。
【0027】
本実施形態の銀複合粒子(符号1)の2次粒子(符号1a)の状態を透過型電子顕微鏡にて観察した像を図3に示す。また、透過型電子顕微鏡の倍率を高くして銀複合粒子(符号1)を観察した像を図4に示す。
前記銀複合粒子1においては、コア材2の表面に1〜3nmの粒径の銀3が高密度に坦持されており、この構造が水溶液中での銀イオンの放出に非常に有効に作用している。これは、粒径が1〜3nm程度になると銀原子のほとんどが表面になっていることから、高い溶質速度が得られ、固体でありながら高い抗菌性を示すことが本願発明者らの研究にて判明している。つまり、コア‐シェル型のナノ構造体は、コア材2の働きにより粒子1同士の凝集を防ぐとともに、分散性に優れたコア材を使用することで、少ない量で優れた分散状態を得ることが可能になり、銀3本来の高い抗菌効果を得ることが可能である。
【0028】
前記銀複合粒子(符号1)を切り花延命剤として使用する場合、その粒径を適正に設定する必要がある。具体的には平均粒径を1000nm以下の銀複合粒子とすることである。本実施形態によれば、平均粒径が1000nm以下の銀複合粒子を使用することで、切り花の導管へ浸入させることが可能となり、銀複合粒子が導管内に吸着できる。これにより、導管に吸着した銀複合粒子1は前述のとおり、液体ではなく固体状態で吸着するために、延命効果が長持ちするとともに、固体からの穏やかな銀イオンの放出のために、それによる薬害が出難いという特徴も有している。一方、粒子の銀は固体であるためにその周辺のイオン濃度は抗菌性を発揮するに足る十分な値になるので、少量で雑菌の繁殖を確実に抑制することができる。
【0029】
本発明の切り花延命剤は、前記銀複合粒子が分散した水溶液であり、この液に高価な蒸留水、イオン交換水ではなく、水道水等を加えて希釈することで銀濃度を簡単に調製することができる。これは銀イオンではなく、固体の銀粒子からなる組成物であるが故の特徴である。切り花に使用する際には、十数ppbから数十ppb程度の薄い濃度領域での銀濃度にする必要があるが、原液を濃縮液とすることによって、輸送費等を安価にすることもできる。最終的な濃度は、薄すぎると効果が得られなくなり、逆に濃すぎると薬害等の発生が問題になるので、適正な濃度に設定する必要がある。通常は、原液を準備しておき、これを希釈して使用する。この場合、希釈倍率としては500倍〜1000倍程度が好ましい。生産者向け、あるいは、最終消費者で使用する量が異なるので、使用目的に応じてこの希釈倍率を任意に変更することも容易にできる。
【0030】
本発明の切り花延命剤には、他の成分を添加することも可能である。例えば、つぼみから花を咲かせるようなときに使用する場合、植物には成長のためのエネルギーが必要になるので、栄養素として糖類を添加することが好ましい。糖類としては、例えばスクロース(ショ糖)、グルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)等が挙げられる。前記糖類の添加量は任意であり、切り花の種類等に応じて適宜設定すればよい。前記糖類の添加によって、銀イオンが反応し、抗菌効果が無くなることがあるので、チオ硫酸塩の一種であるチオ硫酸銀を固体の銀濃度に対して、固体の銀が完全に溶出してなくなってしまわない濃度とする必要があり、最大でもモル比で0.2以下の範囲で添加しなければならない。つまり、チオ硫酸による錯体形成作用を用い、銀イオンの沈殿反応を抑制した溶液状態にすることが好ましい。
【0031】
エチレン感受性の高い花、特に、カーネーション、デルフィニウム、カスミソウ等に関しては、二酸化塩素、安定化二酸化塩素、又は亜塩素酸ナトリウムのうちいずれか一種以上を添加成分として添加することで、これら添加成分の高い酸化力によるエチレン抑制効果と分散性の向上が期待できる。前記添加成分の濃度を、前記銀濃度に対するモル比で2以下に抑えることで、銀の抗菌効果と相俟って、高い延命効果が実現できる。
【0032】
上述のように、本実施形態の切り花延命剤においては、コア‐シェル構造体の粒子を採用することで固体の銀の凝集を防ぐとともに、少量の分散剤の使用で高い分散性を得ることができる。また、銀微粒子の有する優れた抗菌効果をも十分に発現させることができる。結果として、固体である銀複合粒子は非常に微量で済むことになる。しかも固体状態の銀を主成分とするので、薬害の心配も少なく、その効果を長期に亘り持続させることができる。
【0033】
本発明については、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。例えば、銀複合粒子の他、添加剤として二酸化塩素やチオ硫酸銀を加えた実施形態のみならず、それらを含む化合物や切り花の種類や用途等に応じて、4級アンモニウム塩など他の添加成分を添加することも可能である。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の具体的な実施例について、実験結果に基づいて詳細に説明する。
【0035】
切り花延命剤の調製
一次粒径が10nmのセラミックスコア材2の表面に1〜3nmの粒径の銀3を坦持させた銀複合粒子1を水に分散させて、切り花延命剤(実施例1)を調製した。この粒子の透過電子顕微鏡像を図2と図3に示す。図2は粒子全体の像、図3はその一部を拡大した像であり、2nm以下の粒径の銀をもつコア‐シェル構造体になっていることが分かる。この水溶液中の2次粒子の粒度分布は、120nmから1000nmの範囲内であり、その平均粒径は200nmであった。この水溶液をベースに、銀複合粒子とチオ硫酸銀(実施例2,3)、銀複合粒子と糖(実施例4)、銀複合粒子とチオ硫酸銀+糖(実施例5)を水に分散させて切り花延命剤を調製した。
【0036】
比較のため、錯体の代表例としてチオ硫酸銀のみを水に溶解したもの(比較例1)、銀イオンのみの代表例として硝酸銀を水に溶解したもの(比較例2)、市販の切り花延命剤(比較例3)、分散剤、及び水道水をそれぞれ用意した。各実施例及び比較例における水液中に溶出していた銀イオン(Ag+)濃度と組成物の銀濃度を表1に示す。本実施例では、硝酸銀とチオ硫酸ナトリウムを混合した水溶液として、チオ硫酸銀を調合した。一般的に延命剤として優れているとされている銀とチオ硫酸のモル比を1:8にした。その銀濃度をベースとして、チオ硫酸銀の濃度を表している。そのため、銀とチオ硫酸の比が1:2である一般的なチオ硫酸銀よりも、チオ硫酸が多い状態の液になっている。チオ硫酸銀は50倍希釈で、延命剤として最も適しているとされている銀イオン濃度の0.2mmol/lとなるようにした。硝酸銀については0.2mmol/lの銀イオン濃度では薬害が発生したので、500倍希釈で銀イオン濃度が0.02mmol/lからの比較とした。
【0037】
【表1】

【0038】
上記表1より、実施例1〜5については、組成物から水溶液中に溶出しているAg+濃度を、誘導結合プラズマICP発光分光分析により測定した。その結果、希釈前では数ppmの値が見られたものの、500〜1000倍に希釈した溶液中では、測定限界以下であった。以下、組成物の銀濃度を基に説明を行う。実施例1から5における銀濃度は16〜39ppbの範囲内である。
【0039】
花保ち試験による評価1
試験用の切り花としてバラを用い、花保ち試験を行った。花保ち試験は、生産者にて採花したバラの切り花を入手後、所定の希釈倍率にて希釈した試験溶液(前記各実施例、比較例の水溶液)に浸し、経過を観察することにより実施した。評価項目は、日持ち日数と水揚げである。日持ち日数は、それぞれ定義1として水が白濁するまでの日数、定義2として葉の萎れ(または変色)が発生するまでの日数、定義3として花弁が軟らかくなりブルーイング(劣化により花弁が青みがかる)が発生するまでの日数とした。その結果を表2に示す。水揚げは、花の生命活動の指針となる。
【0040】
【表2】

【0041】
表2によれば、銀複合粒子のみを100倍に希釈した場合(濃度160ppbの場合)でも薬害がでなかったが、500〜1000倍希釈することで、日持ち日数と水揚げ共に最も良好になった。実施例1にて1000倍希釈として銀濃度が16ppbの条件下では、日持ち日数が最大となり、14日の日持ちの薬剤が得られた。なお、バラは元々エチレン感受性が低いので、チオ硫酸銀のエチレン抑制作用が、バラに対しては、それほど有効ではなかったものと考えられる。
【0042】
銀複合粒子に糖類を添加した実施例4では、花の茎を切った切り口を浸した水溶液に雑菌による白濁が生じ、日持ち日数も低下したが、チオ硫酸銀を併用することで日持ち日数の改善が見られた。これは、チオ硫酸による錯体形成現象により、銀イオンの沈殿反応が抑制され、固体である銀周辺部の銀イオン濃度の減少をくい止める作用によるもので、植物の呼吸による炭酸、糖やハロゲン化物が混入した状態になる場合には、チオ硫酸銀の添加が有効になることを示している。各比較例においては、実施例1には及ばない結果であり、例えばチオ硫酸銀のみの比較例1でも、特に定義2の日持ち日数が実施例1には及ばない結果であった。この傾向は、溶液中の銀錯体は抗菌性を示さないことが原因であり、液中に銀錯体の量が増加した一方で、銀イオンの量が減少したことによる。つまり、高い延命効果を得るためには、溶液中の銀濃度をある程度維持することが必要で、銀とチオ硫酸銀とのバランスが重要となることが分かる。表2から、銀とチオ硫酸の比率が1:8の場合、モル比で銀の0.2程度のチオ硫酸銀の添加が有効であることが分かる。ここで、チオ硫酸が銀の2倍以上に多くなると、固体の銀がすべて溶出してしまい、抗菌性が得られず、高い延命作用が得られないことを示している。一方、チオ硫酸銀のみの比較例1において、希釈倍率50倍では薬害が問題となった。この濃度は一般には、前処理として最適とされている0.2mmol/lの濃度ではあるが、切り花をバケツに漬け込む場合には濃度が高すぎたものと考えられる。なお、比較例1のチオ硫酸銀においては、50,000倍希釈し、銀濃度を22ppbとした溶液で延命効果があった。しかしながら、チオ硫酸銀単体の溶液は高温に弱く、しばらくすると分解して沈殿物が発生するため、数ヶ月以上の室温保存には不向きであるという欠点を有していた。その状態のチオ硫酸銀溶液の延命作用は、ほとんど無かった。一方、本発明の銀複合粒子は、安定な分散状態を維持し、1年以上の長期保存においても上記のような問題は生じなかった。上記試験結果から、本実施形態の切り花延命剤は、16〜160ppbの範囲内の銀濃度とすることが好ましいことが分かった。また、銀イオンのみの代表例である硝酸銀は薬害が起き易いことから濃くすることができず、反面、その濃度を2ppb程度まで下げると雑菌の繁殖が多くなってしまい、抗菌効果が全くなくなることが分かった。延命剤としての銀濃度としては、16〜65ppbの範囲が好ましいことが分かった。このことは、一般的な銀イオンは反応性に富む傾向があることから、銀イオンだけの使用では延命効果を得るための最適な濃度範囲は非常に狭く、その範囲内に銀イオン濃度を保つことが非常に困難であることを示している。一方、固体の銀粒子はその濃度が16ppbと低い濃度であっても、抗菌性と延命効果が高い特徴を有し、かつその濃度範囲が広い特徴が有ることが分かった。
分散剤のみを添加したものは、水よりも日持ちが悪くなることが分かった。これは、分散剤を添加したことによる抗菌性の劣化とも関連がある。この傾向は黄色ブドウ球菌を用いて、作製した銀複合粒子1の銀濃度に対するMIC(最小発育阻止濃度)について評価した結果、実施例1ではMIC値が、最適な5.5ppmであったが、分散剤(界面活性剤)の添加量を増加させるとそれに伴って、MIC値が増大し、抗菌特性が劣化することからも理解できる。
また、アルミナ、シリカ、チタニアなどの銀を含まないコア材のみを同様の濃度で試験した場合、抗菌性がないとともに、水のみの場合よりも切り花への延命性が、かなり劣ることが確認された。
これらの結果は、延命効果に優れた延命剤とするためには、なるべく分散剤の少ない溶液とすることが好ましく、少量の分散剤で高い分散性が得られ、銀本来の特性が発揮できる銀複合粒子が有効であることを意味し、本発明のコア‐シェル構造体の銀複合粒子が延命剤に適した構造であることを示している。
【0043】
花保ち試験による評価2
2次粒子1aの粒径の異なる銀複合粒子1を用いて、花保ち試験を行った。試験用の切り花としてバラを用いた。その結果を表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
銀複合粒子(符号1)の2次粒子(符号1a)の平均粒径が200nmの条件での切り花延命剤(実施例2)が日持ち日数、水揚げ共に最も良好な結果であった。この結果は、付着した導管付近で十分な抗菌効果を得るためには、ある程度の大きさの粒子が必要になることを示している。このことと、上記の組成物から溶出されたAg+濃度が測定限界以下であっても切り花の延命効果が現れていることから、粒子周辺部における局所的な抗菌作用が、花の延命効果をもたらしていることが理解できる。
【0046】
本実施形態の切り花延命剤において、使用する分散剤としては、陰イオンタイプと陽イオンタイプとが挙げられる。陰イオンタイプの分散剤を用いた場合は、細胞膜やセルロースの等電点の関係から、植物の導管表面に強い力で静電吸着することなく、銀複合粒子が植物の内部に行き渡るため、切り花の漬け込み処理に適している。その一方で、陽イオンタイプの分散剤を用いた場合は、細胞膜との静電吸着力が強いため、植物の導管表面に強い力で静電吸着し、漬け込んだ周辺で多く吸着するため、短時間の前処理に適している。
【0047】
花保ち試験による評価3
銀複合粒子1に加えて、平均粒径が10から40nmの範囲内のシリカ粒子を添加した場合のバラの花保ち試験を行った。その結果を表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
銀複合粒子に加えて、シリカ粒子(SiO)を10%添加した条件での切り花延命剤(実施例2)が、日持ち日数と水揚げ共に良好な結果となり、ブルーイングに若干の改善効果があった。
【0050】
花保ち試験による評価4
銀複合粒子1に加えて、安定化二酸化塩素を添加した場合のバラの花保ち試験を行った。安定化二酸化塩素を安定に残留させるには、溶液を酸性にしてはだめで、中性あるいは弱アルカリに溶液を調合する必要がある。濃縮溶液のpHを7から9に調整して試験を行った。水道水で希釈した場合、pHは中性の7であった。その結果を表5に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
図5は、本発明の銀複合粒子(実施例1)を使用した場合のバラの状態変化を示す観察像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。また、図6は、比較例3として、クリザール(登録商標)を使用した場合のバラの状態変化を示す観察像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。そして、図7は、比較例4として水道水を使用した場合のバラの状態変化を示す像であり、(a)は1日後、(b)は10日後である。
【0053】
二酸化塩素を添加しない銀複合粒子(実施例1)の場合は、13日まで日持ちした。二酸化塩素を、銀に対するモル比で0.8〜2倍添加した銀複合粒子(実施例6と7)の場合は、さらなる延命効果がみられた。特に、銀に対しモル比で2倍、つまり銀の半分添加したものは、16日と良好であり(実施例6)、水道水のみの場合(比較例4)に比べて、2倍まで日持ち日数を延ばすことができた。一方、二酸化塩素を、銀に対してモル比で21.1倍と多く添加したものは、日持ちが12日であり(実施例5)、無添加の場合より劣化した。二酸化塩素のみの場合(比較例1と2)では、その日持ち日数が、水道水の場合(比較例4)とほとんど同じであり、二酸化塩素単独ではあまり効果が無いことが分かった。二酸化塩素には高い酸化作用があり、それによるエチレン抑制が期待できるが、二酸化塩素単独では延命効果が得られないことが確かめられ、二酸化塩素と銀とを併用することによって高い延命効果が現れることが分かった。レーザ光による粒度分布の測定の結果、二酸化塩素の添加によって、平均粒径が200nmから160nmに減少する傾向があり、この特徴も併用による高い延命効果が得られる根拠となる。
【符号の説明】
【0054】
1 銀複合粒子、2 コア材、3 銀(銀を含む組成物)、4 分散剤(界面活性剤)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コア‐シェル型ナノ構造体のシェル部が粒子状形態からなる銀を含有する構造の複合組成物粒子を分散させた分散液であり、前記シェル部の粒径が2から1000nmの範囲内であるとともに、前記複合組成物粒子の2次粒径が1000nm以下であることを特徴とする切り花延命剤。
【請求項2】
銀濃度が16から160ppbの範囲内であるとともに、前記シェル部の平均粒径が5nm以下であることを特徴とする請求項1記載の切り花延命剤。
【請求項3】
二酸化塩素、安定化二酸化塩素、又は亜塩素酸ナトリウムのうちいずれか一種以上が添加され、これらの成分濃度が前記銀濃度に対するモル比で2以下であることを特徴とする請求項1または2記載の切り花延命剤。
【請求項4】
チオ硫酸銀が添加され、その濃度が前記銀濃度に対するモル比で0.2以下であることを特徴とする請求項1または2記載の切り花延命剤。
【請求項5】
シリカ粒子が添加され、その濃度が100ppb以下であるとともに、その平均粒径が10から40nmの範囲内であることを特徴とする請求項1から4のうちいずれか一項記載の切り花延命剤。
【請求項6】
前記コアの材質がセラミックスであり、その粒径が10から1000nmの範囲内であることを特徴とする請求項1から5のうちいずれか一項記載の切り花延命剤。
【請求項7】
水で希釈することにより、前記請求項1から6のうちいずれか一項記載の切り花延命剤の濃度となるように調製された切り花延命剤の濃縮液。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−153607(P2012−153607A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11351(P2011−11351)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行日が平成22年7月23日の 富山県工業技術センター発行の「富山県工業技術センター研究報告 No24 2010」において文書をもって発表
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【出願人】(511020209)有限会社ラヴァストーリー (1)
【Fターム(参考)】