説明

列状に配置された金属超微粒子を含有する金属・有機ポリマー複合構造体とその製造方法

【課題】ブロックコポリマーから形成されるミクロ相分離構造を利用し、製造が簡便で、ミクロ相分離構造の一方のポリマー相内に金属超微粒子が規則的に配列された金属・有機ポリマー複合構造体を得る技術を提供する。
【解決手段】ブロックコポリマーのミクロ相分離構造はラメラ構造であり、1)金属と親和性のあるポリマー鎖と金属と親和性の無いまたは低いポリマー鎖とが各々の末端で結合したブロックコポリマー及び金属イオンを、それらが溶解可能な金属イオンを還元する能力がある高沸点の溶剤と低沸点の溶剤とから成る混合溶媒に溶解する工程、2)低温において低沸点の溶剤を除去してブロックコポリマーのミクロ相分離構造を形成する工程、及び3)その後、高温において高沸点の溶剤を除去しながら金属イオンを還元する工程を含む方法によって製造する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、電子材料、磁性材料、光学材料等として応用が期待される新規な構造の金属・有機ポリマー複合構造体とその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】ナノメーターサイズの金属超微粒子(金属ナノクラスター)を高分子(有機ポリマー)内に導入して複合化することは、導電性、光学的性質(線形または非線形)、磁気的性質等の新たな機能を発揮する機能性材料を得るのに重要な技術である。
【0003】このような金属・有機ポリマー複合体を合成するのに従来より研究されているのは、ブロックコポリマー(共重合体)が形成するミクロ相分離構造の一方の相に金属イオンを選択的に配位させ、その後、該金属イオンを何らかの還元方法で金属原子に還元する方法である。以下、従来の方法について概観する。
【0004】(1)ポリスチレンとポリエチレンオキシドからなるブロック共重合体(PS−b−PEO):ポリスチレンとポリエチレンオキシドからなるブロック共重合体(PS−b−PEO)の溶解したトルエン希薄溶液中でミセル形成を行い、生じたミセルのコア内部で塩化金酸イオンとPEO部位を結合させ金属イオン錯体を形成させ、得られたイオン錯体に電子線を照射させることにより、PEO相の内部に粒子径4nm程度の金微粒子を生成させる方法である〔J. P. Spatz, A. Roescher, andM. Moeller, Adv. Mater. 8, 337 (1996) ; A. Roescher and M. Moeller,Polym. Mater. Sci. Eng. 73, 156 (1995) ; A. Roescher and M. Moeller,Polym. Mater. Sci. Eng. 72, 283 (1995)〕。しかし、この方法ではトルエン溶液中でPS−b−PEOの球状ミセルが安定なため、得られる構造体中の金微粒子はヘキサゴナル配置に限定される。
【0005】(2)ポリスチレンとポリ(2−ビニルピリジン)からなるブロック共重合体(PS−b−P2VP):ポリスチレンとポリ(2−ビニルピリジン)からなるブロック共重合体(PS−b−P2VP)の溶解したトルエン希薄溶液に塩化金酸を添加し、塩化金酸イオンを含む溶液を調製する。得られた混合溶液に還元剤としてヒドラジン(N24 )を添加して、金微粒子を生成させる方法である〔J. P. Spatz, S. Mossmer, and M. Moeller, Chem. Eur. J. 2, 1552 (1996) 〕。この方法では生成した金微粒子溶液中に副生成物として塩化ヒドラジニウム(N2 5 Cl)が生じ、金微粒子と分離回収する必要がある。
【0006】(3)ホスフィン部位を含むブロック共重合体と金属イオンとの錯形成を経由する方法:ホスフィン部位を含むブロック共重合体を調製した後、そのホスフィン部位に金属塩を選択的に配位させ、溶媒キャストを行いキャスト膜を作製し、得られたキャスト膜を90℃程度で加熱することにより、銀〔Y. Ng Cheong Chan, R. R.Schrock, and R. E. Cohen, J. Am. Chem. Soc. 114, 7295 (1992) 〕、金〔Y.Ng Cheong Chan, R. R. Schrock, and R. E. Cohen, Chem. Mater. 4, 24 (1992)〕、パラジウムまたは白金超微粒子〔Y. Ng Cheong Chan, G. S. W. Craig, R. R. Schrock, and R. E. Cohen, Chem. Mater. 4, 885 (1992) 〕を含んだキャスト膜を調製する方法である。この方法ではホスフィン部位を含むブロック共重合体の合成に多大の時間を費やす恐れがある。
【0007】(4)ブロック共重合体の形成するミクロ相分離構造の架橋を経由して金属イオンを選択的に導入する方法:ポリスチレンとポリ(2−ビニルピリジン)からなるブロック共重合体(PS−b−P2VP)のP2VPドメインを1,4−ジヨードブタンで橋架けすることで、P2VPドメインの化学的固定とともに、P2VP部位にヨウ素イオンを導入し、導入されたヨウ素イオンを銀イオンと反応させることで、P2VPミクロドメイン内部に銀塩を導入、さらに光照射により還元することで銀ナノクラスターをP2VPドメイン内部に遍在化させる方法である〔R. Saito, H. Kotsubo, and K. Ishizu, Polymer 33, 1073 (1992) ; R. Saito, S. Okamura, and K.Ishizu, Polymer 33, 1099 (1992) ; R. Saito, S. Okamura, and K. Ishizu, Polymer 34, 1183 (1993) ; R. Saito, S. Okamura, and K. Ishizu, Polymer 34, 1189 (1993) 〕。さらに、橋架けされたPS−b−P2VPを1,4−ジオキサン/硝酸銀水溶液の混合溶媒に溶解させ、製膜することでP2VPドメイン内部に硝酸銀を遍在化させ、光照射により還元し銀ナノクラスターを形成させる方法である〔R. Saito and K. Ishizu, Polymer 36, 4119 (1995) 〕。
【0008】他にブロック共重合体の一方の相に金属超微粒子を導入する例としては、〔R.W. Zehner, W. A. Lopes, T. L. Morkved, H. Jaeger, and L. R. Sita, Langmuir 14, 241 (1998)〕に記載の方法が挙げられる。上記のような方法はいずれも、非常に複雑な製造工程(特に還元手段)を必要としており、また、得られる複合構造体において金属微粒子を規則的に配列することに関しては格別に留意、工夫されてはいない。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、ブロックコポリマーから形成されるミクロ相分離構造を利用し、製造がきわめて簡便であり、且つ、ミクロ相分離構造の一方のポリマー相内に金属超微粒子が規則的に配列された新しいタイプの金属・有機ポリマー複合体を得ることのできる技術を確立することにある。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明に従えば、上述の目的を達成するものとして、互いに非相溶な2種またはそれ以上のポリマー鎖がおのおの末端で結合したブロックコポリマーのミクロ相分離構造から成り、該ミクロ相分離における一方のポリマー相内に金属超微粒子が選択的に含有され列状に配置されていることを特徴とする金属・有機ポリマー複合構造体が提供される。本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の特に好ましい態様として、ブロックコポリマーのミクロ相分離構造はラメラ構造である。
【0011】さらに、本発明は、このような金属・有機ポリマー複合構造体を製造する方法を提供し、本発明の方法は、■「金属と親和性のあるポリマー鎖と金属と親和性の無いまたは低いポリマー鎖とがおのおの末端で結合したブロックコポリマー」および「金属イオン」を、それらが溶解可能な「金属イオンを還元する能力がある高沸点の溶剤」と「低沸点の溶剤」とから成る混合溶媒に溶解する工程、■低温において前記低沸点の溶剤を除去して前記ブロックコポリマーのミクロ相分離構造を形成する工程、および■その後、高温において前記高沸点の溶剤を除去しながら前記金属イオンを還元する工程を含むことを特徴とする。本発明の方法の好ましい態様においては、低沸点の溶剤の沸点が10〜80℃であり、高沸点の溶剤の沸点が80〜200℃である。
【0012】
【発明の実施の形態】本発明の方法は、ブロックコポリマーと導入しようとする金属のイオンとを沸点の異なる2種類の溶剤から成る混合溶媒に溶解して、それらの溶剤を逐次除去する(蒸発させる)という極めて簡単な操作であり、しかも、得られる構造体は、ポリマー相内に金属超微粒子が規則的に一次元配列されている、すなわち、列状に配置されているという、これまでの金属・有機ポリマー複合構造体に見られないユニークな構造を有する。
【0013】以下、本発明について、その金属・有機ポリマー複合構造体を得るための構成要素および製造工程に沿って説明する。
(1)ブロックコポリマー:本発明の金属・有機ポリマー複合体を製造するために使用されるブロックコポリマーは「金属と親和性のあるポリマー鎖」と、それと非相溶で「金属と親和性が無い、または金属との親和性が低い(金属と親和性のあるポリマー鎖よりも金属との親和性が充分低い)ポリマー鎖」とから構成されていれば基本的には何でも良い。
【0014】「金属と親和性のあるポリマー鎖」:金属と親和性のあるポリマー鎖としては具体的には、ポリ(2−ビニルピリジン)、ポリアミノスチレンなどの窒素原子を持つモノマーユニットから構成されるもの、ポリ(メチルメタクリレート)などの酸素原子を持つモノマーユニットから構成されるもの、ポリプロピレンスルフィドなどの硫黄を含むモノマーユニットから構成されるものなどがあるが、基本的に金属または金属イオンとの親和性があれば何でも良い。金属超微粒子の安定性、対となるポリマー鎖の選択範囲を広げる観点から金属の親和性が高いモノマーユニットから構成されるポリマー鎖が好ましい。好ましい例としてはポリ−(2−ビニルピリジン)、ポリ−(4−ビニルピリジン)等が挙げられる。金属との親和性のあるポリマー鎖の数平均分子量(Mn)は、1,000 〜1,000,000 であればよいが 5,000〜1,000,000 が好ましい。ポリマーの合成のし易さ、保護クラスターの安定性の観点からは30,000〜500,000 がより好ましい。
【0015】「金属と親和性が無い/金属と親和性のあるポリマー鎖より金属との親和性が充分低いポリマー鎖」:ブロックコポリマーのもう一方のポリマー鎖は、ミクロ相分離構造を形成する条件、すなわち「金属と親和性のあるポリマー鎖と非相溶で、金属と親和性が無いか、または金属と親和性のあるポリマー鎖より金属との親和性が充分低いポリマー鎖であること」を満足していれば基本的には何でも良い。例えばポリスチレン等は金属とほとんど親和性が無く、用いることができる。
【0016】ブロックコポリマーから形成されるミクロ相分離構造の種類は、該コポリマーにおいて金属と親和性のあるポリマー鎖の相(金属超微粒子を含有する相と成る)の体積分率によって決定され、この体積分率は用いるモノマーユニットの組合せや構造を形成する際の溶媒により変化する。本発明にとって特に好ましいミクロ相分離構造であるラメラ構造を得る場合には、この体積分率の値が20〜80%、好ましくは30〜70%、さらに好ましくは40〜60%となることを目安として、ブロックコポリマーの各ブロック鎖の分子量比をコントロールすることにより各系に応じて所望のミクロ相分離構造が得られるようにする。本発明の方法は、金属超微粒子を含有する相がシリンダー構造や球構造のミクロ相分離構造を構成する場合にも適用可能であるが、この場合には目安とする体積分率の値は上記のラメラ構造の値よりも一般に小さくなる。
【0017】(2)金属イオン:本発明の方法に従い金属・有機ポリマー複合構造体を製造するための金属イオンは、後述するような高沸点の溶剤および低沸点の溶剤のいずれにも可溶性の金属化合物、一般的には該金属の塩または錯体として添加され、それらの溶媒中で金属イオンとして存在し、後の工程で金属へと還元される。本発明が適用される金属の種類は、特に限定されるものではないが、特に、遷移金属、例えば、第VIII族金属、そのうちの各種の貴金属等が例示される。
【0018】(3)高沸点の溶剤および低沸点の溶剤:本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の製造方法において用いられる高沸点の溶剤は、上述のブロックコポリマーおよび金属イオン(金属化合物)を溶解し得るとともに、その沸点の温度において該金属イオンを還元する能力がある溶媒である。他方、本発明の方法において用いられる低沸点の溶剤とは、上述のようなブロックコポリマーおよび金属イオン(金属化合物)を溶解し得るとともに、その沸点温度において該金属イオンを還元しない溶媒である。
【0019】ポリマーや金属イオンに対する溶解性と操作の容易性の点から、一般に、低沸点の溶剤として、沸点が10〜80℃、また、高沸点の溶剤として、沸点が80〜200℃のものを用いるのが好ましい。本発明において用いられる特に好ましい溶媒の組み合わせの例は、クロロホルム(低沸点溶媒)とベンジルアルコール(高沸点溶媒)が挙げられる。その他、金属イオンを還元する能力がある高沸点の溶剤としては、1−ブタノール等のアルコール類、エチレンジアミンやホルムアミドのようなアミン類またはアミド類が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、本発明の方法において用いられる低沸点溶剤としては、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、ベンゼン、四塩化炭素等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】(4)金属・有機ポリマー複合構造体の製造:本発明に従い金属・有機ポリマー複合構造体を製造するには、先ず、上記のようなブロックコポリマーおよび金属イオン(金属化合物)を、高沸点の溶剤と低沸点の溶剤とから成る混合溶媒に溶解する(図1のイ参照)。ここで、高沸点の溶剤と低沸点の溶剤の量比は、混合溶媒として、ブロックコポリマーを充分に溶解して無秩序混合状態にある溶液を形成する(一般に、ブロックコポリマーの濃度は1〜10重量%程度)ような合計量にするとともに、後の工程で低沸点の溶剤を除去した後は、ブロックコポリマーからミクロ相分離構造が形成されるような高沸点溶剤中の充分に濃厚なポリマー溶液(一般に、ブロックコポリマー濃度として約30〜50重量%)が得られるような比率とする。
【0021】また、金属イオン(金属化合物)の添加量は、所望する複合構造体の性状に応じて定められる。本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の製造方法の特徴の一つは、極めて多量の金属を含有させることができることにあり、金属添加量/ポリマー量比としておよそ1〜30重量%の金属を含有させることができる。
【0022】以上のようにしてブロックコポリマーと金属イオン(金属化合物)を混合溶媒に溶解した後、次に、低温、すなわち、低沸点の溶剤の沸点温度に系を保持して、該低沸点溶剤を徐々に蒸発除去する(図1のロ参照)。この段階では金属イオンは未だ還元されない。
【0023】低沸点の溶剤が除去されてしまい、系がブロックコポリマーの極めて濃厚な溶液になると、該ブロックコポリマーからミクロ相分離構造が形成され、それに応じて、金属はイオンの状態で、金属と親和性のあるポリマー鎖の相内に導入されることになるものと考えられる(図1のハ参照)。
【0024】その後、高温、すなわち、高沸点の溶剤の沸点温度に系を加熱することにより、該高沸点溶剤を除去しながら金属イオンの還元反応を進行させる(図1のニ参照)。かくして、ミクロ相分離構造が次第に安定化するとともに、還元によって生じた金属(金属超微粒子)がミクロ相分離構造の一方のポリマーの相(金属と親和性のあるポリマー鎖の相)内に配置された金属・有機ポリマー構造体が得られる(図1のホ参照)。
【0025】(5)複合構造体の構造確認:以上のようにして調製された本発明の金属・有機ポリマー複合構造体においては、ミクロ相分離構造の一方のポリマー相内に該相に沿って金属超微粒子(金属クラスター)が選択的に含有され列状に配置され、金属量が多くなるとポリマー相内を複数の列の金属クラスターが重なりあうように存在していることが透過型電子顕微鏡(TEM)による観察で確認されている。さらに、本発明の複合構造体が、安定した秩序状態、すなわち、ミクロ相分離構造(特にラメラ構造)から構成されていることは、TEMに加えて、小角X線散乱(Small-Angle X-ray Scattering : SAXS)によって確認することができる。
【0026】本発明は、ミクロ相分離構造のうち、ラメラ構造から成る金属・有機ポリマー複合構造体を得るのに特に適している。得られる複合構造体は、数十nmのオーダーの金属と親和性のポリマーの相と、金属と親和性のない(低い)ポリマーの相とが交互に存在する薄板状構造を呈し、金属親和性ポリマー相中に数nmオーダーの金属超微粒子(金属クラスター)が列状に配置(規則的に一次元配列)されていることがTEMおよびSAXSによって確認されている。本発明は、シリンダー構造や球構造のような他のミクロ相分離構造から成る金属・有機ポリマー複合構造体にも適用されるが、ミクロ相分離構造および金属クラスターの配置の秩序状態は乱れる傾向がある。
【0027】この中に金属超微粒子(金属クラスター)を規則的に一次元配列できるのは、1)金属はイオンの状態で、金属と親和性のあるポリマー鎖の相内により選択的に取り込まれ、ポリマー鎖とイオン錯体を形成し、2)そのイオン錯体が高沸点の溶剤中でその沸点温度で還元され、金属微粒子・有機ポリマー複合構造体が形成される。
3)還元・キャスト操作(図1のニ参照)では還元と同時に高沸点の溶剤が蒸発し、溶剤量が急激に減少するため、金属微粒子の拡散が極めて遅くなり、金属と親和性のあるポリマー鎖の相内にとどまってしまう。
4)さらに、高温で8〜10時間処理することにより、金属微粒子同志の凝集(あるいは焼結に類似の現象)が起こり、二次粒子(列状に配置された凝集体)が形成されるものと考えられる。以上の1)〜4)のメカニズムに因るものと理解される。
【0028】
【実施例】以下に、本発明の特徴をさらに明らかにするため実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
実施例1数平均分子量18,000のポリイソブレン(PI)と数平均分子量12,600のポリ(2−ビニルピリジン)(P2VP)とから成るジブロックコポリマー〔以下、PI(18000)−b−P2VP(12600)のように表記する〕(分子量比59/41;不均一指数Mw/Mn=1.04)300mgを、ベンジルアルコール0.6mlとクロロホルム5.4mlから成る混合溶媒に溶解して、PI−b−P2VPブロックコポリマー濃度約5重量%の溶液を調製し、これにパラジウム(II)アセチルアセトン錯体〔以下、Pd(acac)2 と記す〕を添加した。Pd(acac)2 の添加量は、24.1mg〔対ポリマー量比8重量%(金属量として2.8重量%)〕、60.3mg〔20重量%(金属量として7.0重量%)〕、120.5mg〔40重量%(金属量として14重量%)〕および241mg〔80重量%(金属量として28重量%)〕とし、比較のためにPd(acac)2 を添加せず金属を含有しない構造体も調製した。所定量のPd(acac)2 を添加した後、室温(恒温槽内約30℃)でクロロホルムを1日かけて蒸発除去させることにより、PI−b−PVPブロックコポリマーの濃厚溶液(ポリマー濃度33重量%)を調製した。
【0029】次に、ホットプレート(140℃)上でベンジルアルコール溶媒を蒸発(所要時間は約8時間)させ、キャスト膜を作製した。溶媒が蒸発するのと並行して膜が黒色に変化する様子を観察し、Pdクラスター形成を確認した。この場合ベンジルアルコールはキャスト溶媒であるが、同時に還元剤として作用する。得られたキャスト膜は真空下、室温で24時間乾燥した。キャスト膜のミクロ相分離構造はSAXS測定、超薄切片のTEM観察により評価した。さらに同様の操作により(但し、Pd(acac)2 添加せず)、金属イオンを含んでいないPI−b−P2VPのキャスト膜を作製し、金属クラスターを含んだPI−b−P2VPのキャスト膜のミクロ相分離構造と比較した。
【0030】金属イオンを含有しないPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマー溶液から作製したキャスト膜のTEM写真が図2である。このTEM観察の結果、PI−b−P2VPからラメラ構造(ドメイン間距離は約25nm)のミクロ相分離構造が形成されたことが認められた。SAXS測定から、q=0.163nm-1にドメイン間距離約39nmに対応する格子散乱の一次ピークが見られた。一次ピークに加えて、その整数倍の位置に対応する格子散乱の三次ピークまで観察された(図3参照)。
【0031】図4は、PI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマー(300mg)とPd(acac)2 (24.1mg:8重量%)の溶液から作製したキャスト膜のTEM写真である。図において、明るい部分はPI相、少し暗い部分はP2VP相、黒いスポットはPdクラスターを示す。このTEM観察の結果、PI−b−P2VPが形成するミクロ相分離構造はラメラ(ドメイン間距離は約30〜35nm)であり、P2VP相の中央部に4nm程度のPdクラスターが一次元配列されていることが認められる。
【0032】図5は、この試料のSAXSの測定結果を示すものであり、マトリックスのラメラ構造からの散乱と金属(Pd)クラスターからの散乱に由来する散乱曲線が得られる。図に示されるようにq=0.171nm-1にドメイン間距離約35nmに対応する格子散乱の一次ピークが見られ、また、Pdクラスターの散乱から該金属クラスターの粒子直径が最大で約5nm程度であることが認められ、いずれもTEMの観察結果と良い一致を示している。
【0033】なお、図2のTEM写真は酸化オスミウム(OS 4 )による染色を行ったものであるが、図4のTEM写真は未染色のものである。図4の系についても染色したTEM観察を行っている(この場合、PI相とP2VP相のコントラストが逆転する)が、未染色の方がコントラストの差が明瞭となるので、以下に言及するものも含め、金属を含有する複合構造体については未染色の場合のTEM写真を示す。
【0034】金属塩〔Pd(acac)2 〕の添加量をさらに増やして作成したキャスト膜についても、TEM観察およびSAXS測定を行った。その幾つかを示す。
図6:Pd(acac)2 添加量60.3mg(20重量%)のキャスト膜のSAXS測定結果。
図7:Pd(acac)2 添加量120.5mg(40重量%)のキャスト膜のTEM写真。
図8:Pd(acac)2 添加量241mg(80重量%)のキャスト膜のTEM写真。
【0035】これらのTEM観察の結果から、金属添加量を増加させてもドメイン間隔25〜35nm程度のラメラ構造が保持されており、このことはSAXS測定においてラメラ構造に由来する散乱のピーク位置=0.16〜0.17nm-1が殆ど変化していないことからも裏付けられた。また、金属添加量を増加させるとPdクラスターの粒子直径が増加する傾向はあるが、その粒子直径は最大で5〜6nm程度であり、このこともSAXS測定の結果と良好な一致が認められた。
【0036】実施例2ブロックコポリマーとして、PI(18000)−b−P2VP(12600)の代わりにPI(76000)−b−P2VP(23500)(分子量比76/24;不均一指数Mw/Mn=1.04)を使用し、実施例1と同様の方法によりキャスト膜を作成した。そのTEM観察の結果の幾つかを示す。
図9:Pd(acac)2 の添加量24.1mg(8重量%)のキャスト膜のTEM写真。
図10:Pd(acac)2 の添加量120.5mg(40重量%)のキャスト膜のTEM写真。
図11:Pd(acac)2 の添加量241mg(80重量%)のキャスト膜のTEM写真。これらのTEM観察の結果から、P2VP相内に該相に沿って約4〜8nm程度のPdクラスターが配列したラメラ構造(ドメイン間距離約40〜50nm)が形成されていることが確認された。
【0037】図12および図13は、本発明によって得られるキャスト膜のTEM観察結果を分かり易くするため模式的に表現したものであり、図12は図4のように金属添加量が比較的少ない場合、また、図13は図11のように金属添加量が多い場合の典型例を示す。このように、本発明のキャスト膜(金属・有機ポリマー複合構造体)においては、ミクロ相分離構造の一方の相内に該相に沿って金属超微粒子(金属クラスター)が列状に配置され、金属量が多くなるとポリマー相内を複数の列の金属クラスターが重なりあうように存在している。
【0038】
【発明の効果】本発明に従えば、原料となるブロックコポリマーと金属化合物を2種類の溶剤から成る混合溶媒を用いて溶解し、それらの溶剤を逐次蒸発除去するというきわめて簡単な方法により、ミクロ相分離構造から成る金属・有機ポリマー複合構造体を得ることができる。
【0039】本発明によって得られる金属・有機ポリマー複合構造体は、ポリマー相内に金属超微粒子が列状に配列されているという特異な構造を有する。特に、ミクロ相分離構造のうちラメラ構造から成る本発明の複合構造体は、数十nmのオーダーの金属親和性ポリマー相と金属非親和性ポリマー相とが交互に存在する薄板状構造を呈し、その金属親和性相中に粒子直径が10nm以下の金属超微粒子(金属クラスター)が規則的に一次元配列されているので、そのまま、あるいは金属非親和性のポリマー相を適当な手段で除去することにより、異方性の物性を発揮する新しいタイプの電子材料、磁性材料、光学材料として応用展開される可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の製造方法の各工程を概示する図である。
【図2】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体に対する比較例として、金属イオンを含有しないPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図3】図2に示すキャスト膜のSAXS測定結果を示すチャートである。
【図4】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、8重量%のPd(acac)2 を添加したPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図5】図4に示すキャスト膜のSAXS測定結果を示すチャートである。
【図6】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、20重量%のPd(acac)2 を添加したPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜のSAXS測定結果を示すチャートである。
【図7】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、40重量%のPd(acac)2 を添加したPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、80重量%のPd(acac)2 を添加したPI(18000)−b−P2VP(12600)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図9】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、8重量%のPd(acac)2 を添加したPI(76000)−b−P2VP(23500)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、40重量%のPd(acac)2 を添加したPI(76000)−b−P2VP(23500)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図11】本発明の金属・有機ポリマー複合構造体の実施例として、80重量%のPd(acac)2 を添加したPI(76000)−b−P2VP(23500)ブロックコポリマーから作製したキャスト膜の結晶構造を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図12】金属含有量が比較的少ない場合の本発明の金属・有機ポリマー複合構造体(キャスト膜)の透過型電子顕微鏡観察の結果を模式的に示した図である。
【図13】金属含有量が多い場合の本発明の金属・有機ポリマー複合構造体(キャスト膜)の透過型電子顕微鏡観察の結果を模式的に示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 互いに非相溶な2種またはそれ以上のポリマー鎖がおのおの末端で結合したブロックコポリマーのミクロ相分離構造から成り、該ミクロ相分離における一方のポリマー相内に金属超微粒子が選択的に含有され列状に配置されていることを特徴とする金属・有機ポリマー複合構造体。
【請求項2】 ブロックコポリマーのミクロ相分離構造がラメラ構造であることを特徴とする請求項1の金属・有機ポリマー複合構造体。
【請求項3】 請求項1または請求項2の金属・有機ポリマー複合構造体を製造する方法であって、■「金属と親和性のあるポリマー鎖と金属と親和性の無いまたは低いポリマー鎖とがおのおの末端で結合したブロックコポリマー」および「金属イオン」を、それらが溶解可能な「金属イオンを還元する能力がある高沸点の溶剤」と「低沸点の溶剤」とから成る混合溶媒に溶解する工程、■低温において前記低沸点の溶剤を除去して前記ブロックコポリマーのミクロ相分離構造を形成する工程、および■その後、高温において前記高沸点の溶剤を除去しながら前記金属イオンを還元する工程を含むことを特徴とする金属・有機ポリマー複合構造体の製造方法。
【請求項4】 低沸点の溶剤の沸点が10〜80℃、高沸点の溶剤の沸点が80〜200℃であることを特徴とする請求項3の金属・有機ポリマー複合構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2000−72952(P2000−72952A)
【公開日】平成12年3月7日(2000.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−262366
【出願日】平成10年9月1日(1998.9.1)
【出願人】(396020800)科学技術振興事業団 (35)
【Fターム(参考)】