説明

制御装置

【課題】内燃機関の始動時間を短縮すると共に、第一係合装置が解放状態から滑り係合状態へ移行したとき、及び第一係合装置が滑り係合状態から直結係合状態へ移行したときのトルクショックが車輪側に伝達されることを抑制できる制御装置が求められる。
【解決手段】第一係合装置の解放状態且つ第二係合装置の直結係合状態で、内燃機関の始動要求があった後、第一係合装置を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、第一係合装置が滑り係合状態に移行する前に、回転電機の回転速度制御を開始し、第二係合装置が滑り係合状態へ移行したと判定した後、第一係合装置を前記滑り係合状態から直結係合状態に移行させる制御装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関と車輪とを結ぶ動力伝達経路に回転電機が設けられていると共に、前記内燃機関と前記回転電機との間に第一係合装置が設けられ、前記回転電機と前記車輪との間に第二係合装置が設けられた車両用駆動装置を制御対象とする制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような制御装置に関して、例えば下記の特許文献1及び特許文献2に記載された技術が既に知られている。特許文献1及び特許文献2に記載されている技術は、第一係合装置の解放状態且つ第二係合装置の直結係合状態で内燃機関の始動要求があった場合に、第一係合装置を滑り係合状態に移行させて回転電機の回転駆動力によって内燃機関の回転速度を上昇させる内燃機関の始動制御を行うように構成されている。
特許文献1の技術は、内燃機関の始動時間を短縮するため、第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態に移行させる前に、第一係合装置の解放状態から滑り係合状態への移行を開始するように構成されている。
【0003】
特許文献1の技術では、第一係合装置を滑り係合状態に移行させる際に、第一係合装置の伝達トルク容量の大きさのスリップトルクが、回転電機から内燃機関側に伝達されても、回転電機から車輪側に伝達されるトルクが低下しないように、回転電機の目標トルクに、第一係合装置の目標伝達トルク容量を加算して、スリップトルクによるトルク低下分をフィードフォワード的に補償するように構成されている。
しかしながら、特許文献1の技術では、第一係合装置のスリップトルクの補償誤差がある場合、補償誤差によるトルクショックが、直結係合状態である第二係合装置を介して、車輪側に伝達され、運転者に違和感を与える恐れがあった。
【0004】
また、特許文献2の技術では、第二係合装置を滑り係合状態に制御しない内燃機関の始動方法が選択された場合にも、目標回転速度を設定して回転電機の回転速度制御を行うように構成されている。特許文献2の技術には、目標回転速度を設定する構成が詳細に開示されていないが、回転速度制御は、第一係合装置を滑り係合状態に移行させる際のトルクショックを軽減させる方向に作用すると考えられる。しかし、特許文献2では、第二係合装置が直結係合状態のままで第一係合装置を滑り係合状態から直結係合状態へ移行させるため、第一係合装置が滑り係合状態から直結係合状態へ移行したときに発生するトルクショックが車輪側に伝達されることを抑制するには限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−99141号公報
【特許文献2】特開2011−20543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、内燃機関の始動時間を短縮するため、第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態に移行させる前に、第一係合装置を解放状態から滑り係合状態への移行を開始する場合においても、第一係合装置の伝達トルク容量の変化によるトルクショックが車輪側に伝達されることを抑制できると共に、第一係合装置が滑り係合状態から直結係合状態へ移行したときのトルクショックが車輪側に伝達されることを抑制できる制御装置が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る、内燃機関と車輪とを結ぶ動力伝達経路に回転電機が設けられていると共に、前記内燃機関と前記回転電機との間に第一係合装置が設けられ、前記回転電機と前記車輪との間に第二係合装置が設けられた車両用駆動装置を制御対象とする制御装置の特徴構成は、前記第一係合装置の解放状態且つ前記第二係合装置の直結係合状態で前記内燃機関の始動要求があった場合に、前記回転電機の回転駆動力によって前記内燃機関の回転速度を上昇させる内燃機関の始動制御を行う際に、前記内燃機関の始動要求の後、前記第一係合装置を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と前記第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、前記第一係合装置が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、前記回転電機の回転速度が目標回転速度となるように前記回転電機を制御する回転速度制御を開始し、前記第二係合装置が所定の滑り係合状態になった場合、又は前記回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量が所定値以上になった場合に、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定し、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後、前記第一係合装置を前記滑り係合状態から直結係合状態に移行させる点にある。
【0008】
なお、本願において「回転電機」は、モータ(電動機)、ジェネレータ(発電機)、及び必要に応じてモータ及びジェネレータの双方の機能を果たすモータ・ジェネレータのいずれをも含む概念として用いている。
また、本願において、「駆動連結」とは、2つの回転要素が駆動力を伝達可能に連結された状態を指し、当該2つの回転要素が一体的に回転するように連結された状態、或いは当該2つの回転要素が一又は二以上の伝動部材を介して駆動力を伝達可能に連結された状態を含む概念として用いている。このような伝動部材としては、回転を同速で又は変速して伝達する各種の部材が含まれ、例えば、軸、歯車機構、ベルト、チェーン等が含まれる。また、このような伝動部材として、回転及び駆動力を選択的に伝達する係合装置、例えば摩擦係合装置や噛み合い式係合装置等が含まれていてもよい。
【0009】
この特徴構成によれば、内燃機関の始動要求があった後、第一係合装置を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御を開始すると共に、第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御を開始するため、内燃機関の始動にかかる時間を短縮できる。
また、第一係合装置を解放状態から滑り係合状態に移行させる際に、第一係合装置の伝達トルク容量の変化により、第一係合装置から回転電機側にトルクショックが伝達されたとしても、回転速度制御が実行されているので、トルクショックによって生じる回転電機の回転速度の変動を低減させるように、回転電機の出力トルクが補正される。これにより、トルクショックを打ち消すように回転電機の出力トルクが補正され、トルクショックが直結係合状態の第二係合装置を介して回転電機側から車輪側に伝達されることを抑制できる。
また、上記の特徴構成によれば、第二係合装置が滑り係合状態に移行したと判定した後、第一係合装置を滑り係合状態から直結係合状態に移行させるので、第一係合装置が滑り係合状態から直結係合状態に移行する際に、第一係合装置から第二係合装置側にトルクショックが伝達されたとしても、トルクショックが第二係合装置から車輪側に伝達されることを確実に防止できる。
また、回転速度制御の実行中であっても、車輪の回転速度の変化速度を減少させることができるため、第二係合装置の係合部材間の回転速度差を増加させて、第二係合装置を滑り係合状態に移行させることができる。よって、上記の構成のように、第二係合装置が所定の滑り係合状態になった場合に、第二係合装置が滑り係合状態なったことを判定できる。
或いは、第二係合装置が滑り係合状態になると、回転電機の回転速度の変化速度が増加しようとするが、回転速度制御により、回転電機の回転速度の変化速度の増加が抑制される。このとき、回転速度制御による出力トルクが減少方向に変化する。よって、上記の構成のように、回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量が所定値以上になった場合に、第二係合装置が滑り係合状態になったことを判定できる。
【0010】
ここで、前記回転速度制御において、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定する前は、前記回転電機の回転速度の変化に基づき、前記動力伝達経路に入力されたトルクである伝達経路入力トルクを推定し、当該伝達経路入力トルクから少なくとも前記回転電機の出力トルクを減算して前記車輪から前記動力伝達経路に入力された外部入力トルクを推定し、前記外部入力トルクと、前記車輪の駆動のために要求されているトルクである車両要求トルクとに基づいて算出した回転速度を前記目標回転速度として設定し、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後は、前記第二係合装置が直結係合状態である場合の前記回転電機の回転速度よりも所定値だけ高い回転速度を前記目標回転速度として設定すると好適である。
【0011】
この構成によれば、第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定する前は、外部入力トルクの推定値と車両要求トルクとに基づき、目標回転速度が算出されているので、外部入力トルク及び車両要求トルクに対して外乱成分となるトルクショックによる回転速度の変動を、目標回転速度からの偏差として回転速度制御を行うことができる。よって、回転速度制御により、第一係合装置を解放状態から滑り係合状態に移行させる際に生じるトルクショックを打ち消すように回転電機の出力トルクを制御することができる。この回転電機の目標回転速度を算出する上で、車両要求トルクに加えて、推定した外部入力トルクに基づき算出しているので、車両要求トルクに、走行抵抗トルク、ブレーキトルクなどの外部入力トルクを反映させて、外部入力トルクを打ち消さないような、目標回転速度を算出することできる。よって、走行状態、又はブレーキ操作などによる、車両の加減速を維持しつつ、トルクショックによる回転電機の回転速度の変動成分を低減することができる。また、上記の構成によれば、回転電機の回転速度の変化に基づいて、動力伝達経路に入力された伝達経路入力トルクを推定することができる。そして、推定した伝達経路入力トルクから、回転電機の出力トルクを減算して外部入力トルクの推定値を演算しているので、回転電機の出力トルク以外に、動力伝達経路に入力されているトルクを精度よく推定することができる。このため、車輪から動力伝達経路に入力された外部入力トルクの推定精度を良好にすることができる。
一方、第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後は、第二係合装置が直結係合状態である場合の回転電機の回転速度よりも所定値だけ高い回転速度が目標回転速度として設定される。そのため、第一係合装置が滑り係合状態から直結係合状態に移行する際に、第一係合装置から回転電機側にトルクショックが伝達されたとしても、回転電機の回転速度を、第二係合装置が直結係合状態である場合の回転電機の回転速度よりも所定値だけ高い目標回転速度付近に維持でき、第二係合装置を滑り係合状態に維持できる。よって、トルクショックが車輪側に伝達されることを確実に防止できる。
【0012】
ここで、前記第一係合装置の解放状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じていない状態であり、前記第一係合装置の滑り係合状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記内燃機関の回転速度と前記回転電機の回転速度とに差がある状態であり、前記第一係合装置の直結係合状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記内燃機関の回転速度と前記回転電機の回転速度とに差がない状態であり、前記第二係合装置の滑り係合状態とは、前記第二係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差がある状態であり、前記第二係合装置の直結係合状態とは、前記第二係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差がない状態であると好適である。
【0013】
この構成によれば、第一係合装置及び第二係合装置の係合の状態を適切に制御することができる。
【0014】
ここで、前記第一移行制御を開始するとは、前記第一係合装置に伝達トルク容量を生じさせる指令を出すことであり、前記第二移行制御を開始するとは、前記第二係合装置に生じる伝達トルク容量を前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差が生じるまで徐々に低下させる指令を出すことであると好適である。
【0015】
この構成によれば、第一移行制御を開始した後、第一係合装置に伝達トルク容量を生じさせることができ、第二移行制御を開始した後、第二係合装置に生じる伝達トルク容量を、第二係合装置の係合部材間に回転速度差が生じるまで低下させることができる。
【0016】
ここで、前記回転速度制御の実行中に、前記第一係合装置を解放状態から滑り係合状態に移行させ、その後に、第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態に移行させると好適である。
【0017】
この構成によれば、第二係合装置が滑り係合状態に移行される前に第一係合装置を滑り係合状態に移行させることができるので、内燃機関の始動にかかる時間をより短縮できる。この際、回転速度制御を実行しているので、第一係合装置の滑り係合状態への移行が、第二係合装置が滑り係合状態に移行される前であっても、第一係合装置の滑り係合状態への移行により生じるトルクショックが、回転速度制御により第二係合装置を介して回転電機側から車輪側に伝達されることを抑制できる。
【0018】
ここで、前記第二係合装置が前記所定の滑り係合状態になった場合とは、前記回転電機の回転速度と前記車輪の回転速度とに基づいて算出した、前記第二係合装置における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差が所定値以上になった場合であり、前記第二係合装置における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差は、前記回転電機の回転速度が前記目標回転速度となるように制御されており、前記第二係合装置が直結係合状態である場合の前記車輪の回転速度より、前記車輪の回転速度が低下することによって生じると好適である。
【0019】
上記のように、第二係合装置が滑り係合状態になると、回転電機の回転速度の変化速度が増加しようとするが、回転速度制御により、回転電機の回転速度の変化速度の増加が抑制される。しかし、回転速度制御の実行中であっても、第二係合装置が滑り係合状態になれば、車輪の回転速度の変化速度が減少するため、第二係合装置の係合部材間の回転速度差が増加する。すなわち、第二係合装置における係合部材間の回転速度差は、回転電機の回転速度が目標回転速度となるように制御されており、第二係合装置が直結係合状態である場合の車輪の回転速度より、車輪の回転速度が低下することによって生じる。上記の構成によれば、回転電機の回転速度と車輪の回転速度とに基づいて、第二係合装置における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差が算出されるため、算出された回転速度差が所定値以上になった場合に、第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態に係る車両用駆動装置及び制御装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】本発明の実施形態に係る制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係る始動制御の処理を示すタイミングチャートである。
【図4】従来の始動制御の処理を示すタイミングチャートである。
【図5】本発明の実施形態に係る第一係合装置が滑り係合状態における制御挙動を説明するタイムチャートである。
【図6】本発明の実施形態に係る制御装置の処理を示すフローチャートである。
【図7】本発明の実施形態に係る直結回転速度制御部の構成を示すブロック図である。
【図8】本発明の実施形態に係る動力伝達経路の弾性系のモデルを示す図である。
【図9】本発明の実施形態に係る動力伝達経路の2慣性系のモデルを示す図である。
【図10】本発明の実施形態に係る直結回転速度制御の処理を説明するボード線図である。
【図11】本発明の比較例に係る直結回転速度制御の処理を説明するタイミングチャートである。
【図12】本発明の実施形態に係る直結回転速度制御の処理を説明するタイミングチャートである。
【図13】本発明のその他の実施形態に係る車両用駆動装置及び制御装置の概略構成を示す模式図である。
【図14】本発明のその他の実施形態に係る車両用駆動装置及び制御装置の概略構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る制御装置30の実施形態について、図面を参照して説明する。図1は、本実施形態に係る車両用駆動装置1及び制御装置30の概略構成を示す模式図である。この図において、実線は駆動力の伝達経路を示し、破線は作動油の供給経路を示し、一点鎖線は信号の伝達経路を示している。この図に示すように、本実施形態に係る車両用駆動装置1は、概略的には、エンジンE及び回転電機MGを駆動力源として備え、これらの駆動力源の駆動力を、動力伝達機構を介して車輪Wへ伝達する構成となっている。車両用駆動装置1には、エンジンEと車輪Wとを結ぶ動力伝達経路2に、回転電機MGが設けられていると共にエンジンEと回転電機MGとの間に第一係合装置CL1が設けられ、回転電機MGと車輪Wとの間に第二係合装置CL2が設けられている。ここで、第一係合装置CL1は、その係合状態に応じて、エンジンEと回転電機MGとの間を選択的に連結した状態又は分離した状態とする。第二係合装置CL2は、その係合状態に応じて、回転電機MGと車輪Wとの間を選択的に連結した状態又は分離した状態とする。本実施形態に係る車両用駆動装置1には、回転電機MGと車輪Wとの間の動力伝達経路2に変速機構TMが備えられている。そして、第二係合装置CL2は、変速機構TMに備えられた複数の係合装置の中の1つとされている。
【0022】
ハイブリッド車両には、車両用駆動装置1を制御対象とする制御装置30が備えられている。本実施形態に係わる制御装置30は、回転電機MGの制御を行う回転電機制御ユニット32と、変速機構TM、第一係合装置CL1、及び第二係合装置CL2の制御を行う動力伝達制御ユニット33と、これらの制御装置を統合して車両用駆動装置1の制御を行う車両制御ユニット34と、を有している。また、ハイブリッド車両には、エンジンEの制御を行うエンジン制御装置31も備えられている。
【0023】
制御装置30は、図2及び図3に示すように、第一係合装置CL1の解放状態且つ第二係合装置CL2の直結係合状態でエンジンEの始動要求があった場合に、回転電機MGの回転駆動力によってエンジンEの回転速度を上昇させるエンジンEの始動制御を行う始動制御部46を備えている。
始動制御部46は、エンジンEの始動要求の後、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、第一係合装置CL1が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、回転電機MGの回転速度が目標回転速度となるように回転電機MGを制御する回転速度制御を開始する。そして、始動制御部46は、第二係合装置CL2が所定の滑り係合状態になった場合、又は回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量ΔTが所定値以上になった場合に、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定し、当該判定後、第一係合装置CL1を滑り係合状態から直結係合状態に移行させる点に特徴を有している。
以下、本実施形態に係る車両用駆動装置1及び制御装置30について、詳細に説明する。
【0024】
1.車両用駆動装置1の構成
まず、本実施形態に係るハイブリッド車両の車両用駆動装置1の構成について説明する。図1に示すように、ハイブリッド車両は、車両の駆動力源としてエンジンE及び回転電機MGを備え、これらのエンジンEと回転電機MGとが直列に駆動連結されるパラレル方式のハイブリッド車両となっている。ハイブリッド車両は、変速機構TMを備えており、当該変速機構TMにより、中間軸Mに伝達されたエンジンE及び回転電機MGの回転速度ωmを変速すると共にトルクを変換して出力軸Oに伝達する。
【0025】
エンジンEは、燃料の燃焼により駆動される内燃機関であり、例えば、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの公知の各種エンジンを用いることができる。本例では、エンジンEのクランクシャフト等のエンジン出力軸Eoが、第一係合装置CL1を介して、回転電機MGに駆動連結された入力軸Iと選択的に駆動連結される。すなわち、エンジンEは、摩擦係合要素である第一係合装置CL1を介して回転電機MGに選択的に駆動連結される。また、エンジン出力軸Eoには、ダンパが備えられており、エンジンEの間欠的な燃焼による出力トルク及び回転速度の変動を減衰して、車輪W側に伝達可能に構成されている。
【0026】
回転電機MGは、非回転部材に固定されたステータと、このステータと対応する位置で径方向内側に回転自在に支持されたロータと、を有している。この回転電機MGのロータは、入力軸I及び中間軸Mと一体回転するように駆動連結されている。すなわち、本実施形態においては、入力軸I及び中間軸MにエンジンE及び回転電機MGの双方が駆動連結される構成となっている。回転電機MGは、直流交流変換を行うインバータを介して蓄電装置としてのバッテリに電気的に接続されている。そして、回転電機MGは、電力の供給を受けて動力を発生するモータ(電動機)としての機能と、動力の供給を受けて電力を発生するジェネレータ(発電機)としての機能と、を果たすことが可能とされている。すなわち、回転電機MGは、インバータを介してバッテリからの電力供給を受けて力行し、或いはエンジンEや車輪Wから伝達される回転駆動力により発電し、発電された電力は、インバータを介してバッテリに蓄電される。
【0027】
駆動力源が駆動連結される中間軸Mには、変速機構TMが駆動連結されている。本実施形態では、変速機構TMは、変速比の異なる複数の変速段を有する有段の自動変速装置である。変速機構TMは、これら複数の変速段を形成するため、遊星歯車機構等の歯車機構と複数の係合装置とを備えている。本実施形態では、複数の係合装置の中の一つが、第二係合装置CL2とされる。この変速機構TMは、各変速段の変速比で、中間軸Mの回転速度を変速するとともにトルクを変換して、出力軸Oへ伝達する。変速機構TMから出力軸Oへ伝達されたトルクは、出力用差動歯車装置DFを介して左右二つの車軸AXに分配されて伝達され、各車軸AXに駆動連結された車輪Wに伝達される。ここで、変速比は、変速機構TMにおいて各変速段が形成された場合の、出力軸Oの回転速度に対する中間軸Mの回転速度の比であり、本願では中間軸Mの回転速度を出力軸Oの回転速度で除算した値である。すなわち、中間軸Mの回転速度を変速比で除算した回転速度が、出力軸Oの回転速度になる。また、中間軸Mから変速機構TMに伝達されるトルクに、変速比を乗算したトルクが、変速機構TMから出力軸Oに伝達されるトルクになる。
【0028】
本例では、変速機構TMの複数の係合装置(第二係合装置CL2を含む)、及び第一係合装置CL1は、それぞれ摩擦材を有して構成されるクラッチやブレーキ等の摩擦係合要素である。これらの摩擦係合要素は、供給される油圧を制御することによりその係合圧を制御して伝達トルク容量の増減を連続的に制御することが可能とされている。このような摩擦係合要素としては、例えば湿式多板クラッチや湿式多板ブレーキ等が好適に用いられる。
【0029】
摩擦係合要素は、その係合部材間の摩擦により、係合部材間でトルクを伝達する。摩擦係合要素の係合部材間に回転速度差(滑り)がある場合は、動摩擦により回転速度の大きい方の部材から小さい方の部材に伝達トルク容量の大きさのトルク(スリップトルク)が伝達される。摩擦係合要素の係合部材間に回転速度差(滑り)がない場合は、摩擦係合要素は、伝達トルク容量の大きさを上限として、静摩擦により摩擦係合要素の係合部材間に作用するトルクを伝達する。ここで、伝達トルク容量とは、摩擦係合要素が摩擦により伝達することができる最大のトルクの大きさである。伝達トルク容量の大きさは、摩擦係合要素の係合圧に比例して変化する。係合圧とは、入力側係合部材(摩擦板)と出力側係合部材(摩擦板)とを相互に押し付け合う圧力である。本実施形態では、係合圧は、供給されている油圧の大きさに比例して変化する。すなわち、本実施形態では、伝達トルク容量の大きさは、摩擦係合要素に供給されている油圧の大きさに比例して変化する。
【0030】
各摩擦係合要素は、リターンばねを備えており、ばねの反力により解放側に付勢されている。そして、各摩擦係合要素の油圧シリンダに供給される油圧により生じる力がばねの反力を上回ると、各摩擦係合要素に伝達トルク容量が生じ始め、各摩擦係合要素は、解放状態から係合状態に変化する。この伝達トルク容量が生じ始めるときの油圧を、ストロークエンド圧と称す。各摩擦係合要素は、供給される油圧がストロークエンド圧を上回った後、油圧の増加に比例して、その伝達トルク容量が増加するように構成されている。なお、摩擦係合要素は、リターンばねを備えておらず、油圧シリンダのピストンの両側にかかる油圧の差圧によって制御させる構造でもよい。
【0031】
本実施形態において、係合状態とは、摩擦係合要素に伝達トルク容量が生じている状態であり滑り係合状態と直結係合状態とが含まれる。解放状態とは、摩擦係合要素に伝達トルク容量が生じていない状態である。また、滑り係合状態とは、摩擦係合要素の係合部材間に回転速度差(滑り)がある係合状態であり、直結係合状態とは、摩擦係合要素の係合部材間に回転速度差(滑り)がない係合状態である。また、非直結係合状態とは、直結係合状態以外の係合状態であり、解放状態と滑り係合状態とが含まれる。
【0032】
なお、摩擦係合要素には、制御装置30により伝達トルク容量を生じさせる指令が出されていない場合でも、係合部材(摩擦部材)同士の引き摺りによって伝達トルク容量が生じる場合がある。例えば、ピストンにより摩擦部材同士が押圧されていない場合でも、摩擦部材同士が接触し、摩擦部材同士の引き摺りによって伝達トルク容量が生じる場合がある。そこで、「解放状態」には、制御装置30が摩擦係合装置に伝達トルク容量を生じさせる指令を出していない場合に、摩擦部材同士の引き摺りにより、伝達トルク容量が生じている状態も含まれるものとする。
【0033】
本実施形態では、第一係合装置CL1の解放状態は、第一係合装置CL1に伝達トルク容量が生じていない状態である。第一係合装置CL1の滑り係合状態は、第一係合装置CL1に伝達トルク容量が生じている状態で、エンジンEの回転速度と回転電機MGの回転速度ωmとに差がある状態である。第一係合装置CL1の直結係合状態は、第一係合装置CL1に伝達トルク容量が生じている状態で、エンジンEの回転速度と回転電機MGの回転速度ωmとに差がない状態である。
第二係合装置CL2の解放状態は、第二係合装置CL2に伝達トルク容量が生じていない状態である。第二係合装置CL2の滑り係合状態は、第二係合装置CL2に伝達トルク容量が生じている状態で、第二係合装置CL2における2つの係合部材の回転速度に差がある状態である。第二係合装置CL2の直結係合状態は、第二係合装置CL2に伝達トルク容量が生じている状態で、第二係合装置CL2における2つの係合部材の回転速度に差がない状態である。第二係合装置CL2がクラッチの場合では、2つの係合部材の回転速度の差は、第二係合装置CL2における回転電機MG側の係合部材70の回転速度と車輪W側の係合部材71の回転速度との差になる。第二係合装置CL2がブレーキの場合では、2つの係合部材の回転速度の差は、ケースなどの非回転部材側の係合部材の回転速度(すなわちゼロ)と、回転電機MG及び車輪W側の係合部材の回転速度との差になる。なお、以下の説明では、第二係合装置CL2がクラッチである場合を例として説明する。
【0034】
2.油圧制御系の構成
車両用駆動装置1の油圧制御系は、車両の駆動力源や専用のモータによって駆動される油圧ポンプから供給される作動油の油圧を所定圧に調整するための油圧制御装置PCを備えている。ここでは詳しい説明を省略するが、油圧制御装置PCは、油圧調整用のリニアソレノイド弁からの信号圧に基づき一又は二以上の調整弁の開度を調整することにより、当該調整弁からドレインする作動油の量を調整して作動油の油圧を一又は二以上の所定圧に調整する。所定圧に調整された作動油は、それぞれ必要とされるレベルの油圧で、変速機構TM、並びに第一係合装置CL1や第二係合装置CL2の各摩擦係合要素等に供給される。
【0035】
3.制御装置の構成
次に、車両用駆動装置1の制御を行う制御装置30及びエンジン制御装置31の構成について、図2を参照して説明する。
制御装置30の制御ユニット32〜34及びエンジン制御装置31は、CPU等の演算処理装置を中核部材として備えるとともに、当該演算処理装置からデータを読み出し及び書き込みが可能に構成されたRAM(ランダム・アクセス・メモリ)や、演算処理装置からデータを読み出し可能に構成されたROM(リード・オンリ・メモリ)等の記憶装置等を有して構成されている。そして、制御装置のROM等に記憶されたソフトウェア(プログラム)又は別途設けられた演算回路等のハードウェア、或いはそれらの両方により、制御装置30の各機能部41〜47などが構成されている。また、制御装置30の制御ユニット32〜34及びエンジン制御装置31は、互いに通信を行うように構成されており、センサの検出情報及び制御パラメータ等の各種情報を共有するとともに協調制御を行い、各機能部41〜47の機能が実現される。
【0036】
また、車両用駆動装置1は、センサSe1〜Se3を備えており、各センサから出力される電気信号は制御装置30及びエンジン制御装置31に入力される。制御装置30及びエンジン制御装置31は、入力された電気信号に基づき各センサの検出情報を算出する。
入力回転速度センサSe1は、入力軸I及び中間軸Mの回転速度を検出するためのセンサである。入力軸I及び中間軸Mには回転電機MGのロータが一体的に駆動連結されているので、回転電機制御ユニット32は、入力回転速度センサSe1の入力信号に基づいて回転電機MGの回転速度ωm(角速度)、並びに入力軸I及び中間軸Mの回転速度を検出する。出力回転速度センサSe2は、出力軸Oの回転速度を検出するためのセンサである。動力伝達制御ユニット33は、出力回転速度センサSe2の入力信号に基づいて出力軸Oの回転速度(角速度)を検出する。また、出力軸Oの回転速度は車速に比例するため、動力伝達制御ユニット33は、出力回転速度センサSe2の入力信号に基づいて車速を算出する。エンジン回転速度センサSe3は、エンジン出力軸Eo(エンジンE)の回転速度を検出するためのセンサである。エンジン制御装置31は、エンジン回転速度センサSe3の入力信号に基づいてエンジンEの回転速度(角速度)を検出する。
【0037】
3−1.エンジン制御装置31
エンジン制御装置31は、エンジンEの動作制御を行うエンジン制御部41を備えている。本実施形態では、エンジン制御部41は、車両制御ユニット34からエンジン要求トルクが指令されている場合は、車両制御ユニット34から指令されたエンジン要求トルクを出力トルク指令値に設定し、エンジンEが出力トルク指令値のトルクを出力するように制御するトルク制御を行う。また、エンジン制御装置31は、エンジンの燃焼開始要求があった場合は、エンジンEの燃焼開始が指令されたと判定して、エンジンEへの燃料供給及び点火を開始するなどして、エンジンEの燃焼を開始する制御を行う。
【0038】
3−2.動力伝達制御ユニット33
動力伝達制御ユニット33は、変速機構TMの制御を行う変速機構制御部43と、第一係合装置CL1の制御を行う第一係合装置制御部44と、エンジンEの始動制御中に第二係合装置CL2の制御を行う第二係合装置制御部45と、を備えている。
【0039】
3−2−1.変速機構制御部43
変速機構制御部43は、変速機構TMに変速段を形成する制御を行う。変速機構制御部43は、車速、アクセル開度、及びシフト位置などのセンサ検出情報に基づいて変速機構TMにおける目標変速段を決定する。そして、変速機構制御部43は、油圧制御装置PCを介して変速機構TMに備えられた複数の係合装置に供給される油圧を制御することにより、各係合装置を係合又は解放して目標とされた変速段を変速機構TMに形成させる。具体的には、変速機構制御部43は、油圧制御装置PCに各係合装置の目標油圧(指令圧)を指令し、油圧制御装置PCは、指令された目標油圧(指令圧)の油圧を各係合装置に供給する。
【0040】
3−2−2.第一係合装置制御部44
第一係合装置制御部44は、第一係合装置CL1の係合状態を制御する。本実施形態では、第一係合装置制御部44は、第一係合装置CL1の伝達トルク容量が、車両制御ユニット34から指令された第一目標トルク容量に一致するように、油圧制御装置PCを介して第一係合装置CL1に供給される油圧を制御する。具体的には、第一係合装置制御部44は、第一目標トルク容量に基づき設定した目標油圧(指令圧)を、油圧制御装置PCに指令し、油圧制御装置PCは、指令された目標油圧(指令圧)の油圧を第一係合装置CL1に供給する。
【0041】
3−2−3.第二係合装置制御部45
第二係合装置制御部45は、エンジンEの始動制御中に第二係合装置CL2の係合状態を制御する。本実施形態では、第二係合装置制御部45は、第二係合装置CL2の伝達トルク容量が、車両制御ユニット34から指令された第二目標トルク容量に一致するように、油圧制御装置PCを介して第二係合装置CL2に供給される油圧を制御する。具体的には、第二係合装置制御部45は、第二目標トルク容量に基づき設定した目標油圧(指令圧)を、油圧制御装置PCに指令し、油圧制御装置PCは、指令された目標油圧(指令圧)の油圧を第二係合装置CL2に供給する。
本実施形態では、第二係合装置CL2は、変速機構TMの変速段を形成している複数又は単数の係合装置の一つとされる。第二係合装置CL2として用いる変速機構TMの係合装置は、形成されている変速段によって変更されても良いし、同じ係合装置が使用されても良い。
【0042】
3−3.回転電機制御ユニット32
回転電機制御ユニット32は、回転電機MGの動作制御を行う回転電機制御部42を備えている。本実施形態では、回転電機制御部42は、車両制御ユニット34から回転電機要求トルクが指令されている場合は、車両制御ユニット34から指令された回転電機要求トルクTmoを出力トルク指令値に設定し、回転電機MGが出力トルク指令値のトルクを出力するように制御する。具体的には、回転電機制御部42は、インバータが備える複数のスイッチング素子をオンオフ制御することにより、回転電機MGの出力トルクTmを制御する。
【0043】
3−4.車両制御ユニット34
車両制御ユニット34は、エンジンE、回転電機MG、変速機構TM、第一係合装置CL1、及び第二係合装置CL2等に対して行われる各種トルク制御、及び各係合装置の係合制御等を車両全体として統合する制御を行う機能部を備えている。
【0044】
車両制御ユニット34は、アクセル開度、車速、及びバッテリの充電量等に応じて、車輪Wの駆動のために要求されているトルクであって、中間軸M側から出力軸O側に伝達される目標駆動力である車両要求トルクTrを算出するとともに、エンジンE及び回転電機MGの運転モードを決定する。そして、車両制御ユニット34は、エンジンEに対して要求する出力トルクであるエンジン要求トルク、回転電機MGに対して要求する出力トルクである回転電機要求トルクTmo、第一係合装置CL1に対して要求する伝達トルク容量である第一目標トルク容量、及び第二係合装置CL2に対して要求する伝達トルク容量である第二目標トルク容量を算出し、それらを他の制御ユニット32、33及びエンジン制御装置31に指令して統合制御を行う機能部である。
本実施形態では、車両制御ユニット34は、エンジンEの始動制御を行う始動制御部46、及び直結回転速度制御を行う直結回転速度制御部47を備えている。
以下、始動制御部46及び直結回転速度制御部47について詳細に説明する。
【0045】
3−4−1.始動制御部46
始動制御部46は、図3のタイムチャートに示すように、第一係合装置CL1の解放状態且つ第二係合装置CL2の直結係合状態でエンジンEの始動要求があった場合に、回転電機MGの回転駆動力によってエンジンEの回転速度を上昇させるエンジンEの始動制御を行う機能部である。
始動制御部46は、上記のように、エンジンEの始動要求の後、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、第一係合装置CL1が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、回転電機MGの回転速度が目標回転速度となるように回転電機MGを制御する回転速度制御を開始する。そして、始動制御部46は、第二係合装置CL2が所定の滑り係合状態になった場合、又は回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量ΔTが所定値以上になった場合に、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定し、当該判定後、第一係合装置CL1を滑り係合状態から直結係合状態に移行させる。
【0046】
<始動制御の課題>
エンジンEの始動のために、第一係合装置CL1の係合の状態を変化させる際に、第一係合装置CL1から回転電機MG側に伝達されるトルクが急変し、車輪Wにトルクショックが伝達される恐れがある。
このため、従来の始動制御では、図4のタイムチャートに示すように、第一係合装置CL1と車輪Wとの間に配置された第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態に移行させた状態(時刻t52からt55)で、第一係合装置CL1の係合状態を変化させるように構成されている。第二係合装置CL2が滑り係合状態になると、第二係合装置CL2から車輪W側に伝達されるトルクは、第二係合装置CL2の伝達トルク容量の大きさのスリップトルクとなる。よって、第一係合装置CL1の係合状態の変化により、第一係合装置CL1から回転電機MG側にトルクショックが伝達されたとしても、当該トルクショックが、第二係合装置CL2を介して回転電機MG側から車輪Wに伝達されることを防止できる。一方、従来の始動制御では、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行された後(時刻t52以降)に、第一係合装置CL1を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させるように構成されており、第二係合装置CL2が滑り係合状態に移行されるまで、第一係合装置CL1の滑り係合状態への移行を待つ必要がある。この待ち時間により、エンジンEの始動要求があってから、エンジンEの回転速度が上昇し始めるまでの期間が長くなり、エンジンEの始動制御の期間が長くなる課題があった。
【0047】
<本発明の狙い>
一方、本発明に係わる始動制御は、第二係合装置CL2が滑り係合状態に移行される前に、第一係合装置CL1を滑り係合状態に移行させる移行制御を開始するように構成されており、従来のように第二係合装置CL2が滑り係合状態に移行されるまでの待ち時間が生じない。この待ち時間分だけ、エンジンEの始動要求があってから、エンジンEの回転速度が上昇開始するまでの期間が短くなり、エンジンEの始動制御の期間を短縮できる。
また、本発明に係わる始動制御では、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の変化により、第一係合装置CL1から回転電機MG側にトルクショックが伝達されたとしても、回転速度制御を実行することにより、トルクショックを打ち消すように回転電機MGの出力トルクを制御しているので、トルクショックが直結係合状態の第二係合装置CL2を介して回転電機MG側から車輪W側に伝達されないようにすることができる。
【0048】
以下で、図3に示すタイムチャートを参照して、始動制御について詳細に説明する。
始動制御部46は、エンジンEが燃焼を停止しており、回転電機MGが回転している状態で、アクセル開度が増加する、又バッテリの充電量が低下するなどして、エンジンEの始動条件が成立し、エンジンEの始動要求があった場合に、一連の始動制御を開始する(時刻t11)。
本実施形態では、始動制御部46は、予め定められた動作及び条件に従い、制御フェーズを切り替えて制御内容を切り替えるシーケンス制御を行うように構成されている。
【0049】
3−4−1−1.フェーズ1
始動制御部46は、エンジンEの始動要求の後、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、第一係合装置CL1が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、回転電機MGの回転速度が目標回転速度となるように回転電機MGを制御する回転速度制御を開始する。
ここで、第一移行制御を開始するとは、第一係合装置CL1に伝達トルク容量を生じさせる指令を出すことである。また、第二移行制御を開始するとは、第二係合装置CL2に生じる伝達トルク容量を第二係合装置CL2における2つの係合部材の回転速度に差が生じるまで徐々に低下させる指令を出すことである。
【0050】
本実施形態では、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合(時刻t11)に、制御フェーズをフェーズ1に設定する。そして、始動制御部46は、回転電機MGの回転速度制御を開始する。本実施形態では、始動制御部46は、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定する前は、以下で説明する直結目標回転速度を目標回転速度として設定するように構成されている。このように、直結目標回転速度が目標回転速度として設定された回転速度制御を直結回転速度制御と称す。詳細は後述するが、直結回転速度制御部47は、回転電機MGの回転速度ωmの変化に基づき、動力伝達経路2に入力されたトルクである伝達経路入力トルクTinを推定し、推定伝達経路入力トルクTineから少なくとも回転電機の出力トルクTmを減算して車輪Wから動力伝達経路2に入力された外部入力トルクTwを推定し、推定外部入力トルクTwreと、車輪Wの駆動のために要求されているトルクである車両要求トルクTrとに基づいて、直結目標回転速度ωmoを算出するように構成されている。
【0051】
また、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合(時刻t11)に、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御を開始する。更に、始動制御部46は、第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御を開始する。なお、始動制御部46は、フェーズ1の開始時は、エンジンEを燃焼停止のままに維持させる。
【0052】
<第一係合装置CL1の目標トルク容量の設定>
本実施形態では、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合(時刻t11)に、第一係合装置CL1の第一目標トルク容量を、ゼロから所定の始動トルクに増加させる。始動トルクは、エンジンEの回転速度を上昇できるように、エンジンEのフリクショントルクなど、エンジンEの負トルクの絶対値より大きいトルクに設定される。
本実施形態では、第一目標トルク容量は、ゼロからステップ的に増加されるように構成されている。第一目標トルク容量が急速に増加されると、第一係合装置CL1の伝達トルク容量も急速に増加するため、第一伝達トルク容量の推定誤差によるトルクショックも大きくなる恐れがある。しかし、本実施形態では、直結回転速度制御により車輪W側に伝達されるトルクショックを低減することができる。逆に言えば、トルクショックが直結回転速度制御により車輪W側に伝達されることを抑制できるため、第一目標トルク容量をステップ的に変化させて、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の増加速度を速めることができる。これにより、第一係合装置CL1の滑り係合状態への移行を早めることができ、エンジンEの始動にかかる時間を短縮できる。
【0053】
<第一係合装置CL1のスリップトルク>
第一係合装置CL1の実際の伝達トルク容量は、図5の例に示すように、第一目標トルク容量に対して応答遅れを持って変化する。第一目標トルク容量がゼロから増加された後、第一係合装置CL1の油圧シリンダに油が充填され、伝達トルク容量がゼロから増加し始めるまでには、むだ時間が生じる。また、むだ時間遅れの後、伝達トルク容量は、一次遅れ的に増加していく。すなわち、伝達トルク容量の応答遅れ特性は、むだ時間遅れ及び一次遅れでモデル化できる。
始動制御部46は、伝達トルク容量の応答遅れ特性を用い、第一目標トルク容量又は目標油圧に基づいて、第一係合装置CL1の伝達トルク容量(第一伝達トルク容量)を推定するように構成されている。
【0054】
本実施形態では、始動制御部46は、第一目標トルク容量に対して、むだ時間遅れ処理及び一次遅れフィルタ処理を行って、第一係合装置CL1の伝達トルク容量を推定するように構成されている。ここで、むだ時間及び一次遅れフィルタ係数(時定数)は、予め設定された値に設定される。或いは、始動制御部46は、第一目標トルク容量をゼロから増加させた後の経過時間と、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の変化との関係が予め設定された過渡挙動マップを備えるように構成され、当該過渡挙動マップを用い、第一目標トルク容量をゼロから増加させた後の経過時間に基づいて、第一係合装置CL1の伝達トルク容量を推定するように構成されてもよい。
そして、始動制御部46は、推定した第一伝達トルク容量に基づき、動摩擦により第一係合装置CL1から回転電機MG側に伝達している第一スリップトルクTfの推定値(推定第一スリップトルクTfe)を算出する。始動制御中は、第一係合装置CL1の回転電機MG側からエンジンE側にトルクが伝達するので、始動制御部46は、推定第一伝達トルク容量に負の符号(−1)を乗算した値を、推定第一スリップトルクTfeに設定する。
【0055】
<回転電機要求トルクの設定>
始動制御中は第一スリップトルクの絶対値分だけ、回転電機MG側から車輪W側に伝達されるトルクが減少する。この第一スリップトルクの絶対値分の減少をフィードフォワード的に補償するため、始動制御部46は、車両要求トルクTrと、第一係合装置CL1の伝達トルクの推定値である推定第一スリップトルクTfeとに基づいて、基本回転電機要求トルクTbを設定するように構成されている。具体的には、車両要求トルクTrに対して、推定第一スリップトルクTfeの絶対値を加算して、基本回転電機要求トルクTbを設定するように構成されている。
【0056】
しかし、図5の例に示すように、推定第一伝達トルク容量(推定第一スリップトルクTfe)に推定誤差が生じた場合は、回転電機MGの出力トルクTmと、第一スリップトルクTfとの合計トルクが、車両要求トルクから変動してトルクショックが生じる。ただし、第一スリップトルクTfは、一次遅れ的にゼロから増加していくため、トルクショックは、ステップ的に変化する波形にならず、次第に増加する波形となる。なお、図5には、むだ時間、一次遅れフィルタ係数及びゲインの設定誤差により、推定誤差が生じている場合の例を示している。
【0057】
本実施形態では、始動制御部46は、車輪W側に伝達されるトルクショックを低減するために、基本回転電機要求トルクTbを、直結回転速度制御により算出された回転制御トルク指令Tpにより補正して回転電機要求トルクTmoを算出するように構成されている。なお、直結回転速度制御の詳細は後述する。
【0058】
<エンジンEの燃焼開始及び0Nm制御の開始>
第一係合装置CL1の伝達トルク容量が、エンジンEのフリクショントルクの絶対値を上回ると、エンジンEの回転速度が上昇を開始する。本実施形態では、始動制御部46は、エンジンEの回転速度が所定の回転速度以上になった場合(時刻t12)に、エンジンEの燃焼開始要求をエンジン制御装置31に指令して、エンジンEの燃焼を開始させると共に、エンジンEの燃焼開始後、エンジンEの出力トルクをゼロに制御する0Nm制御を開始する。
なお、始動制御部46は、エンジンEの回転速度が燃焼開始可能な回転速度以上であって、第一係合装置CL1及び第二係合装置CL2の少なくとも何れか一方が滑り係合状態である何れかの時期に、エンジンEの燃焼開始を実行するように構成されてもよい。このように構成されても、第一係合装置CL1又は第二係合装置CL2が滑り係合状態であるので、エンジンEの燃焼開始により生じるエンジンEの出力トルクの変動が、車輪W側に伝達されることを防止できる。例えば、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行された後に、エンジンEの燃焼開始を実行するようにしてもよい。また、これに関連して、エンジンEの回転速度の上昇の開始時期又は第一係合装置CL1の伝達トルク容量の増加の開始時期が、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行された後になってもよい。この場合でも、第二係合装置CL2が滑り係合状態であるので、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の変化によるトルクショックが車輪W側に伝達されることを防止できる。
【0059】
<第二係合装置CL2の第二移行制御>
本実施形態では、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合(時刻t11)に、第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御を開始する。本実施形態では、始動制御部46は、第二移行制御として、第二目標トルク容量を、完全係合容量から次第に減少させるスイープダウンを開始する。本実施形態では、スイープダウンの開始時に、第二係合装置が滑り係合状態へ移行しない程度の所定の伝達トルク容量まで、第二目標トルク容量を完全係合容量からステップ的に減少させた後、次第に減少させるように構成されている。ここで、完全係合容量とは、駆動力源から第二係合装置CL2に伝達されるトルクが変動しても滑りのない係合状態を維持できる伝達トルク容量である。本実施形態では、始動制御部46は、第二目標トルク容量を、完全係合容量から、車両要求トルクに対応した伝達トルク容量より所定容量だけ高い容量までステップ的に減少させ、その後、第二目標トルク容量を所定の傾きで次第に減少させるように構成されている。
【0060】
スイープダウンにより第二目標トルク容量が次第に減少されて、第二係合装置CL2の伝達トルク容量が回転電機MG側から第二係合装置CL2に伝達されているトルクを下回ると、第二係合装置CL2の係合部材間に滑りが生じ始める(時刻t13)。
第二目標トルク容量は、第二係合装置CL2が滑り係合状態になったと判定されるまで、引き続き次第に減少されていくので、第二係合装置CL2を介して回転電機MG側から車輪W側に伝達されるトルク(車両伝達トルク)は、車両要求トルクTrから次第に減少していく(時刻t13以降)。
このため、回転電機MGの回転速度ωmが、出力軸Oの回転速度に変速比Krを乗算した出力回転速度に対して上昇しようとする。しかし、直結回転速度制御により、回転電機MGの回転速度ωmの急速な変化が抑制されるため、回転電機MGの回転速度ωmの変化速度の増加が抑制される(時刻t13からt14)。この際、回転制御トルク指令Tpは、回転電機MGの回転速度ωmの上昇を抑制するため、車両伝達トルクが減少していくにつれ、次第に減少していく。
また、第二係合装置CL2を介して回転電機MG側から車輪W側に伝達される車両伝達トルクが減少していくので、車輪Wの回転速度の変化速度が減少していく。
よって、第二係合装置CL2が滑り係合状態になった後、第二係合装置CL2の係合部材間の回転速度差に対応する、回転電機MGの回転速度ωmと出力回転速度との回転速度差Δω1が次第に増加していく(時刻t13からt14)。なお、直結回転速度制御中における回転速度差Δω1の増加については、直結回転速度制御の挙動の項で詳細に説明する。
【0061】
3−4−1−2.フェーズ2
始動制御部46は、第二係合装置CL2が所定の滑り係合状態になった場合、又は回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量ΔT(絶対値)が所定値以上になった場合に、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定し、当該判定後、第一係合装置CL1を滑り係合状態から直結係合状態に移行させる。
【0062】
本実施形態では、始動制御部46は、第二係合装置CL2が所定の滑り係合状態になった場合に、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定するように構成されている。第二係合装置CL2が所定の滑り係合状態になった場合として、回転電機MGの回転速度ωmと車輪Wの回転速度とに基づいて算出した、第二係合装置CL2における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差が所定値以上になった場合に、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定するように構成されている。なお、本願において、「所定値」とは、予め定められた値であって、固定値でも、いずれかのパラメータに応じて変化する値であってもよい。
後述するように、第二係合装置CL2における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差は、回転電機MGの回転速度ωmが直結目標回転速度となるように制御されており、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合の車輪Wの回転速度より、車輪Wの回転速度が低下することによって生じる。
本実施形態では、始動制御部46は、第二係合装置CL2における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差として、回転電機MGの回転速度ωmと、車輪Wの回転速度としての出力軸Oの回転速度に変速機構TMの変速比Krを乗算した出力回転速度と、の回転速度差Δω1を算出するように構成されている。
なお、始動制御部46は、直結回転速度制御による出力トルクの補正値である回転制御トルク指令Tpの減少方向の変化量ΔT(絶対値)が所定値以上になった場合に、第二係合装置が滑り係合状態になったと判定するように構成されてもよい。変化量ΔTは、ゼロからの減少量(絶対値)とすることができる。
【0063】
始動制御部46は、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後は、直結目標回転速度に代えて滑り目標回転速度を目標回転速度として設定するように構成されている。このような滑り目標回転速度が目標回転速度として設定された回転速度制御を滑り回転速度制御と称す。始動制御部46は、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合の回転電機MGの回転速度ωmよりも所定値だけ高い回転速度を滑り目標回転速度として算出し、当該滑り目標回転速度を目標回転速度として設定する。
ここで、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合の回転電機MGの回転速度ωmとは、出力軸Oの回転速度が現在の回転速度の状態で、第二係合装置CL2が直結係合状態になったと仮定した場合における、回転電機MGの回転速度ωmである。本実施形態では、始動制御部46は、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合の回転電機MGの回転速度ωmとして、出力軸Oの回転速度に変速機構TMの変速比Krを乗算した出力回転速度を算出するように構成されている。
【0064】
本実施形態では、始動制御部46は、回転電機MGの回転速度ωmと、出力回転速度との回転速度差Δω1が所定の回転速度差以上になった場合(時刻t14)に、第二係合装置CL2が滑り係合状態に移行したと判定して、制御フェーズをフェーズ1からフェーズ2に変更する。そして、始動制御部46は、直結目標回転速度に代えて滑り目標回転速度を目標回転速度として設定して、滑り回転速度制御を開始する(時刻t14)。始動制御部46は、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量のスイープダウンを終了して、第二目標トルク容量を車両要求トルクTrに設定するトルク制御を開始する(時刻t14)。また、始動制御部46は、エンジンEの出力トルクをゼロに制御する0Nm制御を維持する。更に、始動制御部46は、第一係合装置CL1を滑り係合状態に制御するトルク制御を維持する。
【0065】
3−4−1−3.フェーズ3
始動制御部46は、第二係合装置CL2が直結係合状態から滑り係合状態に移行した後に、第一係合装置CL1を滑り係合状態から直結係合状態に移行させるように構成されている。始動制御部46は、回転電機MGの回転速度ωmと、エンジンEの回転速度との回転速度差Δω2が所定値以下になった場合(時刻t15)に、第一係合装置CL1が直結係合状態になったと判定して、制御フェーズをフェーズ2からフェーズ3に変更する。
そして、始動制御部46は、第一係合装置CL1のトルク制御を終了して、第一目標トルク容量を始動トルクから完全係合容量に増加させる。完全係合容量とは、駆動力源から第一係合装置CL1に伝達されるトルクが変動しても滑りのない係合状態を維持できる伝達トルク容量である。また、始動制御部46は、エンジンEの0Nm制御を終了して、車両要求トルクTrに応じたトルクをエンジンEに出力させるトルク制御を開始する。始動制御部46は、回転電機MGの目標回転速度を次第に出力回転速度まで減少させ、回転電機MGの回転速度ωmを出力回転速度まで低下させる。
【0066】
3−4−1−4.フェーズ4
始動制御部46は、回転電機MGの回転速度ωmと、出力回転速度との回転速度差Δω1が所定値以下になった場合(時刻t16)に、第二係合装置CL2が直結係合状態になったと判定して、制御フェーズをフェーズ3からフェーズ4に変更する。
そして、始動制御部46は、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量を、完全係合容量まで次第に増加させるスイープアップを開始する。また、始動制御部46は、回転電機MGの回転速度制御を終了して、車両要求トルクTrに応じて回転電機要求トルクを設定するトルク制御を開始する。ここで、エンジン要求トルクと回転電機要求トルクの合計が車両要求トルクに一致するように、エンジン要求トルクと回転電機要求トルクが設定される。
そして、第二目標トルク容量が、完全係合容量まで増加された場合(時刻t17)に、一連の始動制御を終了する。
【0067】
3−4−1−5.始動制御のフローチャート
次に、始動制御の処理について、図6のフローチャートを参照して説明する。まず、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合に、一連の始動制御を開始する(ステップ♯01:Yes)。そして、始動制御部46は、フェーズ1の制御を開始する(ステップ♯02)。具体的には、フェーズ1の開始時はエンジンEを燃焼停止状態に維持し、エンジンEの回転速度が所定の回転速度まで上昇した場合に、燃焼及び0Nm制御を開始する。また、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態に移行させるためにトルク制御を開始し、回転電機MGの直結回転速度制御を開始し、第二係合装置CL2の伝達トルク容量を徐々に低下させる、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量のスイープダウンを開始する。
【0068】
そして、第二係合装置CL2が滑り係合状態になったと判定した場合(ステップ♯03:Yes)に、フェーズ2の制御を開始する(ステップ♯04)。具体的には、エンジンEの0Nm制御を維持し、第一係合装置CL1のトルク制御を維持し、回転電機MGの直結回転速度制御を終了して滑り回転速度制御を開始し、第二係合装置CL2のスイープダウンを終了してトルク制御を開始する。
【0069】
そして、第一係合装置CL1の回転速度差Δω2が所定値以下になり直結係合状態に移行したと判定した場合(ステップ♯05:Yes)に、フェーズ3の制御を開始する(ステップ♯06)。具体的には、エンジンEの0Nm制御を終了してトルク制御を開始し、第一係合装置CL1のトルク制御を終了して第一目標トルク容量を完全係合容量まで増加させ、回転電機MGの滑り回転速度制御を維持し、第二係合装置CL2のトルク制御を維持する。
【0070】
そして、第二係合装置CL2の回転速度差Δω1が所定値以下になり直結係合状態に移行したと判定した場合(ステップ♯07:Yes)に、フェーズ4の制御を開始する(ステップ♯8)。具体的には、エンジンEのトルク制御を維持し、第一係合装置CL1の直結係合状態を維持し、回転電機MGの滑り回転速度制御を終了してトルク制御を開始し、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量を完全係合容量まで増加させる。
そして、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量が完全係合容量まで増加した場合(ステップ♯9:Yes)に、一連の始動制御を終了する(ステップ♯10)。
【0071】
3−4−2.直結回転速度制御部47
次に、直結回転速度制御部47により実行される直結回転速度制御について詳細に説明する。
直結回転速度制御部47は、目標回転速度としての直結目標回転速度を算出し、回転電機MGの回転速度ωmが直結目標回転速度となるように回転電機MGを制御する機能部である。
【0072】
本実施形態では、図7に示すように、直結回転速度制御部47は、回転電機MGの回転速度ωmの変化に基づき、動力伝達経路2に入力されたトルクである伝達経路入力トルクTinを推定し、当該推定伝達経路入力トルクTineから少なくとも回転電機の出力トルクTmを減算して車輪Wから動力伝達経路2に入力された外部入力トルクTwを推定する外部入力推定器51を備えている。また、直結回転速度制御部47は、推定外部入力トルクTwreと、車輪Wの駆動のために要求されているトルクである車両要求トルクTrとに基づいて、直結目標回転速度ωmoを算出する低振動速度算出器52を備えている。そして、直結回転速度制御部47は、回転電機MGの回転速度ωmが直結目標回転速度ωmoに近づくような、回転制御トルク指令Tpを算出する回転速度制御器53を備えており、回転制御トルク指令Tpにより回転電機MGの出力トルクTmを制御する。
【0073】
3−4−2−1.動力伝達経路2の2慣性系へのモデル化
まず、図8に、直結回転速度制御の基礎となる動力伝達経路2のモデルを示す。動力伝達経路2を軸ねじれ振動系にモデル化している。回転電機MGは、第一係合装置CL1が直結係合状態である場合に、エンジンEに駆動連結され、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合に、変速機構TMに駆動連結される。変速機構TMは、出力軸O及び車軸AXを介して、負荷Lとなる車両に駆動連結されている。変速機構TMは、変速比Krで、中間軸Mと出力軸Oとの間の回転速度を変速すると共に、トルクの変換を行う。なお、以下では出力軸O及び車軸AXをまとめて、出力シャフトと称する。
【0074】
エンジンE、回転電機MG、及び負荷L(車両)を、それぞれ慣性モーメント(イナーシャ)Je、Jm、Jlを有する剛体としてモデル化している。各剛体間は、エンジン出力軸Eo、入力軸I、中間軸M、出力シャフトの軸により駆動連結されている。始動制御におけるフェーズ1のように、第一係合装置CL1が滑り係合状態であり、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合は、図9に示すように、回転電機MG及び負荷(車両の)の2慣性系にモデル化できる。
【0075】
ここで、Tfは、第一係合装置CL1が滑り係合状態である場合に、第一係合装置CL1から回転電機MG側に伝達されるスリップトルク(第一スリップトルク)である。また、Tmは回転電機MGが出力する出力トルクであり、ωmは回転電機MGの回転速度ωm(角速度)である。また、Twは、車輪Wから動力伝達経路2に入力される、坂路抵抗、空気抵抗、タイヤ摩擦抵抗等の走行抵抗トルク、及びブレーキトルクなどの外部入力トルクである。Kcは出力シャフトのねじりばね定数であり、Ccは出力シャフトの粘性摩擦係数である。
【0076】
3−4−2−2.2慣性モデルの伝達関数
動力伝達経路2を図9に示すような2慣性系にモデル化した場合、回転電機MGの出力トルクTm、第一スリップトルクTf、及び外部入力トルクTwから回転電機MGの回転速度ωmまでの伝達関数P(s)は、式(1)に示すようになる。
【数1】

ここで、Tinは動力伝達経路2に入力される、回転電機MGの出力トルクTm、第一スリップトルクTf、及び外部入力トルクTwの合計値であり、外部入力トルクTwは、回転電機MGの回転速度ωmに対して、変速比Krで除算された形で影響する。Jは動力伝達経路2全体の慣性モーメントである。ωaは動力伝達経路2の共振周波数であり、ζaは共振点減衰率であり、ωzは動力伝達経路2の反共振周波数であり、ζzは反共振点減衰率である。それらは、出力シャフトのねじりばね定数Kc及び粘性摩擦係数Cc、負荷(車両)の慣性モーメントJl、回転電機MGの慣性モーメントJm、及び変速比Krを用いて、式(2)に示すようになる。
変速比Krは、変速機構TMに形成された変速段によって変化する。よって、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJ、及び共振周波数ωaは、変速比Krによって変化する。
【数2】

【0077】
3−4−2−3.外部入力推定器
<伝達経路入力トルクの推定>
式(1)から、回転電機MGの回転速度ωmは、伝達経路入力トルクTinを、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJで除算し、積分した回転速度に、動力伝達経路2の固有振動数である共振周波数ωaの振動成分が加算された回転速度になる。よって、回転電機MGの回転速度ωmに基づき、伝達経路入力トルクTinを推定する上で、少なくとも回転電機MGの回転速度ωmの共振周波数ωaの振動成分を低減することが必要であることがわかる。また、この振動成分を低減するとともに、微分演算処理を行い、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJを乗算することにより、伝達経路入力トルクTinを推定できることがわかる。
【0078】
よって、外部入力推定器51は、上記したように、動力伝達経路2の共振周波数の振動成分を低減させた回転電機MGの回転速度ωmの変化に基づき、動力伝達経路2に入力されたトルクである伝達経路入力トルクTinを推定するように構成されている。
【0079】
本実施形態では、図7に示すように、外部入力推定器51に備えられた入力トルク推定器55が、回転電機MGの回転速度ωmに対して、少なくとも動力伝達経路2の振動成分を低減する信号処理である固有振動低減処理60と、微分演算処理61と、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJの乗算処理62と、を行って伝達経路入力トルクTinの推定値Tineを算出するように構成されている。なお、固有振動低減処理60、慣性モーメントの乗算処理62、微分演算処理61との処理順序は、任意の順序に変更されてもよい。
【0080】
図7に示す例では、入力トルク推定器55は、式(1)及び式(2)で示した、回転電機MGの出力トルクTmから回転電機MGの回転速度ωmまでの伝達特性である伝達関数P(s)の逆伝達特性である1/P(s)に基づき設定された信号処理を行うように設定されている。
本例では、固有振動低減処理60は、2慣性の振動特性の逆特性に基づき、式(3)の伝達関数Pr(s)に設定されている。
【数3】

この固有振動低減処理60の伝達関数Pr(s)は、図10のボード線図に示すように、動力伝達経路2の共振周波数ωaの振動成分を低減する周波数特性を備えている。
また、入力トルク推定器55の各制御定数は、式(2)に示したように、変速機構TMの変速段の変更によって変化する変速比Krに応じて変更される。
【0081】
或いは、固有振動低減処理60を、動力伝達経路2の共振周波数ωa付近の周波数帯域をカットオフするフィルタ処理に設定するように構成してもよい。このようなフィルタ処理として、ローパスフィルタ処理、バンドバスフィルタ処理を用いることができる。この場合も、フィルタ周波数帯域は、変速比Krに応じて変更される。
【0082】
或いは、動力伝達経路2の振動特性をより高次の伝達関数にモデル化し、その逆伝達特性に基づき、固有振動低減処理60を設定するようにしてもよい。もしくは、実験的に求めた動力伝達経路2の伝達特性の逆伝達特性に基づき、固有振動低減処理60を設定するようにしてもよい。
【0083】
<外部入力トルクの推定>
また、式(1)に示すように、伝達経路入力トルクTinには、外部入力トルクTwに加えて、回転電機MGの出力トルクTm、及び第一スリップトルクTfが含まれている。よって、推定伝達経路入力トルクTineに基づき、車輪Wから動力伝達経路2に入力された外部入力トルクTwを推定する上で、少なくとも回転電機MGの出力トルクTmを減算することが必要であることがわかる。また、第一係合装置CL1が滑り係合状態であり、第一スリップトルクTfが生じている場合には、この回転電機MGの出力トルクTmの減算に加えて、更にスリップトルクTfを減算することが必要であることがわかる。
【0084】
よって、外部入力推定器51は、上記したように、推定伝達経路入力トルクTineから少なくとも回転電機MGの出力トルクTmを減算して外部入力トルクTwを推定するように構成されている。
本実施形態では、直結回転速度制御の実行中は、第一係合装置CL1が滑り係合状態であるので、外部入力推定器51は、図7に示すように、推定伝達経路入力トルクTineから、回転電機MGの出力トルクTmを減算すると共に、推定第一スリップトルクTfeの絶対値を加算して外部入力トルクTwを推定するように構成されている。ここで、外部入力推定器51は、外部入力トルクTwを変速比Krで除算したトルク(Tw/Kr)を推定することとなる。よって、推定外部入力トルクTwreは、Tw/Krの推定値である。以下では、この回転電機MG側の値に換算した外部入力トルクTw/Krを、単に、外部入力トルクTwと称して説明する。
ここで、本実施形態では、回転電機MGは、指令値に対するトルク出力の応答遅れが小さいため、回転電機要求トルクTmoを回転電機MGの出力トルクTmに設定している。
【0085】
なお、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の増加中は、推定第一スリップトルクTfeの推定誤差により、推定外部入力トルクTwreが実際の外部入力トルクTwから変動して推定誤差が生じる恐れがある。
よって、外部入力推定器51は、少なくとも第一係合装置CL1の伝達トルク容量の増加中には、当該伝達トルク容量の増加前に推定した推定外部入力トルクTwreを保持するように構成されてもよい。これにより、推定外部入力トルクTwreの推定誤差の発生を抑制できる。
【0086】
3−4−2−4.低振動速度算出器
低振動速度算出器52は、上記したように、推定外部入力トルクTwreと、車輪Wの駆動のために要求されているトルクである車両要求トルクTrとに基づいて、直結目標回転速度ωmoを算出する。直結目標回転速度ωmoは、回転電機MGの回転速度ωmの振動成分を低減した回転速度となる。
本実施形態では、図7に示すように、低振動速度算出器52は、推定外部入力トルクTwreと車両要求トルクTrとを加算したトルクに対して、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJによる除算処理を行って回転加速度(角加速度)を算出し、回転加速度の積分演算処理を行って、直結目標回転速度ωmoを算出するように構成されている。
【0087】
3−4−2−5.回転速度制御器
回転速度制御器53は、上記したように、回転電機MGの回転速度ωmを直結目標回転速度ωmoに近づけるような回転制御トルク指令Tpを算出する。
【0088】
本実施形態では、図7に示すように、回転速度制御器53は、直結目標回転速度ωmoから回転電機MGの回転速度ωmを減算した回転速度偏差Δωmに基づき、フィードバック制御を行って、回転制御トルク指令Tpを算出するように構成されている。
回転速度制御器53には、PID制御器や、PI制御器のような、各種のフィードバック制御器を用いることができる。
そして、加算器54が、車両要求トルクTrに推定第一スリップトルクTfeの絶対値を加算して算出された基本回転電機要求トルクTbと、回転制御トルク指令Tpと、を加算した値を、回転電機要求トルクTmoとして設定するように構成されている。
なお、車両要求トルクTrに加算される推定第一スリップトルクTfeの絶対値が、第一スリップトルクTfの変化に対するフィードフォワード制御項であり、回転制御トルク指令Tpが、第一スリップトルクTfの変化に対するフィードバック制御項である。なお、基本回転電機要求トルクTbを加算せずに、回転制御トルク指令Tpの値のみを、回転電機要求トルクTmoとして設定するように構成されてもよい。
【0089】
3−4−2−6.直結回転速度制御の挙動
次に、直結回転速度制御部47による直結回転速度制御の挙動を、図11及び図12の例に示すタイムチャートに基づき説明する。図11は、直結回転速度制御を行わない場合の比較例であり、図12は、直結回転速度制御を行う場合の例である。
【0090】
<直結回転速度制御なしの場合>
まず、図11の比較例を説明する。エンジンの始動要求があった場合(時刻t31)に、第一係合装置CL1の第一目標トルク容量がゼロから始動トルクまで増加される共に、第二係合装置CL2の第二目標トルク容量を完全係合容量から次第に減少させるスイープダウンが開始される。第一係合装置CL1の第一目標トルク容量が増加した後、実際の伝達トルク容量は、油圧供給系の応答遅れを持って変化する。本例では、伝達トルク容量の推定値は、実際の伝達トルク容量に対して位相進み方向の誤差が生じており、この推定値に負の符号が乗算されて算出される推定第一スリップトルクTfeにも位相進み方向の推定誤差が生じている。
【0091】
この推定誤差により、第一スリップトルクTfの変化を打ち消すように、車両要求トルクTrから推定第一スリップトルクTfeの絶対値を加算して算出される基本回転電機要求トルクTbの変化にも位相進みの誤差が生じている。よって、回転電機MGの出力トルクTmと、第一スリップトルクTfと、を合計したトルクが、第一係合装置CL1の伝達トルク容量が変化されたタイミングで、車両要求トルクTrから変動し、トルクショックが生じている。このトルクショックにより、出力シャフトがねじれて回転電機MGの回転速度ωmが変動すると共に、軸ねじれ振動系にその共振周波数の振動が励起されている。図11に示す例では、直結回転速度制御が行われていないため、振動減衰が小さく、振動励起後も振動が継続している。なお、参考までに、直結回転速度制御が行われる場合に算出される直結目標回転速度ωmoを示している。回転電機MGの回転速度ωmは、直結目標回転速度ωmoを中心に振動しており、直結回転速度制御を行うことにより、制振が可能であることがわかる。
【0092】
第二目標トルク容量が、スイープダウンにより次第に減少されて、回転電機MG側から第二係合装置CL2に伝達されている、車両要求トルクに対応したトルクを下回ると、第二係合装置CL2の係合部材間に滑りが生じ始める(時刻t33)。
第二係合装置CL2が滑り係合状態になると、第二係合装置CL2を介して回転電機MG側から車輪W側に伝達されるトルクは、その伝達トルク容量に応じたスリップトルクとなる。滑り係合状態になった後も、滑り係合状態になったと判定されるまで、第二目標トルク容量が次第に減少されるので、第二係合装置CL2から車輪W側に伝達されるスリップトルクは、車両要求トルクよりも次第に減少していく。また、その反作用として第二係合装置CL2から回転電機MG側に伝達されるスリップトルクは、次第に増加していく。図11には、この反作用のスリップトルクにおける、滑り係合状態になった時点からの増加量を、第二係合装置CL2の反作用スリップトルク変化量として示している。このため、回転電機MG側に作用する伝達経路入力トルクTin(合計値)は、滑り係合状態になった後、第二係合装置CL2の反作用スリップトルク変化量の増加に応じて増加していく。このため、回転電機MGの回転速度ωmの変化速度が増加している。一方、図11には示していないが、車輪側に作用する伝達経路入力トルクTin(合計値)は、滑り係合状態になった後、第二係合装置のスリップトルクの減少に応じて減少していく。このため、出力回転速度の変化速度が減少している。ここで、回転電機MGの慣性モーメントJmは、負荷(車両)の慣性モーメントJlよりも小さいので、回転電機MGの回転速度ωmの変化速度の増加量(絶対値)は、出力回転速度の変化速度の減少量(絶対値)よりも大きくなっている。なお、第二係合装置CL2が滑り係合状態になると、回転電機MGと負荷(車両)との間の軸ねじれが生じなくなり、回転電機MGと負荷(車両)とはそれぞれ独立した慣性系となり、それぞれの慣性モーメントに反比例して回転速度が変化する。
【0093】
<直結回転速度制御ありの場合>
次に、図12に、図11と同じ運転条件で、エンジンの始動要求があった場合(時刻41)に直結回転速度制御を開始した場合の本実施形態に係わる例を示す。直結回転速度制御により、直結目標回転速度ωmoと回転電機MGの回転速度ωmとの偏差Δωに応じた、回転制御トルク指令Tpが算出されている。これにより、回転電機MGの出力トルクTmが、基本回転電機要求トルクTbに対して、回転制御トルク指令Tpの変化分だけ変化している。また、回転制御トルク指令Tpの変化分だけ、伝達経路入力トルクTinの合計値が、図11の制御なしの場合に比べて変化し、トルクショックが低減している。
【0094】
このトルクショックの低減について説明する。推定第一スリップトルクTfeの推定誤差により、実際の外部入力トルク(走行抵抗トルク)に対して、推定外部入力トルクTwreに推定誤差が生じている。しかし、直結目標回転速度ωmoは、推定外部入力トルクTwreに対して、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJによる除算処理を行って算出されるため、推定第一スリップトルクTfeの推定誤差により生じるトルクショックが直結目標回転速度ωmoに表れにくい。一方、回転電機MGの慣性モーメントJmは、動力伝達経路2全体の慣性モーメントJに対して小さく、また弾性を有する軸により車両側の負荷Lに連結されているため、推定外部入力トルクTwreの推定誤差により生じるトルクショックの影響が、回転電機MGの回転速度ωmに表れやすい。よって、回転電機MGの回転速度ωmを直結目標回転速度ωmoに近づけるような回転制御トルク指令Tpを算出することにより、トルクショックを抑制することができる。
【0095】
図12に示す例では、車両要求トルクTr及び外部入力トルク(走行抵抗トルク)は変化していないが、これらが変化した場合でも、その変化に応じて、直結目標回転速度ωmoの加速度をフィードフォワード的に変化させることができる。これにより、直結目標回転速度ωmoを、車両要求トルクTr及び外部入力トルクの変化に応じて、遅れなく変化する挙動にすることができる。よって、直結回転速度制御を行っても、回転電機MGの回転速度ωmの挙動に応答遅れが生じないようにできる。
【0096】
上記のケース1に対してケース2は、第一係合装置CL1の伝達トルク容量の増加中には、当該伝達トルク容量の増加前に推定した推定外部入力トルクTwreを保持するように構成されている場合である。ケース2の例では、直結回転速度制御の開始前も、外部入力推定器51により推定外部入力トルクTwreを算出するように構成されており、直結回転速度制御の開始時の推定外部入力トルクTwreが保持されるように構成されている。これにより、推定第一スリップトルクTfeの推定誤差が生じた場合でも、推定外部入力トルクTwreの推定誤差の発生を抑制できる。
【0097】
第二目標トルク容量のスイープダウンにより第二係合装置CL2の係合部材間に滑りが生じ始めると(時刻t43以降)、第二係合装置CL2の反作用スリップトルク変化量の増加により、回転電機MGの回転速度ωmの変化速度が増加し始める。直結回転速度制御部47は、この変化速度の増加を抑制するような、回転制御トルク指令Tpを算出する。詳しくは、直結回転速度制御部47は、固有振動低減処理60により回転電機MGの回転速度ωmの振動成分を低減した回転速度に基づいて、推定外部入力トルクTineを推定しているので、反作用スリップトルク変化量の増加の影響が低減されて、外部入力トルクTineに反映される。このため、直結目標回転速度ωmoの増加は、図11に示す直結回転速度制御を行わない場合の回転電機MGの回転速度ωmの増加に比べて低くなる。よって、回転制御トルク指令Tpは、反作用スリップトルク変化量の増加による回転電機MGの回転速度ωmの上昇を抑制するように減少されていく。すなわち、上昇しようとする回転電機MGの回転速度ωmを、直結目標回転速度ωmoに近づけるために、回転制御トルク指令Tpは、反作用スリップトルク変化量が増加していくにつれ減少されていく。一方、回転制御トルク指令Tpの減少により回転電機MGの出力トルクTmが減少されても、第二係合装置CL2が滑り係合状態であるので、回転電機MGの出力トルクTmの減少は、車輪W側には影響せず、出力回転速度(車輪Wの回転速度)は図11と同様に、第二係合装置のスリップトルクの減少に応じて低下していく。
このように、回転電機MGの回転速度と出力回転速度との回転速度差は、回転電機MGの回転速度が直結目標回転速度となるように制御されており、第二係合装置CL2が直結係合状態である場合の車輪Wの回転速度(出力軸Oの回転速度)より、車輪Wの回転速度(出力軸Oの回転速度)が低下することによって生じる。
ここで、回転電機MGの回転速度と出力回転速度との回転速度差は、第二係合装置CL2における係合部材間の回転速度差に対応する。また、ここで、回転電機MGの回転速度が直結目標回転速度となるように制御されており、回転電機MGの回転速度が直結目標回転速度に一致していることを想定している。
【0098】
よって、直結回転速度制御が行われる場合でも、回転電機MGの回転速度ωmと出力回転速度との回転速度差Δω1は、第二係合装置CL2が滑り係合状態になった後(時刻t43以降)、増加していく。そして、始動制御部46は、回転速度差Δω1が所定の回転速度差以上になった場合に、第二係合装置CL2が滑り係合状態になったと判定する。
また、第二係合装置CL2が滑り係合状態になった後(時刻t43以降)、回転制御トルク指令Tpはゼロから減少していく。よって、始動制御部46は、回転制御トルク指令Tpのゼロからの減少方向の変化量ΔT(絶対値)が所定値以上になった場合も、第二係合装置CL2が滑り係合状態になったと判定することができる。
【0099】
〔その他の実施形態〕
最後に、本発明のその他の実施形態について説明する。なお、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
【0100】
(1)上記の実施形態においては、変速機構TMの複数の係合装置の中の1つが、エンジンEの始動制御中に係合状態が制御される第二係合装置CL2に設定されている場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、車両用駆動装置1は、図13に示すように、回転電機MGと変速機構TMと間の動力伝達経路2に更に係合装置を備え、当該係合装置が、エンジンEの始動制御中に係合の状態が制御される第二係合装置CL2に設定されるように構成されてもよい。或いは、図13に示す車両用駆動装置1において、変速機構TMが備えられないように構成されてもよい。
【0101】
或いは、車両用駆動装置1は、図14に示すように、回転電機MGと変速機構TMと間の動力伝達経路に更にトルクコンバータTCを備え、トルクコンバータTCの入出力部材間を直結係合状態にするロックアップクラッチが、エンジンEの始動制御中に係合の状態が制御される第二係合装置CL2に設定されるように構成されてもよい。
【0102】
(2)上記の実施形態においては、第一係合装置CL1及び第二係合装置CL2が油圧により制御される係合装置である場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、第一係合装置CL1及び第二係合装置CL2の一方又は双方は、油圧以外の駆動力、例えば、電磁石の駆動力、サーボモータの駆動力など、により制御される係合装置であってもよい。
【0103】
(3)上記の実施形態においては、変速機構TMが有段の自動変速装置である場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、変速機構TMが、連続的に変速比を変更可能な無段の自動変速装置など、有段の自動変速装置以外の変速装置にされるように構成されてもよい。この場合も、変速機構TMに備えられた係合装置が、エンジンEの始動制御中に係合状態が制御される第二係合装置CL2に設定され、或いは変速機構TMとは別に設けられた係合装置が第二係合装置CL2とされてもよい。
【0104】
(4)上記の実施形態において、制御装置30は、複数の制御ユニット32〜34を備え、これら複数の制御ユニット32〜34が分担して複数の機能部41〜47を備える場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、制御装置30は、上述した複数の制御ユニット32〜34を任意の組み合わせで統合又は分離した制御装置として備えるようにしてもよく、複数の機能部41〜47の分担も任意に設定することができる。例えば、第一係合装置CL1が変速機構TMの係合装置の1つとされる場合は、変速機構制御部43と第一係合装置制御部44とが統合されてもよい。
【0105】
(5)上記の実施形態において、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合に、同時期に、回転電機MGの直結回転速度制御、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御、及び第二係合装置CL2を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御を開始する場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、エンジンEの始動要求の後、第一係合装置CL1の第一移行制御と第二係合装置CL2の第二移行制御とを開始し、第一係合装置CL1が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、回転電機MGの回転速度が目標回転速度となるように回転電機MGを制御する回転速度制御を開始すればよい。従って、エンジンEの始動要求の後において、回転電機MGの直結回転速度制御の開始時期、第一係合装置CL1の第一移行制御の開始時期、及び第二係合装置CL2の第二移行制御の開始時期が、一致していなくともよい。例えば、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合に、回転電機MGの直結回転速度制御及び第一係合装置CL1の第一移行制御を開始した後、第二係合装置CL2の第二移行制御を開始するように構成されてもよい。
【0106】
(6)上記の実施形態において、始動制御部46は、エンジンEの始動要求があった場合に、第一係合装置CL1に伝達トルク容量を生じさせるために、第一係合装置CL1の第一目標トルク容量を、ゼロから所定の始動トルクに増加させる場合を例として説明した。しかし、本発明の実施形態はこれに限定されない。すなわち、始動制御部46は、エンジンEの始動要求の後、第一係合装置CL1を解放状態から滑り係合状態に移行させるために、第一係合装置CL1に伝達トルク容量を生じさせる指令を出して、第一移行制御を開始すればよい。例えば、始動制御部46は、エンジンEの始動要求がある前から、エンジンEの始動要求があった後直ぐに滑り状態に移行させることができるように、予め第一係合装置CL1に伝達トルク容量が生じない程度の低い予備油圧を供給する制御を実行しておき、エンジンEの始動要求があった後、第一移行制御を開始して、予備油圧から、伝達トルク容量が生じる油圧まで増加させるように構成されてもよい。なお、伝達トルク容量が生じない程度の低い予備油圧を供給する制御は、第一移行制御に含まれず、予備油圧から伝達トルク容量が生じる油圧まで増加させる制御は、第一移行制御に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、内燃機関に駆動連結される入力部材と車輪とを結ぶ動力伝達経路に回転電機が設けられていると共に、前記内燃機関と前記回転電機との間に第一係合装置が設けられ、前記回転電機と前記車輪との間に第二係合装置が設けられた車両用駆動装置を制御対象とする制御装置に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0108】
1 :車両用駆動装置
2 :動力伝達経路
30 :制御装置
31 :エンジン制御装置
32 :回転電機制御ユニット
33 :動力伝達制御ユニット
34 :車両制御ユニット
41 :エンジン制御部
42 :回転電機制御部
43 :変速機構制御部
44 :第一係合装置制御部
45 :第二係合装置制御部
46 :始動制御部
47 :直結回転速度制御部
51 :外部入力推定器
52 :低振動速度算出器
53 :回転速度制御器
ωm :回転電機の回転速度
ωmo :直結目標回転速度
AX :車軸
CL1 :第一係合装置
CL2 :第二係合装置
DF :出力用差動歯車装置
E :エンジン(内燃機関)
Eo :エンジン出力軸(入力部材)
I :入力軸
J :動力伝達経路全体の慣性モーメント
Jl :負荷(車両)の慣性モーメント
Jm :回転電機の慣性モーメント
Kr :変速比
L :負荷(車両)
M :中間軸
O :出力軸
MG :回転電機
PC :油圧制御装置
Se1 :入力回転速度センサ
Se2 :出力回転速度センサ
Se3 :エンジン回転速度センサ
TM :変速機構
Tb :基本回転電機要求トルク
Tf :第一スリップトルク
Tfe :推定第一スリップトルク
Tin :伝達経路入力トルク
Tine :推定伝達経路入力トルク
Tm :回転電機の出力トルク
Tmo :回転電機要求トルク
Tp :回転制御トルク指令
Tr :車両要求トルク
Tw :外部入力トルク
Twre :推定外部入力トルク
W :車輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関と車輪とを結ぶ動力伝達経路に回転電機が設けられていると共に、前記内燃機関と前記回転電機との間に第一係合装置が設けられ、前記回転電機と前記車輪との間に第二係合装置が設けられた車両用駆動装置を制御対象とする制御装置であって、
前記第一係合装置の解放状態且つ前記第二係合装置の直結係合状態で前記内燃機関の始動要求があった場合に、前記回転電機の回転駆動力によって前記内燃機関の回転速度を上昇させる前記内燃機関の始動制御を行う際に、
前記内燃機関の始動要求の後、前記第一係合装置を解放状態から滑り係合状態へ移行させる第一移行制御と前記第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態へ移行させる第二移行制御とを開始し、前記第一係合装置が解放状態から滑り係合状態に移行する前に、前記回転電機の回転速度が目標回転速度となるように前記回転電機を制御する回転速度制御を開始し、
前記第二係合装置が所定の滑り係合状態になった場合、又は前記回転速度制御による出力トルクの減少方向の変化量が所定値以上になった場合に、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態に移行したと判定し、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後、前記第一係合装置を滑り係合状態から直結係合状態に移行させる制御装置。
【請求項2】
前記回転速度制御において、前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定する前は、前記回転電機の回転速度の変化に基づき、前記動力伝達経路に入力されたトルクである伝達経路入力トルクを推定し、当該伝達経路入力トルクから少なくとも前記回転電機の出力トルクを減算して前記車輪から前記動力伝達経路に入力された外部入力トルクを推定し、前記外部入力トルクと、前記車輪の駆動のために要求されているトルクである車両要求トルクとに基づいて算出した回転速度を前記目標回転速度として設定し、
前記第二係合装置が直結係合状態から滑り係合状態へ移行したと判定した後は、前記第二係合装置が直結係合状態である場合の前記回転電機の回転速度よりも所定値だけ高い回転速度を前記目標回転速度として設定する請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記第一係合装置の解放状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じていない状態であり、
前記第一係合装置の滑り係合状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記内燃機関の回転速度と前記回転電機の回転速度とに差がある状態であり、
前記第一係合装置の直結係合状態とは、前記第一係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記内燃機関の回転速度と前記回転電機の回転速度とに差がない状態であり、
前記第二係合装置の滑り係合状態とは、前記第二係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差がある状態であり、
前記第二係合装置の直結係合状態とは、前記第二係合装置に伝達トルク容量が生じている状態で、前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差がない状態である請求項1又は2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記第一移行制御を開始するとは、前記第一係合装置に伝達トルク容量を生じさせる指令を出すことであり、
前記第二移行制御を開始するとは、前記第二係合装置に生じる伝達トルク容量を前記第二係合装置における2つの係合部材の回転速度に差が生じるまで徐々に低下させる指令を出すことである請求項3に記載の制御装置。
【請求項5】
前記回転速度の実行中に、前記第一係合装置を解放状態から滑り係合状態に移行させ、その後に、前記第二係合装置を直結係合状態から滑り係合状態に移行させる請求項1から4の何れか一項に記載の制御装置。
【請求項6】
前記第二係合装置が前記所定の滑り係合状態になった場合とは、前記回転電機の回転速度と前記車輪の回転速度とに基づいて算出した、前記第二係合装置における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差が所定値以上になった場合であり、
前記第二係合装置における係合部材間の回転速度差に対応する回転速度差は、前記回転電機の回転速度が前記目標回転速度となるように制御されており、前記第二係合装置が直結係合状態である場合の前記車輪の回転速度より、前記車輪の回転速度が低下することによって生じる請求項1から5の何れか一項に記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−112190(P2013−112190A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260691(P2011−260691)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】