説明

制動力制御装置

【課題】目標減速度と実減速度に差が出る制動時、目標減速度に到達する応答性を向上すること。
【解決手段】ハイブリッド車の制動力制御装置は、ブレーキ操作に応じて車輪に付与するマスターシリンダ液圧を発生するブレーキ液圧発生装置1と、統合コントローラ9と、を備える。統合コントローラ9は、マスターシリンダ液圧が所定値より高く、目標減速度と実減速度の差が所定値以上の場合、マスターシリンダ液圧による制動力で不足する減速度の差分をアシスト液圧によるアシスト制動力で補うと共に、フロント側配分とリア側配分による制動力前後配分について、目標減速度と実減速度の差が所定値未満のときの定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御を行う(図3)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減速要求が高いとき、目標減速度と実減速度に差が出る場合、減速度の差分をアシスト制動力で補う制動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ブレーキ液圧制御装置としては、検出されたマスターシリンダ液圧に対応する車両減速度と所期車両減速度とのずれ量を演算する。そして、ポンプからの吐出液を液圧制御弁で制御することによりこのずれ量をなくすようにアシスト液圧を発生させてマスターシリンダ液圧に加えるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−168412号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のブレーキ液圧制御装置にあっては、車両大型化に伴う重量増により必要液量が増加する一方、パワーユニットルームのスペース縮小に伴い、ブレーキシステムの小型化が必須である。その結果、十分なアシスト液圧が発生できないため、目標減速度に到達する応答性が良くない、という問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、目標減速度と実減速度に差が出る制動時、目標減速度に到達する応答性を向上することができる制動力制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の制動力制御装置は、基準液圧発生手段と、実減速度検出手段と、目標速度算出手段と、制動力制御手段と、備える手段とした。
前記基準液圧発生手段は、ブレーキ操作に応じて車輪に付与する基準液圧を発生する。
前記実減速度検出手段は、車両の実減速度を検出する。
前記目標速度算出手段は、制動要求に応じた車両の目標減速度を算出する。
前記制動力制御手段は、前記目標減速度が所定値より高く、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値以上の場合、前記基準液圧による制動力で不足する前記減速度の差分をアシスト制動力で補うと共に、フロント側配分とリア側配分による制動力前後配分について、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値未満のときの定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御を行う。
【発明の効果】
【0007】
よって、目標減速度が所定値より高く、目標減速度と前記実減速度の差が所定値以上の場合、制動力制御手段において、基準液圧による制動力で不足する減速度の差分がアシスト制動力で補われる。同時に、フロント側配分とリア側配分による制動力前後配分について、目標減速度と実減速度の差が所定値未満のときの定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御が行われる。
例えば、フロント側のみを液圧にて加圧する場合には、フロント側とリア側を液圧にて加圧する場合に比べ、消費液量が減少し、必要液圧は増加する。さらに、必要液圧までの到達時間は、供給する液量に依存する。
したがって、定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御を行うと、フロント側の消費液量の減少により昇圧応答性が向上し、フロント側の液圧が必要制動力に達するまでの到達時間が短縮される。
この結果、目標減速度と実減速度に差が出る制動時、目標減速度に到達する応答性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の制動力制御装置を適用した前輪駆動によるハイブリッド車の構成を示すブレーキシステム図である。
【図2】実施例1の制動力制御装置におけるVDCブレーキ液圧ユニットを示すブレーキ液圧回路図である。
【図3】実施例1の制動力制御装置の統合コントローラにて実行される制動力制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】実施例1の制動力制御において用いられるマスターシリンダ液圧(負圧ブースタ出力)に対する目標減速度特性(P-G特性)を示す目標制動力特性図である。
【図5】実施例1の制動力制御において用いられるフロント側制動力とリア側制動力の関係を示す制動力前後配分特性である。
【図6】実施例1の制動力制御においてアシスト液圧指令値を決めるときに用いる目標差圧に対する差圧弁への作動電流値の関係特性の一例を示す図である。
【図7】通常時とフェード時と通常時(フロントのみ)とフェード時(フロントのみ)における液圧と消費液量の関係を示す液圧−液量関係説明図である。
【図8】必要制動力に到達する比較例の制動力応答特性と実施例1の制動力応答特性の対比関係を示す対比応答特性図である。
【図9】実施例2の制動力制御装置の統合コントローラにて実行される制動力制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図10】実施例2の制動力制御において用いられるフロント側制動力とリア側制動力の関係を示す制動力前後配分特性である。
【図11】実施例3の制動力制御装置の統合コントローラにて実行される制動力制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】実施例3の制動力制御において用いられるフロント側制動力とリア側制動力の関係を示す制動力前後配分特性である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の制動力制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1〜実施例3に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1の制動力制御装置の構成を、「全体システム構成」、「VDCブレーキ液圧ユニット構成」、「制動力制御構成」に分けて説明する。
【0011】
[全体システム構成]
図1は、実施例1の制動力制御装置を適用した前輪駆動によるハイブリッド車の構成を示す。以下、図1に基づき、VDCを利用したブレーキシステムの全体構成を説明する。
【0012】
前記ブレーキシステムの制動力発生系は、図1に示すように、ブレーキ液圧発生装置1(基準液圧発生手段)と、VDCブレーキ液圧ユニット2(アシスト液圧発生手段)と、ストロークセンサ3と、左前輪ホイールシリンダ4FLと、右前輪ホイールシリンダ4FRと、左後輪ホイールシリンダ4RLと、右後輪ホイールシリンダ4RRと、走行用電動モータ5と、を備えている。
【0013】
すなわち、既存のVDCシステム(VDCは、「Vehicle Dynamics Control」の略)を利用したブレーキシステムによる構成としている。なお、VDCシステムとは、高速でのコーナー進入や急激なハンドル操作などによって車両姿勢が乱れた際、横滑りを防ぎ、優れた走行安定性を発揮する車両挙動制御(=VDC制御)を行うシステムである。
【0014】
前記ブレーキ液圧発生装置1は、ドライバーによるブレーキ操作に応じて前後輪の各輪に付与する基本液圧分を発生する基本液圧発生手段である。このブレーキ液圧発生装置1は、図1に示すように、ブレーキペダル11と、負圧ブースタ12と、マスターシリンダ13と、リザーブタンク14と、を有する。つまり、ブレーキペダル11に加えられたドライバーのブレーキ踏力を、負圧ブースタ12により倍力し、マスターシリンダ13でマスターシリンダ液圧によるプライマリ液圧とセカンダリ液圧を作り出す。
【0015】
前記VDCブレーキ液圧ユニット2は、ブレーキ液圧発生装置1と各輪のホイールシリンダ4FL,4FR,4RL,4RRとの間に介装される。VDCブレーキ液圧ユニット2は、VDCモータ21により駆動する液圧ポンプ22,22を有し、マスターシリンダ液圧の増圧・保持・減圧を制御すると共に、マスターシリンダ液圧に加えるアシスト液圧を発生するアシスト液圧発生手段である。そして、VDCブレーキ液圧ユニット2とブレーキ液圧発生装置1とは、プライマリ液圧管61とセカンダリ液圧管62により接続されている。VDCブレーキ液圧ユニット2と各輪のホイールシリンダ4FL,4FR,4RL,4RRとは、左前輪液圧管63と右前輪液圧管64と左後輪液圧管65と右後輪液圧管66により接続されている。つまり、ブレーキ操作時、ブレーキ液圧発生装置1により発生したマスターシリンダ液圧で不足するとき、VDCブレーキ液圧ユニット2により加圧し、各輪のホイールシリンダ4FL,4FR,4RL,4RRに加えることで液圧制動力を得るようにしている。
【0016】
前記ストロークセンサ3は、ドライバーによるブレーキペダル操作量をポテンショメータ等により検出する手段である。このストロークセンサ3は、例えば、回生協調ブレーキ制御を行う際に必要情報である目標減速度(=ドライバー要求減速度)を検出する構成として、既存のVDCシステムに対して追加された部品である。
【0017】
前記各ホイールシリンダ4FL,4FR,4RL,4RRは、前後各輪のブレーキディスクに設定され、VDCブレーキ液圧ユニット2からの液圧が印加される。そして、各ホイールシリンダ4FL,4FR,4RL,4RRへの液圧印加時、ブレーキパッドによりブレーキディスクを挟圧することにより、前後輪に液圧制動力を付与する。
【0018】
前記走行用電動モータ5は、左右前輪(駆動輪)の走行用駆動源として設けられ、駆動モータ機能と発電ジェネレータ機能を持つ。この走行用電動モータ5は、力行時、バッテリ電力を消費しながらのモータ駆動により、左右前輪へ駆動力を伝達する。そして、回生時、左右前輪の回転駆動に負荷を与えることで電気エネルギーに変換し、発電分をバッテリへ充電する。つまり、左右前輪の回転駆動に与える負荷が、回生制動力となる。この走行用電動モータ5が設けられる左右前輪(駆動輪)の駆動系には、走行用電動モータ5以外に、走行用駆動源としてエンジン10が設けられ、変速機11を介して左右前輪へ駆動力を伝達する。
【0019】
前記ブレーキシステムの制動力制御系は、図1に示すように、ブレーキコントローラ7と、モータコントローラ8と、統合コントローラ9と、エンジンコントローラ12と、を備えている。
【0020】
前記ブレーキコントローラ7は、統合コントローラ9からの指令とVDCブレーキ液圧ユニット2のマスターシリンダ液圧センサ24からの圧力情報を入力する。そして、所定の制御則にしたがって、VDCブレーキ液圧ユニット2のVDCモータ21とソレノイドバルブ類25,26,27,28に対し駆動指令を出力する。
【0021】
前記モータコントローラ8は、駆動輪である左右前輪に連結された走行用電動モータ5にインバータ13を介して接続される。そして、ブレーキ制御時、統合コントローラ9から回生分指令を入力すると、走行用電動モータ5により発生する回生制動力を入力された回生分指令に応じて制御する。このモータコントローラ8は、走行時、走行状態や車両状態に応じて走行用電動モータ5により発生するモータトルクやモータ回転数を制御する機能も併せ持つ。
【0022】
前記統合コントローラ9は、自動ブレーキ要求時、又は、ブレーキフェード時(以下、単に「フェード時」という。)等であって目標減速度と実減速度の差が所定値以上のときに制動力制御を行う。この制動力制御は、目標減速度と実減速度の差分をVDCブレーキ液圧ユニット2によるアシスト液圧分で補い、制動力前後配分をフロント優先配分とする。なお、目標減速度は、マスターシリンダ液圧センサ24からのマスターシリンダ液圧と、予め設定されている目標減速度特性と、に基づいて算出する(目標速度算出手段)。この統合コントローラ9には、バッテリコントローラ91からのバッテリ充電容量情報、車速センサ92からの車速情報、ブレーキスイッチ93からのブレーキ操作情報、ストロークセンサ3からのブレーキペダルストローク情報、マスターシリンダ液圧センサ24からのマスターシリンダ液圧情報、等が入力される。なお、車速センサ92としては、極低車速域までの車速検出が可能な車輪速回転数センサが用いられる。そして、車輪速回転数を時間微分演算処理することで、実減速度を求める(実減速度検出手段)。
【0023】
[VDCブレーキ液圧ユニット構成]
図2は、アシスト液圧発生手段の一例であるVDCブレーキ液圧ユニットを示す。以下、図2に基づいて、VDCブレーキ液圧ユニット2の具体的構成を説明する。
【0024】
前記VDCブレーキ液圧ユニット2は、ブレーキコントローラ7からの指令に基づいて、アシスト液圧を発生すると共に、フロント優先配分による制動力制御を行う。このVDCブレーキ液圧ユニット2は、図2に示すように、VDCモータ21と、VDCモータ21により駆動する液圧ポンプ22,22と、リザーバー23,23と、マスターシリンダ液圧センサ24と、を有する。ソレノイドバルブ類として、第1M/Cカットソレノイドバルブ25と、第2M/Cカットソレノイドバルブ26と、保持ソレノイドバルブ27,27,27,27と、減圧ソレノイドバルブ28,28,28,28と、を有する。
【0025】
前記第1M/Cカットソレノイドバルブ25と前記第2M/Cカットソレノイドバルブ26は、差圧弁であり、VDCモータ21によるポンプ駆動時、ホイールシリンダ液圧(下流圧)とマスターシリンダ液圧(上流圧)の差圧(=アシスト液圧)を制御する。
つまり、制動力制御時にブレーキコントローラ7からアシスト液圧指令が出力されると、VDCモータ21によるポンプアップ昇圧と、第1M/Cカットソレノイドバルブ25と第2M/Cカットソレノイドバルブ26への作動電流値による差圧コントロールと、により差圧制御を行う。
【0026】
前記保持ソレノイドバルブ27,27,27,27と減圧ソレノイドバルブ28,28,28,28は、制動力前後配分が決められると、決められたフロント側配分とリア側配分にしたがって、フロント側液圧とリア側液圧に振り分ける機能を備えている。
そして、VDCブレーキ液圧ユニット2は、上記制動力制御以外に、VDC制御、TCS制御、ABS制御、回生協調ブレーキ制御、等を行う。
【0027】
[制動力制御構成]
図3は、実施例1の制動力制御装置における統合コントローラ8で実行される制動力制御処理の流れを示す(制動力制御手段)。以下、実施例1の制動力制御構成をあらわす図3の各ステップについて説明する。
【0028】
ステップS1では、ドライバーがブレーキ操作していないときに所定の車輪に制動力を付与する自動ブレーキ要求の有無を判断する。YES(自動ブレーキ要求有り)の場合はステップS7へ進み、NO(自動ブレーキ要求無し)の場合はステップS2へ進む。
ここで、自動ブレーキ要求は、例えば、走行中に駆動スリップが発生し、駆動スリップを抑えるTCS制御の開始条件が成立したときに出力される。
【0029】
ステップS2では、ステップS1での自動ブレーキ要求無しであるとの判断に続き、マスターシリンダ液圧センサ24からのマスターシリンダ液圧検出値を読み込み、ステップS3へ進む。
【0030】
ステップS3では、ステップS2でのマスターシリンダ液圧の検出に続き、マスターシリンダ液圧検出値が所定値以上であるか否かを判断する。YES(マスターシリンダ液圧検出値≧所定値)の場合はステップS4へ進み、NO(マスターシリンダ液圧検出値<所定値)の場合はステップS6へ進む。
ここで、「所定値」は、車両減速度が最大減速度域に相当するマスターシリンダ液圧の値に設定される。
【0031】
ステップS4では、ステップS3でのマスターシリンダ液圧検出値≧所定値であるとの判断に続き、車速センサ92からの車輪速回転数検出値を時間微分演算処理することで、実減速度を検出し、ステップS5へ進む。
【0032】
ステップS5では、ステップS4での実減速度の検出に続き、目標減速度と実減速度の差が所定値以上であるか否かを判断する。YES(目標減速度−実減速度≧所定値)の場合はステップS7へ進み、NO(目標減速度−実減速度<所定値)の場合はステップS6へ進む。
ここで、「目標減速度」は、マスターシリンダ液圧検出値と図4に示す目標減速度特性に基づき、マップ検索や演算により求められる。
また、「所定値」は、目標減速度と実減速度の乖離幅が、ドライバーに対し減速違和感を与えない許容値に設定される。
【0033】
ステップS6では、ステップS3でのマスターシリンダ液圧検出値<所定値であるとの判断、あるいは、ステップS5での目標減速度−実減速度<所定値であるとの判断に続き、制動力前後配分とP-G特性を初期化し、エンドへ進む。
ここで、制動力前後配分の初期化とは、ステップS7にて制動力前後配分をフロント優先配分(例えば、フロント:リア=100%:0%)としたとき、通常のフロント側配分とリア側配分(例えば、フロント:リア=70%:30%)に戻すことをいう(図5のY→X)。また、P-G特性の初期化とは、ステップS7にてP-G特性を補正したとき、通常のP-G特性に戻すことをいう(図4の点線特性→実線特性)。
【0034】
ステップS7では、ステップS1での自動ブレーキ要求有りとの判断、あるいは、ステップS5での目標減速度−実減速度≧所定値であるとの判断に続き、制動力前後配分をフロント優先配分に決定し、P-G特性を補正し、ステップS8へ進む。
ここで、「制動力前後配分のフロント優先配分に決定」とは、例えば、図5に示すように、通常のフロント側配分とリア側配分による等G線上のXから、フロント側配分:リア側配分=100%:0%のフロント優先配分による等G線上のYに決定することをいう。
また、「P-G特性を補正」とは、例えば、図4の実線特性に示す通常のP-G特性を、図4の点線特性に示すように、実減速度検出値による点を通るP-G特性に書き換えることをいう。
【0035】
ステップS8では、ステップS7での制動力前後配分の決定とP-G特性補正に続き、目標減速度と制動力前後配分とP-G特性に応じた各輪必要液圧を算出し、ステップS9へ進む。
ここで、「各輪必要液圧の算出」は、ブレーキ操作有りのとき、目標減速度と補正後のP-G特性により、図4に示すように、目標減速度を得るためにマスターシリンダ液圧に加える必要のあるアシスト液圧を算出する。また、自動ブレーキ要求(ブレーキ操作無し)のときには、自動ブレーキでの要求制動力を得るための液圧を、全てアシスト液圧として算出する。そして、制動力前後配分のフロント優先配分に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRに対する必要液圧(マスターシリンダ液圧+アシスト液圧)を算出し、左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対する必要液圧をゼロと算出する。
【0036】
ステップS9では、ステップS8での各輪必要液圧の算出に続き、各輪を増圧し、エンドへ進む。
ここで、「各輪の増圧」とは、各輪必要液圧の算出に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対して(マスターシリンダ液圧+アシスト液圧)を加えることである。アシスト液圧は、VDCモータ21によるポンプアップ昇圧と、目標差圧(=アシスト液圧)に応じた作動電流値を第1M/Cカットソレノイドバルブ25と第2M/Cカットソレノイドバルブ26に印加する差圧コントロール(図6)と、により得る。
【0037】
次に、作用を説明する。
まず、「比較例の制動力制御における課題」の説明を行う。続いて、実施例1の制動力制御装置における作用を、「制動力制御処理作用」、「制動力制御による応答性向上作用とユニット設計作用」に分けて説明する。
【0038】
[比較例の制動力制御における課題]
既存のコンベンショナルVDCによるブレーキシステムにおいて、目標減速度と実減速度の差が所定値以上となるフェード時、通常の制動力前後配分を保ったままで、減速度の差分をアシスト液圧で補うようにしたものを比較例とする。
ここで、「フェード」とは、摩擦ブレーキを使用すると摩擦により発熱するが、摩擦材が過熱し、材料によって決まる温度より高くなると極端に摩擦係数が小さくなり、その結果ブレーキが効きにくくなる現象をいう。
【0039】
図7において、通常時を基点にすると、フェード時に通常時最大減速度相当液圧による制動力と同じ制動力を出すには、パッドの偏摩耗による消費液量増加と、パッド摩擦係数の低下に対する液圧増が必要である。そして、通常の制動力前後配分を保つものであるため、フロントとリアの両方を加圧することになり、消費液量はさらに増加する。したがって、等制動力点は、図7に示すように、通常時等制動力点Aからフェード時等制動力点Bへと移行する。このように、フェード時等制動力点Bは、通常時等制動力点Aに比べて消費液量が増加することにより、下記に列挙する課題が生じる。
【0040】
(a) 目標減速度に対する応答性が低い。
フロントとリアの4輪の各ホイールシリンダに供給する消費液量が増加することで、図8の点線特性Cに示すように、必要制動力を得るホイールシリンダ液圧に到達する昇圧応答性が低くなる。つまり、図8の時刻t1の時点で必要制動力を得る指令が出力されると、時刻t3を経過するまでがむだ時間となり、時刻t3から昇圧を開始する。そして、必要制動力に到達するのは時刻t5になってしまう。
【0041】
(b) ユニットサイズが大型化する。
車両大型化に伴う重量増により必要液量が増加する一方、エンジンやモータ等の駆動源を搭載するパワーユニットルームのスペース縮小に伴い、ブレーキシステムの小型化が必須である。これに対し、フェード時等制動力点Bは、図7に示すように、消費液量がDとなる。したがって、ユニットサイズ設計に際し、フェードの発生を考慮し、消費液量Dを達成するサイズに設計する必要があり、ブレーキシステムが必然的に大型化してしまう。一方、ブレーキシステムを小型化したままとし、供給可能液量を図7のEにすると、フェードの発生に対応する必要液量を確保することができない。
【0042】
[制動力制御処理作用]
上記比較例の課題に対し、自動ブレーキ要求有りのとき、または、フェード時等で目標減速度と実減速度に差が生じたとき、制動力制御処理を行うようにしている。以下、これを反映する制動力制御処理作用を説明する。
【0043】
まず、自動ブレーキ要求有りのときには、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS7→ステップS8→ステップS9→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS7では、制動力前後配分がフロント優先配分(フロント側配分:リア側配分=100%:0%)に決定され、次のステップS8では、自動ブレーキでの要求制動力を得るための液圧がアシスト液圧として算出される。次のステップS9では、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対してアシスト液圧が加えられる。
【0044】
自動ブレーキ要求無しで、マスターシリンダ液圧≧所定値、かつ、目標減速度−実減速度≧所定値のときには、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS7→ステップS8→ステップS9→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS7では、制動力前後配分がフロント優先配分(フロント側配分:リア側配分=100%:0%)に決定され、P-G特性が補正される。次のステップS8では、目標減速度と制動力前後配分とP-G特性に応じ、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対する必要液圧が(マスターシリンダ液圧+アシスト液圧)により算出される。そして、ステップS9では、各輪必要液圧の算出に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対して(マスターシリンダ液圧+アシスト液圧)が加えられる。
【0045】
自動ブレーキ要求無しで、マスターシリンダ液圧<所定値のときには、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS6→エンドへと進む流れとなる。また、自動ブレーキ要求無しでマスターシリンダ液圧≧所定値であるが、目標減速度−実減速度<所定値のときには、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→エンドへと進む流れとなる。この何れかの条件が成立するときであって、制動力前後配分がフロント優先配分とされ、P-G特性が補正されているときは、ステップS6において、制動力前後配分とP-G特性が初期化される。
【0046】
[制動力制御による応答性向上作用とユニット設計作用]
既存のブレーキシステムのユニットサイズを変更することなく、自動ブレーキ時の高応答性やフェード時の必要液圧を達成するには、相反する液量と省スペース化を成立させることが必要である。以下、これを反映する制動力制御による応答性向上作用とユニット設計作用を説明する。
【0047】
通常時に制動力前後配分をフロント側配分のみにしたとき、通常時に制動力前後配分をフロント及びリアに配分したのと同じ制動力を出すには、図7において、液圧は上昇するものの消費液量が減少する。このため、通常時等制動力点Aを基点にすると、通常時等制動力点Aから通常時(フロントのみ)等制動力点Fへと移行する。
【0048】
フェード時に制動力前後配分をフロント側配分のみにしたとき、フェード時に制動力前後配分をフロント及びリアに配分したのと同じ制動力を出すには、図7において、液圧は上昇するものの消費液量が減少する。このため、通常時等制動力点Aを基点にすると、通常時等制動力点Aからフェード時(フロントのみ)等制動力点Gへと移行する。
【0049】
さらに、必要液圧までの到達時間は供給する必要がある消費液量に依存する。また、一般的に制動力前後配分は、フロント側配分:リア側配分=7:3程度であり、フロント側の制動力が大きくなるよう設計されている。これは、制動時の荷重移動により前後輪の輪荷重配分が、前輪側配分大で後輪側配分小となり、例えば、前後輪に対し等配分にて制動力を与えると、後輪先ロックを招くことによる。
【0050】
これらの関係に着目し、速い応答性が必要な自動ブレーキ要求時、又は、目標減速度が所定値以上、かつ、目標減速度と実減速度の差が所定値以上になるフェード時には、フロント優先の配分とすることで、下記の作用が発揮される。
【0051】
(a) 目標減速度に対する応答性が向上する。
フロント優先の配分とし、ブレーキ液をフロントホイールシリンダ4FL,4FRのみに供給することで、通常の前後配分に基づき、フロント及びリアにブレーキ液を供給する場合に比べ、消費液量が減少(低下)する。この消費液量低下により、図8の実線特性Hに示すように、必要制動力を得るホイールシリンダ液圧に到達する昇圧応答性が向上する。つまり、図8の時刻t1の時点で必要制動力を得る指令が出力されると、時刻t2を経過すると昇圧を開始し、比較例の場合よりむだ時間が(t3−t2)だけ短縮される。そして、時刻t4にて必要制動力に到達し、必要制動力到達時間も(t5−t4)だけ短縮される。
この結果、自動ブレーキ要求時やフェード時に目標減速度に対する応答性が向上する。特に、速い応答性が要求される自動ブレーキ要求時、高応答性により必要制動力を得ることができる。
【0052】
(b) ユニットサイズの小型化が可能である。
フロント優先の配分とすることで、フェード時のように消費液量が非フェード時に対して増える場合でも、消費液量を低減することができる。すなわち、フェード時(フロントのみ)等制動力点Gでの消費液量は、図7に示すように、既存のブレーキシステムでの供給可能液量Eとなり、比較例の液量Dと比べたとき、液量差ΔI(=D−E)が得られる。したがって、ユニットサイズ設計に際し、既存のブレーキシステムのユニットサイズのままとして設計変更無しとした場合、比較例では、フェードの発生に対応する液量Dを達成することができず、ブレーキシステムのユニットサイズを大型化する必要がある。これに対し、ユニットサイズ設計に際し、既存のブレーキシステムのユニットサイズのままとして設計変更無しとした場合、実施例1では、フェードの発生に対応する供給可能液量Eを達成することができる。言い換えると、制動力制御を採用しても、フェード時の消費液量を考慮せずにユニット設計が可能となる。
この結果、車両大型化に伴う重量増により必要液量が増加する一方、エンジンやモータ等の駆動源を搭載するパワーユニットルームのスペース縮小に伴い、ブレーキシステムの小型化が必須であるというシステム要求に応えることができる。
【0053】
次に、効果を説明する。
実施例1の制動力制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0054】
(1) ブレーキ操作に応じて車輪に付与する基準液圧(マスターシリンダ液圧)を発生する基準液圧発生手段(ブレーキ液圧発生装置1)と、
車両の実減速度を検出する実減速度検出手段(図3のステップS4)と、
制動要求に応じた車両の目標減速度を算出する目標速度算出手段(図3のステップS5)と、
前記目標減速度が所定値より高く、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値以上の場合、前記基準液圧(マスターシリンダ液圧)による制動力で不足する前記減速度の差分をアシスト制動力で補うと共に、フロント側配分とリア側配分による制動力前後配分について、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値未満のときの定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御を行う制動力制御手段(図3)と、
を備える。
このため、目標減速度と実減速度に差が出る制動時、目標減速度に到達する応答性を向上することができる。加えて、フロント優先配分により消費液量が減少することで、ブレーキシステムの小型化を達成することができる。
【0055】
(2) 前記基準液圧(マスターシリンダ液圧)に加えるアシスト液圧を発生するアシスト液圧発生手段(VDCブレーキ液圧ユニット2)と、を備え、
前記制動力制御手段(図3)は、前記基準液圧(マスターシリンダ液圧)による制動力で不足する前記減速度の差分を前記アシスト液圧によるアシスト制動力で補う。
このため、(1)の効果に加え、アシスト液圧発生手段(VDCブレーキ液圧ユニット2)を備えたブレーキシステムの場合、システムを変更することなく、フェード時に必要なアシスト制動力を、アシスト液圧による制動力にて達成することができる。
【実施例2】
【0056】
実施例2は、マスターシリンダ液圧による制動力で不足する減速度の差分を、実施例1のアシスト液圧による制動力に代え、回生制動力で補うようにした例である。
【0057】
まず、構成を説明する。
実施例2の全体システム構成は、実施例1が前輪駆動のハイブリッド車であるのに対し、エンジン10及び走行用電動モータ5(回生制動力発生手段)が後輪に連結されている後輪駆動のハイブリッド車とした点で異なる。つまり、実施例2では、制動力前後配分をフロント優先配分としたとき、マスターシリンダ液圧が供給されないリア側に回生制動力を付与する構成としている。
【0058】
図9は、実施例2の制動力制御装置における統合コントローラ8で実行される制動力制御処理の流れを示す(制動力制御手段)。以下、実施例2の制動力制御構成をあらわす図9の各ステップについて説明する。
なお、ステップS21〜ステップS26の各ステップは、図3のステップS1〜ステップS6の各ステップと同様の処理ステップであるので説明を省略する。
【0059】
ステップS27では、ステップS21での自動ブレーキ要求有りとの判断、あるいは、ステップS25での目標減速度−実減速度≧所定値であるとの判断に続き、走行用電動モータ5による回生可能量を算出し、ステップS28へ進む。
ここで、「回生可能量の算出」は、車速やバッテリ残容量やモータ温度やバッテリ温度、等により走行用電動モータ5で回生可能な充電量として算出される。
【0060】
ステップS28では、ステップS27での回生可能量の算出に続き、制動力前後配分を回生優先前後配分に決定し、P-G特性を補正し、ステップS29へ進む。
ここで、「制動力前後配分の回生優先前後配分」とは、例えば、図10に示すように、通常のフロント側配分とリア側配分による実等G線上のX’から、フロント優先配分(フロント側配分:リア側配分=100%:0%)による実等G線上のY’に移す。そして、フロント優先配分によるY’の位置から、目標等G線に向かって回生制動力(=リア制動力)を嵩上げしたときに目標等G線と交わるZ’を制動力前後配分点にすることをいう。
また、「P-G特性を補正」とは、例えば、図4の実線特性に示す通常のP-G特性を、実減速度の検出に基づき、図4の点線特性に示すように、実減速度の発生に応じたP-G特性に書き換えることをいう。
【0061】
ステップS29では、ステップS28での回生優先前後配分の決定とP-G特性補正に続き、目標減速度と制動力前後配分とP-G特性に応じた各輪必要液圧を算出し、ステップS30へ進む。
ここで、「各輪必要液圧の算出」は、自動ブレーキ要求(ブレーキ操作無し)のとき、自動ブレーキでの要求制動力と回生制動力の差をVDC液圧として算出する。そして、制動力前後配分のフロント優先配分に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRに対する必要液圧(マスターシリンダ液圧又はVDC液圧)を算出し、左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対する必要液圧をゼロと算出する。
【0062】
ステップS30では、ステップS29での各輪必要液圧の算出に続き、各輪を増圧し、エンドへ進む。
ここで、「各輪の増圧」とは、各輪必要液圧の算出に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対して(マスターシリンダ液圧又はVDC液圧)を加えることである。また、ステップS30では、各輪の増圧と共に、走行用電動モータ5に対して嵩上げ分の回生制動力を得る指令を出力する。
なお、他の構成は、実施例1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0063】
次に、実施例2の制動力制御処理作用を説明する。
まず、自動ブレーキ要求有りのときには、図9のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS27→ステップS28→ステップS29→ステップS30→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS27では、回生可能量が算出され、ステップS28では、制動力前後配分が回生優先前後配分(フロント側配分:リア側配分=液圧制動力:回生制動力)に決定され、次のステップS29では、自動ブレーキでの要求制動力を得るための液圧がVDC液圧として算出される。次のステップS30では、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対してVDC液圧による制動力が加えられ、左右後輪には回生制動力が加えられる。
【0064】
自動ブレーキ要求無しで、マスターシリンダ液圧≧所定値、かつ、目標減速度−実減速度≧所定値のときには、図9のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS22→ステップS23→ステップS24→ステップS25→ステップS27→ステップS28→ステップS29→ステップS30→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS27では、回生可能量が算出され、ステップS28では、制動力前後配分が回生優先前後配分(フロント側配分:リア側配分=液圧制動力:回生制動力)に決定され、次のステップS29では、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対する必要液圧がマスターシリンダ液圧とされる。そして、ステップS30では、各輪必要液圧の算出に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRのみに対してマスターシリンダ液圧による制動力が加えられ、左右後輪には回生制動力が加えられる。
【0065】
したがって、実施例2では、フェード時、マスターシリンダ液圧による制動力では不足する分を補うアシスト制動力を、実施例1のアシスト液圧による制動力に代え、回生制動力により得ることができる。このため、ユニット設計にてフェード時を考慮して液量を確保する設計を要しない。また、回生優先前後配分では、フロント側配分:リア側配分=液圧制動力:回生制動力となり、実施例1のように、フロント優先配分によりフロント側のみに制動力を配分する場合に比べ、制動時における車両挙動安定性が達成される。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0066】
次に、効果を説明する。
実施例2の制動力制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0067】
(3) 回生制動力を発生する回生制動力発生手段(走行用電動モータ5)と、を備え、
前記制動力制御手段(図9)は、前記基準液圧(マスターシリンダ液圧)による制動力で不足する前記減速度の差分を前記回生制動力で補う(図10)。
このため、上記(1)の効果に加え、回生制動力発生手段(走行用電動モータ5)を備えたブレーキシステムの場合、システムを変更することなく、フェード時に必要なアシスト制動力を、回生制動力にて達成することができる。
【実施例3】
【0068】
実施例3は、制動力制御を行う際、車両挙動を考慮して制動力前後配分を決めるようにした例である。
【0069】
まず、構成を説明する。
実施例3の全体システム構成は、実施例1の図1と同様である。つまり、実施例3では、制動力制御時に制動力前後配分を決めたとき、発生液圧(=ホイールシリンダ液圧+アシスト液圧)をフロント側とリア側に振り分け、液圧によりフロント側制動力とリア側制動力を与える構成としている。
【0070】
図11は、実施例3の制動力制御装置における統合コントローラ8で実行される制動力制御処理の流れを示す(制動力制御手段)。以下、実施例3の制動力制御構成をあらわす図11の各ステップについて説明する。
なお、ステップS31〜ステップS36の各ステップは、図3のステップS1〜ステップS6の各ステップと同様の処理ステップであるので説明を省略する。
【0071】
ステップS37では、ステップS31での自動ブレーキ要求有りとの判断、あるいは、ステップS35での目標減速度−実減速度≧所定値であるとの判断に続き、制動力前後配分の配分リミッタを算出し、ステップS38へ進む。
ここで、「配分リミッタの算出」は、図12に示すように、制動力前後配分をフロント優先配分(フロント側配分:リア側配分=100%:0%)としたとき、配分リミット線と交差するフロント制動力のリミッタ値Jとして算出される。なお、配分リミット線は、この線を超えた制動力前後配分としたとき、車両の制動旋回において回頭性が低下するおそれがある線として設定されている。
【0072】
ステップS38では、ステップS37での配分リミッタの算出に続き、制動力前後配分を決定し、P-G特性を補正し、ステップS39へ進む。
ここで、「制動力前後配分の決定」とは、例えば、図12に示すように、制動力前後配分をフロント優先配分としたとき、フロント制動力がリミッタ値J以下の場合には、フロント優先配分により決定する。しかし、通常のフロント側配分とリア側配分による等G線上のX”から、フロント優先配分による等G線上のY”に移したとき、フロント制動力Y”がリミッタ値Jを超える場合には、等G線上に沿って通常の制動力前後配分方向に戻したZ”を制動力前後配分点にすることをいう。
また、「P-G特性を補正」とは、例えば、図4の実線特性に示す通常のP-G特性を、実減速度の検出に基づき、図4の点線特性に示すように、実減速度の発生に応じたP-G特性に書き換えることをいう。
【0073】
ステップS39では、ステップS38での前後配分の決定とP-G特性補正に続き、目標減速度と制動力前後配分とP-G特性に応じた各輪必要液圧を算出し、ステップS40へ進む。
ここで、「各輪必要液圧の算出」は、ブレーキ操作有りのとき、目標減速度と補正後のP-G特性により、図4に示すように、目標減速度を得るためにマスターシリンダ液圧に加える必要のあるアシスト液圧を算出する。また、自動ブレーキ要求(ブレーキ操作無し)のとき、自動ブレーキでの要求制動力をアシスト液圧として算出する。そして、トータル液圧(マスターシリンダ液圧+アシスト液圧)を制動力前後配分の決定に基づき振り分け、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRに対する必要液圧と、左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対する必要液圧を算出する。
【0074】
ステップS40では、ステップS39での各輪必要液圧の算出に続き、各輪を増圧し、エンドへ進む。
ここで、「各輪の増圧」とは、各輪必要液圧の算出に基づき、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRと左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対してそれぞれ必要液圧を加えることである。
なお、他の構成は、実施例1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0075】
次に、実施例3の制動力制御処理作用を説明する。
まず、自動ブレーキ要求有りのときには、図11のフローチャートにおいて、ステップS31→ステップS37→ステップS38→ステップS39→ステップS40→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS37では、配分リミッタが算出され、ステップS38では、配分リミッタに基づき制動力前後配分が決定され、次のステップS39では、左右前輪と左右後輪に与える必要液圧が算出される。次のステップS40では、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRと左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対してそれぞれ必要液圧による制動力が加えられる。
【0076】
自動ブレーキ要求無しで、マスターシリンダ液圧≧所定値、かつ、目標減速度−実減速度≧所定値のときには、図11のフローチャートにおいて、ステップS31→ステップS32→ステップS33→ステップS34→ステップS35→ステップS37→ステップS38→ステップS39→ステップS40→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS37では、配分リミッタが算出され、ステップS38では、配分リミッタに基づき制動力前後配分が決定され、次のステップS39では、左右前輪と左右後輪に与える必要液圧が算出される。そして、ステップS40では、左右前輪のホイールシリンダ4FL,4FRと左右後輪のホイールシリンダ4RL,4RRに対してそれぞれ必要液圧による制動力が加えられる。
【0077】
実施例3では、自動ブレーキ要求時やフェード時であって、制動力前後配分をフロント優先配分にすると車両の制動旋回において回頭性が低下することが予測されると、回答性の低下を抑える制動力前後配分に決定される。この回頭性低下予測は、制動力前後配分をフロント優先配分にしたとき、フロント制動力がリミッタ値Jを超えることでなされる。したがって、例えば、旋回制動中に前輪側が制動スリップした際、あるいは、制動スリップしそうな際に、フロント側配分を小さくすることで、回頭性の低下が抑制される。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0078】
次に、効果を説明する。
実施例3の制動力制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0079】
(4) 前記制動力制御手段(図11)は、車両の旋回挙動を考慮してフロント側配分を上げた制動力前後配分に決定する(図12)。
このため、上記(1)〜(3)の効果に加え、旋回制動時、フロント配分過多による回頭性の低下を抑制することができる。
【0080】
以上、本発明の制動力制御装置を実施例1〜実施例3に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0081】
実施例1,3では、基準液圧による制動力で不足する減速度の差分をアシスト液圧によるアシスト制動力で補う例を示した。また、実施例2では、基準液圧による制動力で不足する減速度の差分を回生制動力(=アシスト制動力)で補う例を示した。しかしながら、アシスト制動力を、アシスト液圧による制動力と回生制動力を合わせた上乗せ分により得る例としても良い。例えば、実施例1の場合、必要なアシスト制動力に対し、アシスト液圧による制動力で不足するとき、不足分を回生制動力で補うような例としても良い。また、実施例2の場合、必要なアシスト制動力に対し、回生可能量による回生制動力で不足するとき、不足分をアシスト液圧による制動力で補うような例としても良い。
【0082】
実施例1〜3では、目標速度算出手段として、マスターシリンダ液圧に対する目標減速度特性を用いて算出する例を示した。しかし、ペダルストロークやペダル踏力等のドライバーの要求減速度をあらわす情報に基づいて目標減速度を算出するようにしても良い。
【0083】
実施例1〜3では、制動力制御手段として、液圧による制動力についてフロント側配分100%のフロント優先配分をベースとし、制動力前後配分を決定する例を示した。しかし、制動力制御手段としては、例えば、フロント側配分80%〜100%というように、定常時配分(70%程度)と比較してフロント側配分を上げる制御行うものであればよい。
【0084】
実施例1,3では、本発明の制動力制御装置を、前輪駆動のハイブリッド車へ適用した例を示し、実施例2では、本発明の制動力制御装置を、後輪駆動のハイブリッド車へ適用した例を示した。しかし、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車、等の電動車両に限らず、エンジン車へ本発明の制動力制御装置を適用することもできる。
【符号の説明】
【0085】
1 ブレーキ液圧発生装置(基準液圧発生手段)
2 VDCブレーキ液圧ユニット(アシスト液圧発生手段)
21 VDCモータ
22 液圧ポンプ
25 第1M/Cカットソレノイドバルブ
26 第2M/Cカットソレノイドバルブ
3 ストロークセンサ
4FL 左前輪ホイールシリンダ
4FR 右前輪ホイールシリンダ
4RL 左後輪ホイールシリンダ
4RR 右後輪ホイールシリンダ
5 走行用電動モータ(回生制動力発生手段)
61 プライマリ液圧管
62 セカンダリ液圧管
63 左前輪液圧管
64 右前輪液圧管
65 左後輪液圧管
66 右後輪液圧管
7 ブレーキコントローラ
8 モータコントローラ
9 統合コントローラ
91 バッテリコントローラ
92 車速センサ
93 ブレーキスイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキ操作に応じて車輪に付与する基準液圧を発生する基準液圧発生手段と、
車両の実減速度を検出する実減速度検出手段と、
制動要求に応じた車両の目標減速度を算出する目標速度算出手段と、
前記目標減速度が所定値より高く、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値以上の場合、前記基準液圧による制動力で不足する前記減速度の差分をアシスト制動力で補うと共に、フロント側配分とリア側配分による制動力前後配分について、前記目標減速度と前記実減速度の差が所定値未満のときの定常時配分と比較してフロント側配分を上げる制御を行う制動力制御手段と、
を備えることを特徴とする制動力制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された制動力制御装置において、
前記基準液圧に加えるアシスト液圧を発生するアシスト液圧発生手段と、を備え、
前記制動力制御手段は、前記基準液圧による制動力で不足する前記減速度の差分を前記アシスト液圧によるアシスト制動力で補う
ことを特徴とする制動力制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載された制動力制御装置において、
回生制動力を発生する回生制動力発生手段と、を備え、
前記制動力制御手段は、前記基準液圧による制動力で不足する前記減速度の差分を前記回生制動力で補う
ことを特徴とする制動力制御装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までの何れか1項に記載された制動力制御装置において、
前記制動力制御手段は、車両の旋回挙動を考慮してフロント側配分を上げた制動力前後配分に決定する
ことを特徴とする制動力制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2013−86618(P2013−86618A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227975(P2011−227975)
【出願日】平成23年10月17日(2011.10.17)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】